『にゃんころがり新聞』 -3ページ目

『にゃんころがり新聞』

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ご迷惑をおかけして申し訳ございません。

果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

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にゃんく

 

 

 

 

 陽が暮れると、ミミとリュシエルは昨日と同じように柔らかい叢の上にぺたんと座り込み、パンを分け合って食べました。家から持って来たパンは全てなくなってしまいました。
 ふたりともこれっぽっちの食べ物ではとてもお腹いっぱいにはなりませんでした。ひもじさにお腹がきゅるきゅると鳴りました。
 今夜はミミが人形のメメに魔法をかける予定でした。
 リュシエルはポケットの中を見てみますと、今日道々集めてきた七種類の植物は欠けることなく全種類揃っていました。
 リュシエルは七種類の植物を小川できれいに洗って来て、それを満月の光が充分に当たる場所に敷き詰め燃やしました。人形を人間にする魔法を有効にするためには、満月のきれいな夜でなければならないのです。
 焔はミミが魔法の力を使い熾しました。そしてリュシエルがブロンド髪の人形を献げ持つようにして、燃やした煙で人形を燻しました。
 ミミが魔法の教科書に記載されているとおりの呪文を唱えはじめました。
 五分ほど経ち、植物を燃やしていた焔は消えて、あとには黒い灰が燻っているだけでした。
 ミミは呪文を唱え終わりました。
「失敗だったかしら?」
 リュシエルが人形を見ると、魔法をかける前と後とで、何も変わったところが見受けられませんでした。何かの間違いで、魔法は成功しなかったのだろうとリュシエルが思った時、手に持っていた人形が空気のように軽くなっていることに気付きました。
 人形の身体が重力に逆らうように仰向けに寝たままの姿勢で宙に浮かんでいます。人形はゆっくりと空高く上がって行き、月の光を浴びてこの世のものとは思えない光景でした。しばらく人形は空中で水平に静止していましたが、あっけに取られて上空を見ているリュシエルの目の前に、先程と同じ緩やかさで足を下にしてふわりと地面に降り立ちました。羽の生えた妖精が舞い降りて来たようでした。
 ブロンド髪の人形は何度か瞬きをしました。そして長い眠りから覚めたというふうに、顎が外れてもおかしくないくらいおおきなおおきな欠伸をひとつした後、
「お腹空いたわ」
 と云いました。それがメメが人間になってはじめて口にした言葉でした。
「何か食べるものない?」

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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にゃんく

 

 

 

 

 

Ⅳ いまだ少年の影を宿した山賊のかしら
 

 

 

