心が病みそうな時、どうぞ何時でも何でもご用命ください。

 

ずっと心がお病みなら生涯、

 

仕えさせていただきます。

 

 

 

涙は台所の銀ボールで受け止めます。

 

満杯になりましたら、

 

野菜の水切りカゴを使います。

 

 

 

どうぞ愚痴はテレビの前で。

 

こちらは馬鹿なバラエティやスキャンダルを話します。

 

どうぞ貶してくださいまし。

 

 

 

ついでに見た目だけのサイクロン掃除機の通販も流します。

 

中身はないですがお得感だけはありますよ。

 

気分が向上します。

 

 

 

嫉妬は相手を嘲笑うまでの準備期間です。

 

掃除機をかけながら後で気持ちよくなる様に目一杯、鬱憤を募らせておきましょう。

 

人の不幸は蜜の味です。一度味わうと生涯忘れることのできない薬ですよ。

 

 

 

怒りは自己防衛の為にとても大切なことです。

 

自宅の物品を壊してもほぼ罪にはなりません。

 

沢山壊しましょう。スッキリしますよ。

 

 

 

たまには色もあっていいではないですか。

 

若い男・女は掃いて捨てるほどいます。

 

彼らの人生を彩ってやりましょう。

 

 

 

疲れましたらお菓子を食べましょう。

 

チョコレートなどは脳への直接的な栄養素です。

 

太ると言われていますが、頭を使って動いていれば大丈夫です。

 

 

 

考えるのをやめましょう。

 

ずっと横になってたっていいのです。

 

理由が必要であれば私が病気を連れてきます。

 

 

 

愛!?

 

そんな私らを殺すような言葉は謹んで頂きたい。

 

そんな物は存在しません。

 

貴方がたにとっても只の毒でしょう。

 

 

 

私ですか?

 

貴方には何に見えますかね………。

 

悪魔ではありませんよ。

 

 

 

 

 

 

私の名前は罪です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえねえ、スイカ食べるよね?

 

食べないよ。

 

 

 

どうして?

 

果汁がシャツに飛ぶだろうが。

 

 

 

ふーん。あ、それ、線香、消えてるよ。

 

ああ。ライターはどこだ?

 

 

 

香炉の下の引き出し。それよりさ、プール連れてってよ。

 

行くわけないだろ、スーツ着てんだぞ。そもそも線香立て過ぎ。まとめろよ。

 

 

 

今日、帰っちゃうんだ?

 

お前と違って休みがないんだよ。

 

 

 

スイカ食べてないの、お兄だけだよ。持ってこようか?

 

いらないから。

 

 

 

 

 

………ふーん。

 

 

 

 

 

仏間から見える階段の手すりで、妹の結菜が身を乗り出して笑っていた。

 

日に焼けた肌で、アイスの棒を咥えて。

 

 

 

俺がスイカを食べないのを分かっているのに、いつもいつも、聞いてくる。

 

お盆に線香をあげに帰って来る度に。

 

 

 

生きていればもう22歳になるか。

 

だけどあの日からずっと小学生の姿のままだ。

 

 

 

結菜はいつまで俺をからかうのだろう。

 

こんな歪な関係をずっと続けてゆきたいのか。

 

それとも何かをして欲しいのか。

 

 

結菜は階段から身を乗り出して、鼻歌交じりに俺の方を見て笑っている。

 

 

 

 

 

ねえねえ、そこのお菓子たべていいのかな?

 

………。

 

 

 

 

 

本当は分かっている。

 

結菜がいつまでも俺をからかうのは、俺がスイカを食べないからだ。

 

そして線香に火をつけないからだ。

 

 

 

坊さんが言うには、死者は良い香り、香りそのものを食べるらしい。

 

そしてまた、線香はあの世への道標になるんだと。

 

 

本当かよ。

 

 

 

だけど、だからこそ俺は結菜に線香をあげず、

 

その代わりに自分もスイカを食わないのだろう。

 

 

 

それはもしスイカを食べてしまったら、

 

結菜はもう、俺をからかってくれないのかも知れないと思うからだ。

 

 

 

それが寂しくて、やりきれなくて、もう10年も断り続けてきた。

 

 

 

 

 

故人の死を受け入れるなんて、自分たちの一方的な感情ではないのだろうか。

 

故人だって自分を受け入れて欲しいから、ずっとからかってくるんじゃないのか。

 

 

 

 

 

そう思って炊いた線香は、僅かな火花を散らして白い香りへと変わった。

 

 

 

 

 

ねえねえ、スイカ、ほんとにいらないの?

