久しぶりの実戦マウンドであるが、全然緊張しない。

そして全然プレッシャーを感じないし、今までの自分ではないような気がする。

たぶん自分の中で何かが吹っ切れたのだろう。

「別に炎上してもええわ。」と、そんな気持ちが先行しているのかもしれない。

試合が始まった。私たちは後攻である。

先頭打者に対し、私は第1球を投げ込んだ。初球は死球ではなく、ファールであった。(笑)

ただ、今までのマウンドとは異なり、異様なくらい落ち着いていた。

次々と投げ込む。悪くはない。

最後は高めにストレートを投げ込むと、打者は空振りとなった。

次は2塁ゴロ。なんなく2死とした。

しかし次の打者に左翼線に2塁打を打たれ、盗塁され2死3塁となった

気がつけば、ピンチである。

その直後、私の投げた球がショートバウンドとなり、ゴリがとりきれなく、あっさり1点を与えてしまった。

何とも情けないとられ方である。

その後は何とか抑え、初回は1点で終えることができた。

その裏の我々の攻撃。相変わらずの貧打であっさりと終わってしまった。

次の回も無難にこなし、0点で終えることができた。その裏、先頭5番のハマが四球で出塁、6番ツバキは倒れたものの、7番ニシモが思い切ったスイングで中堅越えの3塁打を放ち同点とした。最近、ニシモは非常に思い切りが良く、乗っている。

その裏の守り。先頭を遊撃ゴロに打ち取ったが、名手ヒデキが失策してしまう。珍しいこともあるが、ここから傷口が広がってしまう。やはり四死球と失策は良くない。

すかさず盗塁を決められ、ここで嫌な連鎖があり、続く2番でも右翼手のマツゲンが失策をしてしまった。無死1・3塁となってしまった。

その後、3番打者を三塁ゴロに打ち取った。素早くハマが本塁に送球し、タッチアウト。

なかなか見事なプレーだった。

4番を中堅フライに打ち取り、2死までこじつけた。よし、押さえてやる。

そう思い、投げ込んだ2球目。打者はきっちりミートしてきて強い打球が二遊間へ。名手ヒデキがグローブを出し、捕球したが、ファンブルしてしまい、満塁となりピンチが広がってしまった。

気持ちを切り替え、手を振ることを意識し、右足を踏ん張ることに集中した。

次の打者を迎えた3球目。ゴリのストレートのサインに大きくうなずき、ミットめがけて思い切り投げ込んだ。

回はそのまま進み、気がつけば6回まで進んでいた。

その6回表の我々の攻撃。

先頭1番のヒデキがファールフライで打ち取られ、簡単に1死となってしまった。

しかし2番のナベさんが中堅オーバーの見事な2塁打を放ち、この試合、初めて好機を迎えた。

3番リョウタに期待がかかるが、惜しくも空振りの三振となる。

2死2塁。ここで4番のノリが打席に入る。

「打ってくれ!」そう願う私たちの思いが届いたのか、2球目をジャストミートし左翼線に見事なタイムリーを放った。

何とか1点とった!私たちのベンチは、この試合1番の盛り上がりを見せた。

続く5番のハマにも期待がかかるが、ここは残念にもファールフライに終わってしまった。

最近、ハマの当たりを見ていない。ハマ自身もスランプだと悩んでいた。

東京遠征までもう時間がない、それぞれ焦りとプレッシャーの中で、気持ちが空回りしているのかもしれない。

6回の裏もノリは安定した投球を見せ、0点に抑えた。

最終回の攻撃。先頭のツバキが四球を選んで出塁した。

まだまだ負けるわけにはいかない。続く打者は7番のニシモ。今日は右翼線に強い当たりの安打を放っている。

しかし、その3球目、引っかけてしまい二塁フライになり、1死1塁となってしまった。

ここで迎える打者はルーキーのアッシー。

顔つきが違う、集中している。そう感じた。

そのとおり、初球を迷うことなく振り抜いた。見事にジャストミート!打球はセンター方向へ強いライナーとなる。

打った瞬間、みんな声を出した!


