piyoの生活 - ソプラノ歌手の精進の日々

piyoの生活 - ソプラノ歌手の精進の日々

piyopiyoとおしゃべり好きなソプラノ歌手。歌、美術展めぐり、旅行などの記録です。
キャラ濃いめ。
面白い発見、楽しいアイデア、素敵な体験は元気の素。

Carpe diem - その日を摘め(ホラティウス) 

人生は短い。だから、今日という日を大切に虹




先週の月曜日、前回の続き、田町から歩き始めた。以前住んでいた町なので懐かしくてちょっと道草も。


まずは札ノ辻。東京タワー🗼も見える。ここは箱根駅伝でもよくテレビにうつる。江戸時代には御法度などの重要な決まり事を書いた札を立てたところ。

 


札ノ辻橋はJRの線路の上を渡る。

山手線内外、京浜東北線上り下り、東海道線上り下り、そして東海道新幹線は上下各2本ずつ線路が並んでいて、複数編成の電車を撮ろうと橋の上でしばらく頑張ってみた。

 




以前住んでいたマンションの様子もみて芝浦港南地区へ。右手の新幹線の車庫への線路は昔のまま。はるか向こう左手にお台場のフジテレビ本社ビルがみえる。




ここから「おばけトンネル」をくぐって高輪にでた。昔は本当におばけが出そうな高さ170㎝ほどの低い地下道だったが、今は大規模な再開発の現場で、トンネルも新しくなり、おばけトンネルの雰囲気を多少残しているのは高輪側の一部のみ。

 

第一京浜にでると高輪大木戸跡。江戸の玄関で、ここから先は京への街道。旅の見送りもここまででもう一生会えないかもしれないと、水杯を交わす人もいたとか。新駅、高輪ゲートウェイは大木戸のことだったのかと今更気付いた。





品川駅を過ぎると山の手側に泉岳寺。忠臣蔵の赤穂義士の墓48基にもお詣りしてきた。徳川家康が今川義元の菩提を弔うために外桜田に創立し、火事でやけたあと高輪に移して再建されたお寺。





第一京浜にもどり、北品川、八ッ山橋を渡り旧東海道に入る。宿場町の雰囲気をだしている。けれど、その起点となる北品川駅付近の道が立体交差で分かりにくく、見どころがたくさんあるのに確認できなかった。今度は京急北品川までもどってリベンジしようと思う。





月曜日だったので交流館も休館。御宿印も買えないかと思いきや、橋のたもとに案内所がありそこで購入できた。

 



珍しい履き物屋さん。中からトントンと作業する音が聞こえてきた。江戸に下るとき、品川宿が最後の宿場なのでここで休憩し、旅装束を着替えて江戸に入ったというので、草鞋(わらじ)から草履(ぞうり)に履き替えもしたかもしれない。


とにかくせっせと歩き、品川寺(ほんせんじ)の地蔵菩薩、江戸六地蔵の一つにはお詣りをして、立会川で日も暮れたので電車で帰ることにした。




立会川に坂本竜馬の像。このあたりに土佐藩の下屋敷があり、竜馬もここで警備にあたったことのこと。高知だけでなく日本中、いたるところに竜馬の痕跡があるものだ。先日行った下田にもあった。



この日の歩数は25,000歩。

 

弥次喜多は一日目、朝に日本橋をでてお昼に川崎宿、夕方に戸塚に着き宿泊。

私は、一度に半日足らずとはいえ、もう、2回やっているのにまだ川崎宿にすら全く届かない。それでも、一日に25,000歩も歩いたら、かなり疲れるし、二日連続も無理。江戸時代の旅人の健脚ぶりには本当にびっくりする。

 

とりあえず三日坊主をめざす、しかも断続的に。

 

今日はカラオケで歌の練習を2時間、

最初の45分はマーラー復活の暗譜練習、

次の45分は発声、

残りは本番待ちのソロ曲を数曲。

これでタイム・オーヴァー。

 

結局戦争レクイエムの音取りは進まなかったので

帰宅して、オーケストラの音源を聴きながら

リブレットをじっくり読んだ。

合唱が歌う典礼文は、いつもと同じだが、

ソリストの歌詞はOwenの詩。

これがなかなか凄いもの。

 

検索して曲の解説もじっくり読んでみた。

Wikipedia先生にいろいろと教えてもらった。

 

スコアの扉にOwenの言葉が引用されている。

“My subject is War, and the pity of War.

The Poetry is in the pity…

All the poet can do today is warn.”

