咲寿太夫
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2026/9/16
更新
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竹本咲寿太夫
人形浄瑠璃文楽
太夫
国立文楽劇場・国立劇場での隔月2週間から3週間の文楽公演に主に出演。
モデルとしてブランドKUDENのグローバルアンバサダーをつとめる。
その他、公演・イラスト(書籍掲載)・筆文字(書籍タイトルなど)・雑誌ゲスト・エッセイ連載など
オリジナルLINEスタンプ販売中

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人形浄瑠璃文楽の太夫、竹本咲寿太夫です。
名字は一門皆同じ名字を名乗りますので、下の名前で「さきじゅ」と呼んでください。
さて、伝統芸能といえば!仮名手本忠臣蔵。
今日は、その中から六段目「勘平腹切の段」のあらすじを分かりやすくお話します。
記事内イラスト : 咲寿太夫・画
仮名手本忠臣蔵というお芝居は、実際の歴史の四十七士討ち入りを幕府に睨まれないように時代設定を変えて、四十七士たちの名前も少しずつ変えて上演したのです。
お芝居のストーリーは討ち入りの場面よりも、討ち入りに至るまでの四十七士とそこに関わる人たちの人間模様を描いています。
かっこいい武士というよりも、人間臭い武士たちの面を大事にしているのです。
その中でも六段目「勘平腹切の段」は、そんな仮名手本忠臣蔵の中でもとくに人間臭い場面といってもいいと思います。
この場面の主人公は早野勘平。
とても若い武士ですが、この場面が始まる頃は落ちぶれています。

四十七士が討ち入りをする原因となった塩谷判官。
史実の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)。
この塩谷判官が起こしたのが、殿中での刃傷事件。
この事件が起こった時、勘平は塩谷判官のお供として訪れていました。
しかし事件のその瞬間、勘平は恋人のお軽と仕事をさぼり、なんといちゃいちゃしていたのです。
しかも城から離れていちゃいちゃしていたため、事件が起こり城が騒がしくなった時にはすでに門が固く閉ざされ、勘平は主君の塩谷判官のもとに戻ることができませんでした。
これは武士としては最低です。
勘平は申しわけのあまりにその場で切腹しようとしたのですが、お軽の懇願でその場からふたり逃げていったのでした。
お軽の実家があるのは、大阪と京都のちょうど県境のあたり。
山崎というところです。
有名なサントリーの山崎蒸留所のあるあたりですね。
あとは豊臣秀吉と明智光秀の天王山の戦いの場所も近いです。
そんな山崎のお軽の実家に、勘平はお軽の夫となって身を寄せていました。
山に囲まれ、現在よりもうっそうとした土地だったはずです。
そんな山の中で、勘平は猟師として暮らしていました。
もはや武士に戻ることはできないでしょうが、それでも主君塩谷判官の無念を晴らす仇討ちの噂を聞き、仇討ちに加わりたいと考えています。
そんなある雨の夜。
偶然、かつての同僚の千崎弥五郎と再会しました。
勘平は「なんとか仇討ちの仲間に加えてほしい」と必死に頼み込みます。
弥五郎ははじめこそ仇討ちの噂を否定しますが、「塩谷判官の石碑を建てるための御用金を集めている」と暗に仇討ちを仄めかし、勘平の前から姿を消しました。
勘平はそれを聞き、「自分が仲間の元にもどるには金がいるんだ」と考えました。
さて、お軽の父の与市兵衛は、婿の勘平が武士に戻れるように、勘平には内緒で娘と妻とともに金策を立てていました。
その金策というのが、『娘のお軽を京都の祇園へ身売りさせる』というものでした。
与市兵衛はこの日先方と話をまとめ、帰宅しているところでした。
前金として五十両の大金を抱え、夜道を歩いているところに、見るからに柄の悪い男が現れました。
斧定九郎という悪党です。
定九郎は与市兵衛の財布の大金を目当てに暗闇の中近づいてきたのでした。
定九郎は与市兵衛を殺し、与市兵衛から縞の財布を抜き出しました。
そんな定九郎の脇を猪が駆け抜けました。
勘平が狩りをしていた猪でした。
ダァン!!!