しかし・・・・


その強い打球を投手が手を伸ばし、見事にキャッチした。1塁を見ると走者のツバキは飛び出していた。

万事休すだ。

投手がゆっくりと一塁に送球し、併殺となってしまい、そのままゲームセットとなってしまった。

終わりはあっけないものだ。

振り返ると、初回の1点はやむを得ないとして、そのあとの3点はやらなくて良い点であった。

反省点の多く残る試合である。

さて、次は私の番である。少しでもノリに近づける投球をしたいと願うのであった。

今日は本学の学生チームとの練習試合である。

試合を行う野球場の近くで大きなイベントがあり、非常に多くの人が集まっていたし、駐車場が満車になったら困ると言うことで、皆早めに集合していた。

さて、本日の試合、急遽監督が所用のため、こられなくなった。

監督代行はツジ課長である。

2試合できるだろうと言うことで、1回戦のバッテリーはノリとリョウタで行くこととなり、私は左翼でスタメンである。

我々は先攻であり、立ち上がりを責め立てたかったが、あっさり4人で終わってしまった。

その裏の我々の守備。先発のノリが捕まってしまった。

先頭に3塁打を打たれ、そのあと2者連続で安打を打たれて1点とられた後、四球で無視満塁のピンチとなってしまった。

しかし、ここはさすがノリ。その後、しっかり立て直し、2者連続三振で2死とした後、続く打者を二塁ゴロに打ち取り、最少失点で切り抜けた。

さすがである。左翼から見ていても安心してみていられる。これが私との大きな違いなのか。

その後、我々も相手投手に完璧に押さえ込まれ、0がならぶ結果となった。一方のノリも安定した投球が続く。

1-0のまま迎えた4回裏。先頭4番を遊撃ゴロに打ち取ったものの失策が絡み先頭打者を出してしまった。

悪い連鎖は続くもので、そのあとも右翼フライをゴリが失策し、その後の打者を打ち取ったものの1死2・3塁のピンチは続いた。

そして迎える7番打者に、中堅の頭を越える本塁打を打たれてしまい、一気に3点入り4-0となってしまった。

やはり失策から始まってしまう。やらなくても良い点をやっている。

東京は今日よりもっと暑いだろうし、かつプレッシャーや緊張で状況も異なるはずだ。こんなことでは勝てない。外野から、そんなことを考えていた。

そんな中でもノリはしっかりと丁寧に投げ続けていた。

まったくすごい男である。

一方の私たちは、全く打てる気配がない。

回を経る毎に相手投手も制球が定まり、コーナーをきっちりついてくる。

全く良いところがないまま、試合は容赦なく進んでいく。

こんなことでは、、、、、、気持ちばかりが焦るのであった。

あの日以来、私の心の中で一気にモチベーションが下がっていくのを感じていた。

どうしようもないくらいの勢いだった。

空いた時間があれば、野球のこと、それも東京遠征のことばかり考えていたが、最近はそうではない。

みんなが盛り上がっているので、そこに水を差さないようにすることだけを考えていた。

ここに来て、こんな状態になるとは。。。今までがんばって、一生懸命やってきたのに、あっさり監督に裏切られた。そんな思いであった。

「そんなに怒らなくても、適当に流しとりゃいいじゃん。」と、自分に言い聞かせるのだが、なぜか今回はしつこいくらいに怒りがおさまらない。

そんなある日、職員の懇親会があり、みんなでビアガーデンに行った。

ほろ酔いで帰る途中、ヒデキが私にこういった。

「キャップはアマアマですね。全然ダメダメ。アマアマですわ・・・・・。」

ヒデキには、今回の件での私の思いをちょっとばかり漏らしていた。

「何がアマアマやねん!」私が聞き返す。

「ここで言っても十分説明できませんし、今日はやめときますわ。」

そういって、ヒデキは話をごまかした。私もそれ以上は聞く気にはならなかった。

聞いたところでどうしようとも思わなかった。それほど自分のテンションは下がっていた。

家に着いてから、何ともやるせなかった。悔しい思いが一気にこみ上げてきた。

「別に俺の気持ちをわかってもらおうなんて思っちゃいない。俺は俺。それでいい。どう思われようとかまわない。東京でどんなピッチングしようが俺の責任じゃない。こんな俺を使う監督の責任だ。知ったこっちゃない。もう、どうでもいい・・・。」

