2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

イタリア共和国 シチリア自治州

パレルモ・セントラル・レールウェイ・ステーション近く

 

海軍提督の橋(Ponte dell'Ammiraglio)

公園内ベンチ

ーーーーーーーーーーーーーーーー13:41

 

 

「これじゃもうメッシーナ海峡の鉄道航走線には乗れねえなぁ………。悲しいわ」

 

「ほんっと重ちゃんはマイペースだね。この子は、命を狙われてるんだよ?」

 

 

「そうとは限らないだろう。さっきの奴は引き渡せって言ってきただけだ。金で片付けてもいいとも言ってきた。お前が騒ぐからみんな逃げたんだろうが」

 

「………なんにしろ、刃物を出す人を信用できる?とにかくここを離れましょう。この子は約束通り、私がリカーディまで連れて行く」

 

 

「………どうやって」

 

「個人の漁船を買収する」

 

 

「………。由加、お前も。すげえことを考えるなぁ」

 

「もちろんお金は好きだけれど、今はそれだけで動いているわけじゃない。子供がママに会いたがってる。そりゃ会わすよ」

 

 

 

 

2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

イタリア共和国 シチリア自治州

パレルモ県 バゲリーア

漁港

ーーーーーーーーーーーーーーーー15:53

 

 

【リカーディへって?………ダメダメ、それは漁協で禁じられてる 】

 

【お礼はしますので】

 

 

【お前ら………?チャイニーズか?何を運ぶんだ。コルレオーネ家と取引でもしたのか(笑) 】

 

【私達は日本人です 】

 

 

【ジャパニーズ?いやでもダメ、ダメ。悪いことするやついるからな。漁協では人命に関わらない限り、向こう岸に船をつけてはダメだと決まっている。諦めな 】

 

【そのような取り決めではなく、今日は金貨でお話ができませんか? 】

 

 

【はは。何だ。元(げん)でも出すか?いやしかし、たことえドルでも俺は話には乗らない 】

 

【バプテスマの聖ヨハネでは? 】

 

 

【 ………?フローリン金貨だな………。何枚ある? 】

 

【 船のガソリン一年分】

 

 

【 乗れ。チャイニーズ。チャイニーズにメッシーナの渦潮を見せてやろうと思って船を出したら、身体の不調を訴えてきた。外国人の命を守るため、領事館への義務を果たすため、リカーディ沖に停泊した。そういうこった】

 

【 ………だから、ジャパニーズですって。 てか漁船で渦潮なんて見に行けるわけがないと思うんですが】

 

【 コリアンでもなんでもいいよ。そこに見分けがついているイタリア人の方が少ないって。お前らはアフリカ54カ国に住んでる黒人の見分けがつくか? 】

 

「まあ………いいよ。おっちゃん。頼んます」

 

 

 

…………………………………✂️…………………………………

 

 

 

「さっきまでが嘘みたいなのどかさだなぁ」

 

「重ちゃんものどかな性格してるよね」

 

 

突然電話の様なベルが鳴る。

漁師のエリクは船内に入って行った。

【ん?珍しいな………無線だ。漁協だ。失礼する 】

 

 

「いやー。しかし、お金っていいなぁ。この世で唯一の魔法。何でもできるわ」

 

「重ちゃんの好きな不死も買えるの?」

 

 

「こんだけ世界は広いんだ。どっかで売ってるだろ」

 

【 ………本当にずっとずっと生きてみたい? 】

 

 

「なんだ。カリーナはなんだって?」

 

「ずっと生きてどうするんだって」

 

 

「いや………ずっと先の未来とか見てみたいじゃない」

 

【 (………ずっとずっと、誰かを憎みたいの?) 】

 

 

【 ………あ、エリクさん。何だったの。大丈夫? 】

 

【 ただの業務連絡だ 】

 

 

【 ………て。ん?ちょっと待って、エリクさん?ここは指定した砂浜じゃない。漁港じゃん。約束が違う! 】

 

【 ………どこでも一緒だ。漁協に圧力をかけてくる輩なんざ相当だ。遅かれ早かれだった。後はお前らで切り抜けろ。ったく。何を密輸する気だったんだ】

 

 

 

小さな漁港の桟橋の手前で、光に反射する紺のスーツを着た背の高い男が立っていた。四十代だろうか、まだ若々しく、スーツの上からでも体格の良さが分かる。

 

 

黒とブロンドが綺麗に混じった長い髪を後ろに結び、お団子を作っている。

もみあげから顎までは薄くヒゲを蓄え、大きなかぎ鼻を持っていた。

 

 