その猪を目掛けて勘平が撃った鉄砲の弾が、定九郎に当たったのです。
急所にあたり、定九郎は息絶えました。
暗闇の中、手応えのあった勘平は猪を仕留めたものだと近寄ると、誤って人を撃ってしまったことに気づきます。
しかしそれが義理の父を殺した悪党だとは気づきません。
勘平は慌てて斧定九郎の死体を探ると、分厚い財布に手が触れました。
「天の恵みだ・・・」
勘平は財布を抜き取ると、飛ぶが如くに走っていったのでした。

日が昇り、お軽の家には祇園から一文字屋の亭主がやってきていました。
商談は成立し、昨夜与市兵衛に半分の五十両を渡した、と言うのですがその与市兵衛は戻ってきていません。
そこへ何も知らない勘平が戻ってきました。
夫のために身を売ろうとしている妻、戻ってきていない義理の父、証文があるからと連れて行こうとする一文字屋。
勘平は「ひとまず舅が戻ってくるまでは女房は渡せない」と言いました。
それでも一文字屋は「自分が今着ている縞の着物の切れ端で作った財布に五十両を入れて、確かに与市兵衛に渡した」と説明します。
勘平ははっとしました。
自分が取ってきた財布はまさしくその縞の財布。
自分は義理の父を撃ち殺してしまったのか、と。
いっそありのままを打ち明けるか、と勘平は思いますが、他人の前では、と止まりました。
勘平はただ、「親父殿とは今朝ちょっと会った」と言うに止めました。
それを聞いた一文字屋は「親父殿の在所は知れた、もうよいだろう」とお軽を連れて行きます。
お軽は潔く去って行きますが、駕籠の中では声も立てず、泣いて別れました。
お軽と入れ替わりに、猟師仲間が与市兵衛の死体を運び込んできました。
姑は泣き叫びます。
そして舅の死体を見ても驚かなかった勘平に詰め寄りました。
さらに勘平の懐から縞の財布を引き出しました。
先ほどちらりと見え、疑念が浮かんでいたのです。
「お前が夫を殺して、金を奪ったんやね」と罵倒され、勘平も言い訳ができません。
勘平自身も自分が殺してしまった、と思い込んでいるからです。
そこへ千崎弥五郎と、同じく塩谷判官の家臣の原郷右衛門が訪ねてきました。
郷右衛門は、仇討ちのリーダーである大星由良助からの伝言を携えてきました。
殿へ不忠不義をした勘平の金を石碑料に用いるのは、亡き塩谷判官への冒涜に繋がる、と五十両を突き返したのです。
姑は「その金は与市兵衛を殺して拵えた金だ」とふたりに訴えました。
弥五郎と郷右衛門は勘平を睨みつけ
「お前のような非道者、武士の道に戻ることなど許されぬ」
「塩谷判官の家来が非道な行いをしたとなれば、亡君の魂を穢すことになるとは思わなかったのか」
と涙とともに責めたてました。
勘平はもう堪えられません。
主君の刃傷事件のその瞬間から切腹をして詫びようとしていた勘平。
とうとう刀を抜いて自分の腹へぐっと突き立てました。
勘平は苦しい息を吐きながら口を開きました。
「仇討ちに参加できないとなればもともと切腹をする覚悟はしていた。
しかし、金のために舅を殺したと主君の魂を穢すようなことを思われたままより、申開きを聞いてほしい」
と願います。
そして、「猪を追って狩りをしていたところ、誤って鉄砲で人を撃ってしまった」と告白したのでした。
詳細を聞いた弥五郎。
与市兵衛の死体に寄り、疵口を改めました。
「郷右衛門殿、これ見られよ」
と言い、見せた疵口は刀疵。
