先月の話ですが、ある知人夫妻が自宅で開催するホームガーデンパーティーに行って来ました。場所はコネチカット州の閑静な住宅地。旦那さんの方が、ある会社の幹部とあり彼の部下とその家族も大勢きていました。彼の会社は香港人がオーナーで本社は欧州なのでアットホームな感じです。私が勤務する会社をはじめ普通のアメリカ企業で幹部が週末に自宅を開放するようなことはあまりないので、羨ましい気もします。

 

そのカップル、奥さんの方が、私がシンガポールに駐在していた時の元同僚です。中華系シンガポール人で名前はミッシェル(仮名)。彼女は現地法人の人事部の社員で、私が赴任した時にシンガポールの就労ビザの手配などしてくれました。当時シンガポールでは、今ほど日本の製品が簡単に手に入らなかったので、私が帰省するたびに色々お土産を買っていきました。それで、個人的に親しくなりましたが、会社の先輩駐在員たちは私とミッシェルが恋仲になるのではと期待?してる節もあったような、懐かしい思い出です。

 

ミッシェルは英語も中国語も、そして日本語も堪能なのに、拙い英語の現地採用の日本人同僚女性達よりも自分の給料が安いことを知った衝撃で、その会社には見切りをつけて、今の旦那トム(仮名)がいる欧州系会社に転職しました。そこで2人は交際をはじめて結婚しました。結婚式に呼んでもらった縁で、トムとも知りあいになりました。2人が欧州にいる間もずっと細く長く繋がっていて、一昨年前ミッシェルから、トムが北米法人の幹部になってコネチカットに駐在してくると聞いていたのです。トムは、結婚式の時は線の細い弱そうな男だと思っていましたが、いつの間にかこんなに出世するとは思っていませんでした。

 

ミッシェルとトムみたいなカップル(イメージ)

 

ミッシェルは、トムがシンガポール勤務を終えた時に一緒に欧州に渡り、その後もずっと仕事を続けていましたが、今のところ仕事はせずにいわゆる「駐妻」という身分のようです。

 

実はミッシェルは「駐妻」とは因縁があります。彼女は人事部員として日本人駐在員の転勤手続きを担当していました。家探しとか子供の学校のこととか日本人駐在員家族へのコンサルテーションをすることは一応職務内容(ジョブディスクリプション)に入っていたとは思いますが、彼女は日本語ができることが災いして、日本人駐妻達の通訳みたいなこともさせられていたのです。当時のシンガポール支社長の奥さんからは雑用係のように扱われていたとも聞きました。日本人駐在社員の中では私だけ独身だったので、彼女の愚痴聞き役になっていました。ミッシェルは大多数のシンガポール女性同様、キャリアにおいて完全実力主義、男女平等で共稼ぎが当然だと思っていたので、学歴高いのに仕事をせずに一日中暇そうにしているように見える日本人駐妻さんたちの生態について理解不能と思っていたようです。

 

さて、前置きが長くなってしまいましたが、そういうふうに駐妻を小馬鹿にしてたミッシェルなので、自身が駐妻になった今、どういう生活してるんだろうなと興味津々でガーデンパーティに行きました。果たして当日。予想通りというか、イベントマネージャーのごとくエネルギッシュに動き回っていました。日本人コミュニティーで言うところの一般的な駐在員妻とは全く違う行動様式です。

 

この日は基本バーベキューでしたが、50人以上ゲストを招いていて、その中にはいろいろな宗教的バックグラウンドを持つ人がいるので、実にさまざまなタイプの肉や魚介、そして野菜焼きが用意されていました。ビーフは和牛とアルゼンチンを中心に数種類。どちらもそれぞれ日本とアルゼンチンから輸入した本場もの。そのほか、ポーク、チキン、羊、サーモン、エビ類。それぞれの肉コーナーには、彼女が雇ったケータリングスタッフが給仕してくれていました。もちろん、飲み物やデザート類も豊富に用意されていて、素晴らしいホスピタリティでした。知らない人ばかりのパーティーだったので、以下写真は食べ物中心です。

