果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語
ー㉟ー
にゃんく
翌日、リーベリは、「邪魔する者には少々手荒な真似をしてもいい、ただしリューシーには絶対に怪我はさせないこと」そう言い含めて、巨大化させたカエル達七匹に、馬車を牽かせ実家に送り込みました。
そうしてリーベリは洞窟をきれいにして、リューシーの帰りを待ちました。リーベリは、既に小間使いの仕事にも行っていませんでした。どのみち一生懸命働いても、お給金のほとんどをケイに取られてしまうのですから、行っても行かなくても同じようなものでした。
家に帰っても、ケイに捕まって牢屋行きになるだけだということは、ストレイ・シープたちの偵察によってリーベリに筒抜けになっていました。もう自分は子供でもありませんしケイに捕まるほどか弱い存在ではありませんでしたけれど、幼い頃から自分が受けた仕打ちを思い起こすと、逆に自分が継母を殺してしまうことになるのではないかと危ぶみ、自らリューシーを取り戻しに行くことは止めました。それに、ミミに対する怒りと後悔という相反する気持ちもありました。リーベリは正直、ミミの変わり果てた姿を見たくありませんでした。リーベリとしては、すんなりリューシーを自分に返してくれて、リューシーのこころも自分の元に戻ってくれば、いつでもミミにかけた詛いの魔法は解いてあげるつもりではいました。
ですから今回はカエル達に全てを任せることにしました。何しろカエル一匹で、成人の男性十人以上に匹敵するほどの馬力はあるのです。
リューシーを取り戻すことさえ出来ればあとのものは何も要らないのです。
*
昼間に戸口をうるさく叩く者がいましたのでケイが応対に出ますと、二足歩行のカエルの化け物が七匹もいて、人間みたいな口をききましたので、ケイは吃驚仰天しました。
ケイの悲鳴を聞きつけてリュシエルも戸口に駆けつけました。
カエルたちは黄色の、岩のようなごつごつした軀つきをし、腕っぷしはいかにも強そうで、一丁前に木の胸当てなどを付けて兵隊気取りなのです。彼らの背後には黒塗りの豪華な四輪馬車が控えています。
「リーベリ様からリューシー様をご招待するよう申しつかっております。どうぞ北の洞窟までお越し下さい。ご心配はご無用です。我々の仲間が交代で洞窟をお守りしております。あなた様は女王リーベリ様の夫となられる方です。洞窟には、我々のご馳走も御座います。特に、蛆虫のバター焼きなどは、頭の中が痺れるほど美味なのであります。是非一口、ご賞味頂きたい気持ちでいっぱいです。さあどうぞお越しください」
カエルのひとりが人間みたいな口をききました。ケイは白目を剥いて気を失いひっくり返ってしまいました。それを見て、後ろの方にいたカエルのうちの一匹が、「ゲロゲロ」と鳴きました。
リュシエルはケイを家の中に曳きずり入れました。持ち運ぼうと思ったのですけれど、手に負えないほど重かったのです。ケイは意識はありませんでしたが幸い呼吸はしていました。ただ気を失っただけのようでした。
リュシエルは家の中から外の様子を窺いながら、目の見えないミミに今自分たちが置かれている状況を説明しました。
ミミは不安がって、リューシーがそのカエル達の云うとおりに洞窟などへ行ってしまったら、二度と此処へは戻って来られなくなるに違いないわ、と云いました。
「でもやつら、ぼくが出て行くまで梃子でも動かないつもりだよ」
ミミはしばらく考えていましたが、結論はひとつしかありませんでした。
「此処にいてはいずれ連行されてしまうわ。ふたりで裏口からこっそり逃げましょう。私なら、大丈夫よ。ちゃんと歩けるもの」
ミミとリュシエルはカエル達から逃げることに決めると、急いでその準備をしました。リュシエルは水筒に水を入れたり、この家にいち枚こっきりしかない古い地図や、目についたそこらにある食糧となる物を手当たり次第にズタ袋に詰め込みました。荷物の詰め込まれたズタ袋はずっしりと重く、肩に担ぐと縄目が痛いほどリュシエルの痩せた肩に食い込むのでした。
リュシエルとミミは、母親を此処に残しておくことに不安を感じないわけではありませんでしたけれど、あくまでカエルたちの狙いはリュシエルひとりにあるようでしたし、とても重くて運んで行くわけにも行きませんでしたので、今ではスースー寝息を立てて眠っているようであるケイを、そのまま寝かせておくことにしました。リュシエルはケイの身体の傍に、短い文面の置き手紙を添えておきました。「じゃあ、急いで出掛けよう」とリュシエルは云ってミミの手を握りましたが、ミミが、
「ちょっと待って」
とリュシエルを制止しました。外から待ちくたびれたとでも云うような、カエルのトリルがかった鳴き声が聞こえてきました。リュシエルが明り取りの外を覗くと、カエル達がまだかな? というふうに飛び出た目玉を家の扉の方にキョロキョロ向けていました。
「お姉ちゃんの使っていた魔法の教科書を持って行きたいの。きっと何かの役に立つと思うから」
リュシエルはミミから魔法の教科書の在処を聞くと、リーベリの部屋の中を捜しました。それは棚の中に大切にしまわれていました。リュシエルは魔法の教科書もズタ袋の中に入れると、
「さあ行こう」とミミの手を握りました。ミミはもう一方の手にブロンド髪の人形のメメを大事そうに抱えていました。
リュシエルは一計を案じて、自分たちが逃げるための時間稼ぎをしておくことにしました。リュシエルは待ち惚けをしているカエル達にこう云い残していきました。
「突然来てくれって云い出されても困るよ。家財道具を整理する時間をおくれ。準備が出来たらこちらから声をかけるから、しばらくそこで待っていてほしい」
リュシエルからそう云われると、言葉の喋れる唯一のカエルは平伏しかねない勢いで、「ははー!」と返事しました。そして他のカエル達もゲロゲロと鳴きました。カエル達はどうやら未来の王となるリュシエルの云うことに素直に従うしか方法はないと考えているふうでした。
リュシエルはミミの手を引き、カエル達から見つからないように家の裏口からこっそり逃げました。