どうもうちの夫は私のことをオカシナ人と思っているようだ。
彼の運転する車の助手席に座っていて、たまたま外国人の友人を見かけた。2組続けざまに。するとそれから夫は外国人を歩道に見かける度に、いちいち
「友達け?」
と聞いてくる。
「この前はたまたまやん!」
「いや、キミならあり得るかと」
なんでやねん。
昔、二人で住んでいる頃、私は洗濯物を畳むと力尽きて、洗濯物の山をちょんもり置いて飽きず眺めていた。すると夫が
「なんであとしまうだけができんのや。キミは謎や」
首を傾げながら、夫は二人分の洗濯物を片付けていた。
(今は最後まで任務遂行しております)
ついこの間、チビがお父さんに聞いていた。
「人間は凍ったら死ぬの?」
「そうやなあ。死ぬなあ」
そこに私が
「金魚はいけるで。金魚は解けたらまた泳ぐらしい」
と割って入ったら、夫が
「キミは…やっぱりキミやなぁ」
と言ってこちらの顔を見る。
「ん?」
「そこで金魚の話になるか?お母さんってホンマお母さんやわ」
そうかなあ。ちゃんと脈絡あってるし。人間凍らすんなら、ついでに金魚も凍らすでしょう!
なぜか私は変人扱いだが、そういう夫もちょっと変わっている。
例えば子どもに変なあだ名をつける。
ゲームをやめない「ゲムオ」
ガリガリの「ガリ・ビシャオ」
あばら骨が洗濯板みたいな「洗濯板之進」
へなちょこの「ヘナ・チョコゾー」
丸裸の「すっぽんぽん助」
困ったヤツだな「いい加減に四郎」
なかなか動かない「しんきクサオ君」と「しんき草子ちゃん」
他にもありとあらゆる状況が変なあだ名になる。
グランマが存命の頃、ちょっといろいろな「指令」が出た。はっきり言って煩かった。あとで二人になったとき、絶妙のタイミングで夫が言った。
「あれはな、シオシ・セントキオシやさかいな」
「ヨメ」の立場からは言えないことをどこかの漫才コンビの名前みたいに言う。私は愉快になって笑ってしまった。
シオシは京都弁で「しなさい」
セントキオシは同じく「してはいけません」
夫は自分では「自分ほど普通の人間はいない」と言うが、家族からすると十分可笑しくて、いい意味で変わった人だと思う。
これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。
2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。
前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

