打球はグングン伸び、中堅手の頭上を越えた。それを見て、私は2塁へと突っ込んだ。

しかしさすがシード校である。頭を越えても2塁打で止められてしまう。守備が堅い。

しかし無死2塁のチャンスである。

1番に返り打者はナベさん、1S2Bから打ちに行ったが投手ゴロとなった。私は投手の動きを見ながら、一気に3塁を奪った。

2番はツジ課長である。3塁上の私は、打った瞬間に突っ込もうと決めていた。

その2球目、打球は左翼へと大きなフライとなった。「タッチアップだ!」すぐさま3塁上に帰り、左翼手の捕球を確認する。とった瞬間、一気に本塁へ突っ込んだ。

「よっしぁ~。」1点いただき、2-1と1点差となった。まだまだ試合はわからない。

しかしその裏の関東G大学の攻撃。2者を簡単に打ち取ったが、5番に中堅前に安打を打たれ、すかさず盗塁を決められた。その後暴投があり、3塁まで走者を進めてしまった。慎重になったノリは6番に四球を与えてしまう。

これで2死1・3塁。ピンチである。ノリがんばれ。

7番打者に対して、ノリは慎重に投げ込む。1S3Bとなった5球目。打ち返された打球は右翼線に高く飛んだ。

さらにラインぎりぎりのテキサスヒットに近い打球だ。

私は無意識に打球めがけて突っ走っていた。

「とってやる!必ずとってやる!」そう、強く思いながらひたすら突っ走っていた。

打球はラインぎりぎりに落ちようとしていた。

私はただただ打球のみを見つめ、無意識のままダイビングしていた。

しかし打球は私のグローブにもう少しというところで、無惨にも土をけった。

「フェア!」

タイムリーとなってしまった・・・・・・。私はすぐさま起き上がり、後ろに転がっていく打球を追いかけた。

やっとのことで追いつき、ナベさんに返球したときには1塁走者までもが生還していた。

2点やってしまった・・・・・。

回り込んで抑えていれば、1点ですんだのに。。。。。。

何ともいえない悔しい思いが胸を突き刺した。

「ノリ、、、すまん。守備でも足を引っ張ってしまった。」

しかし、そんなことより、内野はじめ外野、ベンチのみんなが「大丈夫かっ!」と私の体を心配してくれた。

悔しさとうれしさが大きく押し寄せてきた。絶対負けない。このまま終わってしまったら、それこそ俺は何をしに東京まで来たのかわからない。

次の打者を遊撃ゴロに打ち取り、ベンチに帰った。みんなが私を心配してくれる。

私はすぐさまノリにお詫びに行く。しかしノリは笑顔で「ありがとうございます。ナイスファイトでした。」と声をかけてくれた。

「絶対打つから、、、許してくれ。」そう言葉をかけた。

ベンチに帰ったみんなからも、「ナイスファイト!」との声をかけてもらった。

本当に申し訳ない。1-4の3点差になってしまった。

しかし、私の無謀なダイビングがみんなの心に火をつけたのかもしれない。

その直後、想像を超えた我々の逆襲が始まった!

いよいよベスト4をかけた大一番が始まる。

試合開始まで1時間もない、ハードなスケジュールである。

試合をするグラウンドに着き、先の試合を見ているとそこにA大学の方が差し入れを持ってきてくださった。

以前、A大学が遠征で京都に来られたとき、試合と懇親会を行ったご縁で、激励とともに差し入れをいただいた。

非常にありがたいことである。今回、A大学だけでなく、数多くの方から差し入れをいただいた。

関西から一緒に来ていたK大学。D大学のリョウタの後輩。ノリのお兄さん。そしてこのたびのA大学。

本当にたくさんの方から激励をいただいた。感謝感謝である。

さて、そんなこんなのうちに試合が始まった。

スタメンは先ほどの試合と変わらず、下記の布陣で挑むこととなった。

-------------------

1.ナベさん(4)

2.ツジ課長(6)

3.リョウタ(2)

4.ノリ(1)

5.ハマ(5)

6.ニシモ(7)

7.チンパン(8)

8.ツバキ(3)

9.キャップ(9)

--------------------

我々は先攻である。先頭1番のナベさんがいきなり左翼線に安打を放ち、流れを引き込んだものの、2番のツジ課長がバント失敗。その後もつながらず、この回無失点で終了した。

