小学校での読み聞かせ活動記録 -4ページ目

コッケモーモー!

ジュリエット ダラス=コンテ, Juliet Dallas‐Cont´e, Alison Bartlett, たなか あきこ, アリソン バートレット
コッケモーモー!

26P/28cm/徳間書店/2001年初版/読み聞かせにかかる時間-2~3分程度/季節-通年




ある朝、雄鶏が精一杯の大声で鳴きました。


 「コッケモーモー!」


その鳴き声を牛に注意され、改めて・・・


 「コッケガーガー」


あひるに馬鹿にされたので、改めて・・・


 「コッケブーブー!」


豚に揃って指摘されたので・・・


 「コッケメーメー!」


最後には鳴き方を思い出せるんですけど


この「あり得ない」鳴きかたが子ども達には非常にウケます。


コッケコッコーじゃないのに、何故か一度で覚えてしまいます。



だからという訳ではないんですけど、この絵本を使う場合


最初の一回を読み終えた後、ちょっと時間を空けてもう一度


読みます。


「今度は皆も一緒に読んでね。」と言いながら。。。



  あるあさの ことです。


  おひさくが のぼると おんどりは、


  よが あけたことを つげるために


  いきを おおきく すいました。 ところが・・・



「はい、みんな一緒に・・・」とかけ声をかければ、


本物の雄鶏よりも大きな声で


  コッケモーモー!


と叫んでくれちゃいます。




いつもは聞くだけのお話しや絵本。


参加型の絵本を折々に取り入れると面白いものです。


そういえば、このような絵本の読み方は


アニマシオンと言います。


スペインのモンセラット・サルトらが始めた読書教育の方法の一つで、


同じ本を読んだ子ども達がその本を使って遊びやゲームをするものです。


子ども達の読む力を引き出すために考え出された指導法です。



そんなこ難しいことを考えなくたって、簡単な絵本を一回読んであげて、


二回目に読むときは、ちょっと間を置いて


「次に出てくるのは誰たっけ?」


「次は何を持っていたけっけ?」


と聞けば、十分アニマシオンになるのです。



簡単じゃない?って思うでしょ?


意外と難しいんですよ。


福音館の『てぶくろ』に出てくる動物達の本当の名前を


順番に言えますか?




答えは・・・










  くいしんぼねずみ


  ぴょんぴょんがえる


  はやあしうさぎ


  おしゃれぎつね


  はいいろおおかみ


  きばもちいのしし


  のっそりぐまま



以上の七匹です。


子ども達の記憶力の素晴らしさを目の当たりできますよ。


一度、お試しあれ!






