生田さんのコーチングセミナーに参加させていただきました
こんにちは
先日の日曜日、生田さんの コーチングセミナーに参加しました。
今回も勉強させていただきました!!
特に自己紹介を25個書いてくださいっというワークは参考になりました。
短時間のうちに自己紹介25個を書くと、
前半1/3は基本情報、
中盤1/3 は趣味など
後半1/3 がその人の持っている目標や悩み等で、ここを引き出す質問を作るのが効果的な質問との事。
う~ん、
早速やってみました。
25個全部お見せするのは照れくさいので、キーワードとなりそうなもの。
【自己紹介】
私は夢プロジェクトをライフワークとしています。
【ここを引き出す質問】
一生取り組みたいことはどんな事ですか?
【自己紹介】
私は会社員でいる事が格好良く感じられるような本を書きたいと思っています。
【ここを引き出す質問】
あなたの夢は何ですか?
【自己紹介】
私はもう少し運動する時間が欲しいと思っています。
【ここを引き出す質問】
もし、一日数時間の余裕があったら何をしますか?
【自己紹介】
私はぐちゃぐちゃの状況をキュッと絞るのが得意です。
【ここを引き出す質問】
あなたの得意技は何ですか?
【自己紹介】
私は夢プロジェクトのインタビューに参加してくれる人をもっと集めたいと思っています。
【ここを引き出す質問】
あなたの課題は何ですか?
セミナーの内容も充実していましたが、参加者との素敵なつながりも素晴らしかったです!
前回参加者組から、
最強の新入社員になるブログ の松田さん
タイから帰ってきて、大人度に磨きがかかったように見えました!
"ナレッツェリア" のBTさん
インターネットラジオのポッドキャスト2.0、今度は著者として出るのが私の夢です。
PHPは任せてください!
21世紀ソクラテス さん
27日のコーチング、参加させていただきます!
yusyutsukanri さん、
豊富な国際知識に脱帽です!
ちろ さん、
前回挨拶できないまま、ブログではいつもコメントありがとうございます。
今回お話できてよかったです。
Wave さん、
今度是非占ってください。
新しくお会いした・・・
トーマスさん 、
お話と~っても面白かったです!
エンターテーナーですね~
Kiyoの初めの一歩ブログ さん、
なんと2週連続の出会いでした。
二夜 さん、
とことん元気印ですね~
Sayaka さん、
夢がかなうこと応援しています!
あなたなら必ずかなう!!
誕生日だったNさん、
さすが集団生活のプロという話の面白さでした!
コーチングでペア組んだスポーツマンTさん、
またお話しましょう!
東北から参加のKさん、
飲み会で皆さんに挨拶される丁寧さが光っていました。
他にも素敵な方々が参加されていました。
重ね重ね、このような素敵なセミナーを開催していただいた生田さん、ありがとうございます!
来年は私もセミナーやってみます。
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このメルマガは、週一回木曜日に発行します。
ありがとうございます。
夢を叶えたアイルランドでの大学卒業
こんにちは。
本日の夢プロジェクトインタビューは、
Ameba でブログもされている
です。
(夢プロジェクトインタビューとは?
http://ameblo.jp/ryoiimura/entry-10175089210.html
↑こちらをご参照ください。)
夢プロジェクト始まって初めて、海外からのご参加となりました。
メグさんは現在アイルランドでご活躍されています。
今回はご自信が夢だった大学卒業をアイルランドで実現されたお話を
飛びきりの笑顔が乗っているような声のトーンでいただきました。
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今日テーマとしては頑張った事をテーマに選びました。
日本では行けなかった大学をアイルランドで卒業したという体験です。
6年の交際を経て結婚した夫がアイルランド人だったという事もあり、12年前からアイルランドに住んでいます。
アイルランドに来て4年経った頃から大学の通信教育を開始し、一昨年6年間かけて大学卒業しました。
日本では専門学校に行っていたのですが、いつか大学卒業はしたいと感じていました。
大学で専攻したのは心理学でした。
心理学が好きになったきっかけは、積極的な自分になりたいと心理学の本をたくさん読んでいたからでした。
小さい頃の私は、内向的な性格で将来仕事できないなと悩んでいました。
どうせ学ぶなら、大学卒業を目標にしようと考え、その科目は好きな心理学だったら耐えられるという判断でした。
アイルランドに来て3年が経った頃、
1年間心理学の公開講座に通い、
テストでは98点・99点が続くのでこれならいけるという気分になりました。
しかし、公開講座と大学ではやはり難易度は格段に違いました。
大学で1つの単位をとるためには一ヶ月に一回のペースで2000 word (この記事の約5倍の分量)の論文を一年で8個書く必要があります。
最初は一年で2単位ずつ、3~4年で卒業することを計画しましたが、卒業には6年かかりました。
私の場合は、アイルランドで企業に勤めていますので勉強勉強ばかりというわけには行きませんでした。
私の役割は、国際輸送の見積もりのアイルランド代表窓口です。
国外からくる見積もりを私が受けて、国内に仕事を渡すという業務を行っています。
当たり前のことですけど、期限は守るという事をやっています。
時には担当者をせっつきながら、終わらない時には自分で処理をしたりして、納期を守るようにしています。
ラップトップPCを家に持ち帰って、夜の12時くらいにカタカタメールを打っていたりしました。
翌日、周りからこんな時間にメール??と驚かれていました。
仕事もそこまでしなくてもいいのかも知れないけどという位していました。
