グーグルの検索結果で男性が自身の性犯罪に係る逮捕歴などの検索結果が表示されることについて、グーグルに対して「忘れられる権利」に基づいてそれらの検索結果の削除を求める訴訟において、最高裁は削除を命じない決定を行いました(最高裁平成29年1月31日決定)。
二.事案の概要
1.さいたま地裁平成27年12月22日決定
本事件で検索エンジン事業者Y(グーグル)を訴えた抗告人(X)は、女子高生に対する児童買春の罪で当時3年余り前に略式命令により罰金50万円の犯罪歴があった。
グーグルなどのインターネットの検索では、検索対象と関連性の高いと判断されたサイトへのリンクが一覧として表示され、各リンクには、当該サイトの①タイトル、②URLと③内容の抜粋(「ニスペット」と呼ばれる)の3点が表示される(以下「URL等情報」という)。
本事案のXの氏名・住所で検索すると、検索結果のタイトルまたはニスペット部分に、Xの逮捕歴が表示される状態であった。
Xは、この検索結果の表示により、「更生を妨げられない利益」が侵害されるとして、人格権に基づく検索結果の削除請求権により仮の地位を求める仮処分をさいたま地裁に対して求め、地裁はこれを認めた(さいたま地裁平成27年6月25日決定)。
そしてさいたま地裁がYに対して削除を命じたところ、Yから保全異議がなされ、それに対して、さいたま地裁が原決定を認可し、わが国ではじめて「忘れられる権利」について認めたのがさいたま地裁平成27年12月22日決定である。
これに対してYが抗告を行った。
■さいたま地裁決定について詳しくはこちらの記事の前半。
・「忘れられる権利」によりグーグルの検索結果の逮捕歴の削除の仮処分命令が認められた裁判例
2.東京高裁平成28年7月12日決定
東京高裁決定は、「忘れられる権利」について、それが法律で定められたものではなく、その要件および効果も明確でないし、その実体は、人格権としての名誉権ないしプライバシー権に基づく侵害行為の差止請求と異ならないとして、判断する必要はないとした。
そして東京高裁決定は、名誉権またはプライバシー権に基づく出版等の表現行為の差止請求や前科に係る公表の要件についてのこれまでの判例を踏まえ、現代社会におけるインターネットおよび検索サービスの表現の自由や国民の知る権利における重要性を考慮し、一定の場合には名誉権ないしプライバシー権に基づき検索サービス事業者に検索結果を削除ないし非表示の措置を講じるよう検索サービス事業者に請求できるとした。
さらに、その可否の判断にあたっては、削除等を求める事項の性質(公共に関するものか否か)、公表の目的およびその社会的影響、公表により差止請求権者に生じる損害発生の明白性・重大性および回復困難性だけでなく、インターネットの情報公表ないし伝達手段の重要性、検索サービスの重要性を総合考慮するのが相当とした。
そのうえで、東京高裁決定は、Xの犯罪はその性質からして取締や防止の徹底について社会の関心が高く、とりわけ女子の児童を持つ親の重大な関心事であり公共の利害に係る事実であることなどの事実のあてはめを行い、Xの仮処分命令の申立てを却下した。
これに対してXが最高裁に抗告を行ったのが本件最高裁判決である。
三.判旨(最高裁平成29年1月31日決定)
『個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は,法的保護の対象となるというべきである(略)。』
『他方,検索事業者は,インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し,同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し,利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結果として提供するものであるが,この情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。』
『また,検索事業者による検索結果の提供は,公衆が,インターネット上に情報を発信したり,インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり,現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。』
『以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると,検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。』
『他方,検索事業者は,インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し,同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し,利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結果として提供するものであるが,この情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。』
