時を戻せるなら…と思う時代や瞬間はいくつかあるけれど、
後悔を払拭したいとかの「やり直し」系を除くとすれば、私は高校時代の吹奏楽部だった頃の自分に戻ってみたいなぁと思います
単純に、もう一度あの青春のサウンドに全身を包まれたいという思い。
学生が奏でる吹奏楽の音色は、青春そのものだと思います
高1の時の担任がちょうど吹奏楽部の顧問だった事と、音楽の勉強をしたいと考えていた事が重なって入部を決めました。
入部早々先輩達から「是非これをやってほしい!!」と強く勧められたのが、ホルンという楽器。
部員が少なく、ホルンパートは誰1人いなかったそう。
断る理由もないので引き受けたのですが…
教えてくれる先輩がいないので、完全独学!
私は元々楽譜も全く読めない子だったので、それはそれは苦労しました😅
だいぶ後から知りましたが、ホルンというのは金管楽器の中で一番難しい楽器として、ギネス世界記録に登録されているそうです
完全初心者なのに世界一難しい楽器から始め(させられ)てしまっていたらしい
その後私はホルンを2年間吹き、最後の1年は部員数の関係でトランペットに移籍となりました。
世界一難しい金管楽器から始めていた事で、トランペットは見事に即吹けるようになりました😅
吹奏楽部での経験が、今の私の大きな大きな土台となっています。
それまでの私は、実は音楽は苦手教科でした😅
実技も筆記も全然ダメで、中学時代は赤点ギリギリ(情けないですが本当の話です)
それでも楽器や歌は元々好きで、高校に入ったら音楽を本格的にやりたいと考えていました。
吹奏楽部に入った事で、それまで読めなかった楽譜も読めるようになり、どんな楽器があって、どの楽器がどんな役割を持っていて、一つの曲がどのように構成されているのか…それまで考えもしなかった事を本当にたくさんたくさん、知る事ができました
ホルンを吹き始めた頃、全然吹けなくて1人泣きながら練習し、「出来ないなら合奏に出てくるな!」と先生から怒られ、ホルンは難しすぎるからパートを変えて欲しいですと先輩に相談しても却下され…
自分にはもう無理だと何度も何度も思い、挫折しそうになったけれど、不思議と「部活を辞めたい」とは一度も思いませんでした。
辛いのは事実だけれど、辛い以上に私は吹奏楽がとても楽しいと感じていました。
出来も覚えも悪く、皆より2歩も3歩も後ろを歩いていた頼りない私だったけれど、最終的には副部長を務めたり(部長をやれと言われたけど断固拒否して副部長にしてもらった😅)学生指揮をしたりするまでになりました。
諦める事なく、置いて行かれないよう毎日必死に食らいついていた無様な自分がいてくれて、本当に良かったと思っています
私が吹奏楽部で実際に演奏した、時間を戻してもう一度吹いてみたいと思う曲をいくつかご紹介したいと思います。
1.「アフリカンシンフォニー」
甲子園の応援で演奏されているので、聴いた事のある人は多いかも。
私が高校生の頃はまだそこまで知られていなくて、まさかこの曲が甲子園の応援ソングになる未来が来るとは驚きでした!
ホルンでパオーン!ってやるのが楽しかったです笑
2.「褐色の大地」
「不思議な旅」という組曲の中の一つ。
初めてこの曲を聴いた時はあまりのカッコ良さに衝撃を受けました。
初めて触れた、8分の12拍子の曲。かなりの難関曲で、最初は楽譜もどう読むのかわかりませんでした。
ホルン・トランペット両方演奏しましたが、トランペットがとてもカッコよくて好きでした
3.「メモリーズ・オブ・フレンズ」
懐かしさを感じるような爽やかな曲で、今でもこれを聴くとじーーんとする…
ゆったりのイントロから、段々とテンポアップして中低音域が伴奏をリズミカルに刻み出す所が大好きです。
4.「ファランドール」
「アルルの女 第二組曲」という組曲の中の一つ。あまりにも有名なメロディラインなので聴いた事があるかと思います。
高2のコンクールで演奏した曲です。
この曲はホルンのみ演奏。
5.「詩人と農夫」
高3の時、トランペットで出た最初で最後のコンクールでの演奏曲。
今思うと、あの頃の私達には難しすぎではないか?と感じてしまう曲なのですが😅
夏休み、格技場で毎日毎日この曲を朝から晩までひたすら練習した日々を思い出します。
他にもありますがこのくらいで…😅
人生の中でたったの3年間しか経験していない事なのに、何年も続けていた事だったかのようにその記憶は濃くて、確実に今の私と言う人間を作り上げている要素の大半以上を占めていると思います。
吹奏楽部に入った事は、私の中で大きな誇りです。
音楽面でも、人間的にも、様々な面で成長をさせて頂く事ができました
吹奏楽についてはまた別に機会を作って、改めて記事を書いてみようかなと思います。