大学の勉強は会社が終わってから以外にも、会社の昼休みや週末、提出物がある時には、会社へ出社前に朝の4時に起きて行いました。
一日最低一時間、多い時では4時間の勉強を通常の業務をこなしながら行いました。
期限提出は守るという主義でしたので、50個ほど提出したレポートの中で期限が延ばしてもらったのは一回だけでした。
といっても、当日の夜に車で先生の家にレポートを届けに行ったりと、常にギリギリの状態で行っていました。
最初の年はテキストに全て目を通していましたが、2年目からは間に合わないと感じたので質問を見てそれにあったテキストを読んでいました。
質問を読んで、単語の意味のわからないものを中心に5個~10個位のキーワードを選択し、それを拾うような形でテキストを読み進めていました。
大切なところ程わからないと感じ試験でもわからないものが出る事が多いので、この単語が説明している前後を勉強しておこうと思っていました。
毎月のレポートでは、夫に私のレポートを読んでもらいました。
英語も最初は慣れていなかったので、「夫にわからなければ先生にもわからないだろう」と、レポートを見直してもらっていました。
夫の家族も、「母国語出身でも企業に勤めながらの卒業はきついのに」と言っていただきました。
レポートも中々書き出しできないのですが、時間が無いから書かなきゃという形で進めていました。
(ケタケタ笑いながら)今回単位を取れないと次は無いと、試験前は涙を流しながら勉強していました。
一単位が終わると3ヶ月の休みに入るのですが、その間にも慎重さの強みからか予習をしていましたね。
深く考えながら一つずつ、急がば回れと自分に言い聞かせながら取り組んでいました。
心理学には、心理学入門から始まり、児童心理、社会心理、クリニカルサイコロジー、社会心理学
犯罪心理学もありました。
通信教育だったのですが、たまたまあった公開講座で知り合った仲間たちとアイルランドで同じペースで教科を取れたこともあり自分だけじゃないという励みにつながり、継続することができました。
卒業式のガウンをかぶった時は、
「やった~、二度とやらないぞ!(笑)」という気持ちでした。
私は中学の頃には海外に住みたいという憧れを持っていました。
将来は海外に住んで、家買ってという夢をずっと語っていました。
高校の時に、今は亡き母が難病のため寝たきりになってしまいました。
家のことを行い、バイトをしながらの高校生活でした。
あの頃の苦労と比べるとと感じることも多いです。
母も行きたかった大学を、アイルランドの地で卒業させることができました。
海外に住む
英語ができる仕事をする
心理学
大学
子供
家を買う
内向的な悩みの克服
自分がどこまでできるかを試したいと動いていましたが、
このように振り返ってみると、語っていた夢がすべてかなっていると感じます。
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メグさんの語り口は常に笑い声があふれて、とても強いパワーを感じました。
常に夢を持っている未来志向、
決めたことはキチンとこなす責任感、
叶えてきた夢に収集心、
そして毎月のレポートを確実にこなす目標志向と
大学入学前に公開講座に通う慎重さを感じました。
メグさんは、卒業後イギリスでコーチングを学び始め、今度卒業試験を受けるそうです。
そんなメグさんから最後に以下のようなメッセージをいただきました。
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月並みな言葉となってしまいますが、今の環境でしたい事ができなくても
望みを持っていれば道が開けますので、夢・目標を持ち続けてください。
(完)
今までの活動の様子は、PDF にして公開しています。
(無料です。)
こちらからダウンロードください。
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~コーチングで半生記を作る夢プロジェクト~(小冊子ダウンロード)
インタビューを受けていただく方も募集しています!
ありがとうございます。
ダウン症の娘にもらった素敵な人生
こんにちは。
本日の夢プロジェクトインタビューは、
適応性 社交性 ポジティブ 最上志向 コミュニケーション の強みを持ち
定年退職後に娘さんと喫茶店を経営されているスーセイフジサン
さんです。
(夢プロジェクトインタビューとは?
http://ameblo.jp/ryoiimura/entry-10175089210.html
↑こちらをご参照ください。)
スーセイフジサンさんは、先日
「息子の死の淵からの生還によって得た絆」
で記事にさせていただいた藤山 寿美子さんからご紹介いただきました。
インタビューは、定年退職後に始めた英語のスピーチで世界大会に出場されたお話を中心に伺いました。
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私は61歳になるまで学校の先生をしていました。
あまりにもいろいろな仕事があって、しんどい事がだくさんあって先生という職業はくたびれました。
土曜日・日曜日も本当に疲れて寝てしまっていました。
退職したら、このまま毎日日曜日、ずっと寝てるような気がしました。
その時丁度娘が大学で聴講生になっていたので、私も福祉の勉強で聴講生になろうと思いました。
長年英語をやってきたので、英語でみんなと交流したいと思いました。
残念ながらそこには英語クラブが無かったのですが、英語に興味がある先生を見つけ、
そこから英語クラブを教えていただきました。
そのクラブは損得勘定のない、人の為に、みんなの為の人間関係でした。
今まで生きてきた中では、そういう人間関係初めてで、びっくりしました。
英語クラブでは、英語のスピーチをする必要がありましたが、
そこで障害を持った娘を通じて自分が成長してきたことをまとめました。
今までの出来事は経験の積み重ね。
その経験が忘れられないのはなぜだろう?