目は、微笑してつむったまま、眼球は全く見えなかった。

 

 

そしてその後ろには、真っ白な襟の下に袖の長い黒の修道服を着た、数人の修道士たちがじっと重たちを見つめていた。

 

 

 スーツの男が言う。

【 カリーナ・アザロ。悪い子だ 】

 

 

 

 

(つづく)

 

 

2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

イタリア共和国 シチリア自治州

 

パレルモ・セントラル・レールウェイ・ステーション

切符売り場

ーーーーーーーーーーーーーーーー11:52

 

 

「飛行機じゃないの?」

 

「リカーディまでは鉄道のほうが面白い」

 

 

「重ちゃんの鉄道好きはもう飽きたよ。私にとっては電車はただの電車なんだけど」

 

「分かってないなぁ。ブーツの先のメッシーナ海峡は、鉄道で渡るんだよ」

 

 

「………?何が珍しいの?」

 

「なーんと。船が列車を乗せて、そのまま海峡を渡るんだよ」

 

 

 

 

「わー。すごーい………。いや………まあ、とどのつまり船だよね?」

 

「………ロマンがねえなぁ」

 

 

「重ちゃん、カリーナ・アザロ………。この娘がなんにしろ………。こんなボロボロのワンピじゃ電車に乗れないよ」

 

「そうだな………。どこかで買おう」

 

 

 

 

 

2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

イタリア共和国 シチリア自治州

パレルモ・リベルタ通り

衣料店 女子試着室

ーーーーーーーーーーーーーーーー12:15

 

 

【 んん………コルセット??なにこの服?どうやって解くんだろこれ……… 】

 

【 見栄えも大事なんだって 】

 

 

【 こんな薄汚れた服が?貴方のお母さんは何なの? 】

 

【 お母さんは誰よりもあたしの事を考えてくれている。いまだってそう 】

 

 

【 まあ、重ちゃんのスイッチが入っちゃったからもう私は何も言わないけど。私達にデメリットもないしね。………?あれ?これはなあに?入れ墨? 】

 

【 お姉さんはチャイニーズ?どうして私たちの言葉が話せるの? 】

 

 

【 ジャパニーズね。私は日本の銀行にいて主にイタリア系の業務をさせてもらっているの】

 

【 ………へえ 】

 

 

 

………………………✂️………………………

 

 

 

「お。今どきじゃん。カリーナ。可愛くなったな。髪も綺麗だ」

 

 

 

「重ちゃん。ジャパニーズがイタリア人との血縁を説明するのにどれだけ苦労したか分かる?」

 

「いや、知らない。じゃ、行こうか」

 

 

「ちょっと休ませてよ。トイレ行ってくるね」

 

「由加ー………。おーい………。………おい、カリーナ。俺はお前の話すこと、聞き取れないからな。よろしく」

 

 

その時、ジーンズに黒のジャケットを羽織った坊主のイタリア人が重に微笑みながら近づいて来た。

手を後ろに回したまま、カリーナ・アザロの目を覗き込みながら。

 

カリーナ・アザロはすっと重の後ろに隠れた。

 

 

「Give the girl here. 」

 

「………英語?」

 

 

【 ………娘を渡せ。そしてもう関わるな 】

 

【 ………あのな。お前がもしこの娘の保護者だとしても、ナイフを向けられて引き渡せるか? 】

 

【 ナイフの代わりに、ユーロで話し合ってもいいが? 】

 

 

「ちょ、何してるの!!重ちゃん!?」

 

「ちょ!ゆ、由加、大声出すな………」

 

 

黒いジャケットの男は走って逃げていった。

周りにいた買い物客たちの視線が一行に集まった。

 

カリーナ・アザロは深い溜め息を漏らした。

 

 

「刃物??重ちゃん?誰あいつ?何者なの??」

 

「しーっ!警備が来るだろ………。何で女はとりあえず大声を出すんだ。とりあえず逃げるぞ!」

 

 

 

 

 

 

1920年ーーーーーーーーーーーーーーーー

      約105年前

 

旧イタリア王国

シチリア島 モンレアーレ

▼アルフレード・サラフィア医療研究所

ーーーーーーーーーーーーーーーー??:??

