起業のベースを作ったアメリカでの主婦業体験 | 何かをやりたいけど整理できていない方へ、行動を起こすヒントを伝えるブログ

起業のベースを作ったアメリカでの主婦業体験

こんにちは
今回の夢プロジェクトインタビューは

江藤真規さん

です。


(夢プロジェクトインタビューとは?

http://ameblo.jp/ryoiimura/entry-10175089210.html

↑こちらをご参照ください。)


衛藤さんはご自身の不動産会社の経営の他に、

イメージコンシェルジュ、マナー研修、コーチング等様々なサービスを展開しています。

また娘さん2人を東大に合格させた教育のスペシャリストとして来年出版もされるご予定です。

今回は衛藤さんが2人のお子さんを出産されてすぐに見知らぬ海外に渡り、

現地に溶け込んでいくまでのお話を伺いました。

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私たち家族がアメリカのコネチカット州に行ったのは、1994年に夫がアメリカの会社に就職したのがきっかけでした。

夫は海外を飛び回っている生活を続けていて、家に帰ってくるのは月に数日間です。
そんな中、日本からの引越しで700箱の荷物とともに、初めてのコネチカットへ行きました。

24歳で結婚した私は一人暮らしの経験も無く、人に頼って生きていました。

それが、親もいない、夫も出張でほとんど家にいない、頼る人が誰もいないという状況の中に2人の子供と来ました。

英語も100%通じるわけではない。日本の常識も通用しない。
ここで自分は生きていかないと、子供の教育も自分がしないとという状況でした。

当時は20代後半で、仲間からはみんな仕事が面白くなった話ばかり聞いていました。

みんなキャリアを積んでいて、すごいな、いいな
あの時は一緒に実験とかしていたのに
何で私だけ結婚して、子供産んで・・・
とネガティブな発想になっていました。

ここでは自分は教育ママになろう、
あえて友達と違う自分を演出しようと、
思っていました。
あまり良い考えでは無いですが、
「強くならなきゃいけない・がんばんないといけない・キャリア積まないといけない」
「・・・しなくちゃいけない」と考えていました。

転機はアメリカに渡って一年経った頃に起こりました。

隣人のクリスに
"What do you do?" (あなたはどんな仕事をしているの?)と聞かれた時の事です。

私は
"Just a house wife." (ただの主婦よ)と答えました。

私の答えに彼女は凄く怒り出し、
「何でJust なんて言葉を使うの?
あなたが家でいろいろな事をしているから家庭が成り立っているのでしょう。
主婦業を卑下しないで。私は自分の事をgeneral manager と呼んでいるわ。」
と言ってくれました。

それまでなんでこんなずっと雪が降り続くような所に子供2人つれているのだろう、とネガティブに捉えていましたが、クリスから言ってもらった一言に、母親業をポジティブに捕らえられました。
強いなぁ、そんな風になりたいな~と感じました。

そこから、ジーンズを履き髪を切ってノーメークで生活するようになり、吹っ切れてアメリカに溶け込むようになれました。

(そんな風に言ってもらえる位、仲良くなるというのも親密性を強く感じますが?)

そうですね。自分の周りには奇跡と思うくらいいい人が多いです。

私の住んでいた東海岸は、一旦仲良くなると凄く親切に助けてくれる人が多いです。

アメリカ人の女性はとても、アサーティブです。
だんなにも、子供にも、PTAにも、とにかくバシバシ自分の意見を言います。
クラスでも意見をバンバン言うので、かっこいいなぁと思っていました。

ただ、今思い出しましたが私も必死にアメリカに溶け込もうとしていました。
アメリカに来て10年経っても、孤立してしまって英語もしゃべれないという事もざらです。

日本にいる大学の友達をうらやみながら、私も何かできるんだという根拠の無い自信がありました。

何も習得しないで主婦やっているのではなく、ここで普通にアメリカ人と付き合いたい。
子供のためにもそのほうがいいんだと感じていました。

一度、参加していた講座が終わって帰ろうと思った時に車が盗難されていた事がありました。
その時、警察に送ってくれと頼んだ所、君の家は遠いから送っていけないと言われました。

その時はたまたま夫に連絡がつき無事帰る事ができましたが、出張が多い夫がいなかったらどうなっていたんだろうと思います。

死活問題として溶け込もうと思っていました。

現地に溶け込むために、子供のガールスカウト、コミュニティー、パーティ等、
現地の人が買うようなローカルなタウン誌を見て主婦向けtea party や子供の読み聞かせ講座など手当たり次第に参加していました。

日本をしょってたつ位の気持ちで、しょっちゅう人を家に呼んだり、教えたりと
溶け込みたくって必死でした。

その中から日本に何人も遊びに来てくれるようになりました。

アメリカの人がするような格好をして、同じようなスーパーで買い物をして、子供もアメリカ人がするように片手で抱っこしてとやっていました。

アメリカに来て半年が経ち、子供が英語をペラペラしゃべり出しました。子供の付き合いがアメリカ人的になってきたので、この時にあー、やっていけるかなと感じました。

そして一年後のクリスのコメントにつながって行きました。

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衛藤さんは、「ただの主婦」だったアメリカでの体験をベースに、現在のご活躍につなげていらっしゃいました。

今回の衛藤さんのインタビューでは
現地に溶け込もうとした時の行動力に達成欲、
教育ママになろう、あえて友人と違う自分を演出しようと取り組み娘さん2人を東大に合格させるという部分に最上志向、
様々な講座に参加する所に学習欲
そして現地で得た友人を何人も日本に呼ぶという所に親密性を感じました。

また現地に溶け込むために現地の格好をするという部分に強い調和を感じました。

インタビューを受けていただいた終わりには、衛藤さんからこのように振り返ってもらいました。
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思っても見なかった事が自分の強みと結びついていた事がわかりました。
この事で今の自分を更に受け入れられました。

ストレングスファインダーを知らなかった頃の私の行動にも、ちゃんと強みが生かされていてまさに強みだよねって余計思えます。この事が自分の強みを更に受け入れることにつながりました。

当時は、溶け込む事に必死でしたが動き続けてよかったと今だから思えます。
こうやって動いてきたからこそ今があると思います。

私の子供は今年大学に入り、私の第二の人生が始まったと思っています。
私の60歳の夢は、「60歳まで仕事して、スタッフ何人かの組織を作ってそれが回る仕組みができて年の半分はバカンスとなっていく生活を作って行きたい。」です。

やりたい事はいっぱいあって、一度家庭に入った女性の社会復帰、
女性の再就職支援、コーチング、イメージコンシェルジュ、マナー講座などです。
今は闇雲に動いていますが、60歳の夢はきっと達成できると感じました。


(完)


ありがとうございます。


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