果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語
ー㊴ー
にゃんく
Ⅲ 元王宮の兵士
次の日、太陽が昇ると、ふたりは小川に沿って歩き続けました。
そして道々、魔法の教科書に書かれていた七種類の植物を集めることを忘れませんでした。
お昼になると、家から持って来たパンをふたりで囓りました。
家にあった古い地図(どれだけ当てになるか分かりませんでしたけれど)によると、明日中には村に到着する筈でした。
休憩を終えると、リュシエルは再びミミの手を引いてゴルドーという村へ向けて歩きました。歩きはじめてそれほど経っていない頃、リュシエルは行く手の叢の上にひとりの痩せた男が足を抱え、丸くなって寝ているのを見つけました。男は見るからにみすぼらしい身なりをしており、何やら苦しそうに呻いていました。
リュシエルが近付いて行ってみますと、男はリュシエルとミミに気付いて目を開きました。男は虚ろな目で云いました。
「ここ数日、何も食べてねえだ。……それに、今朝、バランスを崩して、足を怪我しちまった。とてもじゃねえけど、歩いて田舎まで帰れねえだ」
リュシエルはミミと相談し、パンを男にわけてやることにしました。男にわけてしまうと、自分たちの食べる分がほとんど残りませんでしたが、あまりにも男が衰弱していて可哀想だと思ったのです。
男はパンを手渡されると、目の色を変えてパンに囓りついて食べていました。
しかし、足の怪我はどうにも手の施しようがないな、これ以上はどうすることも出来ないとリュシエルが考え込んでいますと、ミミが、
「怪我を治す魔法をかけるから手伝ってほしいの」
と云いました。
リュシエルは驚いてミミに訊ねました。
「何時の間にそんな魔法を覚えたの?」
「小さい頃に、お姉ちゃんに一度だけ教わったことがあるの」
リュシエルはミミに云われるがままに、男のすぐ傍までミミの手を引いて連れて来ました。ミミは男の負傷した足のある位置をリュシエルから聞き取ると、おもむろに男の足に手をかざし、しばらく目を閉じていました。リュシエルはミミが精神を集中している様子を傍で邪魔にならないようにそっと見守っていました。
ミミが手をかざしてからしばらくすると、風も吹いていないのに周囲の木々の梢が不自然にざわめきました。
ミミの額からひとすじの汗が糸を引くように落ちました。
気がつくと、それまでずっと苦しそうに呻いていた男の呻吟がぴったり止んでいます。
男は自分の身体にいったい何が起こったのかと訝しむように、右手を開いたり閉じたり、足を伸ばしたり縮めたりしていましたが、やがて喜びを隠しきれないように立ち上がると、
「歩ける。痛みもない」と叫びました。「奇跡だ!」
男はその場でぴょんぴょん飛び跳ねています。
しかしそれとは反対に、今度は呪文を唱え終わったミミが、自分の頭を重そうに手で支えるような仕草をして俯いていました。
リュシエルが愕いて、苦しそうな表情を浮かべているミミに寄り添い、「大丈夫かい?」と声をかけました。
ミミはしばらく返事も出来ませんでしたが、ようやく頭から手を離し、
「すこし目眩がしただけだから」と答えました。
「ほんとうかい? 無理しちゃ駄目だよ」
「……大丈夫よ」
ミミはそうは云ってはいましたが、リュシエルは魔法を使って怪我を治すというのは、ミミの身体に大変な負担をかけているのかもしれないと後になって思いました。
若い男はぼろぼろの財布の中から、何枚かのコインを手に握って、
「何とお礼を云っていいだか。生憎持ち合わせの金が、今はこれだけしかねえんだが……どうぞ受け取ってくだせえ」
そう云ってミミの手に握らせようとしました。ミミが困っていると、男はミミの手を神様か何かのように有り難く自分の手で包み込みながら、
「オラ、ジョーって云うだ。あんたがたの恩は一生忘れねえ。はした金ですが、これだけは、オラの気持ちだもんで、どうか受け取ってくだせえ」と重ねて懇願するように云いますので、ミミはお礼を云って男からコインを受け取ることにしました。
ジョーはお金を渡しても、まだまだ感謝し足りないというふうに、まじまじとミミとリュシエルに視線を注ぎながら訊ねました。
「あなたがたは、どちらへ行きなさるのです?」
リュシエルが、ゴルドー村へ向かうところです、と答えますと、「森の中は、山賊が出ますだ。やつらに捕まったら最後、男は身ぐるみ剥がされて、若い女っこは、ヤベえところに売り飛ばされるって噂だ。くれぐれも、気をつけてくだせえ」
気をつけるよ、とリュシエルは答えました。
「オラ、此処から西へ向かって、田舎へ帰るところだっただ。昔って云っても、そんなに前でねえけんど、オラ、都で兵隊をやってたことがあんだよ。だけんど、ネリの野郎が、予算が足りないからって云って、兵隊のクビをたくさん切っただ。自分は無駄遣いしてんのにさ。それで、オラもクビになっちまったってわけさ。何とか都で食っていけるよう、他の仕事を探したりもしたんだけんど、やっぱし、生活していけねえから、田舎にけえることにしただ」
リュシエルは都の話が出ましたので、懐かしい昔を思い出すような気がしました。
するとジョーは、まじまじとリュシエルの顔を見詰めて、「それにしても……あんた、誰かさんに似ていなさるなあ……」と何かを思い出そうとしているふうでしたので、リュシエルは心持ち顔をそむけるようにして、
「気のせいでしょう。世界には、三人、自分に似た人間がいると云いますからね」
ジョーはそう云っても釈然としない様子でしたが、リュシエルは、
「ぼく達は、先を急ぎますので。色々と、ご忠告を頂いて、ありがとう御座いました。それでは、道中、お気をつけて」
とジョーに別れを告げると、ミミの手を引いて先を急ぎました。