 

曲は戦争でなくなったり、行方不明になったり、自殺したりした4人の友人にささげられており、スコアにもそのことが書いてあった。

 

テノールとバリトンのソリストの歌唱はラテン語の典礼文を否定するような内容で、戦争の恐ろしさを描き出す。

 

私が最も衝撃を受けたのは3曲目Offertorium.

他のレクイエムではアブラハムと神の契約の輝かしいフーガが来るところ。

ソロも、旧約聖書創世紀のアブラハムとイサクの物語を歌っていく。

 

アブラハムは神から試される。神から命じられ、我が子イサクを生贄にしようとするところで天使がそれを止めに来る。聖書ではアブラハムは天使の声に従うのだが、ソリストの歌唱では、アブラハムは天使の声を聞き入れず、我が子を殺してしまう。そしてヨーロッパの子孫の半分を一人ずつ殺したと続く。

 

合唱はPPPでフーガを歌う。この虚しさ。

戦争というものはそういうものなんだということを突き付けられて、ここをどんなふうに歌うのだろうか。

(まず、ちゃんと歌えるようにならなければ。)

また、初演のテノールはブリテンのパートナーでもあったイギリス人、バリトンは敵国ドイツのフィッシヤー・ディスカウ!ソプラノはロシア人ヴィシネフスカヤの予定だったが、ソ連政府からの許可がでず、本番10日前にイギリス人ハーパーに決まった。これもいろんな意味で凄い。

 

反戦を訴える社会的な作品、戦争レクイエムは名曲として世界中で評価された。最後は殺した兵士と殺された兵士が地獄で出会って一緒に眠るという和解で、音楽も美しく終わるが、ブリテンと親交があったショスタコービッチはこの最後の融和が気に入らなかったそうだ。今のロシアを見て、何をいうだろうか。

 

昨今の日本だって他人事ではない。

戦争は良くないということを忘れている人、

どうやったら避けることができるのかを

真剣に考えない人が多そうな気がしている。

世界の中での日本の役割が

わかっていない人が多い?

 

というわけで、音は出せなかったけれども、

良い勉強ができた。

平和について考えることができた。

 





戦争レクイエムの合唱の練習が始まり、毎週どんどん進んでいくので、音取りにてんてこ舞い。

今年はこの曲も含めるとすでに11回の本番の予定があり、3月から5月には発表会、ソロの演奏会4件と立て込んでおり、その準備もあるのに、ゆっくり時間をかけていられない。

 

戦争レクイエム、臨時記号オンパレードだけれど、調性も無きにしも非ず。変拍子も多く、嫌いでもないのだけれど、フレーズと小節の関係が、単に数学的に合わせてあるだけ?で、時々ずれるので、拍感???がつかみづらい。

4小節だけ取り出して20回30回と繰り返してもまだつかめないところもあり、どれだけ時間をかけたら音が頭に入るのか、見当もつかない。歌詞だけは慣れている通常のラテン語なので助かった。

 

そんな状態で、多少声も出しながら練習するので、発声が影響を受けてしまい、それを直すための発声の時間も余分にかかる。

 

けれども、今、戦争レクイエムを演奏することは意義深いと思うので、大変だけれど頑張る。

 

モルガーナのアリアは、無事にヴァリエーションもつき、レッスンでもOKをいただいたので、後は歌い込み。一年前にローマで見たAlcinaの舞台を思い出しながら、仕上げていきたい。


節分のご飯はうるめの丸干し。

これが滅法美味い😋



 

令和東海道中膝栗毛。

膝栗毛っていうのは、馬にのるお金がないから自分のお膝で歩いていくという、貧乏な旅行という意味の面白い表現。

親切なガイドブックや、すべての宿場に御宿場印があるならば、ちょっとやってみようかと、せっかくだから日本橋からスタート。

歌にあるように7つ(午前四時)に日本橋を出発することは、神田あたりにでも前泊しないと無理なのであきらめ、午後1時に出発。





 

半蔵門線「三越前」駅のB6出口を上がると、乙姫広場で「日本橋魚市場発祥の地」。日本橋勤務時代の通勤経路だった。9年くらい通った道。

橋の中央の道路元標をかすかにながめながら橋をわたると滝の広場で、ここは元「晒し場」。おお、ここには罪人が晒されていたのか。今は交番がある。なるほど。

 





道路を渡ると花の広場で、ここは高札場(こうさつば)。生類憐みの令などの大事な決まり事が掲示してあったところ。

今は観光案内所があり、御宿場印帳と日本橋の印を購入。

 





