雪転かしの段
急ぎゆく。
風雅でもなく、洒落でなく、しょう事なしの山科に由良助が侘住居。
祇園の茶屋に昨日から雪の夜明し朝戻り、幇間仲居に送られて酒がほたえる雪転し。
雪はこけいで雪こかされ、仁体捨てし遊びなり。
「旦那、もうし旦那。お座敷の景ようござります。お庭の藪に雪持ってとなったところ、とんと絵にかいた通り。けうといじゃないかのう、お品」
「サアこの景を見て、外へはどっちへも行きたうござりますまいがな」
「ヘッ朝夕に見ればこそあれ、住吉の岸の向ひの淡路島山といふ事知らぬか。自慢の庭でも家の酒は飲めぬ〳〵。エヽ通らぬ奴〳〵。サア〳〵奥ヘ奥へ。奥はどこにぞ、お客がある」
と先に立つて飛石の、詞もしどろ、足取りもしどろに見ゆる酒機嫌。
「お戻りさうな」
と女房のお石が軽う汲んで出る、茶屋の茶よりも気の端香。
「お寒からう」
と悋気せぬ詞の塩茶酔ざまし、一口飲んであとうちあけ、
「エヽ奥、無粋なぞや〳〵。折角面白う酔うた酒さませとは。アアヽヽ降ったる雪かな。いかによそのわろたちがさぞ悋気とや見給ふやらん。それ雪は打綿に似て飛んで中入りとなる。奥はかゝ様といへばとつと世帯じむといへり。加賀の二布ヘお見舞の遅いは御用捨。伊勢海老と盃。穴の稲荷の玉垣は、朱うなければ信がさめるといふやうなものかい。
オイこれ〳〵〳〵こぶら返りぢや足の大指折つた〳〵。
おっとよし〳〵。ついでにかうじや」
と足先で、
「アヽこれほたへさしやんすな嗜ましやんせ。酒がすぎると他愛がない。ほんに世話でござろうの」
と物和かにあいしらふ。
力弥心得奥より立出で、
「もうし〳〵母人。親父様は御寝なったか。これを上げられい」
と差出す親子が所作を塗分けても、下地は同じ桐枕。
「オヽ〳〵」
おうは夢現、
「イヤもうみな往にゃれ」
「ハイ〳〵〳〵、そんならば旦那へよろしう。若旦那ちと御出でを」
目遣ひでいに際悪う帰りける。
声聞えぬまで行過ぎさせ、由良助枕を上げ
「ヤア力弥。遊興に事寄せまるめたこの雪。所存あっての事じゃが何と心得たぞ」
「ハア雪と申すものは降る時には少しの風にも散り、軽い身でござりませうとも、あの如く一致してまるまった時は、峰の吹雪に岩をも砕く大石同然重いは忠義、その重い忠義を思ひまるめた雪も、あまり日数を延ばしすごしてはと思召しての」
「イヤ〳〵、由良助親子、原郷右衛門など四十七人連判の人数は、みな主なしの日蔭者。日蔭にさへ置けばとけぬ雪、せく事はないといふ事。ここは日当り奥の小庭へ入れて置け。蛍を集め雪を積むも学者の心長き例。女ども、切戸内から開けてやりゃれ。堺への状認めん。飛脚が来たらば知らせいよ」
「アイ〳〵」間の切戸の内。
雪こかし込み戸を立つる、
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