 

 

古い医院の陽の届かぬ処置室で、初老の医師が横たわる少女の身体を丁寧に拭いていた。

 

 

「………愛しい、愛しいカリーナ・アザロ。私には子がいない。家族もいない。長年連れ添った助手は逃げてしまった。

 

しかし私はこの絶対的な孤独の中で、お前に出会うことができた。私はお前と言葉を交わすことなく死ぬだろう。

 

しかしどうかお前は安らかに。そして自由に生きるがいい。これから私は、お前を未来に託す………。

 

どうかシチリア島が、聖アガタがお前を護りますよう」

 

 

 

(イタリア共和国シチリア自治州の州旗と守護聖人のアガタ)

 

 

 

 

(つづく)

 



怪物と戦う者は、みずからも怪物とならぬように心せよ。

汝が久しく深淵を見入るとき、深淵もまた汝を見入るのである。

 

by フリードリヒ・ニーチェ(1886)

 

 

 

もし、人間がそれらの深淵に折り合いをつけたとしても、それ自体がまた大きな深淵となり得えてしまう。

しかし前のめりになる後ろ手は引いてくれるのでしょうか。

 

そして深淵の向こう側の怪物達も私達に怯えているのかも知れません。

どちらもお互いが分からないですから。

 

 

 

 

 

 

と、ふと気づくと

 

 

私は板張りの狭い部屋に閉じ込められ、四肢を部屋の隅に括り付けられていた。

 

 

 

 

私を拘束していた手足の内側から、黒い芋虫たちが這い出てくる。

 

もそもそと、長い針。沢山の毒を持っているようだ。

蝋燭に照らされ嬉々として影が踊っている。

 

醜い。

 

 

 

私に強いられていた冠から、青い天使たちが舞い降りてきた。

 

テニスボールほどの子供だろうか。私に一生懸命語りかけてくる。

青い肌の青い目から沢山の涙がこぼれ落ちる。

 

美しい。

 

 

 

 

彼らは美しく、または醜かったが、かけてくる言葉は一緒だった。

 

 

 

 

 (あナタハ   ドレくライ闇ガワかル………?、??)

 

 

 

 

「分かんないよ。だいたい闇が喋んじゃないよ。

 

そしてそんなものは、ハジめッカラ存在しナイ。区別してんじゃねーよ」

 

 

 

青い天使が私に耳打ちする。

【もう少しだよ】

 

 

だけど私はその青い天使を鷲掴みにして言う。

「アなタの祈りは要らないの」

 

 

 

貴方の祈りは要らないの。

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえ。深淵さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

イタリア共和国 カラブリア州

ブーツの先、リカーディ

 

モデナ家

居間

ーーーーーーーーーーーーーーーー11:03

 

 

【 ねえ、ママ】

 

【 ただいま。あれ?カリーナ。小学校は? 】

 

 

【 熱っぽいから帰らせてもらったの。ジュゼッペおじいさんに迎えに来てもらったよ】

 

【 そう。私はスマホ忘れて家を出たからね。あなたのせいで(笑)買い物に寄ってきたのよ 】

 

 

【 うん。おかえり。………ねえ、ママ、聞きたいことがあるの】

 

【 なあに。カリーナ】

 

 

【 カリーナ・アザロって誰?】

 

【 ………。………知らないわ。どうしたの】

 

 

【 さっき工房でジュゼッペおじいさんが電話で言ってた。すっごい驚いてた。カリーナって私と同じ名前だよ】

 

【 ………そう。ママは知らないわ】

 

 

 

2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

シチリア自治州 パレルモ県

 

カプチン・サンフランシスコ修道会前

裏路地

ーーーーーーーーーーーーーーーー11:05

 

 

【 .........? ......... Ciao. Carina. Cosa è successo? Il denaro? 】

 

【  Già. 】

 

 

「どうした?」

 

「迷子かな。この子。服がボロボロ。お金がどうとか?」

 

 

「警察に連れて行かなきゃか?」

 

「ちょっと待って」

 

 

【 お嬢ちゃん。どうしたの?何かあった? 】

 

【 今からお母さんに会いに行くの 】

 

 

【 そう。近くにいるのね。でも、服はどうしたの? 】

 

【 お母さんはずっとずっと昔から私を待ってる。連れて行ってくれる? 】

 

 

【 いいけど………。じゃあ警察に行きましょうか。 】

 

 

「おい、何を話してるんだ?」

 

「お母さんのところへ連れて行ってほしいみたい」

 

「警察か。面倒だな。いろいろ書類を書かなきゃいけないだろ?近所の人に頼めないのか」

 

 

【 これあげる 】

 

【 ん? 】

 

 

少女は古く薄汚れた赤いドレスの裾をまくりあげた。

其処からは沢山の古びた金貨が飛び散った。

 

 

「え?え?」

 

「おおお!?」

 

 

【 お母さんはブーツの先にいる。ケーサツは嫌い。これを全部あげるから連れて行って】

 

