rainman!ベストアルバム完成!

2014年4月20日全国発売!

全16曲完全リマスタリング!
【価格2000円+税】
発売元SIXBEAT RECORDS
品番SBIX-2052

rainman「BEST FOR LAST」

01.PARTY (rainman)
02.花束 (rainman)
03.青いバス (jetlag songs)
04.手紙の唄 (jetlag songs)
05.続・終わらない風の終わらない唄 (jetlag songs)
06.秘密基地 (秘密基地)
07.月光シェイク (秘密基地)
08.リセット (ヒマリホテルの花)
09.BACK PACK BLUES (ヒマリホテルの花)
10.一休歌姫恋物語[2006LIVE Version] (ヒマリホテルの花)
11.シャララの鍵 (NO RAIN NO RAINBOW)
12.ハッピーソング~晴耕雨読~ (NO RAIN NO RAINBOW)
13.傘 (monsoon jam)
14.WALK (monsoon jam)
15.湖の町 (CDR 2012夏)
16.サヨナラしないよ (NO RAIN NO RAINBOW)





★★★★★★★★★★★★★★★★



rainman LAST PARTY 2014/03/22[sat] 国立 地球屋


1部
01 手紙の唄
02 満月フリスビー
03 泪
04 夢を見るには
05 湖の町
06 真夜中のラブ&ピース
07 WALK
08 NO WOMAN NO CRY

2部
09 BACK PACK BLUES
10 PARTY
11 オーシャンゼリゼ
12 一休歌姫恋物語
13 ハッピーソング~晴耕雨読~
14 傘
15 シャララの鍵
16 命の朝
17 あの店今頃
18 青いバス
19 さらさら
20 引き潮
21 花束
22 白い三日月

(アンコール)
23 月光シェイク
24 秘密基地
25 リセット

(アンコール)
26 続・終わらない風の終わらない唄
27 サヨナラしないよ

1部


2部 前半


2部 後半


アンコール



地図もガイドブックもないまま、なぜかモロッコ・カサブランカ空港に降り立った僕は、そこがフランス語圏だということも知らず、字も読めないまま立ち尽くしていた。そんな僕に声をかけてきたカナダ人の男二人組。僕は彼等についていくしかなかった。その日からカナダ人二人との奇妙な生活が始まる…


カサブランカの旧市街はまるで迷路のようだ。一度方角を見失ったら元の場所に戻るまで数時間かかることがある。同居人のカナダ人二人組と僕の三人は遂に奥深くまで迷い込んでしまった。モロッコショコラのプッシャーらしき男が僕達を手招いている。怪しさ満点だったが、なぜか僕等の足はその男の方へ…


その男はやはりプッシャーだった。カナダ人はディスカウント交渉もせずにショコラを受け取る。男は僕等に「どこへいくんだ」と尋ねた。カナダ人二人は「海を超えスペインへ」と答えた。そして僕はなぜかとっさに「砂漠へ」と言った。男は僕の目を見てにやりと笑い一言言った。「ゴー、メルズーガ!」


メルズーガ…その言葉の響きはいつまでも僕の頭から離れなかった。5日間ほどカナダ人二人と生活していたが、僕は遂にカサブランカを出る決心をした。町で地図を買ったんだ。出る事を告げるとカナダ人は、古いモロッコ版ロンリープラネットをくれた。握手をしてバス停へ向かう。ゴー、メルズーガだ。


メルズーガとは砂漠の入り口にある町の名前だということがわかった。とにかく東へ進めば砂漠がある…という感覚だけで僕はバスに乗り、その日の夜、マラケシュという街に降り立った。そこは大きなサーカス団の休憩所のような街だった。中央広場に面した安いゲストハウスにチェックインした。


マラケシュでフランスパンをかじり、フレッシュフルーツジュースを飲みながら何日か過ごした。空気は乾燥していて、空は見たことのない深い蒼だった。しかし大道芸人で賑わう街を窓から見下ろしながらも、僕は孤独を感じていた。広場の喧噪が悲しく映った。動こう、旅をするんだ。東を目指した。


バスはアトラス山脈に入り、どんどん上昇していく。山道を越えるとワルザザートという田舎町に出た。僕はそこで宿を取ることにした。宿の少年は僕の持っていた日本の週刊誌に興味をもっている。水着を着た女性タレントが海辺に立ってる写真が載っていた。僕はそのページを破いて少年に渡した。


少年はお礼のつもりだろうか、なぜかハシシを持ってきた。僕は安い食堂はないかと彼に尋ねる。彼はわざわざ案内してくれた。粗末な食材のタジン鍋とミントティーをいただく。乾いた体にパワーが沁みこみ温まった。次の日、少年に案内されティネリール行きのバスに乗る。メルズーガまで後少し。


ティネリールの街に宿を取り、食堂で休んでいたら独りの日本人男性に声をかけられる。彼は大学生で、これからメルズーガに行くと言っていた。何泊の旅行なの?と聞かれ、13ヶ月目だと答えると呆れられたような感心されたような溜息をされた。日本語のガイドブックを見せてくれと彼に頼んだ。


大学生に、何も持たずにこんなところで何をしてるんだと聞かれ「わからない」と答えたら笑われた。彼は「星の王子様」という絵本を見て砂漠に行きたくなり、1週間の予定で旅に出たそうだ。悪いやつではなさそうだ。情報を豊富に用意していた彼が「一緒に行く?」と誘ってくれた。ありがたい。


その大学生はT君といった。T君に案内されるままバス停からワゴン車に乗り、隣同士の席で砂漠を目指した。しばらくすると突然砂利道が砂地に変わった。砂漠に入ったのだ。あたり一面何もなく、他の乗客は二つの目以外の全ての体を布で巻いて隠していた。夕方、メルズーガの町に到着。ついにやってきた。


カステラの様な小屋がいくつかある宿屋にT君と二人チェックイン。もう辺りは真っ暗で砂漠も見えないし何も見えない。T君が「明日は4時起きだ!」という。なんでまたそんなに早いのと尋ねると、砂漠から昇る朝日を見るのがお勧めだとガイドブックに書いてあるそうだ。僕も4時起きするハメになった…


