青空Music♪ -10ページ目

青空Music♪

自由に思いを綴る場所。
放置グセが強くなってきてますが数ヶ月に一度くらいはきっと更新します(^^;)

自分自身も人に言われるまで気づかなかった事ですが、私は「弱音を吐く事」が苦手なようです。




と言っても、1人でいる時には弱音の嵐だったりするのですが😅

ブツブツと声に出して、気持ちを落ち着けるようにしている事がよくあるなぁと自分では思いますあせる


弱音を吐く事そのものというよりは、

それを周りに伝える事が苦手、という方が正しいかもしれないです。

心配してほしいけど、心配かけたくない。

矛盾しているんですよね😅




前の職場でも、周囲からは

「いつでも冷静」

「淡々としている」

「何があっても落ち着いている」

とよく言われていました。



私自身はとても焦って動揺しているのに、なぜ人にはそのように見えているのだろう?

と不思議だったのですが、

それは私がそういうマイナスな心の内を表現するのが苦手だったというか、下手だったからなのかもと、今では思います汗


本当は助けてほしいのに、周りには冷静に対処しているように見えるので誰も助けてくれない。

そんな事が多々ありました。




冒頭に書きましたが、そんな私の本音と性格を見抜いて指摘して来た人というのが、

専門学校の時の担任の先生でした。


「パッチは辛い時に辛いと周りに言えない性格だよね。もっと人を頼っていいんだよ」

というような事を言われて、私自身がハッとしたのを覚えています。

そうだったんだ、と、自分のことなのに初めて知ったような感覚でした😅


担任の先生というのは、クラスの生徒達一人一人の性質をとても良く見ているのだなぁとちょっと感動した出来事でもありました。

当時の私ともそんなに年齢差もない、若い先生だったんですが。




そう言われたのは学生時代なわけで、担任のその言葉を少し意識はしていたつもりだったのですが…

結局社会に出てからも、私はうまく周りを頼る事が出来ていなかったという事のようです汗




ちょっとズレるかもしれないけれど、私は普段から誰かといる時に

「疲れた」とか「眠い」とか

「お腹すいた」すらもほぼ絶対に言わないんですよね😅

(それも昔誰かに指摘された記憶があります)

自分のマイナスな事情で場の流れを狂わせたり、意識させるのが嫌というか…



決して周りの人に心を開いていないというわけではないんですが。




もう少し自分の本音を解放できるようになれば、何かが変わるのかもしれませんね😅

弱音を言うのは決して悪い事ではないというのは理解しているのですが…

自分の不器用さがもどかしいですね汗




私の苦手なこと

 

 

 

 

 

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する

 

 

前回↓

それ以前のも↑に載ってます






書こうと思っていた事に相応しいなと思ったので、こんな投稿ネタで…




「学生時代の夏の思い出」




高校の3年間は、私には夏休みというものは1日もありませんでした。


その時期は吹奏楽コンクールと高文連の為の練習で、毎日9時〜19時頃まで部活の日々。

休日は1日も無しです。

発展途上の弱小部とはいえ、取り組みは一応しっかりと本気でしたニヤリ




毎年一学期の終業式が終わると吹奏楽部は、

体育館の隣にある「格技場」という場所へ楽器をせっせと運び込みます。


夏休み中の練習場所は、音楽室ではなく格技場。

柔道などをやる為の、少し小さめの体育館という感じの建物です。



毎日格技場に通い、10時間程練習して(休憩挟むから正確には9時間か😅)暗くなってから格技場を出る。

音楽室よりも広く、本番のイメージに少しでも近い感覚で練習できる格技場は、最適の場所だったと思いますニコニコ



何となく気分も開放的になって、

個人的にはワクワクとリラックスが入り混じった不思議な感覚を持っていた事を覚えています。


リラックスが混じっている理由は、

格技場での練習の日々が、まるで

20人弱ほどの兄弟姉妹とお父さん(顧問)という、謎の大家族で生活しているかのような感覚だったから笑い泣き笑い泣き



事実、それぞれの家族よりも部員と一緒にいる時間の方が遥かに長かったので…

当時の部員達は学年関係なくみんなとても仲が良かったので、もう本当に家族のような、姉妹のような感覚でした照れ



真夏だし、北海道だからエアコンなんてないので、扉やら窓やらも開放して演奏音ダダ漏れでやっていました笑

(すぐ周囲は陸橋や線路で民家は近くないので、多分近所迷惑ではなかったと思います😅)