なぜかそんな思いがスッと出てきたと同時に、わたしの中で


「プツン・・・・」


という音がした。

わたしの中で完全に何かが切れたような感じがした。

ただ、私個人の思いだけで東京遠征を楽しみにしているメンバーのテンションまで下げてはならない。

そこはキャプテンとして、しっかり取り組まなければならない。

普段とは違う自分がここにいた。何ともやるせない気持ちの中、静かに、そして深い眠りについていった。

練習にまったく身が入らない。

何のために一生懸命やってきたのか・・・・、何のためにみんなで一つの目的に向かってがんばってきたのか。

フッと時間があると考えてしまう。

今までのことがすべて消え去り、私の中で東京遠征というものが小さく、薄っぺらくなってしまった。

その日の全体練習は、身も心も入らないまま時間が過ぎていった。自分としては何かを忘れたいかのように、投げて投げて、暴れ回りたい衝動に駆られていた。

練習終了後、「もう少し変化球の練習をしたい。」とみんなに言ったが、ヒデキが、「この暑さだし、無理はしないでおきましょう。」と私を制した。

確かに異常な暑さだった。立っているだけで頭がボーッとする。

しかし、それを見た監督がまたニヤニヤ私の方を見ながら「ストライクもはいらんのに変化球の練習しても無駄やろ。」と、茶化した。もう、腹立たしささえもなくなっていた。

練習終了後、車に乗った私の心は、何とも言えないむなしさにおそわれ、正直、東京遠征が「もうどうでもいいや。」レベルにまで落ちていた。

しかし私は主将である。監督の意図を見極めない前に私の勝手な思いでチームを混乱させるわけにはいかない。

とにかくここは自分を繕い、何とか東京遠征は無事に終了させることに集中することにした。

ただ、最近の私の口癖が「ちっきしょう!負けてたまるか!」になっていた。

何とも言えず、何かを忘れたい一心のように感じる。

季節は梅雨が明け、いよいよ夏の本番を迎えていた。

朝の走り込みは続いているが、この暑さのためか、いっこうに疲れが取れない上、このようなことがあり、やけくそ気味に走っている。

悶々とした日々の中で、何かを必死で忘れようと、自分をいじめていたのかもしれない。

そのせいか、膝に何とも重い感じが残ってきた。全力で走ると膝の裏側に鈍痛があるのだ。

今までの私なら、焦りまくっていただろう。何たって東京遠征まで1ヶ月を切っているのだから。

でも、今の自分は違っていた。

「えぇやん。壊れたら・・・。どないでもええやん、東京なんか。」そう、考える自分になっていた。

これが良いのか、悪いのか。そう考えることすらできない。

自分って、こんな人間やったっけ?そう自分に問いかけても答えは闇の中だった。

いったい今までの自分はどこに行ったのだろうか?あの燃えに燃えまくっていた私はどこに行ったのだろうか?

