さきじゅびより【文楽 太夫 豊竹咲寿大夫 オフィシャルブログ】

https://www.ntj.jac.go.jp/kokuritsu/2019/bunraku_9.html
令和元年文楽九月公演国立劇場サイトより引用





       
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「酒屋の段」中




日もほとんど落ち、夕闇がせまってきていた。


遠くの寺から鐘の音が響いていた。





茜屋を目指して歩く人影が二つ。


一人は頭を丸めた老人。

もう一人は若い女性である。





茜屋のおかみがそろそろ表を閉めようと出たところに、二人はちょうどやってきた。


「これは・・・、宗岸さま。それに、お園じゃないの」


頭を丸めた老人が宗岸、女性は宗岸の娘でお園といった。


「お代わりはございませんか」

お園は挨拶代わりにおかみに尋ねた。
親しげではあるが、なにやら茜屋に踏み込むのを躊躇しているようである。


「半兵衛どのはおられますかな」

娘とは対照的に、宗岸は遠慮なく敷居を越えた。
おずおずと娘もそれに続いた。





おかみがふたりを中に上げると、奥の部屋から半兵衛がのそのそと出てきた。


その娘を連れて出て行ったのやから、うちに用はないやろうに。何のご用じゃ」



半兵衛の言葉はまるで針のようにとげとげしかった。





宗岸はそんな半兵衛と対峙した。

「何を何を。

半兵衛殿のお腹立ちはごもっともじゃ。

お園という女房がありながら、三勝という女に心を奪われ夜も昼も家に帰ってこない半七の将来を見限って、無理矢理連れて帰ったのは、おれの気迷いじゃった」


お園と半七は夫婦中であった。
しかし、お園と結婚する以前から、半七は三勝という女性と密かに恋仲であったのだ。





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半兵衛の返事を待たず、宗岸は続けた。

「しかしまあ、一旦嫁にやった娘じゃ、男の方から三行半を突きつけられるまで無理矢理取り戻すというのは良くなかった。

これはこの宗岸の一生のし損ないと悔やんでいるのじゃ。

なにより園自身が泣き悲しんで、食事もろくにとらん。
このままでは病気になるじゃろうと心配になるほどじゃ。

半兵衛殿、すまんかった。


これまでの通りに嫁と思って、置いてやってくだされ」



深々と宗岸は頭を下げた。



お園もきまり悪そうにもじもじと手をついた。
「父の頑固一徹で無理に帰ることになりましたが、わたしはこの家で嫁として暮らしたいです。

一旦半七さんを旦那と決めたんやもの、嫌われるのはわたしが至らなかったから。

これから半七さんに気にいってもらえるよう励みます」


手をつく親娘に、おかみは寄っていった。

「何を言うの。

お園さえその心でいてくれるのなら、わたしたちはずっとあなたのことを娘だと思っているわ。

ねえ、半兵衛さん」


半兵衛は難しい顔をして、かむりを振った。


「いや。いいや、思わん」


眉間に皺を寄せて親娘を見据えた。

「そっちから無理矢理に実質の離縁をさせておいて、今更また嫁と思えとはなんと都合のええことや。

無駄なこと言うとらんと、早よ帰れ。
宗岸、連れて帰れ」


ぴしゃりと、言い放つ。
なんとも愛想なく納戸口のほうへ顎をしゃくり、そのまま顔を背けてふさぎこんだ。



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宗岸はその背中に語りかける。

「さあさあ、その腹立ちはもっともじゃ。

だが、失礼を詫びる。

わしの丸めた頭に免じて、どうか娘を」

「嫌や。

それに、そもそも息子は勘当したんや。
うちには子どもはもうおらん。
そやから嫁などという者はそもそもおらんのじゃ」


むすっとその背中が答えた。


「それも懲らしめるための少しの間のことじゃろうに」

「いいや、何度生まれ変わってもわしらの息子ではない」

頑固親父同士の言葉競りである。

宗岸は半兵衛の背中を見つめた。


「そしたら、聞いてええか、半兵衛。

そんな何度生まれ変わっても血縁やないと言い張る息子の代わりに、おまえさんは何でその着物の下に縄を掛けられとるんや



宗岸の思いもよらない言葉に、おかみとお園は驚きを隠せず、地蔵のように固まりかえっている半兵衛の着物を無理にはだけさせた。

すると、襦袢の上から腕を避けて、上半身が細縄で縛り上げられていた。

小手ゆるめの羽交い締めである。



罪人本人ではないので、手までは縛らなかったのであろう、それがゆえにおかみもお園も全く気づかなかったのだ。


先ほど、年寄たちがおかみの前に居づらい風だったのもこれを知っていたからであった。


「お義父さん、これはいったい」

「園よ、まだ驚いちゃいかん。

この縄は、半七の代わりにと言ったやろ、半七の罪状は

人殺しや



これにはお園もおかみも腰を抜かして驚いた。



「あんた、いったい何があったの、隠してないで言ってちょうだい」


それでも半兵衛は山の岩のように動かない。

かわりに事情を知っている様子の宗岸が、うっすらと目に溜まるものをこらえ、瞬きながら口を開いた。


「おとといの晩、天王寺の山の口で善兵衛が死んだ事件

犯人は半七らしいと聞いたときは、ああよい時に勘当なさったものやと思ったが、それは他人事としての考えじゃったなあ。

刑罰を逃れることができない半七の命を一日でも伸ばしてやりたいと、代わりに縄にかかったのは、やはりお主は心では半七を愛しているからじゃ。

そちらも勘当しているし、おれも娘を取り戻したから、親に迷惑も掛けないし良いことをしたと世間では言うじゃろう。

