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PRYCE16写真日記

このブログも今やすっかり凸凹凸凹ブログに?(笑)

待望のGR用画像転送ソフト「GR WORLD」が供給開始された。

 

 

同様のアプリは従来から存在していた。ImageSyncは、WiFiの搭載されたGR2やPENTAX K-S2に合わせてリリースされたもので、2015年頃の登場だ。

 

 

しかし評価は驚くほど低い。汚い言葉でののしるように書かれたレビューもどうかと思うが、確かにボクも心の中で似たような事を思い叫んだ事は多々ある。発表直後から数度の大改修を経て現在に至るその長い歴史によりプログラムは複雑怪奇になり、ちょっとした修正が別の所に問題を引き起こすというような事が日常的に起きているのではないかと予想される。そんな悪評と失った信頼を回復すべく内外共に一新されたのが当アプリなのだろう。発表時から楽しみで、まるでクリスマスを待ち望むよい子達同様、公開日を指折り待ちわびた。なので即刻ダウンロードし、早速使用してみた。以下は簡単ではあるが個人的な感想を書いてみた。

 

 

 

◎画像転送中に他のアプリを開いたりスマホをロックすると「画像転送中エラーが発生しました。」という旨のエラー表示が出るようになった。

転送中に他のアプリを開いたりスマホがロック状態になると転送が止まってそのあと大変な事(カメラの電源を切り、スマホアプリも終了させ、場合によってはスマホのWiFiやBluetoothのON/OFFまで行わなければ再接続出来ない。また特定の写真を選択していた場合はその作業もやり直しになる。)になり苦労していた。何かスマホの設定ミスなのかと思い、あれこれ設定を変更してみたが改善せず。遂にはスマホが古いからなのかとiPhone7から最新の(当時)iPhone14に買い替えてみたり、Androidで試してもみたものの状況は変わらなかった。

 

それが今回このようなエラーが出るようになった事で、そういう仕様なのだという事がようやく明文化された。これで夢をみた無駄な試行錯誤に挑戦する必要がなくなった。バックグラウンドで処理を行うのが難解で大変なのだろうという事は薄々感じていたが、それならばせめて転送中はロック画面に行かないようにアプリ側から牽制をかけてくれればいいのにと思う。他のアプリを開くというのはやらなければ良いが、ロック状態にならないようにするには定期的にスマホ画面をなでなでしておかなければならない。ながらで何か別の作業をしていてロック状態に陥り、前述の苦汁を味わった事が過去一体何度あった事だろうか。


◎画像取り込み時にはカメラが撮影モード中(レンズが出ている状態)であってもすみやかに再生モード(レンズが引っ込んだ状態)に移行するようになった。
  ↓
電力を大量に消費する撮影モードのまま転送をする意味がまったくなかった。


◎位置情報送信頻度という項目が追加された(今回一番の大改革?!→更なる改善を要す)

これを「高い」に設定しておくと、カメラの電源を入れてから位置情報を得られるまでの時間が15秒位になった。以前は40秒位かかっていたので大きな進歩だ、というか以前がまったくもって非実用的なびっくり仕様だった。だが本当ならば0秒が望ましい…というか普通であるべきだ。

電源を入れてからBluetoothがつながるまでの時間は位置情報送信頻度にあまり関係なく(少しはある?)おおよそ6~8秒程だが、その後位置情報を取得するまでの時間が大きく変わる模様。ざっくりとだが「高い」で10秒、「普通」で30秒(ImageSyncもこの位)、「低い」で3分位なのではないかと思われる。その後の位置情報が更新される間隔も同じようなタイミングで行われている模様(カメラの電源を入れた状態で歩きながら数秒毎にシャッターを切って確認)。位置情報を送出する間隔はカメラやスマホの電池消費量とのトレードオフとなるので、目的や用途により選択出来るようになったのは良い事だ。

 

しかし「カメラ電源をONにしBluetoothが繋がった時点」から指定した時間(10秒/30秒/3分)経過後に位置情報を取得するという動作に一体どんな意味があるというのだろう。「高い」の時には以前とくらべて格段に位置情報取得時間が短くなったのでつい見逃されがちだが、例えばカメラの電源を入れてから3分間もカメラを放置しなければ位置情報が得られない「低い」モードは一体如何使えというのだろう。Bluetooth通信による電力を節約する為にカメラ電源を入れっぱなしにするというのは本末転倒どころの騒ぎではない。

 

カメラの電源を入れた時、「前回位置情報を取得した時刻」から指定した時間経過後に位置情報の再取得をするというのが正しい動作である。勿論指定時間を超えていた場合(と「高い」モード時)は即刻取得であり、待つ必要はまったくない。また指定時間経過前だった場合には前回位置情報を使用するというこれが本来の電池節約の為の動作だが、現在はBluetooth接続完了後数秒で衛星マーク(=位置情報取得中)が消えてしまい、撮影写真にも反映されない。これらは決して仕様がおかしい訳でなく単なるバグだろうから早々に直して欲しい所だ。

 

カメラの電源をOFFにした時にBluetooth接続が切れてしまうのも時間のかかる要因の1つだ。カメラ電源OFF時でもBluetoothは常時接続にしておけば電源投入即撮影でも正確な位置情報を記録出来る可能性があるのではないか。電池消費は増えるだろうが、リアルタイム位置情報記録の為にカメラの電源を入れっぱなしにして使用するのに比べたら消費量は2桁位少ないだろうから、それ程非現実的な電池消費にはならない。選択式にしておけば全く問題のない事だ。

 

 

◎転送した画像ど同量分のサイズのストレージをImageSync内「書類とデータ」で消費していた(ので時々ImageSyncを削除入れ直しする必要があった)のが直った。


ストレージが一杯になったのでアプリ毎のストレージ使用率を確認すると、ImagSyncに数十GBも使用されていて驚愕した。一度Imagesyncを削除し入れ直した後に適量の画像転送を行うと、転送したのと同量のストレージを消費していた。初期のImageSyncは画像データーをスマホ内写真フォルダーとは別のアプリ専用の場所に保存しており、操作によって写真フォルダーに転送するような仕様だった。その後直接写真フォルダーに保存するようになったが、その時のゴミが残っているのだろう。この位ならば簡単に治りそうなものだが、10年近くもそのまま放置されている。恐らく誰もまともには使っていないのだろう。

 


◎同じ画像が2度転送されたり、1枚目とか1番最後の画像が転送されないような事がなくなった(…と信じたいが、なくなった事を証明するのは難しい)。


◎転送画像選択画面が横4枚から3枚になり、少し見やすくなった(iPhone14)。


他の大きさのスマホやタブレットではどうか判らないが、iPhone14では見易くなった。


以上の事はどれも仕様やバグの事であって、ImageSyncからGR WORLDになったから良くなったという訳ではない。ImageSyncのままでも充分に修正出来た事だろう。その一方アプリが変わった事により悪くなった点も多少存在する。



◎表示画像の絞り込みで、RAWのみ表示しないようにする事が出来なくなった

「すべて」「JPEG」「RAW」「Movie」のうち、どれか1つしか選択出来ない為、RAWのみ転送しないにする事が出来ない。普通スマホにRAWを転送する必要はないのではないだろうか。

 

 

◎画像転送中にカメラの電源を切(って節電す)る事が出来なくなった。

ImageSyncでの転送中にカメラの電源スイッチを押すと、カメラの電源が落ちた状態で転送だけが継続される。実質的には背面液晶がOFFになっただけなのでどれだけ電池の節約になるかは疑問だが、精神的には良い。ただそのまま電源が切れずに電源ランプがついたままになったり、電源が入らなくなって電池を抜くような事もあり、節電のつもりがまったく逆効果な事になるので廃止されたのではないか。

 


