8月2日。東京へあと3日後に出発する。

今日は最後の全体練習の日であり、朝8時から12時まで連携やバッティングの確認などを行う予定である。

グラウンドに向かう途中、昨日のザキの言葉や先日のヒデキの振る舞いを一つ一つ振り返った。

「俺、なに天狗になっとったんやろ、たいしたこともしてへんのに偉そうに監督のやり方に文句をつけて。第一、俺もあの監督と一緒に東京に行こうって誓こうたんちゃうんかいな。そやのに偉そうに。力があって、文句をいわさんだけの活躍しとんやったらまだしも、まともに1試合も投げられへん上に、チャンスに打つわけでもないし、バリバリ守備がうまいわけでもない。それやのになに偉そうにいうとんやろ。あぁ、情けない。。。」

そう思うと今までの自分に一刻も早く決別したかった。

また、考えれば考えるほど、今回は問題は私の外にあるのではない。私の中にあるように感じてきた。その私の内にある思いを少しでも払拭したい。そんな思いを胸にグラウンドに向かった。

グラウンドについて、円陣を組み、監督から「東京遠征は間近。今日はけがだけはせんように、しっかり練習しよう。」とのコメントがあった。

キャッチボールが始まる。グラウンドに広がり、それぞれ目的を持って取りかかった。その時、監督が私に声をかけた。

「もっと手を上から出すことを意識して取り組め。少々投げにくくても、上から、上から・・・・」身振り手振りを交えての指導だった。

今まで下半身を鍛えるのに必死だった。上半身については、最近ツジ課長からも指導を受けていた。

あまり意識したことがなかったが、監督から改めて指導をうけ、もっと意識しようと心がけた。

キャッチボールの後、フリーバッティングをおこなった。今日は所用があり、先に帰らねばならなかったので、ノリより先に投げさせてもらった。

その際にも監督から大きな声で「上から投げる意識をせぃ!」との言葉が飛ぶ。

それに応えようと必死に意識すればするほどうまくいかない。悔しいけれど思うように投げられない。

フリーバッティング終了後、自ら監督にアドバイスをもらいにいった。

監督も身振り手振りを交え、細かく教えてくれた。その最後に、

「ノリ1人では勝てへん。お前もしっかり投げんと東京は勝ち抜けへんのや。その覚悟を持って取り組め!」

との、コメントをもらった。

「はいっ!」

心の底から言葉が出てきた。やるしかない。どこまでできるかわからないけど、やれることはやってやる。

改めて自分自身に東京への気持ちを確認した。「なにがあっても勝ちたい。」その言葉がすんなり出てきた。

前に前に!あと少し、思いっきりできることをやってやる。そこには今までの腐った自分はいなかった。

東京遠征まであと3日。監督とここにいるメンバーとともに燃え尽きてやる。

自分の心は決まった。

今日は8月1日である。いよいよ8月に入り、夏本番モードを迎えた。

そこで私の部署で「前期お疲れさん会」をしようということでみんなで晩飯を食べに行った。

1次会は何とも不思議な店であり、最後には超特大のパフェが登場し、女性職員は大喜びでがっついていた。

1次会が終わり、宴は2次会へと進んだ、2次会のSHOT BARにつくとみたことのある連中がいる・・・・。

おおっと、ゴリではないか。どうも学長室の連中も打ち上げをしていたようだった。

今度は、その連中もあわせ、みんなで一緒に盛り上がった。

宴も終わり、私はいつもの飲み仲間(ザキとゴリ)でタクシーに乗った。

ザキは私の一つ下の後輩で、こんな私をよく慕ってくれ、奉職以来、永いつきあいをしてくれている。

飲みに行くといつも仲良く馬鹿話をしたり、仕事の話で議論をぶつけたりしている。ただ、時には喧嘩になり、私はザキを勢い余ってタクシーから蹴り落としたこともある。

ザキは、何かあるごとにこの話をするが、あまり私は覚えていない。酔ったときはお互い様だ。(笑)

