2025.10月 47歳でADHDの診断を受けました。平成28年4月15日 夫の脳腫瘍(脈絡叢乳頭種)が発覚~術前~術後~その後の経過~離婚!~アメブロ前半→元夫の脳腫瘍 今→メンヘラ日記です。
先日ストラテラ飲み忘れた。ちなみに色々とあったけど現在私は105㎎/日(40㎎×2錠+25㎎×1錠)で内服していて、今後維持量MAXの120㎎まで増量していく予定。ADHDの私は内服薬の飲み忘れを防ぐために1週間分の薬を全部ピルケースに分けている。Fullicon 一気に補充 時短 ピルケース 1週間 1日2回(虹透明)Amazon(アマゾン)1週間に一度、毎週日曜日にこのケースに内服薬をセットするんだけど…本当に面倒くさい作業なんだけど、ストラテラを飲み忘れることの方が一日詰むww先日仕事中にどうもイライラする。訪問看護の仕事って毎日敵地に地雷を踏みに行くのと一緒なので、自分の思う通りの訪問なんて一切できないっていうのは理解しているつもりだけど。私の勤務するステーションは大手なのでとにかく訪問件数詰め込むし移動時間もキチキチだし。利用者はほぼほぼ高齢者だから話は回りくどいし、動作に時間かかるし、最近は内科疾患+メンヘラが異常に多いので(特に私の担当利用者半分以上がクセ強メンタル)もうイライラするのはしょっちゅうだし、訪問の度に精神力も体力も削がれていくんだけど…私の中のイライラにも種類があって、腹の底から煮えくり返るようなイライラ?マグマが沸々と脳みその底から湧いて出るような感覚の中に小さな焦りの火種が見えるみたいなそんなイライラがちらちら脳裏を過ぎる。なんで私今日こんなにイライラして鞄をフェンスに投げつけたくなるような衝動が湧いてくるんだろう?いつも仕事がうまくいかない、訪問が上手くいかないのはデフォルトなのに、でもしょうがねーなーって割り切れるのに今日は脳みそにねっとりまとわりつくイライラ感がぬぐい切れない…って最後までイラついて、記録も頭もまとまらないまま自宅に戻ってその日は(っていかいつも)やたらお酒を飲んで早く寝たんだよな…で、翌日昨日は朝晩の内服全部忘れていたのに気が付いた。朝にストラテラ105㎎飲んで、夜は更年期障害用のホルモン剤飲んでいるんだけど、なんていうか、その日だけ朝夕と内服していなかった。ストラテラを飲み始めてたまに記憶がごっそり抜けることがある。本当に笑っちゃうくらい覚えていないのだ。記憶がずっと続くブロック塀でその上をマリオが走っていたらブロック塀が一部ごっそり抜けていてそこにマリオ落っこちるみたいな抜け方よ。そこだけ「ない」んだよね。ADHDでキャパがもともとないのにそこにキツキツの訪問スケジュールや移動時間を計算しながら行動とか本当に無理なんだよね。でもストラテラ飲み始めてから何とかついていけるようになったから、そこはストラテラ様様なんだけど、内服忘れたら単なるポンコツ&イライラおばさんに逆戻りだわ…。ストラテラもまだ維持量に達しない40㎎とか飲んでいた時は結構飲み忘れがあったけど。40㎎くらいなら飲み忘れてもそんなにイライラしなかったというか、眠気が拭えなかったりとか、あ、やばー、今日飲んでないわ、でもまぁいっかで済んでいたけど、さすがに105㎎/日 だと飲み忘れたときに気が付く。イライラが腹の底から湧き上がってくる。来月には維持量マックスの120㎎/日 まで増量したい。ストラテラの内服で人生書き換える。変な神様とか宗教とか自分の内面を見つめるとか認知行動療法的な講座取るのよりよっぽど合理的だと私は思っている。自分のキャラ変するのにそんなスピは全く役に立たないということを元夫の脳腫瘍の闘病生活時に学んだから。私は己と現実しか信用せぬ。昔のポンコツな私は全く信用できなかったけど、ストラテラを飲み始めてから初めて自分の目の前に一本の道が現れて、それが日に日に濃く、鮮明に前に延びいている。私はその道を歩いていくと決めたから。ばぁさんになってもストラテラは飲み続けるし、ADHD未治療のままの自分のポンコツ人生なんてもう二度と歩みたくないから。
もうちょっと早く、ADHDが判明して、治療を始めていたら私の人生はどうかわっていただろう。ADHDの人って想像力があったり、人とは違ったアイデアを持っていたり、多動だからそれをバネにして、人生の時間が濃いから経験をたくさんして、起業家に向いていてって、以前の日記にも書いたけど、能力があっても今の世の中才能が開花しなかったらADHDなんてただのポンコツっていうか、社会で生き延びるの大変だよなぁって思う。人間はその時の環境で進化・適応できなかったら、単なる社会不適合者なんだと思う。私はもともとなんの才能もなくて、親からも褒められたことはないし、昔から飽きっぽいと言われていたし、大学入ってもすぐに辞めるし、結婚して相手にムカつくことされればすぐに離婚するし、転職回数はアホみたいに多くて履歴書の職歴欄足りないし、面接に行った時、すでに30代前半で「履歴書汚すぎ」と面接官に言われるくらいだった。そう、それくらい私、昔から何事も続かないのよ。それを今まで自分の中で「飽きっぽい性格だから」って自分に落とし込んで性格のせいにしていたけど。もう本当にね、あらゆる失敗、ここに書けないけど、人生、進路、受験、お金、恋愛、仕事、キャリア、全部の失敗の統合体が私wwストラテラを飲み始める時に医師に「もしかしたら今までの自分とはキャラクターが変わってしまうかもしれないし、クリエイティブ、創造的な部分がなくなる可能性もある、それでも薬を飲みますか?」って何度も念を押された。でも今までの自分の人生、しがみつくほど何かを頑張ってきたわけでもない。小学校・中学校の頃写生大会とかで外で風景画を描くと大体入賞していた。でも今絵を描く仕事しているわけでもないし、デザインのセンスとか、多分この先の自分の人生にはなくても生きていける。しがみつく過去が一切ないから私はあっさり「今までの自分のキャラが嫌いなのでキャラ変できるならこの先の人生別の自分として生きていきたいです」と先生に言った。むしろ新しい自分にワクワクすっぜ!(孫悟空風に)みたいな。整形手術も何もかも私は否定しない(私はしてませんよ)。46年間も同じ顔、同じキャラで、同じことの繰り返しで、毎日ダメダメで、後悔ばかりでいる自分なんて飽きない?←この考え方がADHDっぽいな…。ストラテラを飲み始めて、朝の目覚めが良くなって、だんだんと自分の目の前の霧と頭がずっとぼーっとしている感じが晴れてきて、何ていうかな、周囲とペースがあってくるというか、私はずっと焦って焦ってそこでもがいて、でもみんなはもうとっくに向こうにいるみたいな、自分一人だけ何周も遅れているようなそんな感覚が薄れていった。とりあえずみんなと足並みが揃っていると最近はやっと実感できるようになった。今でも10やることがあったら3は忘れるけど、それに気が付いただけでも私すごいわ。忘れないためにメモをとったり工夫したことすら忘れるのがADHDなんだけど、携帯のメモ機能を使い倒して仕事のミスを減らして、以前は全くできなかった報連相ができるようになり、AIを使い倒して記録や報告書を自動化して時短にしたり、なんていうか、今更ですが自分ポンコツ卒業して社会人になれました感がすごい(こんなの一般人には当たり前でしょうが今までの私にはハードルが高かった…)でもそれと同時に考える余裕とか時間ができてしまったが故に自分の今置かれている立場とか、働く位置とか、もう47歳だし、この先一人で生きていく覚悟が最近やっと定まったので、働き方をどうしようかとか、ADHDあるある、貯金なんてないし、どうしようかとか、ちょっと将来に対する不安みたいなのがチラホラ出てきたりもする。今まではそんなことを考える余裕はなくて、目の前の1日をこなすので精いっぱいだった。後輩もできて、呆れられていた(けど絶対に私を見捨てなかった)上司の役に立ちたい、先手を打ってあれをやろうこれをやろうということも考えられるようになった。今の職場も辞めようとは思わないし。