赤ちゃんのはなし

マリー・ホール・エッツ, 坪井 郁美
赤ちゃんのはなし

60P/31×23/福音館書店/1982年初版


マリー・ホール・エッツ(1895~1984)といえば


『もりのなかへ』『わたしとあそんで』等の絵本作家です。


森の中で遊ぶ姿を淡々と描いたり


動物達との交流を描いたりしています。


この作者の作品は、絵も文も派手ではありません。


けれども


  「ああ わたしは いま、とっても うれしいの。とびきり うれしいの。」


  「なぜって、みんなが みんなが わたしとあそんでくれるんですもの。」


というフレーズに象徴されるように、子どもと自然との融合を


さらりと描ける作家で、永く子ども達に愛されてきました


優しい気持ちが画面からも文章からも溢れているからでしょう。


人間界のしがらみに毒されていない子ども達は


森や大気や海のような自然に近い存在なのでしょうか。


無条件に自然を愛する心を受け入れるようです。


だから、優しい心を持つ子どもや動物や生き物がたくさん出てくる


エッツの絵本を愛するのではないでしょうか。



残念ながら刺激の多い現代社会では、エッツの作品に


率先して手を伸ばす子ども達が少なくなっています。


フルカラーアニメの刺激の強いキャラクター絵本に


どっぷり浸っている子ども達にはエッツの絵本は地味すぎるのです。



けれども、一度でもエッツの作品に触れた事のある子ども達の多くは


その作品に惹きつけられ、何度も読み返すほど愛読するようになります。



ですから、私達は読み聞かせをする時に、旧き善き時代の子ども達が


何世代にも渡って愛し続けてきた絵本を選はなくてはならないのです。



エッツの絵本を見て聞いて、笑い転げたりウケたりはしませんが


子ども達は静かにお話に聞き入ってくれます。



海の底でひっそりと育まれる真珠のように


子ども達の心に絵本を楽しむ心の核を


植える事ができたら、どんなに素敵でしょう。



さて、今回紹介した絵本は、


お母さんの体の中の卵のが受精をして


どのように胎生期を過ごすかを描いた絵本です。


胎児の成長を克明に描いているので


福音館は「科学絵本」として販売しています。


図書館でも、物語絵本ではなくかがくの本に分類しています



確かに非常に正確な観察眼をもって描かれた挿絵です。


胎児の成長の過程が克明に説明されています。



しかし、そこから見つけられるものは、ヒトという生き物の神秘です。


自然の驚異と美しさです。


『もりのなかへ』や『わたしとあそんで』と同じなのです。


対象が森や動物から、ヒトの胎児になっただけの話なのです。


ヒトという生き物の発生について、細部まで描いた絵本なので


性教育に適した絵本とも言われています。


しかし、科学的なだけではありません。


育つことを喜び愛する心を育む事。


これこそが、性教育の第一歩なのだと思います。


こういう前提をしっかりと心に焼き付けせれた子ども達なら


愛し合うことの素晴らしさや大切さを理解し


自然に受け入れる事ができるのではないかと思います。


魔法少女マリリン

村山 早紀, 佐竹 美保
青い石の伝説―魔法少女マリリン
母子家庭だけど、やり手の商売人のお陰でお金持ちの娘マリリン・マルーン。

祖母は、題魔法使いルーナと呼ばれていたが、私は万年5級の魔法使い見習

だけど、夢見る12歳。

王都アルジャンにやってきて、冒険者になって世界をはるかに旅する事が夢だった。

結局、ひょんなことからヨーティーという詩人のお兄さんとイトークといウニ教の僧侶と


剣士のお姉さんのヒカルの4人でアルジャンの王子マサヤの依頼で


冒険に出かける事になった・・・。



冒険の行き着くさきは、旧い記憶、時を経ても治らない傷、年老いた怪物


宝物に悪人、裏切り、そしてあっと驚く大団円。


ちょっとドジで間抜けだけど才能抜群の主人公が運と根性で物語をぐいぐいと


ハッピーエンドにもってゆくあたりに、強引さを感じるけど


小学校中学年程度から読めるファンタジーに分類できるかも知れない。


こういう作品を好むタイプならば、時代背景がしっかりして、


人物の心理描写なんかもきっちりした完成度の高い作品、


『精霊の守人』や『ゲド戦記』みたいなものをこよなく愛するような


タイプになるんだと思う。


まぁ、読書に貴賎はないし、どこから読んでも自由なんだから


好きな分野を好きなだけ読むのが正しい読書法なんだと思う。


そういう訳で、40歳過ぎたオバサンは、


せっせと村山早紀の作品を読み漁っていたりするのでした。


村山 早紀, 佐竹 美保
時計塔の魔女―魔法少女マリリン〈2〉

最初の冒険に成功したマリリンの次の冒険は、若き天才歌手の


銀のユナイアという少女を守る事だった。


大国ロワールの「闇の円環」という宗教組織は、


銀のユナイアの持ってうまれた才能が失われる事によって


の崇拝する女神が復活すると信じて