しかし、おれも一旦は半七の舅なった身や。


こういう事態になった時、褒められるよりも世間から笑われるのが親の役目。

それに園もそちらの娘となったのや。
おまえさん方が亡くなって、半七がいなくとも園は尼になってでもおまえさん方に供養を手向けます。
いや、手向けさせてくだされ。

勘当がほんまでも、心の底の底では親子の縁は切られんもんじゃ。

おれも、娘が可愛い。

この詫び事が叶わんかったら、おまえさん方にも突き放されたと娘が自殺でもしないかとおれは気が気やないんや。


愚痴なことを言うやつやと人が言おうが、おれは可愛い。

可愛いんや。



不憫や。

不憫なんや。



お願いや、半兵衛、聞き入れてくれへんか」



堪えていた涙の堰がとうとう崩壊し、宗岸は叫びにも似た涙を流した。



我強い半兵衛であったが、宗岸の心根を感じ、とうとう負けてしまった。

半兵衛も宗岸とともに涙を流した。



半兵衛は涙にむせ、また、持病の痰に咳き込んだ。

ごほごほと苦しみながら、宗岸に向き直った。


「こんな孝行な嫁にきてもらって、園や、おまえと離れなければならんかったのは辛かった。

帰したくない、離れたくないとは思ったけれど、さあ、あの半七のことだ。

こっちに帰ってくれば、このまま若くして未亡人になってしまう。

おれはそれが可愛そうで、可愛そうで。



・・・それで、詫び事を聞き入れんかったんや。



園、恨んでくれるな。

ああ・・・、ひとりの息子はお尋ね者。

明日からは何を頼りに生きていこう」




咳入りながら述懐した半兵衛であった。
お園は苦しそうに息をつく義父の背中を優しくさすった。
そんなお園もまた心が掻き乱れるようで、涙を堪え切ることができず、はらはらと泣いていた。



「言わなければならんこともある。

宗岸、園の前では言いにくい。
奥の部屋で少し話をしよう。


お園、もう一度言うが、お前を嫌っているわけじゃないんやぞ。

気にするんやないぞ。


さあ、宗岸と話している間、ここで待っていてくれるか」











半兵衛は柔らかにお園から離れると、妻と宗岸を引き連れて、奥の部屋へと涙を深めに入っていった。












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日本芸術文化振興会サイト



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国立文楽劇場

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国立劇場


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◾️心中天網島
天満紙屋内の段・切



令和元年九月文楽東京公演チラシより引用






すぐに仏なる。
門送りさへそこ/\に閾も越すや越さぬ中、炬燵に治兵衛またころり被る布団の格子縞。

「まだ曽根崎を忘れずか」
と呆れながら立寄って、布団を取って引退くれば枕に伝ふ涙の滝。身を浮くばかり泣きゐたる。
引起し引立て炬燵の櫓につきすゑ、顔つくづくと打眺め

「あんまりじゃ、治兵衛殿。それほど名残惜しくば誓紙書かぬがよいわいの。一昨年の十月中の亥の子に炬燵明けた祝儀とて、まあこれこゝで枕並べてこの方、女房の懐には鬼が住むか蛇が住むか。二年といふもの巣守にしてやう/\母様叔父様のおかげで、睦じい女夫らしい寝物語もせうものと楽しむ間もなくほんに酷い、つれない。さほど心残らば泣かしやんせ/\。その涙が蜆川へ流れて小春の汲んで飲みやらうぞ。エヽ曲もない恨めしや」
と、膝に抱付き身を投げ伏し口説き立ててぞ歎きける。

治兵衛眼押拭ひ、

「悲しい涙は目より出で、無念の涙は耳からなりとも出るならば、言わずと心を見すべきに、同じ目より零るゝ涙の色の変らねば、心の見えぬは尤も尤も。人の皮着た畜生女が、名残もへちまもなんともない。
遺恨ある身すがらの太兵衛、金は自由、妻子はなし。請出す工面しつれども、その時までは小春めが太兵衛が心に従はず、『少しも気遣ひなされな、たとへこなさんと縁切れ、添はれぬ身になつたりとも、太兵衛には請出されぬ、もし金ぜきで親方から遣るならば、物の見事に死んで見しょ』と、度々詞を放ちしが、これ見や。退いて十日も経たぬ中、太兵衛めに請出さるゝ腐り女の四つ足めに、心はゆめ/\残らねども、太兵衛めが威厳こき、治兵衛身代息ついての、金に詰まってなんどと、大阪中を触れ廻り、問屋中の交際にも面をまぶられ生恥かく、胸が裂ける身が燃える。エヽ口惜しい無念な熱い涙、血の涙、ねばい涙をうち越へ、熱鉄の涙がこぼるゝ」

とどうと伏して泣きければ

はっとおさんが興さめ顔。

「ヤアヽハア、それなれば、いとしや小春は死にゃるぞや」

「ハテサテ、なんぼ利発でもさすが町の女房ぢやの。あの不心中者がなんの死なう。灸をすゑ薬飲んで命の養生するわいの」

「いや、そうでない。私が一生言ふまいとは思へども、隠し包んでむざ/\殺すその罪も恐ろしく、大事の事を打明ける。
小春殿に不心中芥子ほどもなけれども、二人の手を切らせしは、このさんがからくり。
こなさんがうか/\と死ぬる気色も見えしゆゑ、あまり悲しさ、『女は相身互ひごと、切られぬところを思ひ切り、夫の命を頼む/\』と、かき口説いた文を感じ、『身にも命にも代へぬ大事の殿なれど引かれぬ義理合思ひ切る』との返事。
私ゃこれ守りに身を放さぬ。
これほどの賢女がこなさんとの契約違へ、おめ/\太兵衛に添ものか。女子は我人一向に思ひ返しのないもの。
死にゃるわいの/\。アヽひょんなこと、サア/\サ、どうぞ助けて/\」