眠い目を擦り、懐中電灯の明かりだけで砂漠に入ってゆく。息は白い。耳タブが千切れるほど寒い。360度砂だけ。途中、方向を見失って立ち止まっていると、砂丘の陰からラクダに乗った老人が突然現れた。映画の様な登場だった。僕は老人に「サンライズ…」と言った。老人は黙って砂丘の先を指差した。


目の前にはとてつもなく大きな砂丘が…。T君は右側に回ってみるといって行ってしまった。僕の足はなぜか砂丘に向いていた。砂丘を駆け上がった。靴に砂が沢山入るので脱いで登った。砂で流され進まない。両手両足バタバタさせて登った。顔中が砂だらけになった。そして砂丘の尾根にやっと手をかけた。


空はうっすら明るくなっていた。登りきった砂丘の向こうを見ると海原のような果てしなく平ら砂地があった。すると正面からポンと音がするように太陽の光が小さく生まれた。少しずつ大きくなるその光を見ていたら、いつの間にか涙が出ていた。これをこの旅の最後の景色にしようと思った。おわり




4月20日のベストアルバム発売に先駆けまして、
「rainman 2014/3/22国立地球屋LAST PARTY」の動画が近々youtubeで無料公開される運びとなりました!


完全収録ノーカット!!
3時間強にわたる動画です。


また改めてお知らせします。

rainmanは2014年3月22日をもちまして活動を終了しました。



以下、大輔のライブ情報です!


※雨々とはrainmanのVo.daisukeとBluesHarp.tomo-kun二人によるアコースティックの兄弟ユニットです。

※アンコールナイトマーケッツとはrainmanのVo.daisukeとguitarかっつん二人によるアコースティックユニットです。



2014/04/19 (土) 雨々
@新高円寺スマイルアース
■投げ銭
17:00open 18:30start
出演
雨々/キリンガー
※訂正!雨々が後になりました。キリンガーが最初にやります。




2014/04/25(金) 雨々
@沼津SpeakEZ
■ACOBATTLE☆SURUGA EX. 27
出演
雨々
エリーダスマン
安部光輝&村山 由 
◆詳細後日発表




2014/04/28(月) アンコールナイトマーケッツ
@国立 地球屋
■奏デル投ゲル※投げ銭
19:00open 20:00start
出演
アンコールナイトマーケッツ(大輔&かっつん)





2014/05/10 (土) 雨々
@池袋バレルハウス
■雨々ワンマン!
daisuke君生誕39周年感謝企画
◆詳細後日発表




2014/05/24(土)雨々
@小田原ジーズキャフェ
■雨々ジーズ初出演!
雨々
英祐一(the武田組)
谷井大介 
◆詳細後日発表

ふー。声が出ません(笑)



昨日、地球屋に足を運んでくれたみなさん、ありがとうございました。


エルさんによると正規の入場者数は108人だったようです。
その他にスタッフや関係者もいたので、120人くらいはあの箱に入ったことになります。
地球屋!やればできる箱です(笑)
おそらく地球屋動員記録更新なのでは?



これだけの人数が集まり、特に大きな問題もなく全員であんなにピースな空間を作れるなんて…レインマンヘッズはなんて素晴らしいのでしょうか。誇りに思います。
そして、そんな中で安心して力の限り唄えることに、本当に感謝しました。
ありがとう。



花や、差し入れなんかも沢山いただきました。
ゆっくりお礼ができませんでしたが、ほんとに嬉しかったです。
ありがとう。



昨日はUstream配信もされました。
たくさんの方が見てくれていたと聞いています。
遠くて来れない方にも見てほしくて、友人カズキングに設置のすべてを頼みました。
相変わらずいい仕事します。
この場を借りてカズキングにはお礼が言いたいです。
長い間、影で支えてくれてありがとう!



Ustream配信で見てくれた方の感想なんかも、facebookで読んだりして、最後の姿を見せられてよかったと思いました。見守ってくれてありがとう!





ベストアルバム「BEST FOR LAST」も昨日先行販売されました。
すげー売れた!と聞いています。
購入してくれた方ありがとうございます。
ブックレットの最後に、俺の想いが書いてあるので読んでください。
昨日来れなかった方は、4月20日全国発売しますので是非聞いてみてください。



地下でのライブを気にしつつも階段の上でCDを売ってくれたスタッフにも感謝します。



これからは、CDでときどきrainmanの音を聴き、景気よくやってもらえたら幸いです。





rainmanとして俺が伝えたい音や言葉は、昨日ですべて出しきれたと思っています。
自分で言うのもなんですが、12年間で一番いいライブだったんじゃないかなー。




rainmanは幕を閉じましたが、rainmanがあなたと出会えた事実はrainmanがなくなっても変わりません。
出逢ってくれてありがとう。



12年間、rainmanに関わってくれたすべての方に、心より感謝します。


本当にありがとうございました!




せんきゅーまいふれん!

























rainman LAST PARTY
2014/03/22[sat]
国立 地球屋


1部
01 手紙の唄
02 満月フリスビー
03 泪
04 夢を見るには
05 湖の町
06 真夜中のラブ&ピース
07 WALK
08 NO WOMAN NO CRY


2部
09 BACK PACK BLUES
10 PARTY
11 オーシャンゼリゼ
12 一休歌姫恋物語
13 ハッピーソング~晴耕雨読~
14 傘
15 シャララの鍵
16 命の朝
17 あの店今頃
18 青いバス
19 さらさら
20 引き潮
21 花束
22 白い三日月


(アンコール)
23 月光シェイク
24 秘密基地
25 リセット


(アンコール)
26 続・終わらない風の終わらない唄
27 サヨナラしないよ



※写真はfacebookから拾いました。ありがとう!


届いたーー!
ギリギリ前日(笑)


明日のラストライブで、先行販売します。
来れる方は友達のぶんまで買ってください笑!





