風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」
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もしも時が、音もなく過ぎてゆくものなら、僕たちはきっとこんなにも苦しみはしない。

足元を脅かすぐらい揺れて、耳を塞ぎたくなるぐらいに風が吹き、風が鳴る。



もう僕を覚えていないはずの娘よ、どうかそばにいない父親を疑わないでほしい。僕はずっと君を思ってきたし、馬鹿みたいにまっすぐ生きてきた。

父の日が来るたび思った。そんな日なんて必要ないじゃないかと。君が誰の似顔絵を描くのかと、僕は君の逡巡を思い心を痛めていた。

彼氏はいいひとかい?
口が滑らかな男には気をつけなさい。
謝るよりも先に、言い訳を口にする男にも気をつけなさい。

謝るは君にだ。
言い訳は自分の保身のためだ。
その順序を間違える男はだめだからね。

年数とか時代を見る時、娘の生まれた時を基準にする癖はいまだに抜けていない。どこまでも愚かしい男だろう。

拓郎シリーズ、とりあえず最後の曲はやっぱりこれです。

サイコロみたいに振出しに戻ったら、人は成長するだろうか。

しぼったばかりの夕陽の赤が
水平線からもれている
苫小牧発・仙台行きフェリー
あのじいさんときたら
わざわざ見送ってくれたよ
おまけにテープをひろってね
女の子みたいにさ

みやげにもらったサイコロふたつ
手の中でふれば
また振り出しに戻る旅に
陽が沈んでゆく

女や酒よりサイコロ好きで
すってんてんのあのじいさん
あんたこそが正直者さ
この国ときたら
賭けるものなどないさ
だからこうして 漂うだけ

みやげにもらったサイコロふたつ
手の中でふれば
また振り出しに戻る旅に
陽が沈んでゆく

サイコロころがしあり金なくし
フーテン暮しのあのじいさん
どこかで会おう 生きていてくれ
ろくでなしの男たち
身を持ちくずしちまった
男の話を聞かせてよ
サイコロころがして

みやげにもらったサイコロふたつ
手の中でふれば
また振り出しに戻る旅に
陽が沈んでゆく
戻る旅に 陽が沈んでゆく



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反体制的な音楽と捉えられていたフォークソングも70年代になると節目を迎えます。
当時のフォークソングの多くは「私たち」と歌いましたけれど、それが「私・僕」へと移り変わってゆきます。

そんな時代背景の元、「結婚しようよ」は大ヒットをしました。
反体制的なフォークソングは変わり始めたのです。

しかし、「結婚しようよ」は当時のすべての若者に受け入れられたわけではありませんでした。それまでの反体制的なフォークを好む人達からは軟弱な歌だと反発を受けたのです。あの拓郎がコンサート会場で「帰れ」コールを浴びる事もあったようです。

深夜放送で「結婚しようよ」が初めて流れた日の朝、クラスがこの歌の話題で持ちきりになったことを覚えています。

そんなふうに、テレビに映る学生運動を見て、何がしたいんだろうこの人たち、と思った僕たちの世代はとても衝撃を受け、とても素直に「結婚しようよ」を受け入れました。

その「結婚しようよ」のB面です。
裏返してこの歌が出てきたときは感動しました。

短いイントロの中に、押さえる指で叩くように音を鳴らすハンマリングや、押さえた指を動かして音の高さを変えるチョーキングが使われていますね。美しいです。

こういう歌を佳作というのでしょう。惜しくも入賞は逃したけれど、それに次ぐという作品です。




とても気になるのですが、作詞伊庭啓子(四角佳子)と出ますが、全くの別人です。
四角佳子さんといえば拓郎の最初の奥さんですが、伊庭啓子さんは広島フォーク村の人のようです。