と、騒げば夫も敗亡し

「取返した起請の中知らぬ女の文一通、兄貴の手へ渡りしはお主から行た文な。それなれば、この小春死ぬるぞ」

「アヽ悲しや、この人を殺しては、女同士の義理立たぬ、まづこなさん早う行て、どうぞ殺して下さるな」

と夫に縋り泣沈む。

「それとてもなんとせん、半金も手付を打ちつなぎ留めて見るばかり。小春が命は新銀七百五十匁呑まさねばこの世に止むることならず。今の治兵衛が四貫匁の才覚、打ちこみしやいでもどこから出る」

「なう仰山なそれですまばいと易し」
と、立って箪笥の小引出、明けて惜しげもないまぜの紐付袋押開き投出す一包み。
治兵衛取上げ
「ヤ、金か。しかも新銀四百匁、こりゃどうして」
とわが置かぬ金に目さむるばかりなり。

「その金の出所も後で語れば知れること。この十七日岩国の紙の仕切銀に才覚はしたれども、それは兄御と談合して商売の尾は見せぬ。小春の方は急なことそこに四四の一貫六百匁、マ、一貫四百匁」

と大引出の錠明けて箪笥をひらりととび八丈、
京縮緬のあすはない夫の命白茶裏、
娘のお末が両面の紅絹の小袖に身をこがす。
これを曲げては勘太郎が手も綿もない袖なしの、羽織も交ぜて
郡内の始末して着ぬ浅黄裏、
黒羽二重の一帳羅定紋丸に蔦の葉の、のきも退かれもせぬ中は、内裸でも外錦、
男飾りの小袖までさらへて物数十五種内端に取つて新銀三百五十匁、
よもや貸さぬといふことはないものまでもある顔に、夫の恥とわが義理を、一つに包む風呂敷の中に、情を寵めにける。

「私や子供はなに着いでも男は世間が大事。請出して小春も助け、太兵衛とやらに一分立てゝ見せて下さんせ」

と、言へども始終差仰向き、しく/\泣いてゐたりしが

「手付渡して取止め請出してその後、囲うて置くか内へ入るゝにしてから、そなたはなんとなることぞ」

と言はれてはっと行当り

「アアそうじゃ、ハテなんとせう、子供の乳母か、飯炊きか、隠居なりともしませう」

とわっと叫び伏沈む。

「あまりに冥加恐ろしい、この治兵衛には親の罰天の罰、仏神の罰は当らずとも、女房の罰一つでも将来はようない筈、ゆるしてたもれ」

と手を合せ口説き歎けば

「アヽ勿体ない。それを拝むことかいの、手足の爪を放しても、皆夫への奉公、紙問屋の仕切金、いつからか着類を質に間を渡し、私が箪笥は皆空殻、それ惜しいと思ふにこそ、なに言うても跡へんでは返らぬ。サア/\早う小袖も着替へて、にっこり笑うて行かしやんせ」
と、下に郡内黒羽二重縞の羽織に紗綾の帯、金拵への中脇差、今宵小春が血に染むとは仏や知ろし召さるらん。



「三五郎こゝへ」

と風呂敷包肩に負ほせて供に連れ、金も肌身にしつかと着け、立出づる門の口。


「治兵衛は内におゐやるか」
と、毛頭巾取って入るを見れば、
「南無三宝」舅五左衛門

「これはさて、折も折、ようお帰りなされた」
と夫婦は顛倒狼狼ゆる。

三五郎が負ふたる風呂敷もぎ取って、どっかと坐り尖り声。

「女郎下にけつからう。聟殿、これは珍しい、上下着飾り脇差羽織、あっぱれよい衆の金遣ひ紙屋とは見えぬ。コリャまた新地への御出でか御精が出まする。内の女房入らぬものおさんに暇やりゃ。連れに来た」

と口に針ある苦い顔
治兵衛はとかうの言句も出ず。

「父様、今日は寒いによう歩かしゃんす。まづお茶一つ」
と茶碗をしほに立寄って
「主の新地通ひも、最前母様孫右衛門様御出なされて段々の御意見、熱い涙を流し、誓紙を書いての発起心。母様に渡されしが、まだ御覧なされぬか」

「ヲ、誓紙とはこのことか」
と懐中より取出し
「阿呆狂ひする者の起請誓紙は方々先々書出しほど書き散らす。合点いかぬと思ひ/\来れば案のごとく、このざまでも梵天帝釈か、この手間で去状書け」
とずん/\に引裂いて投捨てたり。

夫婦はあっと顔見合わせ呆れて詞もなかりしが、治兵衛手をつき頭を下げ

「御立腹の段尤も御詫び申すは以前のこと。今日の只今よりなにごとも慈悲と思召し、おさんに添はせて下されかし。たとへば治兵衛乞食非人の身となり諸人の箸の余りにて身命は繋ぐとも、おさんはきっと上に据ゑ憂い目見せず辛い目させず、添はねばならぬ大恩あり、その訳は月日もたち、私の勤め方身上持直し、お目にかくれば知るゝこと、それまでは目を塞いで、おさんに添はせて給はれ」

と、はら/\こぼす血の涙、畳に喰ひ付き詫びければ

「非人の女房にはなほならぬ。去状書け/\。おさんが持参の道具衣類、数改めて封付けん」

と立寄れば女房あわて
「着る物の数は揃うてある。改むるに及ばぬ」
と駈け塞がれば
突退け、ぐっと引出し
「コリヤどうぢや」
また引出してもちんからり、ありだけこたけ引出しても、継ぎきれ一尺あらばこそ、葛寵長持衣裳櫃
「これほど空になったか」
と舅は怒りの目玉も据り、夫婦が心は今更に明けて悔しき浦島の炬燵布団に身を寄せて、火にも入りたき風情なり。