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rainmanの7枚目のCDが発売されることになりました。

なんとベストアルバムです!
12年で公式発表した6枚のアルバムから選りすぐりの15曲と、CDR音源で販売された「湖の町」を加えた全16曲!
すべて完全リマスタリング!最高の音質に仕上がりました。

さらにVO.diasukeが12年のrainmnanの活動に思いを綴った文章「終わりと始まりの間」をブックレット2ページに渡り掲載。


rainmanの12年が濃縮された、最後にして究極のBEST盤です。


3月22日の国立地球屋ラストワンマンで先行販売決定!
是非、この機会に手にしてください。


全国発売は4月20日となります!
ワンマンに来れない方は、「420」にGETしてくださいね。



rainman 「BEST FOR LAST」


01.PARTY (rainman)
02.花束 (rainman)
03.青いバス (jetlag songs)
04.手紙の唄 (jetlag songs)
05.続・終わらない風の終わらない唄 (jetlag songs)
06.秘密基地 (秘密基地)
07.月光シェイク (秘密基地)
08.リセット (ヒマリホテルの花)
09.BACK PACK BLUES (ヒマリホテルの花)
10.一休歌姫恋物語[2006LIVE Version] (ヒマリホテルの花)
11.シャララの鍵 (NO RAIN NO RAINBOW)
12.ハッピーソング~晴耕雨読~ (NO RAIN NO RAINBOW)
13.傘 (monsoon jam)
14.WALK (monsoon jam)
15.湖の町 (CDR 2012夏)
16.サヨナラしないよ (NO RAIN NO RAINBOW)


2014年4月20日全国発売
3月22日・ラストワンマンにて先行販売あり


全16曲完全リマスタリング
【価格2000円+税】

発売元SIXBEAT RECORDS

軽い気持ちで書き始めた旅行記だったけど、書いていくうちにどんどんあの日々の景色が蘇ってきて、思った以上に長くなってしまいました。


途中、記憶が曖昧なところは当時の仲間に電話で聞いたりして、思い出しました。どうもありがとう。


rainmanの幕が閉じる前に、一度書いておきたかった話だったので、無事に書き終えることが出来てほっとしています。


最後まで読んでくれた皆さん、本当にありがとうございます。
いい文章の練習になりました(笑)。


まだ読んでない方、もし興味があれば暇なときにでも読んでみてください。軽く短編小説くらいありますが(笑)。



一応、下にまとめてみました。
最後におまけもあります。




「rainmanになるちょっと前の話。」



rainmanになるちょっと前の話。1
「最後の旅へ」
日本→韓国→中国→ベトナム
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11748079325.html


rainmanになるちょっと前の話。2
「ギターを手に入れる」
ベトナム→カンボジア
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11748754121.html


rainmanになるちょっと前の話。3
「バンコクで大失態」
カンボジア→タイ
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11749606081.html


rainmanになるちょっと前の話。4
「ヴァンビエンでバンド結成」
タイ→ラオス
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11749830383.html


rainmanになるちょっと前の話。5
「C君との出会い」
ラオス
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11750309635.html


rainmanになるちょっと前の話。6
「BOSSとの出会い」
ラオス→中国
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11750987189.html


rainmanになるちょっと前の話。7
「麗江での日々」
中国
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11751659333.html


rainmanになるちょっと前の話。8
「目指せチベット」
中国
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11752371725.html


rainmanになるちょっと前の話。9
「長い長い旅路」
中国
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11753088433.html


rainmanになるちょっと前の話。10
「ゴルムドの変装屋」
中国
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11754631554.html


rainmanになるちょっと前の話。11
「ワンさんのアジト」
中国
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11755870786.html


rainmanになるちょっと前の話。12
「ラサへの道のり」
チベット
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11756575456.html


rainmanになるちょっと前の話。13
「ラサでの出会い」
チベット
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11757899919.html


rainmanになるちょっと前の話。14
「キーボードを求めて」
チベット
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11758608150.html


rainmanになるちょっと前の話。15
「鳥葬を見る ①」
チベット
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11760781965.html


rainmanになるちょっと前の話。16
「鳥葬を見る ②」
チベット
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11761452623.html


rainmanになるちょっと前の話。17
「ネパールへの道のり」
チベット
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11762876266.html


rainmanになるちょっと前の話。18
「カトマンズでの再会」
チベット→ネパール
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11764410416.html


rainmanになるちょっと前の話。19
「カトマンズからポカラへ」
ネパール
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11766057817.html


rainmanになるちょっと前の話。20
「ホテルひまり」
ネパール
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11767598546.html


rainmanになるちょっと前の話。21
「Zさんとの再会」
ネパール
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11770356845.html


rainmanになるちょっと前の話。22
「ひまりの庭で初ライブ」
ネパール
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11770947310.html


rainmanになるちょっと前の話。23
「レイクサイドで2度目のライブ」
ネパール
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11772983048.html


rainmanになるちょっと前の話。24
「ポカラライブのその後」
ネパール
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11776258032.html


rainmanになるちょっと前の話。25
「サンタクロースでインドへ」
ネパール→インド
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11779410421.html


rainmanになるちょっと前の話。26
「バラナシでの日々」
インド
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11783940170.html


rainmanになるちょっと前の話。27
「ガンジス川船上ライブが決まる」
インド
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11788301150.html


rainmanになるちょっと前の話。28
「ドラえもん到着」
インド
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11793879842.html


rainmanになるちょっと前の話。29
「ガンジス川船上ライブ当日」
インド
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11799037089.html


rainmanになるちょっと前の話。30
「終わらない旅」
インド→モロッコ→イギリス→オランダ→日本
http://ameblo.jp/rainman2007/entry-11800177948.html



