戦争ものです。
短い小説、掌編です。

 

今回は(前)になりますニコニコ

 

 

………………………✂️………………………

 

 

 

1945年8月4日 大阪府八尾市

 

 

 

最後の一人まで闘えゆうんは、誰のことやろ。

 

南の戦地におる正造さんのことか。

それともこの平屋におる私のことか。

まさかまさか、疎開に出たユキのことか。

 

 

大和が沈んだと聞く。

東洋一、いや世界一の軍艦が?

どうやって??

 

 

みんなヒソヒソと、この戦争が少しも勝ってへんことを話しとる。

 

 

銀色の鳥が、私らの家をまたぐ。

菊の花は型押し、桜は散る。

 

 

私は毎日独り、この庭で洗濯板をこする。

義父義母の下着を、これでもかと、こする。

 

 

いつまでたっても何の答えも出やん。

 

 

闘うことはできるよ。

でもいつまで?

家族はいつ帰ってくる?

 

 

惨めな涙を堪えていると、代わりに生温い汗が乳房の間を滑ってく。

吸う息も吐く息も熱くて苦しくて、頭がぼんやりクラクラとする。

 

 

セミだけが鳴く、静寂。

人もトラックも飛行機も押し黙っとる。

 

 

主人のいない庭。

すり減った洗濯板。

 

お天道様はとうに固まってしもたみたい。

 

 

どうにも耐えられんようになって、首にかけた手ぬぐいを胸の中に突っ込んだとき、視界の先に軍服が見えた。

 

庭先の門に憲兵さんが立っておった。右手でうちの庭の向日葵をつついておった。

 

 

私はびっくりして、恥ずかしくて、はだけた胸をしまいこんで、憲兵さんは怖いから、もしかして怒られるんかと、色々と考えてはみたんやけど、焦るばかりで、とにもかくにも立ち上がり、声を出した。
 

 

「ご苦労さまです!」

「いえいえ、洗濯ですか。婦人には頭が下がりますな。我ら軍人にはそのような器用な者はおりませぬ(笑)」

 

 

「いえ………いえ、兵隊さんがおるから、私らの生活は成り立っております。だから私らは家を守らないけません。この平屋と家事が私らの戦場です」

 

 

隣組で聞いた言葉をそんまんま口に出してしもうた。

取ってつけたように聞こえたやろか?

 

 

「アハハ、ここが貴方の戦場と申しますか。………でも多分、貴方の様な方がたくさんが居れば、大日本帝国は負けんでしょう。そういえば………。午後からの天気はどうでしょうな。雨が降らんといいが」

 

 

この憲兵さんは青嵐みたいな澄んだ声をしてはる。

あの入道雲の上でクスクスと笑とるみたい。

 

 

「いえ、貴方の様な素敵な方と出会った日は必ず晴れます。憲兵さんにも優しい人がいはるんですね(笑)」

 

 

そうやってケラケラと笑う私らの影を、大きな鳥の影が飲み込んだ。

 

 

「あ………。警報は??」

「………。なーに。偵察機でしょう。市街の延焼具合を調べておるのです」

 

 

「………。憲兵さん。私は怖いです。火やなく、閉じていきそうな自分が………」

「なーに。………人の心というのは案外丈夫なものでしてな。そうそう枯れたりはしない。もし怖いものと言うのなら、それはこの向日葵の事ですよ。爆弾なんかよりよっぽど怖い(笑)」

 

 

「どういうことですか?」

「………またいつかお会いするかもしれませんな。どうもそんな気がしてならんのです。それではまた。ごきげんよう」

 

 

不覚にも私は、正造さんの出征式ではあんなに憎んだ軍服が、この人のものはキラキラと見えてしもうた。

 

 

 

空が蒼く、蒼く、私を呼びに来る。

 

 

戦地の正造さんは絶対に生きとる。

疎開先のユキも必ず元気に帰ってくる。

 

 

でも愛する人達みんな、今日ばかりはこの空に免じて、少しばかりの空想を許してもらえんやろか。

 

 

私も生きるのに必死。

いくらでも頑張るつもりやけど、いつまでなのかが分からん。

信じてはおるんやけど、いつも絶望と隣り合わせ。

みんなの事を想てるんか、自分の心を守てるだけなんか、よう分からんようになる。

 

