その大学は兵庫県に5年ほど前に設立されたキリスト教系の大学だった。健二の履歴であれば帝国大学の教授職に就く事も訳のない事であったが、彼は国からの監視を恐れ住まいを関西に移した。その大学はのどかな田園地帯の丘の上にあり健二のすさんだ気持ちをリフレッシュするには最適のロケーションであった。彼の精神のバランスもここに来てやっと正常に保てる事ができた様だった。彼は独自の心理学理論の研究に没頭した。中国に残った美墨はハルピンの研究所を任され世界最大の加速器を使いアインシュタイン博士から授かった特殊相対性理論に基づき次元のコンパクトに取り掛かっていた。この研究には何千と言う中国人の犠牲の下に蓄えられた意識移動実験のデータが生かされていた・・・・美墨は後にこの中国人達が善良な市民であった事実を知り狂乱の世界に陥っていくのだった。一方、大学では健二の授業が始まっていた。生徒は兵庫県の財閥の御曹司がほとんどであり数十人が大講堂で彼の講義を受けていた。「時間・・・それは我々ではコントールできないものである。一般に皆んなは時間は未来に向かって進んでいると思っているかと思うが・・・本当にそうなんだろうか?未来はまだ未知の物であり過去は過ぎ去った変える事のできない物・・・・と考えられている。そう考えれば無から有が生じると言う事を考えれば時間は未来から過去に向かって流れているのではと私は考えている。ちょうど川の上流から下流に水が流れているように私たちは上流に向かって泳いでいる魚、そう魚の様なものなんだ・・・もしこの魚が空を飛ぶ事ができ上流に舞い降りることができれば・・・それは未来への時空旅行が可能であると言う事にならないだろうか?私はこの理論を数式化する事が十分可能じゃないかと考えている。」大講堂の中に明らかに学生ではない黒いスーツを着た男がにやりと笑った様に思われた。