その裏のノリの立ち上がり。本当に全くすごい男である。昨年度ベスト4の大学を相手に、簡単に3者を打ち取りこちらも0点で抑えた。

2回表の我々の攻撃では、ニシモが安打を放ち出塁するが、今回もこの走者をいかせず、無失点で終了した。

その裏の関東G大学の攻撃。先頭4番に四球を与えてしまった。

5番を遊撃ゴロに打ち取ったが、転がったところが悪く内野安打となってしまう。無死1・2塁のピンチである。

しかしノリが踏ん張り6番を三振に仕留め1死とした。しかし7番に四球を与え満塁となってしまう。

やはり少し堅くなっているのか、ノリらしくなく四球が目立ってしまう。

しかし、ここは踏ん張り、8番を三振にしとめ、2死とした。

2死までこぎ着ければ・・・・・と思ったのが甘かった。9番と1番に連続して遊撃・三塁に内野安打を打たれ、2点を献上してしまった。

このたびの東京遠征で初めて先制点を許してしまった。いやな雰囲気だ、流れを変えなきゃ・・・・。

3回表の攻撃は、私からである。「投げられないなら、せめて打つ方で。」そう、心に誓い打席にたった。

その2球目、強振したバットはジャストミート!打球はグングン伸びていき中堅の頭を越えそうな打球だ。

中堅手は必死で追いかける。打った私は「抜けろっ!」そう願いながら、1塁に向かって全力で走るのであった。

得点は7点差となった。一気にコールドゲームで決めてしまいたい。

4回裏の守備。先頭3番に右翼線に安打を打たれた。続く4番を投手ゴロに打ち取り1死とした。抜群の安定感である。

続く5番打者は三塁ゴロ。三塁手ハマが捕球し、2塁走者を牽制しながら1塁に投げた。

投げた瞬間、2塁走者が3塁に突っ込んだ。それを見た一塁手ツバキが三塁で刺そうと投げたが、これが悪送球になってしまい、これにより1点与えてしまった。

その後5回までは両チームともきっちり抑えて、迎えた6回表の我々の攻撃。

先頭2番のツジ課長が右翼線に安打を放ち、チャンスとなった。

打者はリョウタ。ここまで、本塁打、内野安打、四球と、すべて出塁し後輩は先輩を抑えることができていない。

たぶん最後の対戦になるであろう。

初球はストライク。思いのほか先ほどより手が下がっている。リョウタから、この投手は本来アンダースロー投手だと聞いていた。最後の勝負に際して、高校時代(全盛期)のフォームで勝負を挑んできたのかもしれない。

続く2球目、、リョウタはストライクを逃さず打ちに行った。しかし打球は残念ながら一塁へのボテボテのゴロとなり、一塁手が、さっさと処理をした。

「ワァオぉぉぉ~。」

その瞬間、マウンド上で何ともいえない雄叫びが響き渡った。

やっとのことで先輩を打ち取った後輩の喜びの声であった。うれしかったのであろう。

我々のベンチからもその後輩に対し「よくやった!」との声援が飛んでいた。

こんなところにもドラマがあったのだ。

試合の方はその後、失策などが絡み、この回さらに3点いただき10-1と試合を決定づけた。

その後、6回に私の失策や連続安打などがあり1点取られたものの結局10-2で2回戦も突破することができた。

試合終了後、ホッとするまもなく、次の試合場に移動した。

移動の途中、ノリと一緒に歩きながら、色んな話をした。

「大丈夫か?コールドにしたかったけど無理やったな。疲れてへんか?すまんな・・・、俺がもうちょっとしっかりしていたら、ちょっとでも投げれて、こんなにおまえに負担かけんですむのに・・・。」

と声をかけると、ノリは笑顔で

「いえいえ、全然大丈夫です。がんばりましょう。」

と返してくれた。

本当に申し訳ない。次の試合では、少しでもノリの負担を軽減できるよう、精一杯がんばろう。

次はいよいよシード校の関東G大学との対戦である。このチームに勝つと念願のベスト4である。

不安と期待が交錯する中、大一番に向け、一歩ずつ進んでいくのであった。

日があけ、次は第2回戦へと向かう。同じルートをたどり、昨日より30分遅くグラウンドに到着した。

2回戦の相手はD大学である。

このチームのエースはリョウタの高校時代の後輩だった。リョウタ曰く「コントロールはかなりいい。」とのことである。

ただ、それだけのチームだとも言っていた。すなわち、当てれば(転がせば)何とかなるだろうということである。

アップを終え、ベンチ前に集合し、先発が発表された。

-------------------

1.ナベさん(4)