 

 

ケータリングスタッフも雇う本格派バーベキュー

 

台所で一息ついていたミッシェルを見つけて色々聞いたら、多国籍企業の北米法人トップのトムのパートナーとして、社交の機会が多いので、ほぼこの家の執事として働いているようだと言っていました。この日のパーティーも、部下たちへの慰労にしたらどうかと、彼女がトムにアドバイスしたらしい。内助の功とはまさにこのこと。日本語ができるミッシェルなので、自分はまるで旅館の「女将」だと言い得てました。私が知るかぎり日本人含めニューヨーク近郊の駐妻さんは一般的に車の運転もしないで旦那さんに頼りっきりの生活してる人が多いですが、ミッシェルは当然のように自分専用のSUVを持っています。早速この件については、ミッシェルも指摘してて、息子の学校の韓国人駐在員ママ友が3年も車なしで生活してることに驚いていました。マンハッタンなら車はなくてもいいけれど、コネチカット含め郊外は車がないと大変です。

 

また、トムとミッシェルには、年子の男の子が2人いて、どちらも高校生なので、勉強はもちろん大学入学準備などプライベートでもやることがたくさんありそうだし、本当に脱帽もんです。借りているコネチカットの家は、6ベッドの巨大な一軒家。こういう物件、普通は賃貸市場に出回らないのだけれど、自分のネットワークで彼女自身で見つけ、しかも家賃補助額の上限を超える部分も会社に払ってもらえるように、トムに社長と交渉させたと言う強者。

 

それでも、コンドミニアムのように常駐で誰かが管理しているわけではないので、このでかい家の日々のメンテは夫妻の責任。トムは仕事が忙しいので、結局家の管理もミッシェルの仕事で、もはや、フルタイムの仕事です。半年くらい前にマンハッタンでランチした時は仕事しようか迷っていると相談を受けましたが、今は駐妻生活を存分に楽しんでいるようです。

 

赤みの肉がダメな人用にチキンとサーモンも準備

 

さらには、ヴェジタリアン向けに擬似肉擬似チーズ料理も

 

ミッシェルのポジティブさにはとても感銘を受け、自分だったらどうしようかなどを考えてしまいました。と言うのも、うちの旦那にも最近イリノイ州の会社から誘いがありました。給料は今の1.5倍。住宅や物価がNY州に比べて安いので、もし旦那がそのジョブオファーを受け入れて、私が仕事を辞めて2人でイリノイ州に引っ越しても、今の生活水準を維持することができる計算です。そうすると、私も「駐妻」ならぬ「駐夫」になります。

 

旦那には数年前にもヘッドハンターから某社の東京駐在の打診があって、面接までしたことがありました。結局、私のキャリアもあるのでNYに居続ける決断をしましたが、ミッシェルの生活ぶりを見て、今同じ話があったら仕事辞めて旦那の駐在に伴い東京で「駐夫」生活を満喫するかもな、などと思っています。最後に、その時に書いたブログ貼っておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今週、アメリカ南西部のアリゾナ州に出張していました。

 

時差のあるアリゾナに一週間滞在してから帰ってきたら、体内時計が微妙に狂ってしまい、昨日はニューヨークを走る地下鉄で寝落ちするというかなりリスキーな体験をしてしまいました。ということで今日はニューヨーク地下鉄シリーズネタでブログです。

 

乗る前はこんな写真を撮るほど元気でした

 

夕方、用事の後にアッパーウエストサイドからタイムズスクエアで乗り換えて、帰宅電車の出るグランドセントラル駅に向かうはずだったのですが、タイムズスクエア駅の少し前で眠ってしまったらしく、気がついたらイーストリバーをくぐってブルックリンの先の地上区間を走ってました。ドキッとして、すぐに所持品をチェックしましたが、財布やスマホはジャケットの内ポケットで、パソコンなどが入ったバックパックを抱いたままの姿勢で寝てたので無事でした。それと、乗った時から隣に座ってた大柄なおばちゃんがまだ座ってました。