 一方ミミとリュシエルは、ジョーと別れてからものの五分と経たないうちに、別の一団と鉢合わせになっていました。行く手の木立の木陰に四名の男女が座り込んでいるのと出くわしたのです。
「やあ。何処に行くんだい?」
 そう声をかけてきたのは、リュシエルとそう年も違わないであろう若い男でした。その男は赤みがかった茶色い髪を無造作に伸ばし、腰に剣を提げています。見ると、その他の者たちも、各々武器を持っています。白い髭の初老の男は弓を背負い、もうひとりの若い大男は、先端に巨大な石がついた棒を腰にぶら下げています。武器を持っていないのは、頭に黒い布を巻いた怪しげな雰囲気の女だけです。
「都へ行くところです」とリュシエルは答えました。
 若い男は、眉をしかめて煙草を銜えながら、
「へえ、都へ? 何しに?」と訊きました。
 リュシエルはミミの方を手で示しました。
「この子を都のお医者に診せて、目の治療をしてもらうのです」
「ふうん。目の病気なのか……」
 若い男は無遠慮にミミの方に近付いて来ました。
「さっきそこで怪我人を治していたね? おまえさん、魔女かい?」
 ミミは声のする方に顔を向けて、「多少、魔法は使えるけれど」と答えました。
 男はまじまじとミミのことを見詰めていましたが、そのうち何を思ったのか、リュシエルの持ち物を触りはじめました。リュシエルはあっけにとられていましたが、そのうち男はリュシエルが担いでいたズタ袋の中から魔法の教科書を見つけると、自分の手に取っていました。
 リュシエルは慌てて取り返そうとしましたけれど、男はすばしこくて、もう木陰に坐り込んだ女の元に魔法の教科書を持って行っているのでした。「ミコ、この本を見てみろよ」
 男が頭に黒い布を巻いた女に魔法の教科書を差し出すと、女はしばらくパラパラと魔法の教科書に目を通していましたが、急に叫び出しました。
「オカシラ! これは凄い書物だよ。色んな魔法について書かれている。これを持っていれば、凄い魔女になれる!」
 オカシラと呼ばれたその男は女と一緒に魔法の教科書を覗き込みながら、「そしたら、山賊のオレたちも、お役人に追われることもなく、楽しく一生過ごせるかい?」
「まあね」
 山賊? すると、さっき別れたジョーが云っていた山賊とは、この者たちのことだったのか……。リュシエルはズタ袋の中に隠していた剣をそっと取り出しました。
「おっと。妙な真似はしなさんな。おまえさんに勝てる相手じゃねえ。怪我するのが関の山だ。別に害を加えようってんじゃねえからよ。大人しくその剣を元あった場所に戻しな」
 背後から野太い声がしたので、リュシエルがちらりと視線を後ろへ向けると、男ふたりが武器を構えていました。白い髭を生やした初老の痩せた男が、弓を構え、きりきりと引き絞ってリュシエルに標的を定めています。もうひとりの大男は、先端に巨大な石がついた棒をリュシエル目がけて、今にも振り下ろそうとしていました。
 リュシエルは抵抗をしても無駄だと悟り、剣をそっとズタ袋の中に戻しました。リュシエルは不覚にも手の震えを抑えることが出来ませんでした。
「おまえ達。いいよ。こいつらは、悪いやつらじゃないみたいだから」
 オカシラと呼ばれた若い男が木陰からそう云うと、ふたりは武器の構えを解きました。
「この本、おまえさんのかい?」オカシラが大声で訊ねました。
 今やリュシエルとぴったり寄り添うようにしているミミが、
「……いいえ。姉のものです」
 と毅然とした態度で答えました。
 オカシラが人懐っこい笑顔で、
「この本、オレたちに譲ってくれないか?」
 と云いました。
 その場にいる誰もがミミの言葉に注目しているようでした。
 魔法の教科書を譲ってくれというこの突然の申し出を断った時、自分たちはいったいどうなってしまうのだろうかとリュシエルは考えました。
 でもミミは、リュシエルのように山賊たちを恐れるふうもなく、かえって落ち着いているように見えました。
「ごめんなさい。あなたたちにあげることは出来ないわ。わたし達、これからも旅を続けて行かないといけないの。その本の助けを借りないと、旅を続けることが出来ないの」
 オカシラは驚いたように目を丸くしてミミを見詰めていました。ややあって、
「……そんなら、代わりに何をくれる?」とオカシラは云いました。
「……」
 四辺はそよと吹く風もなく、まったく静かでした。やがて名案を思いついたというふうに、オカシラが少年のような高い声をあげました。
「そうだ。その剣は?」
 オカシラはリュシエルの担いでいるズタ袋の中身を指差しました。云うまでもなく、その剣は王家に代々伝わる大切な宝刀でした。
 今度はリュシエルが返答する番でした。
 けれど、リュシエルが答える前に、ミコと呼ばれた女が横合いから口を出しました。
「やめなよ、オカシラ。そいつは普通の身分の人間じゃないみたいよ。それにその剣は、うちらが持ってたって何の役にも立たないわよ」
「……ふうん。何ももらえないのか。つまんないな」心底がっかりしたようにオカシラは溜息をつきました。オカシラは眉をしかめ、煙草の煙を肺いっぱいに吸い込み、時間をかけてそれを気持ち良さそうに吐き出しました。それからまた、いい考えが思い浮かんだとでも云うように眉を開き、
「じゃあ、おまえさんたち、オレたちの仲間にならないかい?」
 と少年のような無邪気な声で云いました。
