1988年秋に田村正和主演の「ニューヨーク恋物語」というドラマが放映されていました。

 

近年親しくさせていただいている日本企業の駐在員のご夫妻に久しぶりに食事に招いていただいたときに、奥様が「ニューヨーク恋物語」の話をされて、大盛り上がりしました。このご夫妻、駐在員にしてはシニアな方で、まさにこのドラマの登場人物の世代です。「NWさんはまだ小さい頃だったと思うので知らないと思うけど、」と前置きをされましたが、実はマセガキだった私は、両親に怪訝な顔をされながらも、毎週木曜夜10時に本編リアルタイムで全部見てました。

 

奥様は当時OLとして丸の内に勤務しながらマンハッタンでの暮らしを夢見ていた話をしてくださいました。この年になってそれが実現するとは思わなかったけれど、あの頃ドラマから漂っていたニューヨークの日本人勢力のきらきら感は今のマンハッタンでは感じられませんね、という感想なのですが、私も同感です。

 

真田広之が若い、、。五十嵐いずみも出てた。

 

さすが田村正和。マンハッタンに溶け込んでる

 

私は当時小学生だったので、理解できない部分も多かったのですが、その後何度か平日夕方に再放送されたので、徐々にストーリーの重厚性を理解していった感じです。田村正和を中心とした恋愛事情や人間模様は置いておいて、ドラマの中では、日本人勢力がマンハッタンに食い込んでいるような、キラキラを通り越してギラギラした印象に刺激を受けます。そして、「誰も知らない夜明けが明けた時♪〜」で始まる井上陽水の主題歌「リバーサイドホテル」がカッコよさをさらに増幅させていました。

 

一通り思い出のシーンで盛り上がったあとは、奥さんと結婚前の若い頃にもマンハッタン勤務の経験のある旦那さんが、あの頃はニューヨークにおける日本人の存在感は今よりずっと大きかったんですよ、という話をしてくださいました。そう、バブルの頃は日本の会社がアメリカの不動産を買い占めたりして、アメリカ人から反感を買うくらいだったのです。そんな日本の皆ぎるパワーが「ニューヨーク恋物語」には散らばっています。今も、マンハッタンで頑張っている日本人はたくさんいますが、やはり他のアジア人や外国人との相対的数で言ったらやはり、そのプレゼンスは低下していると思ってしまいます。

 

私がマンハッタンに移ってきた頃はすでにバブルも弾けて「日本経済失われた10年」なんて言われていましたが、それでも年末年始やGW、夏休みにはマンハッタンのあちこちで日本人旅行者を見かけたように思います。でも、年々見かけなくなっています。以前は夏休みのマンハッタンの繁華街や観光地ではたくさん日本人を見かけたはず。今年は、従姉妹夫妻が遊びにきてくれた以外は、日本人旅行者とはほぼ遭遇しませんでした。先週のお勧めレストラン紹介ブログ記事で、マンハッタンのレストランでは日本語表示が中国語にとって変わられている話を書きましたが、これが現実なのですね。HISとかJTBのロゴ入りの観光バスがマンハッタンを走っている光景ももう見かけなくなって久しいですし、寂しい限りです。

 

セントラルパークのシーン

 

伝説のラストシーン

 

なんとなく物悲しいブログになってしまいましたが、久しぶりにニューヨークを舞台にした日本の名作ドラマを振り返り、これからマンハッタンでの日本人のプレゼンスはどうなっていくのだろうという思いを吐露してみました。

 

主題歌は井上陽水「リバーサイドホテル」