『続 ふくふく家族』 by おかねともこ

『続 ふくふく家族』 by おかねともこ

京都市長選の予定候補・福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。
2018府知事選のときの「ふくふく家族」同様、リラックスしてお楽しみください。

わが家の子どもたちは侮れない。

親である私たちが理不尽な物言いをすると

「子どもの権利条約はどうなったんや」と抗議される。

 

正直、その条約がどんなことを言っているか、細かくは覚えてないのだけど、名前の通り、子どもたちの人権を大事にするものだったはずだ。

親だからといって威張ってはいけない。子どもの意見を尊重しなければいけない。

 

子どもらは真っ直ぐだ。

建前の話ではごまかされない。

 

ところで、「子どもの権利条約」は条約だけれど、わが国の国の基礎には「日本国憲法」がある。

 

この中で第13条「個人の尊重」は 真髄とも言える大事な条項。戦争の放棄もこの実現のために欠かせない。

 

憲法はめざすべき理想。めざす過程で社会が良くなっていく。逸れていってるから生きにくくなってるんじゃないの?

 

「憲法を暮らしに生かそう」という垂れ幕のことは知らない。私は1968(昭和43)に滋賀県で生まれて育った。だけど、憲法を本当に丁寧に誠実に暮らしに生かしていけば、きっともっと一人一人が大事にされて生きやすい世の中になるだろうなと思う。

 

夫がもし市長さんになれたら、今まで仕事に取り組む中で身につけてきた人権感覚で、憲法の精神の花開く市政をつくろうとするだろう。みんなでつくっていくだろう。

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

夫は結婚する前に、私に会うより先に私の両親に会っていた。と言うのは、私の兄も司法試験の受験生で同じ勉強グループにいて、何かの時に兄が友達何人かを連れて実家に行ったのだった。みんなで手巻き寿司をしたその中に私の未来の夫もいたのだ。実は私の父と彼のお母さんも職場の関係で知り合いだった。

 

後にその勉強会の遅すぎる新年会(三月!)に兄が私を呼んでくれて、そのカラオケの場で私が彼にビビビと来たわけだが、縁が絡みあっているように思う。

 

今思えば、通るかどうかもわからない司法試験の受験生に

「結婚させてください」

と言われて、うちの両親はなんと気楽に

「ああ、ええよ」

と言ったものよと思う。

あとで母に

「心配やなかったん?」

と聞くと

「あの子やったら何とかしやるやろ思たし」

ということだった。

 

結婚して最初に入ったアパートは生協のお店の裏にあった。引っ越しの手伝いにうちの親が来てくれたときも、引っ越しのどさくさで何もないので、お昼ご飯なども不自由なのだが、気がついたら夫がティッシュやなんかをサッと買いに走り、母が目を丸くしていた。夫はのんびりの牛のようでいて、仕事は早い。(事務所の人は何て言うかな?笑)  やるとなったら早い。早くやるとなれよ!ってことか。

 

彼が挨拶に来る前に私は

「福山さんと結婚したいねんけど」

と親に言ったとき

「あー、ええんちゃう?」

とあっさり言われて拍子抜けしたが、両親は手巻き寿司パーティーのときの邂逅ですでに

「こいつは大丈夫。路頭に迷うことはない」

と見抜いていたらしい。

 

そのあとは、家族で彼を「ふくちゃんふくちゃん」と呼び、両親はふくちゃんに深い信頼を置いた。

 

受けた人みんなが通るわけではない司法試験。最終合格するのはかなり難しい試験。

本当に受かってよかったなと思う。

両親が反対などせず結婚させてくれたのは

天狗の竹の望遠鏡があったのかと思う。

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

相方には夢がある。

それはイチゴの乗った生クリームのホールケーキを丸ごと一人で食べること。生クリームは白いやつ。ケーキはチーズではなくスポンジ。

 

わが家では子どもらの誕生日とクリスマスに、スポンジケーキを買ってきて、生クリームのデコレーションをするのが慣わしだけど、そのケーキを前にして彼は必ずその「でっかい夢」について言及する。一年に三回は言ってることになる。

 