  • おばちゃん:「あら起きたの?」(ややロシア語訛りの英語)
  • 私:「今どこですか?」
  • おばちゃん:「Utica Ave過ぎたところ」
  • 私:「。。。(知らない地名)」

寝てる間にこのおばちゃんの肩に寄りかかったりしてないよな〜などと心配しつつ、スマホで現在地を調べると、ブルックリンの奥の奥まできていることが判明。1時間近く意識がなかったことになります。

  • 私:「タイムズスクエアで降りるつもりだったのですが」
  • おばちゃん:「オーマイゴッド😱、具合でも悪いの?」
  • 私:「いえ、寝不足なんです」
  • おばちゃん:「日本人?」
  • 私:「ええ、どうしてわかったのですか?」
  • おばちゃん:「近くの英語学校の日本人の留学生に部屋を貸してたことがあって。TakaだかTokaだか忘れたけど、最初に入った日本人がその友達を連れてきて、確かToshi。そしてそのあとはAkiで、またToka?Taka?」
  • 私:「Takaさんですね。Tokaという名前は聞かないです」
  • おばちゃん:「日本人はみんな似た名前なの?」
  • 私:「TakaとかToshiとか多いですね。でもそれはおそらく名前の一部で、それぞれ、TakayukiとかTakashiとか、長い名前があるんです、、、AkiもきっとAkihikoとか、」
と色々、続けましたが高架を走る騒音で聞きづらかったのか、単に興味がなかったのか、
  • おばちゃん:「日本人の名前といえばTakaかToshiね。」と一刀両断。その後は幻想とも言える彼女の日本人贔屓について話してました。
  • 私:「。。。。」(こういう街中の世間話を適当に受け流すのが相変わらず苦手な私)
  • おばちゃん:「次の駅は、L番地下鉄も走ってて、早くマンハッタンに戻れるわよ」
  • 私:「ありがとう」
  • おばちゃん:「今度は寝ちゃダメよ」

この親切なおばちゃんと別れ電車を後にしました。本当に不覚でしたが、きっと彼女が何気に見守ってくれたのかななんて、勝手に感謝しています。おかげで2時間くらい帰宅が遅れて旦那がかなり心配してたけれど、なんとなく温かな体験でした。それと、おばちゃんに日本人への好印象を植え付けてくれたTakaさんという先人に感謝。おばちゃん曰く、日本人男性は小柄で、部屋をきれいに使うし、シャワーは短い、家賃滞納しないからテナントとして信頼できるそうなんです。たまたまそのTakaさんという人がいい人で運が良かっただけかもしれないし、日本人が皆小柄で綺麗好きかと言ったら個人的には、?とは思うけれど、でも、それがおばちゃんの実経験なのは事実。

 

なお、今日現在、おばちゃんの近所の英語学校は中国人と中南米系に占拠されてしまい、おばちゃんの家を間借りする日本人もこの10年はゼロ、今は中国人と中南米系に部屋貸ししてるそうです。中国人の水回りの使い方の汚さ、そして中南米系の女性がテナントとして入ってくると、なぜかいつの間にか男がセットでついてくるとか、シャワーを延々と占領することについて延々と文句言ってました。

 

 

その後、おばちゃんが教えてくれた別の地下鉄路線でマンハッタンに戻る途上、面白い広告に気がつきました。HIV予防の啓蒙のポスターでしたが、「Shohei」という日本人らしき若い男性が「自分はHIV陽性だけど、きちんとトリートメントしてるから大丈夫」というような内容。

 

