民間救急移送の軌跡 ~海外患者医療搬送、全国患者移送の足跡~

民間救急移送の軌跡 ~海外患者医療搬送、全国患者移送の足跡~

海外患者医療搬送・全国民間救急搬送の仕事紹介と日記、
世界の国々に訪れた街や食べ物、全国の美味い物を御紹介します。

 

宮城県と山形県に跨り鎮座する蔵王連峰。

 

 

蔵王山岳信仰の刈田嶺神社里宮から刈田岳山頂の奥宮までをつなぐ
標高差1450m、距離15km は 「蔵王古道」と呼ばれており、

歴史は平安時代までさかのぼる。

 

 

実際には、蔵王のやや東側の青麻山 (あおそやま)が、

蔵王信仰の起源と言われている。

 

 

今回はこの青麻山の古道ルートを、

北原尾登山口から入り、七五六山、

あけら山、青麻山へと縦走した。

 

 

まずは、北原尾登山口から入山し、

直ぐに急登が続き、しばらく歩くと、

「かたくりの丘」と呼ばれる群生地に到着、

あたり一面、「カタクリの花」が咲き、紫色に染まっている。

 

 

ここを過ぎれば、また急登、

七五六山の頂上手前には、

展望台があり、正面には蔵王屏風岳、

不忘山がはっきりと見え、まさに絶景。

 

 

展望台からやや歩けば、七五六山の山頂。

南へ進み、「あけら山」へと向かうが、

平坦とアップダウンが混在する道、

30分ほどで810mの山頂へ。

 

 

ここまで来れば、

「もう良いでしょう」と言う気持ちと、

あともう一息という気持ちの葛藤に悩まされる。

前方には終着地点の「青麻山」が見えており、

意を決して、再び歩き始める。

 

 

「あけら山」山頂からは結構下り、

結果、再び急登、ようやく「青麻山」の山頂にたどり着く。

 

 

少しばかり開けた広場には、

祠があり、山の神を祀っている。

 

 

白石市や、福島県・伊達市を眺めながら一休み、

再び今来た山道を戻る。

総距離は16㌔、歩数は21000歩、

山々の標高は高くないが、

刈田岳から屏風岳の縦走よりもきつい行程であった。

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宮城県の病院を後にして仙台駅へ、

新幹線を利用され、

関西までの帰郷搬送のお手伝いである。

 

 

新幹線を利用する事で国内の搬送は飛躍的に、

コストが下がり、時間が短縮された。

制限がないわけではないが、

新幹線が繋がっていれば、

中等症程度の患者さんであれば、

どこへでも移動が出来る。

 

 

1時間30分で東京駅へ、

ここで「のぞみ」に乗り換え、

再び西へと向かう。

 

 

病院を出発してから、

新神戸には、5時間程で到着。

みちのくから関西まで、場所によっては、

飛行機で移動するよりも早い。

 

 

ここからは、介護タクシーで1時間程、

陸路の移動。

山間いの閑静な病院に到着。

あっという間の帰郷旅は無事に完結した。

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車両で盛岡以北、へと向かえば、

必ず栗駒山と岩手山がお出迎え、

山同士は150キロ程離れているが、

移動中、どちらの山も見える晴天は珍しい。

 

 

冠雪の山々に送られながら、

東北道をひたすら北上し、

秋田、青森県境の町、大館市までの搬送。

 

 

5時間程で無事に搬送が完了すれば、

病院近くのラーメン屋さん「あさり」で大休憩。

 

 

大館地域は寒い場所なので、

味噌かなあと思っていたら、

隣接、青森県の影響が強いのか、

煮干しラーメンの店が散見された、

しかも朝ラーまでやっているところを見ると、

結構、青森文化の影響力がある感じがする。

 

 

やはり北国、少し塩辛いが、

見た目よりはあっさり、

ライスをつけた方が良いラーメンでした。

 

 

見かけた本場のアキタ犬は、

大きくて、それでいて人懐っこかった、

これでは人気が出ますよね。

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福島県川俣町、県の中通りに位置し、

四方を中低山に囲まれている。

山間に位置する環境か、

この町の山開きは、「力」が入っている。

 

 

花塚山、口太山、羽山、女神山、長寿山等々、

4月は一気に山開きが開催され、

うれしい振る舞いもある。

 

 

4月下旬、「花塚山」の山開きに参加、

標高916mの里山に登らせて頂いた。

 

 

8時30分、のろしと共に祈願祭、

100名程の登山者、地元、山の会の方々と

登山開始。

 

 

まずは急登、ここを過ぎれば、

少し緩やかな登山道となるが、

「烏帽子岩」「座禅岩」等、

福島県伊達地方には多い、

山に点在する巨石が山頂への目印となる。

 

 

「コノハズク」の泣き声と、

「キツツキ」のドラミングを聞きながら、

足を進める、山頂の手前には、

富士山が見える北限の展望台があるが、

この日は、残念ながら拝顔出来なかった。

 

 

それでも頂上にたどり着くと、

福島県を一望する絶景と山桜が満開。

二度目の登頂となった「花塚山」は登りやすく、

町の人達の努力で、

しっかりと整備された山であった。

 

 

下山後は、NHK「日本百低山」のように、

峠の森自然公園広場での振る舞い、

「川俣そば」を戴く。

あっさりとした冷たい蕎麦、

川俣町の方々のおもてなしが、

染みわたる味、ありがとうございました。

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先日の野辺地、弘前といい、

本州の北端、青森県は、

桜満開、むしろ花筵の季節となった。

 