今の自分には探す術(すべ)すら見つけることはできなかった。

全体練習当日、天候は良かった。しかし湿気もすごかった。

梅雨の合間と言うこともあって、何とも不快指数100%の休日だった。

私は寝不足のまま、準備をし、車に乗って練習場へと向かった。

その車の中でも、今回のポジション発表のことをずっと考えていた。

「監督は何であんなことをしたんだろう。。。」考えても答えは分からない、そして同時に何とも腹立たしい気持ちになるのであった。

グラウンドに着くと多くの選手がすでにキャッチボールを始めていた。

監督の姿は見えない。冗談だと思うが、監督は、「ワシは練習やったらいかへん。」とよく言っておられた。

もし、練習だから休むなんてことになれば、私は断じて許さない!と、そのような気持ちが大きくなっていった。

私もすぐにスパイクに履き替え、練習の輪の中に入っていった。

私のキャッチボールの相手はゴリがしてくれた。

それにしても蒸し暑い、サウナの中でキャッチボールをしているようなものである。すぐに体がぐっしょりとなり、汗がしたたり落ちてきた。

そうしているうちに、遠くからゆっくり歩いてくる人がいる・・・・・。監督だった。

「良かった。来てくださった。」なぜか安堵感がわいてきた。

キャッチボールを終え、次の練習に行く前、私は全員を呼び集め、監督の回りに円陣を組んだ。

監督からコメントがあった。

「いよいよ東京遠征が近づいた、怪我の無いよう、しっかり練習しよう!それからポジションも発表した、意識して取り組んで欲しい。」

その一言でコメントは終わり、それぞれが練習に行こうとしていた。

「すいません。。。」

私は無意識に監督に向かって声を発していた。

「なんや。」監督がこちらを向いて答える。

「なぜ、ゴリを捕手から外したんですか。」そう尋ねた。

「ゴリはまだまだキャッチングがなってないからや。」監督が言う。

「でもキャッチャーの練習はしてもいいですよね?キャッチャーとして、心構えは持っていてもいいですよね?もしリョウタに何かあってキャッチャーがいないときはゴリが出なきゃならないと思ってもいいですよね?だから、「いつでも行ってやるって。」ゴリは常に思ってても良いんですよね?」と、立て続けに私は言った。

監督は私をニヤニヤと見ながら「あたりまえや。。。。。」と、そう答えた。

その一言を聞いたとき、私は拍子抜けした。

なぜ?私が思っていることと同じことを思っているんだったら、なぜわざわざ、捕手のポジションから外す必要があるのか?

わからない・・・・・。なにか意図があるのか?それとも何も考えていなかったのか?

ゴリの気持ちを、私の気持ちを、みんなの気持ちを。。。。

この瞬間、私の中でローソクの火がフッと消えたのを感じた。

ポジション発表の日の夜、いつもの仲間の勉強会があった。

もちろんゴリも出席し、仕事に関わるテーマについて議論をしている。

勉強会が始まる前、ゴリが私にこういった。

「キャップ、何で私、ライトだけなんでしょう。。。。」

それを聞いた私は、必死で言葉を探した。

「うぅん・・・わからんなぁ・・・。お前にキャッチャーすんなっちゅうことかなぁ?わからんなぁ。。。」

と、そう答えるので必死だった。

勉強会が終わり、晩御飯を食べて帰ることになり、その場でも今回のことについていろいろ話した。

私の言い分はこうである。


試合において、だれをどのように使うかは監督の権限であり、そこについて私はなんら文句を言う気はない。

しかし東京遠征に向けて一緒に練習していこうという時に「お前は捕手の練習をせんでエエ」と勧告するに等しい行動をとることは、いかがなものか。

監督がどのように考えているのかわからないが、あの発表を見る限り、そのように受け取ってしまう。

私は、ゴリを「東京で捕手として使え。」と言っているのではない。ただ、捕手として取り組むチャンスをも奪ってしまうようなことはしないでほしいということである。

この件について、ゴリは気丈に笑っているが、かなりのショックだったに違いない。

同時に「もう、やめた。。。」となってしまうのではないだろうか。

私なら使う使わないは別として、「いつリョウタの代わりに捕手をしてもらわなければならないかもしれないから、練習だけはしとけ。」と、言う具合に投手・捕手ともに2人制をとる。