もう一度橋をわたり、元標の広場で、佐藤栄作の書いた前の日本国道路元標をしっかり眺めて折り返し、京橋方面に出発。

 



京橋では石の擬宝珠の記念碑を見た。日本橋とほぼ同時期、慶長8年(1603年)にかけられた橋は昭和38年の京橋川埋め立てで撤去されたが、石の親柱2基が残された。その近くには江戸歌舞伎発祥の地碑、京橋大根河岸青物市場跡の碑を確認。1624年に初代中村勘三郎が興行したとのこと。

 






銀座2丁目で、ブランド宝飾ショップに目を奪われていたら、銀座発祥の地の碑を見損い、少し戻って確認。駿河の銀貨鋳造役所の銀座がここに移されたのは慶長17年(1612)だけれど、両替町と呼ばれていて、銀座と呼ばれるようになったのは明治2年だそうな。





新橋にも親柱が残っていた。このあたり、海も近く、川も沢山あったのね。川は埋められているけれど、やたらと橋がつく地名が多いのは、実際に橋がかかっていたんだね。

その隣には銀座柳の碑。映画の主題歌らしく調べたら音源もあった。

 

浜松町をとおり、芝大神宮にもお詣り。1階は駐車場、2階に社殿と苦労して残してある。参道の商店街もさびれているけれど、神社にはお詣りの人が列になっていた。狛犬の台座には「め組」。江戸時代に「め組」の火消しと相撲取りが大喧嘩をして半鐘まで鳴らす大乱闘になったところらしい。江戸の喧嘩は派手だったね。

 







増上寺の「大門」を眺めて進み、田町の手前の本芝公園に立ち寄る。ここが「雑魚場」跡。江戸時代は海で、小魚がとれる漁村だった。海老漁もさかんで、ここでとれるのが「芝海老」。へえ、しらなかった。この付近に15年近く住んでいて、この公園にはよちよちの娘たちを連れて遊びに来ていたけれど、そんな歴史のことは当時は気にする余裕もなかった。

落語の「芝浜」「芝浜の革財布」はここが舞台。帰宅してから古今亭志ん朝の名人芸「芝浜」をYouTubeで聴いてみた。

 

鹿島神社にもお詣りして旧海岸通りにもどると「西郷隆盛・勝海舟会見の碑」。

薩摩藩の屋敷で、江戸城無血開城が決められたという、歴史のある場所。

 



沢山ある史跡も碑のみだけれど、想像力で補えばなかなか楽しい散策だった。

良く知っている地域だったからあまり不安もなかったし。

 

スニーカーの具合が合わず、途中から足が痛くなってきたので、今日はここまで。田町でJRに乗車。最初の宿場町品川までいけなかったなぁ。

本日の歩数は20,000歩。

 

本当に京都までいけるのかどうかわからないけれど、ちょっとチャレンジしてみようと思う。何日にも分けて、無理しない範囲で。

 

いよいよ音楽活動も増えてきた。

久しぶりの合唱団練習でマーラー復活と戦争レクイエム。2公演降板した関係で3か月近く欠席していたので、ちょっと行くのが怖かったけれど、行かないと何のために再入団したのかわからないから、頑張っていってきた。

 

練習曲はマーラー復活だけかと思いきや、ずっとお休みしていてこの日楽譜を受け取ったばかりの新曲、戦争レクイエムのアンサンブルも始まり、初見でこわごわ。音源を聴いてもいなかったので、本当の初見だったけれど、これは好きな曲の予感。反戦のテーマは取り組みたいし、モーツァルトの真逆のような不自然な不気味な音も、わりと好物。少しだけだったけれど、ソロだけでは経験できない、素晴らしい曲に取り組めることで、ワクワクした。と、のんきなことを言っていられるのも今のうちかもしれないけれど。😅

 

そして今日は2回目のグループレッスン。思い切ってフランス語歌曲を2曲準備した。アーンの「愛される人」とフォーレの「五月」。アーンだけで時間がなくなったけれど、素敵な曲をちゃんと素敵に歌えるように、また、発音もビシビシと直された。Surと Je の発音が違っていて、これだけで、数分間、ああでもない、こうでもないとやって、やっと少し近づいた。復習も頑張らないと。😵

 