おまけ

「THE JETLAG BAND!!!のその後」


2001年1月のバラナシでのガンジス川船上ライブを最後に散会した「THE JETLAG BAND!!!」。

その後、メンバーはぞれぞれの旅を続け、帰国し、それぞれの人生を歩みます。

そしてみんなとの出会いから10年の月日が経った2010年。
あるメンバーから、みんなに封筒が届きます。

中には1冊の旅のしおり。表紙には「JETLAG 10周年記念ツアー」と書かれていました。
10年ぶりにあの頃のメンバーで集合しないか?というお誘いだったのです。

集合場所は、和歌山県沖にある、とある無人島。
そこで一泊だけ旅舎を貸切っているというのです。
現地集合ということでした。

とんでもない場所への召集でしたが、「旅人らしいな…」と笑ってしまいました。


そして、俺らは10年ぶりに、その無人島で再会を果たすのです。

Nさん、S君、C君、Zさん、W君、8ちゃん、四代目、、さらにホテルひまりで一緒に過ごした旅人達もいました。

懐かしい顔ぶれが、あの頃のままの笑顔で迎えてくれました。

みんな、結婚していたり、子供がいたり、会社を興したり。。
あの時描いていた未来とは、ほんの少し違ったけれど、いい方向に違っているのだと思いました。

10年前の、あの日々の話をしながらみんなで朝方まで飲み明かしました。
10年前の顔で。

そして「また10年後に集まろうよ」なんて言いながら、握手をして別れ、再びそれぞれがそれぞれの人生に戻っていったのです。


旅をしてよかったな、と心から感じる時間でした。


これからも良い旅を!

せんきゅーまいふれん。




おわり




いよいよ、ラストワンマンまで後2日となりました。
ここでもう一度、当日の状況を把握していただきたく、来場を予定しているみんなにお知らせします。


今回は「予約」を受けていません。
会場に到着した方から順次入場していただく形です。

知ってのとおり、地球屋さんはあまり大きなお店ではありませんので、なるべく身軽な格好で来てください。
大きな荷物のある方は、国立駅のコインロッカーなどを利用してもらえると助かります。
地球屋にクロークなどはありません。ご協力お願いします。

当日もソールドアウトはなるべく打たずに、様子を見ながら臨機応変に対応し、みんなで楽しめたらと思っていますが、お店側の判断で「安全のため」に、一時的に入場を規制する場合があるかもしれません。
そのときは、地球屋ゴッドマザー・エルさんの指示に従ってください。

来場後は、なるべく奥につめて、譲り合いの精神でお願いします!

19時オープン予定です。早めのご来場をおすすめします!

rainmanヘッズのみなさんは、わかってる方ばかりなので、お店の小ささも含めて楽しんでもらえると信じています。


混み合うことが予想されますので、ライブハウス内は禁煙となります。
お店の外に灰皿を設置しますので、吸う方はそちらでお願いします。
ポイ捨てする方はいないと思いますが、通行者に迷惑にならないようよろしくです。


1つ、耳より情報!
国立地球屋さんにはトイレが一つしかないので行列ができるかもしれませんね。
そんな時は、地球屋さんの右隣のショッピングビルPOPOLOのトイレがおすすめです。
階段をあがると2階に登る途中に綺麗なトイレがあります。(地下にもある!という噂も)

覚えておくといいかもでーす。
ここです。↓
http://www17.ocn.ne.jp/~popolo/



★※来場できない皆様へ※★

今回、ラストライブの様子を「Ustream」でリアルタイム配信することに決まりました!
自宅のPCなどで、ライブの様子をご覧いただけます。

「遠くて行けない方」
「人ごみが苦手な方」
「子供がいて自由がきかない方」

こんな方は、是非、「Ustream」でお楽しみください。

こちらのページです。
http://www.ustream.tv/channel/%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%88684

または、
http://www.ustream.tv/
↑このサイトで、「rainman LAST PARTY」で検索してもらえると、配信チャンネルに飛びます。

◇配信状態は、あまり快適ではないかもしれません。映像がかくかくしたり、音が途切れちゃうかも!そんな時はご了承くださいね。でも、最近地球屋は光回線にしたんだよ!


というわけで、以上のこと、どうぞよろしくです!

最後の宴なので、トラブル等なく、最後までみんなで楽しく過ごせるよう力を合わせましょう!!

メンバー一同、よろしくお願い申し上げます!

いい顔で会いに来てね!
せんきゅーまいふれん。


rainman

rainmanになるちょっと前の話。30(最終話)





ガンジス川船上ライブが終わった。


片づけをして、船が去っていく頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
俺はライブの興奮が冷めず、しばらく放心状態のまま、夜のガンガーを眺めていた。
まるで夢の中のような1日だった。
しかし、夢ではないのだ。
俺らは確かに、ガンジス川に浮かぶビッグボートの上で長時間に及ぶ船上ライブを決行したのだ。



ガンジス川船上ライブによって俺の中に産まれた感情、「唄を唄って生きてみたい」という想いは、その後も日に日に強いものになっていき、俺の心を支配した。
そうなると不思議なもので、旅の当初に決めた「飛行機を使わずに遠くへ行こう」というルールや、「世界一周したい」という思いは、どうでもいいような気になってくる。
そんなことより、日本に戻って唄を唄って生きていくにはどういうやり方がいいのか?そんなことばかり考えるようになった。


しばらくすると、ついにNさんがバラナシを旅立つ日がやってきた。


ベトナムでNさんと出逢った事によって、俺は音楽の楽しさを知り、唄うことの面白さを思い出した。
そんなNさんとの別れは、とても印象深かった。
リキシャに乗って去っていく後姿が喧騒の中に消えてもなお、俺は手を振った。
この時の別れを「サヨナラしないよ。」という唄にした。


Nさんがいなくなることによって、俺のTHE JETLAG BAND!!!としての旅も、「これで本当に終わったんだな」と実感できた。





この後の、俺の旅を簡単に記しておこうと思う。




俺はこのあと、バラナシにいた仲間達何人かと、インド南部の「ゴア」という町に移動した。
自分の中では「ライブの打ち上げ」という位置づけだった。
色々今後のことを含め、海の見える場所でゆっくりのんびり考えたいと思ったのだ。


