くじらのハンフリー
- ウェンディ トクダ, リチャード ホール, 末吉 暁子, ハナコ ワキヤマ
- クジラのハンフリー
31P/27cm/国土社/読み聞かせにかかる時間-8分程度/季節-ハンフリーが川に入ってきた10/10~海に帰った11/4の間?
1985年10月10日の夜、ザトウクジラのハンフリーは仲間とはぐれて、サンフランシスコ湾のゴールデンゲートブリッジの下にさ迷ってきました。人々の心配をよそに、ハンフリーはどんどんサクラメント川を遡ってゆき、川幅も深さもハンフリーには限界が・・・。しかし、ハンフリーを見守っていた人々が協力して、11月4日、実に26日ぶりにハンフリーは海に帰ることが出来ました。
という実話を絵本にしたものです。クジラと人間の言葉が通じる筈はないのですが、ハンフリーは川にいる間、人々を傷つけたりせず、人々もハンフリーを家族のように心配していました。くじらと人間の友情物語は、実話であるだけに説得力があります。
内容は違いますが、「川」と「迷い込んだ」というキーワードから、私は下の絵本を思い浮かべてしまいました。
- フィリス・クラシロフスキー, ピーター・スパイアー, みなみもと ちか
- うんがにおちたうし
そう。『うんがにおちたうし』です。牛のヘンドリカは、のどかな僕小児すっかり飽きていて、運河に落ちたのを幸い、大きな箱に乗ってあこがれの町に到着するというお話しです。
内容が全然違うのに、何故???と思っていたけれど表紙を見て納得。川と海と空の水色が印象的だったのですね。絵本なのですから、挿絵は重要なアイテムです。ストーリーだけでなく、登場人物や「絵」つながりで色々な作品を連想するというのも面白いかも知れませんね。
おかえりなさいスポッティ
- マーグレット E.レイ, H.A.レイ, 中川 健蔵
- おかえりなさいスポッティ
29P/26cm/文化出版局/読み聞かせにかかる時間-14分~15分/季節-多分、一年中。強いて言うならばうさぎが生まれ易い時期:冬を除くらしいですが、条件によっては一年中繁殖するらしいので)やっぱり一年中ですね。
うさぎのお母さんが先週の金曜日に子どもを産みました。たくさん生まれた中に目が青くて体中に茶色のミスだま模様のある子が一匹・・・。お母さんとおばさんは、このスポッティという子うさぎを他の子と同じように好きなんですけど、おじいさんは、見た目が違うから嫌がるかもしれないと悩みます。
結局、真っ白でピンクの目と鼻をしている子ども達だけをおじいさんの家に連れて行き、スポッティは留守番です。ショックを受けたスポッティは家出をしてしまうのですが、その時に出会ったのが、茶色の模様に青い目をしているブラウンさんというお父さんうさぎでした。
ブラウン一家は、全員スポッティと同じ姿をしているのですが、ホワイティという真っ白でビンクの目と鼻を持つ白うさぎが一匹いて、ブラウンさんはホワイテイを好きだけど、おばあさんが嫌うんじゃないかと心配していたというのです。ホワイテイとスポッテイの状況を見て、「これはおかしい!みんな同じなんだ」という事に気づいたスポッティたちは、大喜びです。
一方、スポッティの家では、スポッティがいない事に気づいて大騒ぎになり、家族はスポッティの大切さを実感して大いに反省をしていました。翌朝、ブラウンさん一家とともに帰宅したスポッティは家族に大歓迎で迎えられ、皆で仲良くにんじんパーティをしました。おしまい。
日本人はとかく、周囲からはみ出すことを嫌いますし、自分が周囲と違うことを悩む子も多いようにに思います。読み聞かせにはちょっと長い絵本かも知れませんが、さらりと優しい心を描いたこういう作品は、できるだけ子ども達に届けたいと思います。
まよなかのだいどころ
- モーリス・センダック, じんぐう てるお, 神宮 輝夫
- まよなかのだいどころ
39P/29cm/富山房/読み聞かせにかかる時間-4分程度/季節-着ぐるみを着たかと思うと裸・・・だからいつでもいいかな。
センダックといえば、
- モーリス・センダック, じんぐう てるお, 神宮 輝夫, Maurice Sendak
- かいじゅうたちのいるところ
- モーリス センダック, Maurice Sendak, わき あきこ