 オカシラはにこにこと笑顔で、上機嫌に見えました。まるで、この自分の申し出を断る人間がいる筈もないとでも云うようです。
 リュシエルはミミと小声で話し合いました。その結果、丁重にお誘いをお断りすることにしました。奇妙な山賊たちでしたが、気を許して一緒に行動を共にするほど信用がおける者たちであるのかどうか、判断しかねたからです。それにカエル達が追って来るかもしれないので、自分たちは先を急いだ方がいいだろうと思いました。
「何もくれないし、仲間にもならないのか……」
 申し出を断られると、オカシラは心底がっかりしたように呟いていました。
 困ったリュシエルがふと自分の財布を覗き込みますと、金貨が五枚入っていました。一枚くらいあげても、まだまだ充分旅は続けられると思いました。
「食べ物も持っていないし、あげられるものは、こんなものしかないが……」
 リュシエルが金貨を一枚手に取ってそう云いますと、先程リュシエルの背後で石の棒を振りかざしていた大男が、リュシエルの後ろから金貨をさっと掻っ攫って行って、悠然と歩いてオカシラの方に持って行きました。
 オカシラは大男から金貨を受け取ると、手にした金貨を空に透かしてためつすがめつ見ていました。「うほっ。気前がいいな」オカシラは飛び上がって煙草を足で踏み消して云いました。「ありがたく頂いとくぜ」
 オカシラが満足したふうでしたので、リュシエルはほっとして、「それでは、先を急ぎますので」とミミの手を引き、その場を去ろうとしました。そうして十歩ほど歩いた時、
「ちょっと待ちな」
 とふたりを呼び止める声がしました。それはミコの声でした。
 リュシエルは今度は何の云いがかりをつけられるのかと身構えました。
 急にミコが何かの物体を投げて寄越しました。リュシエルは避ける暇もなく、思わず胸の前でそれを受け止めました。
「何か困ったことがあれば、それを吹くといい。金貨のお礼だよ。どんなに遠くても、すぐに駆けつけるから。ただし、使えるのは、一回こっきりだよ」
「魔法のオカリナさ」とオカシラが付け加えました。
「魔法のオカリナ……」
 リュシエルは胸に抱いたオカリナをまじまじと見詰めました。かなり年季の入った代物で、鼻っ柱を近づけるとぷうんと腐敗した唾液の臭いが漂って来ました。山賊たちに悟られないように、リュシエルはそれを顔から遠ざけました。
「……有難う。それでは」
 山賊たちは、既にリュシエルに対し関心は持っていないようで、再び木陰に全員で集まって、何やら世間話に興じていました。
 リュシエルはミミの手を引いて、ゴルドー村へ急ぎました。
 オカリナには首にかけられるように紐がついていました。
 リュシエルは山賊たちからもらったオカリナをズタ袋の中にしまっておこうとしましたけれど、ミミが自分でそれを持っていたいと言い出しましたので、ミミの首にかけてあげました。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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㊵ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 ジョーはリューシー、ミミと名乗ったふたり連れと別れた後、西へ向かう旅を続けていましたが、ふとリューシーという青年のことを考えているうちに、自分が王宮の晴れがましい兵隊だった頃、一度だけ都の閲兵場で王子のリュシエルを見たことを思い出していました。
 ジョーは煌びやかな装備に身を包み、少々得意げに胸を張って、王家の旗を手に捧げ持っていました。
 それは今から三年ほど前、王のシンと王妃ソフィーに、最強の誉れ高い王宮の軍隊をお見せする盛大な式典でのことでした。その時十八歳だった若い王子も、ソフィー王妃に付き従うようにして、自分たちが行進する様をご覧になっていました。ジョーはひと目見た時、これが未来の王になられるお方かと思い、王子の顔が脳裏に焼き付いて離れませんでした。
 ジョーはまさかとは思いましたけれど、あのリューシーという若者が、一度だけお見かけしたことがあるその王子にそっくり似ているような気がしてなりませんでした。
 もちろん、王子はもう二年も行方不明になっており、ネリが放った刺客によって、何処かで暗殺されたというもっぱらの噂でした。
 しかし最近都で起こった反乱のために、今やそのネリはいなくなり、ソフィー様が王様代理の座に返り咲いたという話でした。もう少しソフィー様が政権に戻るのが早ければオラもクビを切られずにすんだかもしれないのだが。ジョーは溜息をつきました。でも、あのお方がもし本物のリュシエル王子ならば、一日も早く王宮に戻りたいはず……おそらく王子様はソフィー様が政権を取り返されたことを御存知ないのだ。だからいつまでも放浪生活を続けていらっしゃるに違いない……。
 自分の病を治してくれた恩もある――。
 ジョーは決心し、そこから東にある北方総督府に引き返すことにしました。
 リュシエル様らしき人物を目撃したことを北方総督府に報告しようと思ったのです。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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にゃんく