ゴアという町は、知る人ぞ知るヒッピーの聖地。俺も旅人として一度は訪れておきたかった。

ゴアに一緒に行ったメンバーは、S君、C君、T、K君、BOSS、W君、8ちゃん、そして四代目。
他にも仲良くなった旅人が何人か合流した。


ゴアでは、2階建ての家を2件貸しきって、みんなで過ごした。
英語が達者な四代目が、大家さんと交渉してくれて月極めで安く借りられた。


家から徒歩3分でビーチだった。
俺らは毎日、昼は海で泳ぎ、夜はマーケットにいったり町中で行われているパーティーに顔を出したりした。
こんなに毎日が楽しくていいのか!というほど、楽しい日々を過ごした。
ゴアは、自由を求めるヒッピーのパワーで成り立つ、まさに自由の国だった。




しかし、2ヶ月近く経った頃、突然ふと思い立った。
「そろそろ一人旅に戻ろう」と。



いつまでも気の合う仲間達と一緒に遊んでいられたら…そんなステキなことはない。
しかし、俺らはもともと一人旅の旅人なのだ。
居心地の良い場所にいつまでもいるわけにはいかない。
いつかはみんな一人に戻らなければいけないのだ。


俺は、ゴアの町を出る決心をした。
そして、旅行代理店に行き、飛行機のチケットを取った。
俺のことを誰も知らない遠くの国へ飛んでいこうと思った。

俺はみんなに「明日、ゴアを出るよ。今日、モロッコ行きの飛行機予約してきたんだ」と言った。みんなはとても驚いていたが、「いよいよそんな時が来たか」という感じだった。


みんなとの別れは予想以上に寂しくて、何度も後ろ髪を引かれた。
「またすぐ日本で会おう!」そう言い合って、握手をして別れた。
この時の出発を、後に「リセット」という唄にしている。



俺は、インドのボンベイから、一人飛行機に乗り、北アフリカモロッコに降り立った。
なぜ、モロッコを選んだか。それは、砂漠が見たかったからだ。
俺は「旅の終わりの景色」を探していた。
自分の中で、「日本に帰ってからやりたいこと」が出来た以上、しっかりと「旅」に区切りを付けたかった。

サハラ砂漠を、俺の旅の終わりの景色にしようと思ったのだ。


モロッコ・カサブランカから、マラケシュを経由して、メルズーガという砂漠の町を目指した。
今まで、何ヶ月も回りに仲間がいた状態だったので、モロッコでの一人旅は予想以上に寂しかった。
しかも、モロッコはフランス語圏で、英語も通じなく移動や日常生活にかなり苦労した。


しかし、それも「いいリハビリだ」と思う余裕があった。
THE JETLAG BAND!!!の旅を経験したことによって、孤独や苦労を楽しめるようになっていたのだ。


砂漠の入り口の町、メルズーガにやっと辿り着いた。
明け方、日が昇る前にサハラ砂漠に入り、大きな砂丘を上りきったとき、遥か先から太陽が昇ってくるのが見えた。
光が広がり、目の前が「砂の海」に変わったとき、今までの旅が走馬灯のように頭をめぐって涙が止まらなかった。


この時の出来事を「続・終わらない風の終わらない唄」という曲にしている。
俺は「旅の最後の景色」を無事に目に焼き付けることができた。


その後、再びカサブランカに戻ってきた。


砂漠も見たことだし、ここで日本に帰ればいいのだが、やはり俺は根っからの旅人なのかもしれない。
「せっかくだし、ちょっとヨーロッパにも寄ってから帰ろうかな」なんて気分になった。
次に旅に出るのはいつになるかわからない。いま見たい場所を、見れるだけ見ておくのも悪くない!そう思った。


俺は、ヨーロッパにはまだ行ったことがなかったし、どうしても見たい街が二つあった。
「ロンドン」と「アムステルダム」だ。


旅資金にもまだ少しだけ余裕があったし、日本に帰る前に少し観光してみようと思った。


俺はカサブランカから、イギリス・ロンドンまでの飛行機を手配した。


霧の深いロンドンに無事に降り立った俺が最初に思ったのは、自分の服装がかなり浮いている!ということだった。
アジアや砂漠を貧乏旅行していた俺の服装は、ぼろい布切れを纏っているようなものだった。
空港から列車に乗っただけで、他の乗客にジロジロ見られた。
俺は、ホテルにチェックインしたあと、すぐに服を買いに行った。

街を歩くだけで、今までのアジアの国とは明らかに違っていた。俺は、上下左右きょろきょろしながら歩いた。ただの田舎ものだった。パンクスが通りかかるだけで「おーー!ロンドンっぽい!」と興奮した(笑)。
それはもう、なにもかもに凄まじい刺激を受けた。
ヨーロッパに寄ってよかった!と思った。


アジア・アフリカだけで帰国するより、かなり俺の旅の幅が広がった気がした。


ロンドンではBOSSの先輩にあたる□□さんという方にお世話になった。
BOSSは以前ロンドンに暮らしていたので、俺が「ロンドンにいる」とメールをしたら、現地に住んでいる□□さんを紹介してくれたのだ。
□□さんは、ロンドン郊外で開かれているパーティーに連れて行ってくれた。
廃校を改造したような場所で、そのパーティーは行われていた。
もうぶったまげた。
日本のクラブシーンなんて比べ物にならないくらい、異次元の世界が広がっていた。
現地に住んでいる□□さんと一緒だからこそ見ることができた世界だった。□□さんを紹介してくれたBOSSに感謝した。


他にもロンドンではライブを見たり、古着を買ったり、遊びまわった。
アジアで3週間暮らせるくらいのお金が、一日で泡のように消えていった。




数日後、ロンドンから、海底を通るバスに乗り、オランダ・アムステルダムに入った。

アムステルダムも、どうしても一度来ておきたかった街だ。

アムステルダムも、予想していた以上にぶっとんだ街だった。
街中がオモチャ箱みたいなのだ。
こんなに自由でお茶目な街が存在して良いのか!と思うくらい、日本とはかけはなれた価値観で出来た先進国だ。
本当に見ておいてよかったと思った。