- まどのそとのそのまたむこう
以上の三作はセンダック作品の中でもひときわ有名な作品といわれているようです。空想の世界と現実の世界が曖昧で、混沌としていて未整理なところが理解不可能なストーリーと緻密で完成度が高くマニアックな挿絵というセンダックワールドに惹きつけられております。
さて、まよなかのだいどころも、不思議なストーリーです。主人公のミッキー少年が、真夜中にあんまり騒がしい音がするので目を覚まし、「うるさい!」と怒鳴ったところから、別世界の真夜中の台所に迷い込んでしまいます。そこには三人のコックさんがいて、ミッキーを練り込んだクッキーを焼こうとします。どうやら「ミッキー」と「ミルク」を混同しているみたい・・・。ミッキーが「僕はミルクじゃないよ!」というとコックさんたちが、「朝のケーキが焼けない」と悲しそうな顔をします。そこで、ミッキーがミルクを取りに出かけます。お陰で、素敵な朝のケーキが焼けて、ミッキーは無事に寝室に戻りました。よかったね。というお話しです。
現実と空想の世界が曖昧な幼児期に読むと絶大な支持を得るようで、何十回、何百回も読まされたというお母さんがいる一方、現実と理想の区別がしっかりついている人が読むと、センダックの混沌とした世界は、未整理で無意味な作品で面白くないのでしょう。正直、私も大人になってから読んだので、理論的には理解できる気がするのですが、感覚として理解できるという境地にいたることはできませんでした。絵本の世界は、まだまだ奥が深いなぁと思います。
へんてこへんてこ
- 長 新太
- へんてこ へんてこ
31P/23×25/佼成出版社/1988/読み聞かせにかかる時間-3分程度/季節-いつでも
山の中に川があって、そこにかかっている橋の話。この橋を渡るとどんなモノでも体が伸びてへんてこなモノになってしまう。猫が渡れば、ネ---------コ--------になってしまうんだ。という具合に、色々な動物達が橋を渡り、へんてこなモノになってしまうというお話し。
突拍子もない発想とたわいもない言葉遊び。長新太の力強い絵が独特の世界を醸し出しており、『きゃべつくん』の住む世界に共通する長新太ワールドならではの、何でもアリの不思議体験絵本となっている。ナンセンスもここまで徹底すると、最後には不思議エネルギーに浸りすぎで、こんなのもあるかも知れない・・・と思わされてしまう、へんてこな絵本である。
ガンピーさんのふなあそび
- ジョン・バーニンガム, 光吉 夏弥
- ガンピーさんのふなあそび
28P/26×26/ほるぷ出版/1976/読み聞かせにかかる時間-4分程度/季節-川に落ちても寒くない時期。
ガンピーさんは船を一そう持っていました。その船にのってでかけると、子どもや動物たちが次々と乗り込んできます。その都度、ガンピーさんは、「○○をしなけりゃいいよ。」と注意をするのですが、あまりにたくさんのお客様でとうとう、船の中はぎゅうぎゅう詰めです。結局、大騒ぎになって船がひっくり返り、みんなびしょ濡れです。服が乾く間、みんなは仲良くお茶を頂き、夕方には、みんな家に帰ってゆきました。
この作品には、『ガンピーさんのドライブ』という姉妹作もあり、ジョン・バーニンガムの柔らかくも暖かいタッチの挿絵と牧歌的な内容の釣り合いがよく、特に小さな子ども達に喜ばれる構成になっています。
子ども達・うさぎ・猫・犬・豚・羊・・・とたくさんの人間や動物が次々と現れて、無理やりに一緒に船に乗ろうとするところは、次々と動物達が入ってゆく『てぶくろ』という絵本を連想させます。おなじみの結末が待っていることが予想できて、その通りになるというのは、子ども達にとっては大きな快感なのでしょう。とってもうれしそうに絵本に見入ってくれます。
見開き一杯にピンクを基調としたティータイムの図は、「流石は、ジョン・バーニンガム!」という感じの完成度の高さです。できれば、このまま切り取って、壁に飾りたいくらいの優しく美しい絵で、一枚の完成された作品のようにも思われます。
だいこん だんめん れんこん ざんねん-かがくのとも
加古里子/27P/26cm/福音館/1984/読み聞かせにかかる時間-7分程度/季節-何故か鯉のぼりの断面図があるので、個人的にはこどもの日の前かな。