外に出て、グランドで練習中の野球部に向かってちょっとした応援のフレーズを吹いてみたりして謎のコミュニケーションを取ったり




この時期、嬉しかったのが

顧問の先生がたまに部員全員にアイスを奢ってくれる事でした笑

少人数ならではですね笑い泣き笑い泣き

時々ハーゲンダッツなんかも奢ってくれたりしてびっくり

先生はスイカバーが好きで、部員に混じっていつもスイカバーを食べていた姿を思い出します笑い泣き



ちなみに私が3年生になった年の春、

多くの1年生が入部してきてくれて、部員が過去最多人数(と言っても23人くらいですが😅)になったので、先生が



「もうハーゲンダッツ禁止令出すわ…

略してハゲ禁だ」



と言っていたのを思い出します笑い泣き笑い泣き笑い泣き

🧑‍🦲🈲






中学生までは、夏休みといえば私は必ず家族でキャンプに出掛けていた思い出があります。

父もドライブやアウトドアが好きな人なので、必ずどこかしら遠出に連れて行ってくれていました。



高校で吹奏楽部に入って、

毎年夏休みの恒例だった家族キャンプや、色々な夏のお出かけをする事は一切出来なくなったわけなのですが…


今思うと本当に不思議な事に、

あの頃の自分はそういう状況について何一つの嘆きもなく、


むしろ、

「夏休みだからどこかへ行きたい!」

という、それまで当たり前に毎年思っていた事を何故か微塵も考える事がなかったな…と。

考えなかったというより、頭の中から全て消去されていたという方が正しいかも…



もう当時の私の頭の中は本当に、見事に部活の事しかありませんでした。

土日も祝日も、夏休みも、全ての時間を

楽器を吹くという事に捧げていたと思います。

勿論それは、自分自身の意思としてです。

やらされていた、やらなきゃいけなかった、とかではなく。



何だか今考えると、

ちょっとだけ恐ろしい気もします😅


青春時代真っ只中の高校生の夏休みを、

海行きたい山行きたい、

キャンプしたい花火したい

そういう誰もが思うような楽しい事が一切頭の中に思い浮かぶ事なく、部活一筋で過ごしていたので……


それだけ心から本気で取り組んでいたよなぁ

と、当時の気持ちを思い出します。





別の記事でも書きましたが、

結局私は3年間のうちに、夏のコンクールで金賞を獲ることは出来ずに終わってしまいました。



それでも、夏休み中1日も休む事なく、

その日の為に全力で取り組んだ日々が私にとっては誇りで宝物で、


目標が実る事はなくても、こういった経験が間違いなく今の自分にも繋がっていると思っていますニコニコ





高校の夏休み、どこかへ遊びに行った思い出って本当に何一つないのですが、

私にとっては、どこかへ遊びに行くよりも遥かにもっと楽しくて大切な思い出がたくさん出来ました照れ



学生時代の夏の思い出

 

 

 

 

 

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する

 

 

【過去の記事】

①入部時の苦労と、印象に残っている曲達

②曲の構成について

④ビッグバンド部結成

⑤ヤンチャなトランペット少年

⑧最後の1年間



 



私が在籍していた当時は、
再建されたばかりで発展途上の小さな部だった、母校の吹奏楽部

今では見違える程に大きく立派になってくれています爆笑




そんな当時の部を支え、
レベルアップの為に手を貸して下さっていた方がいらっしゃいました。
私が覚えている限り2名の講師の先生がいらっしゃったのですが、その1人のお話をします。




