健二は、内閣官房室に行く決心をした、もうこんな事にかかわるものかと言う気持ちがあった反面、研究者としての好奇心を押さえる事ができなかったのだ。その日は、初夏の匂いのする暑い日だった。内閣官房室に着いた健二は汗をハンカチで拭いながら重厚なドアをノックした。「どうぞ、お入りください。」中からあの男の声がした。健二はドアを開け、中に入った。そこには原田と名乗る男の他に70才位の白髪の老人がいた。白髪の老人が言った。「どうぞおかけ下さい。よくいらっしゃって頂きました。」健二は部屋の真ん中に置かれた革張りのソファに座り老人と対峙した。次に原田が口を開いた。「さっそくなんですが、美墨教授が亡くなりました。ご存知でしたか?」「え、本当ですか?」健二は突然の予期せぬ話に思わず身を乗り出した。「美墨教授は苦しんでおられた様です。自殺でした。」「あの美墨君が自殺?」健二はにわかには信じられなかった。「それが、またフィッシャーマン理論と関係がありそうなんですよ...」「どういう事なんですか?」原田はコホンと咳払いをしてこう続けた。「彼はドイツ本国でさえ、まだこの理論を現実のものにできないのに、どうやらこの理論を理解した様なんです。」「何故、彼が理解できたのかは、丹羽教授そう、あなたの基礎研究があったからなのでは無いかと考えています。」「ただ、彼がいなくなった今はすべて水の泡になってしまいましたがね...」原田は本当に残念そうにそう言った。健二は原田の話を遮った、「それが自分とどう関係するんでしょうか?」白髪の老人は言った。「軍の司令部は再度、君を復帰させる様に指令を出した。これは軍の命令じゃ」健二は息を飲んだ。
健二は講義が終わり、大講堂を出た。やわらかい日差しが気持ち良く、次の講義まで時間があったので、中央芝生と呼ばれる庭園で横になって休憩をしようと庭園に向かっていた。その時、背後から声をかけられた。黒いスーツの男だった。「丹羽教授、講義を聞かせて頂きましたよ、研究も順調の様ですね。」「誰だね君は?うちの生徒ではないね・・・どんな用件なのかね?」健二は不意に現れた気味の悪いこの男が自分のこれからの人生をまた大きく変える事になろうかとは想像もできなかった。「丹羽教授、フィッシャーマンと言う人物をご存知ですか?」その男は唐突にこう切り出した。健二にはまったく聞いた事もない名前であった。「いや、聞いたことない名前だが・・」「そのフィッシャーマンと言う人物はドイツの「狼の巣」と呼ばれる中央司令室の地下300mに作られた研究所の所長であの有名なフォン・ブラウンの右腕と呼ばれている科学者です。もともとは心理学者なのですが、アインシュタインの相対性理論を発展させ、次元を超える研究をしていたんです。」健二はあまりにも唐突な話で驚きを隠せなかった。日本とドイツはこの分野で共同開発を行っていたわけだから当然、健二が知っていないとおかしい話ではあったがフィッシャーマンと言う名前は初めて聞く名前だったからだ。ドイツは日本にすべてを教えていた訳ではなかったのか?この男はいったい何者なのか?「君はいったい何者なんだ?」その男はこう答えた。「国の内閣官房室に作られた特殊機関に所属しています、原田と言います。」その男はそう言うと名刺を差し出した。確かに内閣官房室と書かれていたが健二にはにわかに信じる事はできなかった。「是非、お話をしたいことがあります。都合のよろしい時に内閣官房室にお越しください。待っていますこの事は丹羽教授の一番知りたい事だと思いますよ。」男はまたニヤリと笑いスッと健二に背を向けて去っていった。「狼の巣・・・フォン・ブラウン・・」何かとても、恐ろしいことに巻き込まれそうなイヤな予感がした。しかしフィッシャーマンと言う人物はどこまで次元宇宙を解明したのか?春の青い空にサクラが舞っていた。

