TOKYO
親愛なる皆さんへ
お元気でしょうか。
おかげさまで先日、無事に帰国しました。
最後はアラブ首長国連邦のアブダビからでした。
震災後の東京は静かで、人通りも少なく、不必要に明るくなく、雰囲気が違いました。
僕はその雰囲気が、むしろ好きでした。
皮肉ですが、震災を機に、良い方向へ変わる兆しを感じました。
思えば30年僕が生きてきた中で、初めて東京がブレーキを踏んだところを見ました。
戦後駆け抜けてきた、アクセル踏みっぱなしの日本の発展は、世界的にも誇れる経済大国にこの国を押し上げました。
しかしそのアクセル踏みっぱなしの車は、ブレーキを踏むことを許されず、やがて「快走」は「暴走」へと変わり、様々な問題を生み出しました。
震災自体は悲劇でしたが、これを機に、日本は一度立ち止まって冷静に考える機会を得たように感じます。
世界を旅することで、日本の特殊性に気づくことができました。
それについては頭を整理して、おいおい書くつもりでいます。
今回の旅で、いい出会いが沢山ありました。
この出会いが、これからの僕の人生を作っていくのだと思います。
また何よりも日本でこの文章を読んでいてくれた貴方。
僕が無事帰ってこれたのも、旅先でいつも力を得られたのも、貴方のおかげだと本当に感謝しています。
ありがとう。
これからもよろしく。
さて、この後はFUKUSHIMAへ戻ります。
この時期に福島に住んでいたのも、何かの縁でしょう。
何もできませんが、自分にできることを精一杯やるつもりです。
それが道を開くことを、僕はこの旅から学びました。
わからないときはこの旅を振り返ります。
きっとその中に、状況を打開するヒントが隠されている気がします。
この旅で出会ったすべての人々に感謝
デモ発生
昨夜は恐怖で一睡もできませんでした。
カイロの中心、タハリール広場のデモは、夜の九時過ぎ、急に雰囲気が変わったのです。
騒がしいのでホテルのベランダから道路を見下ろすと、先ほどまで広場にいた人たちが、騒ぎながら大勢走ってくるのです。
そしてガラスを割り、ビール瓶を投げ、シャッターを蹴り、車の上に上り、何かを叫びながら町中を練り歩き始めたのです。
暴徒と化していました。
僕は「やばい」と感じました。
先ほどまで広場を埋め尽くし、ムバラクの訴追を訴えていた3千人近くの人たちが、突然暴徒と化し、破壊行為に出だしたのです。
暴徒の叫び声とガラスの割れる音に怯えながら、僕は眠れずにいました。
すると夜中の3時過ぎ、その過激さは究極のところまでエスカレートしました。
その3時過ぎから夜明けまで、町の至る所で銃声が響きました。
一体何が行われているのかさっぱりわからず、僕は怯えました。
明け方まで、その嫌な音は続きました。
朝、外へ出てみると、ガラスは割れ、バスは燃やされ、無残でした。
相変わらずタハリール広場は大きなトラックと有刺鉄線とでバリケード封鎖され、なおもデモの参加者は広場を埋め尽くしていました。
昨夜は二人死んだそうです。
デモ隊と軍が衝突したそうです。
デモは依然続いています。
このブログを打っている今も、広場を人々が埋め尽くし、狂気の叫び声が聞こえています。
やばいので、急いで帰国の航空券を取りました。
ドバイ経由なので、明日ドバイへ逃げます。
そこで3日滞在後、成田へ飛ぶつもりです。
「やばい、日本帰ろう。」
昨夜、暴徒と化した人々を見た時、思ったことはまずそれでした。
カイロにて
カイロ
日本の皆様へ
皆さん、ご無事でしょうか。
僕は今、カイロにいます。
ホテルでニュースを観ていて、また東北で強い余震があったと聞きました。
日本から遠く離れた中東のニュースでさえ、毎日「Fukushima」という名前を聞きます。
そして、連日日本のニュース映像が流れています。
その度に家族や親戚をはじめ、友人、知人のことを心配します。
中東の情勢も荒れています。
先日訪れたシリアでは、民主化デモの鎮圧で多くの死者が出ています。
またエルサレムでは僕の滞在中に爆弾テロがあり、今それに対する報復でイスラエル軍はパレスチナ自治区ガザを空爆し、パレスチナとの緊張状態が続いています。
その他イエメンの民主化デモ、リビアへの空爆、コートジボアールでの大統領選挙に始まる混乱でも多くの死者が出ています。
カイロでも今日、大きなデモがあり、タフリール広場は民衆に埋め尽くされました。
夜明け前から人々が集まり、先日ムバラクを退陣に追いやったあの光景が、目の前で繰り広げられていました。
今僕のいるカイロでも緊張状態で、周辺の中東の国々も緊張状態で、帰ると日本も緊張状態だと考えると、今、世界がすべて、大きくうねりながら、嫌な方向に向かって動き出したような、不安な気持ちにすらなります。