 

………いや、食うよ。でも塩はいらないから。

 

 

 

 

 

結菜はニッコリとして、階段を駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(2025/07/26加筆)

 

 

 

 

んーんんん♪

 

 

真夏の公園のベンチ。

その木陰で僕はアイスを食べていた。

暑すぎて他に誰もいない。

 

 

セミだけが鳴く、静寂。

 

ああ、

 

木漏れ日だな。入道雲、澄み渡った青空。少し温めの通り風。

 

 

美しい。1年で1番美しい景色だ。

アイスがとけるのが残念だけど。

 

 

娘と嫁が自転車でやってきた。

娘は元気だ。

 

 

「おじさん、プール終わったよー!」

「加奈、お父さんって言いなさい」

 

「うんうん。わかってる。見て見て~」

娘は後ろから私に抱きついてきて、判子が押されたプールの出席表を見せてきた。

 

 

「………1度も休みがないね。すごいね」

この子は褒められると伸びる。

「やったー!でしょう!すごいんだから!ねー!………でも暑い~早く帰ろうよ~」

 

 

「こんな所で何してたの?あなた」

「いや………アイスを食べていた」

「帰りましょ。自転車は後で私が取りに来るから」

 

 

三人で手をつないで公園を出ようとした時、僕はふとベンチを振り返った。

そこには昔の僕が座っていた。

 

 

彼の見る景色は美しかったろう。

 

 

でも………私達も、この血縁を超えた家族も、美しくはないか?

 

 

セミだけが鳴く、静寂。

公園のゴミ箱にはアイスの「当たり棒」が入っていた。

 

 

んーんんん♪

 

 

穏やかで静かで尊い、娘との昼寝。

 

んーん………

眠たぃ

 

 

 

 

(2025/07/23加筆)

 

 

古いレコードを整理していたら

 

君が好きなレコードがでてきた

 

僕はそれを聞くことが怖くて

 

随分と据え置いた

 

 

 

夏が来て

 

あって無いような秋が過ぎ

 

全てが縮こまる夜を越えて

 

また春が来た

 

 

 

生き物たちが人生の讃歌を唄っているところ

 

僕も遅れまじと急いで起き上がるが

 

その頃にはもう、夏の緑が燃え盛っていた

 

 

 

だから君の好きなレコードを

 

誰もいない、まっ昼間の田園の、ど真ん中でかけてみた

 

人間の耳はすごい

 

蝉の声は不思議と聞こえなくなった

 

 

 

僕もこんな場所でこんな曲を聴くとは思わなんだが

 

でもまあ、とどのつまり

 

 

 

救いとは

 

本人以外には分かりづらく

 

それでいて他者を温めるものなのか

 

 

 

救いなんて本当にあるのか

 

でも太陽がひつこく、ひつこく、

 

この、ちじこまった背中を焦らしてくる

 

暑いだろう?じゃあ前へ前へと進めと

 

 

 

またいつかこのレコードを聴こうか

 

そのころにはこの膝に、新しい生命が乗っかっているのかもしれない

 

そしてこの古いレコードはずっと回り続けているのだろう

 

 

 

そうそれは

 

 

 

お前はお前でいいんだよと

 

 

 

奏でている

 

 

 

 

 

 

 

 

そっちでも酒は売っているのかな。

 

と言っても僕はそっち側なんて信じていないから、

 

どっちでもいいのだけど。

 

 

 

ただ酒を飲んでこのような感傷的な歌を聞いた時、やっぱり君を思い出す。

 

亡くなった友に乾杯する歌とかね。

 

 

 

君はそこそこ名の知れた小説の賞をとって、

 

その賞金も使わないうちに?