5日間ほど、アムスで過ごし、いよいよ俺の旅資金もそこをついてきた。


本当に、ヨーロッパでは金が減っていくのが早かった。


俺は、「そろそろ日本に戻ろう。もう充分だ。今見たいものは全部見た。日本でやることをやらないと!」と思った。


最後の旅資金で、俺は日本までの飛行機のチケットを買った。





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こうして、俺の「最後の旅」と位置づけた、13ヶ月に及ぶ放浪生活は幕を閉じた。



日本に帰ってからは、みなさんの知っている通りだ。



俺は、さっそくメンバーを探し、「rainman」というバンドを組んだ。


メンバーには「気の合う友達」を誘っただけだ。


みんな音楽などやったことのないやつらだったけど、そんなことは全然気にしなかった。
演奏が出来ないなら、「出来るまで練習すればいい」だけだ。


それは、俺が旅で教わった大事なことであり、俺はそんなバンドを作ってみたかったから。



俺らはただただ練習した。練習して1曲1曲仕上がっていくのが楽しくてしょうがなかった。




そして、ガンジス川船上ライブから、ちょうど1年後の、2002年1月15日。

「rainman」はついに初ライブを決行する。


初ライブにして、ライブハウスを貸し切るイベントを企画。
イベント名は「BACK PACK BLUES NIGHT VOL.3」した。


VOL.0が、ポカラのホテルひまりの庭。
VOL.1が、ポカラのライブバー・クラブ アムステルダム
そしてVOL.2が、バラナシのガンジス川船上ライブ

そして、今回がVOL.3だ。



俺の旅は、まだまだ終わっていなかったのだ。


「最後の旅」に出てわかったことは、「最後の旅」なんて無いってことだ。


旅は、形を変え、景色を変え、いくつもの壁を超え、続いていくのだ。



2002年1月15日のデビューライブから、12年と2ヶ月。


俺らは突っ走るように「rainman」という旅を続けた。


様々な出会いと別れを繰り返し、俺らだけにしか見れない旅の景色をたくさん見てきた。


その旅が、もうすぐ終わろうとしている。


だけど、この12年のrainmanの旅が、「最後の旅」ではないという事も、また俺は知っているのだ。






最後まで読んでくれてありがとう。
旅の途上にて。




「rainmanになるちょっと前の話」完
rainman daisuke

rainmanになるちょっと前の話。29





2001年1月15日、ついに「ガンジス川船上ライブ」当日を迎えた。


俺らが配ったチラシを片手に持った人々が、まだ出航までだいぶ時間があるというのに、続々と船が出航するガートに集まってきている。


その光景を、ビシュヌRHのテラスから見下ろしていると、だんだん胸が熱くなってきた。


俺の旅というより、俺の人生において、なんだか今日は特別な日になるような気がした。



他のホテルに泊っているメンバーも、ガートに集まってきたようだ。


Nさんは全身黒の衣装で、珍しくサングラスなんかしている。
S君は、やはりドラえもんの格好だった(笑)。
Oちゃんはサリーを纏っている。
C君とTは、色違いのバンドTシャツだ。
W君は、まるでサドゥーのようだ。
8ちゃんは魔術師にみえる(笑)。
BOSSやK君もいる。



俺は、みんなに向かって、ガートまで運ばれて来たビッグボートを指差し、「それじゃ、早速セッティングしちゃおうか!」と言った。


ボートの前にはZさんと、この船の所有者ジャグーがいた。
俺は二人と握手をして、そのでかい船に乗った。

みんなもそれぞれの楽器を手に、乗り込んだ。


俺らは計画していた通り、船の中央部分に、円を囲むように向かい合った。
そしてまずリズム隊とキーボードが、座る。そしてその周りを囲むように、ギターボーカルやハーモニカ部隊が陣取った。


すべて生音なので、なるべく遠くまで良いバランスで音や声を届かせるには、どういう布陣がいいのか…リハを重ねながら座る位置を決めていたのだ。


とりあえず、少しずつ位置を微調整しながら1曲演奏してみた。


船が停まった状態なので、動いたらどうなるのかはわからなかったが、「結構いい感じ」に聞こえた。みんなも周りの音がよく聞こえてやりやすいと言っている。


俺は「じゃあ、これでいこうか」と言った。


俺はこの時、まぁなるようになるだろう…という気分だった。


正直、俺らはそんなに演奏がうまいわけじゃない。というか、まだライブを2回しか経験していない素人だ。
その2回のライブも、一応音響さんが音を拾ってくれて、それなりにライブっぽい音になったかもしれないが、今回は生音。しかも船の上。そして船はガンジス川を流れていくのだ。こんな特殊な環境で、どうすればうまくできるか?なんてこの時点で悩んでもしかたがない。今日のライブがどんなことになるのか、想像もできなかった。


もう「思い切ってやるだけだ」と、多少なげやりな感じも混ぜつつ、セッティングを終えた。



一度船を下りて、出航時間まで時間をつぶした。



ガートには、さらに人が増え続けた。


船上ライブが珍しいのか、それともただ暇なだけなのか、ほんとうに色んな人種が集まってくる。

俺はなんとなく気持ちを落ち着けたくて、ガートの階段で座っていたBOSSの近くに行き、他愛もない話をしていた。


陽が傾き始めた頃、いよいよ出航時間が近づいてきた。


ジャグーが「客を乗せていいか?」と俺のところまで尋ねにきた。
俺は「OK」と答えた。


ジャグーの合図で、ガートに戯れていた人々が、次々と船に乗り込んでいく。


驚いたのは、欧米人が多いことと、インド人が多いことだった。


日本人は全体の3分の1くらいだったと思う。

ほとんど曲は日本語で作った俺のオリジナルなんだが、言葉の壁は大丈夫かなぁと少し心配になった。



隣にいたBOSSが、「大ちゃんもそろそろ船のほうに行きなよ。みんな大ちゃん待ってるよ」と言った。
俺は、「そうですね。行ってみます」と言って、立ち上がり、船を目指した。