ここのところから考えても、今回の監督の行動は腑に落ちない。

選手の士気を落とし、選手個人をないがしろにしている行為のように感じてならない。

そんなことを考えていると帰宅してからもなかなか寝付けなかったのである。

正直、はらわたが煮えくりかえって、監督が憎くてたまらなかった。

明日は全体練習である。

天候も良いようで、かなり暑いと予想される。

早く寝ないといけないのに・・・・・、そう考える反面、ゴリの気持ちややりきれない私の気持ちが交錯し、なかなか眠りにつけない。

何とも蒸し暑い、嫌な夜であった。

東京遠征に向けて、いよいよラストスパートにさしかかってきた。

なので、ぼちぼちポジションを決定し、自分の守備位置を意識しながら練習していかなければならない。

ついては、監督にポジションを決めてもらうように依頼しに行った。

その際に、今、我がチームには投手と捕手がそれぞれ2人ずついる。

ついては、その者を中心に2つのポジションを掛け持ちしなければならない場合は、第1ポジションと第2ポジションに分けて検討して欲しい旨を伝えた。

忙しそうだったので、後ほど取りに来ると伝え、その場を後にした。

少しばかり経って、お昼休みにその用紙を取りに行く際、監督とすれ違った。

「デスクの上においとるから、持って行ってくれ。」そういわれたので監督のデスクから、ポジションが書いてある用紙をもらって帰った。

監督が決定されたポジションは以下のとおりである。

-----------------------

       第1  第2

キャップ---9----1

ハマ------5----5   

ナベさん --4----4 

ニシモ----7----7

リョウタ----2----2

ノリ-------1----6

ツバキ----3----3

ゴリ ------9----9

チンパン---8----8

ヒデキ-----6----6

マツさん---4----4

アッシー---9----9

マツゲン---9----9

------------------------

以上となった。

ただ引っかかることがある。

私とノリはそれぞれ第1、第2に分かれ、メインをノリで行くと言うことはよく分かる。

ここは私の努力の至らぬところだと納得がいく。

これからもこの位置(優先順位)をひっくり返すためにも、さらに努力し、安定感のある投球ができるように励みたい。

ただ、捕手である。

リョウタとゴリにおいて、リョウタが第1:2、第2:2でいずれも捕手であり、ゴリが第1:9、第2:9なのである。

これは・・・・?ゴリに捕手をするなと言うことなのか?

ちょっと理解ができない、、、、どういうことなのか?

私の中で何とも言えない不安感と疑問がわき上がった。

先日、野村克也監督が書いた「エースの品格」を読んだ。

以前に同著の「あぁ、阪神タイガース」を読んでいたので、若干内容が重複していたが、なかなかおもしろいことが書いてあった。

東京遠征まであと1ヶ月ちょっと、とにかく何でも参考になることは自分のものにしたかった。

今まで理論的に野球を教えてもらったことがない私にとっては、野村監督の話は納得するところが多い。

阪神タイガースの監督をしていた時は、「陰気くさいおっさんだ。」と思っていたが、その後、星野監督の快進撃を見ていて、「これには野村監督の地盤固めがあったからではないか?」と思うようになった。

やはりその通り野村監督も自分の力が大きいと言っていた。

自分で言うのも何だとは思うが、やはり名将と呼ばれる監督には納得させられるところが多くある。

たとえば元阪神タイガースの井川。

井川は入団当初コントロールが非常に悪かったという、しかしダーツは非常に得意でプロ並みの腕前と言うことを聞いて、野村監督は

『相手打者はいっさい目線から消して、ただ、矢野のミットを的だと思って投げ込め。要するに的当て投法だ。』

と伝えたという。

プロでもこんなことがあるんだ。正直そんなことを思った。

また、ヤクルトに以前いた山本樹投手は、異常なくらいの「あがり症」でブルペンではすばらしい球を投げるのに、いざマウンドに立つと緊張のあまり「ストライクが入らないんじゃないか」とか「うたれたらどうしよう」などと考えてしまい、本来の力を発揮できなかったという。

まったく私とよく似ている。私もブルペン王子と呼ばれるほど、打者がいないと良い球が投げられるのだ。

そんな山本投手にはショック療法として、無理に先発投手に任命し、背水の陣で臨ませたという。

その結果、山本選手は開き直り、見事なピッチングを見せたという。

さらに野村監督は

『人を育てると言うことは、つまり自信を育てると言うことである。どのように接し、いかなる言葉をかければよいかは、相手次第。性格は千差万別であり、みな一様に褒めたり叱ったりしていたのでは、育つ可能性は低くなるばかりか、反発をくらって聞く耳すらもたれなくなる。』