その大学は兵庫県に5年ほど前に設立されたキリスト教系の大学だった。健二の履歴であれば帝国大学の教授職に就く事も訳のない事であったが、彼は国からの監視を恐れ住まいを関西に移した。その大学はのどかな田園地帯の丘の上にあり健二のすさんだ気持ちをリフレッシュするには最適のロケーションであった。彼の精神のバランスもここに来てやっと正常に保てる事ができた様だった。彼は独自の心理学理論の研究に没頭した。中国に残った美墨はハルピンの研究所を任され世界最大の加速器を使いアインシュタイン博士から授かった特殊相対性理論に基づき次元のコンパクトに取り掛かっていた。この研究には何千と言う中国人の犠牲の下に蓄えられた意識移動実験のデータが生かされていた・・・・美墨は後にこの中国人達が善良な市民であった事実を知り狂乱の世界に陥っていくのだった。一方、大学では健二の授業が始まっていた。生徒は兵庫県の財閥の御曹司がほとんどであり数十人が大講堂で彼の講義を受けていた。「時間・・・それは我々ではコントールできないものである。一般に皆んなは時間は未来に向かって進んでいると思っているかと思うが・・・本当にそうなんだろうか?未来はまだ未知の物であり過去は過ぎ去った変える事のできない物・・・・と考えられている。そう考えれば無から有が生じると言う事を考えれば時間は未来から過去に向かって流れているのではと私は考えている。ちょうど川の上流から下流に水が流れているように私たちは上流に向かって泳いでいる魚、そう魚の様なものなんだ・・・もしこの魚が空を飛ぶ事ができ上流に舞い降りることができれば・・・それは未来への時空旅行が可能であると言う事にならないだろうか?私はこの理論を数式化する事が十分可能じゃないかと考えている。」大講堂の中に明らかに学生ではない黒いスーツを着た男がにやりと笑った様に思われた。
健二は中庭のベンチに腰をかけ白衣のポケットからマルボロを取り出しちょっと曲がってしまったタバコを手で伸ばして火をつけた。「フー」健二は大きくたばこを吸って大きくはいた後、こう言った。「今から15年前にアインシュタイン博士が来日したのは覚えていると思うが、実はその時に日本政府は今実験をしているこの加速器による人間の意識移動に関して博士から極秘に情報をもらっていたんだ。」・・・「え、本当ですか?」美墨は始めて聞く健二の言葉に驚いた。健二は続けた。「この人体実験はこのあたりで終わりにしたい。これ以上続けても成果は出ないだろう。ハルピンに来月、日本政府が世界最大の加速器を完成させる。これはアインシュタイン博士の設計図に基づき10年の歳月をかけて開発したものだ、この加速器を使う事により我々の実験は完成を見ることだと確信している。」・・・「先生!今までやって来たこと無駄では無かったんですね!」美墨が興奮して健二に言った。「そうだ。美墨君、これまでの実験データをついに生かす事ができるんだ。ドイツが日本にこの設計図を開放した理由は日本の基礎研究分野の優秀性をアインシュタイン博士が認めてくれた事がきっかけだと聞いている。日本とドイツが新しい時代を切り開いていくんだよ。健二は人体実験がドイツでも罪の無いユダヤ人を使い行われている事を知っていた。もちろん自分たちが行っているこの人体実験も悪魔の実験であることを認識していた。ひそかに自分は身を引くつもりであった。後は美墨に研究を引き継いで・・・・

第283部隊、彼が所属していた部隊であった。あの悪名高い細菌戦部隊の731部隊のほかにも数多くの部隊が中国の東北部に集中して存在していた。それらの部隊では何の罪も無い中国人が裁きも無いままに特別移送扱いと称して連行され死刑宣告を受けたのだった。彼らはマルタと呼ばれ人体実験を繰り返されていた。マルタとはそう、丸太棒と言う意味だった。健二は美墨と言う助手と共に危険な研究をしていた。