日本人がマンハッタンのHIV予防ポスターの広告に登場してることは驚きです。また、アメリカで典型的な日本人の男性の名前というと、先ほどのおばちゃんがいうように、ToshiとかTakaとかYoshiとか、あとはその他Kenなどが一般的でしたが、時代とともに変遷するんだなと実感。このHIV啓蒙ポスターの日本人名、明からに大谷翔平選手のShoheiを連想させます。日本のテレビでは、アメリカで翔平選手の知名度はどのくらいなのか、と色々論争があるようですが、こうして着実にShoheiという固有名詞自体は知られてくるようになっています。

 

とうのご本家は今シーズン故障者リスト入りしてしまい、MVPやホームラン王争いからは離脱してしまいましたが、やはり大リーグのスター選手。影響力はあるのだなと改めて思いました。

 

また、地下鉄車内で話したロシア系移民のおばちゃんの視点からみる日本人、中国人、中南米人など外国人像が面白いなと、そんなことを思いつつ、週末は時差ボケを治したいと思います。

 

 

 

 

 

2021年8月にこのブログを始めてから5年が過ぎました。そしてついに、昨日、同性愛カップルジャンルの総合ブログランキングで初の1位を獲得することができました。

 

アメリカ人と同性婚したニューヨーク在住の中年ゲイの四方山話のブログですが、こうしてたくさんの方が読んでくださっていることを嬉しく思います。

 

 

 

ランキング1位を獲得できたのは、ゲイ友Zhaoに新しいボーイフレンドができたことを書いた前回の記事へのアクセスが増えて、さらにリブログしたZhaoの過去の男遍歴への記事を覗いてくれた方が増えて雪だるま式にアクセス数が増えたことによるものです。特に狙ってはいなかったのですが、いつの間にか私のブログの主人公キャラに成り上がったZhaoに感謝です。とは言っても、彼自身は私が彼をネタにしていることは全く知らないのですが。笑

 

まあ、結婚して落ち着いてしまった私の日常よりも、恋愛現役バリバリのZhaoを通して見たマンハッタンのゲイシーンがそれだけ面白いということでしょう。うちの旦那Dの記事で1位を取りたい気分もありましたが、私とDの日常は退屈そのもの、華がないので、それはもう諦めています。

 

ここで、もう一度Zhaoを紹介しておくと、私と同年代、身長180センチ強、細マッチョのモテ筋ゲイです。香港俳優のレオン・ライに似てます。顔が小さいので、彼と一緒に歩きたくない感じ。年齢が近いので、色々と人生相談ができる数少ない友人。男の好みが全く違うこともゲイ友として長続きしている理由です。ゲイ、ストレート含めて、元々知っていた人を除けば、ニューヨークで初めてできた友人です。仕事はソフトウエアエンジニアで、最近はAIに雇用が脅かされていると愚痴を聞くことが多くなりましたが、それでも、数々のリストラを潜り抜けてきた強者です。アメリカ市民権を取得したのを機にZackというアメリカ名をパスポートにも記載し正式に改名したようです。

 

なお、Zhaoと知り合ったのはセントラルパーク近くにあるアジア・ソサイエティで毎月一度金曜日に開かれているアジア人向けのLGBTハッピーアワーのイベントです。アジア人のLGBTと知り合いになりたい白人や黒人もきて、アジア人のゲイにとってはいい出会いの場になっています。コロナの時期に一度中断していましたが、2年くらい前に復活しています。今週金曜日17日に9月の回が開催されるので、もしマンハッタンにいらして、興味のある方はぜひ行ってみてください。Zhaoと新しいボーイフレンドのジェームスを誘っていて、もし彼らが暇なら私も行く予定。私たちと会えるかも(?)です。

 

https://asiasociety.org/new-york/leo-bar-happy-hour-asia-society-museum

 

 

Zhaoと出会ったアジアソサイエティのイベント。最近また復活した。

 

以上、今日は部門ランキング1位獲得記念ということで、その立役者であるゲイ友Zhaoを改めて紹介する簡単投稿でした。彼の男漁りについての武勇伝は何度もリブログしているので、今回は省きますが、彼の家でのホームパーティやセントラルパークの散歩などの友情を育んできた記事をあたらめて見返してみたので、ついでに貼っておきます。