2.ツジ課長(6)

3.リョウタ(2)

4.ノリ(1)

5.ハマ(5)

6.ニシモ(7)

7.チンパン(8)

8.ツバキ(3)

9.キャップ(9)

--------------------

ゴリとヒデキがいないため、その代わりにツジ課長と私が入ったと言うだけのもである。

試合が始まった。我々は先攻である。

先にもふれたが、相手投手はリョウタの後輩である。サイドスローから鋭いストレートが食い込んでくる。

しかし勢いに乗っている我々には関係なかった。

先頭のナベさんが見事なまでのクリーンヒットを放ち、いきなり出塁した。続くツジ課長が三塁ゴロに倒れたかと思ったが、三塁手が失策、いきなり無死1・2塁のチャンスとなった。

ここで打者はリョウタ。後輩に負けてなるものかと、フルカウントから思い切り振り抜いた打球は中堅越えの本塁打となり、いきなり3点いただいた。この試合もさい先がよい。

その後は相手投手もふんばり抑えこまれ、この回3点で終了した。

その裏の守備、ノリの抜群に安定した投球がさえる。簡単に4人(1人は失策)で打ち取り0点で終えた。

2回は両チームともしっかり抑え0点で終了。

続く3回表の我々の攻撃を迎えた。先頭は3番のリョウタである。相手投手も気合いが入っていた。その2S0Bからの3球目を強振したが、打球は投手の横に転がるゴロとなった、しかしリョウタの全力疾走が実り内野安打となった。またまたリョウタ(先輩)の勝ちである。

4番ノリ、5番ハマが倒れたものの、ここから我がチームの猛打が爆発した。

6番ニシモが内野安打で出塁した後、7番チンパンが左中間に2塁打を放ち2点いただき、8番ツバキが失策を誘いさらに1点、その後、盗塁やパスボールがあり、9番の私がラッキーな内野安打でさらに1点いただき、この回4点取り、7-0とした。

このまま一気にたたみかけ、コールドに持ち込み、少しでもノリを休ませたいものだ。みんなのテンションは一気にヒートアップした!

何とか投げ切れた。みんなが笑顔で私に「ナイスピッチ!」と声をかけてくれる。

あふれそうな涙をぐっとこらえ、試合終了の整列に向かった。その際、監督に向かって「本当にありがとうございました。」とお礼を言った。

監督は「よぅ、投げた。」と優しいまなざしで迎えてくれた。

こんな男にチャンスをくれたことに、そしてゴリとの思いを叶えてくれたことに心から感謝した。

ベンチに帰り、改めてみんながよくやったと声をかけてくれる。

そして監督が「先頭に死球を当てたときは、どないしょうかと思うたわ。また去年の再来かと思うたわ。ほんまに心配かけるやっちゃなぁ。」と笑いながら話しかけた。

すかさずヒデキが「できの悪い息子ほど、かわいいっちゅうでしょ!」と切り返した。ベンチは爆笑に包まれ、何ともいえない和やかな雰囲気となった。

着替えを済ませ、宿に向かう電車の中、まずは1勝!とのうれしい気持ちがこみ上げてきた。

帰りの電車で、声をかけてくれた内野陣を中心にお礼を述べた。

ヒデキは「私の方こそうれしかったです。東京でキャップとゴリさんのバッテリーを見たとき、なんかうれしくなって、涙が出てきました。こちらこそありがとうございました。」