銀のユナイアを生贄にささげようとしているのだ。


しかも、銀のユナイアの命を狙っているのは


「闇の円環」だけではなかった・・・。



二作目では、マリリンを取りまく冒険者の一人、


女剣士のヒカルとユナイアの意外なつながりもあり


少女達の活躍に目を見張ってしまった。


これだけ女の子達が元気だと、うれしくなってしまう。


でも、自分の娘がこんなに元気だったら・・・


ちょっと手こずってしまいそうだわ。

村山 早紀, 佐竹 美保
地下迷宮の冒険―魔法少女マリリン〈3〉

一作目と二作目では大活躍をしたマリリンは、冒頭で大失敗をしてしまう。


魔力の強さを自分でコントロールできないのだ。


そんなマリリンに来た仕事は、ある女の子の警護をして欲しいという


悪の王、ドステルからのものだった。


本当は、マサヤ王子からの依頼である行方不明事件に


関わりたかったんだけど魔法制御力が定かでないからと


仲間に入れてもらえなかったのだ。



クサクサするマリリンだが、警護の依頼を受けた少女は


名前負けの姫と噂されるユリアナ・アリナ、15歳の少女だったのだ。


つまり、ドステルさんとマサヤ王子の妹って事。


彼女もマリリン同様、身分をわきまえず冒険者になることを夢見ていたのだ。


しかし、おしのびで街中を歩くアリナの警護をしているうちに


二人は大きな事件に巻き込まれてしまう。



新たな敵である、クローア王国の第一王子ヨルイドの出現は


新たな事件と展開をもたらし、第4巻に話が続く事になるのだった。



第三巻では、敵であるクローア王国の第一王子ヨルイドと


名前負けの姫、ユリアナ・アリナが大きな鍵を握る登場人物である。



面白い事に、マリリンを助けるのはやっばり女の子なのだ。


そう。美しくて聡明で男の子顔負けの


パワーを持ったユリアナ・アリナ姫なのである。



いい作品なんだけど、ここまで女の子にばかり肩入れをしてしまうと


男の子には面白くないかもしれないと思ってしまう。


『ナルニア国物語』は男の子二人と女の子二人の4人兄妹が主人公で


その四人がそれぞれに欠くことのできない大切な主役だったもの。


『ゲド戦記』の主人公はゲドだけども、ゲド以上に脇役の女性が


魅力的だったもの。


魔法少女マリリンシリーズは、主人公が女の子で


毎回出てくる脇役さん達も活躍するのは圧倒的に女性というか女の子・・・。


ちょっとバランスが悪い気がしてしまうのは


考えすぎかしら???


村山 早紀, 佐竹 美保
妖精の森へ―魔法少女マリリン〈4〉

なんだかんだと言いつつも最終巻です。


マリリンには、アルシャンとクローアと妖精の森の三つの王家の血をひき、


魔法の王冠を継承する可能性があったのです。


さすがに、こんな展開になるとマリリンは


「本物の伝説にまぎれこんじゃったな。」と思い


「そんなたいそうなもの・・・」と事の重大さを認識しています。


そんな事を考えている間にも「闇の円環」からは


続々と刺客が送られてくるので、結局は旅に出る事になるのです。


メンバーは、ヨーティさんと、ヒカルさん、イトークさんの4人。


旅の途中、いつものメンバーとはぐれてしまったマリリンは、


パンフルートを吹く楽師のレノーさんや


不思議な馬をあやつる人形劇団の一行で


団長のトリーシャさんやエルフのルーニや


大商人の放蕩息子で自称「腕がいい正義医者」の


リュシエン・グランさんに出会います。


そしてやっぱり、旅の途中には闇の円環の僧侶が襲ってくるのです。


必死のおもいで着いたエリナンベルタの街の奥にあるエルフの森では


新たな出会いがあり、新たな冒険が幕を開けるのでした。




流石に最終巻は、壮大な展開で息つく暇もないくらいの


出会いや戦いが用意されています。


砂漠の大商人の跡を継ぐのを嫌って、冒険者になりたいと


だだをこねていた箱鼓入り娘のマリリンの面影は


もう、どこにもありません。


周囲の人々を思い遣り、世界の美しさに感動し


この世に受けた生をまっとうするべく前向きに生きてゆく


立派な女性になったのです。



人には、それぞれに定められた運命というものがありますが


それは、たった一つの道ではなく無数に分岐しているのです。


分かれ道にたどり着いた時、選択するのは自分自身なのです。


右の道にも、分岐点があり


左の道には、三叉路があるかもしれません。


一つ道を間違えただけで、とんでもないところに出てしまうかもしれません。


回り道をしても、たどり着く所が同じこともあるでしょう。


マリリンのように希望を胸に抱き、仲間と共に


生きる事を楽しみつつ、前向きにつき進んでゆきたいものです。


魔法少女マリリンセット 全4巻

あやちやんのうまれたひ

浜田 桂子
あやちゃんのうまれたひ

32P/27×20/福音館書店/1984年初版/読み気かけにかかる時間-5分程度/季節-あやちゃんの誕生日12/15の少し前が一番いいのだけど、読んであげる子のお誕生日の少し前かいいかな。