「この風呂敷も気遣ひ」
と引解き取散らし
「さればこそ/\これも質屋へ飛ばすのか。ヤイ治兵衛、女房子供の身の皮剥ぎ、その金でおやま狂ひ。いけどうずりめ、女房どもは叔母甥なれどこの五左衛門とは赤の他人、損をせう誼みがない。孫右衛門に断り兄が方から取り返す、サア去状/\」

と七重の扉、八重の鎖、百重の囲みは遁るゝとも、遁れ方なき手詰の段。

「ヲ、治兵衛が去状、筆では書かぬ、これ御覧ぜ。おさん、さらば」

と脇差に手をかくる
縋り付いて
「なう悲しや、父様、身に誤りあればこそ段々の詫言。あんまり理運過ぎました。治兵衛殿こそ他人なれ、子供は孫、可愛うはござらぬか。わしゃ去状は受取らぬ」
と、夫に抱付き声を上げ泣叫ぶこそ道理なれ。

「よい/\去状入らぬ、女郎め来い」
と引立つる。

「いや私ゃ行かぬ。飽きも飽かれもせぬ仲を、なんの恨みに昼日中、女夫の恥はさらさぬ」

と泣き詫ぶれども聞入れず

「この上になんの恥、町内一杯喚いていく」
と、引立つれば
振放し、小腕取られよろ/\と、よろめく足の爪先に可愛やはたと行当る
二人の子供が目をさまし
「大事の母様なぜ連れて行く、祖父様め。今から誰と寝ようぞ」
と慕ひ歎けば

「ヲ、いとしや。生れて一夜も母が肌を放さぬもの。晩からは父様と寝ねしや、や。二人の子供が朝ぶさ前忘れず、必ず桑山飲ませて下され。なう悲しや」

と言ひすつる

跡に見捨つる

子を捨つる



藪に夫婦の二股竹、永き別れと



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福徳に、天満あまみつ神の名をすぐに天神橋と行き通ふ、所も神のお前町、営む業も紙見世に、紙屋治兵衛と名を付けて千早ふるほど買ひに来る。かみは正直商売は、所柄なり老舗なり。

夫が炬燵に転寝を枕屏風で風防ぐ、外は十夜の人通り見世と内とをひと締めに、女房おさんの心配り

「日は短し夕飯時。市の側まで使に行て、玉はなにをしてゐることぞ。この三五郎めが戻らぬこと、風が冷たい二人の子供が寒からう。お末が乳の飲みたい時分も知らぬ、阿呆には何がなる。辛気な奴ぢや」

と独りごと。

「かゝ様一人戻った」
と走り帰る兄息子。
「ヲ、勘太郎戻りやったか。お末や三五郎は何とした」
「宮に遊んで乳飲みたいとお末のたんと泣きゃりました」
「さうこそ/\、こりゃ手も足も釘になった。とゝ様の寝てござる炬燵へあたって暖まりゃ。この阿呆めどうせう」

と待ちかね見世に駆け出づれば、
三五郎たゞ一人のら/\として立帰る。

「こりゃたわけ、お末はどこに置いて来た」
「ア、ほんにどこでやら落してのけた。誰ぞ拾たか知らんまで。どこぞ尋ねて来ませうか」
「おのれまあ/\大事の子を怪我でもあったらぶち殺す」

と、喚くところへ下女の玉、お末を背中に
「ヲゝ/\いとしや。辻で泣いてござんした。三五郎守りするならろくにしや」
と喚き帰れば、
「ヲ、可愛や/\。乳飲みたからうの」
同じく炬燵に添へ乳して、
「コレ玉。その阿呆め覚えるほど喰らはしゃ/\/\」
と言へば三五郎かぶり振り

「いや/\たった今お宮で蜜柑を二つづゝ喰らわせ、私も五つ喰うた」

と、阿呆のくせに軽口だて
苦笑ひするばかりなり。
「阿呆にかゝって忘りよとした、申し/\おさん様。西の方から粉屋の孫右衛門様と叔母御様。連立ってお出でなされます」
「これは/\そんなら治兵衛殿起そ。なう旦那殿起きさしゃんせ、母様と伯父様が連立ってござるげな。この短い日に商人が、昼中に寝たふりを見せてはまた機嫌がわるからう」

「おっとまかせ」

とむっくと起き、算盤片手に帳引寄せ

「二一天作の五、九進が三進六進が二進、七八五十六」
になる叔母打連れて孫右衛門内に入れば、

「ヤ兄者人、叔母様これはようこそ/\まづこれへ。わたくしはたゞ今急な算用いたしかゝる。四九三十六匁三六が一匁八分で二分の勘太郎よお末よ、祖母様伯父様お出ぢゃ、煙草盆持っておじゃ、一三が三、それおさんお茶上げましゃ」

と口早なり。

「いや/\茶も煙草ものみには来ぬ。コレおさん、いかに若いとて二人の子の親。結構なばかりみめではない。男の性の悪いは皆女房の油断から。身代破り女夫別れする時は男ばかりの恥じゃない。ちと目をあいて気に張りを持ちゃいの」
と言へば、

「叔母様愚かなこと。この兄をさへ欺す不覚悟者。女房の意見など暖かに。ヤイ治兵衛。この孫右衛門をぬく/\とだまし、起請までかやして見せ十日もたゝぬになんぢや請出す。エ、うぬはなあ、小春が借銭の算用か、おきをれ」