以前の私なら嫌ならすぐ辞めちゃえって辞めていたけど。人は人、私は私と割り切って考えられるようになったし、できないことを無理してやることもしなくなったし、自分の不得意分野はこれ以上直せないので人にお願いして補ってもらうとか、年齢を重ねたからそう考えられるようになったのかもしれないけど、やっぱりストラテラを飲み始めてからますますそういった考えがクリアになっていく。よくさぁ、過去の自分に声かけられるなら何歳の時に戻って何て声をかけたい?なんて質問やっているじゃないですか?今まで私はどの年代にいても、何をしていても社会不適合だったから、その延長線上が今の自分だと思っていたから、この先も社会不適合の人生負け犬で生きていくから別に何も言うことないよって思っていた。でも今はちょっとその考え方が変わって。そういえば…私は小学校4年生で不登校になったんだよね…今思い出したけど。 やば、不登校最前線じゃん私。当時は登校拒否児って言われていたのよね…小学校6年生から中学校2年生までまともに学校行っていなかったわ。だからその時にストラテラがあったら飲み始めていたかったな。昔の自分に言ってあげたい。お前のポンコツぶりは性格じゃなくてマジ病気だから早くストラテラ飲めよってww
何度も声高に言いたい。更年期障害のBBAほどこの世の中で厄介なものはいない。ここだけは私は全国の更年期女性から意味不明なハラスメントを受ける男性および子どもたち、または若い世代の味方でいたい。更年期を訴えるのは女性の権利とでも言うように更年期の不調を巻き散らかして周囲に迷惑かけまくり、イライラ八つ当たり、意味不明な不定愁訴になんたらかんたら、黙って仕事してくださいよといつも口元まで出かかっている私です。かくいうワタクシも現在47歳となりまして、えぇ、そりゃもう他の人が汗をかいていない中自分だけダバダバ汗かいております。毎日汗かいて整ってる、サウナ3セットくらい入っている、滝汗気持ちいい!お金かからないサウナ!と笑顔で過ごしております。(そもそも訪問看護は都内を自転車で周っているのであの猛暑の中も炎天下の中自転車をこいでいるのでどこまでが更年期の汗なのか不明)そんな煽るような発言の後ですが、私はもう45歳になったら更年期になっていなくてもホルモン補充療法をやるって決めていて、ホルモン値が安定しているのにも関わらずホルモン補充療法を始めてもう3年目になります。その理由として私が新人の頃に更年期に差し掛かるであろう先輩ナースにいじめられて退職、前回の休職に関しても更年期治療をしていた意地悪ナースの八つ当たりの矛先が私に向かい、大人げなく仕事中に私だけ無視する、話をしない、患者情報を渡さないでチームとしての仕事が成り立たなくなり退職に追い込まれたのは私で、さらにその次の職場も更年期仕事できなさすぎナースのヒステリーを院長がかばう感じで私が退職に追い込まれたから。時代をさかのぼると私の母親も40代後半は「私は仕事をしているから更年期なんてないわよ」と言いながらも数々の毒親っぷり、暴言を投げつけてきたのはこの年齢だったし、そういう先輩に嫌というほどハラスメントを受けてきているから私は後輩に対してそんなこと絶対にしたくないし、たかがホルモンバランスでイライラして人に当たって嫌な人間になりたくないし。とにかくあんなクズみたいな人間になりたくなかったんだよ!もうひとつ感情抜きにして言いたいのは、ホルモン補充療法を始めたのって将来の骨粗しょう症予防が大きかったってことかな。当時私は長距離ウォーキングの大会に出たりウルトラマラソンを走ったりしていて、(今は膝を壊して走れていないけど)、将来的にもずっと身体を動かし続けて、この先ひとりで暮らしていくだろうし、だれにも頼れないから絶対に転倒して大腿骨骨折とか腰椎圧迫骨折とか、腰が曲がって姿勢が悪くなるとか、身長縮むとか嫌で骨密度の低下を緩やかにするためにホルモン補充療法をしようって決めていた。日本は皆保険制度があるから更年期の治療だって保険適応でできるし(海外でやったら自費またはものすごいお金かかると思う)なんならプラセンタの注射だって更年期障害の診断名があれば保険適応でできたりするし。日本人ってそうだよね…いい治療法や分娩なんかも無痛分娩があるのになんでわざわざ痛い分娩を選ぶんだよって不思議に思うし、痛い思いをして子供を産むのって美徳なの?がんの標準的治療がほぼ全国で受けられるのにわざわざ外で変な治療法にお金をかけて結局最後は早死にしちゃうとか、頭いいのか悪いのか…意味わからないし。ホルモン補充療法を化学物質を身体に入れるから嫌だという人もいて、漢方とか自然療法だとかアロマテラピーだとか、いやいや、根本的改善にならないやん?(これはあくまでも私の意見なので気分が悪くなったらもうブログ閉じて二度と来ないでください)重症になった風邪に葛根湯効かないのと一緒だよ…ってまぁ、私は思っていますので。※この文章を読んでご気分を悪くした「自称」更年期に悩まされている女性は全員ホルモン補充療法やってから文句言いに来てくださいね。私は看護師だから、全ての関わってきた患者さん、利用者さんが全員反面教師だと思っていて。もちろん先輩だったり、母親だったり指導者だったり、もともと私がADHDだったから人から嫌われて当然なんだけど(空気読めないしね、思ったこと言っちゃうしね) 更年期障害の女性には標的にされ続けてきた事実は変わらない。目障りなのはわかるけど。でも絶対に自分はそうならないし、後輩にもそうしない、って決めてきたから45歳になったら絶対にホルモンバランス崩れてなくても、生理が正常にきていても、(若いころは28日周期だったけど40過ぎたら30日周期になったことくらいかね?)ヒステリーBBAになるのだけは嫌でホルモン補充療法やるって決めていた。自分の症状のつらさより、人に八つ当たりして人に迷惑かけているということに気が付かないのが更年期障害だと私は思っているので、あらゆる手を使って予防に全力投球して、そしてADHDの治療も始めて、これで、47歳にして初めてまともな人間としての人生を歩んでいける人生を何とか自分で切り開こうとしている。遅すぎるのはわかっているけどこれが私の人生なんだよ。
ちょっとアトモキセチンの副作用の話からずれるけど私は今通っている心療内科で主治医を持たない派に属している(どんな所属だよ)心療内科だと通院も長くなるから患者は話の通じる、自分の病歴を把握している主治医を持ちたがりだが、私はこの「主治医」って本当にやっかいだと思っていて。だって当たりはずれあるじゃん(笑)以前私がメンタル不調で休職していた時に通っていたクリニックは最初担当になった医師がすぐに退職→その後医師の指名せず通院→すっごい感じの悪い医者がいて生まれて初めてNGを出す→その後院長の診察にあたって(診察さばきがめちゃくちゃ早い)なぜかその院長に「これから貴女は私が診るから」と主治医宣言をされ院長診で通っていたんだけど。私もその時うつ病の薬とか飲みたくなかったから内服治療はしないでカウンセリングと認知行動療法で回復を試みたいって伝えていたのもあったけどさ…いや、どう考えてもあの時すでにADHDっぽかったんだよ、つか、多分カウンセリングしてくれていた心理士さんも「絶対こいつADHDや…」って思っていたはず…(汗)なのに診断もテストもなく「貴女は幸せになれるからね~大丈夫、自信を持って~」なんて言霊は正直治療じゃないよな…と今になって、冷静になったら思うわけで。ちなみに私の妹も仕事でバーンアウトしてここのクリニックを私が紹介したんだけど、院長のことは口先ばかりであまりいい印象持っていなかった。今回自分が仕事で大きなミスをやらかして再度心療内科に駆け込んだ際に、ちょうど引越しをしていたので以前のクリニックが遠くなったのと、自分はうつ病だと思い込んでいたので今後は内服治療じゃなくてTMSで治療をしたいって希望があったので(うつ病の薬って飲み始めたらやめる時リバウンドがつらいのは経験済みなのでなるべく飲みたくない)近所でTMSができる心療内科を探して行ったんだけど。