新版日本秀句3 一茶秀句 加藤楸邨著 春秋社 新版第一刷 2001年7月

を基礎資料としている。

 

文政元年1818年5月23日、仁孝天皇即位、改元。一茶56歳。

文政2年初から文政4年末までの句日記が「八番日記」。「おらが春」はこの年一カ年間の手記。

文政3年10月に一茶は中風に倒れるが、12月には恢復した。12月「俳諧寺記」原稿を書き始める。

文政5年6月妻きく痛風。8月善光寺に赴いた60歳の一茶は転倒してしまう。12月には湯田中温泉にて湯治。

湯田中温泉

「湯のある所は山陰ながら糸竹の声常にして老いの心も浮きたてさながら仙窟に入りしもかくやあらんと覚ゆ」と、一茶は『田中河原の記』に当時のさんざめきの有様を書いている。

 

この湯田中温泉には一茶の句碑がかなりある。列挙する。

なを暑し今来た山を寝てみれハ  文政2年 

松の蝉どこ迄鳴て昼ニなる  文政2年   

雪ちるやわき捨てある湯のけぶり 文政3年

 

坐敷から湯にとび入るやはつ時雨

座敷から湯(に)飛入るや初時雨 文政4年

山吹や出湯のけぶりに馴れて咲     文政4年 

 

子ども等が雪喰ひながら湯治哉   文政5年

夕立の裸湯うめて通りけり 文政5年

 

三絃のばちで掃きやる霰哉 ?

湯田中温泉鷲の湯句碑。作る際に混乱があったようだ。

三味線のばちで掃きやる霰哉 文政4年

三弦のばちでうけたり雪礫 文化11年     

 

月ちらり鶯ちらり夜は明けぬ 文化15年

早春の朝焼、すがすがしい。部屋に差し込む光、戸板越に聞こえる鶯、みな「ちらり」だが、この「ちらり・ちらり」の繰返しが外の世界の微かな気配見せて良い気分。

白梅に明くる夜ばかりとなりにけり 与謝蕪村

蕪村の辞世と言われているが、12月の静かな夜明けだ。梅はまだ咲かず、夜明にはまだ間がある。寿命が尽きなんとする時の一瞬の夢。

一茶は「まだ死なない」決意を込めて、「ちらりちらり」と世界を広げだした。

 

我が村や春降る雪も二三尺 文化15年

江戸では経験しないほどの春の深雪に、古郷で世帯を持った喜びを実感している。一茶には「我が」がかなり多い。よほど嬉しいのだろう。

春がすみいつちちさいぞおれが家 文化14年

「いっち」は「一番」の訛かも。村で一番の小ささを楽しんでいるような。

 

破壁や我が名月の今御座る 文化12年

壁穴に我名月の御出哉 文化12七番日記

「壁穴」の方が一茶らしい。

 

我が門に来て痩雁と成にけり 文化12年

大雪の我家なればぞ花の春 文化12年

大雪も苦にならない「我家」、春はますます美しい。

 

我が門へ来さうにしたり餅配り 不明(発句類題集)

我が家に涼み直すや門の月 文政9年

家の周囲にも平和がある。

おくればせに我が畠も茄子哉 享和3年

この句は貧困一茶の家庭菜園の如き畠ではないか。

我が秋蔦は紅葉の時も有 文化5年

相続争いはまだ先が見えないが、「我(われ)が秋」を悠然と眺めている。

春雨や是は我家の夜の松 文化8年

北信濃の門人開拓をしている頃、義弟一家がまだ住んでいる家に立ち寄ったか。

老たりな瓢と我が影法師 文化9年

まだ「我が影法師」で、自信に満ちているとは言えない。

 

人は人我は我が家の涼しさよ 不明

江戸の話なら切ないが、雪深い柏原なら集落では浮いた存在でも不思議はない、全部女房任せでは。

 

灯籠に我身を我が生身魂 文化12年

夕酒や我身を我が生身魂 文政6年

古郷に戻った時は「灯籠」だが、生活に慣れてくると「夕酒」とは正直な。

 

浅草寺

さむしろや銭と樒と陽炎と 文化15年

この年には江戸へ行ってないので、思出。「さむしろ」は接頭語「さ+筵」。浅草寺は賽銭を受けるために、清潔な筵を広げているのだろう。何故か「樒」も投げ入れられたりしている。一茶の興味は銭なんだろうけど。

涅槃像銭見ておはす貌もあり 文化13年

御仏や寝ておはしても花と銭 文政2年

色眼鏡で見るなと言いたいが、生きにくい人生を40年もやったら仕方ないか。

法隆寺五重塔釈迦涅槃像

 

春雨やしたたか銭の出た窓へ 文化15年  

江戸住みや銭出た水をやたら打つ 文政5年

一茶は銭金に拘りが強いが、それほど困窮したのは俳諧師として身を立てようとしている最中に天明の大飢饉があり、その後の寛政の改革にも苦しんだからだろう。

 

笹の葉の春雨舐める鼠かな 文化15年  283

真に繊細な一句で、一茶の句とは思えないほど。笹の葉は寄り集まるようにしていることも多いが、その一枚は薄く軽い。そこに春の温かな雨が何滴か留まっている。風が吹けばたちまち消えてしまうほどの水滴。そこへ知ってか知らずか鼠は貌を出して、その水滴を舐めて行った。短い時間の小さな世界での出来事。

 

白露や茨の刺に一つづゝ 蕪村

蕪村もびっくり。

 

(続く)