船にはこれ以上乗れないだろうというくらい沢山の人が乗っていて、乗り切れない人もいるようだった。
乗り切れない人は、ジャグーの手配した小ボートに乗り、ビッグボートの周りを囲むように浮かぶようだった。


船に乗ったみんなが、船に近づく俺の方をじっと見ている。


心臓がドキドキした。


俺は、船に飛び乗った。


そして船の中央に陣取るメンバーの近くに行き、ギターを持った。


NさんやS君と目が合った。その時、ドキドキしていた気持ちが、一気に落ち着きを取り戻したように感じた。
メンバーと一人一人ハイタッチした。
みんないい顔をしていた。


俺は、「よし。余計なこと考えずに、今を楽しもう」という気持ちになった。


俺には、この旅で出会った仲間が沢山いるのだ。

みんなと一緒なら大丈夫だ、そう思った。




そして、船がゆっくりと動き出し、ライブは始まった。




この日のライブは、俺がこの旅で作った曲を、最初から順番に唄うような形で曲順が決められていた。

唄いながら、自分の旅をおさらいしているようで、懐かしくなった。


ベトナムでギターを初めて買って、Nさんにプレゼントした唄。
NさんやS君とベトナム・カンボジアで再会を繰り返しながら作った唄。
タイで新しくギターを買い、作った唄。
ラオスでバンドを作り、ライブをやろうと決めた頃の唄。
中国で、C君やT、BOSSやK君と過ごした頃の唄。
5人でチベットを超えながら作った唄。
ラサでOちゃんとキーボードを弾きながら作った唄。
ネパールで、ホテルひまりに滞在しながら作った唄。


唄い始めたら、緊張などはどこかに飛んでしまい、俺は、ひたすら自分の唄の世界に入り込んでしまった。




しばらくすると突然、水の音が聞こえた。


なんだろうとそっちを見ると、何人かの欧米人が興奮して船からガンジス川にダイブしたようだった。
「HOOOOO!」と奇声を上げている。


その行為で俺はやっと、周りを気にする余裕が出来た。
船の様子を見渡すと、はしゃぐ欧米人だけじゃなく、インド人のおじさんや子供たちも船の上で立って踊っている。


信じられない光景だった。


俺の唄で、俺らの演奏で、船に乗っているみんなが楽しそうに体を揺らし、ニコニコしながら踊っているのだ。




船に乗りしばらく時間が過ぎた。演奏も終盤だ。
あたりは夕暮れに差し掛かっている。
ガンガーの上から見あげるバラナシの街が、オレンジ色に染まりキレイだった。
ガンガーの水辺も、キラキラしている。




ふと気付くと、一つ帽子が、船の上を、人から人へ移動していた。

俺は、その帽子を見ながら「なにをしているのだろう?」と思いつつ演奏を続けていた。



日が沈む直前、俺らはついに全ての曲の演奏を終えた。



船はジャグーの指揮の元、出航したガートに戻るような感じで進んでいる。


「なんとか終われたな…」と、ほっとしながら船の進む方向を見ていると、一人のニュージーランド人が俺に話しかけてきた。


「ヘイ、ジャパニーズ、今日はこんなスペシャルなイベントを開いてくれて本当にありがとう。とてもナイスだった!この船を借りるのもきっとお金がかかったんだと思う。そこで、俺らは少しだけど、御礼の変わりにカンパしたいと思う!」
そう言って、さっき船の上を回っていた帽子を俺に差し出してきた。


帽子の中を見ると、そこにはインドルピーやUSドルがたくさん入っていた。

みんな船の上で、カンパのために、帽子にお金を入れて回してくれていたんだとその時わかった。


ぐっと来た。嬉しすぎて泣きそうになった。


俺は、声にならないお礼を言って、その帽子を受け取った。


帽子には、船代の30ドルをはるかに超える金額が入っていた。



船がガートに近づき、みんな陸に下りていった。


下りるとき、船に乗った全ての人とを握手をした。


そして、握手を繰り返しているその時、俺はある一つの意識が、頭の中ではっきりと産まれつつあるのを感じていた。



この旅を始めるにあたり、見つけたかったもの。


旅に変わる「何か」を探すために、俺はこの「最後の旅」に出たのだった。


それが見つかったような気がした。



この時、旅に出て初めて、「唄を唄って生きてみたい」という想いが、俺の中に生まれているのに気付いたのだ。





もう少しだけ続く。

※写真 船の上ではしゃぐインド人

rainmanになるちょっと前の話。28




ガートの若者達をまとめるボス・ジャグーから100人乗りの手漕ぎボートを借り、1月15日に「ガンジス川船上ライブ」を決行することになった我々THE JETLAG BAND!!!は、早速ガンジス川に小船を出してもらい、その上でリハを重ねた。


8ちゃんがギターを弾けるので、ポカラの時のライブよりも音が厚くなり色んなアレンジにも挑戦することができた。



メンバーみんな、あの時のポカラライブの快感を忘れられないらしく、とても本番を楽しみにしているようだった。
ステージの上で自分を表現するという行為は、経験したものにしか解らない独特な快感があるのだ。あの快感は知ってしまうと癖になる。独特な中毒性なのだ。



毎日、曲のアレンジなどを考えて、みんなで音を出すのは楽しかった。
雨の日は、ウルバシGHの室内屋上で練習したりもした。



そうこうしているうちに、あの男がポカラからバラナシにやってきた。
S君である。


この時のS君の登場は、なかなか印象深いものがあった。


なんと彼は「ドラえもん」の格好でインドINしてきたのだ。
ドラえもんとは、あの「ドラえもん」のことである。


S君は、青のつなぎの服を着て、胸の辺りに四次元ポケットをつけていた。
そして赤いスカーフを首輪のように巻き、しっかりと鈴までつけているのである。


もちろん、その格好でのS君の登場にみんな驚き、大爆笑。


「なんて格好してるんだ?」「どうしたんすか?いったい」と、みんなに問いかけられたS君は、「いやー、大ちゃんがクリスマスにサンタクロースでインドINしたなら、俺もなんかやらんとあかんやろー!」と言った。
別に俺がサンタになったからといって、S君は普通で良いと思うのだが、彼的には「なにかやらないとあかん」となるらしい(笑)。
「で、いろいろ考えたんやけど、やっぱり無事に21世紀を迎えたということで、ドラえもんかな…と!」とS君。
「21世紀」で「ドラえもん」。
あー、なるほど。