 

「ん?何だ?何を言ってる??」

 

「いや?お母さんのところに連れて行ってくれたらこれをあげるって?」

 

 

「………。………おい。………由加、今、アンジェラとビデオ通話つなげれないか」

 

「ビデオ通話?どうだろう………。何これ?金貨?」

 

 

「アンジェラにこの金貨が何か聞け。銀行員だろ」

 

 

【………アンジェラ、カメラ見える?これ分かるかな。すごく古い金貨】

 

【 (ええ………。いや………………。どうしたのこれ。やば。バプテスマの聖ヨハネ………?どこで手に入れたの!?) 】

 

 

【 ………うん。うん。そう、うん………。アンジェラ、ありがとう】

 

「………重ちゃん。これ………中世イタリアのフローリン金貨だって。30枚で5千万円以上はするって………」

 

 

 

【(………大人はいつも馬鹿だね。今も古いコインと小さな棺に夢中)】

 

 

 

2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

イタリア共和国 カラブリア州

ブーツの先、リカーディ

 

モデナ家

地下皮革工房

ーーーーーーーーーーーーーーーー11:08

 

 

【 ………ねえ。お父さん。カリーナがね、カリーナ・アザロの存在に気づいてる】

 

【 ………。聞かれたか。すまない、さっき本人から電話があった】

 

 

 

【 ………またなの?】

 

【 ルーシェ・サンフランシスコ教会が当てにならないのなら、俺が解決するしかない】

 

【 そうね………。絶対に母親には会わせられない】

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

アルフレード・サラフィア

(Alfredo Salafia、1869年11月7日 - 1933年1月31日)

19世紀の旧イタリア王国、シチリア島出身の化学者。

剥製・エンバーミング(死体防腐処理)の専門家。

1920年、時のロンバルド将軍に依頼され、肺病により2歳で死去した将軍の娘、ロザリア・ロンバルド(写真下)に防腐処理を施す。

そのミイラは105年経った現在でも当時の面影を残している。

 

 

一般展示されているロザリア・ロンバルドのミイラ

(Rosalia Lombardo 1918年12月13日 − 1920年12月06日)

 

 

本作は上記の歴史を元にしたフィクションです。

 

 

 

 

現代、2025年。

 

2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

イタリア共和国 シチリア自治州

カプチン・サンフランシスコ修道会 裏

アントニーノ・アゴスティーノ通り

ーーーーーーーーーーーーーーーー11:01

 

 

「んんー………。重ちゃん、なんか微妙な見学だったよ………」

 

「………ロマンがねぇなぁ。世界一美しい死者を見たんだぞ!?」
 

 

「こんなの悪趣味の極みじゃん。少女のミイラなんて………。静かに眠らせてあげないと」

 

「誰だって一度は永遠に生きてみたいと思うもんだよ。俺は今も思ってるけど」

 

 

「ロザリオ・ロンバルドは絶対にそんなこと望んでなかったと思う。医者は………名前なんだっけ?」

 

「シチリア人のアルフレード・サラフィア。晩年、誰にもその死体防腐処理の方法を明かさずに死んだんだ。最近になって解明はされたけどな。できることなら俺も頼みたいよ」

 

 

「本当にそう思うの??分かってないなぁ………。あ、こっちいこ」

 

「………はは。由加、どこへ行くの?」

 

 

「いや………。ガイドブックどおりなんてつまらないよ。たまにはこうして路地裏に入ってみるの。そこでしか見れない生のイタリアもあるから」

 

「でも迷わないか。大丈夫?」

 

 

「フィレンツェの路地裏で飲んだカプチーノが最高だった。一瞬、自分が世界のどこにいるか分からなくなるの。素敵な体験だった」

 

「んーでも………。これはただの団地じゃあ………」

 

 

「………そうね。ただの団地だね。。日本よりはちょっとおしゃれだけど」

 

「そうかぁ?まあ一度、カプチン修道会まで戻ろう。一般市民の生活がそんなに見たいかね」

 

 

その時、2人の目の前に1人の幼い少女が通りかかった。

 

団地に子供がいるのは不思議ではないが、その少女は様子が違った。

 

 

丈の長い赤いドレスを着ているが、その衣は擦れてボロボロ、そして髪の毛はまるで洗ってないボサボサ、しかしその陶器のような白い顔には、その見すぼらしい身なりを全て覆すような、暁色の瞳があった。

 

 

「.......Ciao, sono Carina Azaro.

 

.......Tua sorella ha incontrato Rosalia?