 

 

 

 Ⅲ  元王宮の兵士

 



 次の日、太陽が昇ると、ふたりは小川に沿って歩き続けました。
 そして道々、魔法の教科書に書かれていた七種類の植物を集めることを忘れませんでした。
 お昼になると、家から持って来たパンをふたりで囓りました。
 家にあった古い地図(どれだけ当てになるか分かりませんでしたけれど)によると、明日中には村に到着する筈でした。
 休憩を終えると、リュシエルは再びミミの手を引いてゴルドーという村へ向けて歩きました。歩きはじめてそれほど経っていない頃、リュシエルは行く手の叢の上にひとりの痩せた男が足を抱え、丸くなって寝ているのを見つけました。男は見るからにみすぼらしい身なりをしており、何やら苦しそうに呻いていました。
 リュシエルが近付いて行ってみますと、男はリュシエルとミミに気付いて目を開きました。男は虚ろな目で云いました。
「ここ数日、何も食べてねえだ。……それに、今朝、バランスを崩して、足を怪我しちまった。とてもじゃねえけど、歩いて田舎まで帰れねえだ」
 リュシエルはミミと相談し、パンを男にわけてやることにしました。男にわけてしまうと、自分たちの食べる分がほとんど残りませんでしたが、あまりにも男が衰弱していて可哀想だと思ったのです。
 男はパンを手渡されると、目の色を変えてパンに囓りついて食べていました。
 しかし、足の怪我はどうにも手の施しようがないな、これ以上はどうすることも出来ないとリュシエルが考え込んでいますと、ミミが、
「怪我を治す魔法をかけるから手伝ってほしいの」
 と云いました。
 リュシエルは驚いてミミに訊ねました。
「何時の間にそんな魔法を覚えたの?」
「小さい頃に、お姉ちゃんに一度だけ教わったことがあるの」
 リュシエルはミミに云われるがままに、男のすぐ傍までミミの手を引いて連れて来ました。ミミは男の負傷した足のある位置をリュシエルから聞き取ると、おもむろに男の足に手をかざし、しばらく目を閉じていました。リュシエルはミミが精神を集中している様子を傍で邪魔にならないようにそっと見守っていました。
 ミミが手をかざしてからしばらくすると、風も吹いていないのに周囲の木々の梢が不自然にざわめきました。
 ミミの額からひとすじの汗が糸を引くように落ちました。
 気がつくと、それまでずっと苦しそうに呻いていた男の呻吟がぴったり止んでいます。
 男は自分の身体にいったい何が起こったのかと訝しむように、右手を開いたり閉じたり、足を伸ばしたり縮めたりしていましたが、やがて喜びを隠しきれないように立ち上がると、
「歩ける。痛みもない」と叫びました。「奇跡だ!」
 男はその場でぴょんぴょん飛び跳ねています。
 しかしそれとは反対に、今度は呪文を唱え終わったミミが、自分の頭を重そうに手で支えるような仕草をして俯いていました。
 リュシエルが愕いて、苦しそうな表情を浮かべているミミに寄り添い、「大丈夫かい?」と声をかけました。
 ミミはしばらく返事も出来ませんでしたが、ようやく頭から手を離し、
「すこし目眩がしただけだから」と答えました。
「ほんとうかい? 無理しちゃ駄目だよ」
「……大丈夫よ」
 ミミはそうは云ってはいましたが、リュシエルは魔法を使って怪我を治すというのは、ミミの身体に大変な負担をかけているのかもしれないと後になって思いました。
 若い男はぼろぼろの財布の中から、何枚かのコインを手に握って、
「何とお礼を云っていいだか。生憎持ち合わせの金が、今はこれだけしかねえんだが……どうぞ受け取ってくだせえ」
 そう云ってミミの手に握らせようとしました。ミミが困っていると、男はミミの手を神様か何かのように有り難く自分の手で包み込みながら、
「オラ、ジョーって云うだ。あんたがたの恩は一生忘れねえ。はした金ですが、これだけは、オラの気持ちだもんで、どうか受け取ってくだせえ」と重ねて懇願するように云いますので、ミミはお礼を云って男からコインを受け取ることにしました。
 ジョーはお金を渡しても、まだまだ感謝し足りないというふうに、まじまじとミミとリュシエルに視線を注ぎながら訊ねました。
「あなたがたは、どちらへ行きなさるのです?」
 リュシエルが、ゴルドー村へ向かうところです、と答えますと、「森の中は、山賊が出ますだ。やつらに捕まったら最後、男は身ぐるみ剥がされて、若い女っこは、ヤベえところに売り飛ばされるって噂だ。くれぐれも、気をつけてくだせえ」
 気をつけるよ、とリュシエルは答えました。
「オラ、此処から西へ向かって、田舎へ帰るところだっただ。昔って云っても、そんなに前でねえけんど、オラ、都で兵隊をやってたことがあんだよ。だけんど、ネリの野郎が、予算が足りないからって云って、兵隊のクビをたくさん切っただ。自分は無駄遣いしてんのにさ。それで、オラもクビになっちまったってわけさ。何とか都で食っていけるよう、他の仕事を探したりもしたんだけんど、やっぱし、生活していけねえから、田舎にけえることにしただ」
 リュシエルは都の話が出ましたので、懐かしい昔を思い出すような気がしました。
 するとジョーは、まじまじとリュシエルの顔を見詰めて、「それにしても……あんた、誰かさんに似ていなさるなあ……」と何かを思い出そうとしているふうでしたので、リュシエルは心持ち顔をそむけるようにして、
「気のせいでしょう。世界には、三人、自分に似た人間がいると云いますからね」
 ジョーはそう云っても釈然としない様子でしたが、リュシエルは、
「ぼく達は、先を急ぎますので。色々と、ご忠告を頂いて、ありがとう御座いました。それでは、道中、お気をつけて」
 とジョーに別れを告げると、ミミの手を引いて先を急ぎました。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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にゃんく

 

 

 

 

 Ⅱ 放浪

 

 