そんな彼は野球はしないが、職員野球やヤンチャーズの活動に常に助言や意見をくれ、その一言で私はいつも救われている。

今回も救われた。と、いうのも帰りのタクシーの中、ザキが私にこういった。

「キャップ、ブログ読んでますよ。何テンション下がってるんですか。キャップがテンション下がったら、みんなテンション下がるじゃないですか!それにキャップたちが選んだ監督でしょうが、ほんなら信じてついていかなあかんでしょ!もっとちゃんとやってください!」

半分説教だった。さらに、

「いろいろ思うことはあるかと思います。でもキャップ以外に誰が東京に連れて行って、チームをまとめるんですか?ここまでやってきたのにすべてを水の泡にしてしまうんですか?しっかりしてくださいよ!ほんと!」

ザキの意見は正しい。そもそも私たちが選んだ監督だ。もっと信じてついて行かなければならない。それに自分で勝手に悩んで、テンション下げて・・・・。なんか、自分が本当に情けなくなってきた。

「そうやな・・・そうや。俺、何しとんのやろ・・・・。」また、後輩の一言で救われた感じがした。

やはり俺は俺、鈍くさくても、不細工でも、前に前に全力で進んでいくのが俺じゃないのか。

少なからず、その背中についてきてくれている連中もいるだろう。くよくよ、うじうじいっている場合じゃない。

もう一度、もう一度、前の自分に戻って、悔しい気持ち、苦しい気持ちに正面から立ち向かってやろう。

家に帰り、眠りにつこうとした時、今までのいろんな思い出がよみがえった。

俺のできること、、、それは、なにか。

ただただ、「熱く前に進む姿」を後輩に見せること、メンバーに見せること。

それしかできないし、そしてこれは、今まで一生懸命取り組んできた俺しかできないことかも・・・・・。

そう思った瞬間、心の中でもつれていた糸が、さっとほどけたような気がした。

ヒデキもこのことが言いたかったのかな。。。。。。

「前へ、前へ・・・・・か。ありがとう、がんばるわ。」心の中でまた熱い何かがこみ上げてきた。

試合の後、懇親会場に移動した。会場は我が大学の近くにあるスーパー銭湯である。

湯船につかり、ゆっくりと汗を流す。

サウナに入ってすっきりしたかったが、なんか指先がしびれているので今日は我慢することにした。

熱中症が怖い。。。。

入浴前、体重計に乗った。体重は69kgにまで落ちていた。

「ちょっと落ち過ぎやろ・・・・。」ボソッとささやいてしまった。

去年の秋頃までは81kgあったので、約10ヶ月で12kg落ちたことになる。これでは体が持たない。

でも、食事の量は昨年同様か、むしろ増えているとも感じる。なのにやせているのはなぜか・・・・・、そう、それ以上に体を動かしているのだ。

それにしても、絞りすぎの影響もあってか、体の疲れはとれることなく、むしろたまっていく。

悪循環ではないか。。。。。

水風呂につかるとじわじわっと疲れがとれていくのを感じた。気持ちいい、心も体も洗われていく。

生き返っていく自分の体を感じた。

入浴後、懇親会が始まった。

みんな今日の試合のこと、東京遠征のこと、今までの練習のことなど、様々な話が飛び交い、会場は野球談義で大いに盛り上がった。

特にK大学と決勝戦で対戦したいと、そんな思いを語り合った。

そんな楽しいひとときは、あっという間に過ぎていき、終宴の時間となった。

懇親会終了後、再度風呂に入って帰ることにした。

入浴中、ツル課長、ハマ、ゴリたちと今日の試合を振り返る。

ここで私の思いをみんなに伝えた。一同に私の意見に賛同してくれた。

特にニシモが先発を外れたことは、同じ思いだった。

選手の起用については文句を言うつもりはないし、信頼して従う。ただ、主将として9年もの間、ヤンチャーズでも苦楽をともにしてきた後輩の野球に対する気持ちの火を消すようなことはさせたくないと思っていいる。

