rainmanになるちょっと前の話。30(最終話)
ガンジス川船上ライブが終わった。
片づけをして、船が去っていく頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
俺はライブの興奮が冷めず、しばらく放心状態のまま、夜のガンガーを眺めていた。
まるで夢の中のような1日だった。
しかし、夢ではないのだ。
俺らは確かに、ガンジス川に浮かぶビッグボートの上で長時間に及ぶ船上ライブを決行したのだ。
ガンジス川船上ライブによって俺の中に産まれた感情、「唄を唄って生きてみたい」という想いは、その後も日に日に強いものになっていき、俺の心を支配した。
そうなると不思議なもので、旅の当初に決めた「飛行機を使わずに遠くへ行こう」というルールや、「世界一周したい」という思いは、どうでもいいような気になってくる。
そんなことより、日本に戻って唄を唄って生きていくにはどういうやり方がいいのか?そんなことばかり考えるようになった。
しばらくすると、ついにNさんがバラナシを旅立つ日がやってきた。
ベトナムでNさんと出逢った事によって、俺は音楽の楽しさを知り、唄うことの面白さを思い出した。
そんなNさんとの別れは、とても印象深かった。
リキシャに乗って去っていく後姿が喧騒の中に消えてもなお、俺は手を振った。
この時の別れを「サヨナラしないよ。」という唄にした。
Nさんがいなくなることによって、俺のTHE JETLAG BAND!!!としての旅も、「これで本当に終わったんだな」と実感できた。
この後の、俺の旅を簡単に記しておこうと思う。
俺はこのあと、バラナシにいた仲間達何人かと、インド南部の「ゴア」という町に移動した。
自分の中では「ライブの打ち上げ」という位置づけだった。
色々今後のことを含め、海の見える場所でゆっくりのんびり考えたいと思ったのだ。
ゴアという町は、知る人ぞ知るヒッピーの聖地。俺も旅人として一度は訪れておきたかった。
ゴアに一緒に行ったメンバーは、S君、C君、T、K君、BOSS、W君、8ちゃん、そして四代目。
他にも仲良くなった旅人が何人か合流した。
ゴアでは、2階建ての家を2件貸しきって、みんなで過ごした。
英語が達者な四代目が、大家さんと交渉してくれて月極めで安く借りられた。
家から徒歩3分でビーチだった。
俺らは毎日、昼は海で泳ぎ、夜はマーケットにいったり町中で行われているパーティーに顔を出したりした。
こんなに毎日が楽しくていいのか!というほど、楽しい日々を過ごした。
ゴアは、自由を求めるヒッピーのパワーで成り立つ、まさに自由の国だった。
しかし、2ヶ月近く経った頃、突然ふと思い立った。
「そろそろ一人旅に戻ろう」と。
いつまでも気の合う仲間達と一緒に遊んでいられたら…そんなステキなことはない。
しかし、俺らはもともと一人旅の旅人なのだ。
居心地の良い場所にいつまでもいるわけにはいかない。
いつかはみんな一人に戻らなければいけないのだ。
俺は、ゴアの町を出る決心をした。
そして、旅行代理店に行き、飛行機のチケットを取った。
俺のことを誰も知らない遠くの国へ飛んでいこうと思った。
俺はみんなに「明日、ゴアを出るよ。今日、モロッコ行きの飛行機予約してきたんだ」と言った。みんなはとても驚いていたが、「いよいよそんな時が来たか」という感じだった。
みんなとの別れは予想以上に寂しくて、何度も後ろ髪を引かれた。
「またすぐ日本で会おう!」そう言い合って、握手をして別れた。
この時の出発を、後に「リセット」という唄にしている。
俺は、インドのボンベイから、一人飛行機に乗り、北アフリカモロッコに降り立った。
なぜ、モロッコを選んだか。それは、砂漠が見たかったからだ。
俺は「旅の終わりの景色」を探していた。
自分の中で、「日本に帰ってからやりたいこと」が出来た以上、しっかりと「旅」に区切りを付けたかった。
サハラ砂漠を、俺の旅の終わりの景色にしようと思ったのだ。
モロッコ・カサブランカから、マラケシュを経由して、メルズーガという砂漠の町を目指した。
今まで、何ヶ月も回りに仲間がいた状態だったので、モロッコでの一人旅は予想以上に寂しかった。
しかも、モロッコはフランス語圏で、英語も通じなく移動や日常生活にかなり苦労した。
しかし、それも「いいリハビリだ」と思う余裕があった。
THE JETLAG BAND!!!の旅を経験したことによって、孤独や苦労を楽しめるようになっていたのだ。
砂漠の入り口の町、メルズーガにやっと辿り着いた。
明け方、日が昇る前にサハラ砂漠に入り、大きな砂丘を上りきったとき、遥か先から太陽が昇ってくるのが見えた。
光が広がり、目の前が「砂の海」に変わったとき、今までの旅が走馬灯のように頭をめぐって涙が止まらなかった。
この時の出来事を「続・終わらない風の終わらない唄」という曲にしている。
俺は「旅の最後の景色」を無事に目に焼き付けることができた。
その後、再びカサブランカに戻ってきた。
