rainmanになるちょっと前の話。16




鳥葬式が行われる丘に辿り着いた。昨日と比べると風も少なく、それほど寒さは感じなかった。


もうすでに、何人かの僧侶と、仏さんの親族らしい人々と、そして布に包まれた仏さんが4体、そこに到着していた。


僧侶達が、石畳のサークルの上に仏さんを並べて、手際よく布を取っていく。

裸の状態の仏さんが、ごろんと石畳に転がった。


親族の方達は、俺らが見ているのを気にも留めずに、時々談笑をしながらそれを見守っていた。


俺はこれからどうなっていくのかとドキドキしていたのだが、僧侶や親族達は意外にも和気藹々とした雰囲気で少し拍子抜けするような感じだった。


前日の夕方行われたポアという儀式で魂を成仏させた後は、魂の宿っていた肉体そのものは、すでに「ただの鳥のえさ」として見られているようだった。
理屈では俺もわかっていたが、なかなか割り切れずにいた。とても談笑なんてできない。
大自然の中に転がされた肌色の物体に違和感を感じずにいられなかった。


突然、僧侶が鉈のようなもので、仏さんの肌に切り込みを入れていった。
太ももやお腹、両腕、背中。
肌はパカっと避けて、中から赤い色の肉が見える。血は流れてこない。もう死んでいるのだから当たり前だが。


その時、丘の上の方にある岩が少し動いたように見えた。
俺は隣にいたNさんに「あの岩、今動いたように感じたんですけど」と言った。
Nさんは「まさか、そんなバカな」と言って丘を見た。

その時また、今度ははっきり岩が動いたのが見えた。俺らはその時わかったのだ。


「あれは岩じゃない!鳥だ!!」


丘の上に転々と置かれていたように見えた沢山の岩は、すべてハゲワシだったのだ。俺はぞっとした。
「鳥」という生き物で想像できる大きさを、はるかに超えている。でかすぎるのだ。



親族達が動き出した。
石畳の周りを囲むように並び、外側を向いて、上着を脱ぎ、それをばさばさと振った。丘の上から近寄ろうとしている鳥達を威嚇しているように見えた。


そんな中、仏さんはどんどん切り刻まれていく。
髪の毛もべりっとはがされた。掌や足の裏もスライスするようにはがされた。鳥が食べづらい硬い部分を一つずつ解体しているようだ。


鳴き声が聴こえたので、俺は空を見上げた。


腰が抜けそうになった。


さっきまで青い空が広がっていたのに、いつのまにか何百という鳥の大群が空を旋回しているのだ。
ハゲワシ、ハゲタカ、コンドル、カラス。様々な鳥がいた。しかも、すべての鳥が規格外にでかかった。
異様な光景だった。


僧侶達が合図をして、サークルを囲んでいた親族達が再び元の位置に戻った。準備が整ったようだ。


その瞬間、ついに一匹のハゲワシが丘の上からタタタタタ!と、走って降りてきた。羽で飛ばずに足で走ってくるのが、なんとも言えず怖かった。
そして仏さんの体に噛み付いた。


それを合図にしたように、他のハゲワシ達も丘から一気に駆け下りてきた。そして空からもいっせいに舞い降りてくる。


俺の肉眼からは、もう鳥の羽や背中しか見えなかった。仏さんがどういう状態なのかは確認できない。

奇声をあげながら、鳥達は我先にと餌に食いついている。

すさまじい光景だった。壮絶だ。


俺らは、何も喋らず、動くこともできず、ただただ、数メートル先で行われているその光景をじっと見ていた。



突然、小さな肉片が俺の足元まで飛んできた。
とっさに後ずさりする。
でもなぜか後ろに下がってはいけないような気がして、俺は体勢を立て直し再びもとの位置に立った。

唯一の女性、◎◎さんはさすがに途中から目を覆い座りこんでしまった。



何分くらい経ったろうか、30分以上の気もするが5分くらいかもしれない…、次第に鳥達がまた空に羽ばたいていった。
親族が再びサークルを囲い、残っている鳥達を追い払うように上着をバタバタさせた。

鳥達がさったあとの石畳には、薄ピンク色の骨が転がっていた。

もう人間の形はしていなかった。


僧侶達が今度はハンマーのようなものを持って、それに近づいた。


そして無表情のまま、骨をハンマーで粉々にしていった。
頭蓋骨も見えた。それも、丁寧にハンマーで砕いていく。

しばらくすると、骨がすべてピンク色のミンチ状になった。


また僧侶が親族に合図を出し、親族がサークルを離れた。


そして再び、鳥達が集まりだした。


今度は、先ほどより比較的体の小さい(といっても普通にでかい)ハゲワシが多かったように思えた。

土俵くらいの大きさの石畳のサークルをすべて覆うくらいの大量の鳥が、砕かれた骨を蝕んでいた。

俺らは相変わらず、何も喋れずに、それを見ていた。

数分後、あっという間に骨はなくなった。


鳥達が空に帰っていく。


残ったのは、石畳の間に詰まった小さな肉片だけだった。


最後にカラスがたくさん舞い降りてきた。
そして、憎たらしいほどきれいに、すべての肉片を食べていった。
俺の足元に飛んできた肉片も、カラスが近寄ってきて食べた。

俺は呆然としていた。


さっきまであった4体のご遺体が、ものの数十分で文字通り「無」になってしまったのだ。


僧侶達は手際よく片づけをしている。
親族達も満足そうに頷きながら寺の方に戻っていった。



「すごかったね…」俺はやっと言葉を発した。
Nさんが「想像以上でした」と言った。

K君は口を硬く閉じて、何も無くなった石畳の上を凝視していた。
C君もTも疲れきった様子で座り込んでいた。
◎◎さんは青い顔でずっと黙っている。



「戻りましょうか」とNさんが言い、俺らはフラフラと寺に戻っていった。


頭の中で、いろんな想いがめぐった。

輪廻転生。
動物を食べて生きてきたのだから、最後は動物の餌となり役に立とうという考え方。
鳥葬は天葬とも呼ばれていて、肉体を天に運ぶという意味もあるということ。
生きている不思議、死んで行く不思議。

寺に着いてからも、しばらく放心状態で、俺の頭はぐるぐるしていた。



ほんとに見てよかったのか?そんな思いに囚われそうになる。
心の中に、他人の葬式を、自分の興味本位で見たことに対する不謹慎な気持ちも確かにあった。
しかし今更そんなことを言ってもしょうがない。俺は好奇心でもうそれを見てしまったのだ。
見れてよかったと思うことにしよう。そう思った。
そして、このときに感じた、生と死の生々しい感情を忘れないでおこうと決めた。



俺は、目を閉じて顔をあげ、そして空に向かって静かに合掌した。



続く。