スピーチは、あの経験でこういう事を学んだんだという整理につながりました。
(インタビューでは、実際スーセイフジサンさんが行った英語スピーチの内容をお聞かせいただきました。)
●日本大会のスピーチ
普通、人は障害者と聞くと自分達よりできない人と思い込んでいると思います。
私は常にそうであるとは限らないと思っています。
それを説明するために2つの話をしたいと思います。
下の息子が小学校の三年生の時、先生が「君のお姉ちゃんは障害者だよね」と息子に言いました。
息子はその日、びっくりして帰ってきて
「お母さん、お姉ちゃんって障害があるんだって??」と驚いて尋ねました。
息子にとっては、皆と変わらない普通のお姉ちゃんで障害が何のことかわからなかったようです。
それまで私も娘を障害者という特別な扱いをしなかったので
息子の中では娘は障害者という枠に入っていなかったようです。
私は、息子に
「障害者ってどんな人の事を言うの??」と尋ねました。
息子はしばらく考えた後、
「助けてもらわなくちゃいけない人」
と答えました。
「お姉ちゃんはどう?」と聴くと腕組みして考えて・・・
「おねぇちゃんよりも僕のほうが手伝ってもらっている」
と答えました。
「どうしてそんなこという?」と聴くと、
「僕の部屋汚いし、お母さんが手伝ってくれる。
お姉ちゃんの部屋は綺麗。」
といいます。
確かにダウン症の娘はこだわりがあるので、部屋は綺麗に片付いています。
更に、「僕は忘れもの毎日する。お母さんに忘れ物を学校に持ってきてもらう。
お姉ちゃんは絶対忘れ物しない」といいます。
私も傘を何本も忘れますが、娘は傘をずっと握りしめています。
息子は、「僕のほうが、困るよね」と言いました。
息子の中ではずっとお姉ちゃんと一緒に住んでいて、自分のほうができないと思い込んでいます。
その場面は、私の中で
「障害が持っているから、できない。劣っている」
という考えが変えられた瞬間でした。
私の中ではその場面が大きく思いでとして残っています。
障害をもっているからこそできることもある。
それを、息子が突きつけてくれました。
息子が5年生になったときの日曜参観で、再び衝撃的な事がありました。
日曜参観の間、息子は一回も手を上げませんでした。
気を利かせた先生が、息子に
「何か言ってごらん」といいましたが、息子は
「なんでいわないけん?(言わなくてはならないの?)」
と食って掛かっていました。
家に帰った後、「何でそんな意地悪なこと言った?」と尋ねました。
息子は私をにらみつけて、
「ぼくはいい所が無い」といいました。
そして、
「僕のいいところ言ってごらんよ、
お姉ちゃんはいいところいっぱいあるけど、
お姉ちゃんよりいいことがあったら、一個でも良いことを言ってごらん?」
と言いました。
私が「じゃあお姉ちゃんのいい所を言ってごらん?」
と聴くと、息子は私をばかにした顔をして
「お母さん・お父さんをニコニコさせようとしたらすぐできる。友達もニコニコさせる事ができる。
お父さん、お母さんが喧嘩をしたら、僕は逃げる。
お姉ちゃんは『お父さん、お母さん好き?』と聞く。
お父さんが好きじゃないと答えても、お姉ちゃんは
好きになってあげてよう~と聞く。
そうすると、お父さんは大笑いする。
お父さんとお母さんの喧嘩をやめさせるのはおねえちゃんには簡単な事なんだ。
ねえ、お姉ちゃんよりいいことがあると想ったら一つでもいいことあったら、言ってみて。」
と言いました。
仕方なく最後に、「お前は字が読めたり書けたり計算できるじゃろ」と聴くと、
息子は「そういうことじゃないだろう?」と私をにらみつけました。
そんな事をいうあんたがすごいと今でこそ思いますが、その当時は何も言い返せませんでした。
息子の中では、娘をある意味うらやましいし、ああなりたいなと想う存在でした。
それがわかったので、心に残って、
人間ってくらべちゃいけない。
比べられない。
ひとりの人とひとりの人、くらべちゃ行けない。
徹底的に想いました。
もちろん、人間は比べるものです。
確かに一元的には人を比べる事ができます。
しかし、人間そのものを比べてはいけない。
その事で凄く自分の生き方を変えらされ、先生としても成長できました。
このスピーチを聞いている方も、いろんな種類の人に出会って、仲良くなって欲しいと思います。
その中にあなたの先生になる人がいるかも知れません。
(以上が日本でのスピーチでこのスピーチが日本一となりました。)
スピーチは自分の体験なので心を込めて言えました。
このスピーチで私は世界大会に行くことができました。
●世界を感動に巻き込んだスピーチ
初めて娘がダウン症と診断された時、この子は歩けるようになるかわからない、
5歳まで生きられるかわからないと聞きました。
その後、いろいろ先生から説明を受けましたが、何を聴いたのか全く覚えていませんでした。
どうやって帰ったのかも覚えていません。
娘は生まれてまだ数ヶ月の頃でした。
病院からの帰り道、娘がニコニコと笑ったのが、とてもかわいく、我に返らされました。
その笑顔に感動しました。