そして、ここまでくるのに必死で取り組んできた思いは強い。そのため、まずは選手の気持ちを大事にしていきたいと常に思っている。

主将としてできること。。。。後輩たちを守り、盛り上げ、そしてともに泣き、笑い、肩を組み、語り合うこと。

「俺は主将だ。チームをまとめ盛り上げていかねば。。。。」

東京遠征を直前に控え、改めて自分に言い聞かせた。

結局この3回に7点とられてしまった。もう、笑うしかない。

さて4回の我々の攻撃は、私から始まった。

もう、投げるのがダメなら打つ方で何とか貢献したい。そう思い、必死で食らいついていった。

その結果、二塁手の失策を招き、何とか出塁できた。

その後、マツさんの左翼前への安打やニシモの目の覚めるような中堅前への安打、極めつけはツバキの見事な三塁打などが続き、この回5点とり、同点とした。

なんか、1年前の東京遠征の試合に似てない?そう感じたのは私だけだろうか?

とにかく振り出しに戻った。

その裏の我々の守備。本日、初参加のセンセイがマウンドに上がることとなった。

私としては「やっと休める。」とそう思い、ホッとした。


がっ!


そうは甘くなかった、監督から「お前遊撃につけ。」との指示があった。

私は耳を疑い、「嫌だ。」とアピールした。

しかし監督は「お前、主将やろ。最後まで試合に出ろ。」そういい、断固として私をベンチにつかせようとはしなかった。

まぁ、わかった。でも・・・・でもね、遊撃はないじゃろ?東京で俺が遊撃を守ることはまずないじゃろ?

いったい監督は、今日の試合のポイントをどこに置いているのか?東京遠征を想定してやるんじゃなかったのか?

まったくわからなくなり、ますます監督を理解できない。しょうがない、あきらめに近い気持ちで遊撃についた。

一方、投手デビューのセンセイは、肩を壊されたということもあるが、制球はノリに近いものがあると感じる。

しかしノリと大きく違うところは、球威である。

スピードがないが、非常にまとまったコントロールゆえ、ほとんどの打者がミートしてくる。中堅、左翼に安打を放たれ、同時に三塁に強襲の当たりを打たれるなど、ピリッとはいかなかった。

結局、2点を取られ、この試合結局7-9で負けてしまった。


試合終了後、円陣を組み、監督からコメントがあった。

「まずはご苦労さんでした。とりあえず怪我がなく、無事に終えられたことが良かった。ま、試合内容は我がチームの負けパターンの試合やったな。ランナーをためて、そこに失策や安打が絡み大量失点。やっぱりランナーをためるのはあかん。特に四球はあかん。ま、とにかくご苦労さん。東京ではがんばろう。」

また、言われてしまった。でも今回は反論の言葉はない。私が悪い。

ま、これで東京で投げろとは言わないだろう。。。。そんなあきらめが色濃くなってきていた。

試合が始まった。我々は先攻である。

先頭のニシモが失策を誘い、2番のマツゲンが四球で出塁、しかし、その後バッテリーエラーが続き、無安打で1点いただいた。

その裏の我々の守備。開き直って私は第1球を投じた。その初球を引っかけ、三塁ゴロに、その後も何とか打ち取り、この回0点で抑えた。まずまずの立ち上がりである。

2回も両チームとも特に大きな山場もなく、あっさり0点で終わった。

迎える3回の我々の攻撃。先頭9番のヨッシーが簡単に倒れるが、1番ニシモが四球、2番マツゲンが左翼線に安打、3番ボス部長が中堅に安打を放ち、この回1点いただき、2-0となった。

その裏の守備。ここまで何とか0点に抑え、無難に投げている。

先頭1番が初球を打ち中堅にフライを放った。「よしっ!」そう思った瞬間、球はマツゲンのグラブからこぼれた。

ここから悪夢が始まる。

「やばいなぁ。。。なんか、嫌な感じがするよなぁ・・・・。」その思いは的中した。

そもそもマウンド上でこんなことを考えることが間違っている。でも、マウンド上でこんなことを思ったの久しぶりだなぁ。。。。いままで、ちょっと調子が良すぎたのかな?