 

彼と過ごす時間は、私のマンハッタン暮らしに安らぎや刺激を与えてくれているなと改めて実感。正直なことを言うと、私は中国という国が好きではないのですが、そういうのと切り離して人間として中国人であるZhaoをこれほどに敬い、大切に思っている自分を誇りに思ったりしています。

 

 

 

 

 

今日は久しぶりにゲイ関連トピックです。

 

このブログによく登場する私の数少ないニューヨークのゲイ友Zhao。同性婚が全米で認められた時のゲイの結婚ラッシュで年下の白人M君と結婚したものの、M君のモラハラ気質で別れてからもう何年にもなります。別れてからの間ずっと、今に至るまでフルで婚活モードです。真剣な付き合いのボーイフレンドがいた時期もあったけれど、3年前までが最後です。

 

 

まともそうだなと思った音楽家の卵ジェイコブと別れたという話をブログにしたのは2023年9月10日。そんなZhaoにも、どうやら新しい男ができそう!ということで、最新のマンハッタンの中年ゲイの出会い事情なども含めて、勝手にZhaoシングル生活3周年記念ブログ。

 

おさらいすると、ジェイコブと別れたのは、3年前。別れた理由は人生のフェイズの違いでした。当時ジェイコブはマンハッタンの音大の大学院生で、卒業後に音楽関係の職を見つけてシカゴに移りました。Zhaoはマンハッタンにできる限り長く住んでいたいし、収入不安定な音楽関係の仕事の男と結婚を考えるなんて無理だと言っていました。下の写真、あるアジア系と白人カップル。アメリカには男女のカップルもゲイカップルも、どちらがが学生でどちらかが社会人という組み合わせは結構多くて、深い関係であれば金銭的に助け合うことも多いです。教育は投資なので、パートナーが勉強したいといえば、サポートするという考え方だと思います。でもZhaoはそうは思わなかったらしい。

 

 

ジェイコブは卒業と同時に、奨学金の返済義務が発生したので、Zhaoからしたら借金のあるジェイコブとは結婚は絶対考えられないという立場でした。当時「NWだったら、結婚する前から借金背負った男と一緒になる?」と聞かれたのが印象に残っていて、ああ、とても中国人的、と思いました。日本人の私は、相手が信頼できて見込みのある男だったら、一緒に返していこう、と「絆」的な価値観で助けようとするかもと思います。それに、借金といっても、浪費癖やギャンブルで作ったわけではなく、教育費用なので、私だったら投資と考えるけれど、金銭に関する価値観はガチガチ中国人のZhaoにはそういう理論は通用しませんでした。こういう生まれ持った根本的な文化的価値観は変わらないと実感しました。私はジェイコブとフェイスブックのアカウント交換しましたが、彼のアップデートを見る限り、シカゴで着実に音楽関係のキャリアを積んでるようだし、バルクアップしてムチムチ度も増しててモテ筋ゲイって感じで、逃した魚は大きいよ、とZhaoには言いたい気分です。(言ってないけど。)

 

その後Zhaoはこのブログで時々エピソードにも書いている通り、いろんな男と一夜限りの関係や、数回ポッキリのデート、そして元夫M君とのセフレ関係になっちゃったとか、とマンハッタンのモテ筋ゲイのある種の典型的生活を送っています。

 

そんなZhaoが、先日共通のゲイ友主催のハッピーアワーに男を連れてきました。私の心の中の第一声「かわいい〜〜〜」。不動産会社勤務のジェームス(仮名)、年齢は40前半くらいでしょうか。Zhaoは50近いですが、アジア人典型の若見えなのでまあまあ釣り合ってるようには見えました。身長180センチのZhaoより少し低い背丈でややむっちり。ジムに通って鍛えまくっているというよりは、もともと体躯ががっしりしてる系で、Yシャツから僅かに覗くうっすら脂肪の乗った腹回りと、適度に盛り上がった胸板がセクシーでした。第2ボタンまで外した胸元からは胸毛がのぞいているのもポイント高いです。