来週はヘンデル「アルチーナ」のモルガーナのアリアを持っていく。ヴァリエーションが決められなかったけれど、天下のデヴィーアさんのほぼヴァリエーションなしの音源を見つけたので、私もなしで。ヘンデル の音が素敵過ぎて、変化させる隙がないってことで。ヘミオラは攻略した。明日からの自主練で猛練習して、難所の克服が間に合うかどうか。⏳

 

合唱団もグループレッスンも、どちらも楽しみ。



 来週も頑張ろう💪





数日前、無事に今年初めてのグループレッスンも受けられた。

担当がコロラトゥーラソプラノ大御所先生だったので、迷わず、アミーナを持って行った。この日はお休みも多く、一人当たりのレッスン時間が28分、いつもよりも大分長い。

 

術後、外出も声出しも控えていて、レッスン3日前から再開したので少し心配だったけれど、まずは最後まで通し。

 

うん、うん、頑張ってるわね、の一言のねぎらいの後、リズムの修正、言葉のいい終わりの処理、言葉の入れ方、ブレスの位置、そして、

a piacereのところの表現が全く足りないことなど、ぎっしりみっちり、ご指導いただけた。

聞き分けのいいソプラノじゃ、面白くないって。

 

この曲はすでに2回、別の先生にレッスンしていただいている。2回とも主にレチタティーヴォを中心に見ていただいているので、今回は歌を中心に見ていただけた、のだけれど、リズムの譜読みが甘すぎたのを実感!

 

ベッリーニはドニゼッティに比べて、3連符の伴奏に8分音符系の歌を合わせるところが圧倒的に多くて、私は割とやっているほうなのだけれど、今回の曲は歌にも3連符がそこそこあるので、8分音符系を見逃していた!ぐやじい。

それと、3連符の伴奏に16分音符+32分音符6つを入れるところが2拍、音もCまで上がって下りるところがあり、これは、実は訳が分からないままに雰囲気でやっていたら、「ちがうわよ」とぐさりと指摘。ただ、これはやはり超絶に難しいらしく、プロでも3連符系にあわせて歌っている人の方が多いかも、とのことで、正しくないほう👀のやり方もご指導いただき。

どっちでやるのかは、決めていかなければならないけれど、正しくない方を採用しようかなと考えている。🤔

 

複数の先生に見ていただくことを、とりわけありがたく感じた初レッスンだった。

 

それにしても、今日の株式はすごかったー。⬆️

毎日こんなわけにはいかないでしょうね。

 

写真は日曜日に焼いたガレットデロワ。

今年のチャレンジクッキングその1。

フェーブは無難にアーモンドにした。

 



明日も無事に暮らせますように。


 

 

年末の入院中と退院後の自宅療養中に読んだのは、父の蔵書からもらってきた内の2冊。

「落日燃ゆ」はただ1人文官でA級戦犯として処刑された元総理、広田弘毅の物語。広田さんはじめ、祖父の同期や遠縁が出てくるので、祖父からの課題図書みたいな位置付けだったので、読了して、宿題をようやく片づけた達成感。
小説ではあっても、かなりの部分は史実に基づいているところ、高校時代は日本史が苦手だったので、いろいろとあやふやながら、戦前の不穏な時代、度重なる外交努力が陸軍の勝手な行動でぶち壊され、世界の中でどんどん日本が孤立していく様子は恐ろしかった。長州が作った憲法が日本を破滅に向かわせたこと、戦後の焼け野原の中で制定された現憲法の意義を噛み締めて、大事にして行きたいと改めて思った。
父は年老いてからだいぶ右に偏っていたので、私の読後感を話したらきっと大喧嘩になっただろう。😝



もう一冊「蜜蜂と遠雷」は見てないけれど映画化された2017年のダブル受賞作。若き天才ピアニスト達がイキイキと音楽に向かう姿がキラキラしていた。
娘ちゃんその2が好きな筆者ということで、この本は彼女のところに行った。




「落日燃ゆ」に影響されて、今年はまず「論語」から。そういえば、去年のお正月にも、論語を読んでみようかなとブログに書いて、実現してなかった。



もう一冊、パラパラめくっているのは、高校の日本史の教科書。ドラマを見るのにも、あちこちに旅行するのにも、そもそも日本史の全体像があやふや過ぎるので、手元に置いておくことにした。



趣味を広げて、認知症に抵抗して、豊かな老後を夢見ています。






病院の年始休業明けの診察で黄斑の穴がきれいに塞がっていることが確認でき、眼球内のガスも吸収され影もなくなったので、その翌日から練習してみた。

 