あやちゃんが、カレンダーを見ながら自分の誕生日を楽しみにしています。


そんなあやちゃんにお母さんが、あやちゃんの生まれた日のことを


優しく淡々と話してあげるストーリーです。


予定日になっても生まれてこなかったあやちゃんを


おじいちゃんもおばあちゃんもパパもママも


心配しながら待っていた話。


夜中に生まれそうになってパパがあわてちゃった話。


その日の寒かった事や病院の灯りがうれそかった話。


病室のやかんからあがる湯気までが祝福してくれているように思えた話。



どれもこれも、あやちゃんが生まれるということが


特別なんだよって、想わせてくれるエピソードです。


生まれてきた子どもたち一人ひとりに様々な


出産エピソードがあります。



この絵本を読むと、必ず自分たちがどうやって生まれたのかを


知りたがります。


弟や妹がいることを誇りに思う子どもがたくさんいます。


子どもが生まれたとき、どれほどうれしかったかを


この絵本を読んだときに一緒に話し合えるといいですね。



ちなみに・・・我が家の場合・・・・。


長女は、予定日よりも6週間近くも早い出産で


お医者様をはじめ先生方が「まだ生んではいけません。」と言って


赤ちゃんが生まれないように必死で処置してくれていました。


だから、赤ちゃんはまだ産まれない筈だったのですが、


思いのほか、早く産まれてしまって、そのままNICUという


未熟児保護治療室に連れて行かれてしまいました。


小さな声で「ふみゃあ~。」と泣いた赤ちゃんをひと目だけ


見ることが出来たのは赤ちゃんを産んだ私だけでした。


おじいちゃんはもとより、おばあちゃんたちも


赤ちゃんが退院するまでは赤ちゃんに会うことはできませんでした。


退院するまでは、ママである私も毎日30分しか会うことができず


寂しい想いをしました。


今は小学校4年生ですが、今でも抱っこをして一緒に寝る


甘えん坊です。




それに懲りたのか次女は、ぴったり予定日に産まれました。


その日は、パパが会社の宴会の幹事さんだったのですが


「お酒を飲み過ぎると心配だわ」と日ごろ思っていたのが


通じたのでしょうか、パパの出勤直前に破水して入院し


夕方には次女が産まれてしまったのでした。


そんな子だったせいか、自己主張が強い癖に


心配性で気配りができる女の子に育っています。


みしのたくかにと

松岡 享子, 大社 玲子
みしのたくかにと

60P/17×17/こぐま社/1998年初版/読み聞かせにかかる時間-30分近く/季節-通年


普通の読み聞かせでは長すぎるお話です。


お話を聞きなれたちょっと大きな子向けの特別なイベントで朗読とか、


素話で語るのがむいているお話だと思います。



昔、あるところにふとっちょおばさんがいました。


ふとっちょおばさんは台所で何だか判らない種を見つけます。


通りすがりの人たちはその種を見て、


「あさがお」と言ったり「すいか」と言ったり・・・。


おばさんは何が生えてくるか、「とにかくたのしみ」に待つ事にしました。


これがこの物語の発端です。



種を植えたところに立てた看板には



 「あさがおかもしれない


  すいかかもしれない


  とにかくたのしみ」



と書いてあったのですが、たまたま通りすがりにこれを読んだ王子様が


反対から読んでしまったから大変・・・。




この本は、子どもたちだけでなく


「良い子を育てたい」と思っているお父さんやお母さんにも


是非読んで欲しいと思います。


子どもが子どもらしく育つために必要なものが


この絵本の中にぎゅっと詰まっていますよ。

おっきょちゃんとかっぱ

長谷川 摂子, 降矢 奈々
おっきょちゃんとかっぱ

32P/27×20/福音館書店/1997年初版/読み聞かせにかかる時間9~10分/季節-きゅうりとすいかの実る頃。川底でお祭りをする時期・・・夏ですね。


おっきょちゃんという女の子が川岸で遊んでいると


川の中から河童のガータロが顔を出した。


おっきょちゃんは、水底のお祭りに招待されたのだ。


着物に着替えてお土産にきゅうりを持って