そんなうれしい返答をしてくれた。

ヒデキにとって、私とゴリのバッテリーには何か特別の思いがあるようだ。

宿に帰り、みんなで夕飯を食べに行くことにした。

夕飯を食べに行く途中、ゴリとヒデキ、そしてマツゲンは明日研修があるため京都に帰らなければならない。

別れ間際、3人が力強く「明日、呼び戻してください。飛んで帰ってきますから・・・・。」と言葉を発した。

私は、力強く手を握り「必ず呼び戻すから。」と、答えた。

その後、おいしい築地の肴に舌鼓を打ちながら、楽しい宴は続いた。

そんな中、私は改めて監督にお礼を言いに言った。

「監督、今日は本当にありがとうございました。」

ははは、と笑いながら。「ノミの心臓くん。緊張しとったねぇ。でも、これで落ち着いたやろ?明日からがんばれよ。」と、声をかけていただいた。

さらに「たった5回の裏表でこれだけのドラマがある。これからどれだけのドラマがあるんかなぁ・・・・。」とつぶやかれた。

そう、今からもっともっとドラマを作らなきゃ。

そのためにも主将として、一投手としてみんなを盛り上げていこう。

そう、改めて誓ったのだ。

その後、宴も終わり、宿に帰ると盆踊り大会が開催されていた。みんなその踊りの輪の中に入り、見よう見まねで踊っていた。

このお祭りは8/8まで開催される。最後まで、この盆踊り大会を見ていられたらいいのに・・・・・。そんなことを考えながら、築地の暑い夜は更けていった。

5回の表。

監督が審判に対して、投手交代のを告げた。同時に捕手もゴリに代わった。

ついに東京でゴリとのバッテリーが実現した。

思い起こせば9年前、ヤンチャーズを作り、その際は私とゴリのバッテリーでいつも試合をしていた。苦しみながら、嘆きながらゴリはじめみんなと一緒にいろんな試合を戦ってきた。

東京に来て、こんな経験をさせてもらえるとは思ってもみなかった。監督の配慮に驚きと同時に感謝の気持ちでいっぱいだった。

ただ、当の私は緊張でガッチガチになっていた。

投球練習を終え、ついに始まった。内野にとどまらず外野からも割れんばかりのエールが私に送られた。

こんな男にだ。。。もったいないくらいのエールである。

ヒデキが言う「今までの思い!ぶつけたれ!」。ノリが言う「キャップ!思いっきり当てたれぇい!」

その声はグラウンド中に響き渡っていた。ちっきしょう。なんか涙が出そうになる。私はみんなを見ると涙で投げられなくなると思ったので、一切目をあわさず、ただただキャッチャーミットだけを見つめることに集中した。

第1球。思い切り投じた球はミットの真ん中に突き刺さった。

「ストライクッ!」

やった!私以上にベンチや内野陣が「やったぁ!」と声を上げてくれた。

その後も球は安定していた。打者も見逃さず打ちにくる。

しかし、ファールで粘られた4球目、思いっきり手を振り投じた球は、な、なんと胸元近くに流れていった。その球は打者のユニフォームをかすめ、ゴリのミットに収まった。

「デッドボール!」

なんと、去年と同様に先頭打者に死球を与えてしまった。ベンチから監督の「なんでツーナッシングからデッドボールやねん!」と怒りの声が聞こえてきた。

ちっくしょう・・・・・・!またやっちまった。ドラマのような感動的な復活劇はそうはない。

しかし、内野陣は落ち込みそうな私に必死に声をかける。

1塁手のノリはさらに大きな声で「もっと思いっきり当てたれっ!」

2塁手のナベさんは「まだベースはたくさんある。もっと手を振って投げろ!」

遊撃手のヒデキは「さっ!今からや!去年のキャップじゃないところを見せてくださいっ!」

3塁手のハマは「もっとリラックス!キャップ、笑顔、笑顔!」

それぞれが、思い思いの言葉で私を励ましてくれた。こんなもったいないことはない。

ここまでしてもらって・・・・・逃げるわけにはいかない。いや、逃げない。

走者はすかさず盗塁を決めた。開き直った私は、次の打者を二塁ゴロに打ち取り、1死3塁とした。

ここで内野陣は前進守備をとった。しかしベンチからは点差を考えて定位置で守れとの指示があった。

しかし、ヒデキは断固として下がろうとしない。その姿を見てその時は何とも思わなかった。しかしこの行動にはとても深い意味があったのだった。そんなことに気づくことなく、必死の形相でマウンドに立っていた。

ミットをめがけてひたすら思い切り投げ込む。それだけで必死だった。その甲斐あって次の打者を三振に仕留めることができた。

続く打者は今日はノリを完璧に打っている1番打者だった。思いのほか力が入ってしまった。

「ビシッ!・・・・・」なんと打者のおしりに思い切り当てていた。またやってしまった・・・・・。

次の打者にはボールが2球続いた。やばいなぁ・・・・。ダメだダメだ。こんなことをマウンドで考えちゃいけない。

そう思い、気持ちを切り替え投じた3球目、間違いなくストライクゾーンに球が走っていった。

打者がその球を打ちに行く。打球はボテボテの二塁ゴロになる。ナベさんがしっかりと捕球し、ノリに投じた。

「アウト!」その声が響いた。間違いなく私の心に響き渡った。

やっと東京のスコアボードに0を入れることができた。

ここまで何年かかっただろう。私はマウンドから晴れ渡った空を眺めた。東京の空は透き通るほど青かった。

いよいよ1回戦が始まる。試合に先立ちスタメンが発表された。

-------------------

1.ヒデキ(6)