 

持病の薬を飲んで酒を飲んで。

 

 

 

コンビニに行く途中、歩道に頭をぶつけ、いとも簡単に逝ってしまった。

 

ばかのきわみ。一緒にいた13年が空にふわふわと消えた。

 

 

 

今、僕の背後に君が、居ないとは分かってる。

 

そっち側なんて信じていないし。

 

 

 

でもこんな感傷的な歌を聞くとね、

 

僕は情けなく泣いてしまうんだ。

 

 

 

 

 

 

ここにいてほしかった君に乾杯しよう


お酒がすべての記憶を思い出させるから


僕たちが乗り越えてきたすべての思い出を

 


今日ここにいる皆に乾杯

 

今日までに失ってしまった人たちに乾杯


お酒が思い出させるから

 


思い出が君を連れ戻すから

 

痛みを知らなかった日々、

 

永遠を信じていた日々があった

 

 

ここにいるみんな、

 

ここにいてほしかった君に乾杯しよう

 

お酒がすべての記憶を思い出させるから

 

 

僕たちが乗り越えてきたすべての思い出を

 

 

 

 

(動画・歌詞お借りしました。イラストは自作です)

 




どこか遠くの海です。

 

嵐とさざ波が繰り返されます。

 

そこに棲む生き物たちに話を聞いてみました。

 

 

 

 

 

嵐の時はどうしていますか?

 

 

サメさん:ヒレが出せないが、特に問題はない。

 

クジラさん:そんな時もある。特に問題はないよ。

 

サンマさん:皆がはぐれないよう、声を掛け合って乗り越えています。

 

チンアナゴさん:どこかに飛ばされそうで怖くてたまらない。

 

人間みたいな魚さん:まず自分が誰だか分からない。

 

稚魚ちゃん:あうあう。

 

 

 

 

 

さざ波の時はどうしていますか?

 

 

サメさん:ヒレが出せる。

 

クジラさん:水面を飛び跳ねている。ここに生まれて幸運だったよ。

 

サンマさん:出産と育児、エサの確保に努めます。

 

チンアナゴさん:パチンコに行きます。

 

人間みたいな魚さん:まずここがどこだか分からない。

 

稚魚ちゃん:ばぶー。

 

 

 

 

 

陸はどんな所だと思いますか?

 

 

サメさん:腹減った。

 

クジラさん:ここと大して変わらない。身体が重くなるだけだよ。

 

サンマさん:それは人間に獲られるという事です。覚悟をする場所です。

 

チンアナゴさん:考えたくない(´;ω;`)ブワッ

 

人間みたいな魚さん:あなた誰ですか?

 

稚魚ちゃん:まーま、ぱーぱ。

 

 

 

 

 

私は誰だと思いますか?

 

 

サメさん:寝る。

 

クジラさん:貴方も泳ぐ生き物ですよ。

 

サンマさん:神様でしょうか。

 

チンアナゴさん:助けてください!

 

人間みたいな魚さん:人間でも魚でもないのなら、心なんて要らなかった。

 

稚魚ちゃん:きゃっきゃ。

 

 

 

 

 

どこか遠くの海がありました。

 

嵐とさざ波が繰り返されます。

 

生き物達のヒレはみな、形は違えど精一杯動き続けます。

 

 

 

きっと、それだけで海は美しいのでしょう。

 

 

 

 

 

今日はとてもいい天気でした。

 

 

 

 

 

 

(2025/07/21加筆)

 

 

 

image

 

ある くじら の むれ に

 

まっしろな くじら が うまれました

 

このように まっしろに うまれた どうぶつ を

 

せけん では あるびの と いいます

 

 

 

にんげん にも らいおん にも へび にも います

 

くじらの むれ は この あるびのくじら を

 

いっさい さべつ しませんでした

 

ほかの くじらの こども と おなじように

 

あいじょう を そそいで そだてました

 

 

 

しかし ひとつ だけ もんだい が あったのです

 