 

だから今ちょっとだけ、心が軽くなってはあかんかな。ほんの半時の事やねんけど。

 

 

私は平屋の奥に入り、箪笥を開けて洋服を手にとったが、

着替えるまではせえへんかった。

 

 

そして少し熱を持った顔で、仏壇の前を小走りで抜けた。

縁側で横になり、風鈴の音に耳を傾けた。
 

 

高い高い音色。

チリン……

………。

 

 

かっこええ人やったな。

軍服がキラキラとしとった。

青嵐みたいな澄んだ声……

 

 

青い、青い、空の色………。

チリリ………

 

 

ほんの刹那、私の影は鳥となったん。

 

 

明日からはまた洗濯板をこすり、この平屋で闘っていく。

いつ誰が帰ってきても、ホコリ一つ落ちてへん。

 

 

 

(後編へ)

 

 

 

 

(写真はAI生成です。2025/08/07加筆)

 

 

 

 

 

誰かが消えてしまいそうな時

 

ずっとそばで座っていられる人間になりたいが

いつしか見返りを求め迷走する

 

あの時のあの人が家族を築けたことが

とてもとても嬉しくて嬉しくて

 

しかし自分は虚しいこの先どんな風に生きていくのかわからず

ただ心の中に水でできた震える球体のようなものが浮かんでいて

 

やさしい重力に希望をはせている

 

 

 

あの人は今、どうしてしているのかな 当たり前の生活を取り戻せたのかな

 

何を考えているのかな あんな絶望を乗り越え母親になって

 

幸福なのかな もしそうだとしたら自分も幸福だな

 

 

 

母親となった彼女は 過去に生きる僕にどんな言葉をかけるのだろう

 

この出口のない蒼い森の中で

 

 




 

しかーし

 

それらは口当たりの良い嘘と偽善 それはラーメン

 あー ラーメンが食べたい 優しい毒を食べたい ふかふかの偽善で眠りたい ノンアルビールで酔い潰れたい

まずいラーメンは餌をもらえない だからみんなで眼瞼下垂手術 さんいんせんはノリで

投票は凍氷 凍氷は灯標 過去の過去 過去の(括弧)過去の(慟哭)

あー ラーメンは裏切らない いや裏切る まずいラーメンは愛されない 餌ももらえない

そんな真夜中の卑小な いのち

 

 



眼瞼から震える球体が滑り落ちる

 

 

 



 

 

お暑いのでどうぞ指差し
 

1話完結のホラーです!!不安

耐性のない方はご遠慮ください。

 

 

 

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霊媒師なんて信じていなかった。

 

 

でも我が家で起こる余りにも不気味な現象。

 

 

 

それは、

 

 

 

母が度々、台所で指を切る。

包丁が勝手に動くのだと、母は言う。

 

 

父親は風呂場で滑り、左人差し指と中指を骨折。

一年前にも同じ箇所を折った。

急に指の感覚がなくなり、転んだのだと父は言う。

 

 

私は玄関の扉で指を詰め、全治1ヶ月の傷を負った。

扉が自動で動いたとしか思えなかった。

 

 

これだけ続けば何かしろの怨念があるのじゃないかと皆思う。

 

 

それは、去年亡くなった祖母のいく子だ。

みな、そこを考える。

 

 

バカな話だが、私たち家族は霊媒師を呼んだ。

それ以外に頼る術がないからだ。警察なぞまるで当てにならない。

 

 

そしてやってきた霊媒師の名は……….。

名詞の名は、いかにもと言うか………まあいかにもだった。

 

 

霊媒師  霊宮 史朝

 

 

「偽名です。霊たちに名を覚えられると何かと面倒なので」

そう言って出した名刺を引っ込めたその男は、

 

 

身なりの良いサラリーマンの様。

そこそこいいブランドのスーツ、メガネ。

眼光は鋭いと言うよりは、ぼやっとしていた。

でもその所作はキビキビと、職人のような手つきだった。

 

 

 

「皆さん、指に怪我をなさっているんですね」

 