◎リモート撮影時に映像がスマホ画面に出ない(バグ?)。

撮影は出来る。だがこんな状態では先程の口汚いレビューを書いてた方がまた怒る事になる。

 

 

◎転送画像を複数選択する際、画像左上の小さな四角以外の所を触ると拡大表示されてしまう。

我が家にはK-1やWG-30WといったWiFiの搭載されたカメラが存在する。しかしこれらのWiFiは前時代的なもので、全てを転送してスマホ上で取捨選択するというような用途にはまったく向いていない。K-1では高画素故に転送に時間がかかり、WG-30Wに至っては時間に加えて膨大な手間がかかる為、数枚を送るだけでもイヤになる位使いものにならない。なのでこれらの機材で撮影を行った時には、SDカードをGR3に入れて転送するという奥の手を使用している。当然自動転送機能には対応していない為、転送したい画像を1枚1枚選択しなければならないのだが、GR WORLDでは画像左上の小さな四角部分に触れる必要がある。画像のその他の部分(〇印部)に触ってしまうと拡大画面になってしまう。これは辛い。当アプリでの一番の問題点かもしれない。ただ、日付によるフィルターがかけられるので、〇月×日分を全て転送という使い方が出来るだろう(←まだ試していないが)から、むしろ良くなったか。



◎PENTAX K-3iiiで使用出来なくなった→画像転送は奥の手で賄えるが、位置情報取得が出来ない。ImageSyncにも「位置情報送信頻度」を追加して欲しい…


◎ファイル名が化ける

iPhoneで表示させると、通常のファイル名の前に奇妙な数字の羅列が付加される。また写真フォルダーをパソコンから覗くとまるで異なるファイル名になっている(下のGR*.JPGと表示されているものはImageSyncで取り込んだもの)。まあ実害はないのだが、やはり見苦しい。バグなら修正してほしい。

 

 

◎ギャラリー機能

画像を勝手にトリミングしてしまうような愚かな機能だ。よく見ると5枚一組の並びになっており、強引に縦画像にされてしまうのは1枚だけのようだが、その他の写真も微妙にトリミングされている。近年は練習のおかげでこんなはみ出し写真は(あまり)撮らない。撮影者の意図を無視して勝手にトリミングされると本当に悲しくなってくる。こんな機能が若者には受けるのか知らないが、スマホ本体に同様の機能があるのでそれに任せておけばよろしかろう。

 

 

変わってないものとしては、アプリとカメラの接続や転送時間、接続不良時にヒトの操作による再接続の数など。統計でもとれば数%程度は改善されてるのかもしれないが劇的な違いは感じられなかった。

 

 

 58.30 15.6

 


 

超久しぶりの小諸そば。調べてみたら3年振り(その数日後いよいよ体の調子がおかしくなり病院へ駆け込む)。更にその8ヶ月前に同じ店舗で同じメニューを食べていた。その当時は410円だったが今は550円。まあ妥当な値上げ幅だろう。
 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

ややそうめん感が強い。汁は別容器で提供されるのでやや遠慮気味に使用し、半分位しか使用しなかったが、甘辛味で良かった。

 

 

赤坂で用事があったので、少し早目に現地入り。
 

 

TBSの直下にひっそりと残る古民家。解体はもってのほかだが、イノベーションなどもせずに、このままそっとしておいてほしい。

 

 

本日の目的地をまずは確認。当たり前だがまだ誰もいない。しかしあまりに早いと出演者と鉢合わせしてしまう恐れがあるので要注意だ。

 

 

赤坂〜赤坂見附間の格子状の区画を散策。まずは外堀通りに一番近い通りを赤坂側から北上。

 

 

洒落てはいるがとても入りにくそうな飲み屋が続く。

 

 

外堀通りからもエスプラナード赤坂通りからも裏路地になる為、このような光景を目にする。レジーア赤坂。1981年竣工なので比較的新しい…か?

 

 

お洒落な街のあちこちに空地や解体前提の廃店舗が散らばっている。小川ビル跡地。まあまあ綺麗な外観だったが1975竣工なので解体もやむなしか。左隣の PARADISE Ⅱも同年同月の同期竣工だが、こちらはもう少し粘る模様。

 

 

アパ赤坂中央ビル(1964年竣工、2003年取得)の後付けと思われる空調の美しい配管。2022年7月のストリートビューではまだ施工されていない。店子だった三菱UFJ銀行赤坂/赤坂見附支店が移転したのが2023年2月なので、その後改装された模様。新しい店子は何になったのか?

 

 

外堀通りに巨大な解体現場。元が何だったかは知る由もないが、1969年に竣工したホテル(赤坂東急ホテル)と専門店街とオフィスが組み合わさった「東急不動産赤坂ビル」だったようだ。全長200m近い巨大建築物は、高さ200mとはまた違った圧巻さがある。

 

 

叙々苑 赤坂田町通り店跡。古いが小奇麗なビルだった。

 

 

とらふぐ亭の看板を真下から?!

 

 

StoRKビル跡地。2021年頃解体され、駐車場になっている。隣のホテルヒラリーズ赤坂は2018年の竣工。ダクトが美しく、つい見入ってしまう。

 

 

今年1月に閉店した聚福縁の入る山翠会館は1967年竣工。まもなく解体か。

 

 

2009年には既に駐車場になっていた場所。航空写真で解体年を特定する事も不可能ではないが面倒だし、おそらくそれ程のものでもない。

 

 

1985年にこの地へ移り住んできた蘭苑飯店。ビル老朽化の為に10年位前から移転先を探していたようだが、2023年9月に休業し、そのまま閉店となってしまった模様。赤坂産業ビルの竣工年は調べられなかったが、他のテナントも退出しているようで、解体間近か。

 

 

ボツリと店舗が残る区画。

 

 

すぐ隣には変形した駐車場。その奥には(駐車場がなければ)入口が何処だか判らない廃屋。

 

 

15時はとっくにまわっているのでまいばすけっとで給水。1本262円と激安!なのでその後ももう1回立ち寄る羽目に。

 

 

一昨年末に訪れた赤坂REDシアター。その時も少し早く来てしまった為、街歩きをしていた。なので一部被る写真もあった。

 

 

検索には出てこない店舗。建物自体は難波ビルという。歯科は3階にある。

 

 

1階はカフェ。2階は宿泊施設となっている古民家。以前宿泊価格を調べて目玉が飛び出た。

 

 

そろそろ夜も更けて来て、ネオンサインが引き立つ時間帯となって来た。

 

 

そしてやって来たのはこんな所。青を基調としたnavey floor AKASAKAというライブハウス。

 

 

つじりおさんのリアルバースデー単独ライブ。単独なのにゲストがいる。ゲストなので対バンではないという事なのだろう。それがあのお珠ちゃんなのだ。

 

 

紙チケ風の電子チケット。スクショ不可。当日会場するとこの場所に2次元バーコードが登場する。これでは転売は無理だが、もし急に行けなくなったような時に友達に託すというような事も出来なくなった。ここまで厳重にするならサイト内での譲渡キャンセル待ち機能が必要だろう。

 

 

スタンディングライブは何と8年振り。ソールドアウトしており会場はすし詰め。背が低いもので3列目位でも全く見えない。お目当てのお珠ちゃんの出演中の場所譲りのようなシステムもなさそう。始まる前からイヤになって来た…

 

 

が、始まってみたら出演者が非常によく見えるようになった。まるで最前列かのように全身が見える。斜め45度位からなのがやや難点だが贅沢を言ってはいけない。しかもコラボ時にお珠ちゃんは下手側にやって来て本当に目の前!生お珠ちゃんは9回目位だが、こんなに近くからじっくり見たのは初めてだ(数10cm横を駆け抜けて行った事はある)。

コラボの謝り侍、定番曲の魔窟に加え、鎮魂歌のような新曲まで披露された。

消えてしまいそうな儚ない歌い方が魅惑だったがそれが身を潜めてしまったのがやや残念だったが、これなら普通にライブ活動が出来そうな雰囲気だ。ラジオで鍛えられたトークも逸品。お忍びで対バンライブに出て腕試しをしてみるのも良いかもしれない。

 

 

終演後の記念撮影(ご本人のツィッターより拝借)。3列名最下手。端っこだったので切れてしまうかなと思ったがうまく写れた。
 

 

終演後、身動きの取れない中ドリンクをもらいに行き、ほぼ一気飲みして会場を後にした。そのまま待っていればお話しが出来たのかもしれないが、まあいいや。

 

 

21:05、ひとり会場を後にする。

 

 

山王日枝神社の巨大な鳥居。上部の屋根状の構造物が格好悪い?

