小林一茶13 夕燕我には翌のあてはなし
新版日本秀句3 一茶秀句 加藤楸邨著 春秋社 新版第一刷 2001年7月を基礎資料としている。文化 享和4年2月11日1804年3月22日 改元文政 文化15年4月22日1818年5月26日 改元裏門のひとりでにあく日永かな 文化4年「裏門のひとりでにあく」とは何だろうか、とまず悩んだ。悩んだところで答えはないので、一茶の目にまたは耳にふと感じられた気配なのだろう。遊民たる一茶は「日永」を持てあましている。裏門が開く程度の微かな変化に反応するほどに。さぼてんののつぺり永くなる日かな 文化13年闇がりの牛曳き出す日永かな 文政年中前の句には、この二句のような一茶風な特殊な感覚はみられない。だから佳句かどうかもワカラナイが、退屈感はよくワカル。野火つけて腹ばうて見る男かな 文化5年「草焼く」場面の「つけて」が緩いようにも思えるが、この「ゆるさ」が無いと面白くない気もする。野火を放ってから、その火を確かめようとして、わざわざ腹ばいになる男。だから一茶は、火を点けるその前から男を見ている。野火とは農地のメインテナンスのための野焼きの火で、計画的に燃やすワケで、しかし一茶はその作業の意味よりも必死に火をコントロールする男に興味津々なのだ。くつつけた人をながめる山火かな 文政3年「くつつけた」の「くつつける」は「何かをぴったり合わせ付ける」ことのなので、「火をくつつける」がピンと来なかったが、「眺む」と「遠く見渡す」ワケだから、山焼きを遠望すると「火をくつつける」ように見えるのかもしれない。影法師我にとりなし蛙かな 文化4年「とりなす」は「調子をあわす」で良いだろうか。ふと気づいたら、影法師が自分の真横にだらっとくっついている、労働をしない動かない一茶を真似るように。さっきから観察している蛙もまったく動かない。もう少し日が暮れれば、鳴きだして賑やかになる夕。まともな家があれば、女房持ちなら、40代半ばのオヤジはじっと蛙なんざ見ていない。俳人とはそうゆう人間なのか?石田波郷に、は朝から炬燵に丸まって道行く勤め人を眺める日もあったけど。夕燕我には翌のあてはなし 文化4年この頃は房総回ってのいわば「たかり」に近い暮らしだったから、日々のデューティがない生き様で、歌仙を巻くのも一人じゃ飽きるし。目に飛び込んできた燕は薄暗い夕方になっても、子燕のために飛び回っている、なんと働き者な。それに比して自分は、と凹んでしまった。それでも、五七五に昇華させたところはさすが立派。世界の空間構造が局所的に収縮や断裂を起こすと凹みが生じるのだが、この頃の一茶は精神構造に収縮や断裂が生じていたのかもしれない。藪の蜂来ん世も我にあやかるな 文化4年暇だからではなく、俳諧師としてなのだろうが、藪を見つめていると巣を構える蜂が居た。明日の為に労働をする気のない自分とは違って、蜂は必死に何かを営んでいる。「あやかる」はなんとなくハッピーになる気分なので、「あやかるな」とは一茶得意のアイロニーか。動き回る蜂から、反射的に自らの生き様に目が行った。都会人でもなく、古郷にも生存の根拠がない自分に少し疲れた…江戸じまぬきのふ慕はし更衣 文化4年習慣的に更衣をしたら、すっかり江戸の都会暮らしに馴染んだ自分に気づいた(と見栄を張っている)。信濃から出てきた、なにもかも新鮮な江戸で必死に生きた日々が懐かしい、と。そう思っている自分を好きか嫌いかはワカラナイが、一茶は今の暮らしに異和感を感じているにちがいない。田舎者が田舎者を脱したと思っても、ムリなのだ。江戸っ子の真似をする田舎者がとの自覚がある。時鳥鳴き直すなら今のうち 文化3年こっちが本音だろう。お気晴らしに大好きな朝倉さや様のお歌https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%e6%9c%a8%e7%b6%bf%e3%81%ae%e4%b8%ad%e3%83%81%e3%83%bc%e3%83%95%e3%80%80%e5%b1%b1%e5%bd%a2%e3%81%ae%e6%ad%8c%e6%89%8b&&mid=28BF8AC46727309D600428BF8AC46727309D6004&churl=https%3a%2f%2fwww.youtube.com%2fchannel%2fUCUZ53VCwH9UXGmw-S5kmN1A&FORM=VAMGZC(続く)