穴と橋とあれやらこれやら -209ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2016年3月2日、仕事で行った大阪で近くに面白そうなのを見つけたので行ってみたら…予想もしないものを見つけた、そんな話(笑)。

 

 

 

まずはこれ。

大阪天満宮…の近く。場所コチラ

 

 

 

 

 

 

正面の橋がお題のやつで、

お~!期待通り石橋。

 

この時点では、不覚にも気づいてなかった。そんなもんがあるとは思いもしてないので。

 

 

 

 

 

 

渡ってから振り返り正対。

 

 

 

 親柱には、

「星合橋」「ほしあひはし」と。

 

 

 

 

 

 

「ほしあひはし」の側面には、

「昭和十年五月一日」と。

 

 

 

 

 

 

南森町にこんなとこがあるとは、

知らんかったな~。

 

 

 

 

 

 

さて~。

 

星合橋のそばにしれっと鎮座していた、予想もしなかったブツを見つけたのは、実は立ち去りかけた時。慌てて戻った。

マジか!

そこにあったのは、ここから500mほど南にある天神橋、その先代橋に掲げられていたに違いない扁額!

二枚目写真にも思いっきり写ってるが、気づいた方、おられた?

 

ウィキ先生によると、1888(明治21)年に木橋から鋼トラス橋に架け替えられたということで、(載せられないのが残念だが)その写真も掲載されている。そこには見間違えようもなく、この扁額が写っている。

 

 

 

 

 

 

扁額の裏面には、

「明治二十」という文字が見えている。見切れててわかりにくいが、「二十一」とありそうにも見える。それなら架橋年とも一致するが、「二十」でも建造中と考えればまあおかしくはないかな。

 

 

ウィキ先生には、「鉄橋の橋名飾板は、現在天神橋北詰に保存されている。」という一文があるが、ここ星合橋わきのブツには一切触れていない。また、現地にもなんら説明看板などもなく、もうちょっとなんかならないのかという気はした。

 

 

 

 

 

 

外側から引きで見ると、

こんな感じで、なにやら説明の看板があるのだが、

 

 

 

 

 

 

それは星合橋の架かっている「星合の池」に関する解説。

これはこれで興味深い内容ではあるが、天神橋との関連は不明だ。

 

これまたウィキ先生によれば、1594(文禄3)年の架橋から幕府の管理となる1634(寛永11)年までの間、橋の管理は大阪天満宮が担っていたということなので、そのあたりに何かあるのかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

最後におまけ。

コチラ現在の天神橋、1934(昭和9)年架橋。

 

最初の写真と最後の写真のギャップが凄い(笑)。

 

 

 

 

以上。

 

 

 

昨日が季節感のないネタだったので、改めて考えてみた。

 

 

そろそろ紅葉の季節…しかし、あんまり秋らしい写真、いかにも秋!紅葉真っ盛り!みたいな写真って、あんまり撮れた記憶がない。

 

 

 

探してみたら、やっぱあんまりいいのがなかった。

 

 

 

でもこれとか、

紅葉ではないけど、なんとなく秋っぽいかな~と。朝陽の力を最大限借りてるけど(笑)。

 

 

まだ記事にしてない某所の、11月下旬の景であります。

 

 

 

 

 

さて…今週末。奥様の承認を得まして、行ってきます。今年中にやっつけておきたかったネタ(岩屋谷ではございません)もシバいてくる予定。

 

 

しばらくぶりの草ヒロネタ。今回もシンプルに。

 

 

まだまだ熟成はこれから。

 

 

 

 

たたずまいは悪くないね~。

 

 

 

 

季節感ゼロの、 梅との一枚でシメ(笑)。

 

 桜間違い、失礼しました~。


 

 

 

ロケ地:福知山市某所

 

 

今宵は、ふと思い出した「大昔のアクシデント話」でも。それは2010年10月18日、初めての富山県徘徊での出来事だった。この出来事以降、絶対にしなくなったことがありまして、それが何かというと…。

 

この日は午後から仕事が高岡駅近くであり、その前の午前でどうしても行きたかった池原隧道群を攻めようと、レンタカーを借りての徘徊だった。この日のネタでネタで記事にしているのは、その池原隧道詣で追憶の笹津配水塔

 

 

 

 

その笹津の給水塔に続いてやってきたのが、

コチラ、富山県道341号八尾大沢野線の角間トンネル。場所はコチラ

 

別段何の期待もなく、高岡へ戻る道すがらにあったので通りすがって記録しておこう、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

上の写真は東(角間)側、そしてこちらは

西(東葛坂)側。

 

 

 

 

 

 

 

 

西側の扁額。

 

 

 

 

 

 

 

 

銘板。

 

 

通常通りのルーティーンで、トンネルの記録は完了。話はこっからでね。

 

 

 

 

 

写真を撮り終わってレンタカーに戻ったのが11時16分。仕事の前にごはんも食べておきたい。とりあえず13時には高岡駅でレンタカーを返したいかな~…という算段だったのだが、

 

 

 

 

 

エンジンがかからない。

 

 

 

 

 

キュルキュルと回るものの、一向にエンジン始動せず。まさかまさかのバッテリー上がり。んなアホな!?レンタカーなんて、そのへん日々しっかりメンテナンスされてると思ってたのだが…。

 


 

 

 

嗚呼、やっぱり、

コレがアカンかったか?