 家の裏口を出ると、ミミとリュシエルはカエルの兵隊達に気付かれないように南の森へ向かって歩きました。リュシエルは何度も、気味が悪いくらい筋肉質のカエルたちが追って来ないか後ろを振り返りました。何はともあれ、今はカエルたちが追って来られない処まで逃げることが最優先でした。
 村が背後に遠のくと、森の入口の小径が現れました。ふたりは手に手を取って森の中を進んで行きました。
 森の中は鬱蒼とした背の高い木々に囲まれて、自然の隠れ蓑になっていました。それはまるでミミとリュシエルの身を様々な外敵から優しく守ってくれているようでした。ふたりは森の中に流れている小川に沿って歩いて行きました。どういう流れの変化か、ロゴーク村の川は涸れてしまっていましたが、森の中には澄んだ小川が流れているのでした。
 何度か休憩を挟みつつ歩いていると、次第に陽が暮れかけてきました。暗くなってからは危ないので、今晩はこのあたりで腰を落ち着けることにしました。
 ミミはリュシエルが手で掬ってくれた小川の水を飲みました。それは水とは思えないくらい甘くて、疲れた体を内側から癒してくれました。リュシエルは空になった水筒いっぱいに小川の水を汲みました。
 それからリュシエルはミミの目を覆っている頭の包帯を小川できれいに洗いました。包帯は木の枝にかけて乾かせば、明日の朝までには乾くはずです。
 ミミはリュシエルに手を引かれて、大きな木の下に行きました。ふたりはそこで家から持って来たパンを囓りました。ミミは少し食べるとすぐお腹いっぱいになりました。
 大きな木の下は、柔らかい雑草が一面覆っていて、自然の寝床のようになっています。ふたりは歩き続けた疲れから、草の上に仰向けになってしばらく寝転んでいました。そうしていると気持ち良くてすぐに眠り込めそうでした。
「リューシー」とミミが話しかけました。
「うん?」
「家から持って来た魔法の教科書を読んでくれない? きっと魔法が必要になる時が来ると思うの。わたしはお姉ちゃんみたいに魔法を自由自在に使えるわけじゃないから、今からでも少しずつ身に付けておかないとね」
「いいよ」リュシエルがズタ袋の中を掻き回す音が聞こえてきました。「何処のページを読むの?」
「一ページ目からお願い」
 誰もいない森の中で、リュシエルが朗読する魔法の教科書の文言だけが響いていました。通りがかりの栗鼠の親子が、ふたりのことを不思議そうに眺めていました。
  ふたりが疲れた身体に鞭打つように勉強している姿を見て、お月様もふたりのことを哀れに思ったのか、普段よりも月の光が明るく照らし出されているようでした。
 一時間もすると、ミミは知らず知らずのうちに、船を漕ぎはじめていました。頭の中では勉強をしているつもりなのに、ふと我に返った時に自分がただ勉強している夢を見ているだけだったことに気付くのでした。
 その様子を見て、リュシエルが、「これから何日も歩かなくちゃならないから、もう寝た方がいい」と云いました。
「わかった。試してみたい魔法があったんだけれど」
「試してみたい魔法?」
「うん」
「何?」
「人形を人間にする魔法よ」
「人形を人間にする魔法?」リュシエルは愕きました。「そんなことできるの?」
「この子にかけようと思ってたのよ」ミミは傍らにある、金色の髪を持ったフランス人形を指し示しました。
 ミミが人形を人間にする魔法のかけ方が書かれた部分を読んでみて欲しいと云いますので、リュシエルは魔法の教科書を調べてその部分をミミに読み聞かせました。
 その魔法を完成させるためには、薬草などの七種類の植物が必要なことが分かりました。ふたりはそれらの植物を明日歩きながら採取することにしました。
  リュシエルはミミの身体を草の上に横たえました。そして明日に備え、英気を養いぐっすり眠ることにしました。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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にゃんく

 

 

 

「あなたたちはあたしの実家より南の方を捜索してみて頂戴。あたしは残りの東、西、北を当たってみるわ。いい? 見つけたら道草食ってないで、すぐに知らせに戻って来るのよ?」とリーベリは云いました。
「必ず見つけ出してみせます」ジョーニーとストレイ・シープは声を揃えて云いました。
 リーベリは、出発前にストレイ・シープに首輪をつけておくことを忘れませんでした。
「これは?」
 不思議に思ってストレイ・シープが訊ねました。
「これはね、他のカラス達から見分けがつくようにつけとくのよ」
 とリーベリが云うと、ストレイ・シープは納得したようでした。そして、ストレイ・シープはジョーニーを背中に乗せ南の方角へ飛んで行きました。その首輪はほんとうはストレイ・シープを他のカラスから見分けるためのものではありませんでした。その首輪には実は魔法がかけられていて、世界中の何処にいても、首輪をつけた者の居場所が水晶を通してすぐリーベリに分かるようになっているのでした。

 

 

 

 

「ちぇっ、リーベリ様も人使いが荒いや」
  とジョーニーは洞窟を後にすると日頃の鬱憤を吐き出すように云いました。リーベリはこのところ酷く機嫌が悪く、洞窟でも声を荒らげて、古参のジョーニーとストレイ・シープ達を些細なことで叱りつけたりするのでした。
 聞き捨てならないというふうにジョーニーの股に挟まれたストレイ・シープが云いました。
「リーベリ様に聞かれたら、事だぜ、ジョーニー」
「あんたさえ密告しなければ、わかりゃしない。おいら、もうあの人の下で働くの疲れたよ、とても」
「それは僕も同感だがね。ついさっきも、丸焼きにされたカエルなんて、かわいそうで見ていられなかったぜ」
「ああ、おいらの人生、碌なもんじゃないなあ」
「まあまあ、我々が何とか食っていけるのもリーベリ様のおかげといっちゃおかげなんだから、そんなにぼやかないでくれよ」
「なあ、ストレイ・シープよ、おいらには夢があるんだぜ。形だけはリーベリに従っているけれど、その夢を叶えるために今は大人しくしてるだけだぜ」
「へええ、初耳だな。夢って何だい?」
「おいらもいつかきれいなお嫁さんをもらって、いっぱしの家庭を持ちたいんだ」
「そいつは見上げた夢だな」
「そしたら、きれいさっぱり、こんなヤクザな稼業からは足を洗って、カタギになって、仕合わせな家庭を築くんだ」
「たいしたもんだな、あんたは。前から見所あると思ってたんだ」
 真っ暗闇だった眼下に、ぽつりぽつりと家の灯りが見えて来ました。この付近は、リーベリが生まれ育った家がある村なのでした。ストレイ・シープは背中にジョーニーを乗せ、そこからさらに南の、黒々とそびえる森を目指して飛びました。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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 どれほどの時間が経過したのかケイには一瞬分かりませんでしたけれど、ふと目が醒めた時、目につく位置に手紙が置いてあるのに気がつきました。そこには、
(ちょっとの間、旅に出ます。心配しないで下さい。親愛なるミミとリューシーより)
 と書かれていました。家の中を見回してみると、誰もいませんでした。荷造りをした後のように、部屋の中が散らかっていました。ケイは自分がカエルの化け物たちを目撃した後、気を失って倒れていたのだと思いました。
 もしやと思ってケイが家の扉の覗き穴から外を見てみますと、やはりあのカエルの化け物達がいました。ケイは此処にいると自分は食べられてしまうことになるのではないかと思い、泡を食って家の裏口から逃げました。

