rainmanになるちょっと前の話。22





ホテルひまりの中庭で行われるライブの当日を迎えた。


ライブ開始は午後3時、勿論チャージなどはなく、子供も大人も、どの国籍でも参加自由だ。


一応、「チラシ」を作り何日か前から食堂などに置かせてもらったのだが、果たしてどのくらいの方が見に来てくれのか…。まったく不明だった。


チラシには俺が考えたTHE JETLAG BAND!!!のマスコットキャラクターの顔が描かれていた。
そのキャラクターは、バンド名をもじり「ジェットラ君」という名前をつけた。
陰陽のマークとニコちゃんマークをコラボレーションさせ、口にタバコを加えさせたオリジナルマークだ(商標登録済)。
このマークは後々rainmanのマスコットとしても使われ、「JETLAG RECORD」という俺の自主レーベルのマークにもなった。
rainmanのファンには馴染みの深い「あのマーク」である。



昼ごろになると、俺らは食堂に置いてあった使っていない黒板や、木のテーブルや椅子などを庭に運び出し、独自のステージを作りはじめた。


黒板にはチョークで「BACK PACK BLUES NIGHT VOL.0」と書いた。今日のイベント名だ。旅の間、ずっと考えていたイベントタイトルだった。
来週のレイクサイドでのライブは「VOL.1」にするつもりだった。

今日は「0」。このバンドの起源となる日にしたい、という願いをこめた。



しばらくすると一台のトラクターが大きな音をたててホテルの庭に入ってきた。
「なにごとだろう?」と見ると、トラクターは荷台車を引いていて、荷台の上にはスピーカーやアンプ、ミキサーなどが積んであった。
ラジューが俺を見て、ニコッと笑った。
そうか!ラジューがこの日のために手配してくれていたのだ。
話を聞くと、そのトラクターはカトマンズからやってきたという。いくつもの山を越えて、バスでも6時間かかる道を、重い荷物を引きずり遥々ポカラまでやってきたのだ。
本当にラジューには頭があがらない。俺らのためにここまでしてくれるなんて。


ラジューは他にも、大量のビールやソフトドリンクを注文していた。
きっと大勢の来場者を予想し、みんながドリンクを買ってくれるのを期待してのことだろう。

たくさんお客さん来てくれたらいいな…俺は祈るような気持ちだった。



トラクターと一緒にやってきた音響さんにサウンドチェックをしてもらい、いよいよライブ開始を待つのみとなった。


メンバーは、ギリギリまで部屋で練習をしていた。
今回、俺がこの旅で作った曲と、ビートルズやボブマーレーなど誰でも知っているような曲を混ぜて、12曲ほど用意していた。


開演時間が近くなり、2階の俺の部屋から庭を見下ろすと、30人ほどのお客さんが集まってくれていた。
ラジューに「そろそろやらない?」と言われ、俺らは階段を下りて中庭のステージへ向かった。




「はろー!うぃーあー ざ・じぇっとらぐばんど!ふろむ じゃぱん!」と挨拶し、ついにライブが始まった。



正直ライブの間の記憶はあまりない。無我夢中で唄った。



そして、空が暗くなり始めた頃、すべての演奏が終わった。




結果は、





散々なものだった。。



みんなガチガチに緊張していて、まったく練習どおりに演奏できなかった。


言い訳になるが、バンド内、唯一のライブ経験者は、10代にパンクバンドをやっていた俺だけで、他のみんなはまったくの初めて。そう考えると、この結果は当たり前なのかもしれない。練習と客前で演奏するライブとでは、まったく勝手が違うのだ。

しかし、やはり悔しかった。
なんとか唄で引っ張ろうと、声を張り上げてみたが、それも絵に描いたような空回りに終わった。

それでも、ありがたいことに最後まで残ってくれているお客さんも多く、アンコールも頂いたりした。


俺は「今日はどうもありがとうございました。来週、レイクサイドのクラブ・アムステルダムという店でライブをします。もっといいライブが出来るようにがんばるので、よかったら見に来てください」と挨拶した。




ステージが片付けられ、カトマンズから来た音響さんたちも帰っていった。


ラジューから「お疲れ様」と肩をたたかれた。
俺は「あんまりお客さん呼べなくてごめんね」と言った。
ラジューは「本番は来週だよ、だいちゃん」と俺に笑いかけた。
いろんな想いが込み上げてきて泣きそうになったが、ぐっとこらえた。
そうだ、まだ次がある。



その夜、俺の部屋にメンバーが集まり、打ち上げ&反省会が開かれた。

やはり、みんなも俺と同じように、イメージ通りのライブが出来なかったようで、少し暗い顔をしていた。


C君に「足引っ張っちゃってすんません」と言われた。
Nさんは「まさか、ここまで緊張するとは思いませんでしたよ」と苦笑い。
Oちゃんは「練習でやっとできたような箇所は、本番ではまったくできない。もっと余裕が出るくらい練習しないと!」と言った。


みんなの悔しい気持ちは痛いほどわかった。
しかし俺はもうこの時、気持ちは次に向かっていた。
過ぎてしまったことはしょうがない。これが俺らの実力だったというだけだ。

俺は、「いい経験になったね。今日一度ライブというものを実際に経験できたことは、すげー大きいことだと思う!やっぱり体感して初めてわかることも多いよね!今日の経験を活かして、来週までにみっちり練習しよう!」と話した。


Tが「ぜってー、次はやってやる!」と言った。
Mさんは「ほんまいい思い出になったよ、ありがとう」と頭をさげた。

S君は「旅に出て、こんな経験するとは思わなかったよ。こんな遊び他にないだろ。この際だし最後まで楽しもうやー」と笑い、みんなも笑った。


BOSSやK君やZさんも、暖かい目で見守ってくれていた。




こうして、ホテルひまりガーデンでの、THE JETLAG BAND!!!の初ライブは終わった。



俺はその夜ベッドの中で、自分の感情について考えていた。
今日のライブが終わったあと、俺は「悔しい」と思った。
でもそれと同時に「悔しいという感情が生まれた自分」に驚きもあったのだ。


暇つぶしの遊びで始めたバンドだった。
しかし、遊びなら自分の部屋で唄っていればそれでいいのだ。
俺らはライブと称し、人前で唄うことを選んだ。
人前で唄うなら、もっともっと本気で遊ばないとだめなんだ。
せっかく見に来てくれた人たちに、満足いく演奏を聞かせられなかったことに俺は悔しさを感じたのだ。
中途半端な気持ちじゃだめだ。暇つぶしなんて言ってらんねーぞ。
もっともっと最高の遊びにするために、本気で遊ばないと!



そんなことを考えながら、眠りに落ちていった。




続く。