この あるびのくじら は みんなと おなじよう に

 

あいじょう を うけたのにも かかわらず

 

せいかく が わるかった の です

 

 

 

さいしょ は みんな がまん しました

 

ほかの くじら と かわらない あつかい を しました

 

でも その せいかくの わるい あるびのくじら は

 

そのうち みんな から きらわれ はじめました

 

これは じぶん でも しょうがない と かれ は おもいました

 

 

 

そして あるひ あるびのくじら は むれ を とびだしたのです

 

むれ を きにしない じゆう な およぎ は

 

かれ の こころ を みたしました

 

からだ も あるびの も せいしん も うみ で いちばん じゆう でした

 

しかし あるとき あいつ が やってきました

 

 

 

だいおういか です これは たたかわず には すみませんでした

 

だいおういか は こんな おおきい あるびのくじら を

 

おそう くらい ですから

 

とても つよかったのです だいおういか は ぎしぎし と

 

あるびのくじら を しめつけましたが

 

あるびのくじら は その あし を がりがり と かんで

 

なんとか げきたい しました

 

 

 

あるびのくじら は とても つかれました

 

そして すこし ねむり に つきました

 

しかし その あいだ に うみのながれ を

 

みうしなって しまったの です

 

 

 

あるびのくじら は なんとかしよう と しましたが

 

うみのながれ は みつからず

 

とうとう すなはま へ うちあげられて しまいました

 

 

 

もう こうなったら だれも すくえません

 

おおきな しょべるかー  が きても もちあげること すら できません

 

あるびのくじら は もう いしき が とおく なって いました

 

 

 

こうなったの は あるびのくじら の せい です

 

かれ が かって に むれ を はなれ だいおういか に つかまり

 

うみのながれ を みうしなったからです

 

 

 

にんげん たち は みんなで あるびのくじら に ばけつ で

 

みず を かけて くれました

 

しかし それは もう あまり いみ が ありませんでした

 

 

 

ちいさな おとこのこ が あるびのくじら の

 

めのたま に みず を かけました

 

そのすがた は まるで ないている ようでした

 

 

 

しかし さいご の さいご まで あるびのくじら は

 

はんせい を しませんでした

 

 

 

なぜか

 

 

 

 

 

どうとく は だれ が きめる?

 

 

 

 

 

あるびのくじら は そっと め を とじました

 

 

 

 

 

 

 

(2025/7/20加筆)

 

 

 

 

天気がえーなー

 

洗濯物干したが 夕方から雨らしい

 

かみさま 宇宙なんてリコールしていいっすかね

 

 

 

そんな自己評価において つまらぬ人生のあたし主演女優賞ビバ

 

カンヌベルリン、おすかー?アカでミーはやだな安っぽい 

 

しかしそのいづれも逃すであろう 伝説のじょゆーSighあたし

 

 

 

だって変態だもの 考えが なので

 

 

 

キミの脳汁を舐めたい イヤむしろ飲みたい

 

 

 

キミの魂のコアが比喩が この世界に反応する全てにおいてあたしは勝りたい

 

このクそッタレのエデンで キミが体感する全ての快楽の総量を あたしが上回ってねじ伏せたい

 

総量は無量 送料は無料

 

 

 

愛すべき凶暴な純粋

 

スピノサウルス の キミ

 

 

 

※スピノサウルス………ティラノサウルスより強いんだって。

 

 

 

キミのマスターベーション、時の賢者、宇宙との癒着をあたしは公然と否定したい

 

ちょっと、ちょっとー?あたしの彼氏でマスタベやめてもらえます?ポイント還元しますー?