と、言っている。そして

『ふとした一言が選手を発奮させもすれば、傷つけもする・・・・・・選手の性格の細部を知り、様子を観察することで的確な指導を個々に与えていかねばならない。』

としめている。

ここを読んだ時、このおっさん、やるなぁ。と、うなずいてしまった。

選手の性格の細部を知り、それに応じたかけ声と対応。

野球をしているところだけを見るのではなく、いろいろなところでいろいろ声をかけ合って、相手を知ろうとする努力。これこそが選手を育て、一つにまとめる秘策なのだと、野村監督に教わった気がした。

私も主将として、後輩達の指導に役立てたいと心を新たにしたのであった。

 ※『エースの品格』 野村克也 著(小学館) 一部引用

「ストライック!バッターアウト!」

残念ながら、ハマのバットはチップしたものの、そのままミットに収められてしまった。

ゲームセットである。試合は4-2で私たちおっさんチームの負けである。

今回は、ヤンチャーズは勝ったものの、私はまったく勝ちを味わっていない。

何とも悔しく、そして寂しい限りであった。

その後、グラウンド整備をし、この後の懇親会に向けて、みんな三々五々帰って行った。


午後6時30分。

今日の四条木屋町は異様な人だかりである。

祇園祭の季節でもないのに、いったいなぜこんなに人が多いのか?そんなことを考えながら人混みをすり抜けながら懇親会場へ向かった。

私が挨拶をし、チームIの主将が乾杯を行い、楽しい懇親会が始まった。

私はヤナさんと同じテーブルだった。

今日の試合を振り返る。ヤナさんとしては風邪で体調が悪い上に第1打席で脇腹を痛めて本当に苦しい試合だったと、悔しそうに語っていた。

確かに私としてもヤナさんやハッシーとの対戦を楽しみにしていただけに、何とも消化不良の試合であった。

次回は静岡で、そしてお互い体調万全で戦いあおうと、固く誓った。

まわりでも酒が進み、みんな今日の試合のことや日々のことなどを話していた。

その後、席を移動し、ノリ達のいるところで飲み直した。

そんな中、チームIの中でもマラソンに取り組んでいる人もいた。

聞くところによると昨年は東京マラソンに出場されたらしい。何ともうらやましいことである。

今年は一緒に出場しようと声をかけて頂いた。

まだまだ休めないな・・・・・そう自分に言い聞かせた。

さて、ノリと二人で今日の対戦について盛り上がった。

私は打つ方では、2三振しているが、タイムリーを放ち、唯一ノリから得点している。

一方投げる方では、1三振しかとっていない。

ただ、ノリと私を比べること自体間違っていると私はよく思う。

ノリは大学までバリバリ野球をやっていたスポーツマン。方や私は小・中学校ではライパチでレギュラーギリギリをさまよっていた男である。それに歳も違う。ノリはまだ20歳代だ。

しかし、ノリはこんな私をライバル視してくれる。

ありがたいし、もったいない。それによって私も負けてなるものかと気合いが入る。
また、この冬のマラソンでも私に負けてかなり悔しい思いをしたと言っていた。

ノリも私に負けまいと努力しているという。

「キャップ、この努力の成果、マウンドで見せましょう。」そう、ノリが言った。

とても力強く、その言葉が心に響いた。

無口でモクモクと努力し、自分のセンスや力にあぐらをかくことなく、控えめに精一杯取り組む男。そしていつも私を蔭から支えてくれている。

そんなノリを私は尊敬する。

本当にこのチームには「こんな人間になりたい」と思うようなすばらしい人間がたくさんいる。

そんなことを言っている内に宴は2次会へとうつった。

バンブーの一人舞台で幕が上がり、バンブーの一人舞台で幕を閉じた。

楽しい夜は過ぎ去るのが早い。チームIさん、今度は静岡で会いましょう。