 

 

衆議院議員会館と首相官邸の間の坂を上る。上下の交差点は厳重にバリケード封鎖されており、実質関係者専用道路となっている。が、歩行者は通れる。カメラを構えながらダラダラ歩いていると係員の目が厳しい。

 

 

国会議事堂駅から乗れば1本で帰れるのだがもう少し歩いて永田町から乗る。有楽町線のホームを歩く間に謎の特急に遭遇。

 

 

半蔵門線で帰ろうとしたがじれったくなり、結局大手町で乗り換え。半蔵門線ホームを端から端まで歩いた。

 

 

5両編成の列車は前方に止まるようで、60000系が登場した頃に定点撮影していたホーム端での撮影は出来なくなった。だがワーキングディスタンスが稼げるようになったので歪の少ない写真が撮れそうだ。新型車を撮ってもあまり意味がないが。

 

 

スーパーで値引きおつまみ。75%引きは強烈。から揚げの大蒜臭も強烈。今日のライオンズは試合を録画していたので早回しでカウントの所だけ見た所、次々と相手(日ハム)に点が入って行き、ボロ負けした。ただ10-1で負けという結果だけを見るよりは臨場感があった。

 

 XX.X XX.X

 

先日運行の終わったカシオペア用客車であるヨ26系が尾久客車区に止まっていた。今後の動向が非常に気になる。売りに出せば引く手数多だろうに。

 

 

田端機関区には3両のEF81の姿。奥にはEF65の姿もチラリと見える。こちらも余命いくばくだが、完全に0にしてしまって大丈夫なのかという心配も残る。

 

 

急にココ吉利庵の蕎麦か食いたくなったので少し遠回り。以前食った時にはかき揚げが巨大でなおかつ大盛りが2倍盛りのかなりの量で、食いきるのがかなり辛かったので今日は普通盛りに。
 

 

↑GR3 ↓iPhone14(蕎麦がボケている。ポートレートモード?) どっちが美味しそう?

写真ではうまく表現出来なかったが、かき揚げは高さが5cm程もあるので、箸2本で裂くように崩さなくてはならない。崩した所で一般的なかき揚げの2倍位である事がわかった。いやそれにしてもうまい!揚げたてサクサクのかき揚げの甘味と汁の辛味がよくマッチしていた。蕎麦はすぐなくなってしまいかき揚げばかりが残ってしまったのでやはり大盛りにしておけば良かったかとも思ったが、その大量のかき揚げを食っているうちにハラ一杯になって来たのでやはり普通盛りで丁度良かった。

 


田町駅北端の工事個所。無理して線路1本分の場所が空いたが、更に東海道本線上り線もスライドさせる為、有効部分は更に短くなる。うまくトンネル入口が出来るか他人事ながら心配。

 

 

田町駅東口から東京駅方面を臨む。ココでも空港線の工事が進んでいるが、逆にかつての貨物線の線路はすっかり剥がされている。
 

 

かつての通勤下車駅周辺を散策。ココ(の左側)も2015年位までは味のある小さな雑居ビルが所狭しと並んでいてイイ雰囲気だった。

 

 

お祭りのポスターが貼られていた。会社帰りにぼけ~っとカラオケ大会を見守るのが好きだった。調子良かったらわざわざ行ってみようか。

 

 

西部警察第104話『栄光への爆走』でS30フェアレディーZが川を飛び越えた場所。前後のカーチェイスも含めてまさかこんな都会の真ん中で撮影していたとは!よく許可が下りたものだ。

 

 

最後の大ジャンプに向けて大通りから勢いよく右折して入っていった路地。当時は一方通行だった。この先を左折し、(TVではカットされているが)更に左折するとジャンプ地点へと向かう。なお左の立体駐車場付近ははかつてのマハラジャ東京の跡地。

 

 

店の看板があるのに背後は壁。

 


この地下道も西部警察第104話に登場した。向こう側から走って来てT字路を右折する。速度は別段速くないが、一時停止は無視していた。

 

 

一体いつ頃書かれた標語その他なのだろう。旧仮名遣いなので戦前か?もっともボクの若かりし頃でも「そうしませう」等と記す事が頻繁にあったので確証はない。

 

 

古川を渡った所にある由緒ある船宿。背後の広告は不動産の会社のものだが、その下にかつて描かれていたテレビカメラシステムの会社名がどういう原理なのか浮き出て来ている。

 

 

ポツンと1件残る飲み屋と雀荘の建屋は随分前から営業していない模様。

 

 

本日の主要目的地。展示会的なものなのかと思ったが販売会的なものだった。P社機に使用出来るアクセサリーは皆無。EIZOのモニターが少し興味があった。

 

 

会場を出ると竹芝桟橋は目と鼻の先。

 

 

しかし港の動きは皆無だし、飲むにはまだ早い。

 

 

四季劇場の裏手、東京観光汽船の係留施設の隣にある「竹芝干潟」。烏が水鳥の死骸をついばむという、ある意味では非常に自然なままの光景がくりひろげられていた。

 

 

竹芝界隈にあった四季劇場のうち、春/秋劇場はすっかり変わり果てた姿になってしまったが、ココ自由劇場だけは往年の姿をとどめている。最後に訪れたのは2016年7月1日の「エクウス(馬)」だった。ステージシートに座り、観客から丸見え。当時比較的顔が売れていたので、何人かからはあっ!と思われていたのではないか。

 

 

浜松町から鉄道の西側を歩き、新橋駅手前へ。交差点の片隅にぽつんと1棟だけそびえる1970年竣工の細長いビルは長らく空き家状態だったが、飲食店のテナントで埋まっていた。その後ろにそびえる新橋東急ビルの立地は、かつて「大夜逃 夜逃げ屋本舗3」で登場したニコニコヴィレッジのあった場所である(と思われる)。国鉄のガードと片側3車線の道路が斜めに交わる場所を地図とにらめっこしていたのだが、何分1995年公開の映画なのでいつものGoogleストリートビューはまったく役にたたず途方に暮れていた。近年国土地理院の航空写真が閲覧だけならば高精度で見れるようになった為、特定に至った。

 

 

その場所から視線を90度位右にやるとこの混沌とした小店舗群となる。これらは立ち退いた所で新たなビルを建てるのは困難そう。付近のビルの建て替え時に一緒にという事になるだろうが、中央にそびえたつ菊ビルの竣工は1984年。右端のプリンセス1番館は1992年の竣工なので、建て替えにはまだかなり早い。あと10年位はこのままの姿なのではないか。

 

 

1909年開業(当時は烏森駅)の煉瓦造りの鉄道高架の上に未来的な大屋根が乗っかった非常に不思議な構造となった新橋駅。2010年頃から工事が始まったが、その頃はゆりかもめが新橋の直上までやって来るのかと思っていたがまったく違った。大屋根の下に従来の屋根も残っている。

 

 

遠くに国会議事堂が見える。朝ドラで「ガード下の女王」を探して有楽町にやって来たという設定で議事堂の姿がチラリと写っていたが、その見え方からするとココより更に南で、むしろ新橋の方が近い。距離ももっと近い感じなので、ロケ地(?)は西新橋付近か?