 

 

 

あたしの彼氏を舐めて壊して生かして殺して征服する権利はあたしにしかないと

 

エロヒムたちが言ってました、ああ、うそです あ、そいやエロヒムは複数形だった、まあもう、エロでいっか

 

おいエロよ 命令だあたしたちを祝福しろしてください

 

 

 

 

※エロヒム………旧約聖書でたびたび用いられる神の複数形。

 

 

 

そして古代シュメール、アッカド神話。そこではアナンヌキと呼ばれてますね、

 

神々の議会を招集し、人類を安価な労働力として永遠に働かせます。

 

………アーソウ。

 

働き方改革を2000年以上も前にやっていらしたとは。

 

 

 

あー

 

また話が逸れた、いや、とにもかくにもキミを骨の髄までしゃぶりつくし、死ぬことも許さず愛し続け支配し 大法院最終判決 適応していいのはあたしのみ

 

 

邪魔をするな、この現代的な失楽園を、ミルトンよ、もう一度筆をとれ わたし達を射精しろ ちがう写生、いやミルトンは詩人だった

 

 

 

※ミルトン………16世紀イギリスの詩人。アダムとイブのエデンからの追放を、自分なりにウニャウニャして本にした。→敬意を持って

 

 

 

また逸れたよ、いや、あたしがキミを征服して蹂躙して 愛を持って重箱の隅をつついて

 

その熱量のお返しに キミがあたしを支配し痛みを与え 360度周って快感に変換し

 

いつのまにか魂の法要をされる いやちが、魂の抱擁をされる いやもう性の豊穣でいい

 

 

 

愛すべき凶暴な純粋

 

スピノサウルス の キミ

 

 

 

なんだ君は私の神か 神なのか??

 

なーんつてててって課題提出日当日にSNSの下書きに うっかり書いてしまったような

 

厨二病的ポエリズムが耳の中で死んで

 

 

 

だからキミの脳汁を吸わせてくれよ

 

直接がいやなら文字を介してで構わない

 

キミの脳汁、キミの優しさ、キミの気高さ、残酷な友愛、無責任な許しを、

 

 

 

味あわせて下さい

 

あたしを蹴って、撫でて、舐めて、感動させて、

 

この第3土曜の午後にワンルームマンションのベランダで腕を組んで ため息をつかせてよ

 

あたしのエゴイズムが、マスターベーションが、

 

 

 

そしてアガペーが、

 

 

 

あんたのためだけに存在しているんだと証明するために

 

 

 

愛すべき凶暴な純粋

 

スピノサウルス の キミ

 

何の悪意もなくあたしを食い散らかす

 

 

 

だから

 

 

 

あたしはこの

 

夕方から雨が降る

 

その前の

 

 

 

不確かな第3土曜の午後のワンルームのベランダから

 

 

 

あんたを想って

 

 

 

そっと、ため息をつくんだ。

 

 

 

 

(2025/07/18加筆)


 

前編

 

 

後編

 

 

中学3年の佑樹は学校に通っていなかった。

もうかれこれ1年以上、ひきこもっている。

 

 

父は佑樹に無言の圧力をかけ、母はいとも簡単に涙する。

その中で唯一、理解者でいてくれた曽祖父は亡くなってしまった。

 

 

曽祖父は商売でアメリカに渡り、大戦時には日本人収容所に捕らえられながらも、激動の時代を生き抜いた。

その姿は佑樹にとって英雄そのものだった。

 

 

しかし佑樹は曽祖父の様にはなれなかった。

学校という鬱屈とした小さな世界で、無作為に選ばれた生贄に対し、いつまでも行われるイジメという断罪。

 

 

多くは誰も気づかない。

 

 

両親が曽祖父のガレージで遺品の整理を始めた。

埃だらけの日曜大工の木材・工具を取り除くと、数箱のダンボールしか残らなかった。

 

 

曽祖父と過ごした、足の踏み場もなかった聖域。

あんなにも凝縮された世界があったのに、残ったのはこれだけ??

