これからの、千年へ 〜明治神宮鎮座百年大祭にむけて | かんながら

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旅の記録です

 
週末は代々木で過ごした。

「よかったらどうぞ」ってオファーがきたから。

 
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通い慣れた道。
しろくまさんが入院しているとき、いつもこの道を通った。
ひとりでこっそり朝ミサに行ったり、駅前のマクドナルドでコーヒーを買ったり。
 
 
病院からの帰り道、わたしが自分で作ってまでご飯を食べないことをしろくまさんは知ってて、
 
「デパ地下で食べるもの買って帰って」
 
としろくまさんが言うから、いつもここを通って帰った。
でも、ずっと売り場をグルグルして、結局はたいてい何も買えずに帰った。
表参道に住んでいたときは、ひとりでいたら、何も欲しくなかった。
 
代々木に行ってすぐ、伊勢平氏おじさんに突然音信不通をくらった(代々木の街とアフリカと)が、その最後の待ち合わせ場所が、一度も行ったことがなかったこの橋の前だった。
理由はわたしが新しく引っ越した「代々木の部屋から近かったから」。
 
そう思えば、このエリアはいい思い出がない。
人が突然変わってしまう、ってこともよくあった。
わたしにはきついことばっかりあった、人間の住まう街の記憶。
ここは、人が暮らす場所なのだ。
 
欲望を持ち、競い、裏切ったり裏切られたり。
それでも、この街の美しさは、そのドロドロしたエネルギーに満ちた蠢(うごめ)く輝きの中にある。
 
 
でも、逆に、そんなときだから人の優しさにもふれた。
 
 
今はすっかり疎遠になっている宇宙人仲間がしょっちゅう酒やつまみを持って訪ねてくれ、ヒーリングをしてくれた。
Amazonの欲しいものリストに入れておいたビールをプレゼントしてもらったり、ご馳走になったりした。
時期は決まっているのに頭が真っ白になって何もできなくなっているわたしをみかねて、引越しの手伝いを安曇野の内観の先生がしてくれ、酵素玄米のおにぎりを差し入れてくれたりした。
 
しろくまさんとふたりでよく行ったラーメン屋さんのご夫婦(風雲児 〜よみがえる・・・?)は、忙しいのに、ひとりになったわたしに気づいて、いつも笑顔で話しかけてくれた。
 
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苦しみや悲しみの深いときの方が、人はしあわせや喜びに敏感でいられる。

 

 
善と悪、正と邪、というものが、片方だけでは存在しえないように、しあわせや、苦しみというものも、相対するものがあるからこそ存在するのだと思う。
 
 
 
しろくまさんが亡くなる前も、明けの明星が出る時期で、まるでわたしたちの様子を伺うように覗いているように見えるから「今日も宇宙人が様子を見にきてる」って早朝にくまさんを起こしてふとんから窓の外に輝く星を見ていた。
そして、今も明け方にあの星が輝いている。
 
もう声をかける相手はいなくて、「帰りたい」って自分が発する言葉に我にかえるだけだ。
ずっと昔、日記仲間のsnowflakesさんが星を見て、「かえりたい」って言って「どこに?」ってツッコんでいたけど、今のわたしにはそれがわかる。
 
代々木に住んだわずかな時間は、それまでの10年しろくまさんが引き受けてくれていた「人としての営みのいろいろ」を体験した時期でもある。
しろくまさんと一緒にいた10年は、人間らしい暮らしをして、人が周りにたくさんいて、人のお役に立てる実感が生まれて初めてあって楽しかった。
 
 
ひとりになったら、人との距離は難しい。
しろくまさんがいたから、人の中にいられた。美味しいものを食べたり、遊んだりが好きな人間らしい欲を自然に持っている彼が人との取り次ぎをしてくれていたから。
 
 
先日突然知人のご主人を一緒に見送る体験をしたが(突然の旅立ち)、数日を一緒に過ごした彼女からも「あなたといると(亡くなった日のことを)思い出すから連絡しないで」と言われた。
気持ちはわかる。
 
人間は、感情を共有する。
 
「かわいそう」って言って、言われて、人は支え合う。
 
 
もちろん、時には傷つけ合いもする。でも、それが「人間の営み」なのだ。
 
 
 
神の視点でみたら、どんなときも「かわいそうな人」なんていない(かわいそうな人なんていない☆)。
そこには、いつも神の恩寵がある。

 

 

代々木の街から戻ったら、表参道には国旗と提灯が上がっていて、奉祝ムードに包まれていた。

そして、旧暦9月9日は成って、「はじめの百年」から、「これからの千年」へとシフトした、と感じた。

 

 

 

でも、わたしは・・・?