2.ナベさん(4)

3.リョウタ(2)

4.ノリ(1)

5.ハマ(5)

6.ニシモ(7)

7.チンパン(8)

8.ツバキ(3)

9.ゴリ(9)

--------------------

俺は?ってな感じである。私はスタメン落ちであった。(笑)

それはいい。なぜなら、投げに来たんじゃない、勝ちに来たのであるから。私がでなくても勝つことはできる。

試合が始まった。私たちは後攻である。

立ち上がりのノリ、いきなり先頭打者に3塁打を打たれた。しかし、後続をきっちり打ち取ってこの回0点で終えた。さすがである。落ち着き払った立ち上がりであった。

その裏の攻撃。先頭1番のヒデキが中堅前に安打で出塁し、さらに暴投で進塁。2番のナベさんがしっかりと右に転がし1死3塁となった。

ここで3番のリョウタが、右翼線に2塁打を放ち見事に先制点をいただき、まだまだ1死2塁のチャンスは続いた。

4番ノリは三塁フライに倒れ2死となったが、5番ハマが中堅に安打を放つ。2死なので走者はスタートを切っていたため、見事に生還できこの回2点をいただいた。

さい先がよい。

2回の守備もノリは安定した投球を見せる。簡単に3者凡退に打ち取った。その裏の攻撃、先頭7番のチンパンが左翼線に2塁打を放ち、続くツバキとゴリが倒れたものの、その後猛打が爆発する。

1番に返りヒデキが左翼線に2塁打、2番ナベさんが安打、そして3番リョウタが左翼越えの3塁打を放ち、この回さらに3点いただいた。

3回もノリの投球は安定していた。あっさり3者凡退である。その裏の攻撃。1死から、失策で出塁したニシモを2塁におき、7番チンパンが特大のホームランを放った。気がつけば3回を終わって7-0である。

ここで監督が私に向かってこういった。「おい、投球練習しとけ。」・・・・私は耳を疑った。

「えっ!?俺が登板?この大事な1回戦で?」そう思ったが、監督の目はマジだった。

行くっきゃない・・・・。この時点で私のガラスの心臓は激しく鼓動し、今にも壊れそうだった。

4回もノリはきっちり3人で終え、その裏の攻撃では相手投手の乱調もあり、5点をいただき結局12-0となった。

試合規定で5回で10点差の場合、その場でコールドとなる。すなわち5回表を私が2点以内で終えれば、ここで試合終了となる。

飛び出そうな心臓をぐっと飲み込み、1年ぶりの東京のマウンドに向かう。

もう、逃げない・・・・・・何度も何度も自分に言い聞かせた。

定宿を出て地下鉄に乗り、上野駅で乗り換える。

グラウンドに向かう電車の中、みんなそれぞれ自分の思いを語っていたが、やはり頭の隅に勝利に対する思いがあるのか、心持ち緊張しているように感じられた。

私もいろいろと考えた。

去年の夏の悪夢からの復活。

膝の痛みを抱えながらの走り込みは、白い息が白い湯気に変わっていった。たまらなく寒く、そしてたまらなく熱い冬の早朝を思い出す。

目標を作るためにマラソン大会にも出て、自分との戦いを味わった。そしてノリと勝負もしたっけなぁ。マラソンではノリに勝った。(自慢)

仕事が終わったあとの投げ込みもきつかった。毎回200球ほど投げただろうか。嫌な顔せず気持ちよくつきあってくれたリョウタには感謝の気持ちでいっぱいだ。

月1回は全体で集まって、練習試合や全体練習に明け暮れた。いろんな思いに振り回され、後輩達の一言で何度となく救われた。

気がつけば体重がみるみる落ちて、誰かに会うたびに「痩せた、痩せた。」と言われた。

語り始めればきりがない、そんないろんな思い出の後ろにはいつも私を支えてくれたたくさんの人の顔が思い浮かべられる。

外を眺めながら、「やったよ。よくやったよ。」そう、自分に言い聞かせた。

そんな中、フッとノリをみると、ノリも遠くを眺めながら、何か思いに更けていた。

「あいつもがんばったんだろうなぁ。それに、かなりのプレッシャーを背負いながらここまできたんだろうなぁ。俺がもう少ししっかりしていれば、そのプレッシャーを少しでも和らげてやれたのに、、、、、ごめんなぁ。」