結果として今までと違う医師に診てもらったことから「あなたのその生きづらさはADHDの可能性があるから、テストを受けてみませんか?」と言われて46年間見過ごされてきた私のADHDが発覚し内服治療を始めたらあれよあれよという間に生きづらさが解消してきたし、この46年間返せよってくらい劇的に私の脳内環境は変わったので。それを指摘してくれた先生には本当に感謝している!がしかし、喜ぶのもつかの間、その先生は私が通院を始めて2か月後に退職…。そこでまた主治医なしになった私。でもこの際主治医を持つより、毎回毎回予約した日でロシアンルーレット的に色んな医師に診てもらうことにした。主治医を持たない方が薬が切れる前に残業が少なそうな日を見て予約もできるし診察も早く終わるから(主治医持つと前の人の話が長くなると待たされるし)毎回診察してもらう医師が変わったり、2回続けて同じ医師になったり、だけど、その方が多角的に違う視線で自分の症状を診て分析してもらえるし、新たな発見があるかもしれない。ステラトラの副作用で血圧爆上がりして、もう私は40㎎でしかステラトラ飲めないんだ…って絶望していたら、次に診てくれた別の医師が、いきなり80㎎に増量じゃなくて少しづつ増やしませんか?と提案してくれたお陰で、最初は10㎎、その次さらに10㎎、って何か月かかけて徐々にストラテラの量を増やしていき、血圧爆上がりすることもなく無事維持量の80㎎に達するのに半年以上かかったけど、ちゃんと維持量飲めるようになったのは他の先生のアドバイスのおかげだし。ひとりの人に診てもらうのって患者からしたら安心なのかもしれないけど、別の人からの意見(セカンドオピニオン)も絶対に大事だよね。私は必ずもう一人別の医師の意見も聴くようにしているし、通っている整形外科でも主治医を持たずロシアンルーレット受診をしている。疑問があればその都度目の前の医師に聴いて、自分が納得いかなければ次の受診で同じことを別に医師に聴いてみたりしている。大体さ、メンタル疾患持っている人って自分を救ってくれる人に依存しがちだから、治療方法はひとつじゃないんだし、本当に自分の病気を治していきたかったら主治医だけに頼るのは危険すぎだって…思わないんだろうか?いや、ADHDの治療を始めて人生で初めて冷静な自分を取り戻した今の私だからそう言えるんだろうな…。
ストラテラを40㎎から飲み始めて、1か月。とりあえず夜興奮して眠れなくなるので朝内服するようにして、日中の眠気を克服しつつあった私。40㎎だし、土日とか飲み忘れることもあって、このころはあんまり真面目に内服していなかった。それでも頭の中の霧が晴れてなんというか視界が超クリアになった感じがあって。物事にも集中できるし、あぁ、やっぱり効いているってことは私、本当のADHDなんだなぁと感じたり。仕事で毎日メンタルぎりぎりで、時間に追われるけど結局何も終わっていなくて、周りとのトラブルも多いし、どうしようかって本気で悩んでいたから頭が冴えて優先順位とかつけながら仕事ができるようになって私的には今までのキャラが変わろうがなんだろうが内服を継続するつもりでいた。ストラテラの維持量は80㎎とされているので、内服を始めてから1か月後の受診でこのまま内服治療を継続したい旨を医師に伝えて、2か月目にステラトラを40㎎追加して1日80㎎内服することになった。でも私はここで命の危険を感じるくらいの副作用にぶち当たったのである…。それは血圧の上昇wwwもともとノルアドレナリン枯渇状態で生きてきた私は昔から100を切るくらい血圧が低かったのに。年齢が上がるにつれてそれなりに動脈硬化もしているだろうから血圧は110-120台で経過していたけど。ストラテラを増量したその日からなんか…動悸がする?動悸というより心拍出の音が異常に大きく聴こえるというのかな?こめかみ辺りも心拍出にあわせてドクドクと激しく波打つ感じで、頭もぼーっとするし何となく頭痛もする…。これってもしかして血圧上がっている??血圧を測るとまさかの160台wwwウッソww つか、笑い事じゃ済まないわ。1日に何度測ってみても150-160台でこのままこの血圧が続いたら脳血管切れちまうと焦る私。過剰に増えたノルアドレナリンと、アトモキセチンを内服することによってドーパミンの再吸収も阻害されているから私の脳内これらが増えすぎて血圧上昇…これはさすがに命の危険性を感じるレベルだわ…自分も看護師として高血圧の人に指導しているし、私、食生活が不規則だし栄養不足の自覚もあるから血管脆いかもしれないし、祖母は脳動脈瘤あったから奇形を受け継いでいるかもしれないし、これから第二の人生を歩むのに今脳血管破裂して死ぬわけにはいかないんだ…でもどうしたらいい?ADHDの治療も続けたい、でもADHDでは死なないけど、脳血管やられたら人生詰むし、背に腹はかえられない…ということですぐにクリニックに電話して内服を40㎎に戻すことに…結局私のアトモキセチンを維持量まで増量計画は4日ほどで終了する事態へと発展したのであった…つづく
去年の10月に大人の発達障害(ADHD)と診断を受けストラテラ(アトモキセチン)を飲み始めたんだけど。看護師なので一応副作用調べたり、製薬会社のHP見たり、癖でしてしまうのですよ。精神科に勤務していたこともあったから一応薬の名前くらいは知っていたけど、まさか自分が飲むことになるとはねぇ。成人の開始量は40㎎からで、80㎎が維持量だということを理解。最初40㎎を処方されたんだけど、飲む時間帯が眠前って書いてあったんだよね。確かに副作用で眠気が出るとは書いてあったし、基本的にステラトラ飲んでいる人は運転禁止(まぁ、精神科系の薬とか眠剤系はほとんど製薬会社も責任持てないから運転禁止と書いてあるけど)って書いてあるから素直に眠前に飲んだところ…ステラトラってノルアドレナリンを活性化して、さらに相乗効果でドーパミンの活性化も助長させるらしい。ステラトラ飲んで分かったんだけど、多分私の脳内ノルアドレナリンがめっちゃ枯渇していたらしい。ノルアドレナリンってさ、病棟の救急カートに絶対に入っているやつ。死にそうな人の静脈に注射する危険な薬剤、血圧上げるやつってイメージなんだけど。ワタクシ、初回の内服で朝まで眠れませんでした~。心臓もドキドキするし、頭はガンガンするし(頭痛とはちょっと違う)もう興奮して目が冴えて眠れないのよ。これは翌日の仕事に支障が出るわと感じた私は朝食後の内服に切り替えたけどね。寝不足のまま翌日仕事してグロッキーだったわ。薬って初回に飲んで何らかの副作用が出たらそこでやめる人も多いけど、正しい薬の効果は血中濃度が一定にならないと分からないし、私はどうしてもADHDの治療をしたかったから、次の日も次の日もちゃんと朝食後に飲み続けた。で、飲み始めて1週間くらい経ってから気が付いたんだけど、以前の私は、ここ2年間くらい朝の寝起きが最悪だったのだ。どう最悪かっていうと、もう起きるのが非常につらい、この世の苦痛っていうくらい起きるのに全人的苦痛を伴い、熟眠感という言葉は私の脳みそから消えているくらい、朝が来るのが憂鬱なくらい寝起きが悪かった。起きれないとかそういう意味ではない。仕事もしているし、一人暮らしだから誰かが助けてくれる訳じゃない。経済活動をしていかないと生きていけないから起きるんだけど、毎日最悪の気分で起きるのだ。もうこの気分は朝起きた瞬間この世は終わっている、もう〇にたいの一歩手前の感情だ、胸糞悪すぎるし、どこかから「さわやかな日曜~♪」なんて曲が聞こえてきたら目の前のラジカセぶっ壊したいくらいひどい…っていったら理解してもらえるだろうか…ステラトラを飲み始めて一番最初に感じたのが「あ、なんか今日ぐっすり眠れた」ということなんである。なんていうかな?すっと起きれる。あの起きる時の絶望する感じのつらさがない…。何々?薬でこんなに変わるんかい?今まで悩み続けた私の3年間返してよってくらいすっきり朝起きられるようになって、さらに嬉しいことに日中の異常な眠気がなくなったことだ。