本年、平成28年5月29日より改正保険業法が施行される予定です。
この業法改正に併せて、金融庁は平成27年春に政府令・監督指針案に関するパブリックコメント手続きを行い、同年5月27日に、寄せられた意見・質問とそれに対する金融庁の回答の一覧(以下「金融庁パブリックコメント」という)をサイトに公開しました。
・コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方|金融庁
このブログ記事では、主にこの金融庁パブリックコメントにおける、乗合代理店や銀行等の金融機関の対応すべき点について取り上げます。
2.顧客とのやり取りで追加的に明らかになった意向に沿って更なる絞込みを行った場合
以前のブログ記事で取り上げたとおり、比較推奨規定とは、今回の保険業法改正の柱のひとつである、「情報提供義務の明確化」(改正保険業法294条1項)の一部分です。
・【解説】保険業法改正と乗合代理店の比較推奨規制/情報提供義務
複数の保険会社の保険商品を扱う乗合代理店などが、複数の所属保険会社の比較可能な同種の保険商品のなかから、一定の保険商品を提案する場合の情報提供のあり方を規制するものです(改正保険業法294条1項、改正保険業法施行規則227条の2第3項4号ロ・ハ)。
この規制のポイントは、乗合代理店などが「顧客の意向に沿った保険契約を選別」するか否かで、情報提供義務の内容が異なる点です。
「顧客の意向に沿った保険契約を選別をする場合」(=比較推奨販売型)は、①取扱保険商品のうち、顧客の意向に沿った比較可能な同種の保険商品の概要、および、②当該提案の理由(推奨理由)、の2つの説明を行うことが義務付けられます(改正保険業法施行規則227条の2第3項4号ロ)。
一方、「顧客の意向に沿った保険契約を選別しない場合」(=代理店意向把握型)は、当該提案の理由を説明することが義務づけられています。すなわち、たとえば、特定の保険会社との資本関係があることや、経営方針上の理由など、保険募集人側の理由を説明することが義務付けられています(同施行規則227条の2第3項4号ハ)。
この点、金融庁パブリックコメント555番は、「例えば、「医療保険に加入したい」という顧客の意向が示された後、保険募集人から顧客に対して保険料重視なのか保障内容重視なのかといったヒアリングを行うこと等を通じ、追加的に明らかになった顧客の意向に沿って更なる絞込みを行った場合には、当該絞込み後の商品について概要を明示することでよいとの理解でよいか。」との質問に対し
金融庁は、「当該絞込み後の商品について概要を明示することで足ります。」と回答しています。
この555番は、主に「顧客の意向に沿った保険契約を選別をする場合」(比較推奨販売型)において発生しやすいケースだと思われますが、「顧客の意向に沿った保険契約を選別しない場合」(代理店意向把握型)においても複数の保険商品を提案し、顧客のニーズを問うことはありえると思われますので、こちらでも発生しうると思われます。
3.情報提供における品質と正確性の確保のためのQ&A 方式のフローチャート図・情報システム等
金融庁が平成27年7月付で公表した「金融モニタリングレポート」56頁には、(顧客の意向把握のために)「代理店の中には、顧客の意向を確認するために Q&A 方式のフロー図を作成したり、顧客意向に適合する商品を検索するシステムを整備するなど、適切な比較推奨販売の実施を図る取組がみられた」という記述があります。
・金融モニタリングレポート|金融庁
また、これも以前の比較推奨規定の記事で取り上げた錦野裕弁護士の論文では、同弁護士の「典型的な顧客ニーズと取扱商品との関係性の整理、その関係性を顧客に対して説明する「言葉」を、マニュアル等でパターン化し、最低限のレベルを確保すること、必要に応じて情報システム的に補うことが考えられるのではないか」との見解が示しています。
・【解説】保険業法改正と銀行窓販・損保分野の意向把握義務・非公開金融情報等について
そのため、紙ベースのQ&A 方式のフローチャート図や、あるいは、それをPCや小型の情報端末などにしたものにしたもので、保険募集人の意向把握・情報提供を支援することが望ましいと思われます。