あなたのために、あなたが話せるように、歩けるように、5歳以上まで生きられるようにしてあげるからね。
大丈夫、大丈夫、できるからという気持ちが沸いてきました。
どん底だったのが、彼女の笑顔でパーンと変わりました。
ダウン症の娘が生まれた事で、周りの人は仕事をやめろと、仕事なんかやっちゃダメだ、
といろいろな方から言われました。
同じ境遇の親が集まる会合に参加した時に相談したところ、
「仕事は絶対やめちゃダメ!幸せになれないよ。
親も親で自分の世界をもっていないとだめだ。
彼女も彼女の世界をもたせないと。
親が自分の世界をもって生き生きしなければ、娘さんも生き生きしないよ」
と言ってくれました。
その忠告で自分を取り戻すことができました。
一番苦しかったのは、2番目の子供を生むときでした。
周りの人がおろせ、おろせと言いました。
もう一人障害者が生まれたら、という意見でした。
私もありうるなと思いましたが、障害者が2人になったら2倍幸せになれると思い込んでいました。
ダウン症の子はとてもかわいく、育てることで愛情が注げます。
2番目の子がたとえ障害者として生まれてきていたとしても
苦にならなかったと思いますし、一向に構いませんでした。
最初は友人達が2番目の子供を生むことに大反対でしたが、
実家に帰った出産前の私を友人達が訪れてきました。
友人達は、「私らが産後の面倒を見る」と言ってきてくれ、
私の夫も含めてスケジュールを作り皆で手伝ってくれました。
この時私は、「本当の友達をもっているな」と思いました。
私の友人の一人は、
「私はもし自分の孫が障害者として生まれても、娘や息子におめでとうといえるよ。
障害を持っている子を産んでも不幸になるわけじゃないと教えられたから」
と言ってくれました。
これは娘が教えてくれた事だと感じました。
当時は本当にどん底でしたが、それがいい方にいきました。
友人達も本気で心配して本気で反対したので、この際やってやろうという気持ちになったのだと思います。
ガンガン反対しなかったら、こんな風にならなかったと思います。
こういった事を通じて、飛び越えられないような壁があっても、その後にすごい喜びがあると感じました。
(以上、世界大会のスピーチ)
このスピーチを行った後は、たくさんの人が寄ってきて、おめでとうと握手やハグをしてくれました。
英語が母国語でない私でも、世界を感動させることができることを知りました。
退職する前には思いもよらなかったことです。
アイルランドから来ていた方は、上の子がダウン症で、下の子を産まなかったといって涙ぐんでいました。
今までを訴えることができた事で、今まで無かった世界が見えました。
宗教・政治的わだかまりが無い、一般の人たちが分かち合える体験をしたと想いました。
みんな、同じように感動し、同じように心を打たれるのだなと想いました。
素晴らしい体験でした。
これらは全て退職してから経験ができた事です。
60歳を過ぎて退職して、それからの方が素晴らしい人生を歩めています。
先生として働いている時は、いろんな事をしなくちゃいけないからいやだなと感じていましたが、
いやだと思っていたことが退職してからのいろんな活動のノウハウになったと感じています。
積み重ねがあったから退職してからの人生の充実につながっているのだと凄く思います。
私の周りの人にも、退職したあとのほうが楽しいよと言っています。
娘を育てる間には、普通の子より思うようにならない事が多々あります。
コップの水を飲ませるにも、ストローで飲ませないとこぼしてしまいます。
難しさがある分、どうにかしようとする中で適応性が生まれたと思います。
とにかく知恵を絞っていました。
何をするにしても、常に娘に選ばせていました。
普通学級に通ったのも、娘が自分で選んだからでした。
娘は高校は進学校に行きたいと言いました。
この辺りで一番レベルが高い学校です。
周りの子が行くというからなのかなとも思いましたが、不合格覚悟で受けさせようと思いました。
本人が選んだから、仕方なく挑戦させました。
ただ、挑戦するからには何らかの意味を持たせないとと思ったので、私も
「普通の学生さん達に、障害を持ちながら何か訴えるものがあると思います。
周りの子を少しでも考えさせる存在になったらと思います。
皆彼女と一緒にいて何かを感じると思います。」
と教育委員会に訴えていきました。
大学にも行くというので、覚悟を決めて広島周辺の大学を全部めぐろうと思いました。
幸い、県立の大学にすんなり入れました。
これは運だと思います。たまたまそこにいた事務の方が、
障害者を受け入れるのに熱心な先生に電話してくださり、
「いいですよ、来なさい」と言ってくれたから実現しました。
素晴らしい事務局の方と会う運、これも私と娘が動いたから出会ったのだと思います。
大学を出てから今までは、宮島の中で2人でカフェをやっています。
彼女にとって、ほかの仕事をするのは難しいので、茶店を借りて2人でやっています。
初めはどうやったらいいのかわからないので迷っていましたが、今は自分の仕事はこれと決めて行っています。
彼女の分担も、「これをする?」と聞いて「うん」と頷いたので、彼女に沿わせて決めました。
