果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語
ー㊳ー
にゃんく
Ⅱ 放浪
家の裏口を出ると、ミミとリュシエルはカエルの兵隊達に気付かれないように南の森へ向かって歩きました。リュシエルは何度も、気味が悪いくらい筋肉質のカエルたちが追って来ないか後ろを振り返りました。何はともあれ、今はカエルたちが追って来られない処まで逃げることが最優先でした。
村が背後に遠のくと、森の入口の小径が現れました。ふたりは手に手を取って森の中を進んで行きました。
森の中は鬱蒼とした背の高い木々に囲まれて、自然の隠れ蓑になっていました。それはまるでミミとリュシエルの身を様々な外敵から優しく守ってくれているようでした。ふたりは森の中に流れている小川に沿って歩いて行きました。どういう流れの変化か、ロゴーク村の川は涸れてしまっていましたが、森の中には澄んだ小川が流れているのでした。
何度か休憩を挟みつつ歩いていると、次第に陽が暮れかけてきました。暗くなってからは危ないので、今晩はこのあたりで腰を落ち着けることにしました。
ミミはリュシエルが手で掬ってくれた小川の水を飲みました。それは水とは思えないくらい甘くて、疲れた体を内側から癒してくれました。リュシエルは空になった水筒いっぱいに小川の水を汲みました。
それからリュシエルはミミの目を覆っている頭の包帯を小川できれいに洗いました。包帯は木の枝にかけて乾かせば、明日の朝までには乾くはずです。
ミミはリュシエルに手を引かれて、大きな木の下に行きました。ふたりはそこで家から持って来たパンを囓りました。ミミは少し食べるとすぐお腹いっぱいになりました。
大きな木の下は、柔らかい雑草が一面覆っていて、自然の寝床のようになっています。ふたりは歩き続けた疲れから、草の上に仰向けになってしばらく寝転んでいました。そうしていると気持ち良くてすぐに眠り込めそうでした。
「リューシー」とミミが話しかけました。
「うん?」
「家から持って来た魔法の教科書を読んでくれない? きっと魔法が必要になる時が来ると思うの。わたしはお姉ちゃんみたいに魔法を自由自在に使えるわけじゃないから、今からでも少しずつ身に付けておかないとね」
「いいよ」リュシエルがズタ袋の中を掻き回す音が聞こえてきました。「何処のページを読むの?」
「一ページ目からお願い」
誰もいない森の中で、リュシエルが朗読する魔法の教科書の文言だけが響いていました。通りがかりの栗鼠の親子が、ふたりのことを不思議そうに眺めていました。
ふたりが疲れた身体に鞭打つように勉強している姿を見て、お月様もふたりのことを哀れに思ったのか、普段よりも月の光が明るく照らし出されているようでした。
一時間もすると、ミミは知らず知らずのうちに、船を漕ぎはじめていました。頭の中では勉強をしているつもりなのに、ふと我に返った時に自分がただ勉強している夢を見ているだけだったことに気付くのでした。
その様子を見て、リュシエルが、「これから何日も歩かなくちゃならないから、もう寝た方がいい」と云いました。
「わかった。試してみたい魔法があったんだけれど」
「試してみたい魔法?」
「うん」
「何?」
「人形を人間にする魔法よ」
「人形を人間にする魔法?」リュシエルは愕きました。「そんなことできるの?」
「この子にかけようと思ってたのよ」ミミは傍らにある、金色の髪を持ったフランス人形を指し示しました。
ミミが人形を人間にする魔法のかけ方が書かれた部分を読んでみて欲しいと云いますので、リュシエルは魔法の教科書を調べてその部分をミミに読み聞かせました。
その魔法を完成させるためには、薬草などの七種類の植物が必要なことが分かりました。ふたりはそれらの植物を明日歩きながら採取することにしました。
リュシエルはミミの身体を草の上に横たえました。そして明日に備え、英気を養いぐっすり眠ることにしました。