 

 家の正面でカエルの兵隊たちは時々ゲロゲロと鳴きながら、支度をするからしばらく待っていてくれというリュシエルの言葉を信じて首を長くして待っていましたが、黄昏時になっても家の中は森と静まりかえったままでしたので、口々にゲロッゲロッと鳴いて慌て出しました。これほど暢気なカエル達が突然慌て出したのには、自分達の夕食の時間が近付いていたということもありました。
 唯ひとり人間の言葉が喋れるリーダー格のカエルが戸口を激しく叩いて、リューシー様! リューシー様! と叫びましたが、家の中からは何の反応も返って来ませんでした。当然のように扉には内側から閂がかけられているのか、押しても引いてもビクともしません。
 カエル達はああでもない、こうでもないとカエル語で議論を交わし合った後、こうなったら実力行使で家の中に踏み込むしかないだろうという結論に達しました。そうして一匹のカエルが「ゲロッ」と気合いを入れて戸口に体当たりをすると、扉がバリバリとおもちゃのように踏み破られて、カエル数匹が家の中に闖入しました。しかし当然のように家の中はもぬけの殻でした。
 これはまずいことになった、とリーダー格のカエルは思いました。こんなに帰るのが遅くなったあげくに、肝心のリューシー様の身柄を押さえることすら出来なかった。今夜は食事抜きかも知れないぞ、と他のカエル達にカエル語で話しました。
 カエル達はしばらくロゴーク村周辺をうろついて捜してみましたが、やはりリューシーを見つけることが出来ませんでしたので、仕方なく手ぶらで洞窟に戻りました。カエルの中には暢気に口笛などを吹いている帰る者もありました。
 しかし、カエル達が洞窟に到着してそれまでの経緯をリーベリに説明しますと、話を最後まで聞かずにリーベリは激怒しました。そしてリーベリの命により、任務に失敗したその七匹のカエル達は全員串刺しにされ、丸焼きにされることになりました。リーダー格のカエルが飛び出た目に涙を浮かべて命乞いをしましたけれど、リーベリはまったくもって聞く耳を持ってくれませんでした。
 その夜、生き残った二匹のカエル達は、洞窟の外で篝火に照らされながら、七匹の同僚達が悲しげな目つきを浮かべ丸焼きにされている恐ろしい光景を目の当たりにし、怖気を震いました。そうしてますますリーベリへの忠誠を誓うようになりました。そもそも人間のように巨大化する前に、足の指を一本引きちぎられているからには、完全にこころをリーベリに奪われて思いのままに操られる運命にあったのです。ですからこのかわいそうなカエル達にとって、リーベリという怖ろしい魔女に従うしか自分達が生き延びる道はありませんでした。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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にゃんく

 

 

 

 

 

 翌日、リーベリは、「邪魔する者には少々手荒な真似をしてもいい、ただしリューシーには絶対に怪我はさせないこと」そう言い含めて、巨大化させたカエル達七匹に、馬車を牽かせ実家に送り込みました。
 そうしてリーベリは洞窟をきれいにして、リューシーの帰りを待ちました。リーベリは、既に小間使いの仕事にも行っていませんでした。どのみち一生懸命働いても、お給金のほとんどをケイに取られてしまうのですから、行っても行かなくても同じようなものでした。
 家に帰っても、ケイに捕まって牢屋行きになるだけだということは、ストレイ・シープたちの偵察によってリーベリに筒抜けになっていました。もう自分は子供でもありませんしケイに捕まるほどか弱い存在ではありませんでしたけれど、幼い頃から自分が受けた仕打ちを思い起こすと、逆に自分が継母を殺してしまうことになるのではないかと危ぶみ、自らリューシーを取り戻しに行くことは止めました。それに、ミミに対する怒りと後悔という相反する気持ちもありました。リーベリは正直、ミミの変わり果てた姿を見たくありませんでした。リーベリとしては、すんなりリューシーを自分に返してくれて、リューシーのこころも自分の元に戻ってくれば、いつでもミミにかけた詛いの魔法は解いてあげるつもりではいました。
 ですから今回はカエル達に全てを任せることにしました。何しろカエル一匹で、成人の男性十人以上に匹敵するほどの馬力はあるのです。
 リューシーを取り戻すことさえ出来ればあとのものは何も要らないのです。

