回顧録「いつか見た映画 1991」34『シラノ・ド・ベルジュラック』 | やりすぎ限界映画入門

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ダイナマイト・ボンバー・ギャル @ パスタ功次郎

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■『シラノ・ド・ベルジュラック』
やりすぎ限界映画:☆☆☆☆★★★[95]

1990年/フランス=ハンガリー映画/139分
監督:ジャン=ポール・ラプノー
出演:ジェラール・ドパルデュー/アンヌ・ブロシェ/ヴァンサン・ペレーズ/ジャック・ウェベール/ロラン・ベルタン /フィリップ・モリエ=ジュヌー

■1991年 劇場公開作品 34本目

映画館で映画を観ることに最ものめり込んだ時期だった。あらゆる「単館ミニシアター」に行った。渋谷Bunkamuraの「ル・シネマ」にバーがあるのを見て驚いた。少年だった僕はこんな「明るい光の当たる場所」で毎日過ごす社交界を夢見たが、今の現実は「非正規雇用」。あまりにも人生は厳しすぎた。渋谷Bunkamuraのような「明るい光」は僕と「無縁」だったことを思い知る毎日。

「ル・シネマ」には数え切れないほど観に行った。かなり思い出がある映画館で『シラノ・ド・ベルジュラック』の記憶はかなり鮮明に強い。「ジェラール・ドパルデュー」の「怖さ」を思い知るのと同時に、“極限ダイナマイト・ボンバー・ギャル” 「アンヌ・ブロシェ」の「極限の美」に圧倒された。「敵」役の「ヴァンサン・ペレーズ」も、最初は何て嫌な奴と思ったが、戦場で自殺したのを見て何とも言えない気持ちになった。

改めて見直し、「自分が他人にしたことは、いずれ全部自分に返ってくる」と痛感した。「絶対他人になりすましてはいけない」。全ての人間が不幸になる極限のくそリアリズムに震撼。「シラノ」が「ヴァンサン・ペレーズ」を死に追いこんだようにも見える。「ヴァンサン・ペレーズ」の死が「天誅」に見えた。最初から好きなら好きだと「戦国大名」のように名乗りを上げ、正々堂々とすべきだった。「自己嫌悪」「マイナス思考」が「他人を不幸にする」一例かもしれない。「相手の反応」を見る冷静な「人間の行動の客観視」ができてれば、こんなことにはならなかった。「美点」「欠点」があって人間。その「失敗」が、「美しすぎる心」のために失敗したことがものすごく切ない。




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「いつか見た映画 1991」31『バックドラフト』
「いつか見た映画 1991」32『おもひでぽろぽろ』
「いつか見た映画 1991」33『プロスペローの本』
「いつか見た映画 1991」34『シラノ・ド・ベルジュラック』
「いつか見た映画 1991」35『夢の降る街』
「いつか見た映画 1991」36『アリス』
「いつか見た映画 1991」37『夢二』
「いつか見た映画 1991」38『ゴッホ』
「いつか見た映画 1991」39『アタメ』
「いつか見た映画 1991」40『白い婚礼』
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画像 2018年 9月