 

 

鉄道高架の下が随分と洒落た通路となっていた。それまでは倉庫だったり事務所だったり車庫だったりといった用途で使用されていたが、耐震工事にともないテナントを一新し、観光地化を目論んだような気配を感じた。

 

 

複々線分が確保されていた明治末期の鉄道高架のこちら側がイイ感じのそのまま感で残されていた。この真上には東海道本線が走っているが、1950年代に行われた山手線と京浜線の分離運転に伴い建設されたものでなく、既に戦前に完成していた。

 

 

みゆき通り(の続き?)とガードが直交する付近にあった飲み屋横丁。東海道本線下だったので歩かなかったが、高架鉄道下の探求をテーマに歩いてみたくなった。

 

 

絵画のヒトコマのようだが、果たしてココは何処なのだろうか。1枚上の写真の2分半後、下の写真の1分半前に撮られている。Googleストリートビューで線路沿いの道を歩いてみると、歩道と店舗入口の間に敷かれたタイルの形状から始めは炭火串焼 鉄兵有楽町店かと思ったのだがイマイチ確証がなく、もう少し進んでみた所「爐端本店」がドンピシャだった。

 

 

いつもどうしてもつい写真を撮ってしまう有楽コンコース。昭和27年開業の弘前電気鉄道(現在の弘南鉄道大鰐線)の多くの駅舎の意匠に通ずるものがある。この装飾も同時期なのだろうか。

 

 

有楽町駅前の大きなビルが解体されていた。左は1966年竣工の有楽町ビル。右は1967年及び1969年に竣工した新有楽町ビル。戦前のビルがほぼなくなり、今度は高度経済成長期のビルの解体が進んでいる。

 

 

高架下に見慣れたジンギスカン店。どうも腹がいっぱいになって苦しくなる印象が強く残る。

 

 

昔ながらの高架下の雀荘。

 

 

高架下から微妙にはみ出した飲食店。この付近は歩道の幅に余裕があるからなのか、耐震工事後にはどの店舗も軒並み1m程飛び出すようになった。中にはアーチだけが延長されたような形状の店舗もあり、美観を大きく損ねている。

 

 

グラントウキョウサウスタワー から対面の大工事地帯を臨む。道に面した4棟の中規模ビルと、裏に並ぶ無数の小規模ビルが道路ごと壊されている。

 

 

鉄鋼ビル入口にあったオブジェを、入館者により扉が開き、閉じるまでの間に撮影。断面の異なる回転体が複数展示されているが、その意図は凡人であるボクには知る由もない。

 

 

一石橋が通行止だったので1本下流の西河岸橋へ。向こうに見えるのは日本橋。日本橋区間地下化の一環で呉服橋出入口が廃止撤去された為、空が見えるようになっていた。

 

 

2020年頃に解体され、空き地となっていた仙台工業ビルの跡地にイカす絵が描かれていた。ココは今後も是非定期的に通りたい(日本橋室町1-5-14←忘備録)。 

 

 

屋根上には風見鶏がかろうじて見える廃屋のような蔦まみれの喫茶店。

 

 

しかし現在も営業している。2013年頃に置かれた植木鉢の蔦が、隣のビルが解体され始めた2017年頃からみるみる成長(何故か解体に2年半位かかっている)し、現在に至る。Rの看板の裏に白い植木鉢があるのか次回是非確認してみたい。

 

 

いつものジャンクカメラ店。不動そうなSuperAが1000円だったが、動くSuperAを1000円で買った事があるのでかなり抵抗がある(が買っておけば良かった)。好物のMESuperはなく、SVは高くて壊れているものしかなかった。

 

 

本日の用品フェアの入場タグをつけたまま帰宅。結局再入場には至らなかった。

 

 

本日の夕食。今日は飲み会モードとした為、この程度に。計7本。翌々日調子が悪くなった。

 

 XX.X XX.X

 

 

とある映画ですっかり有名になった埼玉県唯一の展望タワーのある施設へとやって来た。映画内での呼称がそのまま正式名称になったようで、支柱部にその名称が誇らしげに描かれていた。昨年の写真をみると記載がない。にもかかわらず既視感があるのは何故だろうか。

 

 

という訳でハスが見頃と聞き、行田にある「古代蓮の里」へとやって来た。いつもこの名称をみかける度にFF7の「古代種の里」に見えてしまう。

 

 

今年も花の中にあるシャワーヘッドのような部分に興味深々。

 

 

一応全体像にはしてみたのだが、単なる「形式写真」のようになってしまう。相変わらず花はどう撮ったら良いのかわからない。

 

 

絞りは今回思い切ってF8まで絞ってみた(2枚上はF5.6)。

 

 

やはり撮影も選定も額をアップにしたものが多くなってしまった。

 

 

額のまったく見えない姿。本来の蓮の花っぽい形状のようにも見えるし東京オリンピックの聖火台のようにも感じる。

 

 

アオサギが池の中のなにやらを狙っていた。その後池に落ちそうになりながら(というか落ちながら)何やら小魚のような泥鰌のようなものを捕獲し、丸のみしていた。

 

 

ヒトのすぐ近くでも平気で歩く。つい先日「君たちはどう生きるか」を観た(TVで)ばかりなので親近感というか気色悪さ感がある。

 

 

再びF5.6にし、中身を狙う。

 

 

中身中心だが、周囲も多少取り込む。花びら末端のピントはボケている。

 

 

中身ナシ。もう少し上から撮りたかったが、ハスの背は以外と高い。

 

 

余りの暑さと湿度で身の危険を感じる程だったが、こういう時に限って水を持って来なかった。なのでこんな東屋でしばし休憩。

 

 

水生植物園の全貌。

 

 

園内に咲くハスの種類が写真入りで紹介されていた。しかしアイドルグループやチアリーディングチーム同様、どれも同じに見えてしまう。国鉄電気機関車のEF60~EF65は塗装も外観も酷似しているが何となく区別がつくように、植物を見慣れているヒトには見分けがつくのだろうか。

 

 

何か少しひねった写真となるとこの程度しか思い浮かばなかった。

 

 

久々に蕎麦が食いたかったのだが、狙っていた十割蕎麦の店は定休日だったので、同施設で売っていた少々高額な炒飯にした。しかしこの価格(見えなくなってしまったが税別750円)ならば安くて盛りの良い店とあまり差がなかった。

 

 

大蒜と叉焼がふんだんに使用あれておりおいしかった。また量もまあまあ多くて満足ではあったが、その後全然ハラが減らなく、やや胃もたれ気味だった。

 

 59.50 16.3

 

2021年11月8日 高久駅近く

いよいよ寝台特急カシオペアの使用車両E26系の最終運行の日がやって来た。首都圏での撮影は微妙に薄暗くなってしまうので、今回もまた東北本線を北上。前回行き損じた高久駅付近で撮影すべく車を走らせていた。

 

 

だが通過2時間前に到着する予定が何故か通過30分前着に。撮影ポイントには軽く20人程が陣取っていた。当然三脚を立てる隙間もない。

 

なのでまたもやセオリー無視のとんでもない所を陣取る。ココは44年前にカメラを構えた事のある思い出の場所。奇しくもレンズも似たような画角…という事でまさかのGR3を使用。
 

 

イメージ 8

44年前の同じ場所。標準レンズしかなかったとはいえひどい写真だ。多くは踏切近くで撮っていたのだが、ちょっと冒険を試みたもので、あと2枚程シャッターを切っている。こんなのが風景も取り入れた鉄道写真のつもりだったのだろう。この踏切で583系の昼行特急やキハ58の気動車急行、はたまたED75の牽引する旧型客車を見る事が出来たのだから貴重な体験だった。すぐ近くのゴルフ場でプレーをする際にボクらを誘ってくれた「きょったん」のお父様には大感謝だ。

 

 

遠くを見ると駅構内に架線柱を避けられそうな場所を発見。予定していた超望遠を、予定とは異なる場所で構える。

 

何と三脚を2本も立て、こんな場所ながら万全の体制を築く。

 

 

K-1で撮影した写真。少しトリミング…のつもりが680mm相当にもなってしまったので、これならK-3iiiの方が良かったが結果論だ。交流区間故の片パンを期待したが、デッドセクション直前の為か両方上がっていた。ホーム北端で構えていた人々は列車通過直後に蜘蛛の子を散らすようにいなくなったが、南端に一人残るこのお方は多くの写真に写ってしまっただろう。お互いに気の毒な事だ。

 

 

GR3で撮影した近景。前代未聞の編成写真となった。これもクロップとトリミングを多用して74mm相当。特徴ある跨線橋を切らずに残した。倍率的にはかなり苦しいが、機番が読めるのでヨシとした。

 

 

カシオペア最終運行はややほろ苦い結果となったが、最善は尽くしたので悔いはナシ!