 

 

 

 

 昼間に戸口をうるさく叩く者がいましたのでケイが応対に出ますと、二足歩行のカエルの化け物が七匹もいて、人間みたいな口をききましたので、ケイは吃驚仰天しました。
 ケイの悲鳴を聞きつけてリュシエルも戸口に駆けつけました。
 カエルたちは黄色の、岩のようなごつごつした軀つきをし、腕っぷしはいかにも強そうで、一丁前に木の胸当てなどを付けて兵隊気取りなのです。彼らの背後には黒塗りの豪華な四輪馬車が控えています。
「リーベリ様からリューシー様をご招待するよう申しつかっております。どうぞ北の洞窟までお越し下さい。ご心配はご無用です。我々の仲間が交代で洞窟をお守りしております。あなた様は女王リーベリ様の夫となられる方です。洞窟には、我々のご馳走も御座います。特に、蛆虫のバター焼きなどは、頭の中が痺れるほど美味なのであります。是非一口、ご賞味頂きたい気持ちでいっぱいです。さあどうぞお越しください」
 カエルのひとりが人間みたいな口をききました。ケイは白目を剥いて気を失いひっくり返ってしまいました。それを見て、後ろの方にいたカエルのうちの一匹が、「ゲロゲロ」と鳴きました。 
 リュシエルはケイを家の中に曳きずり入れました。持ち運ぼうと思ったのですけれど、手に負えないほど重かったのです。ケイは意識はありませんでしたが幸い呼吸はしていました。ただ気を失っただけのようでした。
 リュシエルは家の中から外の様子を窺いながら、目の見えないミミに今自分たちが置かれている状況を説明しました。
 ミミは不安がって、リューシーがそのカエル達の云うとおりに洞窟などへ行ってしまったら、二度と此処へは戻って来られなくなるに違いないわ、と云いました。
「でもやつら、ぼくが出て行くまで梃子でも動かないつもりだよ」
 ミミはしばらく考えていましたが、結論はひとつしかありませんでした。
「此処にいてはいずれ連行されてしまうわ。ふたりで裏口からこっそり逃げましょう。私なら、大丈夫よ。ちゃんと歩けるもの」
 ミミとリュシエルはカエル達から逃げることに決めると、急いでその準備をしました。リュシエルは水筒に水を入れたり、この家にいち枚こっきりしかない古い地図や、目についたそこらにある食糧となる物を手当たり次第にズタ袋に詰め込みました。荷物の詰め込まれたズタ袋はずっしりと重く、肩に担ぐと縄目が痛いほどリュシエルの痩せた肩に食い込むのでした。
 リュシエルとミミは、母親を此処に残しておくことに不安を感じないわけではありませんでしたけれど、あくまでカエルたちの狙いはリュシエルひとりにあるようでしたし、とても重くて運んで行くわけにも行きませんでしたので、今ではスースー寝息を立てて眠っているようであるケイを、そのまま寝かせておくことにしました。リュシエルはケイの身体の傍に、短い文面の置き手紙を添えておきました。「じゃあ、急いで出掛けよう」とリュシエルは云ってミミの手を握りましたが、ミミが、
「ちょっと待って」
 とリュシエルを制止しました。外から待ちくたびれたとでも云うような、カエルのトリルがかった鳴き声が聞こえてきました。リュシエルが明り取りの外を覗くと、カエル達がまだかな? というふうに飛び出た目玉を家の扉の方にキョロキョロ向けていました。
「お姉ちゃんの使っていた魔法の教科書を持って行きたいの。きっと何かの役に立つと思うから」
 リュシエルはミミから魔法の教科書の在処を聞くと、リーベリの部屋の中を捜しました。それは棚の中に大切にしまわれていました。リュシエルは魔法の教科書もズタ袋の中に入れると、
「さあ行こう」とミミの手を握りました。ミミはもう一方の手にブロンド髪の人形のメメを大事そうに抱えていました。
 リュシエルは一計を案じて、自分たちが逃げるための時間稼ぎをしておくことにしました。リュシエルは待ち惚けをしているカエル達にこう云い残していきました。
「突然来てくれって云い出されても困るよ。家財道具を整理する時間をおくれ。準備が出来たらこちらから声をかけるから、しばらくそこで待っていてほしい」
 リュシエルからそう云われると、言葉の喋れる唯一のカエルは平伏しかねない勢いで、「ははー!」と返事しました。そして他のカエル達もゲロゲロと鳴きました。カエル達はどうやら未来の王となるリュシエルの云うことに素直に従うしか方法はないと考えているふうでした。
 リュシエルはミミの手を引き、カエル達から見つからないように家の裏口からこっそり逃げました。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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 リーベリは洞窟の入口に腰掛けて南へ続く一本道を何日も眺めていました。道の両側には疎らな木々が生え、徐々に木々の密度が高くなり林を形成しています。その他には殺風景な砂礫が横たわっているばかりです。
 リューシーはそのうちミミに愛想を尽かして、自分の元に戻ってくる筈……いいえ、そうは思わないまでも、一度くらいは此処へ戻ってくる筈……そうリーベリは考えていましたけれど、何日経っても誰ひとりこの洞窟へやって来る人間はいないのでした。
 リューシーが戻りたがっているのに、ミミがそれを妨害しているのではないか。
 リューシーはあたしのものなのに。
 何処までもあたしから大切な人を奪わないと、気が済まないようね。
 こうなったら力ずくでもリューシーを取り戻さないといけない。
 空からストレイ・シープとその背中に乗ったジョーニーが舞い降りました。ジョーニーはリーベリに近付いて来ました。ジョーニーは両手に駕籠を提げています。
「ご下命のものを採取して来ました」
「……ご苦労様」
 駕籠の中に入っているのは、二十センチ以上は優にあろうかと思われる岩のように頑丈そうな体つき、大きな口、太い手足を持った、黄色い体色の三匹のオオヒキガエルでした。
「全部で九匹摑まえて来ました。こんなもんで良ろしかったでしょうか?」
 ストレイ・シープも首から駕籠を提げていて、みっつの駕籠に三匹ずつ捕獲して来たようでした。
「ありがと」
 オオヒキガエルが雌を呼んでいる時に出す、トリルのかかった欲求不満そうな声で鳴きました。