人は役割を終えたとき、身体から離れる。その瞬間まで、ただ精一杯生きるだけだ。

 

 

そういえば、最近のわたしは神の住まう表参道にあまりいなかった。

ご主人を亡くした友人のところに行き、すごく似てるお父さんをどこかまだ嫌っているヨギの治療師のところにいっていた。

人の中に生きることしか、この世で生きる意味はないと思ったから。

 

 

ご主人を亡くした友人には、「もう一度くまさんみたいな人を見つけて、また幸せになって」と言われ、

ヨギの治療師には「みえない世界にとらわれていないで、山を降りたら(夏を終える旅(八ヶ岳) 〜菊理媛神から国常立尊へ)」と言われた。

 

 

でも。

あんな悲しみをもう一度体験するくらいだったら、幸せになんかならなくていい。

人間の生活は楽しすぎた。

楽しみは、悲しみと表裏一体なのだ。

 

 

しあわせ沸点の低いわたしは、悲しみの融点は著しく高い。

またあの幸せを体験したら、次はなくす悲しみで壊れてしまう。

壊れるのは、身体に宿っている感情であり、エゴであるのだが。

 

 

 

「人は、神さまを必要としていないと思うよ」

 

白山のサルタヒコも、なにわの審神者(さにわ)も、同じ神を共有している。

だから、神の孤独を知っている。

 

 

わたしの信じる神は、人の僕(しもべ)ではないが、多くの人は神に、「自分の願望に、神の創った現実の方を合わせて欲しい」と願う。

 

神の目で見たら、完全な現実に、ノーを言うのが人間なのだ。

そしてその不満は、生きるモチベーションでもあるようだ。


 

人が笑って、幸せそうにしているのをみていたい。

人が幸せでいられるのなら、神は、いなくても別にいい。

 

 

それって国常立尊さまを「沓島冠島の間に人と神様が共謀してしずめた」(続・答えあわせの東京散歩 〜その2 芝公園というお地場(聖徳太子がつなぐ不思議なご縁))」ってときと同じじゃないか。

 

 

わたしは長いときを経て、再び、同じことをしようとしているのか。

 

 

 

 

秋からの自分がイメージできないと言いながら、表参道の欅並木は、少しずつ色づいてきた。

季節は、変わりつつある。
 
 
明治神宮には、鎮座百年大祭の立て札の他に、11月8日の立皇嗣の礼当日祭の案内も立った。
次の千年へと、確実に、時は流れている。
 
 
朝、久しぶりに伊勢平氏おじさんとばったり会った。
 
「何かあった?」
 
「ありました」
 
「どうしたの」
 
「49対51」
 
「何?」
 
 
「おじさんが、言ってた、人間と、神様のバランスですよ」
「そんな、ものなんだよ」
 
 
「神様は、そんな、人間に都合よくなんてないから」
「また人は神を、海に沈めると思います。」
 
 
人間は、イエスを磔(はりつけ)にして、国常立尊を海に沈めた。
 
 
 
「(わたしといると)新しい十字架を背負わされるような気がする」と最後にあった日に、ヨギの治療師は呟いた。
 
 
神の理想を生きるというのは、お金とも縁がないし、目に見える成功からも遠い。そして、とても孤独なことだと思う。
 
 
それは聖書にも書いてある。
 
「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。(ルカによる福音書18:22)」
「神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子供を捨てた者はだれでも、この世ではその何倍もの報いを受け、後の世では永遠の命を受ける(ルカ18:29」
 
 
そう教えたイエスさま自身が、「それは人にはできない」と言っている。
だから、イエスさまは、死んだのだ。皆の、罪を背負って。
 
 
イエスさまも、瀧祭宮に祀られている、おじさんが「かなしきアマテラス」って呼んだ女神さまも、人の子の幸せのために、そうなったのだ。
 
 
「どこか痛いところは」
 
「ここ」
わたしは胸に手を置いて見せた。
思わず涙が溢れて思わず目を逸らして空を見上げた。
 
「触れられたいの」
「そう」
 
「なんでそう触れられたいんだ?」
 
「生きているときにしか、できないことだから。」
 
 
 
おじさんは、わたしが繋いだ手を握り返して、ハグしてくれた。
「じゃあな、元気でね」
 
 
あとはいつも通り。
何もなかったように、行ってしまった。
 
 
 
 
 

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