最初は、お母さんが台所にある野菜や果物を切って断面図の説明です。次は、金属や陶器を切ることができたとしたら、おなべやどんぶりの中身が判るのにと説明します。そして、断面図には色々な方向からのアプローチが出来ることや断面図の利用方法などを易しく、詳しく書いてある作品です。
『からすのぱんやさん』や『だるまちゃん』などのシリーズを書いた加古さんは、この作品でも、色々なモノの断面図を優しい色調でたくさんたくさん書いています。かがくとのともの中から優れたものだけが、年に数冊、ハードカバーになります。幼稚園児をターゲットにした月刊誌ではありますが、小学校高学年にだって、十分通用する内容です。
バーティミアス-サマルカンドの秘宝
- ジョナサン・ストラウド, 金原 瑞人, 松山 美保
- バーティミアス-サマルカンドの秘宝
舞台は、ロンドン。
といっても、現実のロンドンではない。
魔術師たちが主な政権を握っている、そんな時代の話である。
主人公は、魔法を操る才能がある男の子、ナサニエルである。
ある日、サイモン・ラフレーズという魔術師に恥をかかされたナサニエルは
復讐の為に妖霊、バーティミアスを召還し、
サマルカンドのアミュレットを盗むように命じる。
実は、この秘宝は大いなる陰謀にはなくてはならないものであり、
バーティミアスとナサニエルは、否応なく大事件の渦中に巻き込まれてしまうのだ。
バーティミアスは、三部作で
第一部 サマルカンドの秘宝
第二部 ゴーレムの眼
第三部 プトレマイオスの門
という構成になっている。
訳者はあとがきの冒頭で、
『やっと、「ハリー・ポッター」シリーズの対抗馬が出てきた!』と
大興奮である。
確かに、舞台が擬似現代であったり、魔術師の見習いであったり、
悪の権現と戦うあたりは、ハリー・ポッターに設定が似ていなくもない。
第一部に関して言えば、説明的な部分も多いが、内容の破綻もなく
明るいストーリー展開であり、ちゃんと悪は滅び正義が勝つ設定になっていて
楽しめる内容であった。
第二部以降を読むのが楽しみである。
図書館の利用状況
21日の文部科学省の社会教育調査中間報告 で、全国の児童一人当たりの年間貸し出し数が2004年度で18.7冊に上っていると報告されたようです。国民一人あたりの年間貸し出し数の平均が4.5冊なので小学生の貸し出し数は群を抜いているといえるでしょう。
そういえば、図書館数は平成14年度よりも240館増えて、2982館になっていました。貸し出し数も延べで10万冊ほど増えて、5億8千万冊となっていました。今回の報告書では、国民の利用総数と児童の利用状況を明示してあるだけなので、中高生や大学生の動向について言及されていないのが少し残念です。
というのは、小学生に対しては、「子ども達の読書離れを阻止するために、大人が出来ること」として、授業でも読書の時間を取り入れ、朝読書の時間を設け、読書ボランティアを導入し、ありとあらゆる工夫をこらしています。ところが、中学生以上になると、ほとんど放置状態で、自主性に任せるようになってしまっているのが現状です。
確かに、いつまでも大人の介入をしていたら、子ども達の自主性を育むことは出来ません。けれども、思春期に差し掛かった難しい年頃に、クラブ活動や受験戦争という大きな時間的制約と試練が待ち受けています。私の目からは、大人の介入がなければ、中学生以上の読書離れは必然としか思えませんし、活字離れは中学生からが問題なのではないかと思えています。図画工作とか美術教育・音楽といった科目と同じような感じと言えばわかるでしょうか。
受験や就職には関係のない科目だけれども人間性や情緒性を育む道徳や美術・芸術科目等をおなざりにする現代の風潮が、子ども達の成長に大きな影を落としていると思えてなりません。受験は大切な人生の岐路ですが、それは単なる分岐点の一つであって、その後の長い道のりに必要な大切なものを知ろうとする学び方をもっと重視する必要があると思います。
だいくとおにろく
- 松居 直, 赤羽 末吉
- だいくとおにろく
28P//20×27/福音館-こどものとも傑作集/1967/読み聞かせにかかる時間-4分前後/季節-川の水が増える時期だから梅雨かな。