 

 リーベリはオオヒキガエルの入った駕籠を持って洞窟の奥の部屋に戻ると、壺の中に三種類の薬草を入れて火をかけてぐつぐつ煮込みました。そうしてそれがドロドロに溶けて何とも云えない臭いを放ちはじめた頃、自分の指をナイフで傷つけて壺の中に血を数滴垂らし、入念に混ぜ合わせました。
 一方、薬草を煮込む間にオオヒキガエルを台の上で仰向けにして両手両足を木片で打ち込み、固定しておきました。リーベリはナイフでオオヒキガエルの足の指を一本切り落とし、小箱の中から取り出してきた、ストレイ・シープよりも小さいサイズのカエルのぬいぐるみの足先に、べとべとする液体でくっつけました。オオヒキガエルの足から緑色の体液がこぼれ落ちています。
 リーベリは杓子で薬草をどろどろに混ぜ合わせた物を掬って、オオヒキガエルにまんべんなく塗りつけると、呪文を唱えながら右掌をオオヒキガエルに向けていました。十分ほどもそのまま呪文を唱え続けていると、蝋燭の焔に照らされた、オオヒキガエルの影が大きく揺らぎ、カエルのぬいぐるみが何倍もの大きさに膨れあがり、それと同時に、仰向けに打ち付けられていたオオヒキガエルが己を固定化していた木片を吹き飛ばして、ぬいぐるみと同じく何倍もの大きさに巨大化しました。
 オオヒキガエルは二足歩行でリーベリに近付くと、迫力のある、トリルがかった声で鳴きました。
 額に汗を浮かべたリーベリが、「あとで餌をあげるから、外で待っていなさい」と云うと、人間のおとなほどの背丈に巨大化したオオヒキガエルは、「ゲロゲロ」と答えて、扉の外へ出て気をつけをして待っています。
 そのように、リーベリは九匹のカエルたちに次々と魔法をかけていったのです。

 

 

 

 

ー㉟ーにつづく

 

 

 

 

 

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 夏の終わりが近付いていました。
 三日経つと、ミミの目はお医者様の云ったとおり、ぼんやり見えていた光も完全に感じ取ることが出来なくなってしまいました。瞼を開けても、そこにあるのは闇でした。何処まで行っても闇でした。皮膚の痛みは、相変わらずヒリヒリはしますが耐えきれないほどではなくなりました。幸い、歩いたり動いたりすることは以前と同じように出来ました。
 リュシエルは事件のあった日以降は、ミミの家で寝泊まりをするようになっていました。離れているより、一緒にいてくれた方が、ミミも安心だったからです。
 事件があった日からしばらく経つと、リュシエルが、「洞窟に行って、リーベリを連れて帰って来る。ミミの目と顔の傷を治してもらうよう、ぼくからリーベリにお願いしてみるよ」と云い出しましたが、ミミは、「行かないで」と云ってリュシエルを引き留めました。ミミには何だかそのままリュシエルが、二度と戻って来ないような気がしたからです。
 リュシエルはミミの顔を一日一度は手ずからそっと水で濯いで清潔にするよう心がけました。毎日、包帯も取り替えました。リュシエルはそのたびに別人のように変わり果てたミミの顔を見なければなりませんでしたけれど、そのためにミミに対する愛情が薄れたりすることはありませんでした。それどころか、事件を境にしてふたりの仲はより一層親密さを増したようでした。
「私、ひどい顔でしょ?」包帯を巻いてくれるリューシーに、申し訳なさそうにミミが云いました。
「そんなことないよ。ぼくは都にいい医者を知ってるんだ。その医者は、ぼくの友人なんだよ。今は事情があってすぐには都に行くことはできないけど、いつか必ず君を最高の医者と最新の設備のある病院で治療させるからね。きっとまた見えるようになるよ」

 

 

 

 

 

ー㉞ーにつづく

 

 

 

 

 

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