「勘平早まりし」
と郷右衛門ははっと思い出します。
彼はここにくる道中、山賊として名前が知られていた斧定九郎の死骸を見つけていたのです。
その死骸こそ鉄砲によるものだった、と。
つまり与市兵衛を殺したのは定九郎の仕業。
勘平は舅の無念を晴らしたのだ、と。
疑いが晴れた勘平。
姑は自身の早合点を悔やみ「必ず死んでくださるな」と勘平に縋り付きました。
勘平は、「義母の疑いも晴れ、自身の悪名も拭えたならば、これを冥途の思い出とします」と腹の刀をさらに引き回しました。
郷右衛門は懐から一巻きの巻物を取り出しました。
「思わずも舅の仇を討ったのは、未だ武運に尽きていないということ。神の恵みか功を立てた勘平、これが判官さまの仇討ちの一味に名前を連ねる巻物だ」
と開いて見せました。
郷右衛門は四十五人の名前の末尾に勘平の名前を書き加え
「これを冥途の土産にせよ、勘平血判」
と差し出しました。
勘平は腹の血で血判を押します。
姑は「亡き夫の財布を勘平の魂としてお供に連れていってください」と郷右衛門に託しました。
郷右衛門は勘平に「仏果を得よ」と言いました。
仏果を得る、とは簡単に言うと仏教の用語で成仏せよということです。
それに対し、勘平は
「仏果とは穢らわし、死なぬ〳〵。魂魄ここに留まって敵討ちの御共する」
と言い残し、息を引き取りました。
仮名手本忠臣蔵
六段目「勘平腹切の段」
いかがだったでしょうか。
最後の仏果の件、これを題材にしたのが、三浦しをんさんの「仏果を得ず」という小説です。
ここには、私、咲寿太夫自身や、出身小学校をモデルにした登場人物などが出てきますのでぜひ読んでください。
また、金のために運命の翻弄を巻き起こすこの場面、実は「金」という時が47回登場するという遊び心満載の台本になっています。
そんな豆知識を楽しみながら、仮名手本忠臣蔵をぜひご覧ください。
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竹本咲寿太夫
人形浄瑠璃文楽
太夫
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◾️仮名手本忠臣蔵
五段目
二つ玉の段
急ぎ行く。
またも降り来る雨の足、人の足音とぼとぼと、道は闇路に迷はねど子故の闇につく杖も、直ぐなる心堅親仁、一筋道の後から、
「オーイ〳〵。オイ親父殿、先にから呼ぶ声が、貴様の耳へは這入らぬか。この物騒な街道を、よい年をして大胆々々。連れにならう」
と向ふへ廻り、ぎよろつく眼玉、ぞつとせしが、さすがは老人
「これは〳〵お若いに似ぬ御奇特な。私もよい年をして一人旅は嫌なれど、サアいづくの浦でも金程大切な物はない。去年の年貢に詰まり、この中から一家中の在所へ無心に往たれば、これもびた平なか才覚ならず。埒の明かぬ処に長居はならず、すごすご一人戻る道」
と、半分言はさず、
「ヤイ〳〵喧しい。有様が年貢の納まらぬ、その相談を聞きには来ぬ。コレ親仁殿、俺が言ふ事とくと聞かしやれ、マアかうぢやわ。こなたの懐に金なら四五十両の嵩、縞の財布にあるのを、とつくりと見付けて来たのぢや。貸して下され〳〵。男が手を合はす。定めて貴様も何ぞつまらぬ事か、子が難儀に及ぶによつてといふ様な、ある格な事ぢやあろうけれど、俺が見込んだら、ハテしよ事がないと諦めて、貸して下され〳〵」