と算盤おっ取り庭へぐわらりと投捨てたり。

「これは近頃迷惑千万。先度より後今橋の問屋へ二度、天神様へ一度ならでは敷居より他出ぬわたくし。請出すことはさておき、思ひ出しも出すにこそ」

「言やんな/\昨夜十夜の念仏に講中の物語。曽根崎の茶屋紀の国屋の小春といふ白人はくじんに、天満の古い大尽が他の客を追ひのけ、すぐにその大尽が今日明日に請出すとのこれ沙汰。売買い高い世の中でもかねと戯けは沢山なと、色々の評判。こちの親父五左衛門殿、常々名を聞き抜いて、『紀の国屋の小春に天満の大尽とは治兵衛めに極った。嬶のためには甥なれど、こちは他人娘が大事。茶屋者請出し女房は茶屋へ売りをらう。着類きそげに傷付けられぬ間に取返してくれう』と、沓脱半分下りられしを『ノウ騒々しい神妙しんびょうにもなることを。明さ暗さ聞届けて上のこと』と押しなだめ、この孫右衛門同道した。孫右衛門の話には『今日は昨日の治兵衛でない、曽根崎の手も切れ本人間の上々』と、聞けば後からはみ返る。そもいかなる病ぞや。そなたの父御は叔母が兄。いとしや光誉道清往生の枕を上げ、『婿なり甥なり治兵衛がこと頼む』との一言は忘れねど、そなたの心一つにて頼まれし甲斐もないわいの」

とかっぱと伏して恨み泣き。

治兵衛手を打ち

「よめた/\。取沙汰のある小春は小春なれど、請出す大尽大きに相違。兄貴もご存じ、先日暴れて踏まれた身すがらの太兵衛、妻子眷属持たぬやつ。銀は在所伊丹から取寄する、とっくにきゃつめが請出すをわたくしに押さへられ、この度時節到来と請出すに極まった。われら存じも寄らぬこと」

と言へば、おさんも色を直し

「たとへわたしが仏でも男が茶屋者請出す、その贔屓せう筈がない。こればっかりはこちの人に微塵も嘘はない。かゝ様、証拠にわたしが立ちます」

と、夫婦の詞割符も合ひ
「さてはさうか」
と手を打って叔母甥心を休めしが

「ムヽものには念を入れること。まづ/\嬉しいとてもに心落付くため、頑固かたむくろの親父殿疑ひの念なきやうに誓紙書かすが合点か」

「なにがさて千枚でも仕らう」

「いよいよ満足、すなわち道にて求めし」

と孫右衛門懐中より、熊野の牛王の群鳥、比翼の誓紙引換へ、今は天罰起請文、小春に縁切る思ひ切る、『偽り申すにおいては上は梵天帝釈下は四大』の文言に、仏揃へ神揃へ紙屋治兵衛名をしつかり、血判をすゑて差出す。

「アヽ母様伯父様のおかげでわたしも心落着き、子仲なしてもつひに見ぬ固め事、みな悦んで下さんせ」

「ヲヽ尤も/\、この気になれば固まる、商売あきない事も繁昌しよ。一門中が世話やくも、みな治兵衛ためよかれ、兄弟の孫ども可愛さ。孫右衛門おぢゃ、早う帰って親父に安堵させたい。
世間が冷える、子供に風邪ひかしゃんな。これも十夜の如来のおかげ、これからなりともお礼の念仏。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」


と立帰る心ぞ




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床本一覧







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◼️加賀見山旧錦絵かがみやまこきょうのにしきえ


◼️桂川連理柵かつらがわれんりのしがらみ

道行朧の桂川



◼️仮名手本忠臣蔵かなでほんちゅうしんぐら




◼️源平布引滝げんぺいぬのびきのたき






◼️生写朝顔話しょううつしあさがおばなし




◼️心中天網島しんじゅうてんのあみしま

北新地河庄の段・中

北新地河庄の段・奥

天満紙屋内の段・口




◼️菅原伝授手習鑑すがわらでんじゅてならいかがみ

喧嘩の段

寺入りの段













◼️鳴響安宅新関なりひびくあたかのしんせき

勧進帳の段





◼️双蝶々曲輪日記ふたつちょうちょうくるわにっき

堀江相撲場の段

難波裏喧嘩の段


















◾️心中天網島
北新地河庄の段・奥



令和元年九月文楽東京公演チラシより引用





天満に年経る千早振る、神にはあらぬ紙様と、世の鰐口に乗るばかり。

小春に深く大幣の、腐り合うたる御注連縄。今は結ぶの神無月、せかれて逢はれぬ身となり果てあはれ逢瀬の首尾あらば、それを二人が最期日と、名残りの文の言ひ交はし、毎夜々々の死覚悟。魂抜けてとぼ/\うか/\、身をこがす。
『煮売屋で小春が沙汰。侍客で河庄方』と耳に入るより『サア今宵』と、のぞく格子の奥の間に客は頭巾を頤の、動くばかりに声聞こえず。

「可愛や小春が灯火に、背けた顔の、アノマア痩せたことわいの。心の中は皆おれがこと。こゝにゐると吹込んで、連れて飛ぶなら、梅田か北野。エゝ知らせたい。呼びたいと、心で招く気は先へ身は空蝉の脱殻や、格子に抱付きあせり泣き。

