【京都】

かつて山城国府があったとされる      

   京都府大山崎町。

 

    大河ドラマ紀行

  紫式部の夫・藤原宣孝は 

筑前や山城の国守を歴任する有能な役人

 

 

大河ドラマ『光る君へ』 紀行に登場した

   大山崎町に鎮座する    

    「離宮八幡宮

 

 数年ぶりに参拝させていただきました。

 

【離宮八幡宮 御朱印】

 

【酒解神社 御朱印】

 

【山崎城 限定御城印】

天下分け目の天王山 山崎城

 

【惣門】

 

 
【鳥居】

 

【神額】

藤原行成筆
 

 

【拝殿】

【御祭神】

  応神天皇

  酒解大神 (大山祇神)

  比売三神

 (市杵島姫命・湍津姫命・田心姫命)

 

    平安時代の始め 

清和天皇が太陽が我が身に宿る夢を見て     

 

    国家鎮護のため 

宇佐八幡宮より八幡神を京へ御遷座せよ        

      との   

  神のお告げをお聞きになり  

   僧の行教に命じました。  

    

   天皇の命を受け 

八幡神を奉じて帰京した行教が

  山崎の津で霊験に遭遇。

 

   岩間に清水を見つけ

ご神体を鎮座し社を創建する事とし   

 

   貞観元年(859年)

 国家安康、国民平安を目的として  

   「石清水八幡宮」を

  建立したのがはじまり。


嵯峨天皇の離宮である「河陽宮」の跡地    

    であったため 

 のちに社号が「離宮八幡宮」と    

    改称されました。

    元治元年(1864年)  

 「禁門の変」(蛤御門の変)では   

 尊皇攘夷派の長州藩駐屯所となり

 

 幕府・薩摩連合軍側の砲撃で被災し  

水瀬川から円明寺までの広大な神領は   

  兵火で焼け野原となりました。  

    明治9年(1876年) 

 東海道本線の京都神戸間開通により   

    大半が用地となり    

   神領の規模が大幅に縮小。      

 

   明治12年(1879年)

  崇敬者の寄進により社殿が再興。  

 

  昭和4年(1929年)、改築。    

 

  兵火を免れ現存する建築物は     

   「惣門」「東門」のみ

    となっています。

 

 

【本殿】

 

 

 

 

 

  荏胡麻(えごま)油発祥の地で

 

      江戸時代まで

  『油座』の中心として栄えた事から

       油の神様

    として親しまれています。

 

【油祖像】

 

 

 

【かしき石】

 

 

 

 

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