「そんなに言うなら叶えてあげようか?」

でもそう言うと

「イヤ、やめとくわ」

と退く。

夢はいつまでも夢であってほしい派なのか。

 

京都らしい京都。

暮らしを守るあったかい市政の市長さんは

みんなの大きな夢だけど

こっちは是非とも叶えたい夢。

 

市長さんになれたら

ホールケーキの一つや二つ。

私からドーンとプレゼントするよ。

お父さん頑張って。

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

 

ラブコメ映画「あなたが寝てる間に」で、主人公の女性が亡くなった父親のことを話すと、聞いている彼が「Oh. I'm sorry」と言う。それに彼女は「あら、あなたのせいじゃないわ」と返す。「アイム ソーリー」はいわゆる「ごめんなさい」の意味と「残念だ、お気の毒に」の意味があるのでこうなる。

 

日本語直訳の「すみません」もなかなかくせ者で、「ごめんなさい」のつもりなら「アイムソーリー」でいいが、「ありがとう」なら、やはり英語では「Thank you」と言った方がいい。何かしてもらって(迷惑かけてごめんなさいならまだわかるが)とか、何か誉めてもらって(ありがとうの時に)謝るのは変だ。

 

字面の(ありがとう)のレベルでなく、誉めてもらってすんなり「ありがとう」にならない日本の人は多いが。

 

文化。言葉。

言葉って面白いなと思う。

 

うちの子どもたちは「ありがとう」をよく言う。ささいなことでも「ありがとう」と言ってくれるので「あ、いや、これしきのこと」とちょっと内心ドキドキする。

 

わが家文化では、夫が持ち帰るカキフライが、単純に「カキフライ食おうぜ!」の意味の時と、「この前はごめんな」を意味する時がある。

 

 結婚して二月末で27年。

コミュニケーションのあり方はいまだに模索中。

 

今までにたくさんのゴメンナサイ。

同じくたくさんのアリガトウ。

 

めんどくさいけど仕方ない。

今後ともよろしゅうお頼み申します。

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

心配性の私は心配事に優先順位がつけられず、小さな心配でも大きな心配でも、何だかんだ心配の材料を見つけては、しょっちゅうオタオタしている。

なぜそういう心配をしてしまうのか、話し出したら、草津の温泉のように湧き出して、いよいよ悪い結果から逃れられないような不安が沸く。

 

そういう時は相方に言うと、自分が彼と全く異次元の空間の住人であることがわかる。

 

どーもないどーもない

なんとかなる

 

その根拠は?と問いたくもなるが

たいてい少しは気が楽になる。

 

いや、そうでもないか?

こっちが胸いっぱいの不安でしんどくなっているときに

あんまり気楽に

「大丈夫大丈夫。かかかかか!」

とやられると、むしろ余計に不安が追加されたりする。

根拠を述べよ根拠を。

大丈夫の理由を説得力もって説明してくれ!

 

まあだいたい一通りパニクったあとで

よくよく聞いてみると

相方の言うことにはたいていそれなりに根拠があって、説明となる計算なり何なりを示してもらうと、私の妄想に近い心配も霧散するのだが。

 

子どもらは

「お父さんとお母さん、足して2で割ったらええのにな」

と笑う。

 

足して2か。たしかに。

 

グランドのトンボみたいに凸凹を平らにならして、楽~にいけたらいいのになあ。

 

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

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「予定候補者の帰宅」のエピソードで書いたが、実はちょっと正しくない。

今、候補者である相方は家でも特にくつろいではいない。いや、くつろいではいるだろうが、かなり忙しい。

 

長い一日から帰って遅い夕飯を始めると、ほとんど同時にいろいろな作業を始める。

事務所のスタッフとのやり取り。調べもの。自分の政策のキャッチコピーを考えたり。

自分のスピーチの動画をチェックして改善点を考えるとか。

電話やメールのやり取り。

そして家族との会話。

 

今夜はギターを取り出して弾き語りを始めるので、またビデオレターをつくるのかと思ったら、今夜は純粋に自分のために歌っているらしかった。

そうだね。気分転換は要るよね。

毎日あちこちでマイクを持って必死のパッチで頑張っている。

 