 

ジェームスのイメージ。優しげで品のありそうなナイスガイ

 

うちの旦那も今の肥満体系になる前は、こんな感じだったな〜と懐かしく思いました。脂の乗ってるマンハッタンのビジネスマン的風貌で、Zhaoに紹介された時、思わず頭の先から靴先まで眺めてしまいました。喋り出したら結構オネェさん風の口調で若干肩透かしでしたが、私は、見た目やスペック的には今のZhao自身のゲイの市場価値で得られる上限レベルの男と判定しました。

 

この日はZhaoともジェームスともそれほど深い話はできず、後日Zhaoと2人で週末ブランチした時に、出会った経緯などを聞いてみました。10年以上ゲイ的活動をしていない私には、現役バリバリのZhaoとの話は数少ないマンハッタン・中年ゲイライフの情報源です。

 

冬に元夫のMくんとマッチングアプリで再び出会って、さらにやることやってしまった経験をきっかけに、出会い系アプリで会う男とは真剣交際に繋げるのは難しいと気がつき始めたみたいで、最近は、シングルのゲイばかりが参加する少人数の食事会に参加しているとのことです。

 

 

その食事会の仕組みですが、まずイベントのサイトに自分のプロフィールを登録して、簡単な心理テストを受けます。それに基づいて、マンハッタンのあちこちのレストランで開催されるランチやディナーの推薦リストが送られてきます。それを見て参加登録して、当日参加するだけというもの。一応、会員サイトの中で当日どんな人が来るかはわかるようです。上限が6人程度なので、その回に参加した人とは全員と話せるのがメリットです。心理テストを受けるということは、性格が合いそうな人が集まるようなアルゴリズムが機能しているのかもしれません。人種を答える質問もあるそうなので、どの程度精度が高いかはわからないけれど、アジア人に全く興味のない白人の参加者ばかりのディナーがリストに入ってくることもないような気がします。下の写真、生成AIだとは思いますが、中年以上の平均的なゲイをフィーチャーしている様子が伺えます。

 

 

マンハッタンで一人暮らしする中年ゲイにとって、人工的にでも出会う機会があることはいいことだと思います。出会いを求めてバーやクラブに行くのは嫌だけど、誰かが仕切ってくれる食事会なら行ってもいいかも、と思う中年ゲイは多いと思います。サイトのプロフィールでは、顔出しするかしないかチョイスできるようです。以下、Zhaoが共有してくれたサイトのリンクとスクショを貼っておきます。こういうサービス、以前は管理者を介して成立していたけれど、基本AIベースのようです。

 

 

 

Zhaoの話に戻って、このサイトに登録して参加したディナーでジェームスに会ったそうです。その日は、好みじゃない別のゲイが2人の間に座っていて、ジェームスに話しかける機会は少なかったけれど、ディナーが終わって最寄りの地下鉄の駅まで歩くときに、アプローチしたそうです。本当はZhaoは別の地下鉄路線だったけれど、ジェームスについて行ったようです。さすが男ハンターZhao。マンハッタンの地下鉄は、時間内や路線によって20分くらい電車が来ないことがあるのですが、この時もなかなか電車が来なかったそうで、それが幸いして電車待ってる間に、食事会の最中には話さなかった分、2人だけで会話ができたんですね。

 

それ以降3回くらいデートして、それで先週のハッピーアワーで、私含め他のゲイ友にお披露目したという経緯です。もうやることはやったのかとか、下世話な話も聞きたかったけれど、食事会について色々聞いている間に時間が過ぎてしまい、ジェームスのことについては根掘り葉掘りのゲイトークはできませんでした。

 