発声の最初の5音は、なんだかヘロヘロだったけれど、いつもの調子にもどり、曲も歌うことができた!高音も、フォルテも、目が痛くなることもなく、この分ならば、スムーズに復帰できそう。春の本番の曲も差し替えなくて大丈夫。

 

よかった。

 

目の感染予防はまだしばらく必要だし、目の充血が収まるのはあと数週間、眼鏡の作り直しも来月になってから。視力は1年かかって徐々に回復していくということだ。

 

でも、上向き寝ができて、歌が歌えるのならば、気分的にも重荷がとれて、いろいろな予定も積極的に入れられる。残りの人生、長いようで短い。楽しく丁寧に生きていきたい。




 

 

新年早々(外出自粛して)おうちで針仕事。

 

実家の母から引き継いだぬいぐるみ。

生地の裁断までで放置してあったものを昨年暮れに縫ってあったので、新年になって綿を詰め、顔を刺繍して仕上げました。手のひらサイズだから、割と細かい仕事。🧵🪡

 

でも、なんか、可愛くない。😰



ぬいぐるみってセンスのなさが

露呈しますね。

折角だから、しばらく置いておきます。

 

もう一つは、昨年、自宅の断捨離で発掘した

カットワークの刺繍のドイリー。

30年以上も放置されていました。

見つけた時は軽くショックでした。😱

 

見たくないという気持ちを制して、じっくり見ると、刺繍は終わっていてカットだけをすればいい。ちょっとやる気がでてきて。そうだ、専用の細いハサミがないと難しいので、挫折したんだ。無駄には歳をとっておらず、適当にまとめ上げる力はまだあります。

大きな裁ち鋏で、チョキチョキ。

なんとか出来上がりました。



 一緒に放置してあった食事用のナプキン、縁のシツケがとってなかったので、これも取って、アイロンかけて仕上げました。使うと思えないけど。



未完成作品を減らしたので、気分が晴れました。断捨離にはなってないかも。

でも、手を動かす習慣のきっかけにはなったので認知症予防には役立つでしょう。🧠

 

 

 

厄除けに川崎大師にお参りに行ってきました。

5日月曜日でも、まだまだ大賑わいで参道にもたくさんの屋台がでていました。

 

初詣の神社の八方除けの表をみたら、今年は自分も夫も凶の年回りだったので、気持ちの問題として厄除けに行ってきたというわけです。たんきり飴をきる音がトントンと響き、ずいぶん前に一度来たことを思い出しましたが、そのころは寺社巡りにも興味がなかったので、実質初訪問でした。

 

お節は手術前、22日にほぼ作り、冷凍。31日に解凍し、追加で何品か作り重箱に詰めました。まだ片目しか見えない状態だったので、盛り付けの距離感が微妙に難しく、普段の3倍の時間をかけて盛り付けました。

 

3日間でほぼ完食。

 

 



 

記録(〇は冷凍で問題なし、△は冷凍じゃないほうがいい、●は市販品、無印は31日調理)

 

≪一の重≫

紅白蒲鉾 ●

伊達巻 ●

数の子 〇

栗きんとん 〇

田造り 〇

お多福豆 ●

酢蓮 △

花びらゆり根 〇

自家製干し柿クリームチーズ巻

 

≪二の重≫

鰤照り焼き

海老旨煮 〇

鮑酒蒸し 〇

牛肉八幡巻 若竹巻 〇

たたきごぼう △

いくら〇 と菊花大根

なます〇 柚子釜

酢だこ ●

チョリソーとチーズ ●

 

≪三の重≫

紅白豆 〇

梅人参 〇

椎茸 〇

筍 〇△

鶴の子芋 〇

くわい 〇

紅葉麩 

栗甘露煮●

栗渋皮煮〇

昆布巻き ●

銀杏 〇

菜の花のお浸し

絹さや 

 

これ以外に

黒豆 〇 と

数の子入り松前漬け

 

必要にせまられた冷凍作戦で、手間暇はトータルには余分にかかりましたが、31日の疲れが少なくて結果良かったです。

ただ、繊維の多い牛蒡、ハス、筍はできたら前日に作るほうが美味しいこともわかり、有益でした。今年は術後だったのがブレーキになり、適量で良かったです。

 

コストはだいたい15,000円。蒲鉾、伊達巻、数の子、干しシイタケ、お餅などが価がはりました。

 

楽しんでできるうちは作り続けます。

今年もいろいろな新メニューにチャレンジしたいです。