「そうなんです、皆、左手なんです」

 

「この家で亡くなられた方は」

 

「祖母の、いく子です。でも仲睦まじくやっていました」

 

「部屋を見せてください」

 

 

 

「ここは、いく子が亡くなってからは誰も使っていません」

 

「でもあなた方は、いく子さんに原因があると高を括っているわけだ」

 

「………それは………。いく子の他に誰も亡くなっていませんから………」

 

 

霊宮は部屋をざっと見渡し、入り口横のタンスに目をつけた。

 

 

「ここですかね」

 

母が答えて言う。

「何がですか?」

 

 

「あなた方………ああ、あなたはいく子さんの娘さんですね、あなた、いく子さんから何かを奪い取ったでしょう」

 

「………えっ?そんなことはないです、部屋はそのまま、預金には手もつけてません」

 

 

「いや………奪った。この遺物からすると………指輪?いや違うネイル………マニキュア?」

 

母は何かを思い出したようだった。

「あっ………」

 

 

「あなたは多分、衛生面か認知症か、何らかの理由で、いく子さんにマニュキュアを止めさせたのでは」

 

「いやっ………あの」

 

 

 

「ほら」

 

 

 

そう言って霊媒師はタンスから、緑色の四角い缶を取り出して開けた。

 

 

 

 

 

 

そこにはびっしりと………爪が詰まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「たっちゃん、引っ越すのは東京よ。うれしいでしょ」

「いーちゃんやけんじくんは?」

「それは………会えなくなるけど、また友達はたくさんできるよ。たっちゃんなら」

 

 

 

……わかっているか?

 

 

 

わかっているか。大人たち。子供は戦場で生きているんだ。

わかっているか。大人たち。子供は顔やスポーツだけであらゆる事が決められるんだ。

わかっているか。大人たち。子供はまず法廷に立てないんだ。

わかっているか。大人たち。

本当に分かっているか?かけがえのない、子供の頃の宝もの、

 

 

 

その居場所と友達を平然と奪うこと。

 

 

 

課外授業のお絵かきはみんな楽しそうだった。

僕は一人で皆から離れた樹の下にいた。

田舎の空も東京の空もたいして変わらない。

もう宝ものをつくる気もない。

 

 

 

キャンバスをただ青で塗って「空」だと、先生に言えばいい。

 

 

 

ふいに知らない同級生と目があった。

その娘はすたすたとこちらに歩いてきた。

太陽がかぶって顔はよく見えなかった。

でもその娘が笑っているのはわかった。

 

 

 

その娘は僕の横にしゃがみこんで言った。

「何を描いているの?」

 

 

 

何故だか、何故だか、

 

 

 

 

 

僕は声を出して泣いた。

 

 

 

 

 

 

お暑いのでどうぞ指差し
 

1話完結のホラーです!!不安

耐性のない方はご遠慮ください。

 

 

 

………………………✂️………………………

 

 

 

ドン!ドン!

 

 

単身の集合住宅に引っ越した。

建物は綺麗で部屋も清潔、そして6畳のロフトまでついている。

一目惚れ。早速、引っ越した。

 

 

でも引っ越す前は分からなかった。

隣の住人がロクな奴じゃないのだ。

顔を見た事はない。

 

 

ただ、こっちが音を立てる度、壁を叩いてくるのだ。

映画を見ている時。電話をしている時。友人を招いた時。

僕もまあこんなにも壁が薄いことにはびっくりした。

 

 

でもこちらのやってることは、日常的に当たり前の部類のことじゃないか。

夜中の0時に騒いでる訳でもあるまいし。

 

 

不動産会社に電話した。

えらく冴えない背が低くて頭の大きい男が、汗を拭きながら僕の部屋にやってきた。

 

 

「伊藤と申します。私は本来事務方なのですが、社長と営業マンに行ってこいと言われまして。交渉事は不得意ですが、頑張りますのでよろしくお願い致します」

 

 

「山城と申します。よろしくお願いします。さ、行きますか?」

「んー。そうですね。えーと。あれ?お隣住んでませんよ」

「ええっ。そりゃないです。現に壁を叩かれてるわけですから」

「んー。まあ行ってみましょう」

 