Probabilmente era una bella faccia addormentata.」

 

 

【 ………こんにちは。わたしはカリーナ・アザロ。………お姉ちゃんたちはロザリアに会ってきたのかな?

綺麗な寝顔だったでしょう 】

 

 

【 .......Ciao………。お嬢ちゃん………?どうしたのその服? 】

 

 

【 ………えへへ。ねえ、お姉ちゃんたち。お金持ちになりたくなくない?(笑) 】

 

 

 

 

(つづく)

 

 

CH2O

ホルムアルデヒド

 

猛毒の液体から滴り落ちる、運命の子供たち。

 

 

 

 

1920年ーーーーーーーーーーーーーーーー

旧イタリア王国

シチリア島 モンレアーレ

▼アルフレード・サラフィア医療研究所

ーーーーーーーーーーーーーーーー05:11

 

 

『 カリーナ・アザロ? 』

 

 

【 そう、その両親の意向だ。問題ない 】

 

【 ………先生、私はこれ以上、助手はしません。みんな狂ってる!】

 

 

【 この娘と、ロザリア・ロンバルドの何が違う?】

 

【 先生には慈悲がない。ただ自分の研究を実らせたいだけでしょう】

 

 

【 では、出て行け。そして私は今夜、ルチアーノと食事をする。世間話でもしようかと思うが】

 

【 ………誰がマフィアなんかに逆らうもんですか。他言はしません。それでは】

 

 

 

 

 

 

2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

イタリア共和国

カラブリア州 ヴィボ・ヴァレンツィア県

▼リカーディ近郊の住宅地

ーーーーーーーーーーーーーーーー08:10

 

 

『 カリーナ・モデナ? 』

 

 

【 カリーナ!学校行くよ!?早く車に乗って!! 】

 

【 ママ、あたしの他にさ、あたしの……… 】

 

 

【 ゲームなんか持っていけるわけないでしょ!早く! 】

 

【 学校の中まで持っていかないよ。ママ………?どうしたの? 】

 

 

【 ………スマホ忘れた。もう!!カリーナ!言うことを聞いて!? 】

 

 

 

 

 


 

2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

シチリア自治州 パレルモ県

▼カプチン・フランシスコ修道会

地下納骨堂(カタコンベ)

ーーーーーーーーーーーーーーーー10:35

ロザリア・ロンバルド(Rosalia Lombardo)
1918年12月13日 − 1920年12月06日)

一般公開されている105年前のミイラ

 

 

『 ロザリア・ロンバルド? 』

 

 

「そう。約100年前のミイラだよ」

 

「100年!?」

 

 

「その筋の医者がいてさ。長年、どういう技術を使ったのか謎だったんだけど、数年前にノートが見つかって。ホルムアルデヒドとかパラフィンを使って防腐処理がされているらしい」

 

「………ねえ重ちゃん、この娘………眠っているみたい」

 

 

「将軍だった父親が依頼したんだ。2歳で肺病で亡くなったんだと。一世紀このままの姿………。ロマンだよなぁ」

 

「ロマン?………いや、可哀想でしょう………?」

 

 

 

 

 

 

2025年ーーーーーーーーーーーーーーーー

シチリア自治州 パレルモ県

▼路上

ーーーーーーーーーーーーーーーー11:54

 

(あたし?)

 

 

(あたしはだあれ?

るーるーるるー。お母さんはまだ生きているのかな。会いに行くからね。待っててね)

 

 

 

 

 

一世紀を超えても、未だ届かぬ幼い祈り。

 

血と肉が枯れてもなお、新しきを蝕む、

 

 

 

 

猛毒の命。

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

(写真はほぼAIです)

 

 

 

 

1920年、イタリア、パレルモ。

 

古い医院の陽の届かぬ廊下を、一人の少女を乗せた担架が風を切った。

 

 

「先生、いくら貰ったのですか?」

 

「130リラだ」

 

 

「安くありませんか??」

 

「ロンバルド氏の紹介だ。全てを任せてくれる。急ぐぞ」

 

 

「我々は………。罪を犯しているのではないでしょうか」

 

「何故だ。ロンバルド氏は非常に喜んでいる。私は過剰な涙を防いだのだ」

 

 

「いつまでも変わらぬ遺体を作ることは………その者に対して、神の国の門を閉めてしまうのでは………」

 

「お前の感傷は要らない」

 

 

 

 

1981年、イタリア、リカーディ近郊。

 

ブーツの先の名もない海岸で、一人の老婆の慟哭が響き渡った。

 

 

「カリーナ、カリーナ、どうして生き返った?どうして?」

 

「婆ちゃん、どうした?どうしたの!?」

 

