『続 ふくふく家族』 by おかねともこ -3ページ目

『続 ふくふく家族』 by おかねともこ

京都市長選の予定候補・福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。
2018府知事選のときの「ふくふく家族」同様、リラックスしてお楽しみください。

たしか石川啄木の詩に

 

たはむれに母を背負ひてそのあまり

軽きに泣きて三歩歩まず

 

というのがあった。

 

わが家ではそれがいつの間にか変形して

何かがあまりに○○なときに

「あまりの○○さに三歩歩まず」

と言う。

とにかく歩んでないのはあってる。

 

これは私たち夫婦がまだ二人でいた頃に始まって、子どもができても言っている。子どもらはなぜお父さんとお母さんが「三歩歩けない」のかわかっていなかったので、ある時、この言い回しの由来を説明した。だから今は彼らも、私が固い瓶の蓋が開かないときに

「くー。あまりの固さに三歩歩まずやわぁ」

と顔を赤くしてる理由はわかっている。

 

うちにはこういう決まったギャグみたいなのがいくつもあって、どれもこれもバカらしい。

「わが家」語とも言えるこれらお決まりの言葉の遊びは私たちから子どもたちに直伝されているものも多い。

変な家族。

きっとどのおうちでも、それぞれに可笑しいことがあると思う。

ずっと一緒に生きているんだから。

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

知事選の時は春に向かう選挙だった。

「ふくふく家族」には蕗の薹味噌についてのエピソードがある。→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily/16/

 

今回は冬のど真ん中に向かう選挙。寒い寒い。庭に植えた50球のチューリップはまだ芽も出していない。うちの庭は北向なので、花が咲くのはきっとまだまだ先の話。

 

それでも春の準備はせねばならぬので、球根はサボらず植えた。ちょうど足腰を痛めていて、必死のパッチで50球。その花が咲くのをどんな気持ちで眺めるのかは、これからのみんなの頑張りに左右される。みんなで最後まで頑張ろう!

 

蕗の薹にはまだ早いけど、年賀状などには春のものとして蕗の薹が描かれている。蕗の薹を見るとウキウキする。春の息吹きそのもの。

 

春の芽吹きのモノは苦いものが多い。蕗の薹。菜の花。コゴミ。蕨。芽吹きのエネルギーは苦味であり、それを体に取り込むとパワーが出るのだと聞いたことがある。二年前は、少しだけいただいた蕗の薹をお味噌でおねおねしてみたけど、今度の春には蕗の薹は天ぷらにしようかなと思っている。ほんのり苦いものが口のなかに広がる。ああ。春が待ち遠しい!

 

さて、チューリップも春の芽吹きのエネルギーも選挙には間に合わないので、この市長選、何でパワーをもらおうか。

 

そうだ。投票日は2月2日。明くる3日は節分だ。節分と言えば「鬼は外、福は内」。福はやっぱり市庁舎の内に入ってもらいましょう!

 

賑やかで楽しい節分の豆まきを思いながら、元気いっぱい冬の街に飛び出していく。こんな市長さんいいでしょう?一回試しにやらせてやってくれませんか?

 

女子高生の娘はお父さんがマイクを持って「鬼は外、福は内ですわ~」と言うのを聞くと「恥ずかしい恥ずかしい」と言って下を向く。でも、おばさんの私は何が恥ずかしいのかいまいちわからない。景気がよくっていいんじゃないの?()

 

寒いのが大の苦手の夫が頑張ってマイクを持っている。家族としては景気よく応援したい。

 

春の香りを思い浮かべるのが難しい冬の空の下、想像力を特別豊かに与えられた人間は、前年の記憶から、口の中のほのかな苦味を思い起こして春を待ちわびる力を持つ。

 

蕗の薹までいかない節分の、楽しい記憶は何だろう?豆まき。恵方巻き。イワシの頭。ヒイラギ。やはり「鬼は外、福は内」の明るいかけ声。

 

泣いても笑っても節分には節が分かれる。

ふくふく父さんの頑張りが報われるような景気のいい節分になってほしい。

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

 

夫は部屋を片付けたい。

小学生の息子は工作好きで、

我々にはガラクタとしか言いようのないモノを部屋のアチコチにしまい込んでいる。

Kちゃん、これゴミ?もの?」

「もの!」

「え~?!」

 

際限がないので、心を鬼にして、捨てようと思うが、なかなか難しい。

例えば、紙を切って作った一反木綿の瓶詰めを見つけたときは、そのあまりの可愛らしさに、思わず、本棚の奥に隠し直した。夫はまだ見つけてない。

 

 

 

 これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→

http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily  

忙しい相方は、ほとんど休みもなく働く。そして頑張った自分へのご褒美に小さい旅行を計画したりする。家族で子どもらの長期休みの時に泊まりに行くのはたいてい近場の温泉で、そんなに豪勢なものではない。家族四人、旅費もかかるので車で。しかも遠いところは私は戦力にならず、夫が一人で無理なく運転できる距離のところ。申し訳なく思うけど、あの世へのハイウェイになっても困るので夫に任せている。せめて私は道中、助手席では寝ないようにする。起きたら死んでたってのも嫌だし。

 

旅館、民宿、キャンプ場、いろいろ行くが、だいたい安い旅をする。私はたいていどんなところでもいい。みんなでワイワイやってれば、お料理がどうでも、お布団がふかふかでも煎餅でもあまり気にならない。一緒にいれば楽しい。チビは小さい部屋に行くと喜んで

「ボク、ここに住む~!」

と言う。押し入れの中で寝たいタイプだ。

お姉ちゃんは洋室のベッドだと

「わーい!」

としばらくはしゃいでいる。彼女は結婚式はドレス派だ。

夫は夕食のご馳走のあと、部屋で持ち込んだお酒やつまみでチビチビ楽しくやる。私はあまり飲まないので張り合いもないかも知れないが、楽しそうに飲んでいる。

こういう旅行もプロデューサーは夫で、行き届いた計画を立ててくれる。彼は地図を読むのが好きで、地図帳さえあれば行ける「地図旅行」が大好きだと言っていた。地図が読めない私には羨ましいばかりだ。

 

市長が本気で市政に取り組んだらいろんな事ができる。そこにどんな景色が広がるのか、皆さんに見てほしい、体験してほしいー

 

夫はマイクを持って訴える。

 

地図帳ひとつで北海道を一周してきた小学生時代。彼は大人になった自分の未来にどんな景色が広がっているか見えたのだろうか。

 

これから私たちはどんな景色を見るのだろうか。

 

家族旅行は近場の温泉で。

でも市政改革の未来は大きく広く開けている

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

 

 

わが家にとっての前回の選挙からおよそ二年経った。

子ザルたちもそれぞれに成長してたくましくなった。

前回の「ふくふく家族」に「子ザルのご褒美」というタイトルで書いたものを読み返すと「まあまあこなれてきたな」と思う。

スマホ、ゲーム、テレビ、そして会話の、居間でのバランスが。

 

あのときのように私は「これでいいのか?」と自問することもあまりないように思う。

 

あの時書いた「サル山ワールド」についての文章は、私のお気に入り。

 

春にいい知らせが聞きたいなと思いつつ、毎日小さな我慢をして親の仕事の大騒ぎにつきあってくれている子どもらが健気で可愛いなと思って書いた。

 

 よろしかったら是非お読みください。

http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily/46/

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

 

 

夫は関西弁で話す。

時々ちょっとよそ行きな関西弁というか、「エセ関東弁」になるが、ベースは関西弁。しかも私の滋賀弁よりオッチャン弁。

 

東京の方の男の人が

「そうなんだぁ」

とお洒落に言うとき

夫は

「さよかぁ」

と言う。

 

語尾の「け?」もある。

東京の色男が「○○じゃないの?」と言うとき

夫は

「○○ちゃうんけ?」

と言う。

 

 私は男の人の「そうなの?」

も素敵だと思うけど

やっぱり「そうなんけ!」にしびれるわ。

 

いや、どっちゃでもええわ、そんなこと。

 

どうでもいいこと一話。

 

 これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

どうもうちの夫は私のことをオカシナ人と思っているようだ。

 

彼の運転する車の助手席に座っていて、たまたま外国人の友人を見かけた。2組続けざまに。するとそれから夫は外国人を歩道に見かける度に、いちいち

「友達け?」

と聞いてくる。

「この前はたまたまやん!」

「いや、キミならあり得るかと」

なんでやねん。

 

昔、二人で住んでいる頃、私は洗濯物を畳むと力尽きて、洗濯物の山をちょんもり置いて飽きず眺めていた。すると夫が

「なんであとしまうだけができんのや。キミは謎や」

首を傾げながら、夫は二人分の洗濯物を片付けていた。

(今は最後まで任務遂行しております)

 

ついこの間、チビがお父さんに聞いていた。

「人間は凍ったら死ぬの?」

「そうやなあ。死ぬなあ」

そこに私が

「金魚はいけるで。金魚は解けたらまた泳ぐらしい」

と割って入ったら、夫が

「キミは…やっぱりキミやなぁ」

と言ってこちらの顔を見る。

「ん?」

「そこで金魚の話になるか?お母さんってホンマお母さんやわ」

そうかなあ。ちゃんと脈絡あってるし。人間凍らすんなら、ついでに金魚も凍らすでしょう!