 

 

本日の使用車両。冷房の効くもう1台とは燃費が倍位異なる為、暑さと格闘し、朦朧としながら1日を共にした。プリウス的なハイブリッド車ならば乱暴にアクセル操作しても同様の燃費が稼げるという。しかも相手は大人5人が乗れる「大型車」だ。ちょっと残念。



======  カシオペアの思い出  ======

 

 

2025年6月14日

前回のカシオペア紀行仙台の復路を箒川で狙ったもの。超望遠故の圧縮感はあり、車両の記録としてはまあまあだが、背景があまりにもごちゃごちゃしており、芸術写真としてはNGな事を誰に指摘されるでもなく自己解決した。

 

 

2025年6月3日

高崎線の早朝上りでの良い撮影場所を自分なりに探したもののみつからず、熊谷タ横の道路から撮影。せっかくの重連なのにそれがほとんど活かせず、ロクヨンセンの記録となってしまった。

 

 

◎2023年6月30日

遡る事2年。クリコガカーブでのEF65の記録を試みていた頃。本当はもう少し引き付けたかったのだが、ピントが甘かった為に不採用となった。編成全ては写せないものの、カメラもう少し右にし、もう少し引きにすれば疑似編成写真になったのではないかと思うのだが後の祭り。

 

 

2023年5月26日

第3ワシクリでサンニッパを開放で構える。曇天、上りかぶりはあるとはいえ機関車全面以外はほぼボケた望み通りの写真が撮れた。これで満足したのか、以降の撮影回数が極端に減る。

 

 

2023年4月28日

第5ワシクリ。機関車が地上構造物の何れにも遮られる事無く、適度に大きく、編成全体が写せる場所。但し晴天時は顔黒になる場所にて。

 

 

2022年7月9日

同じ場所。曇天だと顔面の黒さは多少改善される。このレインボーなEF81が大人気なようだが、変な塗装をしないでくれというのがボクの感想。

 

 

2022年6月4日

てっぱくからの帰り。大宮駅までダラダラ歩いたのでは間に合わないと思い、北大宮まで直で歩く。好天の為、機関車の前面は真っ黒に。流石にカメラ内現像では無理な為、帰宅後にパソコンで、「覆い焼き」を行い、0.15EV単位で明るさの補正を行い、当ブログ程度ではギリギリなんとかなったか?!

 

 

2022年3月12日

顔黒はともかく、編成末尾が微妙に切れてしまったひどい写真。

 

 

2022年1月23日

せっかく顔黒もギリギリ回避出来そうだったのにシャッタータイミングが微妙に悪く、EF81の末端が架線柱にかかってしまった。連写状態にした上でレリーズを押し続けていればベストタイミングが得られたであろうが、当時はまだ連写の習慣がなかった。

 

 

2021年7月10日

前回うまく撮れた場所とまったく同じ場所で撮影。タイミングもまあ悪くなかった。この2度の成功が後の不調の引き金となったと思われる。

 

 

2019年7月20日

2007年発売のK10Dで撮影。当然連写も出来ずたった1枚だけのレリーズだったが、編成全体がかなりギリギリに収まり、牽引機関車が地上構造物に(集電舟と架線が接する所以外)一切干渉しなかったという奇跡のような1枚となった。リコイメのRAW現像講座の題材として持参した所かなり褒めていただいた渾身の1枚だったが、勿論ビギナーズラック、まぐれである。

 

 

2018年6月16日

第5ワシクリで適当に撮った1枚。ガングロこそ防げたものの、本当にただ撮っただけ。

 

 

2018年6月9日

第1ワシクリ地平部で撮影。正面と側面との光量バランスも良い。あともう2m位引き寄せればかなりヨイ(編成写真としては)のだが、当時はまだ一応連写という概念がなかった。

 

 

2017年4月23日

カシ紀の返却回送がまだ日中だった頃。上りなのに顔黒なのはともかく、まだ右も左も判らない頃にしては(編成写真としては)まあまあか?なんなら少しトリミングすればよい。

 

 

2016年7月16日

イメージ 1

鉄道写真からはすっかり離れていた頃、偶然通ったカシオペアをコンデジで撮影。あけぼのは遅くまで残業した帰り道に、北斗星は定時退社した帰り道に丁度上野駅を発車したので、末期にはかなり訪れて(普通の記録写真を)多数撮影したが、17時台発車のカシオペアは早退しなければならず、ほとんど見た事がない。実はこんなのが初撮影だったのではないかと思われる。

 

 

 58.60 16.5

 

 

家から約2時間かけてやって来た高幡不動尊。冷房のよく効いた車内も炎天下も体力を奪われる。到着時には既にヘトヘト状態。

 

 

境内には土方歳三の像。同じ多摩地区の出身とはいえ近藤勇が調布なのに対して土方はもろに日野の出身だ。この場所も駅名や寺の名前が先行しいるが地名で言えば日野市だ。今日はココでPRFC(PENTAX RICOH FAMILY CLUB)のオフミーティングが開催される。先月は何故か開催されなかったので小石川後楽園以来2カ月ぶりとなる。

 

 

境内の多くが城址公園となっており、歩き始めるといきなり山の中となる。そんな道中に突如現れたフラダンス教室の人形に目が行く。

 


油断すると登山のような道になると事前に訊いていたのだが、今まさにそこへ紛れ込んだ模様。

 

 

推定ビル10階分、50m位を登り、かなりヘトヘトになりながら山頂へ。小石川後楽園の人工の山に比べるとかなり高いが、何もないと不評。だが標高が高い森の中という事で下界とは比較にならない程涼しかった。

 

 

山内の至る所にある弘法大師像。八十八体あるこれらを全て回ると四国八十八カ所の霊場を巡ったのと同じご利益があるそうだ。

 

 

早くも一度目の集合場所である五重塔へ帰って来た。山登りに夢中になっており、アジサイはほとんど撮っていなかった。

 

 

芸術的観点から写真撮影をしていないので、どう撮ったらよいのかよく判らない。どうしても鉄道写真でいう所の形式写真のようになってしまう。

 

 

青紫的なものが多かった中でこれだけは紫要素がなく水色的で選定時に目に強く留まった。

 

 

にこにこ地蔵。自分もこうありたいものだ。

 

 

大日堂横と思われる。この先(背中側)にはお墓しかないとの事だったがやはりそうだった。

 

 

大日堂の複雑に組まれた屋根の裏側。

 

 

弘法大師像。

 

 

再び五重塔。周囲に張り巡らされた堀(?)に思わず飛び込みたくなる程の暑さ。

 

 

青紫色のアジサイ。先程の水色アジサイとの色の違いを画像ソフトでRGB値を読んでみると、やはり赤味が多く、緑味やや減っていた。

 