 

人工呼吸器を装着した状態で、

患者さんは故郷、

青森県・十和田市の病院へと向かう。

 

 

東北道を北上すれば、

まだ山桜の花びらが舞っている

 

 

市内へと入れば、まるで桜街道。

気のせいか、年々春が短くなっている様な気がする、

桜は開花すれば、あっという間に満開、

ややもすれば葉桜、日本の四季が二季になるかも?は、

本当かも知れない。

 

 

無事に帰郷転院を終えれば、

十和田現代美術館をかすめ、

帰社へと向かう。

 

 

自然と緑豊かな十和田奥入瀬も良いが、

穏やかな街と桜のコントラストも奇麗であった。

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深夜の緊急搬送で、

外傷患者さんの成田国際空港への搬送。

 

 

スキーシーズン・オフでも、

何らかの受傷機転で、

怪我をされる外国人もいらっしゃる、

それだけ訪日外国人が多いと言う事である。

 

 

患者さんが搭乗すれば、

深夜の東北道から常磐道へと、

南下を続ける。

 

 

ちょうど、

成田空港周辺で夜が明け、

ターミナルビルに朝日が映る。

 

 

チェックインカウンターで引き継ぎ、

無事の帰国フライトを祈りながら、

再び宮城へ。

 

 

久しぶりに四倉パーキングに立ち寄り、

朝ご飯をガッチリ戴く、

お腹いっぱいとなり、

帰路、眠らないように気をつけながら、

仙台へと向かった。

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青森県は下北半島、

野辺地町までの患者さん搬送。

 

 

北へ向かうにつれ、

見頃の桜街道が続く。

 

 

前方には岩木山、

標高が高いためまだまだ冠雪の百名山である。

 

 

野辺地町は県都である青森市を過ぎてから、

まだしばらく走る。

 

 

ホタテ漁の町であるが、

過疎化が進み人口は1万人程。

 

 

ここにも地域医療を支えている病院がある、

患者さんの帰郷搬送は4時間程で無事に終了。

 

 

岩手までの帰り道、

桜満開の弘前市で大休憩、

風が強く、桜吹雪となっていた。

 

 

煮干しラーメンの銘店

「たかはし中華そば」へお邪魔する、

「津軽煮干し中華」の原点と言われるこのお店、

見た目とは異なり、

くせのないシンプルな、中華そばを堪能、

帰社へと向かった。

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日本は広いが、

続く時は続くもので、

先月も石川県金沢市へと向かったが、

今回は能登半島の付け根、

石川県「七尾市」への患者さん搬送である。

 

 

早朝の出発、天候に恵まれたのは何より、

まずは東北道を南下、

東へと向かい、新潟県へ。

 

 

新潟県を抜けるまでが長い、

東北道で言えば、ゆうに2県分相当の距離を再び南へ。

 

 

富山県に入れば、アルプス連峰のお出迎え、

目的地はまもなくである。

 

 

2024年の能登半島地震発生から、

しばらく時は経つが、まだまだ復興半ば、

あちらこちらで工事が行われていた。

東日本大震災の復興を考えれば、

10年単位の時間がかかるであろう。

 

 

8時間程の帰郷搬送が終われば、

「富山ブラックラーメン」を戴きながらの大休憩。

再び、長~い、新潟県を縦断して、

みちのくへと向かう。

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小雨が降りしきる中を、

高速、山形道を通り、

日本海側へと向かう。

 

 

山形県鶴岡市までの患者さんの帰郷だが、

標高の高い月山パーキングには、

まだ残雪が残り、肌寒く感じる。

 

 

3時間程で患者さんの搬送が無事に終われば、

再び市内を抜けて

庄内の桜名所、鶴岡公園脇を通る。

 

 

 

南東北、太平洋側では葉桜となったが、

日本海側は桜満開であった。

 

 

この仕事の役得は、

赴く先、の風光明媚な場所を眺め、

贅沢ではないが土地の美味しい物を戴く事、

そして、列島を北上する、

桜前線を長期間にわたって見れる事である。

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患者さんの出発は午前7時。

この時間の出発となれば、今回はデイフライト。

 

 

プラハの介護タクシーの協力で、

4階の居室から車両へ、

古い建物が多いヨーロッパでは、

エレベーター等ないのが普通、

3人で狭い階段を慎重に階下へ、

 

 

御自宅を出発すれば、

30分ほどで、ヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ国際空港到着、

空港の近くには桜の花が咲いていた。

 


無事にチェックインが諌利用すれば、

いよいよ20時間、日本までの帰国旅の始まりである。

 

 

少しの時間であったがお世話になった、

プラハの街並みが私たちを送ってくれる。

 

 

雲の上は好天、地中海を抜ければ、

サウジアラビアのネフド砂漠が広がる。

 

 

往路をなぞる様に、再びUAEのアブダビに到着、

ここで乗り継ぎ。

 

いよいよに日本に向けての最終フライトとなる。

ここからは、再び夜間飛行。

夜が明ければ故郷日本。

 

 

インドから中国上空に差し掛かれば、

天山山脈、ヒマラヤが広がる。

 

 

日本まではあと僅か、

患者さんは安定したまま、故郷、日本、

成田空港に無事到着された。

 

 

帰国を望んでいる在外邦人は多く存在する。

縁あって私たちと出会った時、

それがどこであっても、どんな国際情勢でも、

私達はお迎えに上がる。

それが海外患者搬送を生業として行う者の使命である。

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