当時の顧問の「師匠」だと言う、サックス奏者の先生。
とある楽団で指揮者をされている方です。
ここでは仮名で「サックス先生」と呼びます笑


そのサックス先生が、
当時の弱かった私達を鍛える為に
ご指導に来て下さる機会が何度かありましたニコニコ



部員の出来ない所や、改善すべき点を
都度手元のソプラノサックスを使って
「こうすると良いよ」と再現して下さる姿を今でもよく覚えています。

サックスではないパートでもソプラノサックスで的確に表現し教えて下さるので、凄い人だなぁと感動していましたおねがい



私達の顧問の先生は担当パートがパーカッションだったので(だったのでという訳でもないですが)もちろんの事そのようなご指導を受けた事は一度もありません。

いつもの合奏とは一味も二味も違って、新鮮で、とてもわかりやすかったと記憶しています(顧問のやり方がわかりづらかったと言っているわけではありません笑い泣き笑い泣き笑い泣き



そしていつでも優しく、親身に教えてくれるサックス先生が、私達はみんな大好きでした照れ

当時の私達にとっては丁度お父さんのような世代の方だったことも、そう感じさせてくれる理由の一つだったかもしれません。
ちなみに顧問は当時30代だったので、どちらかというと若い人寄りだったかと思います。




私が部活を引退する頃の事だったと思いますが、私はサックス先生から、


「高校を卒業したら、うちの楽団に入ってホルンを吹かないか?」


と、声をかけられていましたびっくり

私と、そして部長もお誘いを受けていたと記憶しています。




サックス先生は実は地元の方ではなく、

市外の楽団の方です。



私は高校卒業後の進路はその時点でほぼ決まっており、

地元から通学する予定だった事、


また、楽団に入るには楽器を自分で購入しなければならない事も重なって(バイトもしていない高校生に金管楽器を買えるはずもなく😅)

本当に残念ではあったのですが、お誘いを受ける事が出来ませんでしたぐすん


私には高校卒業後に本気で勉強したいと考えていた、吹奏楽とは別の分野の事があった事も、大きな理由の一つでした。



今思うと本当に残念だったし、せっかくのお誘いに対し大変申し訳なかったと悔やまれるばかりです汗




部長は確か入団すると話していた記憶があります。

部長の担当パートは、先生と同じくサックス。

卒業後は部長と頻繁には連絡を取っていなかったのですが、もし本当に入団したのなら、先生の弟子としてきっと立派なサックス奏者になっていったのではないかと思います爆笑




もしも私も入団していたら、人生は大きく変わっていたんだろうなぁと…

私にホルンを買えるお金があって、

サックス先生と同じ町に引っ越しする事が出来ていたら、絶対に入団していたと思いますニコニコ


そうなったら、もしかしたら今も吹奏楽を続けていたのかもしれません。

それはそれで、充実した人生だっただろうなぁと想像します照れ





優先順位的にはそこまで高くないけれど、

私にはひとつ、特に誰にも話した事のない密かな夢があります。

全然すごい事ではないですが。



それは、

死ぬまでにもう一度だけ楽器を吹きたい

という事ですニコニコ

ホルンでも、トランペットでも。



変な話、やろうと思えばすぐにでも出来そうな事ではあるのですが、色々な事を考えると今はまだその時ではないかなと…


いずれ社会復帰して、自分で自由に使えるお金を少しずつ貯めていく事がもし出来たなら、

趣味として使えるトランペットの一本でも欲しいかなと思っていたりします🎺

ホルンは高いのでちょっと難しいかな😅





ちなみに、サックス先生は今でも現役で当時の楽団で指揮者としてご活躍されているそうです。

おいくつになられたのかはわからないですが…

それを知った時はビックリしたし、心から嬉しかったですおねがい

(私に嬉しがられる筋合いなんてないと思いますが笑い泣き笑い泣き笑い泣き




私の密かな夢がいつか叶って、

もしもその時にまだサックス先生が指揮者を続けられているようなら、

楽団に入れてもらおうかな?😁

トランペットを募集していたらの話ですが😅





【過去の記事】

①入部時の苦労と、印象に残っている曲達

②曲の構成について

④ビッグバンド部結成

⑤ヤンチャなトランペット少年

⑦高1の頃の部活


 