この日のZhaoは少し落ち着いてる気がしました。いつものように、相手の粗を探し始めて単に冷めはじめたのか、それとも真面目に育んでいきたいと思っているのかは見極めできませんでした。でも、Zhao曰く、ジェームスの職業、住んでるところから推定できる収入、出身大学など、スペック的には申し分ないようなので、これで性格もマッチするなら、Zhaoもそろそろ年貢の納め時、ジェームスと真剣に交際を考えたほうがいいなと思いながら、ブランチから帰ってきました。

 

果たして、このブログでZhaoの真剣交際、そしてめでたく婚活が成就する日は来るのか?将来のアップデートを楽しみにしていてください。

 

最後に余談ですが、この日行ったブルックリン・ダンボ地区の某レストランの値上げぶりにびっくり。昔Zhaoが住んでた近所のお気に入りで、今もたまにこうして通っていますが、コロナ終わった直後に食べた16ドルのコブサラダ(Cobb salad)がなんと28ドルもしました。超右肩上がりの値上げです。ドリンク頼んで、チップ入れたらゆうに50ドル越えになってしまいます。Zhaoは気取らない男なので、こちらも気にすることなくソフトドリンクもワインも頼まず水で我慢しました。

 

Zhaoのリクエストで久々にブルックリンまで遠征

 

このCobb Salad、昔は16ドルだったのに今は28ドル!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ数年、ニューヨークのインテリア好きやコレクターの間で、日本の現代陶芸への関心が確実に高まっています。ギャラリーやアートフェアだけでなく、例えば友人のアパートやコンドミニアムのリビングやダイニングにも、一点物の器や花瓶がさりげなく置かれている光景をよく見かけるようになりました。昨今の日本ブームに相まって、量産品にはない「手の跡」や「不完全さ」への憧れが、ミニマルで均質になりがちなマンハッタンの住空間に、有機的な温もりを与えているのだと思います。

 

先週末、現代日本陶芸の収集と普及活動をしているコレクターさんの家で開かれた、日本の若手陶芸家作品のお披露目会に招待されました。場所はマンハッタン・ミッドタウン某所。

 

 

 

こういうところに行くと往々にして日本領事館の文化班の人とか、生花のNY支部の先生とか、なんとなくその「界隈」の日本人に出くわすことが多いのですが、このレセプションでは、日本人は見かけませんでした。あるお爺さんが私を見るや否や日本人だとわかり、英語アクセントのない完璧な日本語で話しかけてきました。後で聞いたらこの方はこちらの大学の有名な日本研究者だそうです。また、そのほかにも日本通のアメリカ人が集まっていて、白人同士が日本語で話してる光景も初めて見ました。

 

あまり陶芸に詳しくな私ですが、こんな世界もあるんだ〜と感心。まさに日本人が知らない日本です。集められた作品類もまるで現代美術を扱う高級ギャラリーや美術館にあるような作品ばかり。数枚写真を撮ったので共有させていただきます。

 

 

まず一枚目の写真は、面取りされた背の高い白磁の花瓶で、鷺のような水鳥と枝花が繊細な線描と淡い色彩で描かれています。伝統的な花鳥画のモチーフを、あえて直線的でシャープなシルエットの器形に落とし込んでいる点が興味深いところです。古典的な絵付けの技法を継承しながら、フォルムそのものは驚くほどモダンで、玄関先やコンソールの上に置かれるだけで空間全体が引き締まる存在感を放っていました。こうした「伝統技術×現代的な造形」の組み合わせこそ、ニューヨークのコレクターが日本陶芸に惹きつけられる大きな理由の一つだと言えるでしょう。こういう作品は、日本ではあまり人気がないのだそうです。

 

 

二枚目の写真は、うねるような不規則な輪郭を持つ大鉢で、外側には淡いブルーの筆致が走り、内側には銀箔のような質感の釉薬が施されています。左右非対称のフォルムと、金属光沢のある内側の対比が、まるで自然の岩や貝殻を思わせます。このような「完璧な円ではない器」への評価は、日本陶芸ならではの美意識——いわゆる「用の美」や、あえて歪みや揺らぎを残す作陶姿勢——がニューヨークの審美眼にも自然に受け入れられていることを示しています。この鉢は、単なる器としてではなく、一つの彫刻作品として扱われていました。