そんなことを考えて投げるからだ、続く2番・3番に連続四球を与えてしまい、無視満塁としてしまった。

次の4番を遊撃ゴロに打ち取った。「よしっ、助かった。」そう思ったのもつかの間、遊撃手は名手ヒデキではない。つきあいで今日ひっさしぶりに参加したヨッシーであった。

イージーなゴロであったが、久しぶりということもあり、球が手につかない、何とか球を納め、すぐに本塁に投げるが間に合わない・・・・・1点与えてしまった。

ここで私の弱さが出てしまう。5番に対して何とかストライクをと思う気持ちが強すぎて、手が伸びきらず、そのまま球は打者の足に直撃し、死球となってしまった。

6番に対しては、ストライクを取るため球を置きに行ってしまい、中堅前に安打を打たれ、7番は遊撃フライに何とか打ち取ったが、何度も言うようであるが、遊撃手は名手ヒデキではない。

むなしくもバンザイで後逸し、さらに1点とられてしまった。

その後はもう自分でも詳しく覚えていない、気がつくと3者連続四球を出し、ボロボロになりながら必死で投げ続けた。

かなりの投球数であろう。久しぶりの大炎上である。

暑い日に、こんなに燃え上がってしまい。もう、手がつけられなかった。

東京遠征を9日後に控えたこの時期に、私は自分の手で、自分を振り出しに戻してしまった。

いったい今までの努力は何だったのか。悔やんでも悔やみきれない。

ガラスでできた私のノミの心臓は音を立てて崩れ落ちていく。

ひょっとして笑ってたのも俺なのかな?そうだったら、もう、何をしてもダメだな。。。。。

円陣を崩す時、本来なら声をかけて気合いを入れるのだが、私はあえてしなかった。と、言うよりやる気が失せていた。

これは、主将としては最悪の行為である。私の一時的な感情でチームを乱してしまう。本当にいけないことである。その後、深く反省した。

しかし、その直後、勝利の女神がほほえんだ、先頭1番のヒデキが倒れたものの2番のナベさんが、右翼線に見事な2塁打を放った。

ここでナベさんの技がでた。3塁に盗塁したのだ。それを見た捕手が投球を焦り悪送球となり、そのままナベさんが本塁に帰ってきた。同点だ。

5回。ノリの調子は鰻登りである。そうそう打たれない。簡単に3者凡退に打ち取った。ただ、その裏の我々もあっさり0点で終わってしまった。

6回もノリは完璧なピッチングで3者凡退で終了した。

その裏の攻撃。先頭1番のヒデキが中堅前に安打を放ち、2番ナベさんが四球を選び、無死1・2塁となった。

3番リョウタに期待が集まるが、惜しくも1塁ゴロとなってしまった。

続く打者は4番のノリ。ここで打たなきゃ4番じゃない!とばかりに初球を思い切りたたいた。

打球はジャストミートで中堅の頭を遙かに超える本塁打を放った。

勝ち越し3ラン本塁打である。

さすが、頼れる4番である。悔しいが、こいつにはかないそうにない。

最終回もノリの投球は冴え渡り、3者凡退できっちり終了した。

よしっ!まずは1勝である。


試合終了後、円陣を組み、監督からコメントがあった。

「まずは1勝。よく頑張った。勝ったんだから東京でもぜひ勝とうじゃないか。ご苦労さん。」

その後、私に向かって「次の試合は、お前とゴリのバッテリーでいくぞ。」と、そう言われた。

・・・・・わからない・・・・・・、数日前にゴリを捕手のポジションからはずそうとした人が、なぜ東京遠征を想定したこの試合で、私とゴリのバッテリーを使うのか?

