『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー㊶ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー㊶ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

 

Ⅳ いまだ少年の影を宿した山賊のかしら
 

 

 

 一方ミミとリュシエルは、ジョーと別れてからものの五分と経たないうちに、別の一団と鉢合わせになっていました。行く手の木立の木陰に四名の男女が座り込んでいるのと出くわしたのです。
「やあ。何処に行くんだい?」
 そう声をかけてきたのは、リュシエルとそう年も違わないであろう若い男でした。その男は赤みがかった茶色い髪を無造作に伸ばし、腰に剣を提げています。見ると、その他の者たちも、各々武器を持っています。白い髭の初老の男は弓を背負い、もうひとりの若い大男は、先端に巨大な石がついた棒を腰にぶら下げています。武器を持っていないのは、頭に黒い布を巻いた怪しげな雰囲気の女だけです。
「都へ行くところです」とリュシエルは答えました。
 若い男は、眉をしかめて煙草を銜えながら、
「へえ、都へ? 何しに?」と訊きました。
 リュシエルはミミの方を手で示しました。
「この子を都のお医者に診せて、目の治療をしてもらうのです」
「ふうん。目の病気なのか……」
 若い男は無遠慮にミミの方に近付いて来ました。
「さっきそこで怪我人を治していたね? おまえさん、魔女かい?」
 ミミは声のする方に顔を向けて、「多少、魔法は使えるけれど」と答えました。
 男はまじまじとミミのことを見詰めていましたが、そのうち何を思ったのか、リュシエルの持ち物を触りはじめました。リュシエルはあっけにとられていましたが、そのうち男はリュシエルが担いでいたズタ袋の中から魔法の教科書を見つけると、自分の手に取っていました。
 リュシエルは慌てて取り返そうとしましたけれど、男はすばしこくて、もう木陰に坐り込んだ女の元に魔法の教科書を持って行っているのでした。「ミコ、この本を見てみろよ」
 男が頭に黒い布を巻いた女に魔法の教科書を差し出すと、女はしばらくパラパラと魔法の教科書に目を通していましたが、急に叫び出しました。
「オカシラ! これは凄い書物だよ。色んな魔法について書かれている。これを持っていれば、凄い魔女になれる!」
 オカシラと呼ばれたその男は女と一緒に魔法の教科書を覗き込みながら、「そしたら、山賊のオレたちも、お役人に追われることもなく、楽しく一生過ごせるかい?」
「まあね」
 山賊? すると、さっき別れたジョーが云っていた山賊とは、この者たちのことだったのか……。リュシエルはズタ袋の中に隠していた剣をそっと取り出しました。
「おっと。妙な真似はしなさんな。おまえさんに勝てる相手じゃねえ。怪我するのが関の山だ。別に害を加えようってんじゃねえからよ。大人しくその剣を元あった場所に戻しな」
 背後から野太い声がしたので、リュシエルがちらりと視線を後ろへ向けると、男ふたりが武器を構えていました。白い髭を生やした初老の痩せた男が、弓を構え、きりきりと引き絞ってリュシエルに標的を定めています。もうひとりの大男は、先端に巨大な石がついた棒をリュシエル目がけて、今にも振り下ろそうとしていました。
 リュシエルは抵抗をしても無駄だと悟り、剣をそっとズタ袋の中に戻しました。リュシエルは不覚にも手の震えを抑えることが出来ませんでした。
「おまえ達。いいよ。こいつらは、悪いやつらじゃないみたいだから」
 オカシラと呼ばれた若い男が木陰からそう云うと、ふたりは武器の構えを解きました。
「この本、おまえさんのかい?」オカシラが大声で訊ねました。
 今やリュシエルとぴったり寄り添うようにしているミミが、
「……いいえ。姉のものです」
 と毅然とした態度で答えました。
 オカシラが人懐っこい笑顔で、
「この本、オレたちに譲ってくれないか?」
 と云いました。
 その場にいる誰もがミミの言葉に注目しているようでした。
 魔法の教科書を譲ってくれというこの突然の申し出を断った時、自分たちはいったいどうなってしまうのだろうかとリュシエルは考えました。
 でもミミは、リュシエルのように山賊たちを恐れるふうもなく、かえって落ち着いているように見えました。