 

 

佑樹は心がすーっと床へ堕ちてゆく感覚がした。

糸が切れるように真夜中のガレージに座り込んだ。

 

 

目の前の小さな木材を拾い上げ、木目を覗き込んだ。

 

その親指ほどの木片は半分が焦げていた。

表と裏では色が違うだけだった。しかしそれで人生が決まる。

そしてどちらの色でも味方がいる。

 

自分の隣には誰もいない。

 

 

………そのみじめな視線の先に、見覚えのない機械があった。

側には一枚の円盤があった。

 

 

円盤の入れ物には、

 

『 What a wonderful world 』

(この素晴らしき世界)

 

と書いてあった。

 

佑樹は、ああ、あれかと思った。

しかしそれをレコードプレイヤーにかけてみた。

 

 

 

青い空がみえる 白い雲も

   明るく祝福された日 暗い神聖な夜

 

そしてひとり思う

   なんて素晴らしい世界だろう

 

空にかかった虹が何とも美しい

   行き交う人々の顔もまるでそんな感じさ

 

ほら、友人たちが握手して

   「ご機嫌いかが」って言っている

 

でも彼らは本当は心の中でこう思っているんだ

   「愛してる」って

 

 

 

佑樹はレコードが終わってもじっとしていた。

ジジジという小さなノイズと円盤が回る音だけが聞こえた。

 

 

曽祖父たちは収容所で何を感じたか。何を奪われたか。

 

 

それが『誇り』であったことを、佑樹は痛いほど理解していた。

しかし曽祖父たちは皆で協力し合いそれを取り戻した。

 

 

自分の隣には誰もいない。

一人だ。

独り。

個だ。

 

 

 

………レコードをケースに収める時、中から一枚の紙が滑り落ちた。

 

その古い紙には英語で、『 貸出しカード 』と書かれていた。

裏返してみると、一番上に英語でこう書かれている。

 

 

 

『 この世界は素晴らしいか? 闘う価値があるか!? 』

 

 ビリー・ジョン・ルイス

  1975.4.30

 

 

 

その下にはたくさんの文字が並んでいた。

 

 

 

yes.

 

yes.

 

Yes!!

 

もちろん!

 

yes.

 

예.

 

This place is amazing place!

 

예.

 

是。

 

Yes!

 

只有一次!

 

Of course.

 

예.

 

うん。

 

是。

 

Yes!!

 

勿论。

 

Il mondo è qui!

 

Svět je tady!

 

是!

 

Yes!!

 

싸움의 끝에 자유가있다.

 

yes.yes!!

 

Yes!

 

ある。

 

 


最後の文字は曽祖父のものだった。

 

 

 

佑樹は自分がひとつの線の上に立っているように感じた。

そして『誇り』がどこから生まれてくるのかを理解した。

 

それは、決して自分は、一人で闘っているのではないのだということ。

 

 

 

この素晴らしき、

素晴らしき、


………。

 

 

 

 

 

数年後、とある大きな図書館の一角で、一人の少女が古いレコードを手に取った。

 

 

 

そこから一枚の古い紙が滑り落ちた。

 

 

 

 

詞、楽曲、アルバムジャケット等お借りしました。

 

 

 

 

 

黒人の少年ビリー・ジョン・ルイスはハイスクールに通っていなかった。

それは分かり易いほどビリーの家庭が乱れていたからだ。

そしてビリー自身がヘロイン中毒であったからだ。

 

 

ある日、ビリーの暴力的な父は麻薬の売買で捕まった。

ビリーは母親など見た事がない。親父の女だけだ。

 

 

アパートは家賃滞納で錠がつけられた。

行く所がなくなった。というか、そもそも何処にも行く気がなかった。

親戚など疎遠だしヘロイン中毒など受け入れてはくれない。

 

 

だから盗む。生きるためにはなく薬物で身体を殺すために。

それしかできないから中毒者なのだ。

その晩はある高級車のバッテリーボックスを盗んだ。

いくらかにはなった。

 

 

ヘロインを使用している間だけは全てから救われる。

神に抱かれてると言っても過言ではない。

 

しかしその数時間の後は、地獄だ。

風が吹いただけで体中が痛い。

暑いのか寒いのかわからない。

思考が壊れる。

 

 

ある晩、ビリーはゴミ捨て場でレコードプレーヤーを拾った。

それと一緒に笑った黒人がカバーのレコードもあった。

 

 