自転車に乗っていても眠い、(訪問看護は自転車移動だからね)何ならこの信号待ちで全然寝落ちできるぜくらいの勢いの眠気(危ない)昼休みなんて食べたらもう目が開かない、カンファレンス?会議?患者の話?なんて耳に入ってこないくらい眠かったのよ昼間…それがなくなって、なんていうか、「霧が晴れた」感じがすごいあった。はぁ、こんなに人生快適になるならもっと早くからストラテラを飲んでいればよかったなぁと思った瞬間だった…。そんなこんなで10月~11月半ばまでは40㎎の開始量で、時折40㎎だしって週末怠薬しちゃったりして(するなよ)治療開始から1か月は過ぎていったのである…続く←私ADHDだからいつ続きを書くかは不明ですが、気長にお待ちください。そこそこ参考になる発達障害サバイバルガイド。同じ発達障害の精神科のドクターにあげちゃって今手元にないけどw発達障害サバイバルガイド――「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47Amazon(アマゾン)発達障害サバイバルガイド 「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47 [ 借金玉 ]楽天市場
大人になってADHDが発覚した私。改めてじぶんがADHDで内服治療を開始して、思い浮かんだのは母親のこと。昔から私に対して「アンタは飽きっぽいから」「落ち着きがない」と言い続けてきた母親。実をいうと私は子ども頃の記憶がすごく残っている人間で、母親が私に言った言葉を結構…というかかなり覚えている。まぁ、内容としては大体私をdisる内容なんだけど。小学校に入って初めての授業参観で、母親が来てくれたのが嬉しくて何度も何度も後ろを振り返っていた私に授業参観が終わった後「あんなに落ち着きがなくてお母さんは恥ずかしかった」と言われた。いやいや、それを小学校1年生に言うかよって話だけど。そもそもその時点で落ち着きがない、集中ができないとかADHDエピソード満載なんだけど。私たちの母親世代は子育てリテラシーが低い世代なのと、当時ADHDも全然メジャーじゃなかったし。私が看護師なのもあるけど、もし自分の子どもがそうだったら絶対に児童精神科受診させるけどね。生きづらかった、今まで。20歳を過ぎたら自己責任だから今の年齢まで生きてきた自分も頭が悪いけど。本当に今まで生きづらくて、この性格(というかADHDの症状)のため人生損してきたことばかりだった。ジェットコースターみたいな人生、早とちりしたり、焦ったり、慌てたり、落ち着きがなかったり頭の中がぐちゃぐちゃで常に整理整頓ができなくて、情報も多すぎて、考えがまとまらなくて、判断する前に口に出しちゃうから人間関係のトラブルも多くて。せめて18歳とか19歳くらいにそれが分かってストラテラ飲み始めていたら人生もっと変わっていただろうしお金も貯まっていただろうし、いまから思うとクソマザコンモラハラ男にお金を使うこともなかったろうし。私がADHDだったという話を母親にしたら「ADHDは才能があるのよ、多才なの、素晴らしいじゃない!」と言い放った母親に「あー、もうなんでも自分に都合のいいようにしか解釈できないこの人とはもうこの先理解しあえないわ」と思った。しかも母親は私に「多動脳」という本を渡してきた。よくある海外のADHDは多才だみたいな内容の本である。本当に読んでいて腹が立つ。ADHDの人間が多才なら全員成功しているわけだしこんな生きづらさなんて感じるわけないのである。子どもの頃がみんな何か才能を持っている。でもそれがいろんな形で社会に潰されていく。成功できる人なんて一握りで、この世の中に何人ADHDで苦しんでいる人間がいると思ってんだ。才能は咲かなければただの埋もれた能力であって、役立たずで失敗だらけの人生は変わらない。SNSでもここ最近ADHDのことが取り上げられてADHDのライフハック的なことを発信している人もいるけど、それこそ自虐ネタの成功であり、一般ADHDの私たちは何の才能も開花しないまま日常生活を耐えているだけに過ぎない。能力のないADHDなんてただのポンコツ(私は座右の銘としている)親は自分の子どもに過剰に期待する生き物だからそんなことを言い放つけど、つらい思いをしている子どもには寄り添わなくて、自分の子どもは優秀だと思い込んでいるから本当に気持ち悪い。多動脳―ADHDの真実―(新潮新書) (『スマホ脳』シリーズ)Amazon(アマゾン)多動脳 ADHDの真実 (新潮新書) [ アンデシュ・ハンセン ]楽天市場
2025.6月~現在 精神科とは全く関係のない訪問看護に就職、ADHDの診断を受けました。2024.04~精神科のクリニックに就職→9月退職2023.08~うつ病・適応障害で休職。平成28年4月15日 夫の脳腫瘍(脈絡叢乳頭種)が発覚~術前~術後~その後の経過~離婚!~アメブロ前半→元夫の脳腫瘍 今→メンヘラ日記です。今更驚かないけど去年自分がADHDだったことが判明した…。恐らくその気はあるんじゃないかと以前から思っていたんだけど、仕事で周りを巻き込むコミュニケーションエラーをやらかしてしまい、そのことがショックで翌日会社を休んだことがあった。以前同じようなことで人間関係が修復不可能になってしまい、組織で孤立して休職したことがあって、その時は「適応障害」「うつ病」といった診断名が付いていて、またそれになるかもしれないなって思って休んだその日に心療内科に行った。以前休職していた時に通っていた心療内科は神田だったんだけど、今住んでいる場所から遠いし通うのも不便だなと思ったのと、もしうつ病ならTMSとかやりたいなぁと思って検索して自宅から近い所を探し、当日も診てくれるとのことで予約を取った。心療内科って大抵初めていくと医師の診察の前に心理士と面談があって、どういう症状なのか、何がきっかけでそのような症状が起こったのかなどインテークがあって、その後診察という流れになると思うんだけど、それを経て診察室に入ったらやっぱり休職を勧められた。仕事上で心が折れるなんて日常生活で結構あることだし、それでいちいち休職していたら埒が明かないじゃない…休職にはちょっと待ったをかけたんだけど。そこで医師から初めてADHDの疑いがあるけど検査を受けてみないかと言われた。今まで自分がやらかしてきた数々の事件がどうやらADHDの「衝動性」からきたものじゃないかと説明されて、とりあえずその場でADHDとASDの検査を受けていったん帰宅。1週間後の再診で検査結果がぶっちぎり大人のADHDだった。ハッキリ言われてショック半分、でも今までの人生でやらかしてきたことが全部これのせいだったんだと納得半分だった。まず診断が下りて医師から診断書を書くかどうか尋ねられた。診断書を書いてもらったら何かメリットがあるのだろうか?って聴いたらまぁ、特に…職場に提出したりとか…正式な診断名が書かれているなら今後自立支援医療の対象にもなるし…という返答だったけど、自立支援受けるほど収入低くないしな。ということでいらん診断書は断った。次に服薬治療を受けるかどうか。内服治療を受けることによってADHD特有の衝動性とか、考えるより先に言葉が出て相手を傷つけたり、取り返しのつかないことを言ってしまったりというコミュニケーションエラーが防げたり、穏やかになったり、目の前のことに集中できるようになったりメリットもあるが、人格が変わってしまう、クリエイティブさがなくなってしまう(もともとクリエイティブだとは思っていない)などの弊害もあるからよく考えた方がいいと言われたけど、もうこの性格と46年付き合ってきて、ちょっと手こずっていたし、キャラ変も抵抗なかったので、この生きづらい世の中をもう少しましな生き方ができるなら内服治療を受けてみようと思って治療を開始することにした。 コメント