(足立格「金融機関のための改正保険業法等対応最終チェック」『銀行法務21』2016年4月号29頁より。医療・介護保険の図の一部。)
(むろん、無理にPC化にこだわる必要はないと思われます。紙ベースのものに保険募集人が手書きでチェックマークや顧客との会話などをメモ書きし、最後に担当者が署名・押印欄に日付とともに署名押印して保管すれば、そのまま改正法が求める情報提供・意向把握の証拠となります。しかも手書きなので、万が一のことが起こった際に、高い証拠能力をもつ書類となるでしょう。)
4.比較資料・比較表示
乗合代理店や金融機関が比較推奨販売を行う際に、比較可能な同種の保険商品についてその概要を顧客にわかりやすく説明する必要があります。そのためには、保険商品の概要を列挙した募集資料があるとわかりやすくなります。そのため、従来より乗合代理店などは、このような保険会社のものとは違う、独自の募集資料を作成してきました。
ところで、保険業法300条1項6号は、「契約内容につき他の保険契約の契約内容と比較した事項であって誤解させるおそれのあるものを告げ、又は表示」してはならないと規定しており、比較資料がどこまでが適法として許容されるのかが問題となります。
この点、金融庁パブリックコメント500番、501番の金融庁の回答は、「比較可能な商品の概要を明示し、求めに応じて内容説明している場合には、監督指針Ⅱ-4-2-2(9)に規定のある比較表示には該当しないと考えますが、概要明示の際に、実質的に契約内容を比較した場合には、該当することに留意が必要です。」となっています。
顧客からの求めに応じて内容説明をしている行為は保険業法300条1項6号違反の比較表示には該当しないが、実質的に契約内容を比較した場合には該当し違反となる、ということになりますが、顧客側と保険募集人との会話により、どちらの方向に向かってしまうか予測しかねるとも思えます。そのため、これは現場で分けて運用することは困難であるように思います。
したがって、この比較資料の概要を作成する乗合代理店等の本社の販売促進部門・募集資料審査部門などとしては、比較表示であるとしても例外的に違法性が阻却されるための監督指針Ⅱ-4-2-2(8)②(注1)、同(注2)などの規定を遵守したうえで、この比較資料を作成すべきだと思われます。
5.金融機関等から他の保険代理店への顧客の紹介
銀行等は、一部の保険商品について、当該銀行等が法人またはその代表者に対し運営資金の貸付を行っている場合における、当該法人およびその代表者など(「保険募集制限先」)を、原則として保険契約者または被保険者とする保険契約の締結の媒介などを、手数料その他の報酬を得て行わないことを確保するための措置を講じなければならないとされています(銀行等の「保険募集制限先規制」・保険業法施行規則212条3項1号、同212条の2第3項1号)。
この銀行等の保険募集制限先規制とは、法人に資金を貸し付けている銀行側が、それを奇貨として、法人やその代表者に対して保険契約に加入することを強制するという、不適切な圧力募集を排除する趣旨のものです(中原健夫・山本啓太・関秀忠『保険募集のコンプライアンス[第2版]』179頁)。
そのため、銀行等が、保険募集制限先に該当する顧客を、自行と関係のある保険代理店に紹介し、当該保険代理店から一定の紹介料を受領することは、保険募集制限先規制に反しないとされています。
しかし銀行等が、この顧客の保険代理店への紹介を行う際には、「タイミング規制」に抵触をしないかを留意する必要があります(足立格「金融機関のための改正保険業法等対応最終チェック」『銀行法務21』2016年4月号23頁)。
タイミング規制とは、銀行等またはその役職員は、原則として、顧客が当該銀行等に対し資金の貸付の申込みを行っていることを知りながら、当該顧客等に対し、保険募集などを行ってはならないという規制です(保険業法施行規則234条1項10号)。
タイミング規制も、高い信用力をもとに、銀行等が借主に対して保険の圧力募集を行うことを防止することが目的です(中原・山本・関・前掲189頁)。
