小林一茶48 寝た下をこがらしづうんづうんかな
新版日本秀句3 一茶秀句 加藤楸邨著 春秋社 新版第一刷 2001年7月を基礎資料としている。文政6年1823年一茶61歳から文政10年1827年一茶65歳までの最晩年散る芒寒くなるのが目に見ゆる 文政6年「寂砂子」(太筇の俳諧紀行集文政7年)所収。なすことのへるにつけても秋の暮 太筇太筇のこのせつない気分に応えての句なのだろうが、二人が仲良し過ぎるのか緊張感が無い。「寒くなるのが」が変調なのかも。太筇は下総の俳人で一茶とは長く深い交流の歴史がある。文政6年七月には江戸を発って信濃に入り、一茶を訪ねて五日間も逗留している。風に吹き散らされている芒に、否応なく老いの最中へ押し出された身を重ねた。「この世の不幸がやって来る現実が目に見えるようだ」と。もはやそれは空想ではないのだと、実感は籠もっている。雪ちらりちらりみごとな月夜かな 文政6年奥信濃の柏原の古郷の雪が「ちらりちらり」と降り始めた。その冷えて済んだ空気を切り裂くような月の光。相続でもめつまりは村の平和を乱すことで、村の人々の反感を買ってもいたろうし、義弟は財産を半分に削られ、自作農とはいえ生活は厳しくなったろう。このような周囲との軋轢に一茶は古郷を愛しきれずにいるが、初冬の美しい月の下では浮世の塵埃は問題にならないのだ。もともとの一人ぞ雑煮膳 文政7年文化15年(文政元年)に生まれた幼子には、正月に一人前の雑煮膳を据ゑ這へ笑へ二つになるぞ今朝からは 文政2年と詠んだ。しんしんとすまし雑煮や二人住 文政4年文政4年は妻きくとの「二人住ふたりずみ」の正月だった。文政6年5月12日(1823年6月20日)妻きくは、一茶が見舞いにも訪れた実家にて没した。すまし汁の雑煮、σ(^^)我家は鶏肉と小松菜片乳を握りながらや初笑ひ 文政6年しかし、この子も母きくも相次いで亡くなってしまった。月岡芳年 風俗三十二相「かわゆらしさう」一度もこの幸せを経験していないなら、一人の雑煮に意識は向かわなかったろうが、我が子を抱き共に遊び、夫婦そろっての将来を夢見た一茶には辛い一人暮らしだったろう。その悲しみや辛さを乗り越えんとして、一茶は「もともとの」と詠んだ。俳諧行脚で生きていた頃と比べても、「大したことじゃぁないんだ」と言わんばかりに。この文政7年には飯山藩の武士の娘雪と再婚するが、一茶とは反りが合わず3ヶ月で離婚した。農家の主婦としての前妻きくの思出が強烈だったからだろう。武家の娘に村の生活はムリだった。慈悲すれば糞をするなり雀の子 文政7年「糞」は「まり」などと読まずに「くそ」がいい。再婚相手に自分なりに努力はしたが、ぷいとそっぽを向かれてしまったとの意識だ。放ちやる手をかぢりけりきりぎりす 文政8年一茶はひがみっぽく且つ割としつこい性格なので、何かの時に不意に悔しさが噴出してしまうのだ。山寺に宿る寝た下をこがらしづうんづうんかな 文政7年ともあれ、文政7年も凩の季節になった。お寺の高床の下を北風が吹き抜けて行く。「づうづうん」とは躰の芯にまで届きそうだ。そして無性に暗い。じつとして馬に嗅がるゝ蛙かな 文政8年孤独な文政8年1825年が始まった。大きな馬がその面を親しげに蛙に寄せて来ているが、当の蛙は全く興味を示さない。怖がってもいない。「嗅がるゝ」ままに任せて、ついに外の世界への興味を失せ始めた自分自身。鳴くな虫直る時には世が直る 文政8年老いるとは恐ろしいことだ。自ら縮んで世間と乖離を始める。六根清浄を目指したが、センサーたる五根は感度を落とし、恐ろしいことに意のシステムつまり生の核心が壊れ始めてしまう。神鹿じつとして人になでらるゝ 文政8年「神鹿」は「しんろく」と読むと字数が足らないので「神の鹿」と読んだ。意味は奈良の鹿のような「神の使い」だろうから、通常は庶民が撫で得るような存在ではないが、その鹿が人の手を拒まずに「じっとして」いる。自分は人様から撫でられることもなく生きてきたけれど。さを鹿や蝶を振るつてまた眠る 文政8年「さをしか小牡鹿」、「さ」は接頭語。牡鹿は秋に妻を恋い求めて鳴くワケだが、「蝶」と春の話になっている。袋角か鼻先かに留まった蝶を、頭を振って飛び去らせた。そしてまた春眠に戻る。一茶もいささかお疲れ気味。文政8年の一茶は、再婚相手の雪を離縁し、二度目の中風発作に見舞われ、身体的な不自由に加えて発語もおかしくなってしまった。それでも頭はしゃんとしていたので、竹駕籠を使って204日もの間、門人巡りをなさっている。頑張りすぎとも見受けられるが、掲句はまことに穏やかで、ひねくれ者の角が取れたようでもある。「さを鹿や蝶を振るつて眠りけり」としない理由は、「また」が重要だから。※角落ちて恥かしげなり山の鹿 文政3年文政2年6月21日(1819年8月11日)に最愛の娘を失ったが、文政3年10月5日(1820年11月10日)、妻の菊は次男を生む。春に第三子石太郎の懐妊を知った時、絶倫一茶もちょっと照れくさい。(続く)