これは、日本昔話で、松居直の再話に、赤場末吉が挿絵を描いたものなのだけど、初版が1967年なのですよ。今が2006年だから、もうすぐ40歳になる絵本ということです。
実は、読み聞かせや朗読・素話では、昔話は「よほどのことがない限り、失敗しない」と言われていて、「困ったときの昔話」ともてはやされているのです。長い時間を経て、余計な部分はそぎ落とされ、単純にして明快、勧善懲悪で人情味豊か、規範意識や善悪の判断を培う道徳性など、子ども達が生理的に好む要素のみで構成されているので、当然の帰結なのでしょうね。
これが、素話や朗読あたりだと、その通りと単純かつ、素直にうなずいてお仕舞いにできるのですが、絵本となると少々厄介な批判が出てきております。あまりに、有名であり子ども達に好まれるので、多くの出版社がこの昔話に目をつけ、雨後の筍のように昔話絵本が濫発されるようになってしまったのです。商業最優先社会の弊害です。
試しに、近所の図書館で検索をしてみて下さい。私のよく通う図書館のHPで『だいくとおにろく』を検索をすると5つの出版社の絵本が見つかりました。『いっすんぼうし』では6つの出版社、『かちかちやま』に至っては、10以上の出版社から出しているものを蔵書しています。ここには、アニメ絵本などの安価で現代風にアレンジした作品は入っていません。
こんなにたくさんある昔話ですが、どれもほんの少しずつ違っています。どの作品が優れているか、子ども向けというより商業主義に走った作品なのかを見極めるためには、たくさんの資料を読み、実際にその本を手にとって読んでみたり、皆で読み合いをして意見を交わす事が必要だと思います。
本当のところを言えば、昔話には、選りすぐられた要素がたくさんあるので、わざわざ絵本にする必要はないのではないかと言う人もいます。絵本は、情緒を育み、美的感覚を養い、想像力を広げてくれる大切な媒体ですが、時として逆に、想像力をそこで押し留めてしまうこともあることに気をつけなければなりません。
「昔、昔あるところに美しいお姫様がいました。」と言葉で聞けば、どんな美しいお姫様でも自在に自分の心の中で描くことが出来ます。これを絵本で見てしまうとが、美しいお姫様は、挿絵のお姫様でしかなくなってしまうのです。怖いトロルも、自分の想像するトロルは、挿絵のトロルとは絶対に違う筈なのです。
そういう中で、赤羽末吉さんの挿絵は、高い評価を得ているようです。日本的なイメージを損なわず、具体的過ぎず、抽象的過ぎず、丁度良いインパクトを持っているということでしょうか。ぎりぎり絵本になっていても許せる昔話絵本らしいのです。実は、私も今は試行錯誤のまっ只中。自分自身では、良品判断はできません。手当たり次第に絵本を読んでいる段階です。
ともかく、「困ったときの昔話」は、学べば学ぶほど深みにはまってしまうという、困った現象を引き起こすことがあることにご注意を!
夏休みの課題図書-④
- 重松 清
- その日のまえに
凝りもせず、第52回青少年読書感想文全国コンクール の課題図書の読書感想です。今回の作品は、高等学校の生徒が対象の作品ですが、図書館では一般書籍として配架しているところが多いように思われます。図書館員の多くが、大人を対象にした作品に分類できると判断しているということでしょう。
確かに、死というものをテーマにした短編集で最終話に向けて収束してゆく構成力は圧巻ですし、その盛り上げ方も、結末も優れています。「死」という概念を核としいますから、どうしても重圧感がありますが、死を見つめた先に生きることの大切さを訴えているので、やるせなくなるような読後感はありません。
思春期の多感で、生きることに貪欲な時期にこういう「死」という形もあり、「死」というのも、受け止め方一つで色々な見方があるのだということを学ぶために必読だと思いました。思春期の少年少女は、そのような読み方ができるのですが、最終話にまつわる三部作は、中年女性が夫と子ども二人を残してガン死する内容ですから、私にはリアルで怖い作品でした。課題図書になっていなければ、手に取ることのなかった作品ですし、知ることのなかった作者です。
これを期に、少し重松清作品に手を染めてみたいと考えています。