【床本】寺入りの段 (菅原伝授手習鑑) | さきじゅびより【文楽の太夫(声優)が文楽や歌舞伎、上方の事を解説します】by 豊竹咲寿太夫
◼️菅原伝授手習鑑
寺入りの段

 一字千金二千金、三千世界の宝ぞと、教へる人に習ふ子の中に交はる菅秀才、武部源蔵夫婦の者、労はりかしずきわが子ぞと、人目に見せて片山家、芹生せりょうの里へ所がへ。
子供集めて読み書きの器用不器用清書きを、顔に書く子と手に書くと人形書く子は頭かく、教へる人は取分けて世話をかくとぞ見へにける。

中に年かさ五作が息子

「コレ皆これ見や。お師匠さんの留守の間に、手習ひするは大きな損。おりゃ坊主頭の清書きした」

と、見せるは十五のよだれくり
若君はおとなしく

「一日に一字学べば、三百六十字との教へ。そんな事書かずとも、本の清書きしたがよい」

八つになる子に呵られて

「エヽませよ、ませよ」

と指差して、誂戯ちょうけかゝるを
残りの子供

「兄弟子に口過ごすよだれくりめをいがめてやろ」
と、手ん手に卦算けさん振り廻す、自然天然肩持つも、伝はる筆の威徳かや。


主の女房奥より立出で

「またこりゃ例のいさかひか、おとましやおとましや。今日に限って連れ合ひの源蔵殿、振舞ひに往てなれば戻りも知れぬ。ほんにほんにこなた衆で一時の間も待ち兼ねる。今日は取分け寺入りもある筈。昼からは休ます程に、皆精出して、習ふた習ふた」

「ソリヤまた嬉しや休みぢゃ」
と、筆より先に読み声高く。
「いろはに」
「この中は御人おんひと下され」
一筆啓上いっぴつけいじょう、候べく」

の、男が肩に堺重、文庫机を担はせて、利発らしき女房の、七つばかりな子を連れて
「頼みませふ」
と言ひ入るゝ。
内にもそれとはや悟り
「こちらへお這入り遊ばせ」
と、言ふもしとやか
「アイ、アイ」
と、愛に愛持つ女子同士、来た女房はなほ笑顔。

私事わたくしことは、この村はづれに軽ふ暮してをる者でござりまする。この腕白者をお世話なされて下さりよかと、お尋ね申しにおこしましたれば、『おこせ、世話してやろ』と結構なお詞に甘へ、早速連れて参じました。内方にも御子息様がござりますげなが、どのお子でござりますぞ」

「アイ、これが源蔵殿の跡取りでござります」

「これはこれはよいお子様や。ほかにも大勢の子達、いかいお世話でござりましょ」

「アイ、御推量なされて下さりませ。シテ寺入りは、このお子でござりますか、名は何と申します」

「アイ、小太郎と申しまして、腕白者でござります」

「イヤ。イヤ気高いよいお子や。折悪ふ今日は連合ひ源蔵も、振舞ひに参られました」

「これはマア、お留守かいな」

「アヽイヤ、お待ち遠なら、私が呼びに参りましょ」

「イエイエ、幸ひ私も参つて来る所があれば、そのうちにはお帰りでござりませふ。これ三助、その持って来た物、あなたの傍へ上げませ」

『アツ』と答へて堺重、へぎに乗せたる一包み、内儀の傍へ差出だす。

「これはマアマア言はれぬ事を」

「イヤ、おはもじながらこの子が参った印。この堺重は子達への土産、取り弘めて下さりませ」

と、言はねど知れし蒸物煮しめ、わが子に世話を焼豆腐、粒椎茸の入れたるは、奔走子ほんそごとこそ見へにけれ。

「これはマア何から何まで、取揃へて御念の入ったこと。戻られたら見せませふ」

「イヤモ、ほんの心ばかり。よろしうお頼み申し上げます。コレ小太郎、ちよっと隣村まで往て来る程に、おとなしうして待ってゐや。悪あがきせまいぞ。御内証様、往て参じましょ」

と表へ出づれば

「かゝ様、わしも行きたい」

と縋り付くを振り放し

「嗜めよ。大きな
なり
して後追ふの、か。御覧じませ、まだ頑是がござりませぬ」
「ソリャ道理いな。ドリャ、小母おばがよい物やりましょ。つい戻ってやらんせ」

と目で知らすれば

「アイアイ、ついちよっと一走り」


と、後追ふ子にも引かさるゝ、振返り見返りて、下部