水底の世界に行ったおっきょちゃんは、


河童達に歓迎されて河童の子になってしまった。


しばらくは楽しく暮らしていたが、あるとき自分の人形が


水の中に落ちてきて、やっぱり家に帰りたいと泣き出した。


ガータロ達は、どうやったら地上に返せるか悩んでしまった。



作者は『きょだいなきょだいな』を書いた長谷川摂子と降矢奈々である。


美しい水彩画に不思議な世界を描いた文章。


非常に日本人らしい絵と内容のお話である。


子ども達は、おっきょちゃんが川に吸い込まれるように


お話の中に入り組んでしまう。


真剣なまなざしでおっきょちゃんがどうなるのかを


固唾を呑んで見守っているのだ。



このお話に限っては、不思議と


「ありえねぇ~」という声があがった事がない。


「ありえねぇ~」という発言は、現実と虚構の世界に


隔たりがあるから出てくる言葉なのだ。


現実からフィクションへの導入がごく自然に移行するから


子ども達は、あたり前のようにカータロの住む世界の住人に


同化できるのだろう。


祭りの餅をもらって食べるおっきょちゃん。



  一口食べたら、お父さんのことを忘れ


  二口食べたら、お母さんのことを忘れ


  三口食べたら、水の外のことを全部忘れてしまった。



読み手の私でさえ、ちょっとドキドキする怖いフレーズである。


聞き手の子ども達は、小さく固くなって聞いている。


お化けじやなくても怖いものがあるっていうのを


子ども達が体感しているように思えた。

こんにちはバネッサ

マージョリー・W・シャーマット, リリアン・ホーバン, 小杉 佐恵子
こんにちは,バネッサ

54P/22cm/岩崎書店/1984年初版/読み科背にかかる時間-13分程度/季節-通年。新しい友達を作りたい時期が良いと思うので、クラス替え直後かな。


子ネズミのバネッサはとても恥ずかしがりやです。


おかあさんはそんなバネッサをとても心配して


お友達をつくる努力をするように勧めます。


必死の思いでバネッサはやぎのリサに声をかけました。


「こんにちは。」


あまりの声の小ささにリサはバネッサが何を言いたいのか


判ってくれませんでした。


別の日、ヒキガエルのシグムンドに声をかけました。


「こんにちはっ!。」


シグムンドは、びっくりして飛んでいってしまいました。


バネッサはもう友達なんかつくりたくないと思いました。




ある日のことです。


バネッサは「学校」という文字をカタカナで書くことができるのに


恥ずかしくて手を上げることが出来ませんでした。


このエピソードは、作者のマージョリー・シャーマットの逸話なのだそうです。


作者は、とうとう手を挙げることができなかったのでしょうか。


この作品の中では、


何日も悩み考えたあげく、バネッサは勇気を出して


教室で正しい答えを発言します。


そして大鹿のクインシーに尊敬されて友達になります。


「毎日、だんろの火のそばに座っておしゃべりする


仲良しのお友達はとくべつにね!」としめくくる一節には


友達が欲しかったバネッサの心が痛いほど表現されています。



学校って、新しい知識を学ぶところだけれども


友達をたくさん作るところでもあるんですよね。


元気な子、わがままな子、臆病で内気な子。


色々な個性の子ども達が集まり、お互いの長所を認め合い


短所を補い合える友達がたくさんできるといいな、と思わせる作品です。

ぐるんぱのようちえん

西内 ミナミ, 堀内 誠一
ぐるんぱのようちえん

28P/20×27/福音館/1965初版/読み聞かせにかかる時間-5分前後/季節-通年



ひとりぼっちでくらしていた、とても大きなぞうの「ぐるんぱ」は


いつもぶらぶらしていたので、働きに出る事になりました。


最初に行ったお店はビスケット屋さん。


ぐるんぱは、特別張り切って、大きな大きなビスケットを作ります。


出来上がったビスケットは、大きくて高すぎて買う人がいません。


ぐるんぱはお店の人に「もう結構!」と断られてしまいます。


次々とお店を変えて、ぐるんぱは一生懸命働きますが


どこのお店で働いても「もう結構!」と断られてしまいます。