バスが止まって 外は雨がふっている
ガラス窓に いっぱい並んだ雨だれの
むこうで誰かが タバコに火をつけた

そろから人は 皆 傘をさして
まれで心を 傘でかくせるみたいに
そして黙って 雨の中を歩いてる

それから雨は どこかの風と一緒に
茶色のハッパを 一枚落としていった
それから 皆 雨にぬれて歩いてる



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「B面」……もう死語になっていますけれど、アナログ・レコード時代の裏面ですね。

わざわざ書かなくても、僕のブログの読者の方ならお判りでしょう。今はカップリング曲というのでしょうかね。

A面は一押しの曲で、B面はおまけ、みたいなところがありました。A面を堪能してから、ちょっとワクワクしながらB面に針を落とすという楽しみもありました。

がっかりだよぉ、って曲も多い中、A面を凌いでヒットした曲もあります。

こんな曲たちです。

GARO「学生街の喫茶店」
キャンディーズ「年下の男の子」
加山雄三「旅人よ」
松田聖子「Sweet Memories」
ヒデとロザンナ
「愛の奇跡(L'AMORE E UN MIRACOLO)」

浜田省吾「もうひとつの土曜日」
小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」
PRINCESS PRINCESS(プリンセス・プリンセス)「M」
DREAMS COME TRUE(ドリームズ・カム・トゥルー)「未来予想図Ⅱ」
鈴木聖美 with Rats&Star「ロンリー・チャップリン」
荒井由実「ひこうき雲」
松山千春「銀の雨」
久保田利伸「流星のサドル」

そんな中、ヒットこそしなかったものの、ファンには根強い人気を持つ歌もあります。

「シンシア」のB面「竜飛崎」
「シンシア」と同じくムッシュかまやつさんとデュエットですが、ここは拓郎一人で歌っています。

まだ青函連絡船が津軽海峡を渡っていた頃、1974年7月発売の隠れた名曲です。拓郎らしい歌いっぷり。いい歌です。



ちなみにバックバンドは”愛奴”ですが、ドラムを始めて間もない浜田省吾が叩いています。

拓郎さんは、ヘタクソなドラムなのに一度も怒らなかった……ただ遠慮がちに『おい、チューニングだけでもチトやん(河内)に見てもらうか?』とおそるおそる聞いてきた」と語っています。

印象的なフレーズ”竜飛岬よ どてっ腹を ぶちぬかれちゃったね”は青函トンネルを掘るさまです。


「竜飛崎」
作詩:岡本おさみ
作曲:吉田 拓郎

六月の春が いちどに花ひらくこの岬には
秋にあじさい咲くという
また来てしまった しょせん帰りゆく この旅なのに
あゝまだ津軽は 吹雪です
凍え死ぬこともないな ぼくの旅
竜飛岬よ どてっ腹を ぶちぬかれちゃったね

丸太でかこった 家族が躰寄せる この漁村には
寒く灯(あかり)がついている
やさしい 夕暮れ にぎわいもうすい 船着場には
あゝもう野良犬が住みついた
ドロ運びのおばさん お達者で
竜飛岬よ どてっ腹を ぶちぬかれちゃったね

海峡を越えて 鉄打つ響き渡る 室蘭の夜
赤い火の粉が ふりそそぐ
道ひとつ決まらぬ 生まれついての ろくでなしには 
あゝ悲しみでさえも 海の汚点(しみ)か 

過ぎてゆくばかりだな ぼくの旅
竜飛岬よ どてっ腹を ぶちぬかれちゃったね
凍え死ぬこともないな ぼくの旅
竜飛岬よ どてっ腹を ぶちぬかれちゃったね



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もうひとつあげたい拓郎のB面があるのですが、それはまた。

ひどい暑さが続く中、被災して避難されている方たちを思うと、ただ唇を引き締め眉をしかめるしかない非力な自分を恥じる。

こんな時こそ、国はその顔を見せるべきだろう、「望むべくもない」とすでに国民に思われているところが国家としていかがなものか。

政治家と書いて、”情け知らず恥知らず”と読む。
だけど、そんな僕だって、そんな中の一人にすぎないことを知っている。
忸怩たる思いである。

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別バターンやその流れから様々なアレンジがありますが、初期バージョンの「マークⅡ」です。
拓郎らしからぬところが好きです。