 

いや、実は停めるときにちょっと気になったのは確かなんだな。お墓にケツ向けて車を突っ込むとか失礼やろ、って。でも他に停車スペースもないし、すぐ済むはずだしで、ちょこっと停めさせてもらった。

 

…という前段階があったので、あーこれはやっぱり怒られた、と。

 

 

 

実際はレンタカー屋のミスで、寿命につきかけたバッテリーが積まれたままになっていたやつに当たっちゃっただけなのだろうが、わたくしは怒られたと解釈した。そりゃ怒られるわ。

 

これ、別に心霊的な話でなく、人としての心持ちの問題ってだけ。

 

 

 

 

 

まあ記事を書いてる今はこうして冷静に書いてるけど、現場では困りましたわ、そりゃあ(笑)。

 

 

 

 

すぐさまレンタカー屋に連絡、場所を教えて、急いでレスキューに来てもらうよう要請した。

 

もちろん気になるのは仕事のことだった。ヒルメシとか言ってる場合じゃなく、間に合うのか?レスキュー到着まで1時間ほどはかかりそうとのことで、最悪そのくらいで来てくれれば、なんとか間には合うと思われたが、そりゃあ気が気じゃなかった。

 

 

 

 

 

とりあえず、助けが来るまでは何もすることがないので、

こんなん撮ったり、

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなん撮ったり。

 

 

 

 

 

 

 

挙句の果てに…

なんだこの写真(笑)。

 

 

 

 

結果的に、仕事には間に合って事なきを得た。レンタカー屋に文句を言ったらお金が返ってくるかも、とか思ったけど、そういうことはやめとこうと思い直した。このことで重要な警告をもらったような気がしていたので。まあ…時間がなかったのもあるけど(笑)。

 

 

 

つうわけでこれ以降、お墓にケツを向けて停めることだけじゃなく、お墓の前に車を停めることは一切やめた。お墓の前を通る時も心の中で一声かけてたりするし。もう一回書くけど、オカルト的なことじゃなくって心持ちの話ね。

 

 

 

 

…という、思い出ネタでした。

 

 

 

 

 

2020年9月22日、謹慎明け東濃~中濃徘徊の2日目。この日のネタで記事にしているのは、朝イチの白川付知林道シデノキ旧廃道とその周辺と、午後の七宗第四トンネル旧廃道柿ヶ野隧道飛水峡の飛騨川右岸歩道

 

今宵ご紹介するのは、シデノキ旧廃道を後にして約1時間20分後に通りすがった物件。

 

 

 

こちらでございます。

ド逆光です。ありがとうございます(笑)。場所コチラ

 

 

 

 

 

 

県道62号を走ってきて、

この鮮やかなブルーのガーダーに惹かれまして。

 

 

 

 

 

 

逆サイから。

中ほどに取り付けられている看板には「東白川村イベント情報」と書かれていた。

 

あんなとこ誰が見るねん、と思われるかもしれないが、上の二枚の写真でわかるように県道は川に沿ってググっと曲がっているので、白川町方面から来ると存外に目立つんですな。

 

 

 

 

 

余談ながらその看板をズームしてみると、

「the most beautiful villages in japan 東白川村 岐阜県」と。

 

確かに美しい村だと思うけど、けっこう強気に出た感はある(笑)。つうかあの細かい字は、走行中にまず判読できんと思う…。

 

 

 

 

 

親柱情報は充実。

まずお名前、南北橋。

 

 

 

 

 

 

側面にはもう一枚銘板があって、

「久須見林道」。

 

 

 

 

 

 

反対側の親柱では

「白川」と、

 

 

 

 

 

 

 

側面には

「昭和44年12月完成」。

 

路線名も含めて二本の親柱でわかってしまった。ありがたや。

 

 

 

 

 

 

橋上から望む上流側。

 

 

 

 

 

 

 

そしてこちら、下流側。

こういう線形になってるので、例の看板も結構目立つ。それ以前に、まずこの鮮やかなブルーのガーダーが目立つのだった。

 

 

 

 

 

 

渡って南側より正対。

南北橋というこの橋の名前、やっぱり方角の南北という意味なんだろうか。だとしたらまあまあテキトーっすな(笑)。確かにほぼ南北に架かってるが、完璧に真北・真南でもないし。

 

 

 

 

 

 

こちら側には親柱はなし。北側の親柱でほしい情報は揃っているから問題ない。その代わり、

こんなプレートが埋め込まれていた。

 

 

 

 

 

 

さて、この色鮮やかなガーダー、このあたりに銘板があるんじゃ?とのぞき込んだら、

ビンゴ。ありました~。これは、降りられるやつですやん(よいこはまねしちゃだめだよ!)

 

 

 

 

 

 

つうわけで、

至近からバッチリ。

 

 

 

 

 

 

こんなアングルからも撮れたり。

あらら、排水パイプが邪魔だった。

 

 

 

 

 

 

これはちょっとお気に入り。

 

 

 

 

 

 

堪能した。

こんなとこから人が上がってきたら、ビビるよな(笑)。

 

幸いほとんど通る車はない。さくっと路上に復帰した。

 

 

 

 

以上。