 

「フランコと一緒に眠らせたのに………。カリーナ、どうして死ねなかった?」

 

「婆ちゃん!!誰と話してるの!!しっかりして!!」

 

 

「カリーナ、私たちが悪かった………」

 

 

 

 

2025年、イタリア、ミラノ・リナーテ空港。

 

大きな待合室で二人の日本人がパンフレットを読んでいた。

 

 

「………由加さ、お前それ電波通ってる?」

 

「うん。ネットはできる」

 

 

「シチリア島のパレルモって、ここから行けるかな?」

 

「シチリア?あー。アンジェラは嫌がってたけどさ、どうしても………マフィア映画?あれのイメージが強い」

 

 

「そうだな。でもそれはかなり古いイメージだけどな。俺らが映画狂いなだけだ」

 

「パレルモ、シチリア最大の都市だって。すぐ行けるね」

 

 

 

「そっか。じゃあ世界一、美しい死者に会いに行こう」

 

 

 

 

????年、イタリア、名もない修道院。

 

死者が並ぶ地下墓地の、見えないドアの向こう側。
その小さな棺の中で一人の少女が目を覚ました。

 

 

 

「また?………あたしは死ねなかった?」

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

(画像は主に生成AIです。2025/08/13改編)

 

 

戦国の世、ある小さな村に若い娘が嫁いできた。

 

 

相手の旦那は歳はとっていたが毎日、畑でクワをふるっている。

嫁も身体が強い方ではなかったが、毎日わらじを編んで生計を助けた。

 

 

ある日、嫁はわらじを市に売りに行った。

 

 

だが少し帰りが遅かった。

旦那は心配して市に探しに行こうとした。

 

 

するとその時、家の裏林で嫁の頭巾が動いているのを見つけた。

旦那は名前を呼びながら走っていった。

 

 

すると嫁はキノコを採っていた。

そういえば彼らの食卓はキノコが多い。

 

 

嫁は微笑しながら、その辺に生えていたキノコの事を語りだした。

旦那はすぐにわかった。嫁はキノコが大好きなのだと。

 

 

その夜、囲炉裏を囲んだ夫妻は久しぶりの酒を飲んだ。

 

 

旦那は言った。もうわらじは編まなくていい。キノコを採って売りに行きなさいと。

でも嫁はそれがたいした金にならないのを分かっていた。

 

 

キノコは大好きだが、それだけでは食ってはいけないと旦那に言おうとした。

でも旦那は採ってきなさいとだけ言ってゴロンと横になって眠ってしまった。

 

 

嫁はしばらくの間だけ暮らしていけるかどうか、やってみようと思った。

 

 

それから時間がたったが、彼らはほんの少しの米と山菜とキノコしか食べていなかった。

 

でも旦那は毎晩聞いた。このキノコは何と言うのかと。

嫁は本当に楽しそうに旦那に教えた。

 

 

でも嫁は旦那が畑を倍に増やして頑張っていることも知っていた。

 

 

 

 

だからこそ

 

 

 

 

嫁は旦那が自分の穴を埋めていることを聞かなかった。

旦那は嫁が生き生きとしているから、生きていて嬉しいのだから。

 

 

それを痛いほど嫁は感じていた。

嫁はキノコを採る時、喜々としているだけではない。泣いたりもするのだ。

 

 

大好きな美味しいキノコを採れる事の嬉しさ。

いつも嫁が生き生きとしていることの嬉しさ。

 

 

いびつ、かもしれない。

彼らの食える米の量は増えないかも知れない。

 

 

今夜も旦那はまた囲炉裏の側でゴロンと横になって眠ってしまった。

 

 

嫁は鍋に残った一番大好きなキノコをほうばった。

旦那がそれをわざと残したことを知りながら。

 

 

その日はゴロンと横になっている旦那にピッタリとくっついて嫁は眠った。

夢では旦那とキノコと嫁が手を繋いでいた。

 

 

 

夫妻は数年後、子を授かった。

名は希納子と名付けた。

希望を心に納めて生きる子になりますようにと。

 

 

旦那は今日もクワをふる。

家に帰れば二人のキノコがいる。

 

 

 

 

 

米は少ないが、本当に幸せな家族だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(2017/07/28 - 2025/08/11再編)

 

 

 

 

 

 

花火が死ぬ夕暮れに

君のその瞳の明暗に

 

 

何か分からないまま

涙が止まらないまま

 

 

喧騒が耳の中で干上がり

君の言葉が浮かび上がり

 

 

この大花火を台無しにしたんだ

音は虚しく耳の中で萎びたんだ

 