 

 

三枚目の写真では、緑と茶褐色が溶け合うような釉薬の上に、金継ぎを思わせる金色の線が縦横に走る大胆な器を、持ち主が両手で持ち上げて見せてくださいました。ひび割れたようなテクスチャーと金の装飾が、破損と修復の美学である金継ぎの精神を、あえて最初から造形に組み込んだような印象を与えます。実際に割れた器を直したものではなく、その「割れと再生」の物語性そのものをデザインに昇華させている点が、非常に現代的です。ニューヨークの富裕層の間では、こうした「ストーリーを持つ器」が、単なる装飾品を超えて会話のきっかけとなる存在として重宝されています。

 

ホストのコレクターさんはワインとかスナックを用意してくれていたようですが、作品の紹介に熱心で、なかなかサーブしてくれませんでした。総勢15人くらいの参加者でしたが、みなさん真剣に作品を眺めていて、食い意地を張っているのは私くらいでした。

 

器の後ろのチェリーパイ、食べたいな、とずっと思ってた(笑)

 

前衛的な重箱風の器

 

こうした流行を語る上で欠かせないのが、実際にニューヨークで日本陶芸の紹介と収集を牽引してきた人たちです。この日のホストの方もそうですが、他に有名どころでは、Joan B Mirviss氏は日本美術を専門に扱うディーラーとして半世紀近いキャリアを持ち、欧米における近現代日本陶芸というジャンルそのものを切り拓いた先駆的な存在として知られています。彼女はアジア・ウィーク・ニューヨークの共同創設者でもあり、世界60以上の美術館のクライアントを持つなど、この分野の礎を築いてきました。またBeatrice Changは日本・中国陶芸の分野で著名な専門家で、メトロポリタン美術館をはじめとする世界の美術館コレクションに重要な作品をもたらしてきました。

 

個人コレクターとしては、ブルックリンの自邸を日本陶芸で埋め尽くし、その熱狂ぶりが「王族をもブルックリンに引き寄せる」としてニューヨーク・タイムズに取り上げられたSteven Korff氏のような存在も、この流行を象徴する人物と言えるでしょう。ギャラリストと個人コレクター双方の情熱が重なり合うことで、日本現代陶芸はニューヨークのアートシーンに確かな居場所を築いてきたのです。

 

 

この流行の背景には、いくつかの要因が重なっています。一つは、パンデミック以降に加速した「本物志向」の高まりです。大量生産のインテリアに飽きた層が、作家の手仕事や制作背景に価値を見出すようになりました。もう一つは、日本の陶芸家自身がSNSや国際的なアートフェアを通じて世界に発信しやすくなったことです。さらに、先に挙げたようなニューヨークのギャラリーやディーラーが積極的に日本人作家を紹介し、価格帯も幅広く設定することで、若いコレクターから邸宅を構えるベテラン収集家まで、間口を広げている点も大きいと思います。

 

今後もこの流れは、単なる一過性のトレンドではなく、ニューヨークのインテリア文化に根付いていくと感じています。今回紹介したような、伝統的なモチーフを現代的な造形で再解釈した花瓶、非対称で有機的な鉢、そして金継ぎの美学を内包した彫刻的な器——それぞれが異なるアプローチながら、共通して「日本ならではの手仕事と美意識」を宿しています。

 

日本に一度も行ったことがないけれど、日本の絵画やアート作品を収集しているという方が結構いて、面白いなとも思いました。それは、もしかすると日本的芸術の普遍性を意味するのかもしれません。そうした背景で、アメリカの住空間において、こうした器がただの飾りではなく、暮らしそのものを豊かにする存在として選ばれているのだと思っています。

 

 

某所で夜な夜なひかられる現代陶芸の夕べ