私はというと夕御飯の片付けも普段の8割ほどの真面目さで早々にやっつけて、ブログのエッセイの作業をしている。細々とした作業。推敲。変更。

絵ももっと描きたいけど、それは夜はやめておこうと思う。収拾がつかない。家の中は手抜き家事の横行で乱雑。やはり夫は、この上絵の具まで広がっていると落ち着かないだろうと思うから。

 

高校生の娘はソファーで何やらスマホの作業。こちらは選挙とは関係ない。でも時には夫のアドバイザーにもなる役に立つお嬢さんだ。

小学生のチビはマイペースで練り消し細工をつくりながら家族の会話にも入ってくる。夫も彼が何か言葉の意味を聞くと丁寧にわかりやすく答えている。

 

やはり寝不足は否めない。

おかげで私ゃ太ってきたよ。代謝が落ちて!()

 

その日によってしていることはちがうけれど、毎晩それぞれが、そして協力しながら、けっこう忙しい。

 

候補者の家族の夜はこうしてまた更けていく。明日は何時に起きるのか、確認して、寝床に潜り込む。

 

私はベッドでもひとしきりスマホの作業。

このエッセイを書く。

よくそんなに書くことあるねと自分に呆れながら、

でもふくちゃんだし、

あるよね。書くこと。

 

ねえ、皆さん

私のツレの福山和人さんは

素敵な候補者ですよ~!

知ってください~!

 

世間に向かって大きな声で

そんなこと言えるなんて

なんてしあわせなんだろう。

 

 

 これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。

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たしか石川啄木の詩に

 

たはむれに母を背負ひてそのあまり

軽きに泣きて三歩歩まず

 

というのがあった。

 

わが家ではそれがいつの間にか変形して

何かがあまりに○○なときに

「あまりの○○さに三歩歩まず」

と言う。

とにかく歩んでないのはあってる。

 

これは私たち夫婦がまだ二人でいた頃に始まって、子どもができても言っている。子どもらはなぜお父さんとお母さんが「三歩歩けない」のかわかっていなかったので、ある時、この言い回しの由来を説明した。だから今は彼らも、私が固い瓶の蓋が開かないときに

「くー。あまりの固さに三歩歩まずやわぁ」

と顔を赤くしてる理由はわかっている。

 

うちにはこういう決まったギャグみたいなのがいくつもあって、どれもこれもバカらしい。

「わが家」語とも言えるこれらお決まりの言葉の遊びは私たちから子どもたちに直伝されているものも多い。

変な家族。

きっとどのおうちでも、それぞれに可笑しいことがあると思う。

ずっと一緒に生きているんだから。

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

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前回のシリーズはこちら→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily

知事選の時は春に向かう選挙だった。

「ふくふく家族」には蕗の薹味噌についてのエピソードがある。→http://www.fukuyamakazuhito.jp/fukufukufamily/16/

 

今回は冬のど真ん中に向かう選挙。寒い寒い。庭に植えた50球のチューリップはまだ芽も出していない。うちの庭は北向なので、花が咲くのはきっとまだまだ先の話。

 

それでも春の準備はせねばならぬので、球根はサボらず植えた。ちょうど足腰を痛めていて、必死のパッチで50球。その花が咲くのをどんな気持ちで眺めるのかは、これからのみんなの頑張りに左右される。みんなで最後まで頑張ろう!

 

蕗の薹にはまだ早いけど、年賀状などには春のものとして蕗の薹が描かれている。蕗の薹を見るとウキウキする。春の息吹きそのもの。

 

春の芽吹きのモノは苦いものが多い。蕗の薹。菜の花。コゴミ。蕨。芽吹きのエネルギーは苦味であり、それを体に取り込むとパワーが出るのだと聞いたことがある。二年前は、少しだけいただいた蕗の薹をお味噌でおねおねしてみたけど、今度の春には蕗の薹は天ぷらにしようかなと思っている。ほんのり苦いものが口のなかに広がる。ああ。春が待ち遠しい!