カフェの仕事は、退職した素人がやるような仕事ではなかったと思います。
これも娘の希望を叶えるためにはじめた事でした。
宮島にはたくさんの観光客が来ます。
海外からの一人、二人で観光に来たお客さんが私のカフェに入り、たくさんのおしゃべりをして帰ります。
人によっては1時間半も話します。
観光客の人も日本の事を見て日本の事を楽しもうとする反面、話をしたい人も多いと気づきました。
この間の方は、ドイツ出身でベルリンの壁が崩壊する時の話をしてくださいました。
世界中のいろいろな友達ができて、メールや手紙をもらいます。
娘と一緒にカフェを始めたことで、思いもよらなかった所から世界が広がったような気がしています。
彼女はずっとみんなの中にいました。
そういう生き方を彼女自身が選びました。
それによって私は変わりました。
お父さんも変わらされました。
娘とは、いろんな挑戦はしましたが、苦労はしていません。
挑戦には常に喜びがありました。
もちろん、周りの無理解による苦労はたくさんありました。
彼女達のことを知らないが故の誤解、意見がありました。
私も初めはそう思っていましたから。
現在、日本の教育の中では、障害者だったら施設みたいなところに固めてしまっています。
わからないから排除という今の日本のやり方は少し違うとも思います。
人間って周りの人に人生を変えられるくらい影響を与えられることがありますね。
私自身の人生を変えた人は私の子供でした。
娘はいろいろな事を与えてくれます。
私の人生は、娘の選んだことを実現したくて、それをやり続けた人生です。
私に喜びを与えてくれる原因は彼女によって与えられています。
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私自身夢プロジェクトインタビューでは毎回感動をいただきますが、
今回のお話は特に魂を揺さぶられた感じがしました。
このお話を私のブログを読んでいただける方にお伝えすることは、私の人生のmission に感じます。
スーセイフジサンさんの語り口はとにかく明るく、お話の内容にもポジティブさを感じました。
娘さんの希望に答えるために動く姿は最上志向を、
その環境に合わせる適応性を感じました。
(スーセイフジサンさんからは今回、急な日程調整をお願いしてのインタビューの実現でしたが
そんな日程調整にも応じていただける所に適応性を感じました。)
そこで得たスピーチの世界大会はまさにコミュニケーションの強みが発揮されていましたし、
現在のカフェのお仕事は社交性を始めとした全ての強みが必要とされていると感じました。
初めは私も知らず知らずの内に、「障害者と生活するのはさぞかし大変だったでしょう」
という前提で話をしてしまっていました。
そのような思い込みを持ってしまう事自体がおかしいという事に、スーセイフジサンさんのお話で教えていただきました。
スーセイフジサンさんは最近ブログを開設されました。
こちら
にも感動的なお話が載せてありました。
(完)
今までの活動の様子は、PDF にして公開しています。
(無料です。)
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~コーチングで半生記を作る夢プロジェクト~(小冊子ダウンロード)
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ありがとうございます。
価値観を持つ
こんにちは
本日、メルマガ22号を発行しました。
今年の発行もあと2回となりました。
早いものですね。
今日発行したメルマガは、
こんな感じです。
行動を起こすためには、その行動を起こす基準が必要です。
この基準となるのが価値観です。
価値観がしっかりと把握できていれば、その価値観に沿った行動ができます。
例えば、私は大学の頃、学校の近くにおいしいつけめん屋がありました。
そのつけめん屋では、常に野菜つけの大盛りを頼んでいました。
ここで私の価値観は、
数ある定食屋の中から、めざすはつけめん。
つけめんの中でも野菜つけ。
しかも麺大盛り。
たまに野菜も大盛り。
時々、チャーシュー大盛り。
食べ物の選択は、簡単かも知れませんが、行動の選択も同じようにできると思います。
食べ物も、人が並んでいるのを見て食べてみたいと思うように、
行動も、人がやっているのを見て、やってみたいと思うのだと思います。
そして、それが好みの味だったらやみつきになる。
好みの結果が出る行動でもやみつきになる。
常に一定の価値観を持てば、その行動軸はぶれる事が無いと思います。
これは自己基盤(パーソナルファウンデーション)の強化につながります。
今年の私の軸は、コーチングでした。
コーチングから、ブログ・メルマガ・夢プロジェクトがスタートしました。
【行動を起こすヒント】 ←よろしければご登録をお願いします。
このメルマガは、週一回木曜日に発行します。
ありがとうございます。
起業のベースを作ったアメリカでの主婦業体験
こんにちは
今回の夢プロジェクトインタビューは
です。
(夢プロジェクトインタビューとは?