「マルタを連れてきてください。」美墨は研究員に指示をした。そのマルタはすでに舌を抜かれ言葉を発する事も出来ない状態であった。美墨はマルタに加速器と呼ばれるヘルメットの様な物を装着した。「それでは実験1567開始する。」健二は実験室の隣のガラス張りになった司令室から実験の開始を告げた。「ウィーン・・・・・ウィーン」と言う低い周波数のかすかな音が徐々に大きくなり、そのマルタは次第に小刻みに震えだした。強固な椅子に縛り付けられてはいたのだが、最後にはその椅子がガタガタと言う大きな音を立てる位にマルタは苦しみもがき暴れた。ウィーン・・・ウィーンと言う音も耳を覆いたくなる位に部屋中に響きわたりマルタは泡を吹いてグッタリとしてしまった。マルタは完全に死亡していた。健二はガックリとうなだれ、美墨に言った。「しばらく休憩だ、ちょっと一緒に来てくれないか?」「判りました。」美墨はそう答え研究着を脱いだ。二人は司令室を出て、研究棟の中庭に出た。

愛娘のなぎさはスースーといびきをかき静かに眠っていた。健二はなぎさを少し強く抱きしめた。この瞬間が永遠に続くことを祈った。同時に健二はいつも父親の事を思った。健二の父親は健二と同じく研究者であった。忙しい父親であった為、彼には父親の記憶がほとんど無かった。父親は自分を同じように抱きしめてくれたのだろうか?いつもその事が脳裏を横切った・・・健二が生きたその時代はちょうど世界が大きく変わり始めた頃であった。彼が住んでいた中国においてもソ連が覇権の手を伸ばし始めており日本はソ連との戦争を避けることが出来ないだろうと人々は思い始めていた。健二は日本軍の特殊な研究機関に所属していた。この研究機関の存在を知る者は軍部でもほんの数人しかいなかった。彼が研究をしていたのは四次元宇宙の研究であった。日本軍は四次元宇宙を支配することでこの三次元の世界を支配できると考えていた。研究はなかなか思うようには進まなかった。毎日が失敗の連続であった。研究が行き詰った時は特になぎさとのこの瞬間が一番心が和む時であった。できることならば、この瞬間を永遠に生きたいと考えていた。そして父親に直接、こう聞きたかった。自分がなぎさを愛している様に自分を愛してくれていたのかどうか?   時を遡って・・・・

そこには、すでに先客がいた。萩原と和美の分身そして由美の3人だった。「先輩、ごめんなさい、みんな嘘だったの・・・姿を消したり、ホログラムを作ったりする機械も存在しないの・・見えなくなった思ったのも錯覚です。」それまでガムをくちゃくちゃしていた萩原がペッとガムを吐き出し前に出て話始めた。「由美は俺たちが丹羽の野郎に送り込んだスパイだよ!奴はこの世界をコントロールしたかっただけだ。自分の私利私欲の為にな!とんでもない奴だ!」和美の分身が続けた。「あの人は妄想狂よ!完全に狂っている。私たちはこの世界を妄想狂から守るために由美を彼の元に送り込んだの・・琢磨君!あなたの正体も分かっているのよ!」「パーン」その時乾いた銃声がその部屋に響いた。「黙って聞いてりゃ勝手な事ばかり言いやがって」琢磨が銃口を3人に向けながら部屋の真ん中にある奇妙な機械のスロット口にCD-ROMを入れようとした。「巽 琢磨!あなたが丹羽教授の息子であることは最初から判っていたわ」和美の分身が言った。「本当なの?琢磨・・」和美はもう何を信じて良いのかわからなくなり混乱していた。「そこまでだ!琢磨」萩原のピストルが火をふいた。同時に琢磨のピストルも発射された。セントラルに二人の銃声がこだました。
「作戦があります。」由美はおもむろにポケットから携帯電話の様な機械を取り出した。それは奇妙な形をした物体で何に使うものかまったく和美たちには想像できなかった。「これはホログラムを作り出す機械なんです。このセントラルの最上階のコントロールサーバーまで無事にたどり着けると言う確率は0に近いと思います。奴らは私たちを見つけたら容赦なく抹殺するでしょう。そこで私が和美さんと琢磨さんのホログラムと一緒にまず降参します。その10分後に和美さん達もこのホログラムを使って自らを消し去り最上階に直行してください。」「え、何この機械で自分を消すこともできるわけ?」和美は由美が突然想像もしていなかった事を話し出したのでこの子は何者?と言う気持ちでいっぱいだった。琢磨は由美から手渡されたその機械をもの珍しそうに手に取って眺めていた。「それでは10分後に最上階直行エレベーターでコントロールサーバーまで行って下さい。