 

絞りはF2.8。これをF22まで絞ったらどういう絵になったのだろうという興味が今沸いてきた。

 

 

境内の観光地的な部分。急に俗物的になってきた。

 

 

本日の参加者の皆さんの機材。鉄道写真と一緒で、全体を大きく写すのが難しい。

 

 

炎天下の歩行で水分と体力を消耗した為、駅前の呼び込みに誘われてふらふらと店内へ。

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

昼から飲む冷たいビールが美味い。餃子は肉汁満載で、注意しないと激しく汁が飛ぶ。ビール3杯と餃子2人前で3200円もかかったのは痛いが大満足。

 

 

京王線で来た路線を引き返す。普段京王線に乗る機会が皆無なので何もかもが新鮮。「偏軌」の狭軌との差は明らかだが、標準軌との差は僅か6cm程しかない為見分けがつかなかった。他の大手私鉄同様、各所で高架複々線化工事が始まっているようで、懐かしい鉄道風景もまもなく見納めか。大手私鉄にしては軌道緑道化が進んでいたのは驚きだった。

 

 

新宿に戻り、ブラブラ。しげの秀一原画展のようなものをやっていた。

 

スバルビルはなくなってしまったが、新宿の目はかろうじて残っている。今後どうなるか?

 

 

新大久保のコリアンタウンをブラブラ。
 

 

学校の壁面。ココは何処だ?

 

 

昔通っていた予備校の前にあった飲食店が健在だった。豊富なメニューが魅力。次回訪れよう。

 

 

西武新宿線をいつもの調子で撮影。うまく編成が全て入ったのは訓練の賜物か偶然か?!

 

 

近年大工事中の都電荒川線千登勢橋付近。

 

 

都電が残っているだけマシだが、昔の面影がまるでなくなるのもどうかと思ってしまう。昔の高戸橋〜早稲田間の写真を見ると驚愕すると共に激しい哀愁感に襲われる。ココもそうなるのか?

 

 

7000形更新車の面影を残す7700形。改造費は1憶3000万円。8900形の新造費よりも5000万円安いとの事だが、これは有効な節約と言えるのだろうか?。奇しくも同時期に同数両(8両)が製造された8900形と廃車時期が同じならば節約と言える。現代の鉄道車両は寿命が短いので、ギリギリ見届ける事が出来るか?!

 

 

こちらは8800形、7700形よりも6年程先輩。こちらは10両あるので目下荒川線の最多勢力。

 

 

雑司ヶ谷電停から池袋へ。この界隈は今世紀初頭から急に足繁く通うようになり、どちらを向いても思い出だらけ。この店の瓶もいつ見ても洒落ている。

 

 

有名なこの3連劇場もよく通ったものだ。楽屋が舞台の下にあるというような事も知っている。

 

 

終演後、よく連れて行ってもらった立ち飲み屋。

 

 

ココの電車は現役時代(何の)の最後に設置されたので、公演前後で見たのは数回のみ。

 

 

ココも生徒でもないのに普通に出入りしていた。赤黄緑の照明が美しかった

 

 

思い出のエレベーターホールにも潜入。流石にエレベーターに乗り込む勇気はなかった。

 

 

所変わって西口のピンク色のビル。ココを知ったのは名物店が閉店した時という比較的最近。

 

 

この大劇場も裏口からの入り方を知っていた(←小ホールは)。2011年頃に活動方針が変わり、小規模団体への貸し出しが行われなくなってしまった。

 

 

鏡面加工された地鶏に適した柱。コンセントがある所がチャームポイント。

 

 

メトロポリタンプラザもなくなり、噴水もなくなった西口地下。本当に何処もかしこも思い出だらけだった。皆さん元気にしておられるだろうか。

 

 XX.X XX.X

 

 

四半期恒例の通院グルメ。前回は12時過ぎという最混雑帯に訪問した所、混雑時の炒飯は出来ないとの事で退店したというほろ苦い思い出がある。今日は院内が大混雑で予約時間を軽く1時間過ぎた事もあり、13時という炒飯解禁時刻に滑り込む事が出来た。タイガーズ贔屓な店なので、ボクがライオンズファンだと知られたら大変だ。交流戦ではセリーグ首位のタイガース相手に我がライオンズが3タテを決めてしまったので、バレたら叩き出されてしまうかもしれない。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?


今時珍しい盛りの良い店。普通の店の大盛よりも多い普通盛にチャーシューのドカンと乗った炒飯。餃子もかなり大き目のものが6コ。後半かなり苦しかった。流石に大盛はコメ不足のこのご時世やっていないようだ。
 

 

その後何気なく立ち寄ったハードオフで、テープでぐるぐる巻きになったPENTAX FA50mmF1.4を発見。コンテナに他のガラクタと共に入っていたのでどうかと思ったが、前後キャップもある。ぐるぐる巻きで中身を確認する事は出来ないが、逆に綺麗だからこそこのような厳重な梱包がされているのではないだろうか。これで2000円ならギャンブルだが、500円ならばと購入。
 

 

テープを剥がしてみたら超美品。よく見ると前玉に蜘蛛の糸のような汚れがあったが、アルコールで拭いたら綺麗になった。内部に小埃のような小カビのようなものが見えるが、修理する程でもないだろう。P社の標準(55mmも含む)F1.4は初所有。イイ買い物をした。

 

 

P社初のAF機「SFX」に続く「Z」シリーズ用に外観が改められたFAシリーズの顔ともいえる50mmF1.4である。Fシリーズの未来感にあふれたデザイン(←それはオモチャ感ともいうが…)に比べると少しはマトモになったのだが、あの小さくて恰好良かったMシリーズから比べると十分オモチャである。だがZシリーズのボディーにMシリーズのレンズを取り付けてもそれはそれであまり恰好良くはならないのも確か。

 

 

我が家のZ-1Pにとりつけてみるとかなり似合っている。ただこの頃キットレンズは既にFA28-105mmといった高倍率ズームレンズに移行し終えており、かつてのキットレンズの定番であった50mmF1.4が取り付けられた写真はネットを漁ってみてもうまく見つけられなかった。

 

別の日

FA50mmF1.4を購入した時、コンテナの中には同様の厳重梱包がなされたFA20-35mmがあった。1100円とやや高額だった為同時購入は躊躇したのだが、その後無性に欲しくなり再訪。案の定既に売れてしまっていて落胆したのだが、別のコンテナの中にSFXよりはるか昔、世界初のAF一眼レフPENTAX MEFで使用出来る唯一のAFレンズだったAF35-70mmF2.8というとんでもない大物を発見!。前後キャップがないのが心もとないが、おかげで内部はその場で確認出来る。美品(ジャンクにしては)である事はすぐに判った為即刻購入。

 

 

1000円。ジャンクとしては比較的高額な部類だが、今までもジャンクコンテナはおろか中古店でも見かけた事はなく、博物館的な場所でしか見た事のない幻のレンズである。F2.8通しの大口径標準ズームは当時ラインナップにはなく、大三元の先祖とも言える存在だ。それが多少持ちにくいとはいえ現行デジタル機で使用出来るのだ。C社もM社もこのような遊びは一切出来ず、過去のレンズはゴミと化してしまったのだからからありがたい事だ。

 

 

ズームや絞りがやや硬いのはともかくとして内外共にかなりの美品だ。ただピントリングが全く動かない。まさかMF不可なのかとネットで調べてみると出来る模様。ピントリングを力一杯回したら動くようになった。モーターが固着していたのだろう。モーターは常時噛み合い式?で、ボディー内モーター駆動のAFレンズのピントリングを手で回すような罪悪感がある。
 

 