http://ameblo.jp/ryoiimura/entry-10175089210.html
↑こちらをご参照ください。)
衛藤さんはご自身の不動産会社の経営の他に、
イメージコンシェルジュ、マナー研修、コーチング等様々なサービスを展開しています。
また娘さん2人を東大に合格させた教育のスペシャリストとして来年出版もされるご予定です。
今回は衛藤さんが2人のお子さんを出産されてすぐに見知らぬ海外に渡り、
現地に溶け込んでいくまでのお話を伺いました。
--------------
私たち家族がアメリカのコネチカット州に行ったのは、1994年に夫がアメリカの会社に就職したのがきっかけでした。
夫は海外を飛び回っている生活を続けていて、家に帰ってくるのは月に数日間です。
そんな中、日本からの引越しで700箱の荷物とともに、初めてのコネチカットへ行きました。
24歳で結婚した私は一人暮らしの経験も無く、人に頼って生きていました。
それが、親もいない、夫も出張でほとんど家にいない、頼る人が誰もいないという状況の中に2人の子供と来ました。
英語も100%通じるわけではない。日本の常識も通用しない。
ここで自分は生きていかないと、子供の教育も自分がしないとという状況でした。
当時は20代後半で、仲間からはみんな仕事が面白くなった話ばかり聞いていました。
みんなキャリアを積んでいて、すごいな、いいな
あの時は一緒に実験とかしていたのに
何で私だけ結婚して、子供産んで・・・
とネガティブな発想になっていました。
ここでは自分は教育ママになろう、
あえて友達と違う自分を演出しようと、
思っていました。
あまり良い考えでは無いですが、
「強くならなきゃいけない・がんばんないといけない・キャリア積まないといけない」
「・・・しなくちゃいけない」と考えていました。
転機はアメリカに渡って一年経った頃に起こりました。
隣人のクリスに
"What do you do?" (あなたはどんな仕事をしているの?)と聞かれた時の事です。
私は
"Just a house wife." (ただの主婦よ)と答えました。
私の答えに彼女は凄く怒り出し、
「何でJust なんて言葉を使うの?
あなたが家でいろいろな事をしているから家庭が成り立っているのでしょう。
主婦業を卑下しないで。私は自分の事をgeneral manager と呼んでいるわ。」
と言ってくれました。
それまでなんでこんなずっと雪が降り続くような所に子供2人つれているのだろう、とネガティブに捉えていましたが、クリスから言ってもらった一言に、母親業をポジティブに捕らえられました。
強いなぁ、そんな風になりたいな~と感じました。
そこから、ジーンズを履き髪を切ってノーメークで生活するようになり、吹っ切れてアメリカに溶け込むようになれました。
(そんな風に言ってもらえる位、仲良くなるというのも親密性を強く感じますが?)
そうですね。自分の周りには奇跡と思うくらいいい人が多いです。
私の住んでいた東海岸は、一旦仲良くなると凄く親切に助けてくれる人が多いです。
アメリカ人の女性はとても、アサーティブです。
だんなにも、子供にも、PTAにも、とにかくバシバシ自分の意見を言います。
クラスでも意見をバンバン言うので、かっこいいなぁと思っていました。
ただ、今思い出しましたが私も必死にアメリカに溶け込もうとしていました。
アメリカに来て10年経っても、孤立してしまって英語もしゃべれないという事もざらです。
日本にいる大学の友達をうらやみながら、私も何かできるんだという根拠の無い自信がありました。
何も習得しないで主婦やっているのではなく、ここで普通にアメリカ人と付き合いたい。
子供のためにもそのほうがいいんだと感じていました。
一度、参加していた講座が終わって帰ろうと思った時に車が盗難されていた事がありました。
その時、警察に送ってくれと頼んだ所、君の家は遠いから送っていけないと言われました。
その時はたまたま夫に連絡がつき無事帰る事ができましたが、出張が多い夫がいなかったらどうなっていたんだろうと思います。
死活問題として溶け込もうと思っていました。
現地に溶け込むために、子供のガールスカウト、コミュニティー、パーティ等、
現地の人が買うようなローカルなタウン誌を見て主婦向けtea party や子供の読み聞かせ講座など手当たり次第に参加していました。
日本をしょってたつ位の気持ちで、しょっちゅう人を家に呼んだり、教えたりと
溶け込みたくって必死でした。
その中から日本に何人も遊びに来てくれるようになりました。
アメリカの人がするような格好をして、同じようなスーパーで買い物をして、子供もアメリカ人がするように片手で抱っこしてとやっていました。
アメリカに来て半年が経ち、子供が英語をペラペラしゃべり出しました。子供の付き合いがアメリカ人的になってきたので、この時にあー、やっていけるかなと感じました。
そして一年後のクリスのコメントにつながって行きました。
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衛藤さんは、「ただの主婦」だったアメリカでの体験をベースに、現在のご活躍につなげていらっしゃいました。
今回の衛藤さんのインタビューでは
現地に溶け込もうとした時の行動力に達成欲、
教育ママになろう、あえて友人と違う自分を演出しようと取り組み娘さん2人を東大に合格させるという部分に最上志向、
様々な講座に参加する所に学習欲
そして現地で得た友人を何人も日本に呼ぶという所に親密性を感じました。
また現地に溶け込むために現地の格好をするという部分に強い調和を感じました。
インタビューを受けていただいた終わりには、衛藤さんからこのように振り返ってもらいました。
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思っても見なかった事が自分の強みと結びついていた事がわかりました。
この事で今の自分を更に受け入れられました。
ストレングスファインダーを知らなかった頃の私の行動にも、ちゃんと強みが生かされていてまさに強みだよねって余計思えます。この事が自分の強みを更に受け入れることにつながりました。
当時は、溶け込む事に必死でしたが動き続けてよかったと今だから思えます。
こうやって動いてきたからこそ今があると思います。
私の子供は今年大学に入り、私の第二の人生が始まったと思っています。
私の60歳の夢は、「60歳まで仕事して、スタッフ何人かの組織を作ってそれが回る仕組みができて年の半分はバカンスとなっていく生活を作って行きたい。」です。
やりたい事はいっぱいあって、一度家庭に入った女性の社会復帰、
女性の再就職支援、コーチング、イメージコンシェルジュ、マナー講座などです。
今は闇雲に動いていますが、60歳の夢はきっと達成できると感じました。
(完)
ありがとうございます。
今までの活動の様子は、PDF にして公開しています。
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近々更新、夢プロジェクトインタビュー
こんにちは。
本日は夢プロジェクトのインタビューを2件行いました。
ただ今編集作業中です。
近々アップできると思います。
今回もインタビューを受けていただいた方に喜んでいただく事ができました!
