弁護士賠償責任保険の免責条項「他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った行為」に関する裁判例 | なか2656のブログ

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一.はしめに
平成27年に大阪地裁で、弁護士賠償責任保険の免責条項の一つである「他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った場合」に該当しないとして保険会社に保険金の支払いを命じた判決がだされました。


(東京海上日動サイトより)

二.大阪地裁平成27年2月13日判決(請求一部認容・控訴)
1.弁護士賠償責任保険
弁護士賠償責任保険とは、被保険者である弁護士が弁護士業務に起因して、当該弁護士が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を填補する損害保険です。

この弁護士賠償責任保険には、主契約である賠償責任保険普通保険約款7条1号に「保険金を支払わない場合」として「保険契約者または被保険者の故意」との免責規定があり、一方、その特約である、「弁護士職業危険特別約款」3条(保険金を支払わない場合)1項1号に、「被保険者が他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った行為(不作為を含みます。)」との免責条項が存在します。(東京海上日動の弁護士賠償責任保険より)。

2.事実の概要
訴外Aは分譲マンションの企画・販売等を業とする会社である。A社は債務超過の状態にあり、ジャスダックから上場廃止となるのを防ぐため、平成22年3月、山林(以下「本件山林」)を目的とした現物出資による増資を計画した。

A社の取締役Cは、A社の顧問弁護士Bに現物出資財産の価額の証明(会社法207条9項4号)を依頼した。BはCが示した不動産鑑定士Dによる本件山林の鑑定書は、本件山林の所有者が作成させたものであったとして一旦断ったが、県の宅地建物協会から紹介を受けた不動産鑑定士EがD鑑定書をもとに意見書を作成することになったことを受けてこれを承諾した。

さらにBは、本件山林の実地調査を行ったうえで、D鑑定書およびE意見書をもとに本件山林の価格を20億円とする証明書を作成した(以下「本件証明行為」)。

A社は平成23年5月に破産開始決定を受け、Xが破産管財人に選任された。Xは本件山林の価額は高くても5億円であるとして、現物出資者およびBに対して支払いを求める訴訟を提起した(会社法212条1項2号、213条3項)。(この訴訟は和解が成立した。)

またXはBを被保険者として限度額を3億円とする弁護士賠償責任保険契約を締結している保険会社Yに対して、Bに代位して本件保険契約に基づく保険金を請求する訴えを提起した。

Yは訴訟において、Bの本件証明行為は主契約の故意免責に該当するほか、特約条項の免責条項の「「被保険者が他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った行為(不作為を含みます。)」に該当すると主張した。

3.判旨
『本件免責条項中の「予見しながら行った行為」という文言は、被保険者がその行為による損害発生又はその高度の蓋然性について認識しながら行ったことを意味するものと解されるものである。』

『保険の対象となる行為が弁護士によって専門的な知識等に基づいて行われる行為であることを前提としているという本件保険契約の性質を考慮すると、一般的な弁護士としての知識、経験を有する者が、他人に損害を与えたり、他人に損害を与える蓋然性が高いことを当然に認識するような行為についても、本件免責条項に該当するような行為についても、本件免責条項に該当する行為であると解するのが相当である。』


裁判所は本件免責条項中の「予見しながら行った行為」という免責条項についてこのように判断しました。

その上で、本判決は、本件ではD鑑定だけでなくE意見書も作成されていたこと、Bも現地調査を行っていたことなどを総合考慮し、Bが本件山林が20億円より著しく低額であることやその蓋然性が高いことを認識していたとはいえないとして、Bの本件証明行為は免責条項に該当せず、保険会社Yは保険金を支払えとの判決が出されています。

三.検討
1.弁護士賠償責任保険の免責条項について

上でみたように、弁護士賠償責任保険については主契約部分に「故意」の免責条項(以下「故意免責)という)があり、特約部分に「予見しながら行った行為」の免責条項(以下「本件免責条項」という)が置かれています。

この点、この二つの免責条項の関係に関しては学説の対立があります。一つ目の考え方は、本件免責条項は故意免責を明確にしたものにすぎないとして両者は同義と考える立場です。この考え方は、本件免責条項と同様の条項を置く公認会計士賠償責任保険の約款条項が、普通保険約款の故意のみではその範囲が不明確なので英米約款で使われる概念を参考にして文言が定められたものであり、このことは弁護士賠償責任保険でも同様であるとします。

またこの考え方は、「他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った行為」は「故意の一種」であり、故意免責と本件免責条項とを区別する理由はないとします(竹濱修「判批」『商事法務』1620号29頁など)

これに対して二つ目の考え方は、本件免責条項が英米約款を参考に作られたとしても、弁護士賠償責任保険において同様に解釈すべき合理的理由は示されていないこと、そして民商法における伝統的な「故意」とは、「意図的に保険事故を招致する意味」であるとして、両者は別の意味の条項であるとします(山下典孝「弁護士賠償責任保険における免責条項」『法学新報』114巻11‐12号713頁)。

裁判例をみると、今回取り上げた裁判例は二つ目の考え方に立つようであり、また、東京高裁平成10年6月23日判決なども同様のようです。

■参考文献
・『金融・商事判例』1470号51頁
・清水真希子「賠償責任保険と「他人に損害を与えるべきことを予見しながら行った行為」」『平成27年度重要判例解説』113頁
・山下友信『保険法』434頁
・竹濱修「判批」『商事法務』1620号29頁
・山下典孝「弁護士賠償責任保険における免責条項」『法学新報』114巻11‐12号713頁

平成27年度重要判例解説 (ジュリスト臨時増刊)



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