ダウンロードの仕方はこの前に説明をさせて頂いた通りです。頑張って下さい。私たちの世界を守れるのは和美さんと琢磨さんだけです。」そう言って、由美はセントラルに消えていった。その十分後、和美と琢磨はその奇妙な機械のスイッチを入れ、姿が消えたことを確認し最上階までのエレベーターに向かった。セントルに侵入する事は困難ではなかった。その直行エレベータの前にはセキュリティがいたが、和美たちが侵入した時にはちょうど交代の時間だったのか一瞬、セキュリティが持ち場を離れた。和美は思った。「何?綿密に計算されているの?」二人は最上階までのエレベーターに難なく乗り込む事ができた。最上階まではほんの数分で到着した。「プッシュー」と言う音と共にコントールサーバー室のドアが開いた。そこはちょうど30平米四方位の金属の壁に囲まれた部屋で部屋の真ん中には50センチ位の突起物がありそれがコントロールサーバーのコントロール部分だと由美から聞かされていた。部屋はひんやりとしていた。思わず二人は言いようも無い寒気に襲われた。

「先輩!こっちです。」由美は和美と琢磨をビルとビルの谷間から大通りに誘導した。「ここからはこちらの世界の人の振りをしていれば大丈夫です。彼らには識別が不可能なんです。」そう言って由美は笑った。「由美ちゃん、そのプログラムの事なんだけど、本当に丹羽教授を信じていいのかなぁ?正直言って未だに私は100%信じられないんだけど・・・」「先輩、私はこの世界で奴ら連合軍の動きをこの3年間見守って来たんです、奴らが考えていることは間違いなく私達を奴らのコントロール下に置くことです。すなわち今の自由は無くなると言うことです。」「自由が無くなると言うのは?」和美が聞いた。
「それは、生まれ変わりのプログラムを奴らが操作すると言うことです。奴らに都合の良い人間だけを残しそれ以外の人間は生まれ変わりをさせないプログラムだと言われています。」「何か分からないけど困るんだ?」琢磨は早足で歩いているせいか少し息切れをしていた。また、由美から預かった小型のピストルがポケットの中にありそれが気になってしょうが無かった。大通りには大勢の人が行き来しており、この中には間違いなく奴らもいるに違いなかった。
10分ほど歩いただろうか?由美が言った。「着きました。ここがセントラルです。」そのビルはガラス張りの30階建て位のビルだった。太陽の光にまばゆく輝いていた「ここからが本番です。」和美たちに緊張感が走った。
「君達の使命は私がフィッシャーマン理論を基に作成した。このプログラムをセントラルと呼ばれるコアの中央コンピュータにダウンロードする事だ。」琢磨が手を上げ教授に確認した。「すみません。そのプログラムをダウンロードするといったい何がどうなるんですか?」丹羽教授は琢磨の前のソファに腰を落としゆっくり話し始めた。「そうだね、肝心なことを言わなければいけないね。琢磨君、君は自分がどこから来てどこに行くのか?って考えたことはあるかい?」教授はパイプに火をつけながら琢磨に聞いた。琢磨はこう答えた。「いいえ、あまり考えたことはないですね。」教授は答えた。「人間は一般的に共通意識体であるコアから生まれコアに戻って行くんだ。生まれ変わりって聞いたことあるよね?」「はい、リインカーネーションですね?」和美は答えた。「そうだ、和美君や琢磨君も実はすでに600回は優に生まれ変わっているんだよ。」「600回!」二人は同時に叫んだ。「そう、人間は何度も何度も生まれ変わるんだ。その人生での喜怒哀楽のエネルギーがコアの動力源になっているんだ。私のプログラムはその永遠のリンクを断ち切り、人間を解放する為のプログラムなんだ。このプログラムを連合軍の残党が開発したこの世界をコントロールするプログラムより先にセントラルにダウンロードして欲しいんだ。さも無ければ自分達は連合軍の残党の思いのままに操られてしまうだろう。君達選ばれし者しかそれを阻止できないんだ。セントラルには高塚さんが誘導してくれるだろう。」