実をいうとまた休職しているんです私。前回の休職がコロナ禍におけるバーンアウト+同じ職場の人からの嫌がらせが増強。仕事ができる状態ではなくなり、申し送りなど無視されることが多くなり、必要な情報が入ってこないと患者に害が出る、仕事が円滑に進まないなどの理由で退職を申し出たけど受理されず、診断書を書いてもらっての休職だった。結局その病院は私を含め1年間、1病棟で14名の退職者が出たんだけど。その後もう夜勤もやりたくなかったし、精神科のクリニックに就職したんだけど、結局そこのクリニックも小さいクリニックで10人規模の人の中にメンヘラガチ勢が2人もいて、その2人の騒動に入職して間もない私が巻き込まれた感じだった。ひとりは医師も認める人格障害、いわゆるボーダーさんだったので散々人のことを悪く言って、お互いを仲たがいさせるような言動をして辞めていったのだけど。もうひとり?その人の被害者的になってしまった人が今度私のことを攻撃し始めて私は存在して仕事をしているだけなのに、なんか不利な立場に追い込まれて。クリニックの医師もチームリーダーもそのことを知っていて放置。どっちかっていうと被害者になってしまっていたその人を庇っていて、私は特に何も言わなかったから「大丈夫でしょう」みたいな感じで放置されていた。その他にも患者さんとのトラブルがあっても現場は忙しいからって相談できる人もいなかったし、訪問看護にも出ていたけど、沼っているメンヘラ市場みたいな感じでとても本人の自立を助けるスタンスではなくて、そのことをチームリーダーに言っていたし朝のミーティングでも問題提起していたけど「うちの訪看はこういうスタイルなんで」と言われたら何の改善もなく、言っただけ損みたいな感じになって。ちょうどメンタル落ちていた時に前回の休職中に学校に行っていたキャリアコンサルタントの試験の勉強と重なって、勉強にも身が入らないし、クリニックの外来の残業も結構多くて、往復2時間通勤でかかっていたし、試験勉強にも集中できなかった。絶対に落ちると思っていたんだけど、試験は無事学科も面接もクリアできました…。試験勉強に逃げるような形で、自分の職場での傷つきを放置していたんだけど、試験が終わったとたんになんか、その「傷つき」が怒りに変わって。なんで入職してまじめに仕事して、なんなら医師の仕事(書類書き)も手伝って人一倍認められようと努力してきた自分が誰かの犠牲にならないといけないのって理不尽さに打ちのめされるようになって。私を傷つけた人に関してはすべてが自分の手柄のように持っていくし、いつも自分が中心でいたいけど、めんどくさいことは笑顔で人に押し付けて、おいしいところだけ自分が頂くみたいなクソみたいな女で(しかも55歳)自分に注目を集めるためにみんなの前で平気で泣くし、たんなるメンヘラじゃん…自分の人生承認欲求強めのメンヘラおばはんに潰されたたまるかって思ったらまぁ、また休職しましたよね、転職するために。いつも行っている都内のメンタルクリニックの院長に抑うつなんですって伝えたら「理由は分かっているんでしょ?転職すれば治るから薬は出さない」って言われるし、臨床心理士さんにも話したら「もう転職すれば?ブラックじゃん」と言われ。診断書書くから2か月で転職しなさいって言われて現在に至る。新しい職場はもう決まっているんだけど、休職するにあたっていくら傷病手当や保険が入るとはいえ、保険料全額支払いとか、結局損しているのって私なんだよね。まだ休職中だから渦中のクリニックは正式に退職はしていないんだけど、今更?医師やチームリーダーから話し合いがしたいとか、状況を改善するから戻ってきてほしいとか言われているけど、最初からそんな事件があって、小さいチームの中で信頼関係が築けなくてそんなの絶対に無理やんwって私は思っていて。傷病手当の関係があるからぎりぎりまで休職日と退職日は延ばしているけど。大切な人の大切さに今更気が付いても遅いということがある。私の離婚も元夫が私の大切さや過去どれだけ彼に尽くしてやってきたか、融通をきかせてきたかを知らず、蔑ろにした結果が私からの離婚というファイナルアンサーだったし、今の職場もギャーギャー泣いてわめいて仕事ろくにしないあと5年で定年退職、採血すらできない出来損ないナースと、外来も訪問もこなして毎日新しい知識を学ぼうと本を読んで研修や勉強会に参加して、地域との連携も進んでやっていく私とどっちがいいかちゃんと見極めてほしかった。せめて、もうちょっと私のこと大切に初期初動が大事っていうけど、トラブルがあった時に忙しいだけじゃなくて話を聞いてほしかった、それだけなんだけどね。職場はそのおばさんナースを優先したので私は去ります。
なんかの記事で読んだんだけど「人を助けたい」をひも解くと、結局「過去の自分を救いたい」が根幹だと思う。なんかすごく納得する言葉だ。いまここに過去の自分に会える扉があるとして、この扉を開けたらうずくまっていて、動けない過去の自分がいて、その自分を救う!過去の自分に今の強くなった自分が「大丈夫?助けにきたよ、一緒に行こう!」って声をかける。小さい頃いじめられていた自分やら、悩んでいた自分やら、つらくてどうしようもない自分とかそこにはどうしようもない自分がいてメソメソ泣いていて、でも将来強くなった自分が扉を開けて手を差し伸べて助けに来てくれた、そう、私は過去の自分を救い、未来に向かって一緒に歩くんだ!そう、ここまではどこにでもあるファンタシー小説のようだ今現在の私はというと、特に人を助けたいとは思っていなくて、その前に「今」の自分を何とかしなきゃって思っている。他人なんて二の次だ。私が助けたいのは「今」の自分であって過去の自分ではない。過去と今は常に切り離して考えているからそんな発想があることもちょっとびっくりだった。過去の自分の扉を開けたらそこには誰もいない悩んでいた自分、泣いていた小さい頃の自分、そんな過去の私なんていないのだ自己解決の早い私、つまり過去の自分だって自己解決を得意としており、扉の中で誰かの助けなんて絶対に待っていない自信がある。将来の自分が今の自分を助けに来てくれるなんておとぎ話は信じない常に今の自分自身を一番信じていて、道を切り開いてきたのは私自身なのだ。だからそんな扉、私には必要ないんだよ扉を開けたとしても、それぞれの自分はもう自力で旅立った後だから誰もいないだろうなって思う。つまるところ、そんなに私、弱くないんだったwww
実をいうとここ2年くらい好きだった人がいて。2人目の夫と別れてまだ静岡県に住んでいた頃からの知り合いで勤務していた精神科病院のドクターなんだけど。55年間ずっと独身だけど、大学時代から付き合っている彼女がいると聴いたことはある…でもそれも本当かどうかわからないしちょっとゲイ疑惑もあったりして。私が辞める時に「辞めないでや~」と引き留めてくれたり(上辺だけのセリフでも嬉しかった)先生は週2回都内から来ていたので、私が千葉に帰ると言ったときに私の連絡先を渡して、嫌なら連絡してこなければいいのに連絡してきてくれた。そこからライン交換が始まって。先生とは映画の話とか音楽の話とか結構趣味があったので話のネタに尽きることはなく、付き合っていないけどほぼ毎日ラインしていたんだよね。彼氏彼女でもそんなに何年も毎日ラインしないわって感じでいろいろな話をしていたんだけど、彼は電話が超苦手で文章でのやり取りはあるけど電話で話したこともないし、私が千葉に帰ったら都内も近いので一緒にご飯食べに行く約束もしていたんだけど、先生が食事もいつもと違う場所で行動がとれないからという理由で行かないことになった。先生も自称ASD+ADHD。ADHDに関しては私はちょっと違うんじゃないかと思っているけど本人がそう分析しているんだからそういうことにしておく。見た目もめっちゃタイプだったし(インテリ細身眼鏡)私の方がことあるごとに先生のこと好き好き言ってアタックしていたんだけど。もちろん本気で付き合うとかそんなことは思っていなくて、でもまぁ、一緒にご飯くらい行こうよ~とか想いを伝えるのはタダじゃんとか思っていて気持ちは伝えていたんだけど。