以前の監督のポジションの報告なら、ゴリは右翼手で使うべきじゃないのか?果たして東京で私とゴリのバッテリーが実現するのか?何とも監督の考えていることは理解できなかった。

そもそも、ゴリの捕手外しが原因で私のテンションは下がったというのに、こんなことなら最初から捕手として、ゴリをエントリーして欲しかった。そうであれば、何の疑問も抱くことなく、今頃バリバリテンションで挑めたのに。

また、今日のこの試合には、今まで試合や練習に来たことのない選手も、K大学との交流試合と言うことでたくさんこられていた。

それはそれで非常にうれしいのだが、、、、監督はそれらの方をスタメンで使おうとしておられた。

そのうちの1人の部長に「お前もでるんやろ?」と聞いていた。その部長は「DHでええわ。」と遠慮され、そうおっしゃった。

それなのに、監督は守備でも起用し、東京では絶対あり得ないスタメンでの試合を始めた。

9人のうち、レギュラー格は、ハマ・ニシモ・ゴリの3人だけである。

今日は東京に向けての試合ではないのか?

ま、俺の登板自体もあるかどうかわからないが、何とも私としては理解しにくい選手起用であった。

そんなことを考え、腐りそうになる自分を必死で押さえている私は、トボトボとマウンドに向かっていた。

試合が始まった。我々は後攻である。

1回のK大学の攻撃。立ち上がりのノリは制球が定まらない。ノリにしては珍しい。

先頭を三塁ゴロにしとめたものの、その後2者に続けて四球を与えてしまう。しかし、ここはさすがのノリである。

制球が定まらない割に何とか試合をつくり、その後、2者を連続三振にしとめた。

その裏の我々の攻撃。見事なまでにあっさりと3者凡退で終わってしまった。

2回のノリは先頭を四球で出塁させるもののそのあとしっかりふんばり、0点で抑えた。

が、我々も3者凡退で、うち2人が三振であった。相手投手は横手投げで、何ともコントロール抜群の投手である。なかなか打てそうにない。

3回のK大学の攻撃。先頭1番を三振に打ち取ったものの、2番に中堅前に安打。3番に四球を与え、4番を一塁フライに打ち取ったが、5番に四球を与えて満塁となってしまった。

ノリにしては、これほど四球を出すのは本当に珍しい。私の病気がうつってしまったのか?(笑)

迎える6番に対し2S2Bからの5球目。ボテボテの投手ゴロになった。すかさずノリが球を捕り、本塁で刺そうとしたが、どうもリョウタは1塁で刺そうと考えていたらしい。

息が合わず、その影響か、ノリがファンブルし、走者を生還させてしまった。何とも悔しい失点である。

そのあとはしっかり三振に抑え、この回最少失点で終了した。

その裏の我々の攻撃は、私からであった。

連続してボールが3球続き、0S3Bとなった。

「粘らなければならない。」そう思い、心持ちバットを短くもって、構えた。

4球目はストライク。続く5球目は内角に鋭く入ってくるストレートであった。打ちにいったがバットに当たらず空振りとなってしまった。

フルカウントとなった6球目。今度も内角高めに早いストレートが食い込んできた。何とか当てようとしたがバットは空を切り、空振り三振になってしまった。横手投げから内角に食い込んでくる球は打ちにくい。

それにしても悔しい・・・・・・。

その後、チンパンも三振。センセイも投手ゴロであっさり終了した。

3回を終わり、打者9人のうち、4人を三振に取られている。簡単に攻略できそうにない。

果たして、一矢報えるのか。

4回表、ノリの調子が上がってきた。2死から安打を打たれたが、その後しっかり抑え、0点で終了した。

その裏の攻撃。いきなり監督が選手を集め、円陣を組んだ。

監督は、じっと選手を見つめ「お前ら、やる気あるんか?内野の守備なんかバラバラや、がんばっとんのはピッチャーだけや。攻撃の時でも間単に打ちにいって、もっと頭使って野球せい。0S3Bから簡単にストライク3つとられるやつもおるし、バットを短くもつとかして、もっと考えて野球せい。三振してもニヤニヤわろとるし、こんなんで東京いっても意味ないぞ。もっと1球1球大事にせい!」とのコメントを言われた。