 

もうこの夏だけしか君と居れないなんて

君が行くのが大都会なら良かったなんて

 

 

もう君はここにいない

でもどうしようもない

 

 

君は浴衣姿でにっこりと微笑んだ

でもそれは誰にも見えてないんだ

 

 

僕にも見えていないんだ

 

 

だから

 

 

この花火が死ぬ夕暮れに

 

 

 

僕は

もう

 

 

 

君との夏が完全に終わったんだと

 

 

 

 

 

 

涙を拭った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦争ものです。
短い小説、掌編です。

 

(前編)

 
 

今回は(後)になりますニコニコ

 

 

………………………✂️………………………

 

 

 

2025年8月4日、奈良県三郷町

 

 

 

最後の一人がする事ってなんやろう。

 

 

もう同期の兵隊で残っとんのは俺だけ。

 

あの戦争の悲惨さを後世につなぐんか。

今の捻じ曲がった嘘の世相を正すんか。

それとも、潔く死を迎えるだけなんか。

 

 

 

婆さんも、もう先に癌で逝った。

食うには困らんが大きな家に1人。

もう20年もや。

 

 

息子は俺を施設に入れたいらしい。

入りたなかったが言い合う前に折れた。

俺に似てやたらと頑固やから。 

 

 

入所はしたがすることがない。

もともと人付き合いが良い方でないからなぁ。

窓の外は手入れされた草木の綺麗な庭。

それを特に乗る必要のない車椅子に乗ってボーッと見とった。

 

 

ひ孫に会いたい。

裏庭の野菜はもう枯れたやろうな。

色々あったが、ここが終着駅か………。

そんなとりとめのない事を毎日考えとった。

 

 

そこにある日、新しい方が入所して来た。

増岡しず さん。

 

 

信心はないが、偶然にしてはできすぎとった。

 

 

 

 

 

大戦の頃。

 

 

俺は航空母艦に乗っとった。

零戦の整備をし、操縦者を送り出した。

 

 

そしてあの大きな戦い。

送り出した零戦はほとんど帰ってこんかった。

航空母艦は航行不能になり仲間の魚雷によって沈められた。

 

 

内地に戻ったが、航空母艦を見捨てた男としてよお野次られた。

整備士で戦いもせず内地に戻る。風当たりはキツい。

 

 

やけど何故か俺は憲兵隊に配属された。

民間人も取り締まるような軍警察は俺の性格には合うてへんかった。

やけど整備の腕を買われたんやろうな。オートバイやボイラーやら、色んな機械を触らされたわ。

 

 

ある天気の良い初夏の午前、一人でブラブラと詰め所へと向かった。

すると庭から大きな向日葵が数本、顔を出しとる家があった。

思わず覗き込んだ。庭で洗濯板をこすっている女性がおった。

 

 

目が合った。

 

「ご苦労さまです」

「いえいえ、婦人には頭が下がります。我ら軍人にはそのような器用な者はおりませぬ(笑)」

 

 

「いえ、兵隊さんがおるから、私らの生活は成り立っておるのです。だから私らは家を守らねばいけません。この長屋と家事仕事が私らの戦場です」

 

 

「アハハ、ここが貴方の戦場と申しますか。でも多分、貴方の様な方がたくさんが居れば、大日本帝国は負けんでしょう。そういえばーーー。午後からの天気はどうでしょうな。雨が降らんといいが」

 

 

「貴方の様な素敵な方と出会った日は必ず晴れますよ」

 

 

ふと表札をみた。

表札には増岡幾三、増岡しず、と書いてあった。

結婚されているんやな。素敵な女性や。

毅然としながらも、どこか恥じらいを感じるような、お茶目な女性やった。

 

 

俺は恋心を抱いた。

しかし人妻に想いは告げられへん。

 

 

 

1945年8月6日、広島に新型爆弾が落とされた。

 

 

 

広島は全て火の海になったということやった。

そして大日本帝国が降伏するまで、全ての地域に新型爆弾が落とされるとみんな騒ぎ立てた。

 

俺は死を覚悟をした。そして人妻と知りつつも彼女に恋文を書いた。

しかし、すぐ終戦となった。

 

 

 

それから80年。

 

 

 

ある日、俺は施設の許可をもらい、自宅の箪笥の奥にしまっておいた80年前の恋文を取りに行った。

 

 

………ひどい内容やった。とにかく文体が違う。

新型爆弾を恐れていることはよお分かった。

しかし自分の気持ちなど何を書いとんのかさっぱり分かれへん。

 

 