売りに行こうとしたが、もう買取屋は閉まってる。

ホテル(ストリートキッズが不法侵入してるあばら屋)に帰っても、

手ぶらというかレコードだけなんで1番偉そうにしてるキーファーに殴られる。

本当は宿泊代の代わりに小銭を献上しなければならないから。

 

 

ビリーは路地裏に座り込んで空を見ながらぼーっとしていた。

自分がおかしいのかどうかは分からなかったが

空はコールタールの様に真っ黒だった。

そのうち禁断症状がくる。

 

 

ビリーはふとレコードをかけてみようと思った。

表の酒屋から電源を盗んだ。

 

 

 

レコードには

 

『What a wonderful world』

(この素晴らしき世界)

 

と書いてあった。ああ、あれか。と、ビリーは思った。

貸し出しカードが入っていたが何も書かれていなかった。

 

 

青い空がみえる 白い雲も

   明るく祝福された日 暗い神聖な夜

 

そしてひとり思う

   なんて素晴らしい世界だろう

 

 

空にかかった虹が何とも美しい

   行き交う人々の顔もまるでそんな感じさ

 

ほら、友人たちが握手して

   「ご機嫌いかが」って言っている

 

でも彼らは本当は心の中でこう思っているんだ

   「愛してる」って

 

 

ビリーはレコードプレーヤーを蹴った。

「んなことあるわけないだろ」

 

 

赤ちゃんたちの泣き声が聞こえる

   彼らの成長を見守ろう

      彼らは私よりも、もっとたくさんのことを学ぶだろうから

 

 

そしてまたひとり思うんだ

   なんて素晴らしい世界だろうって

 

 

ひとり思うんだ

   なんて素晴らしい世界だろう

 

 

 

ビリーは知っていた。

 

 

 

ベトナムでは兵士や民間人が何百万人も消えてゆく。

そしてアメリカ本土でもまだ黒人差別は無くならず、バスでも白人用の席と黒人用の席の垣根が無くなって、まだ自分の歳の年月も経たない。

 

 

子供でも簡単に手に入ってしまうドラッグ。

危険性も分からず手をつけ、辛さの中でより酷い辛さを味わう。

職業にも希望は持てず、まだまだ腫れ物扱いの自分達。

 

 

勇敢な黒人の人権運動の牧師は殺された。

そしてビリーの兄もベトナムから帰って来なくなった。

 

 

そこで「この素晴らしき世界」?何を言っているんだ?

残酷で、汚くて、怖くて、救いのない世界じゃないか。

 

 

………でもその黒人はその時代の中で笑顔を浮かべて歌う。

「この素晴らしき世界」と。

それがどれほど勇気のいる事か。どれほどの想いをこめた事か。

どれほどの覚悟がいることか。

 

 

ビリーは感じた。

 

 

日中の戦闘が終わり戦場に掘られた塹壕の中で、もう動けなくなる兵士がこの歌を聞いたら?

 

怒るか?

 

いや、涙が出るだろう。

 

 

ビリーは一晩中ずっと下を向いていた。

そして朝を迎え震えながら更生施設へ行った。

 

きれいなロビーの受付でボロボロのサンダルを履いたまま

ビリーは自分が盗人である事とヘロイン常習者だと言うことを伝えた。

 

 

ビリーにとってそこは終着駅だった。

 

 

診察室に呼ばれた。医師が微笑みながら言った。

「頑張ったね」

ビリーは自分は何もできてないと思った。

 

 

「………君はね、自分の足でここにきた。それはね、この世界全てが光で包まれるぐらい、素晴らしく大きなことをしたんだよ。君ならできる。一緒に進もう」

 

 

ビリーは歯を食いしばった。

「治療は辛い。死にたくなる時もある。でも大丈夫。私が君を治す」

 

 

そしてビリーはあてがわれた自分の部屋に入っていった。

 

 

 

その後のビリーはどうなったか。

それは分からない。

 

 

 

しかし路地裏のレコードプレーヤーはもう消えていた。

そしてその路地裏の空は、気持ちいいほど真っ青だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詞、楽曲、アルバムジャケット等お借りしました。

 

 

(2025/7/15加筆)