電池を入れ、先日修理したMEFに取り付けてみるとAFも動作した。但しかろうじて動くという程度で、ピントが合うかというと「合わない」。本体のフォーカスエイドは正しく動いているようなので、レンズの細かい制御が出来ず、ちょっと動かすつもりがどばっと動いてしまっているような雰囲気がある。まあこれは元々「手で合わせた方が速い」というシロモノなので期待はしていない。なのでこれだけ動けば十分。これで1000円ならゲテモノコレクションとして大満足。

 

 

みんなでやれば怖くない?と当時各社から発売された「獲物を飲み込んだ蛇」のような異径レンズ。このままでは立たないのでカメラの下にいつものUSBメモリーを敷く。

 

 

せっかくなのでワインダーME-Ⅱもつけてみる。今度はレンズの下にスペーサーをかまさないと立たなくなった。なおこのME-Fとワインダーとの相性が悪く、巻き上げ中に爪が外れる。調子にのって動かし続けると爪がすり減るので、残念ながらワインダー使用は控える事になりそうだ。フイルムカメラ縛りのイベントがあった際の目玉にしようと思ったのに残念だが、まあワインダーナシでも十分目立つし、何なら作動させなければよいのだ(←シャッターが非常に押しにくいが…)。

 

 60.00 17.1 / 59.60 16.7

 

ウォークマンNW-A55のラジオが壊れた。イヤホンがアンテナになっているので、抜けるとラジオの再生が中断しイヤホンを指すように促されるのだが、これがしょっちゅう発生するようになった。
 

 

なので分解。イヤホンジャックを取り出し、電極をピンセットで修正してみる。すると今度は常時イヤホン未接続となってしまった。
 

 


見るとフレキシブル基板が見事に切れている。
 

 

フレキのコネクターの2ヶ所を短絡させれば良いのだが、流石ココにこてを入れるのは危険。

 

 

なのてフレキ基板に手を加える。フイルム部をカッターで削っていった所、気づけば銅箔部までも削ってしまっていた。万事休すかと思ったが、奇跡的なはんた細工により、2本の線を接続。

 

 

フレキの端子部分にかなりはんだを盛ってしまったが、意外にも普通に入る。実際に電極が当たっているのはもっと奥の方なのだろう。

 

 

もしかしたら直せない(→Bluetooth専用&ラジオ聴取不可)かもとハラハラだったが無事に直った。イヤホンを刺してなくても常時ラジオが入りっぱなしとなるが、お節介機能なので良い。イヤホンを刺したままでBluetoothが動くのか疑問だが、試す手段がない。

 

 58.75 16.2

 

 

新橋に所要があったが、まだ時間が少し(かなり)早いので、3駅手前の神田で降りて、休日のオフィス街をプラプラ。東北新幹線の東京延伸開業は1991年だが、1984年の航空写真にはこの部分が既にガード下になっていた模様。

 

 

休日日中の(リーズナブルな)飲食店は意外と少ない。前から「一度は」訪れてみたいと思っていた八重洲仲通りにあるよもだそばへ。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

いつもの冷やしたぬき大盛。大盛は150円増しだがどうやら2枚盛りのようで、量は莫大。ゆで麺程ではないが柔らか目で、するする入る。冷やしが足りず、うすら温いのが残念。
 

 

定点観察「味の店富士跡」

2024年3月22日  ↓2024年10月20日

2024年10月20日  ↓2024年11月8日

2024年11月8日  ↓今日

ちょっと油断していて前回訪問から7カ月も経ち、更地になってしまったか?!とヒヤリとしたがそれは別の場所(随分前から更地になっていた)だった。思ったより残っていたが、それでも風前の灯といった所。次回は囲いに覆われてしまっている事だろう。

 

 

三愛ドリームセンター跡地もこの状態からあまり進展がない。また丸いビルが建つのだろうか。

 

 

ビルの谷間にポツンと残る老舗うなぎ店。会社重役や官僚の接待に使われるような店ではなく(そういう店は看板を掲げていない)観光地+α程度なので一般人にも入れなくはない。が、バカ舌のボクはスーパーで売っている中国産で十分か。

 

 

本日の集合場所である新橋駅前到着。ココから向かったのは…

 

 

新橋にあるタミヤのショールームに「タイレル」の6輪車が来ているというので、写真サークル(?)の方々と訪問。意外と小さい。そしてショールームが思いのほか広い事もありパースの影響を最小限に収める事が出来た。
 

 

空気抵抗を低減する為に前輪を小径化し、スポーツカーノーズにすっぽり納める。そのままでは加重支持やグリップ、制動力が不足する為に4輪化したという冗談のような代物。

 

 

複雑な操舵部。前4輪というのはこの頃からタンクローリー等では見かけていたし、木工工作的な模型でも通常の操舵パーツを2組使用した作例が出ていたりした。フロントリアの(?)ブレーキ冷却ダクトが突出しているのは空気抵抗削減に反する。ノーズ内ののNACAダクトだけでは足りなかったのだろう。

 

 

シフトレバーの為に膨らんだカウルの中が見たいのだが、運転席の中が見えそうで見えない。

 

 

本当は76年のレギュレーションに合わせた低いインダクションポッドを用意していたのだがあまり思わしくなく、外したまま走行していた。なのでエンジンがむき出し。70年代にF1が葉巻形からくさび形に変化した頃の様子を垣間見る事が出来る。

 

 

背後。前が小さく後ろが大きい為、この狭い中での撮影は困難。

 

 

真正面を55mm相当で撮影。前も後ろも切れてしまっが、ココでより広角で撮影しても恰好良くはならなそうだった為断念。もう数m下がりたい。

 

この個体は全部で7台作成されたP34のうちの3号車(P34/3)。1号車は試作車。ドゥパイエの2号車(P34/2)に遅れる事第5戦からシェクターが使用したもの。第7戦スウェーデンGPの優勝車であるが、その後第11戦オーストリアグランプリの本線中のクラッシュにより中破した為、シェクターには4号車が与えられ。3号車はP34/3-2となり予備車的な扱いとなっていた。最終戦日本GPではこの3号車をドゥパイエが使用したという記述がCG誌'77-01号にある。

 

 

プラモデルの箱で振り返るP34の歴史。76年4戦スペインGPで登場した6輪車はいきなり予選3位。その後も予選はほぼ常に1桁、決勝も感想すればほぼ6位以内(リタイヤも多かったが)。7線スウェーデンGPでは1、2フィニッシュを決める等、その奇抜な機構とは裏腹にシリーズ3位(ドライバー、コンストラクター共)という好成績を残した。第14戦カナダGPからエンジンとミッションの間に11.5cmのスペーサーをかましてロングホイールベース化された。

 

 

77年型(青白塗装)はエンジンをすっぽり覆うエレガントなカウルに包まれたが開幕2戦は昨年の4号車と3号車が使用される。一旦旧型カウルに戻された後、第9戦フランスグランプリからフロントトレッドを拡大という大手術によりタイヤがノーズから大きくはみ出し、エレガントさのかけらもない程不恰好となったが成績は上がらず、同年で6輪車による参戦は終了した。
 

 

成績が上がらず、第5戦スペインGPでは76年型(但しロングホイールベース)の姿で新造された7号車がドゥパイエに与えられると共に、両車共数戦程旧型カウルを纏って出走した。

 

 

プラモデルを手にし笑みを浮かべるKen.Tyrrell氏。模型化承諾の対価として当時の額で6000万程支払ったとの事。100万キット位販売しないと元が撮れないのではないか。

 

 

完成品が4500円。プラモデルでも2~3000千円する事を考えると模型製作技術のない者にとってはまあまあの価格ではないか?