最近になって自分が発達障害の人や拗らせた中二病気質の患者と接する機会が増えて、実をいうと先生は自分が発達だって分かっていて、付き合ったりすると周りとかパートナーが自分に気を遣う、相手に気を使わせてしまうのが分かっているからおそらく彼女とも結婚しないし、ずっと一人なんじゃないだろうかって思うようになった。前回の話にも書いたけど、発達障害の人は自分の特性を活かせれば才能に満ち溢れているけど実際の生活では周囲の人の配慮だったり、接し方だったり介入だったりと手のかかるサポートが必要な場合が多い。発達障害があっても親がある程度社会になじむための訓練を重ねて来たり自分でも努力していたりすれば社会生活はひとりで何とか家事だったりひとり暮らしだったり会社での生活だったりできるかもしれない。でもそれは本当に一握りで、実際は職場になじめない、コミュニケーションが下手で仲間外れにされる、いじめを受ける、人から好かれることはない、だけど寂しがり屋で人を求めたりするからパートナーが苦労する、ものをなくす、時間が守れない、社会生活に大きな支障をきたしているという事実も多い。先生も医師免許を持っていることによって昔からの流れで行くと「先生、先生」と周りが相当サポートしているし、医師免許があることで一般人より優遇される場面はたくさんあるだろうと思う。実際に先生はなんでそんな遠い病院に週2回当直にきているかと言えば、「病院のサポートが手厚いから」だそうだ。そうなんだよね…やっぱりこの人を好きになるってことは私の気力とか人生も相手に合わせて犠牲にするってことなんだよなぁだって私が好きになったところで相手は何とも思っていないわけだし。なんかそう考えたら、2年間好きだったって思いが一気に失せて。私はもっと自分を大切にしてくれる人にそばにいてほしい!私にお金を払わせたり、私がサポートするのが当たり前だと思われたり、そんな失礼な人と一緒にいたくないから離婚だってしたのに、また同じような男を好きになっていたなんて~ってまぁ、気が付いただけでもいいか…。すいません、オチは特にないけど。発達障害の人って才能にあふれていたり、人にはないセンスを持っていたり勉強がものすごいできたり、一般人には持ち合わせていない抜きんでた羨ましい側面を持っている人が多い。私は凡人だからきっとそういう所に惹かれてしまうんだと思う。けど実際に発達障害2名と結婚生活を送った結果、私の残ったのは虚しさとこれだけサポートしたのに感謝もされないという事実と使ったたくさんのお金だけだった。だからもう二度と発達障害の人と仕事はしても付き合うことはないと思う。
前回発達障害のことを書いたけど…実をいうと私の最初の夫も2番目の夫も発達障害であった…。最初の夫はガチのADHD+神経症。部屋が片付けられない、ゴミは捨てられない、掃除という概念はなし、全て無くすので同じものを何個も買って同じ物でさらに部屋が溢れる…埃だらけ、ゴミ屋敷の住人だった発達障害特有の芸術に関する才能が抜き出ていたため、Macを使った映像編集の先駆けだったので、年収だけはやたら良い時期があって、何を買っても(例えば車をキャッシュで一括購入とか)できる収入が当時はあった。まぁ、それ以降は時代に追いつけずに落ちぶれてしまったけど。2番目の夫は明らかなASDだった。それに加えて脳腫瘍だったし。2番目の夫はとにかく料理の才能だけは天才的だったけど、それをお金を稼ぐ方に持って行けず、人と一応会話はできるけど本当は人がダメ、人混みで過呼吸になる相手には自分のことを察してほしいけど、自分は相手を察することができないのが結構致命的だった。それで私が永遠の子育てが嫌になって離婚したんだけど。発達障害の子どもを持つ親、発達障害のパートナーを持つ人。発達障害はその人の特性を理解し、周りがサポートしたり、その人に合う関わりが大切で環境を整えていくのが大切みたいなこと言われるけど。私は前のパートナーが2人とも発達だったし、相手にお金の感覚がなかったり私がお金を出して当たり前、察してくれて当たり前が長く続いたので本当に自分が疲れてしまった経過がある。もしこれが自分の子どもだったら母性とか働いてちょっと違ったのかもしれない。もともと赤の他人で、私自身もつらくなってきて、私自身も守れなくなった時もうお別れしようということになった。私が私を守るためにも。相手に期待して裏切られる、それ以前に気づかないのは当たり前。それを許せるほど私もできた人間ではないので。発達障害ともし自分が思うことがあるのであれば(思わないガチ勢はまた別)できれば他人や本当に自分のことを思ってくれる人を蔑ろにしないで欲しい。あなたは発達かもしれないけど、それを取り巻く人たちは実はまともなのだ。世界の中心は発達障害(自分)と思うのであれば、パートナーや一番近しい人が犠牲になるので、遠くの他人や血のつながらない社会資源を頼ってほしい。過度に甘えずに。 そんな私も実は自分があまり正常だと思っていないというか、正常な人間だと思っている方が間違っているんじゃないかと思っている。一応社会人だから接遇とか、まぁ、電話対応とか人とコミュニケーション取るとかできているとは思っているけど…。それも疑わしいから少しだけ日常生活は、よっぽど仲のいい友達じゃないと離れているかもな。自分が迷惑かけないために…(たまにかけている友達よごめん)
職場でいわゆる「発達障害」と言われる人たちとのかかわりが多い。まぁ…最近発達障害の定義が広くなって、今までちょっとクレーゾーンだった人も「発達障害」と診断されるようになってきた背景もあるんだけど。本気の発達障害の人って、自分が発達障害であることに気づいていないというか周りが気づいてとか、周りがどうもおかしくない?ってことで診断だったり親が受診させたりで診断されることが多い気がする(あくまで個人の見解)そういった患者さんや患児さんは、自分は自覚がないけどフォローする親だったり周りだったり、本当にご苦労されている人が多いので、それはそれでちょっと大変だし、何らかの支援に繋がればいいと切に思っている。が、しかし、結構問題なのは発達グレーゾーンな方々。自分で何となく社会になじめないとか仕事すぐ辞めちゃうとか、ちょっとおかしいと思って、ネットとかで調べて自分は発達障害なんじゃないかと疑ったり、ADHDチェックとか大人の発達障害に当てはまるかチェックとかやってみて病院に駆け込むタイプ。こういった人たちの傾向としては自分が発達障害だと診断されて「診断名がついて自分が発達障害だと分かったので安心した」と若干開き直るタイプ。そうすると彼らの社会不適応な部分って「自分は発達障害なんで!」の印籠で全て片付けられたり、「発達障害」が言い訳になったり、自分は発達だから周りがサポートして当然だという言い訳になる例もたくさんある。そういう患者さんって結構めんどくさいんだよなぁ…(本音)何を言っても「私は発達障害なんで」で話にならないし、終いには「こんな病気になっちゃって親を怨む」とか、何その責任転嫁??みたいなことになりがち。意外と高学歴だったりもする。学校は普通学級でいい所の大学を中退しているとかそんな感じの人とか。う~ん、それって本当の発達障害で苦しんでいる人に失礼じゃないか…そもそもそのレベルなら認知行動療法とかで自分の認知の歪みとか治せるんじゃないか…そして社会に適応する訓練ってできるんじゃないか…なんでモヤモヤしながら私は接することが多い。発達障害って、一応生まれつきの個性や疾患とされているけど…いや、実は親の育て方とか育ってきた環境とか、そういったのも結構影響受けているなぁ…実は発達障害もどきであって、それって認知の歪みなんじゃない?それを堂々と「発達障害なんで!」で片付けられたら、本当の発達障害の人たちが迷惑被ったり悪い印象を受けてしまったりするので、それは発達じゃなくてボーダーか、それかたんなる甘やかされて育って社会に適応できない自分を正当化している(これを誤った自己肯定感と私は捉えている)だけだよな…とまぁ、ここまで書いたことは序章なので、今後気が向いたらこの続きを書いていきたいと思います。