と懐へ手を差し入れ、引ずり出だす縞の財布
「アヽ申し、それは」
「それはとは、これ程こゝにあるもの」
と、ひつたくる手に縋り付き
「イエ〳〵、この財布は後の在所で草鞋買ふとて端銭を出しましたが、後に残るは昼食(ちゅうじき)の握り飯。霍乱(かくらん)せん様にと娘がくれた和中散、反魂丹(はんごんたん)でござります。お許しなされて下さりませ」
とひつたくり、逃げ行く先へ立ち廻り
「エヽ聞き分けのない。酷い料理するが嫌さに、手緩う言へばつけ上がる。サア、その金こゝへ捲き出だせ。遅いとたつた一討ち」
と、二尺八寸拝み討ち、
「ノウ悲しや」
と言ふ間もなく、唐竹割りと切り付くる、刀の廻りか手の廻りか、外れる抜身を両手にしつかと掴み付き
「どうでもこなた、殺さしやるの」
「オヽ、知れた事。金のあるのを見てする仕事。小言吐かずとくたばれ」
と、肝先へ刺しつくれば
「マア〳〵待つて下さりませ〳〵。ハア是非に及ばぬ。成程々々、これは金でござります。けれどもこの金は、私にたつた一人の娘がござります、その娘が命にも代へぬ大事の男がござりまする、その男のために要る金。ちと訳ある事故浪人して居まする。娘が申しまするは、あのお人の浪人も元は私故、何とぞして元の武士にして進ぜたい〳〵と、嚊とわしとへ毎夜さの頼み。アヽ身貧にはござりまする。どうも仕覚(しがく)の仕様もなく、婆と色々談合して娘にも呑み込ませ、婿へは必ず沙汰なしと示し合はせ、ほんに〳〵親子三人が血の涙の流れる金。それをお前に取られて娘はなんとなりませう〳〵ぞいの。マア一里行けば私が在所、金を婿に渡してから殺されませう。申し㳵、娘が喜ぶ顔見てから死にたうござります、これ申し。さりとてはお情けない。アヽかういふ事とは露知らず、さぞ女房子が待ちおらうと、そればつかりが気に掛かり、冥途の道をうろうろと迷ひまする」
とせき上げて、取り乱したる恩愛の、心ぞ思ひやられたり。
「貧乏寺の鐘の声、オヽ悲しいこつちやわ。もつととこぼえ、ヤイ老いぼれめ。その金で俺が出世すりや、その恵みでうぬが倅も出世するわやい。人に慈悲すりや悪うは報はぬ。アヽ可愛いや」
とぐつと突く、『うん』と手足の七転八倒、のたくり廻るを、脚(すね)にて蹴返し
「オヽいとしや痛かろけれど、俺に恨みはないぞや。金がありやこそ殺せ、金がなけりやコレなんのいの。金が敵だいとしぼや。アヽ南無阿弥陀仏、南無阿弥。南無妙法蓮華経。どちらへなりと失せをろ」
と、刀も抜かぬ芋ざし抉り、草葉も朱(あけ)に置く露や、年も六十四苦八苦、あへなく息は絶へにけり。
仕済ましたりと件の財布、暗がり耳の掴みよみ
「ヤア五十両、アヽ久し振りのご対面、忝なし」
と首にひつ掛け、死骸をすぐに谷底へ、はね込み蹴込み泥まぶれ、はねは我が身にかゝるとも知らず立つたる後より、逸散に来る手負ひ猪
「これはならぬ」
と身をよぎる。
駆け来る猪は一文字、木の根岩角踏み立て蹴立て、只一まくりに飛び行けば、『あはや』と見送る定九郎が、背骨をかけてどつさりと、肋へ抜ける二つ玉、ふすぼり返つて死したるは、心地よくこそ見えにけれ。
『猪撃ち留めし』と勘平は、鉄砲引提げこゝかしこ
「こりや人」
『天の与え』と押し頂き、猪より先へ逸散に、飛ぶが如くに
〽︎立ち帰る。
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