俺のことか・・・・自分なりに塁に出ようといろいろと考えたつもりであるが・・・・・・。

本当に腐りそうになっている自分にふっと気がついた。

だめだ、だめだ。自分に必死で言い聞かせる俺がいた。

東京まであと10日。

今日は今年の3月に対戦したK大学との交流戦である。

天気は異様なくらい暑い。それも試合開始は13時から、そしてダブルヘッダー。

野球キチガイしか、こんな日に野球なんかしない。

そして今日の野球場はリニューアルした我が大学の球場である。

内野の土は甲子園球場。外野の人工芝は神宮球場。本当に聖地の塊のような野球場である。こんなところで野球ができる私は幸運だ。

また、今日は懇親会があり、お酒を飲むので、車ではいけない。

バスに乗って最寄り駅に行き、そこから電車に乗り換えて球場に向かった。

到着すると、ほとんどのメンバーが来ていた。

とりあえず主将としてK大学の方々に挨拶をして、ユニフォームに着替えた。

いよいよ試合開始である。

試合前、円陣を組み、監督から、今日は東京遠征を想定して戦うから、時間や回数も東京遠征のルールに基づいて行うとのコメントがあり、その後スタメンが発表された。

------------

1.ヒデキ(6)

2.ナベさん(4)

3.リョウタ(2)

4.ノリ(1)

5.ツバキ(3)

6.ハマ(5)

7.キャップ(9)

8.チンパン(8)

9.センセイ(7)

------------

なぜ?またまた疑問がわいた。

9番のセンセイは、我が大学の教員で大学まで野球をやられていたらしい、そして今日は、試しにお越しいただいたのだ。

けど、今まで左翼手はニシモであり、ニシモもそのつもりで練習に必死に取り組んできたんじゃ・・・・。

確かにセンセイの実力は気になるが、何もこの大事な試合のスタメンなんて。。。。。これって、ニシモの気持ちはどうなの・・・・・・?そう、思ったがなんかもう腹を立てるのにも疲れた。

私は、右翼でスタメンだった。

それにしても、もしかして1試合目で外野守って、2試合目でピッチャーすんの?それもこの暑さで!?

監督は、どうも私を殺す気のようである。

特に右翼は投手の牽制や野手の送球に対しても常にカバーに回らなければならない。

たいしたことではないかもしれないが、これが重なると結構つらいのだ。

暑さ対策と下半身強化には努めてきたが、38歳ともなると結構きついものを感じる。

でもそんなことは言ってられない。東京はもう目の前に迫っている。

一抹の不安を抱きながら、とにかく必死で戦うことに集中した。

試合の翌日、自分でも疲れ切っていると感じた。

できれば野球をスパっと辞めて、ゆっくりしたいと心から思った。

今日は東京遠征の2週間前であるが、どうしようもなく疲れ切っている状況だとヒシヒシと感じた。

この疲れは尋常ではない。そしてその原因は体ではなく、心が疲れ切っているのだ。

最近では子供とキャッチボールをする気にさえならない。

本当に重傷であり、徐々に心が野球から離れていっているように感じてならない。

淡々と試合を消化し、勝とうが負けようが他人事のように感じる自分を感じたとき、一気に年老いた気がすると同時に自分に対して何ともいえない嫌悪感を感じた。

「あと2週間の辛抱だ。その後はゆっくりとゆったりと、何にも束縛されることなく、野球を楽しもう。なんか、もう懲り懲りだ。また、きっと新たな気持ちになって楽しい野球ができるさ。」今は、そう信じて突っ走るのみである。


そんなとき、ふっと自分に問いかけた。

「おいおい、お前、疲れた疲れたって言ってるけど、それってお前が弱いだけちゃうんか?」

心の中で自問自答していた。

しかし、その質問に答えようとする自分がそこにおらず、というより、応えられる自分を探したが見つからなかった。今の自分はその質問に答えようとすらせず、質問を無視し続けるのであった。

それにしても、あと2週間、もつだろうか?