何度かご紹介している夢プロジェクトですが、いったい夢プロジェクトとは何なのかというご説明をさせていただきたいと思います。
夢プロジェクトの生い立ちは、私が大学時代・就職活動中の話までさかのぼります。
当時、あまり満足の行かない大学生活を送っていた私は、自分に自信が持てないまま就職活動をしていました。
一生懸命練習をしていた野球部で、レギュラーを取れない自分は負け犬だという気分でいました。
就職活動を進めるにあたって出会った本に、
自分の強みを人に聞く、自分の過去の体験を紙に書き出す、自分の30歳の理想像を上げる
といったワークシートがありました。
このワークシートを一つずつこなすうちに、もしかして自分って結構いい事をやってきたかもという気分になりました。
就職活動よりも、自分自身を自分で受け入れられるようになっていくプロセスにとても大きな爽快感を感じました。
いつしか、自分も読んだ人に爽快感を与えるような本が書きたい、そう思うようになっていました。
そんな思いはすっかり忘れてしまってからかれこれ15年、
コーチングと出会い、その中で
200万人の成功者インタビューから人の強みを34に分けた「ストレングスファインダー」という本を紹介されました。
- さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす/マーカス バッキンガム
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このツールで自分の強みを知り、過去の自分の体験談に強みを照らし合わせる作業も行いました。
その時、「この方法を使えば昔書きたかった読んだ人が爽快になる本を作ることができるかも」と感じました。
15年前の記憶が一気によみがえり、
他の強みを持っている人がどんな強みの生かし方をしているかという興味にもつながりました。
この思いに賛同してくれた方の協力もあり、最初の夢プロジェクトインタビューがスタートしました。
インタビューを重ねるにつれ、一つの大きな疑問が生まれました。
「なんでこんなに皆すごい体験もっているのに、大した話・面白い話は無いと言うのだろう??」
もしかして、皆自分自身に負い目を感じているのかも・・・
更にインタビューを続けるうちに、私のこの疑問は確証に変わりました。
当初は半世紀を作る手助けになればとはじめたプロジェクトでしたが、
参加いただいた方のフィードバックが化学反応のように混ざり合い
いろいろな人の体験談をインタビューする今のスタイルに変わっていきました。
「夢プロジェクトインタビュー」
現在のスタイルは以下のようになっています。
皆様の体験談、
成功体験
何かを乗り越えた体験、
自分の中では奇跡の体験
あらかじめ教えていただく強みから、インタビューを受けていただく方の体験談を振り返ります。
インタビューはインタビューを受ける方のご希望に応じて、1 vs 1 もしくは 過去にインタビューを受けた方と一緒に行います。
これを私の方でまとめてブログにアップする。
これが一連の流れになります。
なおこのインタビューは無料で行っています。
今までの活動の様子は、PDF にして公開しています。
(無料です。)
こちらからダウンロードください。
↓ ↓ ↓
~コーチングで半生記を作る夢プロジェクト~(小冊子ダウンロード)
ありがとうございます。
体が軽くなってきた
こんにちは
健康診断に引っかかってから、お酒の量と食事の量を減らした所、ピーク時から7Kg 減りました。
ここまで減ると、歩いていても体が軽く感じますね。
このまま、学生時代の体重まで落としてみようと思います。
脂肪1Kg は7000Kcal に相当するそうです。
あと7Kg 落そうと思ったら約50,000 K cal に相当します。
これをあと2か月で落とすとすると、一日約800K cal の計算です。
だいたい一日一食抜くペースか、普段より4時間余計に歩くか、という計算ですね。
もちろん、これの組み合わせにしますが。
私が取り組んでいるのは、乾燥昆布と水を大量にとる方法。
ファミリーマートで100円で売っている「おつまみ乾燥昆布」は、約20Kcal でずっと噛んでいられるので空腹感を紛らわせるには持ってこいです。
しかもカルシウムが大量に含まれているので、栄養価も高いです。
最近ははるさめを使ったカップ麺が売られていて、ある程度の満腹感を得られて100Kcal 前後で済みます。
昼飯でとんかつとか食べていた頃から比べると、これだけで800Kcal近くの差が出るので、これで少し長めに歩けば一日800Kcal の削減はそんなにつらくなく到達できる数字です。
ずっと不摂生で痛めつけていた体をここらあたりでいたわってみたいと思います。
ありがとうございます。
大事なミーティングの前にコーチングを受けておけば
こんにちは
久々に仕事でコーチングが機能した事例のテーマでブログを書きたいと思います。
今日はコーチングを受ける側の視点で記事を書いて見たいと思います。