「ごめんなさい。あなたたちにあげることは出来ないわ。わたし達、これからも旅を続けて行かないといけないの。その本の助けを借りないと、旅を続けることが出来ないの」
 オカシラは驚いたように目を丸くしてミミを見詰めていました。ややあって、
「……そんなら、代わりに何をくれる?」とオカシラは云いました。
「……」
 四辺はそよと吹く風もなく、まったく静かでした。やがて名案を思いついたというふうに、オカシラが少年のような高い声をあげました。
「そうだ。その剣は?」
 オカシラはリュシエルの担いでいるズタ袋の中身を指差しました。云うまでもなく、その剣は王家に代々伝わる大切な宝刀でした。
 今度はリュシエルが返答する番でした。
 けれど、リュシエルが答える前に、ミコと呼ばれた女が横合いから口を出しました。
「やめなよ、オカシラ。そいつは普通の身分の人間じゃないみたいよ。それにその剣は、うちらが持ってたって何の役にも立たないわよ」
「……ふうん。何ももらえないのか。つまんないな」心底がっかりしたようにオカシラは溜息をつきました。オカシラは眉をしかめ、煙草の煙を肺いっぱいに吸い込み、時間をかけてそれを気持ち良さそうに吐き出しました。それからまた、いい考えが思い浮かんだとでも云うように眉を開き、
「じゃあ、おまえさんたち、オレたちの仲間にならないかい?」
 と少年のような無邪気な声で云いました。
 オカシラはにこにこと笑顔で、上機嫌に見えました。まるで、この自分の申し出を断る人間がいる筈もないとでも云うようです。
 リュシエルはミミと小声で話し合いました。その結果、丁重にお誘いをお断りすることにしました。奇妙な山賊たちでしたが、気を許して一緒に行動を共にするほど信用がおける者たちであるのかどうか、判断しかねたからです。それにカエル達が追って来るかもしれないので、自分たちは先を急いだ方がいいだろうと思いました。
「何もくれないし、仲間にもならないのか……」
 申し出を断られると、オカシラは心底がっかりしたように呟いていました。
 困ったリュシエルがふと自分の財布を覗き込みますと、金貨が五枚入っていました。一枚くらいあげても、まだまだ充分旅は続けられると思いました。
「食べ物も持っていないし、あげられるものは、こんなものしかないが……」
 リュシエルが金貨を一枚手に取ってそう云いますと、先程リュシエルの背後で石の棒を振りかざしていた大男が、リュシエルの後ろから金貨をさっと掻っ攫って行って、悠然と歩いてオカシラの方に持って行きました。
 オカシラは大男から金貨を受け取ると、手にした金貨を空に透かしてためつすがめつ見ていました。「うほっ。気前がいいな」オカシラは飛び上がって煙草を足で踏み消して云いました。「ありがたく頂いとくぜ」
 オカシラが満足したふうでしたので、リュシエルはほっとして、「それでは、先を急ぎますので」とミミの手を引き、その場を去ろうとしました。そうして十歩ほど歩いた時、
「ちょっと待ちな」
 とふたりを呼び止める声がしました。それはミコの声でした。
 リュシエルは今度は何の云いがかりをつけられるのかと身構えました。
 急にミコが何かの物体を投げて寄越しました。リュシエルは避ける暇もなく、思わず胸の前でそれを受け止めました。
「何か困ったことがあれば、それを吹くといい。金貨のお礼だよ。どんなに遠くても、すぐに駆けつけるから。ただし、使えるのは、一回こっきりだよ」
「魔法のオカリナさ」とオカシラが付け加えました。
「魔法のオカリナ……」
 リュシエルは胸に抱いたオカリナをまじまじと見詰めました。かなり年季の入った代物で、鼻っ柱を近づけるとぷうんと腐敗した唾液の臭いが漂って来ました。山賊たちに悟られないように、リュシエルはそれを顔から遠ざけました。
「……有難う。それでは」
 山賊たちは、既にリュシエルに対し関心は持っていないようで、再び木陰に全員で集まって、何やら世間話に興じていました。
 リュシエルはミミの手を引いて、ゴルドー村へ急ぎました。
 オカリナには首にかけられるように紐がついていました。
 リュシエルは山賊たちからもらったオカリナをズタ袋の中にしまっておこうとしましたけれど、ミミが自分でそれを持っていたいと言い出しましたので、ミミの首にかけてあげました。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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