この記事に出てくる、当時の私のステータス↓
 
パッチ(17歳)高校3年生
吹奏楽部副部長
担当パート : トランペット
吹奏楽歴 : 3年目




 



高3の4月、私はホルンからトランペットに移籍して約半年程が経っていました。


上記③の記事にもある事ですが、
この時の部では、長年休止状態となっていた「定期演奏会」を復活させたいと言う話が出ていました。


副部長だった私は、部長と共に、
顧問と相談を重ねて定演復活に向けて奮闘する日々。

話し合う事は本当にたくさんあり、
土日は午前の部活が終わると、
いつも顧問が私と部長を車に乗せてご飯屋さんに連れて行ってくれて、
お店でお昼ご飯を食べながら話し合いをしていたなぁと思い出します照れ




この年の春から夏にかけてが、

私の3年間の部活ライフの中でおそらく一番忙しかったと思います。



私は日々の練習に加えて定演開催の為の資金集めもしなければならず、

部長と2人で、高校の近所の様々なお店・企業などを回る毎日でした。



当たり前ですがこんな飛び込み営業的な経験なんて初めてで、毎日死ぬほどドキドキでしたびっくり

どストレートに言えば、知らない人に突然

「演奏会やる為のお金頂戴」なんて事を言いに行く訳ですから😅

怒られるんじゃないかと、部長の陰に隠れながら毎回ビクビク笑い泣き


この時の経験は当時の私の米粒のように小さかった度胸を、どんぶりご飯くらいにしてくれたなぁと思っています(どんな表現なんだろう笑い泣き笑い泣き笑い泣き






毎月必ず何かしらのステージがある、というような状態で進んでいった高3の部活。

休日なんて1日もなく、土日もびっちり部活です。

勿論夏休み中も、毎朝9時から19時までの10時間コースびっくり





その年の夏のコンクールでも、金賞を獲る事は叶わず…

私は3年間を通して、金賞受賞を経験する事はとうとうありませんでした。


ただ、私自身は本当にその時出来る事をやり切った気持ちが強くて、

「あとは後輩達に任せるよ」

という思いを持っていたので、不思議と悔しくてしょうがないみたいな気持ちにはなりませんでした。




この年、私にとって最後のコンクールで演奏した曲↓




当時の自分、トランペットでよくこんな裏拍でテンポの速い旋律を吹いていたなぁと…

今の私が少しだけ感心しています😅





コンクールから1ヶ月後には高文連があり、

市外への遠征でそれはまた一つの楽しい思い出になりました爆笑(記事⑥の出来事がこの時です)