砂漠も見たことだし、ここで日本に帰ればいいのだが、やはり俺は根っからの旅人なのかもしれない。
「せっかくだし、ちょっとヨーロッパにも寄ってから帰ろうかな」なんて気分になった。
次に旅に出るのはいつになるかわからない。いま見たい場所を、見れるだけ見ておくのも悪くない!そう思った。
俺は、ヨーロッパにはまだ行ったことがなかったし、どうしても見たい街が二つあった。
「ロンドン」と「アムステルダム」だ。
旅資金にもまだ少しだけ余裕があったし、日本に帰る前に少し観光してみようと思った。
俺はカサブランカから、イギリス・ロンドンまでの飛行機を手配した。
霧の深いロンドンに無事に降り立った俺が最初に思ったのは、自分の服装がかなり浮いている!ということだった。
アジアや砂漠を貧乏旅行していた俺の服装は、ぼろい布切れを纏っているようなものだった。
空港から列車に乗っただけで、他の乗客にジロジロ見られた。
俺は、ホテルにチェックインしたあと、すぐに服を買いに行った。
街を歩くだけで、今までのアジアの国とは明らかに違っていた。俺は、上下左右きょろきょろしながら歩いた。ただの田舎ものだった。パンクスが通りかかるだけで「おーー!ロンドンっぽい!」と興奮した(笑)。
それはもう、なにもかもに凄まじい刺激を受けた。
ヨーロッパに寄ってよかった!と思った。
アジア・アフリカだけで帰国するより、かなり俺の旅の幅が広がった気がした。
ロンドンではBOSSの先輩にあたる□□さんという方にお世話になった。
BOSSは以前ロンドンに暮らしていたので、俺が「ロンドンにいる」とメールをしたら、現地に住んでいる□□さんを紹介してくれたのだ。
□□さんは、ロンドン郊外で開かれているパーティーに連れて行ってくれた。
廃校を改造したような場所で、そのパーティーは行われていた。
もうぶったまげた。
日本のクラブシーンなんて比べ物にならないくらい、異次元の世界が広がっていた。
現地に住んでいる□□さんと一緒だからこそ見ることができた世界だった。□□さんを紹介してくれたBOSSに感謝した。
他にもロンドンではライブを見たり、古着を買ったり、遊びまわった。
アジアで3週間暮らせるくらいのお金が、一日で泡のように消えていった。
数日後、ロンドンから、海底を通るバスに乗り、オランダ・アムステルダムに入った。
アムステルダムも、どうしても一度来ておきたかった街だ。
アムステルダムも、予想していた以上にぶっとんだ街だった。
街中がオモチャ箱みたいなのだ。
こんなに自由でお茶目な街が存在して良いのか!と思うくらい、日本とはかけはなれた価値観で出来た先進国だ。
本当に見ておいてよかったと思った。
5日間ほど、アムスで過ごし、いよいよ俺の旅資金もそこをついてきた。
本当に、ヨーロッパでは金が減っていくのが早かった。
俺は、「そろそろ日本に戻ろう。もう充分だ。今見たいものは全部見た。日本でやることをやらないと!」と思った。
最後の旅資金で、俺は日本までの飛行機のチケットを買った。
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こうして、俺の「最後の旅」と位置づけた、13ヶ月に及ぶ放浪生活は幕を閉じた。
日本に帰ってからは、みなさんの知っている通りだ。
俺は、さっそくメンバーを探し、「rainman」というバンドを組んだ。
メンバーには「気の合う友達」を誘っただけだ。
みんな音楽などやったことのないやつらだったけど、そんなことは全然気にしなかった。
演奏が出来ないなら、「出来るまで練習すればいい」だけだ。
それは、俺が旅で教わった大事なことであり、俺はそんなバンドを作ってみたかったから。
俺らはただただ練習した。練習して1曲1曲仕上がっていくのが楽しくてしょうがなかった。
そして、ガンジス川船上ライブから、ちょうど1年後の、2002年1月15日。
「rainman」はついに初ライブを決行する。
初ライブにして、ライブハウスを貸し切るイベントを企画。
イベント名は「BACK PACK BLUES NIGHT VOL.3」した。
VOL.0が、ポカラのホテルひまりの庭。
VOL.1が、ポカラのライブバー・クラブ アムステルダム
そしてVOL.2が、バラナシのガンジス川船上ライブ
そして、今回がVOL.3だ。
俺の旅は、まだまだ終わっていなかったのだ。
「最後の旅」に出てわかったことは、「最後の旅」なんて無いってことだ。
旅は、形を変え、景色を変え、いくつもの壁を超え、続いていくのだ。
2002年1月15日のデビューライブから、12年と2ヶ月。
俺らは突っ走るように「rainman」という旅を続けた。
様々な出会いと別れを繰り返し、俺らだけにしか見れない旅の景色をたくさん見てきた。
その旅が、もうすぐ終わろうとしている。
だけど、この12年のrainmanの旅が、「最後の旅」ではないという事も、また俺は知っているのだ。
最後まで読んでくれてありがとう。
旅の途上にて。
「rainmanになるちょっと前の話」完
rainman daisuke