 

なぜか私は変人扱いだが、そういう夫もちょっと変わっている。

 

例えば子どもに変なあだ名をつける。

 

ゲームをやめない「ゲムオ」

ガリガリの「ガリ・ビシャオ」

あばら骨が洗濯板みたいな「洗濯板之進」

へなちょこの「ヘナ・チョコゾー」

丸裸の「すっぽんぽん助」

困ったヤツだな「いい加減に四郎」

なかなか動かない「しんきクサオ君」と「しんき草子ちゃん」

他にもありとあらゆる状況が変なあだ名になる。

 

グランマが存命の頃、ちょっといろいろな「指令」が出た。はっきり言って煩かった。あとで二人になったとき、絶妙のタイミングで夫が言った。

「あれはな、シオシ・セントキオシやさかいな」

「ヨメ」の立場からは言えないことをどこかの漫才コンビの名前みたいに言う。私は愉快になって笑ってしまった。

 

シオシは京都弁で「しなさい」

セントキオシは同じく「してはいけません」

 

夫は自分では「自分ほど普通の人間はいない」と言うが、家族からすると十分可笑しくて、いい意味で変わった人だと思う。

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

 

スポーツ大好きの夫とスポーツにとんと疎い私は、スポーツニュースがかかっていても、なかなか共通の話題がない。夫が、そのスポーツのストレートど真ん中な観賞の仕方をしている横で、私は些末なというか、周辺的なことばかり気になる。「この人の名前変わってるな」とか「卓球って叫ばなあかんの?」とか。

 

以前、スキーを見ている夫に

「ラージヒルとダウンヒルってどっちが飛ぶヤツ?」と聞いてあきれられたことがある。

「どっちもラージなヒルをダウンするやん」

と言ったら、彼はあきれるを通り越して怒ってしまった。私は悪気なく知らないだけなのに。(前回のふくふく家族の「スポーツの質問」はこちら→

http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily/12/)

 

でもこの間ラグビーのワールドカップがあって、私もラグビーのファンになった。面白いなと思う。

 

きっかけは我らがブレイブブロッサムズがアイルランドと対戦しているとき、夫が出張先の帰りの新幹線から電話してきて、試合の様子を逐一メールしてくれと言う。録画もしてあるのに。

 

それでルールも何も知らないのに一生懸命「ライブ中継」した。言われてやっとつけたテレビだったが、その中で繰り広げられるキン肉マンたちのぶつかり合いを生まれて初めて真面目に見た。夫にルールを少しずつ聞きながらメールの早打ち。

 

汗を飛び散らす大男たち。なかなか迫力がある。倒されてもまた立ち上がりぶつかって行く。痛くないのか?ブルドーザーのようなスクラムなんか、もみくちゃにされたら命はないように思える。でも見ていると、手伝えないのにこっちまで力が入る。ディフェンスの壁を走り抜けてトライを決めると気持ちいい!

 

ルールもわかってくると試合が少しずつ面白くなる。

 

その後、勇敢なサクラたちが惜しくも敗退するまで、すべての試合は夫といっしょに見て、日本が得点したりすると夫と歓声を上げ、ハイタッチしたりして盛り上がった。

 

私はにわかラグビーファンだけれど、自分のこの意外な現象に新鮮な思いがしている。夫と共通のスポーツの話題ができてよかったなと思う。きっと夫もこの展開を喜んでいるだろう。人間はいくつになっても発展するということの実例として、よそで話しているかも知れない。

 

自分の中の新たな可能性を感じてワクワクしてしまったワールドカップは、私には想定外だったが、きっと夫にも想定外。家でスポーツの話題で盛り上がれる仲間がいないと少しつまらない思いをしていたところにオマケみたいなハイタッチ。歓喜の雄叫び、ハグ。

 

にわかラグビーファンでも末永くファンでいたい。

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

 

時おり昔の夫婦喧嘩を反芻する。

 

朝起きると相方はもう出ていた。

よく働く。

頭が下がる。

でも私は私のペースで。

その辺の気持ちのバランスは

けっこう難しい。

でも「生産性」がどうのと卑屈になるより

私はカラカラ明るくしてた方がみんないいんじゃない?