奥には客が大あくび。

「イヤモ思ひのある女郎衆のお伽で、とんと気がめいる。門も静かな。端の間へ出て、行燈でも見て気を晴らさう。サア/\ござれ」

と、連れ立ち出づれば、『南無三宝見付けられじ』と身を忍び、かくれて聞くともうちには知らず、

「なふ小春殿。宵からのそぶり、詞のはしに気をつくれば、花車が話の紙治とやらと、心中する心と見た。イヤサ違ふまじ。死神のついた耳へは、意見も道理も入るまじとは思へども、さりとは愚痴の至り。先の男の無分別は恨まず、一家一門みなそなたを恨み憎しみ、万人に死顔さらす身の恥。親はないかも知らねども、もしあらば不孝の罰。仏は愚か地獄へも、コレ暖かに二人連れでは落ちられぬ/\。痛はしとも笑止とも、一見ながら武士の役、見殺しにはなりがたし。コレ定めて金づく、五両十両は用に立てゝも助けたし。なんと死ぬる気に違ひあるまい。神八幡侍冥利他言せまじ。小春心底残らず打明きやれ。サゝどうちや、どうぢゃ」

とさゝやけば、手を合せ、

「ア、恭いありがたい。馴染み誼みもない私。御誓言での情けのお詞、涙がこばれて嬉しうござんす。ほんに色外に顕るゝと、お前様の推量のとほり紙治様と死ぬる約束。親方にせかれて、逢瀬も絶え、差合ひあって今急に請出すこと叶はず。南の元の親方と、こゝとにまだ五年ある年の中、人手に取られては、私は元より、主はなお いち分立たず。『いっそ死んでくれぬか』『アゝ死にましょ』と引くに引かれぬ、義理詰めにふっと、言ひ交はし、首尾を見合せ、合図を定め、『抜けて出よう』『抜けて出よ』といつなんどきを最期とも、その日送りのあへない命。私一人を頼みの母様、死んだ後では、袖乞ひ非人の、餓死もなされうかと、これのみ悲しさ私とても命は一つ水臭い女と思召すも、恥かしながら、その恥を捨てゝも死にともないが第一。死なずにことの済むやうに、どうぞお前を頼みます」

と、語ればうなづき思案顔。

外には『はっ』と聞いて驚き、思ひがけなき男気木から落ちたるごとくにて、気もせき狂ひ、

「エゝさてはみな嘘か。二年といふもの化かされた。根性腐りしアノど狐。踏込んで一討ちか、面恥かゝせて腹癒よか」

と、歯ぎり/\/\口惜し涙。
うちにも小春がかこち泣き。

「コレもうし。卑怯な頼みごとながら、お侍様のお情に、今年中来春二三月の頃までも、私に逢うて下さんして、かの男の来る度毎に、邪魔になって期を延ばし、期を延ばせばおのづからも手も切れて、先も殺さず、私も命を助かる道理。なんの因果に死ぬる契約したことぞと、思へば悔しうござんす」

と、口と心は裏表。絞る袂は雨露の、膝にもたれて泣きゐたる。

「ム、聞届けたそなたの願ひ。コレ風も来る人や見る」

と格子の障子ばた/\と、立聞く治兵衛がが気も狂乱

「エ、さすが売物安物め。ど性骨見違へし、エ、口惜しや。斬らうか突かうか、どう」
障子に映る、二人の横頗。

「エ、くらはせたい、はりたい。なにぬかすやらうなづき合ひ、拝む囁く吠えるざま。胸を押へさすっても堪へられぬ、堪忍ならぬ」

と、心もせきに関の孫六一尺七寸抜放し、格子の狭間より小春が脇腹、『こゝぞ』と見極めぐっと突くに座は遠く、「これは」とばかり怪我もなく、すかさず侍飛びかゝり、両手を掴んでぐっと引入れ、刀の下緒手ばしかく格子の柱に、がんじがらみにくゝるうち、立帰るこの家の亭主。

「ヤァこれは」とばかり驚けば、

「アヽ苦しうない/\。障子越しに抜身を突込むあばれ者、腕を格子にくゝり置いたれば、気遣ひなことはない。そなた衆は小春をつれて奥へ行き
ゃれ。身どもはあのうろたへ者。なにゆゑかようの狼藷をいたすぞ、詮議する。サァはやく奥へ行きゃれ」

「イエ/\お前ばかりこゝにおきましてはあぶなうござります」
「イヤサ コリャ、人立ちあれば所の騒ぎ、大勢が立合ひ口論におよべば、武士の立たぬやうになるまいものでもない。といふも遊所ゆゑ、身も忍びの遊興。よい/\、身どもばかりこゝにゐて気遣ひなら、一緒に奥へ行かう。小春おぢゃ行て寝よう」
「アイ」

『あい』とは言へど見知りある脇差の、突かれぬ胸に『はっ』と貫き、
「治兵衛さん」
「なにがなんと」
「サア、慈悲といふことがなければ、人は難儀をするげな。あんまり酒をすごして、色里にあるならひ。沙汰なしに去なして遣らんしたら、ナア河庄さん。わしゃよさそうに思ひます。いっそこの縄といて」
「アヽコリヤ/\その縄解くな/\。くゝりつけしは仔細あり。身次第にして皆奥へ」
「それでもお前」
「ハテ 構はずと小春、おぢゃいの」

と打連れ立って奥の間の、影は見ゆれどくゝられて格子手枷に もがけば締り、身は煩悩につながる犬に劣った生恥を、覚悟極めし、血の涙しぼり泣くこそ不便なれ。

ぞめき戻りの、身すがら太兵衛。善六伴ひ立帰り、

「コリャヤイコリャ、格子覗いてけつかるのはどいつぢゃ。頬冠りしやがって、テモマいやみながきじゃな。コヽヽヽヽ頬冠りとれやい/\。エヽ取りゃがれ。治兵衛か。われに逢ひたうて宵から一遍尋ねたはやい。サア/\二十両の金戻せ金戻せ」

「ムヽ二十両の金とは」

「ヤアとぼけな/\とぼけなやい。たしかな証拠」

と懐の、紙入より証文を取出し、

コレ、これを見いやいこれを。『エヽ一つ金子廿両也。右は今日入用に付難儀致し候処、御取替へ下され候段御慈悲の程忘れもうさず、有難く存じ奉り候。何時なりともこの手形を以て、きっと返弁もうすべく候』あとはお定りぢゃ『江戸屋太兵衛殿。紙屋治兵衛判』こりゃコレ、われが直筆ぢやぞよ。これでも覚えないかい/\」

「サアそれはアノこの間石町の御出家に」

「ヤアどこへぬけ/\/\とさうは抜けさせぬ。コリヤ、証文が物いふわいやい証文が。いじむじぬかしゃ代官所、ナア善六」

「ヲヽさうぢゃ/\ヤイ、うせやがれ」

と引立つれば
「アイタヽヽヽアイタ」
「なんぢゃあひたい。逢ひたいて誰に逢ひたいエエ、うせやがれ」
「アイタヽヽヽアイタ」
「なんぢゃ痛い痛いて何が痛い。
エヽドオヽヽヽヽハヽヽヽヽハヽヽヽヽコリャ善六/\ちょっと見い/\、治兵衛めが縛りつけられてけつかるわい/\ハヽヽヽヽ」
「エ、ドレどこに/\、ほんになァ ハヽヽヽヽヽハヽヽヽヽヽハヽヽヽヽ。したが、こりゃマァ一体どうしたんじゃろな」
「サァどうしたんぢゃろうな。エヽ聞えた。さては盗みひろいだな。大かたりめ、がんどうめ、いき掏摸め」

と、蹴飛し蹴散らし張廻し、

「ソリヤ紙屋治兵衛が盗みして縛られた」

と、呼ばはり喚けば往きかふ人、あたり近所も駈け集る。

うちより侍飛んで出で善六を突きとばし、太兵衛が腕ねじ上ぐれば、

「アイタヽヽヽヽヽアイタ/\。エ、コリヤなんとする」

「イヤ、なんともいたさぬ。この治兵衛には仔細あって某が縛りおく。うぬらが土足にかけ、盗賊との狼籍。ヲヽおのれ最前これへ参る砌、無礼を働く泥棒めら。サァ治兵衛がなに盗んだ。かたりとは何をかたった。それぬかせ」

「ア、コレ/\/\お侍/\。証拠のないこと言ふかいの/\。コレこの証文が確かな証拠。サア/\/\コレ見やしゃれいの/\。なんぢゃい、けたいの悪い。それほど恩を見せた二十両、忝いと礼はぬかさず、イヤ坊主ぢやの イヤ御出家のと、間に合ひをぬかすゆゑ、かたりと言うたが誤りか。へンちっとさうもあるまいかい。ドレその一札」

と取りにかかるを孫右衛門、すかさず投出す二十両。太兵衛が顔へ打ちつくる。

「アイタヽヽヽ」
「治兵衛が借つた二十両」
「エヽ」
「コリヤあとで小言をいはぬやう、一両々々改めて、受取りをらう」
「ヘイ」
「もうし分はないか」
「イヤモ金受取れば言分は、ムヘヽヽヽヽござりやせんで/\ござりやす」
「言分なくばコリヤかう」

と、太兵衛がえり髪引つつかむ。

『これは』と立寄る善六を、沈んで投げつけまた起上る太兵衛をば、蹴飛し/\投げちらせば、はう/\起きて睨め廻し

「ヤイおのれら、よう見物してどづかせたな。一々面見覚えた。返報する覚えてをれ」

と、へらず口にて逃出す。

立寄る人々どつと笑ひ、「ワアイどつかれてさへあの頤とらまへて締めてこませ」「ソレそつちへ行きよつた。二三人そつちへ廻れ、橋から投げて水くらはせ」「やるな/\、やるな/\」と追つかけ行く。

人立ちすけば侍、立寄つて縛目解き、頭巾を取り捨て、

「コリヤ、この面を見よ」
「エ、兄者人」

と逃げんとすれば、孫右衛門引止め、

「コリャ動きをるまい、うぬ。言ふことがある。サ失せう」

と引立てうちに引きすゆれば、

「兄者人々々々、々々々、面目なや」

とどうと座し、畳にひれふし泣きゐたる。
「さては兄御様かいの」
と、走り出づる小春が胸ぐら取つて引据ゑ、

「ヤイ畜生め狐め。太兵衛より先きうぬを」

と、足を上ぐれば孫右衛門。

「ヤイ/\/\コリャ/\。そのたはけからこと起るわい。コリャ人をたらすは遊女の習ひ。おのれが目には今見えたか。この孫右衛門はたった今、一見にて逢ふた女郎の心底を見抜いてゐるわい。小春を蹴る足で、うろたへたそのおのれが根性をなぜ蹴らぬ。
チエ是非もなや。
弟とは言ひながら、三十に追掛り、勘太郎お末といふ六つと四つの子の親、六間口の家を持ち、身代潰るゝ弁へなく、兄の意見を受けることかい。舅は伯母婿、姑は伯母者人親同然。女房おさんはわがためにも従妹。結び合ひ/\、重々の縁者親子中。一家一門参会にも、おのれが曽根崎通ひの悔みよりほか、余のことはなんにもないわい。
いとしいは伯母者人、連合ひ五左衛門殿は、にべもない昔人、嬶の甥御に倒され娘を捨てた、おさんを取返し、天満中に恥かゝせんとのお腹立ち。伯母者人の気扱ひ、敵になり味方になり、病ひになるほど心を苦しめ、おのれが恥を包まるゝエヽ恩知らずめ。この罰たった一つでも行く先に的が立つ、かくては家も立つまじ小春が心底見届け、その上の一思案、伯母の心も休めたく、この亭主に工面しおのれが病ひの根源見届くるわい。
女房子にも見返しは尤も、心中よしの女郎。お手柄/\。
アヽ結構な弟を持ち、人にも知られし粉屋の孫右衛門。祭の練衆か気違ひか。ついに差さぬ大小ぼっこみ、蔵屋敷の役人と、歌舞伎役者の真似をして、馬鹿を尽したこの刀、おりゃ捨てどころがないわいやい。小腹が立つやら、アハ、をかしいやら、あまりのことでエヽヽ胸が痛い」

と、歯ぎしみし、泣き顔かくす渋面に小春は始終むせかへり、わが身の上は得も言はず、兄の意見と母親の心遣ひを思ひやり、「みなお道理」とばかりにて詞も涙にくれにけり。

治兵衛涙を押拭ひ、

「アヽあやまった/\あやまりました兄者人。三年前よりあの古狸に魅入られ、親子一門妻子まで袖になし、身代の手縫れも小春といふ屋尻切にたらされ、アヽ後悔千万。モウ/\/\ふっつり心残らねば、足向もするまじ。
ヤイ狸め狐め屋尻切め。貧乏神の親玉め。思ひ切ったといふ証拠これ見よ」

と、肌にかけたる守り二つ、

「月頭に一枚づつ、取交したる起請。合せて二十九枚戻せば恋も情もない。コリャ請取れ」

とはたと打付け、

「もうし兄者人。あいつが方のわれらが起請。数改めて請取って、お前の方で火にくべて下さりませ」

「なんといふ。スリャふっつりと思ひ切ったか」
「ハイ」
「微塵も心は残らぬな」
「ハイ」

「でかした、男ぢゃ。人中で面恥かゝせた孫右衛門、血を分けた兄ぢゃと思へばこそ、よう思ひ切った。嬉しいぞよ/\。
ナニ小春殿。こちの治兵衛は男でござる。さっぱりと思ひ切りました。今までは小沢山に、よう書いてやって下さつた。この起請返します。また治兵衛が方から、なにやら書いてやったものがあるげな。それをこっちへ返して下され。
ハテ今になつてなんのうぢ/\。サはやう、これか、/\」

と懐に手を差し込んで守袋、引出す一通。

「ハテ惜しうもないこの紙屑。残らずお返しなされ」

と、言ひつゝ読む文見てびっくり、「小春様参る紙屋内」

「アヽコレそりゃ見せられぬ大事の文」

と取付く手をとり孫右衛門。
「ムヽスリヤこな様この状の客へ、義理立てゝ」

「コレ兄者人。どこの客から来た状ぢゃ。ちよっと見せて下さりませ」

「ハテさて、どこの客から状が来うと、思ひ切った女郎のこと。わが身の構ふことはない。ずっとそっちへ寄ってゐや/\。エヽそっちへ行きゃと言ふに、ヤナニ小春殿。最前は侍冥利。今は粉屋の孫右衛門。商ひ冥利。女房子に限って話しはせぬ。勤めの中にもそれほどまでに。イヤサ 真実のないは女郎の常ぢゃわい。最前の水臭い詞は、かういふ状が来てあるから、これぢやもの、道理ぢや/\。それに、心中して死なうとは、いかい阿呆ではあるわい。思ひ廻せば廻すほど、をかしいやら、不便なやら、あんまりで涙がこぼれる。ハヽヽヽハヽヽヽハヽヽヽハヽ」

と笑ひに紛らす真実は、口に言はれぬ心の礼。

「孫右衛門様。必ずその文、ほかへ見せて下さりますなえ」

「起請とともに火に入れる。コレ、誓言に違ひはないわいなう」

「エヽ忝ない。それでわたしが立ちます」

と、また伏沈めば、

「ハヽヽヽヽヽヽヽなんのおのれが立つの立たぬとは人がましい。モ、モ、モかうなるからは片時も顔が見たうもない。サァ兄者人帰りましょ帰りましょ/\/\/\。ドリャ、帰りましょかい」

「いかさま、最前からの様子さぞ腹が立たう。サアそんなら同道しませう。先へ行きや」

「ハイ」

「先へ行きや」

「ハイ」

「エ、行きやいの」と言ふに しを/\立出づる。

「兄者人。どうもこゝが堪りませぬ。今生の思ひ出にたつた一つあいつが面を」

と、走り寄れば、

「ア、コリヤ/\/\、何とする」

「イヤなにもしやいたしませぬ。一寸言ふだけでござります」

「そんならえゝか」
「ハイ」
「えゝなア」
「ハイ」
「エ、言うても言はいでものことを」

「ヤイ赤狸め。おのれゆゑに面恥かき、足かけ三年といふもの、恋しゆかしいとし可愛も、今日といふ今日、愛想が尽きたわい。たったこの足一本の暇乞ひ」

と、額ぎははたと蹴て、「わっ」と泣き出す男気を、思ひやるほど堪えかねて、

「もうこりやどうも、いつそ心を打明けて」「アゝコレ/\/\、蹴られうが擲かれうが、そこをぢっと辛抱せずば、この状の客へ義理が立つまい、イヤサコレ立つまいがのコレ、小春殿」

と、孫右衛門に制せられ、

「ハア」
『はっ』とばかりに泣別れ、

帰る姿もいた/\しく、見送り声を上げ、歎く小春も酷らしき

不心中か心中か、誠の心は女房の、その一筆の、奥深く誰が文も見ぬ恋の道別れて、こそは立帰る