『また,検索事業者による検索結果の提供は,公衆が,インターネット上に情報を発信したり,インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり,現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。』
『以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると,検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。』
決定はこのように判断枠組みを示したあとに、つぎのようにあてはめを行っています。
『児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁止されていることに照らし,今なお公共の利害に関する事項であるといえる。』
『Xが妻子と共に生活し,前記1(1)の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても,本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。』
『Xが妻子と共に生活し,前記1(1)の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても,本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。』
このように判示して、最高裁はXの申立を棄却しています。
四.検討・解説
本事件は三審ともに、削除等を認めるか否かについて、「諸般の事情を総合考量」するとしていますが、さいたま地裁決定は犯罪から現在までの期間を重要視しており、一方、東京高裁決定・最高裁決定は、検索サービスが国民の「知る権利」に奉仕する点や、それ自体が表現行為であること、そして児童買春という犯罪の重大性・公共性を重視しているように思われます。
最高裁はつぎのような判断枠組みを示しました。①書かれた事実の性質や内容、②公表されることによる被害の程度、③本人の社会的地位や影響力、④記事の目的や意義、⑤掲載時の社会的状況とその後の変化、⑥記事でその事実を書く必要性、の6つの要素と、検索サービスの検索結果自体が表現物であること・検索サービスは国民の知る権利に奉仕するインターネット上の情報流通の基盤であること、それらを総合考慮し、公表する利益と比較して事実を公表されない法的利益が「明らか」な場合に検索結果から削除が認められることになります。
ところでこの要件のなかに公表する利益と比較して事実を公表されない法的利益が「明らか」な場合と、通常の出版物の差止めの判例よりも重い「明らか」という文言があるのは、裁判所が現代社会におけるネットの「情報流通の基盤」の価値を重視した結果と思われますが、削除を請求する側からはハードルが高いことになります。
ただし国民の「知る権利」・表現の自由(憲法21条1項)は、民主制を支える重要な権利であることを忘れるわけにはいきません。司法府も国家権力の一部である以上、表現行為の削除には謙抑的であろうという姿勢もうかがわれます。
また、本事件は、平成27年のさいたま地裁決定がわが国で初めて「忘れられる権利」を認めたため大きく注目されました。
インターネット上の情報は膨大であることから、インターネットの一般的な利用において、個別のウェブサイトへアクセスするための入り口としての役割を果たしているのはグーグルなどの検索エンジンです。
そこで、このような検索エンジンの機能を踏まえ、インターネット上の個人情報について、検索エンジン事業者に対して検索結果からの削除を求める権利が「忘れられる権利」(”the right to be forgotton”)です(今岡直子「『忘れられる権利』をめぐる動向」『調査と研究-国立国会図書館』854号1頁)。
しかし、平成28年の東京高裁決定は、「法律で定められたものではなく、人格権としての名誉権ないしプライバシー権に基づく侵害行為の差止請求と異ならない」として「忘れられる権利」についての判断を行いませんでした。これを受ける形で、最高裁決定も「忘れられる権利」に関しては言及していません。
EUでは、2016年に成立したEU一般データ保護規則の17条に「忘れられる権利」(削除権)に関する条文が設けられています。
それに対して成文法に根拠条文を持たないわが国においては、「人権のインフレ化」を回避する観点からは最高裁の判断は妥当であったと思われます。
■「忘れられる権利」について詳しくはこちらの記事の後半。
・「忘れられる権利」によりグーグルの検索結果の逮捕歴の削除の仮処分命令が認められた裁判例
■関連:【解説】EU一般データ保護規則(GDPR)に対する日本企業の対応
■参考文献
・『判例タイムズ』1429号112頁
・『判例時報』2282号78頁
・曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』294頁
・高瀬亜富「検索結果からの排除」『Q&Aインターネットの法的論点と実務対応 第2版』125頁
・今岡直子「『忘れられる権利』をめぐる動向」『調査と研究-国立国会図書館』854号1頁
・「プライバシー保護『明らかに』上回るか 検索結果の削除 表現の自由と考量」朝日新聞2017年2月2日付
・最高裁第三小法廷平成29年1月31日決定|裁判所
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