 

隣のインターホンを押した。音が鳴ってるのはわかる。

でも出てこない。留守なのだろうか。

 

 

「んー。あれ?鍵かかってないですね」

「ええ?」

 

「んー。どなたかいませんかー?管理会社の者ですがー?すみませーん。………居ないみたいですね。そりゃ賃貸契約が存在してませんからね。無人のはずです」

 

「おっしゃってる事はわかりますが、こちらは実際に被害を受けてるんです。このまま引き下がれません」

「んー。この部屋は賃貸契約が存在しませんので私ども社の者が立ち入る事に問題はありません」

 

「じゃあ、中に入りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

後悔した。

 

 

 

ほんっと後悔した。

小学生の時、昼間やってた心霊番組。

あんな経験だけは人生でしたくないと思ってた。

 

 

だから………後悔した。

 

 

壁一面、赤い手形でいっぱいだった。

 

 

そして………?

そのうちの幾つかは、まだ血液が垂れていた。

ついさっきまで、居た。ということだ。

 

 

だからすぐ分かった。

真後ろにいる。

不動産会社の伊藤も、それに気づいている。

 

 

「んー。まあ無人ですね。山城さん、ちょっと喫茶店で休みましょう」

僕らは急いで部屋を出た。

 

 

僕は喫茶店でカフェオレを頼んだ。

伊藤は震えた指で煙草に火をつけた。

 

 

「………山城さんさっき床を見ましたか?」

「………いえ、壁で精一杯でした」

 

 

「………私と山城さんの足の間にね、手が出ていました。二の腕までね。あれに掴まれたらもう帰れないと思ったので急いで退出しました」

 

 

「お宅の会社はこれをわかっていたんですか」

「いえ、私はわかっていませんでした。憤りを感じます。これは営業マンの仕事です。私に言ってくる時点でおかしいとは思ってましたが………会社に電話してみます」

 

 

『もしもし、伊藤です。見ましたよ!どういうことですか?屋代さん?辞めちゃいましたよね。これでですか?何個?そんなもん数えられませんよ。壁全部ですよ。警察?何でですか。わかりました。代わります』

 

 

「山城さん、ウチの社長がお話したいと」

 

 

『山城様ですか。まずは謝罪させて頂きます。あそこのアレは、最初ひとつでした。しかし警察を呼びました。不法侵入になりますので。

 

でもね………警官が来ている間だけ消えるんですよ。アレが。写真に撮っても写りません。

 

あの部屋は竣工以来、人は亡くなっていません。病死も自殺も事故死もありません。

 

だからもうどうしようもないんです。ですが、貴方様の為にも、引っ越しをお勧めします。

 

そして今、貴方様が住んでいる部屋はもう誰にも貸しません。

全ての費用は当社で持ちますので、早く………多分あの部屋にはもう叩く部分がない。

 

だからどうなるか私共も分からないのです………』

 

 

引っ越した。駅まで遠くなったし、冴えないマンションだ。

しかし敷金、礼金、火災保険、引っ越し代、

そして、半年先まで家賃を出してくれる。

 

 

………見たくないモノを見てしまったが、忘れよう。

もういいや、それよりサッカーはどうなっただろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ………?何あの赤いの。

 

 

 

 

 

 

(2025/08/02加筆)

 


 

 

 

吉川祐子は考えていた。

 

 

マンション隣室のシングルマザーの事だ。

 

 

入居時は小学生の娘を連れていた。

キャッキャと母親に飛びついていた。

 

 

しかしそれから半年も経つが一度も娘を見ない。

登下校時も土日の昼間も。

 

母親はいつも夕暮れ時に買い物袋を下げて帰ってくる。

明らかに自炊で、量も一人分ではない。

 

 

すれ違いざまに声は掛け合うが挨拶だけだ。

 

 

娘はどこに行ったのだろう?