とあるひきこもりの女の子。精神疾患も併せ持っている。内服薬のコントロールがうまくいっていない。彼女は孤独を求めて山に登っているってお父さんが言っていた。孤独を求めて山に籠る。病状が落ち着いてきて周りの霧が晴れて深い山から下山を始めた時に、誰かが待っていてくれたらとても嬉しいことだと。希望が持てることだと。そこで一番傍にいる 親である私たちは彼女を待っていたいと。なんかとってもいい話だと思った。私も山の麓でそんな患者さんを迎えられるようなそんなかかわり方ができると良い。
最近の起業ブームに告ぐ。AIやChat GPTを使ってインスタの投稿とかストーリーズを短時間で考えてそれを保存して小分けにしてアップする。だったら最初からアンタらインフルエンサーは必要なくて直接解決法をChat GPTやAIチャット君、Geminiに聴けばいいだけの話。インフルエンサーって言ってもいっぱいいて、AI頼りの投稿はすぐにばれる。そこに踊らされる私たちも頭が悪い。私がインスタでフォローしているのって時短でAIに投稿作らせている人ではなくてやっぱり個人のキャラが際立っている人の方が多い。AIでは作り出せない地域の綺麗な写真とか、実際に海外を自転車で旅している人とかあと面白いなっていうペットとか、そういったもの。人生啓発系、恋愛相談系、ライフハック系は正直もう自分でAIに聴く方が早いし解決策も簡潔に提示してくれる。インスタの○○さんフォローしたり、お悩み解決系はもうオワコンなんだよな…。インスタで、ブログでお金を稼ぐ方法なんかも起業塾に入らなくても全部AIが教えてくれる。Chat GPTに課金しても月3千円くらいで、逆にインスタ見たり変な起業塾でカフェ会やったりする時間だって短縮できるし。時は金なりだからねぇ。自分軸がしっかりあればブレないんだよね。逆に自分軸がなければ流されそうになる。でもそういう時はちゃんと国家資格を持ったカウンセラーや心理士を頼ってほしい。ふわっとちょっと何日間かセミナー受けただけみたいなエセカウンセラーに対してはお金を払う価値はないのでそのための国家資格だし、ちゃんとカリキュラムにお金と時間を費やしてきたという証明が国家資格なので。安易に変な起業家とかカウンセラーに相談するのとインスタグラマー、インフルエンサーを信用しきるのは危険です。私はそんなこんなでインスタ見る時間は減らしたし、なんなら繋がりなければやめたいくらいなんだよな…。これから本当に自分軸で生きて、自分の人生や時間、お金を大切にできる人はSNSの波から離れていくと思います。実際にSNSやブログ収入などピークはあと持って2年から3年と言われているし。本当に自分のやりたいことややりがいを見つけて、そこに生きた方が実際はコスパもタイパもよいということ。そしてごめんね、私もそんなにアメブロで繋がっている人のブログ読みに行ったりしていないんだ…。でも数人、本当にこの人のブログは読みたいなって人の所には行っているし、いいねつけたりもしているんですが…結構レアかな?
私の尊敬する先輩ナースの息子さんが高校中退してそれ以来ずっとひきこもり状態になっている。現在息子さんは25歳なので…もう7年くらいひきこもっていることになるんだけど、初めのうちはダイニングまでご飯を食べに降りてきていたのが、最近ではもう1階に降りてくることもなく、母親が毎日ドアの前に1日2食運んで、トイレやお風呂は夜中に使っているようだと。先輩は「本当はダメなんだろうけどねぇ…」なんて言っている。半ばもうあきらめている感じが伝わってくる。心療内科も結局「本人が来なければ治療はできない」と本人が通院することが前提だし、色々と家族会とかひきこもりの家族相談会なんかにも行ったみたいだけど結局息子さんはずっとひきこもったままだそう。先日とあるひきこもり支援サイトで、ひきこもりの状態が3年以上続いてしまったらもうそれは「こう着」状態であるため、本人の意思を尊重とかいつか変わってくれるなんて期待はせずに第三者の介入を入れた方がいいと言っている臨床心理士の人がいて、まぁ、確かにそうだよなぁって思ってしまった。そう、病状はこれから上がりもしないし下がりもしない。「こう着状態」なるほどねぇ…って思ってしまった。こう着とは「ずっと同じことで変化がない状態」だそうで。そこからは本人だけでは抜け出すこともできない「底」なんだなって。ある意味「着地点」に到達したってことで。なんかそれを読んだときに私が元夫に退職日を忘れられてそれを今でもめっちゃ根に持っていて、でもその状態ももう何年も経っても解決しないし未だに思い出すと悔しいし、でも私のその「感情」も「こう着状態」なんだろうなって思った。上がりもしないし下がりもしない。でも私の人生にとって社会生活の支障になるほどでもないからその感情はこう着状態のまま持っていてもいい感情なんだと思う。無理に解決しようとせず「こう着状態だから」と思うと気が楽になった。タイタニック号のように変わらず、引き上げることもできず、そのまま海の底に沈めておけばいいのである。(ひきこもりや不登校は引き上げる必要があると思うが…)私が不登校や引きこもりの人たちの就労支援をしたいと思ったきっかけがその先輩ナースの台詞だった。先輩ナースはもう50歳近くて、家族の中にもその息子さんだけでなくもうひとり重度のうつ病を抱えている人がいて、彼女しか働けないし家計を支えているのも彼女。患者だけじゃなくて家族も立派な第二の患者なのである。本人の苦しみも分かるが、その家族を支える人だって必要なのだ。私自身も患者家族で大変な思いをしたからこそ患者家族の支えになれるような看護をしたい、そう思って次の就職先を選んだ。こうやって書いてみると私はきっと家族看護をしたいんだと思う。ということで、4月からは精神科の往診クリニックに就職となりましたので、引きこもり休職生活にもピリオドが打たれます。でも8か月間、休職して、自分の人生や感情も整理整頓できて良かった。この8か月間は絶対に無駄にしないって思っている。
私は今まで自分の人生金運がないと思っていた。子どもの頃父親のギャンブルが原因で両親は離婚してその後「家にはお金がない」と子どもの頃から言われ続け小学生の頃友達がいい人形や洋服を持っていても私は持っていなかったし、塾もお金がかかるから行かせてもらっていなかったし。大人になってからもお金には苦労した気がする。でもお金に苦労する状況に自分で自分を追い込んでいたというか。大金を手にしてもすぐ使っちゃうとか。人に貸して返ってこないは当たり前だったし。看護師になって収入は安定したと思っても新人の頃は給料だって安いし夜勤はないし。そこそこお給料が上がっても最初の夫と一緒に買ったマンションのローンから、最初の夫のうつ病発覚でマンションのローンが返せないと言われたり、2番目の夫に関しては自営業で脳腫瘍になって保障も何もないまま治療費、生活費が(保険や高額医療費制度使っても)全部私にのしかかってきて、本当に翌月どうしようって頭を抱えることも多かった。今も休職して、傷病手当が入ってきたとしても社会保険料は自分で支払わないといけないし、生活するだけでお金ってかかるし。でもよくよく思い返すと本当に困って借金をしたり、マンションのローンの返済が遅れたり、滞納したりってことは一切なかった。クレジットカードの信用も落としていないし一応何かあった時のためにキャッシング枠あるけど一度も使ったことがない。人生の今まで。どうしてもクレジットカードを使わないといけない場合もリボ払いとか絶対にしないし。旅行行ったりイベントが重なると翌日の支払いが大きくなったりするけど基本NOリボ、NO分割派。なんかそう考えると実は私、大きなお金は入ってこないけど金運はある人なんじゃないかって最近思っている。生活が維持できているだけで、毎日ご飯が食べられて、ちょっと外食したいなって時に気軽にお店に入れるのってすごく幸せなことなんだなって思ったりしている。来月の支払いどうしようかとか、お金のことで悩まずに日々悩まずに過ごせているのは「当たり前の金運」がそこにあるからだと思っている。「お金を稼ぎたい」動機って色々あると思う。子育て中のママさんなら今流行りの副業とかネットビジネスとかやって子育てや習い事、学費を稼ぎたいだろうし、旅行に行きたい、いい服を買いたい、いい生活をしたい色々と動機がある。だけど私は子どももいないし、特にいいレストランでご飯食べたいとか、旅行行きたいとか、物が欲しいもないのである。ちなみにミニマリストだから物をもたない派だし。そんな私は日々好きな時間に起きて外散歩して。明日世界が終わる、手元に1億あるって状況でも好きな時間に起きて。そうだな、贅沢するなら葉山から茅ヶ崎まで天気の良い日を海岸線沿いを海を見ながら歩いて、茅ヶ崎のお気に入りのホテルで地ビール飲んで横になった所で世界が終わってほしいと思うタイプなので。人って上を見たら、将来を考えたらきりがない。今の現状に満足しているってことが、とても大事なんだなって。今まで本当にしんどいことがあっても生きてこれたから。お金に困っても支払いできていたから。それをささやかな自己肯定感として明日もいつもと変わらない生活を送っていこうと思う。
