時おり昔の夫婦喧嘩を反芻する。
朝起きると相方はもう出ていた。
よく働く。
頭が下がる。
でも私は私のペースで。
その辺の気持ちのバランスは
けっこう難しい。
でも「生産性」がどうのと卑屈になるより
私はカラカラ明るくしてた方がみんないいんじゃない?
と言い訳しながら
朝の庭に水を撒く。
昔、夫婦喧嘩した時のこと覚えている。
そのときは確か
「お互いがお互いの仕事をそれぞれが頑張っていると信頼してないと、夫婦なんて、やってられへんやんけ」
と夫が私に訴えていた。
心が狭かった私に。
私は余裕なくて、「頑張ってるのは自分だけ」のようなことを言ったんだろう。恥ずかしい。
具体的に何のことでだったかは忘れた。
でもこの言葉は20年ぐらい経っても繰り返し思い出して、相手が自分の「期待通りに」してくれてないように見えるときに、自分の戒めにしている。
願わくば彼もそうであってほしい。
まあ、そうだからもってるんだろう。
適当な家事。やれるようにしかやってない。
申し訳ないからミニマムな家事と言うけれど、本当はマックスの家事と言うべきか。
私は私のできるだけを精一杯やって毎日回している。
体の都合でたくさん働けない。
常に自己嫌悪を押さえ込みながら日々やってる私のような者を、どこかの水脈さんは、わからずにあんなこと言ったんじゃないだろう。逆に、よくよくわかってて、「社会の役に立っていない」私たちに刃を向けて来たんだろう。
負けるもんか。
日々の地道な闘い。
それは自分自身との。
そして、夫婦は善意と信頼の上にあらんとして。
これは京都市長選に出馬を表明している福山和人弁護士のパートナーおかねともこ(イラストレーター)が、「家族の目から見たふくちゃん」を綴ったエッセイです。
2018年府知事選のときの「ふくふく家族」と同様、リラックスしてお楽しみください。
前回のシリーズはこちら→