ふと、恐ろしいことが吉川祐子の頭をよぎった。

 

 

ある日、吉川祐子は生きた車海老を貰った。

愛媛の叔父からだった。

 

箱の中に敷き詰められたおがくずの中で、車海老がガサガサと動いていた。

これが鮮度を保つ方法なのだ。

 

 

吉永祐子はこの車海老をシングルマザーにおすそ分けする事にした。

もちろん親切心だけではない。

 

 

「ありがとうございます。あれ、中で動いてます?」

「漁れてすぐに、おがくずに包んで送られてくるんです。新鮮で美味しいんです」

「いや、ほんと、ありがとうございます」

「いえいえ」

 

 

吉川祐子はシングルマザーの顔なぞ見てはいなかった。

彼女の背後や部屋の奥、子供がいないかチェックしていた。

19時をまわっているから居ない訳がない。

 

 

その訝しげな目をシングルマザーは読み取っていた。

しかし高級品を貰って安々とドアを閉める事はできない。

 

 

吉川祐子もその心理を良く分かっていた。

だからあえて図々しく会話を続けようとした。

 

 

「え、あの、入ります?お茶でも飲みませんか」

「あら。じゃあお邪魔しましょうか」

 

 

部屋の中にはぬいぐるみやキャラクターの描かれた毛布、おもちゃ箱があった。

そして子供の体操着が干してあるのも吉川祐子は確認した。

 

「可愛い部屋ですね」

「娘と2人なもので、自然とこうなってしまいます。お茶です。どうぞ」

 

 

吉川祐子はこのシングルマザーは意外と気が弱いと思った。

だからもう少し踏み込んだ質問をしても良いと判断した。

 

 

「娘さんは今日、お泊まり会?」

「ええと、実は生まれつき身体が弱くて。今は祖母の家にいるんです」

 

 

「いつから?」

「少し前です」

 

「その割には買い物が多いね」

「買いだめするほうなんです」

 

「昨日の体操着が干してあるのに?」

「洗わなきゃいけない時もあります」

 

 

「へえ」

吉川祐子はため息に近い声をだした。

 

 

そこへシングルマザーがニコニコと言う。

「ねえ………………吉川さん、このお茶おいしくありませんか?」

「はい。????………そうね、ね?あれ?」

 

 

「私の!!長崎の母が!!このお茶をおがくずに包んで送ってくれたんです」

「う、うん。??あれ?」

 

 

「ガサガサしますか?箱の中は」

「え、えん。うんうん」

 

 

 

「こら、祐子」

「は、はい」

 

 

 

「押し入れに戻りなさい」

 

「………明日は出ていい?」

 

「ダメ。言うこと聞かないの?」

 

 

 

 

 

押し入れの中は意外と広かった。

 

 

窓もあった。

初夏の柔らかな日差しの中、白いカーテンが揺れていた。

 

 

吉川祐子はその六畳間に座り、おがくずの中の遺影を見ていた。

それが誰だかは分からなかった。

 

 

隣の部屋から子供の遊ぶ声が聞こえる。

 

 

吉川祐子は顔を伏せて謝り続けた。

 

 

 

 

 

(写真は全てAIに描かせたものです)

 

 

 

山本五十六(やまもと いそろく)1884年-1943年

大日本帝国連合艦隊司令長官

 

 

苦しいこともあるだろう。


言いたいこともあるだろう。

 

不満なこともあるだろう。


腹の立つこともあるだろう。


泣きたいこともあるだろう。

 

これらをじっとこらえてゆくのが、


男の修行である。

 

 

 

 

 

 

 

 

フリクションペンで描いた落書きです。

 

 

 

 

 

 

 

右端は猫を描いたつもりがイタチっぽくなってしまいました。

最近こういうのをやっていませんがまたやれたらと思います。

 

 

 

 

愛娘。

 

アチョー!!

 

ってそんな寝方ある??