これほどまでにモチベーションがさがり、主将と言うだけで必死に自分を奮い立たせようと努力している自分を感じるのは、昨年の東京遠征の頃以来ではなかろうか。

本来なら、今の時期であると、東京での勝利に向けて大いに盛り上がり、そして盛り上げなければならないのに・・・・。

練習試合も残すところ、今月末のK大学のみとなった。

この試合が終われば、調整のための休日練習だけで、後は東京遠征本番のみである。

その晩、風呂に入る前、珍しく体重計に乗ってみた。


 ◆体重:71.8kg 体脂肪率:16.2%


昨年の今頃は、体重が81kgで体脂肪が21%くらいだったと思う。差は体重では約9kg、体脂肪では約5%も落とした。

「よくここまで、体を絞ったよなぁ。」数値を眺めながらしみじみ思ったと同時に「もう疲れたよ・・・・。」と、心の底からジワッとこんな言葉がこみ上げてきた。

疲れた体を引きずりながら、ゆっくりと湯船に浸る。

風呂場においてある防水ラジオ(いつもこれでナイターを聞いている。)から、ミスチルの「Tomorrow Never Knows」が流れてきた。

じっと聞きいっていると涙が出そうになり、頭から湯船につかった。

弱い自分を優しい温かさが強く包み込んでくれるのを感じた。

球は外角へまっすぐ進んでいった。

「悪くない。」そう思ったが、打者は球に食らいつき、バットの芯に当てるだけのバッティングだった。

しかし打球は無惨にも中堅前に飛んでいった。バットに勢いはなかったものの、芯にあたっているため思いのほか飛んでいった。

軽い楕円形を描きながら二塁手の頭を越え、タイムリーとなってしまった。

くやしい。。。。でも、そんなことを言っていても仕方がない。前に前に、ひたすらミットをめがけて投げ込むしかない。

その裏の我がチームの攻撃。ヒデキとゴリが四球を選んで出塁し、私の内野安打などもからんで1死満塁のチャンスを迎えた。

続く打者はハマ。絶好のチャンスであったが1S3Bからの5球目をたたいたものの1塁フライトなり、次の打者のツバキは粘りに粘って、フルカウントからの7球目を打ちにいったが、残念ながら三振となってしまった。

ここで1点も取れないのは非常に良くない。

時間の関係で4回を最終回とした。

その私たちの守備。8番打者にいきなり左翼線に安打を打たれた。すかさず盗塁を決められ、ピンチは拡大。

次の打者を右翼フライに打ち取ったが、さらに3塁に盗塁を決められてしまった。

ここは踏ん張らなければ、そう開き直り、ただただミットをめがけて投球した。

その2球目、ゴリは内角をかまえていた。私は気持ち意識をして球を投じた。

しかし、球は内角どころか外角低めに進んでいく、まさに逆球だ。

とっさにゴリはミットを動かすが、対応しきれず、ミットの縁に当てて後逸してしまった。

それを見た3塁走者が一気につっこむ。またしてもやってしまった。

その後四球を出すも後続を押さえたが、何とも後味の悪い失点である。

その裏の我々の攻撃も走者を出すもののここ1本がでず、結局4-1で負けてしまった。


試合後、ツジ課長からは2試合とももったいない点のやり方で負けてしまったとのコメントがあった。

確かにそうだ、特に2試合目などはバッテリーミスで2点も与えている。

本当に良くない。

ただ・・・・ただである。

あまり悔しくはないし、以前ほどがんばって直していこうとも思わなかった。

なぜか淡々と目の前にある試合を消化することに取り組んでいるようだった。

完全にふぬけの人間である。目的も、やる気も、今の私にはすべて無くなっていた。

悲しいと言うより、寂しかった。

東京遠征に向けて全力で突っ走っていた頃が遠い昔のように感じた。