しょんぼりしているぐるんぱに救いの手を差し伸べたのは


小さな子どもが12人もいるお母さんでした。


忙しいので、ぐるんぱに子守を頼んだのです。


ぐるんぱは、子ども達と一緒に楽しく遊び、それを見ていた


近所の子供達も集まってきて、ぐるんぱは、幼稚園を開きましたとさ。


おしまい。



2000年に藤井フミヤさん、堂本光一さん主演のテレビドラマ


「天使が消えた街」(日本テレビ)の中で取り上げられ、


サヴァン症候群役の藤井フミヤさんが


「ぐるんぱはしょんぼり。ぐるんぱはしょんぼり。」と


何度もつぶやいていた事で、一躍有名になった絵本です。



まぁ、ドラマで取り上げられたりしなくとも、


幼稚園で楽しく遊びましたとさということから、


多くの幼稚園では欠かす事のできない絵本の一つだと思います。



特別張り切ったのに失敗してしまうぐるんぱは、


大きなぞうの筈なのに、しょんぼりしてとっても小さく見えます。


色々なお店で頑張れば頑張るほど


しょんぼりが増えてしまうぐるんぱ。


子ども達は心配そうに絵本に見入ります。


最後に、ぐるんぱが子ども達と一緒に遊んでいる姿を見ると


子供達もほっとした顔になります。


何回も読んでもらって、知っている子が多い絵本なんですけど


違った場所で違う人に読んでもらうと、


違った印象になるのでしょうね。


きょだいなきょだいな

長谷川 摂子, 降矢 なな
きょだいなきょだいな

32P/20×27/福音館/1988初版/読み聞かせにかかる時間-3分前後/季節-通年


あったとさ あったとさ 


ひろいのっぱらどまんなか


きょだいな○○あったとさ


こどもが100人やってきて・・・・


意外なモノが野原のど真ん中に出没して度肝を抜かれ、


その驚きに対して100人の子ども達が体を使って楽しむ。


その巨大さと天真爛漫さに子ども達は、身を乗り出して絵本の中に引き込まれます。



「ありえねー。」絵に「ありえねー。」リズムの文章。


子ども達は、降矢ななの絵と長谷川摂子の不思議な世界が大好きです。


同じ作者で『おっきょちゃんとかっぱ』(福音館書店)という作品があります。


やっぱり、別世界の「ありえねー。」話しなのに子ども達は


食い入るように絵を見つめ、お話しに聞き入ります。



何年生に読んであげても、何回読み聞かせに使っても、


毎回、反応のいい絵本というのがいくつか出てきます。


この二人の組み合わせで出来上がった絵本には


そういう作品が多いような気がします。

あおくんときいろちゃん

レオ・レオーニ, 藤田 圭雄
あおくんときいろちゃん

40P/21×21/至光社/1979初版/読み聞かせにかかる時間-3分前後/季節-公園で楽しく遊べる季節



小学校の教科書に載っている『スイミー』の作者といえば、


ご存知の方も多いと思います。



仲の良いのあおくんときいろちゃんは一緒にいられることがうれしくて


色が混じってしまい、緑色になってしまいました。


遊びつかれて家に帰るとあおくんの両親もきいろちゃんの両親も


「こんな子、知らない。うちの子じゃない。」と言って


二人を家に入れてくれません。


二人は悲しくなって、ぽろぽろと涙を流し、


流れた涙があおときいろに別れ、


両親は二人が混じっていただけだった事を知ります。



えっと、原作は『Little Blue and Little Yellow』という題になっています。


藤田圭雄さんが「あおくんときいろちゃん」と邦訳したわけです。


「あおくんときいろちゃん」という


ただの青い紙と黄色い紙が人格を持つというだけでも


かなりシュールですが、


原作は性別がなかったんですね。


もっと抽象的な絵本だったのでしょう。



そういえば、レオ・レオニさんの作品は、


この絵本以外はすべて谷川俊太郎さんで邦訳されています。


谷川さんが邦訳していたら、どんな表現をされていたか


ちょっと興味が沸くところですね。



まぁ、邦訳があろうがなかろうが、


文字に託された意味を吹き飛ばすほど


どんな観かたも想像できてしまう作品なので


文字を追わなくとも楽しめる絵本だと思います。