だから俺はもう一度、恋文を書くことにした。

彼女が80年経っても人妻と分かっていながら。

そしてもし渡せる事ができたら、別の施設に移ろうと思った。

 

 

最後の一人がする事とは、こんなもんでもええやろう。

隊の奴らは笑とるやろうけどな。

 

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拝啓、増岡しず様

突然のお手紙で驚きでしょう。

 

 

貴方はもう覚えていらっしゃらないかも知れませんが、80年前、終戦の少し前、私は貴方と言葉を交わしたことがあります。

 

私が貴方の家の前を通りかかった時、塀から顔を出していた向日葵に目を取られました。

そして庭の中にいた貴方と目が合いましたね。貴方は美しかった。

 

何てことはない洗濯の話と、軍人と女性のやるべきことの話をしたと思います。

 

あの向日葵は本当に怖い。

一人の男の人生を変えましたから(笑)

 

ほんの5分でしょう。お話したのは。私は貴方に好意を持ちました。

しかし貴方は人妻だった。あれから80年が経ちましたが、貴方はまだ人妻。

しかしそれでも私は、

 

 

でもこの長い、長い、時間に免じてこの文章を送らせてください。

私は今も貴方のことを………

 

 

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そこで筆が止まった。

 

恋してます??

愛してます??

健康を願っております??

 

 

これはどういう感情や?

 

 

………恋が1番近いのかも知れへん。

しかし80年後に?しかも人妻に?

どうしたらええんや。

 

 

夜、ベッドに入る気持ちにはなれんかった。

ナースステーション前のソファに座ってずっと月を見とった。

 

 

すると隣に女性が座った。しずさんだった。

 

「月が綺麗ですね。………眠れませんか?」

俺のことは全く覚えてない様やった。

 

「………恥ずかしながら今、恋文を書いております。ですがどうも最後の言葉が見つからへんのです」

 

「………そうですか。そのお歳になられても心に想える方がおられるのは、とてもうらやましいことです」

 

 

「まあ、でも恋文となると尋常小の頃と変わらん文章ですが(笑)」

「私も今の旦那に恋文を書きましたよ。内容は全く覚えてませんけどね(笑)」

 

 

俺は思わずうつむいてしまった。

 

 

「でもまあ、その時に考えましたね。大変な時代でしたからね………。確かに恋文は自分の気持ちを伝えるもの。けれど、それだけでしょうか。

 

自分の気持ちを伝えるということは、相手に何かを求めることにもなります。

でも………。何も求めなくてもいいんじゃないでしょうか。

 

相手を慕う気持ちというのは、求めなくても伝わるのではないでしょうか」

 

 

「………そうですね」

 

 

「喋りすぎましたね(笑)あ、あと私、認知症を持ってましてね。今日の事をいつか忘れるかも知れませんが、悪しからず」

 

 

俺は最後の言葉を見つけた。

 

 

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ではこの長い、長い時間に免じて、この文章を送らせてください。

あの時、貴方は洗濯をしておりましたが、あの日の午後は曇ったのでしたっけ?

雨が降りましたっけ?………いやでも多分、晴れていたのでしょうね。

貴方に雨は似合わない。それでは。お元気で。

 

 

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数日後の晩、しずさんはソファに座り月を見ていた。

俺は恋文を手渡した。

 

 

「しずさん、こないだお話した恋文です」

「恋文?何の恋文ですか?貴方はどなた?」

 

 

俺は笑顔で自室に戻った。

 

 

翌日、別の施設に移ることになった。

息子は費用面で怒っとったが、今回は俺の頑固さが勝った。

職員さんが大勢で送り出してくれた。

 

 

そして車に乗ろうとした時、しずさんが駆けつけてきた。

 

 

「あの日の午後は!!突き抜けるような青い、青い、綺麗な空でした!軍服姿のあなたはキラキラとして格好良かった。あの日の向日葵は、まだ庭に咲いています」

 

「………お互い歳をとりましたね。来世では結ばれたら。そう思います。それではお元気で」

 

 

車は山道を下った。

後部座席から見る空は、さっきしずさんが言った通りの空だった。

 

 

「………ちょっと見通しのいいところで止めてくれ」

「え?トイレ?さっきしてくればええのに………」

「空が見たい」

「………んん?」

 

 

 

 

 

「80年か………。でも見てる空はずーっと一緒やったんやな」

 

 

 

 

 

俺の心は、空と同じ色になった。

 

 

 

 

 

(終わり)

 

 

 

 

 

(写真はAI生成です。2025/08/07加筆)

しばらくお休みいたします。

いつもいいねありがとうございます。