歌はできたけれど、曲名が決まらない。確かに、僕が考えてもタイトルを決めにくい曲です。

そんな時、喫茶店にいた拓郎の視線の先をコロナ・マークIIが走っていった……。
それがタイトルになりました。

”年老いた男が川面を見つめて
時の流れを知る日がくるだろうか”




さよならが言えないで どこまでも歩いたね
街あかりさえ消えて 足音が淋しいよ
わかってくれる ただ一人の君を
はなしたくないのに
冷たいこの世界

みつめたら泣いていた いとおしい君だった
悲しみをこらえてる 傷ついた若い恋
また会う時は 大人になっているだろう
別れたくないのに
冷たいこの世界

また会う時は 大人になっているだろう
別れたくないのに
冷たいこの世界

年老いた男が川面を見つめて
時の流れを知る日がくるだろうか



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信じるって、何だろう。
なんだと思う?

生きてきた中で、ひとはみな裏切られたり、傷つけられたことがある。
そのたび人は、落ち込んだり恨んだりする。

それを経験してもなお、信じようとするのはなぜなんだろう。
その人が信じられるのか、それとも理想を願って信じたいのか。

信じていた人が見えないところで裏切っていたらなかなか気づかない。
それを疑わなかった自分は、まるで道化だね。

君はどっちだろう。
信じられる人だろうか。
君を裏切った人みたいな、嫌な人にはなりたくないよね。

僕?
どうだろう。
ただひとつ言えることは、僕は結構頑固な古い水夫だということ。
そしてみな、古い水夫になっていくのさ。

明日が晴れなのか凪ぎなのか、それを知るのはやっぱり古い水夫なのさ。




「イメージの詩」(イメージのうた)は、よしだたくろうのデビューシングル。 1970年6月1日にエレックレコードから発売された。

─Wikipediaより─


これこそはと信じれるものが
この世にあるだろうか
信じるものがあったとしても
信じないそぶり

悲しい涙を流している人は
きれいなものでしょうネ
涙をこらえて笑っている人は
きれいなものでしょうネ

男はどうして女を求めて
さまよっているんだろう
女はどうして男を求めて
着飾っているんだろう

いいかげんな奴らと口をあわせて
おれは歩いていたい
いいかげんな奴らも口をあわせて
おれと歩くだろう

たたかい続ける人の心を
誰もがわかってるなら
たたかい続ける人の心は
あんなには 燃えないだろう

傷つけあうのがこわかった昔は
遠い過去のこと
人には人を傷つける力があったんだろう

吹きぬける風のような
おれの住む世界へ
一度はおいでョ
荒れ果てた大地にチッポケな花を一つ
咲かせておこう

おれもきっと君のいる太陽のあるところへ
行ってみるよ そしてきっと言うだろう
来てみて良かった 君がいるから

長い長い坂を登って
後ろを見てごらん 誰もいないだろう
長い長い坂をおりて
後を見てごらん
皆が上で 手を振るサ

きどったしぐさがしたかったアンタ
鏡を見てごらん
きどったアンタが映ってるじゃないか
アンタは立派な人サ

激しい激しい恋をしているおれは
いったい誰のもの
自分じゃ 言いたいのサ
君だけのおれだと 君だけのものだと

裏切りの恋の中で
おれは一人もがいている
はじめから だますつもりでいたのかい
僕の恋人よ

空を飛ぶのは 鳥に羽根があるから
ただそれだけのこと 足があるのに
歩かない俺には 羽根も生えやしない

人の命が絶える時がきて 人は何を思う
人の命が生まれる時には
人はただ笑うだけ

古い船には新しい水夫が
乗り込んで行くだろう
古い船をいま 動かせるのは
古い水夫じゃないだろう

なぜなら古い船も 新しい船のように
新しい海へ出る
古い水夫は知っているのサ
新しい海のこわさを

いったい
おれ達の魂のふるさとってのは
どこにあるんだろうか
自然に帰れっていうことは
どういうことなんだろうか

誰かが言ってたぜ
おれは人間として 自然に生きてるんだと
自然に生きてるって
わかるなんて
何て不自然なんだろう

孤独をいつの間にか
淋しがり屋と かんちがいして
キザなセリフをならべたてる
そんな自分を見た

悲しい男と 悲しい女の
いつものひとりごと
それでも いつかは