 

 

テーブルの上に突如P社機が終結。いつもの光景。

 

 

TAMIYA PLAMODEL FACTORY TOKYOを後にし、駅に戻る途中の光景。

 

 

一旦四谷まで移動するが、まだ早いという事で、ライカの石像がある近所のジャンク店まで片道1kmの散歩。しかし目ぼしいモノはナシ。動くAuto110がちょっと興味をそそられたが、Superではないのと、やはり値段が高額なのが難点。しかしシャッターボタンのフィーリングは掴んだので修理のヒントになりそうだった。

 

 

荒木町という谷底の飲み屋街の中で最も派手な外観を持つ店舗。こういう所に入る勇気はない。

 

 

また所変わって御徒町のガード下にあるジンギスカン店へ。名物のハイボールが出て来る蛇口が目の前にある。極めて危険だ。

 

 

ジンギスカンは19年振り2度目。その時は独特な臭みに「これか!」と思ったものの判ってしまえば問題ない。それよりも前回はツーリング中だった事もあり飲めないのが難点だった。

 

 

鉄板でも鍋でもそうだが、あまりやった事がないので、すべてお任せに。

 

 

通信状態が悪いのか発注が通らず、再発注した所両方届くという事を繰り返し、大量の食材を捌くのに大忙しで、話をする間もない。

 

その後2次会は立ち飲みへ。珍しく日本酒。甘口。店員さんが皆かわいかった。
 

 

ハラいっぱいで1人1品注文のおつまみはほとんど減らす。

 

 

解散後も飲み続け、家でも飲み、今日の写真を見ながら更に夜更かし。翌朝はかなりの2日酔いで起きるのが遅れた。

 

 XX.X XX.X

 

 

突然だがこういう鉄道写真が苦手だ。何故なら車両が小さくしか写らない上に、上下に非常に無駄な空間が出来てしまうからだ。それをどうにか工夫して芸術に仕上げる事こそが鉄道写真の醍醐味だとは思うのだが、ただでさえ光の向きで著しく撮影場所が限定されてしまう中で背景や構図にまで気を配るようなスキルはボクにはない。

 

 

2023年4月5日撮影。これは有名な撮影場所なので(顔面が黒いのは別として)まあまとまった構図であるが、それでも機関車も客車も非常に小さくしか写っていない。主要被写体は去り行く国鉄形車両であり、芸術性よりも形式写真的なものを望んでしまう。これはボクが鉄道写真のシロウトで、その昔形式写真的なものを散々撮って飽き飽きというような達人の域にはまだはるかに及んでいない事を意味しているのだろう。

 

 

出来ればこういう構図の写真が撮りたい。これならば少なくとも前面は大きく写るし、余った部分に編成全体を入れられる。何ならば全長500mの貨物列車でも理屈の上は編成写真となりうる。形式写真と編成写真の折衷案のようなこういう写真を撮るにはどうすれば良いのだろうか?

 

 

ざっくりと鉄道車両の高さを5m、幅を3mとし、これらに対して十分に長い編成長がある場合に3:2の構図に収める為には、列車が真横を通過する際の手前側車両側面から4.5mの所で構えれば良い事になる。それ以上離れると上下に無駄な空間が出来車両が小さくなるばかりとなる。この時焦点距離は影響しない。勿論魚眼や超広角というのは近似の対象外となるが、概ね標準域以上なら問題ない。但しあまり短いとパースによる車両前面の歪が無視できなくなるのと、編成後端が米粒となるので、やはりある程度の望遠レンズである事が望ましいだろう。

 

 

という事でやって来たのは東北本線箒川橋梁。ココでいよいよあと2回となったカシオペア紀行上りを狙う。近所では暗くなりそうだったので東北本線を北上。本当は高久駅まで行くつもりだったのだが時間が迫っていたのと、沿線の盛況ぶりに恐れをなした為、少し手前で見つけたこの場所で撮影する事にした。
 

 

あいにく超望遠機材(150-450mmとAPS-Cなので最低でも230mm!)しかなかった為、線路に近づかざるを得ない。幸いにもココは第2オカポン下り同様、架線柱が片側にしかない為、望遠系で狙うには適している。

 

 

特に4.5mを意識した訳ではない(というかこの数値は経験則を元に帰宅後に数値化した)のだが、線路脇から4~5m位の場所に三脚を立てた。そして前方に生えた草を避ける為にズームレンズをどんどん伸ばしていった所、気が付けばテレ端。換算680mmという、昨日の野球で内野席から本塁を狙うような超望遠となってしまった。今まではせいぜい300mm位でしか撮った事がなく、それでもかなりの迫力だったが、果たしてどうなるか。

 

 

思ったより早くカシオペア紀行仙台の復路列車がやって来た。通路の手すりがややうるさいが、スノープラウこそ少しかかってしまったもののスカート部はギリセーフなので良しとした。もう30cm高ければ回避出来た。我が家の一番高い三脚(値段が…ではなく高さが)のエレベーターをいっぱいに伸ばして踏み台を使用すれば十分回避出来そうだった。


 

実際の元写真はこんな感じだった。もう少し引き寄せた、機関車が左すれすれになるような構図を狙っていたのだが、思ったより編成が短くバランスが悪くなりそうだった為、予定よりかなり早い場所からシャッターを切り始めた。最左の架線柱が車体にかからない方が好みだった(のとピントが甘かった)為、撮り始めのものを1割程トリミングする事にした。

 

トリミングも含めて780mm相当という途方もない超望遠による圧縮効果により、機関車前面のみならず客車最後尾迄大きく写すことが出来た。左右には思ったより多く隙間が出来たが、これはあまりの超望遠故に、列車長が無限大に対してたかが250m程しかなく、その短さが無視出来なくなった為だろう。トリミング位置を機関車すれすれにすれば、全長1000mの超長大列車でも収まりそうな雰囲気だ。そしてカツカツにするよりも左右にこの程度の余裕がある位が丁度良さそうだ。この辺は列車長と好みにより、数十cm単位での微妙な位置の選定が必要となるだろう。今回はまったくのたまたまだがうまくまとまった。

 

撮り鉄業界で忌み嫌われる「串パン」は、当初はタイミングによっては逃れられる瞬間があるのではないかと楽観視していたのだが、テレ端で撮る事を決めた際にそのあまりの圧縮効果のすさまじさによりいとも簡単に諦めた。だがおかげで一般鉄道写真にはない妙な迫力が出た。周囲の方々は線路から10~15m程離れている人達ばかりだったが、1人だけすぐ近くまでやって来た青年がいた。他の皆様は一体どのような写真を撮ったのか、非常に興味深い。

 

 

決め打ち位置通過後、オマケで撮れないかとズームを回してみたがまったく追い付かず。真横は草に覆われており、GRで撮る事も不可能だった為、本当に一撃必撮の1枚となった。

 

 

帰宅後、いつもの野球聴取電車撮影飲酒散歩へ。当沿線専用のセッティング(1/250 F2.8 ISOオート 手振れ補正ナシ 50mmクロップ)をGR3のユーザー設定に登録しているのだが、その呼び出し(最近その方法を覚えた)をしておらず夜景モードのままだった為、ブレてしまった。

 

 

列車側面から2m程な為、列車の左右に隙間が出来る。なのでココでも4.5m位迄離れると良いのだが、そうすると50mmだとかなり横向き的なものとなる。前面部の高さがこちら側とあちら側で異なってしまい、あまり格好よくならない。

 

 

これら写真はGR3の50mm相当クロップ。当沿線では100mm位のレンズが良さそうなのだが、適度なレンズを持っていないのと、散歩の主目的は飲酒である事から大掛かりな機材は避けたい。一時期トリミング前提で少し小さ目に撮っていた事もあったが、カメラを動かす精度が低下し、ブレやすくなった為やめた。GR3に限らず普通のカメラに高倍率のクロップがないのは画質が悪くなるからというのがあるようだが、それ以外にもそんなにやりたければトリミングしろという考えがあるようだ。だがそれではうまくいかない例がココにある。

 

 58.40 16.1