また、この場合の銀行等が顧客を保険代理店に紹介する際の当該銀行等の担当者は、保険募集を行ってはならない以上、募集関連行為の従事者となります(監督指針Ⅱ-4-2-1(2))。
この点、金融庁パブリックコメント265番、266番は、このような事例への質問について、「保険会社又は保険募集人は、募集関連行為従事者による募集規制の潜脱が行われないよう留意すべきとするものであり、貴見にある例示についても、Ⅱ-4-2-1(2)①に該当し得る場合があると考えます。」と回答しています。
つまり、募集関連行為従事者が、保険募集行為又は特別利益の提供等の募集規制の潜脱につながる行為が行われていないことを銀行等は確認しなければなりません(監督指針Ⅱ-4-2-1(2)①)。
なお、その下の、監督指針監督指針Ⅱ-4-2-1(2)③は、「③ 募集関連行為従事者において、個人情報の第三者への提供に係る顧客同意の取得などの手続が個人情報の保護に関する法律等に基づき、適切に行われているか。」と規定しています。
関係のある事業者同士であるとしても、銀行等と保険代理店との個人情報の移転に関する関係は、第三者提供である場面が多いと思われますので、従来どおり、個人情報保護法に準拠した、適正な手続きによる個人情報の保険代理店への第三者提供が必要となります(個人情報保護法23条)。
6.支社・営業店の保険募集人からより専門知識のある本社保険担当者へ顧客を引き継ぐ場合(トスアップ)
顧客を営業店からより専門性の高い本社部門に顧客を引き継ぐこともあります(「トスアップ」)。
このような場合については、生命保険協会のガイドラインはつぎのように規定しています。
「本部における募集行為が、営業店における行為と一連のものとして行われているのであれば、営業店における行為も保険募集に該当し得ることに留意する。」
(生命保険協会「募集関連行為に関するガイドライン」2頁)
・募集関連行為に関するガイドライン|生命保険協会
したがって、営業店・支社などにおいて、万が一、保険募集人としての登録を受けていない者が安易に顧客の対応をして、保険商品の説明などをして、その顧客が本社部門に引き継がれたとして、それらが「一連のもの」と認定されてしまうと、それは「無登録募集」であって、いわゆる保険募集上の事故となってしまいます(保険業法276条)。
金融庁からの行政指導・行政処分等(保険業法132条等)が出されるリスクもありますので、銀行等や乗合代理店等は、今一度、社内の顧客対応の業務フローなどを検討する必要があるかもしれません。
たとえば、平成21年には、朝日火災海上の所属保険代理店であったヤマト運輸が、運送サービスの荷受を委託している取扱店において、長期間かつ全国的に、募集人資格のない者に運送保険に係る保険募集を行わせ、ヤマト運輸や朝日火災の担当者が無登録募集の事実を把握していながら長年、漫然と放置していた事件について、金融庁が業務停止命令および業務改善命令(保険業法132条)を朝日火災およびヤマト運輸に発出した事例があります。
・朝日火災海上保険株式会社等に対する行政処分について|金融庁
■参考文献
・吉田桂公『一問一答改正保険業法早わかり』39頁
・中原健夫・山本啓太・関秀忠『保険募集のコンプライアンス[第2版]』179頁、189頁
・錦野裕宗・稲田行祐『保険業法の読み方 改訂版』138頁
・足立格「金融機関のための改正保険業法等対応最終チェック」『銀行法務21』2016年4月号23頁
■関連するブログ記事
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・【改正保険業法】団体保険の加入勧奨への規制
・【解説】保険業法等の一部を改正する法律について
・【解説】保険業法改正に伴う保険業法施行規則および監督指針の一部の改正について
・【解説】保険業法改正と乗合代理店の比較推奨規制/情報提供義務
・【解説】保険業法改正と銀行窓販・損保分野の意向把握義務・非公開金融情報等について
・【保険業法改正】乗合代理店が顧客の意向に沿い行った比較推奨販売に過失があった場合の責任
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