いつものように 慰めあっている



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夜の帳が、音もなく静かに降りる。
そのように、人生も終わってゆくのだろう。

思い出ばかりが増えている気がするけれど、忘れ物の数は、きっと、もっと増えている。
だけど、それを取りに過去に戻ることは、できない。

いつか誰かが、僕を思い出してくれることはあるだろうか。
ここに確かに存在した僕のことを。

そう、僕が誰かを思い出すみたいに。
それは、忘れ物を思い出すみたいに。




少しだけ 疲れた顔で 君は静かに 眠ってる
スタンドの 淡い光 そっと睫毛の 影が出来る

昔より 愛が足りない 君はぼんやり 呟いた
費した 君との月日 惜しみはしない 僕がいる

Goodbye day 今日が終り
One more day また一日
何ごともなく それでいい Oh

Goodbye day ケリをつけて
One more day また一日
新しい日に すればいい

てのひらに 口づけすると そっと力を こめてくる
無意識に 甘えてるだろ 僕が隣りに いることに

こんなにも 愛は深いよ それに気づかぬ だけだろう
余りにも おだやかすぎて 時の流れに 埋もれるから

Goodbye day そして I love you
One more day また一日
信じていれば それでいい Oh

Goodbye day そして I love you
One more day また一日
おだやかならば それでいい

Goodbye day そして I love you
One more day また一日
信じていれば それでいい Oh

Goodbye day そして I love you
One more day また一日
おだやかならば それでいい


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好き……嫌い。

かなり好き……相当嫌い。
すごく好き……大嫌い。

嫌いな理由ならいくつも指を折れる。

だけど、好きな理由は難しい。
人を好きになるのに理由はないから。

もしも ”なぜ” を言えたなら、それは多分後付け。



ほらほら、また君の周りで天使たちがあわててる。
いつも急なのよねって。




「はぐれそうな天使」(はぐれそうなてんし)は、来生えつこ作詞、来生たかお作曲の曲。1985年に来生たかおのオリジナル・シングルが発売され、翌1986年に岡村孝子のカバー・シングルが発売された。

─Wikipediaより─


足元くすぐる波さえ 少し遠慮がち
私は無邪気になれずに 海と話してる

あの人のこと 気にしすぎてる
友達が言い笑うつもりが 泣きそうになった

恋したら 騒がしい風が吹き
はぐれそうな天使が 私のまわりであわててる
恋したら 雲の流れも速く
はぐれそうな心が あわててる

見つめているだけでふいに 熱くこみあげる
あの人にも気づかれてる 隠せない心

夢はいくつも飛び越えたのに
まるで少女のときめきほどに はがゆい気分で

潮風に 体ごとさらしたら
少しは楽になると 思いたった私が不思議
潮風に逆にあおられそうな
あやうい恋心に あわててる

恋したら騒がしい風が吹き
はぐれそうな天使が私のまわりであわててる
恋したら雲の流れも速く
はぐれそうな心があわててる



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さ、今夜は時間もないのでストレートに歌でも。
BENIはご存知でしょうか。

もちろんオリジナルもありますが、カヴァー曲をたくさん歌っています。
歌は上手いです。でもなんだろう、Ms. OOJAと比べても、ちょっと物足りない感じがするのです。

なんというのだろう。明るくも暗くも、突き抜け方が足りないのです。

でも、BENIの「キャッツアイ」はいい出来、いいパフォーマンスです。
聴いて損はないです。実は、もう少し突き抜けてほしいのだけれどね。
このメイクだとわからないけど、AIにも少し似てる感じです。

”ミステリアスガール”のところで、こめかみ辺りを叩く仕草が印象的です。

壁を破れBENI!
このままでは、ただの歌の上手いお姉さんで終わってしまうぞ!




BENI(ベニ、1986年3月30日 - )は、沖縄県出身の女性歌手。デビュー以来、本名の安良城 紅(あらしろ べに)で活動していたが、2008年11月にレコード会社移籍に伴い、ゲスト出演時に使用していた「BENI」に改名。
父親がアメリカ人で母親が沖縄出身の日本人のハーフ。沖縄県宮古島市出身。


─Wikipediaより─


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かつては直木賞も受賞した作家・津田伸一は、「女優倶楽部」の送迎ドライバーとして小さな街でその日暮らしを続けていた。

そんな元作家のもとに三千万円を超える現金が転がりこんだが、喜びも束の間、思わぬ事実が判明する。

―昨日あんたが使ったのは偽の一万円札だったんだよ。偽札の出所を追っているのは警察だけではない。一年前に家族三人が失踪した事件をはじめ、街で起きた物騒な事件に必ず関わっている裏社会の“あのひと”も、その動向に目を光らせているという。

小説名人・佐藤正午の名作中の名作。圧倒的評価を得た第六回山田風太郎賞受賞作。


─「BOOK」データベースより─




レビューも書きにくいし、気軽にお勧めもしにくいややこしい小説。あまり小説を読まない、佐藤正午なんて知らない、そんな人に勧めてはいけない。

小説の中で起こったことをベースに、主人公津田伸一が小説に書きあげつつ進んでいく物語。複数の出来事が絡み合い、謎解きというよりは絡んだ糸をほぐしてゆく感があるけれど、それがすっきりとほぐれるわけでもない。

これは、時間がなくて僕みたいにちょこちょこ読むには適さない小説。一気に読み切るべきだろう。

登場人物の”みなみ”さんが個人的には気になっていたのだけれど、ああ、あの人がこの人だったのか……みたいなことが最後にわかる。

2月28日夜半、すべては始まっていた。

最後の最後の1ページ半、いい語りだった。
もう一度上巻から読み返したい衝動に駆られた僕は、公園から一度部屋に戻って上巻を手にした。
でも、いつか忘れたころに一気読みしたほうがいいと決めた。

さすが佐藤正午だった。


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麻原彰晃ら7人が死刑になった。
個人的には、人が裁き、その究極ともいえる死刑を執行することに、ちょっとだけ疑問を感じる方だ。
ちょっとだけというところが、僕の詰めの甘さを現しているのかもしれない。

それは置いておくとして、宗教というものが、何かすごいものだと勘違いさせるところに、こんな悲惨で馬鹿げた事件が起きる。

ハルマゲドンは避けられない、麻原彰晃が言ったそうだ。
なんじゃそりゃ。

ハルマゲドン(アルマゲドン、ハーマゲドンと表記される場合もある、希: Ἁρμαγεδών、英: Armageddon、日本語では最終戦争)とは、アブラハムの宗教における、世界の終末における最終的な決戦の地を表す言葉の片仮名音写。
ヘブライ語で「メギドの丘」を意味すると考えられている。世界の終末的な善と悪の戦争や世界の破滅そのものを指す言葉である(戦争を終わらせる最後の戦争。一説では大艱難の頂点がハルマゲドンとも言われている)。


─Wikipediaより─

ハルマゲドン? そんなもの起こりはしない。
起こるとすれば、人の心の中での正邪の戦いであろうと僕は思っている。



僕は何度でも言う。口を酸っぱくして言う。
聖書の神は偽物だと。人類はいつまでだまされているんだと。

”聖書を捨てよ、町へ出よう”




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