しかし決して暗くはならずに、光を見失わないことです。
今、世界は大きな転換期なのかもしれません。
そんな混乱の中で、僕にできることは、未来を見据えて自分自身が転換することです。
これらの混乱から何かを読み取り、反省して、もし何かを学べなかったなら、再び大きな悲しみに襲われるでしょう。
だから僕は、まず僕自身の転換を向かえます。
それ以外に、今見出せる希望はありません。
愛する皆さんへ。
心から皆さんの幸せを、願います。
カイロより
ダハブ②
エジプトのダハブ。
まだこの町にいます。
つい長居してしまうのは、この居心地の良さのせいでしょう。
海は綺麗で、飯は旨く、宿は安い。
海岸線の雰囲気は洒落ている。
いつか頭の中で思い浮かべていた、どこかのビーチリゾートみたい。
多くの日本人が、やはり長居している。
中には4ヶ月も同じ宿から動いていない人もいます。
この町にいると、何もやりたくなくなる。
下手をすると自分を見失って、いつまでもこの楽園から動けなくなりそうです。
それだけ居心地が良い。
毎日シュノーケルで海に潜る。
透き通った海に、日の光が線上に差し込むのが美しい。
その光に照らされた、美しいサンゴ礁と、そこに戯れるカラフルな魚たち。
疲れたら海辺に寝そべり、文庫本を広げる。
宿の本棚にあった「冒険投資家ジム・ロジャーズ世界バイク紀行」をビーチで読んだ。
ジム・ロジャーズはウォール街の伝説的な投資家だ。
37歳で引退後、バイクと車で世界を旅して回っている。
自分の目で世界を見て、世界を深く理解し、投資に応用する。
彼の旅のスケールの大きさと、行く先々の国での分析力の鋭さに、物凄く刺激を受けた。
同じ旅をしていても、そこから何を得るかは旅人により異なる。
ジム・ロジャーズは旅を思い切り楽しみながらも、同時に活きた情報を得、深く考え、旅から多くの収穫を得ている。
この楽園の心地良さに溺れてしまう旅人は多いだろう。
確かにリラックスするのも旅の楽しみの一つだ。
リゾートで非日常を満喫するのは素晴らしいことだ。
しかし、目的もなく、いつまでもこの楽園にいるわけには行かない。
ジム・ロジャースは言う。
人生は短い。遠くへ行け。そして深く考えろ。
また、旅で大事なのは
1、殺されないこと 2、楽しむこと
そして3、世界を知ること
なるべくありのまま、世界を見ること。
情報が伝えるのは、世界のごく一面だと言うこと。
それを身をもって理解しなくてはなりません。
特に今の世の中で起こっていることは、日本にいるだけでは理解できません。
逆に、世界を見て、初めて理解できる問題も多いのです。
だから旅が不可欠です。
人生で何を成すにしても、その基礎知識として世界を知っておく必要があります。
すっかり日に焼けました。
今日は40℃近いとか。
明日はルクソールへ移動します。
見ることには貪欲でありたい。
それではまた。
紅海の楽園より
ダハブ
親愛なる皆さんへ
地震後の混乱が続いていると思います。
燃料不足にスーパーの品不足、また放射能汚染による不安。
そして未だ発見されていない行方不明の方々。
そんな絶望ともいえる状況の中、何とか皆さんが希望を捨てずに過ごされていることを願います。
僕はお蔭様で元気です。
無事にエルサレムからヨルダンへ戻りました。
そしてヨルダンを南下しながら、ペトラで遺跡を見学し、アカバという港町で紅海を眺めました。
そこから船に乗りヨルダンを出国、紅海をフェリーで南下して、エジプトのヌエバアという港まで行きました。
今は紅海が美しい、ダハブという町にいます。
ダハブは日中暖かく、多くのダイバーで賑わっています。
紅海は、全くの濁りのない、美しく透き通った海です。
珊瑚の影響か、離れると水色か緑色に見えます。
カラフルな魚たちが触れられる距離に泳いでいます。
平和で穏やかな時間が流れています。
そして美しい、紅海。
ダハブの町で感じるエジプトの印象は、実にのどかなものでした。
それではまた。
ダハブの宿「7ヘブン」にて
エルサレム
親愛なる人たちへ
こんにちは。
僕は今、イスラエルのエルサレムにいます。
ヨルダンのアンマンに数日滞在後、陸路でイスラエルに入国しました。
聖地エルサレム。
キリスト教の聖地であり、イスラム教の聖地でもあり、ユダヤ教の聖地でもある。
このように複数の宗教にとって、聖なる場所として崇められるひとつの場所。
それがエルサレム。
神々の世界に、最も近い、地上の世界と言えないでしょうか。
それゆえに世界中から人々が巡礼に訪れます。