 

さて、チューリップも春の芽吹きのエネルギーも選挙には間に合わないので、この市長選、何でパワーをもらおうか。

 

そうだ。投票日は2月2日。明くる3日は節分だ。節分と言えば「鬼は外、福は内」。福はやっぱり市庁舎の内に入ってもらいましょう!

 

賑やかで楽しい節分の豆まきを思いながら、元気いっぱい冬の街に飛び出していく。こんな市長さんいいでしょう?一回試しにやらせてやってくれませんか?

 

女子高生の娘はお父さんがマイクを持って「鬼は外、福は内ですわ~」と言うのを聞くと「恥ずかしい恥ずかしい」と言って下を向く。でも、おばさんの私は何が恥ずかしいのかいまいちわからない。景気がよくっていいんじゃないの?()

 

寒いのが大の苦手の夫が頑張ってマイクを持っている。家族としては景気よく応援したい。

 

春の香りを思い浮かべるのが難しい冬の空の下、想像力を特別豊かに与えられた人間は、前年の記憶から、口の中のほのかな苦味を思い起こして春を待ちわびる力を持つ。

 

蕗の薹までいかない節分の、楽しい記憶は何だろう?豆まき。恵方巻き。イワシの頭。ヒイラギ。やはり「鬼は外、福は内」の明るいかけ声。

 

泣いても笑っても節分には節が分かれる。

ふくふく父さんの頑張りが報われるような景気のいい節分になってほしい。

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

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夫は部屋を片付けたい。

小学生の息子は工作好きで、

我々にはガラクタとしか言いようのないモノを部屋のアチコチにしまい込んでいる。

Kちゃん、これゴミ?もの?」

「もの!」

「え~?!」

 

際限がないので、心を鬼にして、捨てようと思うが、なかなか難しい。

例えば、紙を切って作った一反木綿の瓶詰めを見つけたときは、そのあまりの可愛らしさに、思わず、本棚の奥に隠し直した。夫はまだ見つけてない。

 

 

 

 これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

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前回のシリーズはこちら→

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忙しい相方は、ほとんど休みもなく働く。そして頑張った自分へのご褒美に小さい旅行を計画したりする。家族で子どもらの長期休みの時に泊まりに行くのはたいてい近場の温泉で、そんなに豪勢なものではない。家族四人、旅費もかかるので車で。しかも遠いところは私は戦力にならず、夫が一人で無理なく運転できる距離のところ。申し訳なく思うけど、あの世へのハイウェイになっても困るので夫に任せている。せめて私は道中、助手席では寝ないようにする。起きたら死んでたってのも嫌だし。

 

旅館、民宿、キャンプ場、いろいろ行くが、だいたい安い旅をする。私はたいていどんなところでもいい。みんなでワイワイやってれば、お料理がどうでも、お布団がふかふかでも煎餅でもあまり気にならない。一緒にいれば楽しい。チビは小さい部屋に行くと喜んで

「ボク、ここに住む~!」

と言う。押し入れの中で寝たいタイプだ。

お姉ちゃんは洋室のベッドだと

「わーい!」

としばらくはしゃいでいる。彼女は結婚式はドレス派だ。

夫は夕食のご馳走のあと、部屋で持ち込んだお酒やつまみでチビチビ楽しくやる。私はあまり飲まないので張り合いもないかも知れないが、楽しそうに飲んでいる。

こういう旅行もプロデューサーは夫で、行き届いた計画を立ててくれる。彼は地図を読むのが好きで、地図帳さえあれば行ける「地図旅行」が大好きだと言っていた。地図が読めない私には羨ましいばかりだ。

 

市長が本気で市政に取り組んだらいろんな事ができる。そこにどんな景色が広がるのか、皆さんに見てほしい、体験してほしいー

 

夫はマイクを持って訴える。

 

地図帳ひとつで北海道を一周してきた小学生時代。彼は大人になった自分の未来にどんな景色が広がっているか見えたのだろうか。

 

これから私たちはどんな景色を見るのだろうか。

 

家族旅行は近場の温泉で。

でも市政改革の未来は大きく広く開けている

 

 

 

これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。

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