と言い訳しながら

朝の庭に水を撒く。

 

昔、夫婦喧嘩した時のこと覚えている。

そのときは確か

「お互いがお互いの仕事をそれぞれが頑張っていると信頼してないと、夫婦なんて、やってられへんやんけ」

と夫が私に訴えていた。

心が狭かった私に。

 

私は余裕なくて、「頑張ってるのは自分だけ」のようなことを言ったんだろう。恥ずかしい。

具体的に何のことでだったかは忘れた。

 

でもこの言葉は20年ぐらい経っても繰り返し思い出して、相手が自分の「期待通りに」してくれてないように見えるときに、自分の戒めにしている。

願わくば彼もそうであってほしい。

まあ、そうだからもってるんだろう。

適当な家事。やれるようにしかやってない。

申し訳ないからミニマムな家事と言うけれど、本当はマックスの家事と言うべきか。

私は私のできるだけを精一杯やって毎日回している。

 

体の都合でたくさん働けない。

常に自己嫌悪を押さえ込みながら日々やってる私のような者を、どこかの水脈さんは、わからずにあんなこと言ったんじゃないだろう。逆に、よくよくわかってて、「社会の役に立っていない」私たちに刃を向けて来たんだろう。

 

負けるもんか。

日々の地道な闘い。

それは自分自身との。

 

そして、夫婦は善意と信頼の上にあらんとして。

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→

http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

結婚してしばらくは夫は司法試験の受験生だった。彼は宿直バイトを掛け持ちし、私はあちこちで英語を教えたりイラストの仕事をしたりしていた。二人ともアルバイトで貧しく、入るとき不動産屋さんが「お客さん勇気ありますね」と言って紹介してくれた、家賃が激安のアパートに住んでいた。もちろん子どもを望む余裕はなかった。

 

阪神淡路大震災をきっかけに少し安全そうなハイツに移ったが、いろんなモノを部屋に持ち込むときに、きっちり大きさを考えないと、置き場に寸分のゆとりもないほど狭いハイツだった。

 

私が持病を悪化させて仕事を辞め療養生活に入った時、どうにもいかなくなって、夫は背水の陣を決めた。アルバイトをすべて辞めて一年間受験に専念した。そしてこれでダメなら弁護士はあきらめると言った。

 

子どもの頃の極貧生活。アルツハイマーのお祖母ちゃんの介護。様々なアルバイト。いろんなことを経験してきた夫には、私はどうしても「民衆の弁護士」になってほしかった。私は思うに任せない体で祈ることしかできなかったが、なんと、その年、夫は司法試験に最終合格したのだ。これほど嬉しいことはなかった。

 

自分よりはるかに年の若い人たちと「同期の」習修生となり、夫は生き生きと過ごしていた。そして弁護士さんになったのは2001年の秋。私たちは二度めの引っ越しをした。

 

それからしばらくして私は上の子を身ごもり、母となり、しっちゃかめっちゃかな日々に突入した。

だから弁護士として彼がどんな仕事をしていたかよく知らない。

 

あとで彼が中国残留孤児の仕事をしていたとかアスベスト訴訟の仕事をしていたと、何かの彼の紹介文などで知って

「ああ、だから一時期、あんなに中国の餃子をもらってきていたのか」

と思い返すぐらい。ほとんど手弁当の弁護団に、中国残留孤児の人たちは「せめて」と、美味しい手作りの餃子を持たせてくれた。皮の分厚い蒸し餃子。

 

後に中国残留孤児の国家賠償訴訟について少し知るようになって

「ああ、夫は尊い仕事をしていたんだなあ」

と何年分もテンポずれまくりで思ったものだ。

 

アスベスト訴訟についても似たようなものだった。

夫は家では仕事の話をしないので仕事のことは皆目わからない。私は私で子どものことで精いっぱい。私は二人の子どもの母になっていた。

 

一度、夫に

「アスベストって何?どう苦しいの?」

と問うた時、彼は

「石綿の害で、中皮腫になって、四六時中細いストローで息をせなあかんようなもんや。とにかく生きてる間じゅう苦しいんや」

と教えてくれた。

 

私はそれを聞いただけで、被害者の方がどんなに苦しんで亡くなっていったのかと思い、つらくなった。そんな方たちを助ける仕事をしてきた夫を改めて誇らしく思った。

 

夫は弁護士として働きながらたくさん勉強している。その勉強は受験生をふるい落とす試験に合格するための勉強ではない。困っている人たちを助けるための直接的な勉強だ。たぶんたくさんストレスもあるだろうけど、私は本当に彼が弁護士さんになれてよかったと思う。

 

もし市長さんになれたら、困った人がそもそも出ないような市政の仕組みづくりに邁進するだろう。

 

「一度試しにやらせてやってはくれませんか?」

 

そうハンドマイクで言って歩きたいぐらいだ。

 

 

 これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→

http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily