【床本】堀川御所の段「義経千本桜」 | さきじゅびより【文楽の太夫(声優)が文楽や歌舞伎、上方の事を解説します】by 豊竹咲寿太夫
◾️義経千本桜
堀川御所の段








▶︎仙洞御所の段

▶︎北嵯峨の段



〽︎出でていく

 君は八島の勝軍、国も静が舞扇、賑はふ御所は二条堀川、静誉めるも君誉める、色めきてこそ見へにけれ。

 然る所へ遠見の役人、慌ただしく罷り出で

「今日大津坂本の辺(ほと)りを巡見致せしに、忍び〳〵に鎌倉武士、都へ入り込み候ふ中にも、土佐坊正尊、海野太郎行永、熊野詣でと偽りわが君の討手に向かふと専らの風聞。殊に只今鎌倉の大老川越太郎重頼、我が君へ直談とてお次に控へ罷りあり。いかゞ計らひ申さんや」

と、尋ね申せば

卿の君

「心得ぬ事共や。その川越太郎は自らとは故ある人。土佐海野が討手の様子、知らさん為に来たりしか。何にもせよ縁あれば苦しうない、お通し申せ。その旨君へも申し上げん」

と、皆々引き連れ奥の殿へぞ急ぎ行く。



 程なく入り来る武士(もののふ)は、鎌倉評定の役人川越太郎重頼、大紋烏帽子爽やかに、年も五十路の分別盛り、広庇(ひろびさし)に入り来たれば

御主九郎判官、御装束を改められ、しづ〳〵と立ち出で給ひ

「ヤア珍しや重頼、兄頼朝にもお変りなく百侯(ひゃっこう)百司(ひゃくし)も恙(つつが)なしや」

と、仰せに『ハツ』と頭(こうべ)を下げ

「まづは御健体を拝し恐悦至極。右大将頼朝公にも安全に渡らせられ、諸大名も毎日の出勤、賢慮安んじ下さるべし」

と、申し上ぐれば義経公

「シテその方は海野土佐坊同役にて上ぼりつらん。但しは他に用事ありや」

と、尋ねに重頼

「さればの儀、君に御不審三ケ条あり。一々お尋ね申し上げ、御返答によって海野土佐坊と同役。恐れながら過言は御赦免なされ、尋ぬる子細御返答」

と、申し上ぐれば

「ホヽ面白し、この義経に不審あらば兄頼朝になり代り過言は赦す。尋ねて見よ、申し開かん。遠慮無用」

と、仰せに猶も平伏し

「冥加に余る幸せ。とてもの事に御座改め下されよ」

と、席を立てば

大将も、末座へ下がって川越を上座へこそは請ぜらる。



席改めて川越太郎

「いかに義経、平家の大敵を亡ぼし軍功を立てながら、腰越より追ひ返され無念にあらん。但しさもなかりしか」

『ハツ』と義経袖かき合はせ

「親兄(しんきょう)の礼を重んずれば無念なとも存ぜず」

「ヤアその詞、虚言々々。『親兄の礼を重んずる者が平家の首の内、新中納言知盛、三位中将維盛、能登守教経、この三人の首は贋物。なぜ偽つて渡したぞ』まづこの通りの御立腹。サア御返答は」

と尋ぬれば

「ホヽその言ひ訳いと易し。贋物を以て真とし、実を以て贋とするは軍慮の奥義。平家は二十四年の栄華、滅び失せても旧臣陪臣国々へ分散し、赤旗の翩翻(へんぽん)する時を待つ。一門の中にも三位中将維盛は小松の嫡子で平家の嫡流。殊に親重盛、仁を以て人を懐け、厚恩の者その数知らず。維盛存へありと知らば、残党再び取り立つるは治定(じじょう)。また新中納言知盛、能登守教経は古今独歩の似非(えせ)者。大将の器量ありと招きに従ひ馳せ集まる者多からん。さすれば天下穏やかならず。いづれも入水討死と世上の風聞幸ひに、一門残らず討ち取りしと、贋首を以て欺きしは、一旦天下を静謐(せいひつ)させん義経が計略。とあって捨て置かれぬ大敵故、熊井、鷲尾、伊勢、片岡、究竟の輩(ともがら)を休息と偽り国々へ分け遣はし、忍び〳〵に討ち取る手筈。かく都に安座すれども心は今に戦場の苦しみ。兄頼朝は鎌倉山の星月夜と諸大名に傅(かしづ)かれ、月雪花のもてあそび。同じ清和の胤ながら、朝(あした)には禁延に膝を屈し、夕(ゆうべ)には御代長久の基(もとい)を謀る。いつか枕を安んぜん、あさましの身の上」

と、打ちしをれ給ふにぞ。

『げに理り』と重頼も、思ひながらも役目の切羽

「ム、さてはその御述懐ある故に御謀叛思し立たれしか」

と、言はせも立てずくはっとせき上げ

「やあ穢はし、謀叛とは何を以て、何を目当て」

と、御気色変はれど

ちっとも恐れず

「君鎌倉を滅ぼさんと院宣を乞ひ給ひしに、初音の鼓を以て裏皮は義経、表は頼朝、打てといふ声あるとて頂戴ありしとは、左大臣朝方公より急の知らせ」

と、聞いて義経

「さては朝方が讒言せしな。その鼓の事は某かねての懇望、下だし置かるゝ場になって反逆(ほんぎゃく)に寄せたる詞の品。これ朝方の計らひとは思へども、院中より下さるゝ恩物、請け納めずば綸命に背く、受けては兄頼朝へ孝心立たずと、望みに望みし鼓なれども、あれあの如く床に飾りて眺むるばかり。神明仏陀も照覧あれ、打ちもせず手にも触れず」

と、仰せに川越「ハヽヽヽハツ」と三拝し

「その御誓言の上何疑ひ奉らん。二つの仰せ分けられさっぱり明白。さりながら情けなきは今一つ、御簾中卿の君は平大納言時忠の娘、平家に御縁組まれし心はいかに」

「ヤア愚かな尋ね。兄頼朝の御台政子は北条時政が娘、その時政は平家にあらずや」

「イヤそれは主君頼朝、伊豆の伊東に御座ある時、北条一家を味方に付けん計略の御縁組」

「ヤア言ふな〳〵、もと卿の君は汝が娘、平大納言へ貰はれ育てたは時忠、肉身血を分けた親はその方、なぜそれ程の事鎌倉にて言ひ訳せざるや。但し義経と縁あると思はれては、身の瑕瑾(かきん)と思ひ隠し包んだか、卑怯至極」

と仰せを聞くより川越太郎、居たる所をどっかと居直り

「ヤア、お情けない義経公、清和天皇の末流、九郎義経を婿に持ったは恐らく日本の舅頭。五十に余る川越が、名を惜しんで禄を貪らうや。今肉縁をあかせば、こなたの言ひ訳するも暗く、縁者の証拠となる故に鎌倉では隠し包んだ、陰になり日向になり、言ひくろむれども御前には讒者の舌は強くなり、今になって川越が娘と言ふて得心あらふか、卑怯至極と思し召す御心根も面目なし、皺腹(しわばら)一つが御土産」

と、差添へ手早に抜き放す

「ノウこれ待って」と卿の君、駆け出でて手に縋り

「その言ひ訳は自ら」

と、刃物もぎ取りわが喉へ、ぐっと突き立てどうど伏す

『これは』と驚く義経公

静も駆け出で抱き起こし、「薬よ、水よ」とうろたへて、涙より他詞なし。


 川越は見向きもせず

「出かされた時忠の娘、そうなうては御兄弟、御和睦の願ひも叶はず、とくに呼び出しわが手にかけんと思ひしが、われと最期を遂げさして死後に貞女と言はせたく、わざと自滅と見せかけし。よふ抜き身を奪ひ取った。ハアあっぱれけなげな女中や」

と、よそに誉むるも心は涙


 義経間近く立ち寄り給ひ

「かくあらんと思ひし故、わざと川越が血筋を顕はし、平家の縁を除かんと、思ひし甲斐もなき最期。浅ましの身の果、よしなき契りを交はせし」

と、御目に余る涙の色

静御前も諸共に、あなたこなたを思ひやり、泣きしづみ給ふにぞ。

手負ひは君を恋しげに

「一つならず二つまで大切な言ひ訳立ち、残る一つは平家と縁組、その科わたしが皆なす業。恋ひ慕ふ身をお見捨てなう、これまではいかいお情け、世につれないと儚いは、明日を定めぬ人の命、短ふお別れ申します。静殿、わが君様を大切に、頼むぞやいの」

とせき上げて、『わっ』とばかりに泣きけるが

「さあ〳〵川越殿、平大納言時忠が娘の首、頼朝様へお目にかけ、御兄弟の御和睦、それが冥途へよい土産」

と、首さしのばす心根を

思ひ遣る程川越太郎、胸に満ちくる涙をば、呑み込み〳〵傍に立ち寄り

「出かされたあっぱれ〳〵、あかの他人の某が、介錯して進ぜう」

と、刀するりと抜き放す

「ノウコレ、そのあかの他人の御手を借りるも深き御緑、とてもの事にたった一言」

「親子の名乗りは未来でせう、さらば〳〵」

「さらば〳〵」

と、討つ首よりも体は先へ川越が、どうど座してぞしをれゐる、心ぞ思ひやられたり。


 静御前も義経も嘆きに沈み給ふ折から



耳を突き抜く鐘太鼓、閧(とき)をどっとぞ上げにける。

『コハいかに』と静は仰天

君も驚き

「さては海野土佐坊めが攻めかけしと覚えたり。亀井駿河」

と仰せの内より押取り刀で両人が、表をさして駆け出づるを

「ヤレ待たれよ」

と太郎は呼び止め

「仰せ分けを聞くまではと、留め置きしを攻めかけたは、彼らも讒者と一味の輩、とは言へ両人鎌倉殿の名代、過ちあっては敵対するも同然、只すみやかに追返すか、威しの遠矢で防がれよ。さないと忽ち義経の仇」

と、言ひ含むれば

両人は、「尤も道理」と呑み込んで、表をさしてかけり行く。



 義経公も川越が詞至極と猶も気を付け

「無分別の弁慶が心許なし。武蔵々々」

と呼び給へば

腰元立ち出で

「武蔵殿は最前より打ち萎れゐられしが、鬨(とき)の声を聞くとはや、悦び勇んで行かれし」

と、聞くより

「こいつ事仕出さん、静参って急ぎ制せよ。矢先危ふしソレ鎧」

『ハッ』と腰元持ち出づる

その間に長押(なげし)の長刀かい込み、表へ走る女武者、堀川夜討に静が働き、末世に言ふもこれならん。


 いかゞと案じ給ふ所へ

亀井駿河駆け戻り

「我々味方を制して的矢を射させ、追っ帰さんと存ぜしところ、武蔵坊の無法者、玄翁(げんのう)掛け矢を以て敵をみしやぎ、大鋸(おおのこぎり)にて人を引き斬り、討手の大将海野の太郎を、てっぺいから爪先まで叩き砕いて候」

と、申し上ぐれば

大将呆れ、川越太郎は『ハッ』とばかり

「チエしなしたり、ひろいだり。討手の大将討取っては御兄弟和睦の願ひも叶はず、不憫や娘も詮なき犬死、是非もなき世のありさま」

と、悔やみ涙に

義経公

「古人は人を恨みず、傾く運のなす業と思へば恨みも悔ひもなし。武蔵が不骨を幸ひに、われ都を開かば綸命も背かず、兄頼朝の怒りも休まる。これを思へば卿の君が最期、残り多や」

と御涙

「みな夢の世の有為転変、われも浮世に捨てられて駅路の鈴の音聞かん。亀井駿河、供せよ」

と、立ち出で給へば

川越太郎、萎れながら暫しと留め、床に飾りし鼓たづさへ

「君多年御懇望ありし重宝残し置かれては、取り落とされしと申すも残念。院勅に打つといふ声ありとは、皮より穢れし讒者の詞。打つを拙者が調べ換へ、再び御連枝具合の取り持ち。長路の旅の御物忘れ」

と、心をこめて差し出す。

義経公御手に触れ給ひ

「親しき兄弟の因をば打ち切らるゝも運の尽き、結び返せよ川越」

と、駿河亀井を御供にて、すご〳〵館を出で給ふ、御心根の痛はしさ

見送る人も鎌倉へ、是非なく〳〵も立ち帰る、世の成り




 行きぞ、是非もなき。

 後は貝鉦(かいがね)閧の声、震動するも理りや、武蔵坊弁慶が海野太郎を討ち取って、つひでに土佐坊せしめてくれんと、追っかけ廻って正尊が、乗ったる馬の尻尾に乗り、ぼっ立て蹴立て白洲の庭、館もゆるぐ撞鐘(つきがね)声

「ヤア〳〵、わが君やおはする、討手に向ひし海野は粉にして土佐坊めを生け捕ったり。亀井駿河はいづくに居る、武蔵が料理の喰ひ残し、賞翫(しょうかん)せぬか」

と呼ばはっても、館はひっそと静まつて、答へる人もなき不思議

「不思議々々々」

と見廻す内。

坂東一の土佐坊が、腰の上帯引き切って、馬より飛び下り大声上げ

「者共来たれ」

と下知の内、兵具の兵(つわもの)数百人、「ソレ、討ち取れ」と押っ取り巻く

武蔵も馬より一足飛び、太刀も刀もわし掴み、熊鷹掴みの首の骨、握ると切れる数万力、雨か霰(あられ)か人礫(ひとつぶて)

隙間を見て土佐坊が武蔵が弱腰しっかと抱く

「シヤ小僧めが味をやる、腰の療治で捻るか揉むか、さすっておけろの」

ぶり〳〵どさり

尻餅ついてもひるまぬ曲者、四尺にあまる大刀(だんびら)者、討ってかゝれば

ひらりと外し

てうど切れば

柄先で、しゃんと受け止め

「ムヽハヽムヽハヽヽヽ出かす〳〵、腰をさすったその代はり、首筋捻つてくれんず」

と、ぱっしとはねて身をかはし、大太刀蹴落とし素首掴み、ぐっと引き寄せ腰にひっ付け

「わが君様、御台様、亀井やあい、駿河やあい」

と、引きずり廻り呼び廻り、尋ね廻れど人々の、御行方も見へざれば

「さてはこの家を落ち給ふか。コハ何故」

と身の科と、思ひよらねば言ふ人も、答ゆる人も梢の烏

泣いて詫びする土佐坊を

右を左へ持ち直し

「自体こいつが逃げ廻り、隙取った故お供に遅れた。おのれが首の飛ぶ方がわが君様の御行方、よい投げ算」

と引掴み、ちょっぺい天窓(あたま)を頭巾越し、すぽりと抜いて空へ投げ

「こけたる方は巽の間、莵原(うばら)小原(おばら)の方でもあるまい。もとは牛若丑の方、巳午もよしや吉野も気遣ひ、こゝに戌亥や酉ならで、程はあるまい追付かん」



と、忠義と思ひせし事も、今になつては未申、思ひ違ひの荒者が、あら砂蹴立つる響きはどう〳〵どろ〳〵〳〵、踏みしめ〳〵踏みならし、義経の跡を寅の刻、




風を起こして追ふて行く



▶︎伏見稲荷の段

 

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▶︎北嵯峨の段 吹く風に、つれて聞こゆる鬨の声、物凄まじき気色(けしき)かな。昨日は北闕(ほっけつ…リンクさきじゅびより【文楽の太夫(声優)が文楽や歌舞伎、上方の事を解説します】by 豊竹咲寿太夫

 





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とよたけ・さきじゅだゆう
:人形浄瑠璃文楽
ぶんらく
太夫

国立文楽劇場・国立劇場での隔月2週間から3週間の文楽
ぶんらく
公演に主に出演。


その他、公演・イラスト(書籍掲載)・筆文字(書籍タイトルなど)・雑誌ゲスト・エッセイ連載など
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