最近、立て続けに事業部長と話しをする機会がありました。
組織へのコーチング導入に対しての話し合いです。
このような場合は、必ずと言っていいほど私はコーチングのテーマにミーティングを選びます。
テーマは、
「今度ある重要なミーティングが、うまく行くようにする」
うまく行くという漠然さがポイントです。
大抵、重要なミーティングの前は、伝えたい事をプレゼンテーションとかにしますが、
一人でプレゼンを作っていると、どうしても視点が
「自分が伝えたい事」
になってしまいます。
「伝えたい事」「プレゼンで用意した事」
この他にも
「認めてほしい事」「現状の不満」
ぶっつけ本番で重要なミーティングに臨んでしまうと、
上記のような余計な感情もいっしょくたんに相手に伝わってしまいます。
「今度ある重要なミーティングが、うまく行くようにする」
でコーチングを受けて、コーチの質問に答えて行くことにより、
* 伝えたい事をシンプルに言うとどうなるか?
* 伝えたいことは相手にきちんと伝わるか?
* どのような伝え方が効果的か?
* どのように伝わるか?
これらが、はっきりとわかるようになってきます。
たった30分から1時間のセッションで、漠然としていた「うまく行く」はどんどん具体的な行動として落とし込まれてきます。
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ありがとうございます。
失敗を振り返る。(行動を起こすヒント)
こんにちは
本日、メルマガ21号を発行しました。
こんな感じです。
今回の記事は、「行動分析学入門」という本を参考に書きました。
- 行動分析学入門―ヒトの行動の思いがけない理由 (集英社新書)/杉山 尚子
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行動を時間軸で3つに分けると、
「きっかけ」「行動」「その結果」になります。
行動の結果、行動が「強化」される刺激や出来事を「好子」
行動の結果、行動が「弱化」される刺激や出来事を「嫌子」
と表現すると、
行動を強化できる場合と、行動が弱化していく場合は以下のようにわかれます。
●行動を強化できる場合は
「好んでいた結果が良い形で現れた時」(好子の出現)
「好ましくない結果が現れなくなった時」(嫌子の消滅)
になります。
思い切って電話したら、快く応じてもらった場合(好子の出現)
や、
うるさいと感じて怒りに任せて怒鳴ったら周りが静かになった場合(嫌子の消滅)
がこれに相当します。
●逆に行動が弱化してしまう場合は、
「好んでいた結果が現れなくなった時」(好子の消滅)
「好ましくない結果が頻発されるようになった時」(嫌子の出現)
になります。
プレゼントを買ったらセンスが無いと言われた場合(好子の消滅)
よかれと思ってアドバイスしたら余計なお世話といわれた場合(嫌子の出現)
がこれに相当します。
要するに都合のいいことが起こればそれにつながった行動は強化され繰り返せるし、
都合に悪いことにつながれば、弱化されその行動は減るという事です。
行動が弱化されてしまう場合、つまり中々行動が起こせなくなってしまった場合、
- 好子の消滅
- 嫌子の出現
の捉え方をもう一度考えてみるのも有効です。
都合が悪いって本当??っていう事ですね。
行動が中々起こせないという場合、過去の経験で一つの行動結果が
「好子の消滅」もしくは「嫌子の出現」に直結してしまい、
瞬時の判断で「やめておこう」と思い込んでいる可能性もあります。
* 確かに初めて買ったプレゼントは気に入ってもらえなかった
(好子の消滅)が、我ながらセンスが無かった。
でもそのお陰で、相手の好みを気にするようになったし
何度か渡した別のプレゼントは喜んで受け取ってもらえた。
嫌そうだったのは最初の一回だけで、あとは喜んでいたのかも知れない。
* アドバイスした瞬間は確かに余計なお世話といわれた。しかしその後、私のアドバイスは採用されていた。
伝えたかった事は伝わったのかも知れない。
アドバイスした瞬間は相手も余裕がなさそうだったし、私の言い方も厳しかったのかも知れない。
過去の好まざる結果も捉え方が変わると印象が変わる事があります。
今まであった思い込み(ビリーフ)を書き換える事ができれば、行動が促進される事ができます。
その行動、なんか気乗りしないなぁ~という時に結果を一度振り返ってみるのはいかがでしょうか?
今回は私がその昔喜んでもらえると思って買った灰色のダウンジャケット、
思いっきり不評だったトラウマを思い出しました・・・
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長い記事になってしまいましたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
簡単料理:たまねぎをレンジでチン
ブログネタ:お酒に合うのはこの一品!
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