前年までなら3年生はここで引退。

この年からは、その更に1ヶ月後の定期演奏会まで期間が延びました照れ





定演は確か2部構成とかで、

第1部はクラシックステージ、

第2部はポップスステージだった記憶があります。

2部の方で、私は部長と2人でグダグダな司会をやりましたチーン



みんなで作った部活Tシャツを着て、

みんなで約半年間ずっと練習し続けてきた曲達を披露し…

全てを出し切った1日となりました。



そしてその日が、3年生部員にとって本当に最後の日。

部長の引退の挨拶は感動的でした泣くうさぎ

後輩達が、ステージ上で3年生部員1人1人にお花を渡してくれました。



どの記事にも特に書いた事はありませんが、

その時の3年生部員は、私を含めて実はたったの4人だけでした。

再建後1番少ない学年だったと思います。

1年生の頃はもっといたんですけど…😅



長年の時を経て復活した母校吹奏楽部定期演奏会は当時地元でそれなりに話題になり、客席も満員。

本当にたくさんの方々のお陰で、復活第一弾の定期演奏会は大成功で幕を閉じましたおねがい





後日改めて、部室で私達3年生部員の引退式があったのですが、

その日は、それまでの人生の中で1番と言っていいくらい大大大大大号泣しました😭

今考えても、これまで生きてきた中で1番泣いたのはこの日だったなと…

私以外の3年生も全員大号泣。


そして、何故か自分達が引退するわけでもないのに後輩達までみんな大号泣で笑い泣き笑い泣き

泣いていないのは先生だけで、かなり異常な光景だったと思います😅

音楽室が防音壁で本当に良かったです笑い泣き笑い泣き笑い泣き



今でもよく覚えているけれど、

その日は引退式が終わってからも私は部室を出る事がどうしても出来ずにいました。

ここを出てしまったら自分はもう吹奏楽部員じゃなくなってしまうんだな、と思うと…


思い出がいっぱいの音楽室で、何をするわけでもなく、ずっと泣きながら何時間も後輩達と一緒に過ごしていました😅

さすがに先生から、お前らまだ居たんか早よ帰れと言われましたが笑い泣き笑い泣き笑い泣き




涙の大洪水で締め括った私の吹奏楽部ライフでしたが、

実は後日談が…




引退式から少し経ったある日、吹奏楽部から、



「11月の学校説明会の時に、ヘルプで入って演奏して欲しい」


と言われました😅



あれだけ大泣きして別れを惜しんだの何だったのか笑い泣き笑い泣き笑い泣き



例の如く、うちの部は相変わらず少人数だったので、3年生の引退のたびに部員の減少に悩まされて来ました。

当時の部には、たった4人いなくなっただけでもダメージは実際大きかったであろう事は容易に想像できます。



そんなこんなで結局、私だけさらに1ヶ月間吹奏楽部員としての期間が延長となったのでした笑い泣き笑い泣き


結果的に当時の3年生の中で1番長く活動させてもらう事となって、

私としては少しでも長く吹奏楽が出来て大変嬉しかった記憶がありますニコニコ





時は流れて3月、

卒業式の日には、後輩達が3年生の教室までわざわざ会いに来てくれました。

私は、仲の良かった先輩の卒業式にすらそんな事した事はなかったのに…😅

本当に素晴らしい後輩達に恵まれたなと心から思いました。

その時はもう泣く事はなく、みんな笑顔で写っている写真が今でも手元に残っていますニコニコ





3年間は全てが充実していたけれど、やっぱり最後の1年間は特に思い出深いです。


みんなの何歩も後ろを歩いているような、部の中で1番頼りなかった私が、

副部長になり、他の部員達は関わらないような部分で様々動いたり…


自分でも、高1の頃の自分と高3の頃の自分は完全に別人だなと思いますあせる





部活での事は全て、もう遠い遠い遥か昔の話で…

薄れている部分もありますが、

私としては、当時の記憶はまだ今の自分のすぐ後ろにあるような感覚でもあります😅


時の流れの速さには本当に驚かされますね。



全ての時間が宝物ですニコニコ



もしかすると、今更!?と思われる事なのかもしれないのですが……



ここ最近ずっと気になっているのがこれ







スターリンクトレイン



どうやら北海道でも見られるようなのですが、私はまだ見る事ができていません


基本的に今自由がないので、観測条件的にチャンスがあったとしても個人的にチャンスがなければ見られないのですが汗



結構前から観測されているものなんですね


私は、ここ最近になって初めて知ったもので…




リアル銀河鉄道なんて…

そんなの、誰だって見てみたいなって思うじゃないですか笑




これはいつでも見られるというわけではなくて、


人工衛星が多数打ち上げられる、今年中が観測のチャンスなんだとか。



つい先日も新たな衛星の打ち上げがあったようで、

北海道でも観測できるようですが

最近はなんだか天気もパッとしないので…😅



今日も札幌上空を通過すると言う時間にチラッと家の窓から空を見てみたけど、思いっきり曇天でした☁️




そもそも住宅街ではうまく見られないんじゃないかなぁと…


見るなら、開けた場所の方が良さそう。




そんなチャンスは私にはないかもしれないけれど、


今年中、いつかリアル銀河鉄道を見られる日が来る事を願ってみます🙏




いま気になってること

 

 

 

 

 

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する