キリストが亡くなった丘に建つ「聖墳墓教会」では、キリスト教徒が、
また神殿の丘に建つ「岩のドーム」では、イスラム教徒が、
そして「嘆きの壁」の前ではユダヤ教徒が、
それぞれ熱心に祈りを捧げています。
このような人々を見ると、信仰が人間にとって何なのかと考えさせられます。
人間は何かに守られなければ生きていけない存在だと思います。
だから、神の愛に守られるために祈るのだと思います。
それなしには生きてはゆけませんから。
では日本人はなぜ、神の愛を求めないのに、生きて行けるのか。
それは社会の仕組みに守られているからだと思います。
信仰を持つ人は神の愛に守られて生きている、
一方で信仰を持たない日本人は、社会の仕組みに守られて生きている。
ただ、今この「社会の仕組み」が、自然の力の前に崩れようとしています。
多くの人たちが未来に対する不安を感じていることでしょう。
しかし僕は、将来を恐れません。
どんな状況であろうと、未来を信じています。
無駄な心配や、明日の心配など、僕はしません。
なぜなら僕は、もっと大きな存在を信じているからです。
その存在に愛されていることを、信じるからです。
大きな力に愛されていることに気がついた人は、幸せです。
どうかあなたに向けられた愛に気づいてください。
それに気づいた時、何一つ恐れる必要のないことに気づくでしょう。
あなたのために祈ります。
神様に最も近い場所から、心を込めて。
聖地エルサレムより
ダマスカス
日本の皆様へ
ご無沙汰しています。
僕は今、シリアのダマスカスにいます。
日本の地震は、発生後、すぐに知りました。
こちらでも連日、日本の地震についての報道をニュースが伝えています。
旅先で一番嫌なことは、自分が日本を離れている間に、日本で災害や不幸があることです。
それだけはありませんようにと、常々祈りながら旅を続けています。
しかし今回はそれが起こってしまいました。
僕が生まれ、親戚の住む仙台と、現在僕が生活している福島が、天災により壊滅的な被害を受けました。
友人や家族から、何通かメールをいただきました。
それを通して、悲痛の声が僕の胸に刺さりました。
家族の住む東京への電話もなかなか繋がらず、二日目にしてようやく親戚家族の無事を知りました。
それでも被害にあわれた方々のことを想うと、胸がえぐられる想いです。
実は地震の数日前、僕は韓国人の青年と日本について話をしました。
彼は熱心なクリスチャンで、信仰と共に生きていました。
韓国は儒教の国だと思っていたら、70パーセントがキリスト教だといいます。
世界最大の教会があるのも、韓国だそうです。
韓国の経済成長は目を見張るものがあります。
しかし韓国のビジネスは、神への信仰心と共にあるそうです。
それは無宗教の日本人の経済とは、根本的に違います。
神への信仰心がベースにある韓国の発展と、キャピタリズム(「アメリカ主義」とでも言いましょうか)がベースになっている日本の経済発展と開発。
僕はこの韓国人青年としばらく二人で旅を続ける中で、「聖書」に興味を持ち、偶然にもトルコで日本語の聖書を手に入れました。
イズミールという町に住む日本人建築家の素敵な夫婦が、僕に譲ってくれました。
聖書の世界は、神と人間の信頼関係、コミュニケーションの大切さを描いていました。
人間は歴史の中で、何度となく神に対するコミュニケーションを忘れ、その度に神の怒りを買い、天災により神の力を思い知らされてきました。
仏教徒の僕にも、聖書に描かれる真理は、理解できるものでした。
そしてその真理とあまりにもズレてしまっている現在の日本に対して、危機感を感じていました。
熱心なキリスト教徒の韓国人青年は、こう言ったのです。
「先日ニュージーランドで大地震があったけど、近いうちに日本にも同じような天災がくると思うよ」
そして彼と別れ、数日後に発生した、この大災害でした。
僕はこの災害を、ある種の啓示として捉えざる得ないのは、こうした偶然が地震の前にあったからです。
僕は神に跪いてでも、次のように祈りたい。
どうかこれを機に、日本が自然に対する恐れを取り戻し、絶対的な創造主に対する祈りと共に、復興し、そして発展してゆけますように。
どうか日本が、信仰心を取り戻し、心の豊かさを感じられる国へと方向転換することができますように。
僕は旅で様々な国を訪れる中で、日本の特殊性を体感しました。
それは現在の日本に、宗教がないということです。
日本のために祈ります。
ダマスカスにて
アレッポ(シリア)
ハマ
パルミラ
ダマスカス
Come back to Istanbul
Hallo, everybody.
How are you?
Now, I'm in Istanbul.
I visited some cities in Turkey.
Now, I have traveled with one Korean friend for ten days.
I met him in Cappadokia, where is famous tourist place.
And I will go to Greece with him, after Istanbul.
I hope you are happy.
See you.
Bye!
Shusaku Yagi in Istanbul.
イスタンブールの日々
皆さんお元気ですか。
イスタンブールの安宿で、これを書いています。
僕はTree of Lifeという日本人宿に泊まっています。
日本人宿とは、日本人の溜まり場となっている宿のことです。
男性ドミトリーと女性ドミトリーが一部屋ずつあり、それぞれに2段ベッドで10人くらい泊まれるようになっています。
でも圧倒的に男ばかりで、キッチンのあるリビングは、いつでも男臭さとタバコ臭さが充満しています。
世界中の「地球の歩き方」もそろっているし、日本の漫画もたくさんあり、居心地がいいリビングです。
毎日入れ替わり立ち代り、日本人が10人くらいは泊まっています。
卒業旅行の大学生が半分くらいです。
彼らの多くは、エジプトやイスラエル、シリアなどから北上して、イスタンブールへやってきた人です。
もう半分は、年齢も日本で何をしているのか、また何年日本に帰ってないのかもわからない旅人たち。
しかも訪れた国は100カ国をゆうに超えているツワモノばかりです。
普通行かないような場所も当たり前のように旅をしています。
どこの国の情報を聞いても、実際の経験から情報をくれます。
北朝鮮とアフガニスタンとサウジアラビア以外は、だいたい行っているんじゃないでしょうか。
次元が違いすぎてビビります。
毎晩遅くまで旅の情報交換と、スケベな話で宿のリビングは盛り上がっています。
今日も誰かが旅立ち、また新しい旅人がやってきます。
さて、見所満載のイスタンブールです。
何と言っても世界史の主役だった旧コンスタンチノープルです。
アヤソフィア大聖堂など、もうスケールのデカさに圧倒されまくりです。
僕は昨日、トルコ風呂へ行ってきました。
トルコ人のオッサンが、垢すりとマッサージをやってくれるのです。
その際に、泡立てた石鹸を大量に使うのです。(まさにソープランド)
フレディー・マーキュリーみたいなオッサンに、物凄い力でマッサージをされました。
痛みと笑いを堪えるのが大変でした。
名残惜しいイスタンブールですが、いつまでもここにいるわけには行きません。
今夜の夜行バスで次の町へと歩を進めることにします。
イスタンブールは買い物をしても面白そうな街です。
今度は誰かと来たいです。そうすれば、もっと楽しいでしょう。
それではまた。
Tree of Lifeの遅いパソコンにて
イスタンブール
親愛なる人たちへ
皆さんこんにちは。お元気ですか。
僕は今、トルコのイスタンブールにいます。
エアアラビアという航空会社を使い、デリーからアラブ首長国連邦を経由し、トルコのイスタンブールへやって来ました。
トルコを旅行した人たちが、口を揃えて「トルコはいいよ」と薦める理由がわかりました。
僕もこう言いたい、トルコ最高!と。
イスタンブールは完全にヨーロッパでした。
やっぱり僕はヨーロッパの雰囲気が好きです。
街は美しく、洗練された雰囲気は刺激に満ちています。
人々には遊び心を感じられるし、オシャレだし。
そしてメシは美味いし、そして何よりも歴史があって、遺跡は圧巻。
そのスケールのデカさといい、美しさといい、もう言葉を失う衝撃でした。
イスタンブールには完全に脱帽です。
僕は言葉を失いました。
この素晴らしさを言葉や写真で伝えるのは無理です。
だから僕も薦めます。
トルコは絶対来た方がいいです。
ブルーモスクの中に入ってみてください。
洗練された通りを歩いてみてください。
鯖サンドを食ってみてください。
僕は最高にいい刺激を、今受けています。
まだ来たばかりですが、イスタンブールに来れたことを、誇りに思ってさえいます。
いい刺激をたっぷり受けて、日本に帰りたいと思います。
この刺激は、今後の自分の人生をも左右させかねない大きな刺激となるでしょう。
とにかく皆さんも、是非イスタンブールを旅行してください。
素晴らしい街です。
では。
イスタンブールの安宿にて



































































































