ノリの背中をみながら、そんなことを考えた。

ただ、そんないろんな思いを巡らす中、これだけは自分の中ではっきりした。

「確かに去年、大炎上してぼろぼろになった。その後、自分を追い詰め努力してきた。初めは東京でナイスピッチングをするためだった。でも、今は違う。今は東京で「投げる」ためじゃなく「勝つ」ためにやってきた。なぜなら、野球は一人ではできない。この1年の活動を通じて、そのことを心の底から感じることができた。俺は投げるために東京に来たんじゃない。「勝つ」ためにきたんだ。」

その気持ちははっきりと確認できた。


駅に着き、タクシーに分乗してグラウンドに向かう。グラウンドに着くとやはり何ともいえない嫌な記憶しか思い浮かばなく、やはり逃げ出したい衝動に駆られた。

グラウンドに少し早く着きすぎた。アップをするには十分過ぎる時間があった。

ストレッチから、キャッチボール、トスバッティングなど次々とメニューをこなしていく。

隣のグラウンドでは、先日交流試合をしたK大学が戦っていた。みるところによると結構打たれているように見えるが、大丈夫だろうか?

そんなことをしているうちに先の試合が終わった。いよいよだ。

ついにやってきた。まずは1勝。これは必須条件である。

期待と不安が、私の心の中で大きく渦巻いていた。

東京への出発当日がやってきた、、、が、今日は大阪へ出張である。仕事が終了後、自宅に帰り荷物を持って東京に行かなければならない。あぁ、時間がない。

そんなことを言っていられない、仕事を終え、そそくさと京都の自宅に向かう。

自転車で大急ぎで自宅に帰り、汗だくの体をさっとシャワーで洗い流す。

最寄り駅までバスで行こうと思っていたが、時間がないので妻に送ってもらうことにした。

快く引き受けてくれた。

自宅を出る直前、妻が子供に「お父さん、がんばれ!って言ってあげて。」と語りかけた。

子供たちは私に向かって「お父さん!がんばれぇ!」と大きな声でエールを送ってくれた。何よりも心強かった。

車に乗り込み最寄り駅に着いた。降りようとする私に妻は「がんばってきぃな。でも、ほどほどになぁ・・・・。」と声をかけてくれた。それ以上、なんと言葉をかければよいのか妻自身も迷っていたのかもしれない。妻の顔は何とも緊張した面持ちだった。

去年の落ち込みよう、そのあとの私の取り組みを最も近いところで、じっと静かに見守ってくれた。また時には誰にもいえない主将としての愚痴も聞いてくれたこともあった。

私はその言葉をしっかりと受け止め、まっすぐ妻の目を見て「おぅ。」とだけ言い、車から降りた。妻の精一杯の心遣いがたまらなくうれしく、愛おしかった。


京都駅に着くと、それぞれ集合していた。

中には家に帰る時間がなかったため、京都駅で一杯引っかけながら時間をつぶしていた者もあった。上機嫌だった。

しかし、みんなそれぞれ東京に何をしに行くのかと言うことがわかっていた。そう、「勝ち」に行くのだ。

新幹線の中では寝ている者、しゃべっている者、本を読んでいる者、それぞれ自由な時間を過ごした。

東京に着いて築地にある定宿にタクシーで向かう。到着すると正門の前で私たちを出迎えてくれる人があった。

それは静岡のいつも交流してくれるチームIの方だった。

転勤で、現在東京におられるのだ、わざわざ激励に訪れてくださった。誠に申し訳ない。

その後、各部屋に入った。私は、ナベさんとハマ・チンパンの4人部屋だった。

明日の試合に備え、早めの床につくことにした。

しかし、、、、、、ナベさんのいびきが予想以上にすごかった。言葉では表せないくらいである。

次の日、目を覚ますとハマとチンパンがぐったりしている。理由を聞くとナベさんのいびきで寝られなかったらしい。ハマなどは1時間しかねていないという。なんと言葉をかければよいのか・・・・・。

私は出張の疲れのせいか、何度か目が覚めたもののそんなにひどくはなかった。ご愁傷さまである。

時間がないので、さっさと起き、みんなで築地市場でご飯を食べにいった。

集合時間の8時15分になった。心は一つ。いざっ!戦いの舞台へ!

