家から約2時間かけてやって来た高幡不動尊。冷房のよく効いた車内も炎天下も体力を奪われる。到着時には既にヘトヘト状態。
境内には土方歳三の像。同じ多摩地区の出身とはいえ近藤勇が調布なのに対して土方はもろに日野の出身だ。この場所も駅名や寺の名前が先行しいるが地名で言えば日野市だ。今日はココでPRFC(PENTAX RICOH FAMILY CLUB)のオフミーティングが開催される。先月は何故か開催されなかったので小石川後楽園以来2カ月ぶりとなる。
境内の多くが城址公園となっており、歩き始めるといきなり山の中となる。そんな道中に突如現れたフラダンス教室の人形に目が行く。
油断すると登山のような道になると事前に訊いていたのだが、今まさにそこへ紛れ込んだ模様。
推定ビル10階分、50m位を登り、かなりヘトヘトになりながら山頂へ。小石川後楽園の人工の山に比べるとかなり高いが、何もないと不評。だが標高が高い森の中という事で下界とは比較にならない程涼しかった。
山内の至る所にある弘法大師像。八十八体あるこれらを全て回ると四国八十八カ所の霊場を巡ったのと同じご利益があるそうだ。
早くも一度目の集合場所である五重塔へ帰って来た。山登りに夢中になっており、アジサイはほとんど撮っていなかった。
芸術的観点から写真撮影をしていないので、どう撮ったらよいのかよく判らない。どうしても鉄道写真でいう所の形式写真のようになってしまう。
青紫的なものが多かった中でこれだけは紫要素がなく水色的で選定時に目に強く留まった。
にこにこ地蔵。自分もこうありたいものだ。
大日堂横と思われる。この先(背中側)にはお墓しかないとの事だったがやはりそうだった。
大日堂の複雑に組まれた屋根の裏側。
弘法大師像。
再び五重塔。周囲に張り巡らされた堀(?)に思わず飛び込みたくなる程の暑さ。
青紫色のアジサイ。先程の水色アジサイとの色の違いを画像ソフトでRGB値を読んでみると、やはり赤味が多く、緑味やや減っていた。
絞りはF2.8。これをF22まで絞ったらどういう絵になったのだろうという興味が今沸いてきた。
境内の観光地的な部分。急に俗物的になってきた。
本日の参加者の皆さんの機材。鉄道写真と一緒で、全体を大きく写すのが難しい。
炎天下の歩行で水分と体力を消耗した為、駅前の呼び込みに誘われてふらふらと店内へ。
↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?
昼から飲む冷たいビールが美味い。餃子は肉汁満載で、注意しないと激しく汁が飛ぶ。ビール3杯と餃子2人前で3200円もかかったのは痛いが大満足。
京王線で来た路線を引き返す。普段京王線に乗る機会が皆無なので何もかもが新鮮。「偏軌」の狭軌との差は明らかだが、標準軌との差は僅か6cm程しかない為見分けがつかなかった。他の大手私鉄同様、各所で高架複々線化工事が始まっているようで、懐かしい鉄道風景もまもなく見納めか。大手私鉄にしては軌道緑道化が進んでいたのは驚きだった。
新宿に戻り、ブラブラ。しげの秀一原画展のようなものをやっていた。
スバルビルはなくなってしまったが、新宿の目はかろうじて残っている。今後どうなるか?
新大久保のコリアンタウンをブラブラ。
学校の壁面。ココは何処だ?
昔通っていた予備校の前にあった飲食店が健在だった。豊富なメニューが魅力。次回訪れよう。
西武新宿線をいつもの調子で撮影。うまく編成が全て入ったのは訓練の賜物か偶然か?!
近年大工事中の都電荒川線千登勢橋付近。
都電が残っているだけマシだが、昔の面影がまるでなくなるのもどうかと思ってしまう。昔の高戸橋〜早稲田間の写真を見ると驚愕すると共に激しい哀愁感に襲われる。ココもそうなるのか?
7000形更新車の面影を残す7700形。改造費は1憶3000万円。8900形の新造費よりも5000万円安いとの事だが、これは有効な節約と言えるのだろうか?。奇しくも同時期に同数両(8両)が製造された8900形と廃車時期が同じならば節約と言える。現代の鉄道車両は寿命が短いので、ギリギリ見届ける事が出来るか?!
こちらは8800形、7700形よりも6年程先輩。こちらは10両あるので目下荒川線の最多勢力。
雑司ヶ谷電停から池袋へ。この界隈は今世紀初頭から急に足繁く通うようになり、どちらを向いても思い出だらけ。この店の瓶もいつ見ても洒落ている。
有名なこの3連劇場もよく通ったものだ。楽屋が舞台の下にあるというような事も知っている。
終演後、よく連れて行ってもらった立ち飲み屋。
ココの電車は現役時代(何の)の最後に設置されたので、公演前後で見たのは数回のみ。
ココも生徒でもないのに普通に出入りしていた。赤黄緑の照明が美しかった。
思い出のエレベーターホールにも潜入。流石にエレベーターに乗り込む勇気はなかった。
所変わって西口のピンク色のビル。ココを知ったのは名物店が閉店した時という比較的最近。
この大劇場も裏口からの入り方を知っていた(←小ホールは)。2011年頃に活動方針が変わり、小規模団体への貸し出しが行われなくなってしまった。
鏡面加工された地鶏に適した柱。コンセントがある所がチャームポイント。
メトロポリタンプラザもなくなり、噴水もなくなった西口地下。本当に何処もかしこも思い出だらけだった。皆さん元気にしておられるだろうか。
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