 

 

 

 

 

 

心が病みそうな時、どうぞ何時でも何でもご用命ください。

 

ずっと心がお病みなら生涯、

 

仕えさせていただきます。

 

 

 

涙は台所の銀ボールで受け止めます。

 

満杯になりましたら、

 

野菜の水切りカゴを使います。

 

 

 

どうぞ愚痴はテレビの前で。

 

こちらは馬鹿なバラエティやスキャンダルを話します。

 

どうぞ貶してくださいまし。

 

 

 

ついでに見た目だけのサイクロン掃除機の通販も流します。

 

中身はないですがお得感だけはありますよ。

 

気分が向上します。

 

 

 

嫉妬は相手を嘲笑うまでの準備期間です。

 

掃除機をかけながら後で気持ちよくなる様に目一杯、鬱憤を募らせておきましょう。

 

人の不幸は蜜の味です。一度味わうと生涯忘れることのできない薬ですよ。

 

 

 

怒りは自己防衛の為にとても大切なことです。

 

自宅の物品を壊してもほぼ罪にはなりません。

 

沢山壊しましょう。スッキリしますよ。

 

 

 

たまには色もあっていいではないですか。

 

若い男・女は掃いて捨てるほどいます。

 

彼らの人生を彩ってやりましょう。

 

 

 

疲れましたらお菓子を食べましょう。

 

チョコレートなどは脳への直接的な栄養素です。

 

太ると言われていますが、頭を使って動いていれば大丈夫です。

 

 

 

考えるのをやめましょう。

 

ずっと横になってたっていいのです。

 

理由が必要であれば私が病気を連れてきます。

 

 

 

愛!?

 

そんな私らを殺すような言葉は謹んで頂きたい。

 

そんな物は存在しません。

 

貴方がたにとっても只の毒でしょう。

 

 

 

私ですか?

 

貴方には何に見えますかね………。

 

悪魔ではありませんよ。

 

 

 

 

 

 

私の名前は罪です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえねえ、スイカ食べるよね?

 

食べないよ。

 

 

 

どうして?

 

果汁がシャツに飛ぶだろうが。

 

 

 

ふーん。あ、それ、線香、消えてるよ。

 

ああ。ライターはどこだ?

 

 

 

香炉の下の引き出し。それよりさ、プール連れてってよ。

 

行くわけないだろ、スーツ着てんだぞ。そもそも線香立て過ぎ。まとめろよ。

 

 

 

今日、帰っちゃうんだ?

 

お前と違って休みがないんだよ。

 

 

 

スイカ食べてないの、お兄だけだよ。持ってこようか?

 

いらないから。

 

 

 

 

 

………ふーん。

 

 

 

 

 

仏間から見える階段の手すりで、妹の結菜が身を乗り出して笑っていた。

 

日に焼けた肌で、アイスの棒を咥えて。

 

 

 

俺がスイカを食べないのを分かっているのに、いつもいつも、聞いてくる。

 

お盆に線香をあげに帰って来る度に。

 

 

 

生きていればもう22歳になるか。

 

だけどあの日からずっと小学生の姿のままだ。

 

 

 

結菜はいつまで俺をからかうのだろう。

 

こんな歪な関係をずっと続けてゆきたいのか。

 

それとも何かをして欲しいのか。

 

 

結菜は階段から身を乗り出して、鼻歌交じりに俺の方を見て笑っている。

 

 

 

 

 

ねえねえ、そこのお菓子たべていいのかな?

 

………。

 

 

 

 

 

本当は分かっている。

 

結菜がいつまでも俺をからかうのは、俺がスイカを食べないからだ。

 

そして線香に火をつけないからだ。

 

 

 

坊さんが言うには、死者は良い香り、香りそのものを食べるらしい。

 

そしてまた、線香はあの世への道標になるんだと。

 

 

本当かよ。

 

 

 

だけど、だからこそ俺は結菜に線香をあげず、

 

その代わりに自分もスイカを食わないのだろう。

 

 

 

それはもしスイカを食べてしまったら、

 

結菜はもう、俺をからかってくれないのかも知れないと思うからだ。

 

 

 

それが寂しくて、やりきれなくて、もう10年も断り続けてきた。

 

 

 

 

 

故人の死を受け入れるなんて、自分たちの一方的な感情ではないのだろうか。

 

故人だって自分を受け入れて欲しいから、ずっとからかってくるんじゃないのか。

 

 

 

 

 

そう思って炊いた線香は、僅かな火花を散らして白い香りへと変わった。

 

 

 

 

 

ねえねえ、スイカ、ほんとにいらないの?

 

………いや、食うよ。でも塩はいらないから。

 

 

 

 

 

結菜はニッコリとして、階段を駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(2025/07/26加筆)