「この先大丈夫かな?」先のことを心配しすぎるのは〇〇のせい
「この先大丈夫かな?」
先のことを心配しすぎて思考停止になってる方の相談をよくうけます。
確かに先のことはわからないので不安になってしまいますが
考えても仕方ないことを憂いすぎることを辞めたい時は
どうしたらいいのでしょうか?
考えてもない先のことを心配しすぎている状況というのは
自分の身体が不安になっていて
でも今目の前に自分の身体状況にみあうだけの
危険がない場合が多いです。
つまり
自分の身体が察知している
「危険なものが目の前にない」という時に
不安材料を探した結果
「将来が不安」で落ち着いているのです。
つまり
「自分で自分を不安にさせている」
これが「先のことを心配しすぎている人」の
していることで
この人たちにおこっていることは
シンプルに
「自分の身体や自分の内側とつながれていない」
ということだけなのです。
実は自分の内側で起きていることを言語化することは
それだけで「自分とつながった感」を感じることができます。
なぜなら人はどんなネガティブ感情でも
感じると「幸せホルモン」を感じるからです。
自分の内側から起きている「感情」を
それに近い言語で表現できることは
「孤独感」を癒して「安心感」を得るために
とても大切なことなのです。

感情は、生まれたときから完成された形で存在しているわけではありません。
人は生まれた瞬間には、「快か不快か」「落ち着いているか興奮しているか」といった、
ごくシンプルな感覚しか持っていないと考えられています。
そこから、脳の発達や人生経験、周囲との関わりを通して、
感情は少しずつ細かく分かれていきます。
たとえば、同じ「ドキドキする」という状態でも、
快い感覚と結びつけば「楽しい」「ワクワクする」「熱狂する」と感じますし、
不快な感覚と結びつけば「怒り」「恐怖」「焦り」として体験されます。
幼い頃には漠然と「嫌だ」「怖い」としか感じられなかったものが、
成長するにつれて「不安」「緊張」「寂しさ」「嫉妬」「罪悪感」など、
より繊細な違いとして認識できるようになっていくのです。

このように、感情の成熟とは、
感情そのものが増えることではなく、
自分の内側で起きていることを細やかに感じ取り、
その違いを理解できるようになることだと言えます。
そして、感情の成熟には「言葉」が大きな役割を果たします。
自分の気持ちを表現する語彙が豊かになるほど、
人は自分自身の感情をより深く味わい、
整理し、他者に伝えられるようになります。
実際、感情を表す言葉は文化によって大きく異なります。

たとえば、日本語では「好き」や「愛している」と
ひとまとめにされる感情も、
英語では「like」「love」など、より細かく区別されます。
言葉の数が多い文化ほど、
その感情に対する理解や洞察が深いとも言われています。
つまり、感情の成熟とは、
単に感情をコントロールできるようになることではありません。

自分の心の動きを丁寧に感じ取り、
それを言葉にし、他者と分かち合えるようになること。
その過程こそが、人の感情を成熟させていくのです。

その感情の成熟度が高くなると
自分の「内面」とつながれて
「安心感」が手に入ります。
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