いよいよ、おっさん達の甲子園が幕を開けた!

次の日から、朝のメニューにシャドーピッチングを取り入れた。

タオルを持って20分(5km)ほど走り、そのまま芝生公園の溝の木蓋の上に立つ、タオルが汗で濡れてちょうどいい重さになっている。そのタオルを振りかざすのだ。

しかし、むやみやたらにやってもだめである。

ここで私はまっすぐ、かつ長くのびた溝の木蓋の上で練習する。なぜなら木蓋はまっすぐになっており、その先に捕手がいると想定して、その上でシャドーを行うことは足を捕手に向けてまっすぐに出していることになるからである。すなわち、体が開くと足は木蓋の上に乗らないことになる。

だからまずは木蓋をしっかり踏みながら投げ込むことを心がける。それに加えて、手を真上から出すように心がける。

この練習を毎朝10分ほど続ける。足は思いのほかまっすぐ出て、ほとんど木蓋から外れることなくしっかりと踏みつけている。やはり走り込みの成果は出ているのだろうか。

しかし腕を真上からだそうとすると、上半身がうなりを上げる。かなりしんどい。

こう考えると、いかにいつもなにも考えず投げていたかがわかる。

今更、こんな練習をしても東京に間に合うわけがないとはわかっていた。でも、何でもいいからやってやろうと、いや、やらざるを得ない自分がそこにいた。

次の日、案の定、肩は筋肉痛になっていた。何ともいえない痛みが走った。

「このおっさんめ・・・。」肉体的に弱っている自分を恨んだ、しかし気持ちは高校球児バリのテンションだ。

いよいよ東京出発を直前に控えた日、さらに私はみんなに次のようなメールを送った。

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職員野球部の皆様  主将です。

土曜日の全体練習はお疲れ様でした。暑かったですねぇ。。。。
ちょうど1年前に、来年も東京に行こうと決意を固め、練習メニューをたて、月2回のペースで取り組んできました。
本当にくつらくしんどい時期もあったかと思いますが、それらの活動を通じて、それぞれ何かを得、少しはレベルアップ出来たのではないかと思います。
私も主将として、できることは・・・と思いつつも、気がつけば口を出すだけの役立たず主将になっていました。(ごめんちん。)
その点に関しては、ゴリ・リョウタ・ニシモ・チンパン・ハマ・ヒデキ・ノリ・ナベさんの世話役の方々には、運営手続きのことから、時には相談事までお付き合い頂き、本当に助けて頂きました。
そして何より、東京に一緒に行くメンバーの皆さんにも、家族や彼女(彼氏)の冷たい視線を浴びながら、積極的に練習や試合に参加して下さったこと、心から感謝し、御礼申し上げます。
一人では何もできない、生かされて生きている自分を実感させて頂きました。

本当にごめんなさい。そしてありがとうございました。こんな主将ですが、もう少しお付き合い下さい。

さ、いよいよ東京へ出発の日が目の前に迫りました。
それぞれ、色んな思いを胸に、やれることはやってきたと思います。悔いのない戦いなど、そうそうありませんが、勝ちにこだわり、貪欲
に挑んでやりましょう!
そして今まで取り組んできた成果を東京の連中に見せつけてやろうじゃありませんか。
あのくそ熱い東京のグラウンドで大暴れしましょう!

ささっ!今度こそ、心の底から・・・・みなさんご唱和下さい。


「盛り上がって、まいりましょう!!!」


名ばかり主将でした。失礼します。(笑)

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これが今の素直な気持ちである。主将としてできることをしよう。この気持ちがどこまで届くかわからないが、今まで全員で汗だくになって取り組んできたことが無駄にならないように、精一杯のことはやりたかった。

「やることはやったよ。」もう一人の自分が、私を慰めるように言ってくれた。

いろいろあったけど無駄なことは一つもない。負けても悔いはないというのは嘘だが、それに近い気持ちになりたい。

いよいよ、おっさんたちの甲子園が幕を開けようとしていた。

どんなドラマが待ち受けているのか、期待と不安が渦巻く。いざっ!