ラジューに頼み、サンタの衣装を作ってくれた生地屋で、新年早々ドラえもんも作ってもらったらしい。
ラジューも俺らのバカな遊びに付き合わされて大変だな(笑)。


しかし、かなりクオリティーの高いドラえもん衣装だ。
遊びでもしっかりと要望に応えてくれるラジュー。やはり、さすがである。


その後俺は、ドラえもんのままのS君と一緒に飯を食いに外に出たのだが、道を歩くだけで旅行者や現地人などから記念撮影をせがまれていた。とにかく目立つのである。
そして色々な質問をされ、S君も普通に答えるのだが、なぜか名前を聴かれたときだけは「ぼくドラえもんです」と大山のぶよのモノマネで答えていた。ほんとバカである(笑)。
しかし異国の地でこういうバカができる男が俺は大好きなのだ。



ドラえもんS君の合流で、THE JETLAG BAND!!!の練習も益々活気が出てきたのであった。



そうそう、この時期もう一つ忘れられないエピソードがあった。
ホテルひまりの後期のメンバーに「四代目」というニックネームの旅行者がいたのを覚えているだろうか。
彼とも、この頃、バラナシで再会を果たすのである。


彼はカメラマンであった。


大きな一眼レフのカメラをいつも首からぶら下げていて、俺らの活動の記録を収めてくれていたのだ。

しばらくバラナシでも一緒に生活したのだが、実は彼は先を急がなければいけない理由があり、1月15日の船上ライブを見ずに先にバラナシを列車で出ることになっていたのだ。
もう既に列車のチケットも購入してあった。


俺が「四代目に船上ライブの写真撮ってもらいたかったなぁ」と言うと、「撮りたかったなぁ。でも、もうチケット買っちゃってるし…、残念だよ」と四代目は答えた。



そして、四代目がバラナシを出発する前日を迎えた。
俺と四代目はビシュヌRHのテラスにいた。


俺は「明日で旅立ちですね。ほんとに、船上ライブの写真撮らずに出ていくんですか?本当に先を急がなければいけないの?」と、しつこくもまだそんな問いかけをした。
そうしたら四代目から意外な答えが返ってきた。
「行くのやめよっかな。君らのライブ撮ってみたい」


俺はびっくりした。「え!?まじすか!それなら残りましょうよ!是非撮ってください!」
四代目は「うん、そうするよ」と言って、すかさずポケットから列車のチケットを取り出し、それをビリビリと破いて空に舞い上げたのだ。


破かれたチケットは、風に乗り、ビシュヌRHのテラスからガートを超え、ガンガーの上までヒラヒラと舞っていた。
紙吹雪のようですごくキレイだった。
四代目はそれを見ながら「あー、これですっきりした。よっしゃ、あんたらにとことん付いていきますわー」と言った。
俺は手を差し出し、四代目と熱い握手をした。


この後、四代目によって収められたガンジス川船上ライブの写真は俺の宝物になるのだった。




バラナシでは、チラシをコピーするのにも一苦労だった。


2001年当初はなかなかコピーを簡単にしてくれるような店がなかったのだ。しかし、なんとか300枚程度のチラシをコピーすることが出来た。

俺らは、ポカラライブのときと同じように、チラシを町中の食堂やゲストハウスに配った。


チラシには、バンド名と日にちと船の出発するガート名、そして出航時間を書いた。
もちろんチャージは無し、FREEだ。船を借りるのに30ドルかかったが、こんな面白い遊びができるんだし安いもんだ。俺は既に自分の旅費からジャグーに30ドル渡していた。

そして誰でも、どの国籍でも、どんな人種でも、どんなカーストでも、俺らの船には乗れるんだってことも書いた。
いろんな人が一つの船に乗れたら最高だなと、そう思った。


しかし、日本人によって行われるガンジス川上の船上ライブなんかに、いったいどれくらいの人が集まってくれるのだろうか。
チラシを巻きながらの手ごたえは、あまりなかった。
インドではあまり期待できないかもしれないな。そんなことを思いながらチラシを配り歩いた。





そして、ついに、ライブ当日の朝を迎えることになる。


俺は起きた後、いつものようにビシュヌRHのテラスに出て、その下に広がるガートとガンジス川を見下ろした。

そのとき、一瞬、あれ?ここどこ?という錯覚に陥った。

いつもの朝と違うのだ。


いつもより、何倍も人が多い。


人がごちゃごちゃと集まっているのだ。


俺は、「今日は人が多いなー、なにかヒンズー教の行事があるのかな?」と思いながらガートを眺めていた。


しかし、眺めているうちにあることに気付いた。


みんな手に紙切れを持っているのである。

そして、その紙切れを良く見たら、俺らが町中に配ったチラシではないか!


俺はゾクっとした。


「この人たち、船上ライブのために朝早くからこのガートに集まってるんだ!」



出航時間まで、まだ大分時間があるのに多くの人々が既にガートで戯れているのだ。



そして、お昼に差し掛かったころ、100人乗りのビッグボートが、ジャグーの指示の元ゆっくりとガートに入ってきた。


俺以外のメンバーは、この時そのビッグボートを初めて見たのだが、予想以上の大きさに驚いているようだった。




さぁ、いよいよ、ガンジス川船上ライブが始まるのだ。




続く。




※写真はドラえもんで登場した時のS君。そしてビシュヌRHのテラスから見えるガートとビシュヌRHのテラスで日向ぼっこする我々。