よくスピ系の人とか占い師とか宗教とかコンサルティング業とかカウンセラーとか。「つらかったあの時期を乗り越えたからこそ今がある」みたいなことを言う人って多いと思うんだけど。その言葉は本当に辛い思いをしてきた人には禁忌だってなぜ気が付かないのか。このセリフは「今の自分が満たされて幸せな人」にしか通用しないって。そこから乗り越えられずに、またはその時のツラさを未だに引きづっている人に「あの時期があったからこそ今の貴方がいるんですよ…」って言うのはだいぶ上から目線だよなって思う。そう「あの時」だって辛くって、その延長線上の「今」の自分も辛かったら、過去の自分になんて、過去の自分をもしかしたら成長させてくれた経験にだって感謝なんてする余地もないのに。それに気が付かず、スピやエセカウンセラーは無理やり「今」に集中させて感謝が大切、終いには感謝ができないアンタのその性格が…みたいな話になる。例えばそのスピやカウンセラーが過去にものすごいつらい思いをしていたとしても、わざわざそれをクライアントに開示する必要もなければマイストーリーを語る必要もない。クライアントはそれ求めていないし、お金払ってまでアンタの過去に興味ないしって私は思ってしまう。ブログとかに書いてあって、まぁ、その人のことをもっと知りたいかなって思ったら読むこともあるかもだけど人と自分は違うし、過去の私の日記に元夫との脳腫瘍闘病日記が書いてあってもその日記の内容が全ての患者に当てはまるワケではない。「感謝日記」1日最低3つ、感謝することを思い浮かべて感謝日記をつけると自己肯定感が上がるという話を聴いて実は私も感謝日記をつけているんだけど。金銭的には元夫の面倒みている時より恵まれているな、今は自分だけにお金使えるし、あの切羽詰まって来月の支払いどうしようって思うこともない。でも調子悪い時とか、家に閉じこもって外に出ない日とか本当にギスギスしている時とかは「今日は何にも感謝できないくらい気持ちが荒れている」と書いたりもする。今日に感謝できるのは今日が充実していたから。過去に感謝できるのは現在が充実しているから。つまるところ今日一日を大切に生きろって話なんだろうけど。過去から繋がる現在までずっとつらい気持ちを引きづっていたら、今日だって過去と同じく充実しない。
現在キャリアコンサルタントの資格を取ろうとクラスを取って勉強しているんだけど。理由としては私の通っている心療内科でキャリア外来でのカウンセリングを勧められ、医者の指示だからなと思って受けたらすごくよくて、今までの自分のキャリアの棚卸から本当にやりたかったこと、働き方などをカウンセラーと一緒に考えられて気づきが多かった。今後の自分の方向性や転職先を決める上で産業カウンセラー+キャリアコンサルタントの資格を持った方との面談は非常に有効だったと思い、自分も今後の仕事にキャリアコンサルタントの資格を取って活かしていけると思ったので受講を決めた。でも私の周りは、気が付いてしまったんだけど母親、弟、元々夫など非常に人の考えや決めたことに対して批判的な人が多いということ。キャリコンの資格を取るって言ってもバカにしてくる人の方が多かった。一応キャリアコンサルタントって国家資格なんだけど今政府がキャリコン10万人計画っていうのを打ち出していて、現在キャリコンが8万人くらい登録者数がいる。キャリコンだけで食べていくのは難しいので企業内でキャリコン資格を活かして人事で働くとか大学の進路相談室で働いているとか、個別で相談に乗っているとかそういった人が多いそう。まぁ、私の周りには国家資格と言っても結局は政府のそういった思惑の中、教育給付金対象になっているし、学校が儲かる仕組みなんだろうとか最初から私の行動を応援しないというか否定から入る人の方が圧倒的に多い。でもよくよく考えたら私の周りって人生において私のやろうとすることに反対したりバカにしたりする人の方が多かったなって。そういう人の末路ってみんなお金がなくて性格ひねくれている人間の方が多かったなって思う。人の言う事を素直に受け入れられない人間ばかりが周りにいて、そういう人間としか付き合いがなかった。私も結構ひねくれているし、逆に人と同じことをしなかったから間違った道とか騙されるとか人を見る目がないとか自己肯定感も低くて、何もしないで人の事ばかりいうようになったんだろうな。やっぱり私は妹以外の家族とは縁を切りたい。それが例え母親であってももう縁を切りたい。弟とは母親が死んだら多分連絡も取らないだろうな。家族ってバラバラになったら修復はかなり難しい。家族だからこそみんなモラルも何もない無法地帯だからだ。一番自分を応援してくれる人が傍にいなくて何をしても否定されるって結構つらいもんだよな。朝から母親と電話で話して本当に胸糞悪い。もう一生同居とか無理だわって思った日。
前回の日記の最後にちょっと書いたんだけど。50代の共通の趣味がある男友達がいて、よく音楽イベントに自分も出るからということで誘ってくれたりしてた人がいるんだけど。知り合ってからもう20年以上なんだけど先日もうこいつと友達やめようって決定的な出来事があって。私の好きなバンドがとあるライブハウスに出演するから彼が教えてくれて一緒に行ったんだよね。私はお目当てのバンドが出る時だけめっちゃ弾けてガチでヘドバンして踊りまくるのですごく目立つんですよ。平気でモッシュも突っ込むタイプだし。興味のないバンドが演奏中は絶対に動かないけどw女性でヘドバンして中指立てて絶叫しまくっているとライブが終わった後に変な男性、俺も昔バンドやっていたんだよね系から今もやっているから今度遊びに来てよ系から声かけられるんです。今も昔もクソバンドマンは本当に酒と女とタバコが好きで、私が最も嫌いな奴ら代表なんで。で、ちょっと声かけてきた元バンドマンとかいうしみったれた50代後半と話をしていたらその男友達が「そうやって男との会話の相手するから向こうが調子乗ってくるんだよ」みたいな、話しかけらて相手する私が悪いみたいなこと言ってきて。そもそもライブハウスで女に軽率に声かけまくる男性は悪くなくて声かけられる女の方が悪いの?え?マジ胸糞悪いんだけど。私もその時はブチ切れて「じゃあもうキモい男から声かけられたくないから二度とライブハウスなんていかねーわ!!」ってそいつに言ってやったけど。そもそも男友達と一緒に行くべきじゃなかったね。好きなバンドの時間だけさっと行ってガチヘドバンしてお気に入りのバンドにだけ挨拶して帰る。今はFacebookで繋がっているからそのお気に入りのバンドの人からライブの通知やお誘いは直接DMでくるしクソモラハラ野郎と一緒に行く必要ないからやっぱりひとりで行くのがいいなって思ったし、男はデリカシーがないから傍にいないで欲しいです。50代になってバンドやっているとかロックに生きるとか生きてもいいけど女を巻き込むなよ、キモいから。